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第1章
第40話 国王陛下に会ってみた
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父に倣って、傅いている俺の耳には上等な絹が擦れる音に続き、椅子の軋む音が聞こえた。
「面を上げよ」
またしても横目で伺い、父に倣って顔を上げる。
そこには威厳のある顔つきの初老男性が玉座に腰掛けていた。
「貴殿が当代の奇跡の魔術師であるか?」
横を見れば、父は声を出さずに口を動かしていた。
「……は、い」
父の口唇を読みながら返事をすれば、国王陛下は「畏まる必要はないぞ」と優しく声をかけてくれた。
「父にはそのように言われました。ただ、自分としては実感がありません」
深呼吸を一つしてから自分の言葉で嘘偽りなく答える。
すると、国王陛下は壁際に控えるルミナリオを一瞥した。
「ウィルフリッド・ブルブラックです。余の大切な友人であり、【花を変色させる魔術】を扱う魔術師です。この目で確かめました」
今更ながらに王太子殿下に友人だと認められるなんて恐れ多い。
この場でのルミナリオに学園で俺の背中を追いかけてくる小動物のような雰囲気はない。
俺は背中を伝う汗で濡れる服の気持ち悪さを感じながら、国王陛下の言葉を待った。
「ウィルフリッドよ。我が愚息に良くしてくれているそうだな。感謝するぞ」
「き、恐縮です」
「友人であれば、これの側にいることについて問題はないということだな」
「は、はぁ……」
「ウィルフリッド・ブルブラック。貴殿を当代の奇跡の魔術師と認める故、その血を王家に入れよ」
俺は言葉を失った。
それはつまり、王族の血を引く女性と関係を持ち、子供を産めということだ。
ルミナリオの方を振り向けば、心底申し訳なさそうにしていた。
「畏れながら、陛下! ウィルフリッドはすでにファンドミーユ子爵家のご令嬢と成婚しています。当人も困惑している故、少し時間をいただければ、と」
「では、その者を側室とせよ。これで正式にルミナリオとも関係を持てるぞ。貴殿は奇跡の魔術師として、これからの夫婦生活はもちろん、ブルブラック伯爵の陞爵も約束する。ファンドミーユ家の令嬢も側室とはいっても王族の仲間入りだ。なんなら、ファンドミーユ子爵の陞爵も考慮しよう。誰も不幸にはならないとは思うが、どうだ?」
ここまで大盤振る舞いとは恐れ入る。
普通なら腰が抜けた上に威圧感で首を縦に振ってしまいそうだ。
でも、俺は普通ではない。
「お父様、申し訳ありません」
小さく謝罪すれば、父は諦めたように小さく頷いた。
「大変ありがたいお話ですが、お断りさせていただきます」
「……ほう。では、取り潰しを望むか?」
その一言は何よりも重かった。
今すぐにでも殺されるのではないかと錯覚してしまうほどの威光に膝が震える。
「リューテシアを、妻を側室にするなど許せません。それに俺は好きな人以外とそういう行為をできる男ではありません。【花を変色させる魔術】が使えることは秘密にするように母から言われました。こうなることを見越していたのでしょう。自分がいかに浅はかな行いをしたのか猛省しています」
「浅はか、か。よいか、ウィルフリッド。奇跡の魔術師は数十年、数百年に一度しか現れない尊いお方である。故に王族として迎え入れ、この国の繁栄を願う。たとえ、貴殿が貴族でなかったとしても余は同じ話を持ちかけている。貴殿の妻には余から謝罪しよう。それで手を打ってはくれないか」
その発言にはルミナリオや父のみではなく、国の重鎮である四大公爵家の当主たちも明らかに動揺していた。
一国の王が子爵家の娘に頭を下げるなどあり得ない。
そこまでしてでも俺を、正しくは俺の遺伝子を取り込みたいということだ。
「俺はただお母様を喜ばせたかっただけなんです」
頭の中がぐちゃぐちゃになっていた俺はそんなことを呟いていた。
「きっかけはどうあれ、そんなに容易く扱えるものではないのだよ」
陛下の声も話し方もさっきまでとは比べものにならないくらい優しいものだった。
「一昨年前だったか。王立学園で【花を変色させる魔術】を発動させた事件があったな」
マーシャルのことを言っているのだろう。
そうだ、マーシャルだって使えるじゃないか。別に俺じゃなくてもいい。
「魔術査問委員会の調査結果、あれは【物の色を変化させる魔術】だった。そもそも【花を変色させる魔術】の呪文を正しく唱えられる者はいないのだよ」
「でも! 書物で読みました!」
「魔術書に書いてあるのはデタラメばかりだ。貴殿の先代たちが言語化したものを、そのまま文字にしただけで、どれも正しくはない」
「そ、そうだ! 母から【花を変色させる魔術】は奇跡の青い薔薇を捏造することができる禁忌魔術だと聞きました! だから、俺は――」
「ウィルフリッド!」
有無を言わせない声に言葉を見失う。
国王陛下は子供を諭すように一言だけ告げた。
「それは嘘じゃ」
強ばっていた体が脱力し、レッドカーペットの上にへたり込む。
「貴殿の母は聡明で息子想いの優しい人なのだろうな。きっと、我が子にどう説明すれば魔術を発動させないか考え抜いての言葉なのだろう。思い当たる節はないか?」
そう言われると、お母様は「絶対に発動させるな」とは一度も言っていない。
子供心を反発させないように、頭ごなしに禁止するようなことを言われた覚えはなかった。
「……分かりました。自分が奇跡の魔術師であることは認めます。ですが、リューテシアの件は承諾しかねます。俺はあの人だけを愛すると決めたのです。絶対に離したくない。悲しませたくない。たとえ、この身が破滅するとしても! なんでもします。だから、俺にリューテシア以外の人と関係を持たせないでください。お願いします!!」
額を押しつけるように土下座しようとすれば、誰かの手が俺の腕を掴んだ。
「お前が頭を下げる必要はない。なぁ、親愛なる友よ」
ルミナリオは学友としての顔で俺に微笑み、キリッと表情を変えて国王陛下に言い放った。
「父上よ。余は友人を紹介しただけで、一族に迎え入れようとしたわけではないのです。もちろん、奇跡の魔術師などは無関係にそうなれば理想ではありますが、脅迫してまですることではありません。余はウィルフリッドとの関係を崩したくはないのです」
「……ルミナリオ。俺の味方でいてくれるのか?」
彼は当然だ、と力強い目で俺を見据え、なおも言葉を続ける。
「ウィルフリッドの婚約者……失礼、夫人への愛は本物です。どれだけの金を積もうが、爵位を与えようが、それは揺るがないでしょう。そして、この男は誠実で義理堅い。無闇やたらに魔術を披露しないことは、これまでの発言で確信を得たはずです。陛下、この者から自由を奪わないでください。ウィルフリッド、こんなことになってしまい、申し訳なかった」
遂には王太子であるルミナリオが頭を下げてしまった。
俺もこんな事態に発展するとは思ってもみなかったが、全ては魔術に興味を持った自分が悪いのだ。
「ルミナリオが謝るようなことはないよ。俺が始めたことだから、俺が終わらせる」
「どういうことだ? まさか、命を絶とうというのか!?」
「いいや。ルミナリオの忘却魔術で俺の記憶を消してくれ」
俺の出した答えには誰しもが息をのんだ。
「いかん! 奇跡の魔術師のもたらす繁栄は絶大だ。失ってはならぬ!」
「そうは仰っても、俺は薔薇の色を青に変えられるだけです。何もできないのと同じですよ」
「貴殿の存在が重要なのだよ」
あの遅れてきた悪役令嬢によると、俺はただのモブキャラで破滅を約束された存在だ。そんな俺が重要だって?
破滅しないことを目標にしていた俺がようやく手に入れた幸せをこんな形で手放したくはない。だから代案を出すことにした。
「それなら俺はルミナリオに仕え、王族の監視下から一歩も出ないと約束しましょう。その代わり、リューテシアには指一本触れないでいただきたい」
「陛下、この男は本気です。ウィルフリッドを従わせる為にリューテシア嬢に手を出すようなら、何をしでかすか分かりません。余のたった一人の友の願いを叶えてください」
ルミナリオと一緒に平伏すれば、父も一緒になって頭を下げてくれた。
それならば、と渋々了承した国王陛下であったが、決定打になったのは俺たちの嘆願ではなく、
「強引なパパはキライです。今、キライになりました」
と、いう幼い王女の一言だった。
「面を上げよ」
またしても横目で伺い、父に倣って顔を上げる。
そこには威厳のある顔つきの初老男性が玉座に腰掛けていた。
「貴殿が当代の奇跡の魔術師であるか?」
横を見れば、父は声を出さずに口を動かしていた。
「……は、い」
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「父にはそのように言われました。ただ、自分としては実感がありません」
深呼吸を一つしてから自分の言葉で嘘偽りなく答える。
すると、国王陛下は壁際に控えるルミナリオを一瞥した。
「ウィルフリッド・ブルブラックです。余の大切な友人であり、【花を変色させる魔術】を扱う魔術師です。この目で確かめました」
今更ながらに王太子殿下に友人だと認められるなんて恐れ多い。
この場でのルミナリオに学園で俺の背中を追いかけてくる小動物のような雰囲気はない。
俺は背中を伝う汗で濡れる服の気持ち悪さを感じながら、国王陛下の言葉を待った。
「ウィルフリッドよ。我が愚息に良くしてくれているそうだな。感謝するぞ」
「き、恐縮です」
「友人であれば、これの側にいることについて問題はないということだな」
「は、はぁ……」
「ウィルフリッド・ブルブラック。貴殿を当代の奇跡の魔術師と認める故、その血を王家に入れよ」
俺は言葉を失った。
それはつまり、王族の血を引く女性と関係を持ち、子供を産めということだ。
ルミナリオの方を振り向けば、心底申し訳なさそうにしていた。
「畏れながら、陛下! ウィルフリッドはすでにファンドミーユ子爵家のご令嬢と成婚しています。当人も困惑している故、少し時間をいただければ、と」
「では、その者を側室とせよ。これで正式にルミナリオとも関係を持てるぞ。貴殿は奇跡の魔術師として、これからの夫婦生活はもちろん、ブルブラック伯爵の陞爵も約束する。ファンドミーユ家の令嬢も側室とはいっても王族の仲間入りだ。なんなら、ファンドミーユ子爵の陞爵も考慮しよう。誰も不幸にはならないとは思うが、どうだ?」
ここまで大盤振る舞いとは恐れ入る。
普通なら腰が抜けた上に威圧感で首を縦に振ってしまいそうだ。
でも、俺は普通ではない。
「お父様、申し訳ありません」
小さく謝罪すれば、父は諦めたように小さく頷いた。
「大変ありがたいお話ですが、お断りさせていただきます」
「……ほう。では、取り潰しを望むか?」
その一言は何よりも重かった。
今すぐにでも殺されるのではないかと錯覚してしまうほどの威光に膝が震える。
「リューテシアを、妻を側室にするなど許せません。それに俺は好きな人以外とそういう行為をできる男ではありません。【花を変色させる魔術】が使えることは秘密にするように母から言われました。こうなることを見越していたのでしょう。自分がいかに浅はかな行いをしたのか猛省しています」
「浅はか、か。よいか、ウィルフリッド。奇跡の魔術師は数十年、数百年に一度しか現れない尊いお方である。故に王族として迎え入れ、この国の繁栄を願う。たとえ、貴殿が貴族でなかったとしても余は同じ話を持ちかけている。貴殿の妻には余から謝罪しよう。それで手を打ってはくれないか」
その発言にはルミナリオや父のみではなく、国の重鎮である四大公爵家の当主たちも明らかに動揺していた。
一国の王が子爵家の娘に頭を下げるなどあり得ない。
そこまでしてでも俺を、正しくは俺の遺伝子を取り込みたいということだ。
「俺はただお母様を喜ばせたかっただけなんです」
頭の中がぐちゃぐちゃになっていた俺はそんなことを呟いていた。
「きっかけはどうあれ、そんなに容易く扱えるものではないのだよ」
陛下の声も話し方もさっきまでとは比べものにならないくらい優しいものだった。
「一昨年前だったか。王立学園で【花を変色させる魔術】を発動させた事件があったな」
マーシャルのことを言っているのだろう。
そうだ、マーシャルだって使えるじゃないか。別に俺じゃなくてもいい。
「魔術査問委員会の調査結果、あれは【物の色を変化させる魔術】だった。そもそも【花を変色させる魔術】の呪文を正しく唱えられる者はいないのだよ」
「でも! 書物で読みました!」
「魔術書に書いてあるのはデタラメばかりだ。貴殿の先代たちが言語化したものを、そのまま文字にしただけで、どれも正しくはない」
「そ、そうだ! 母から【花を変色させる魔術】は奇跡の青い薔薇を捏造することができる禁忌魔術だと聞きました! だから、俺は――」
「ウィルフリッド!」
有無を言わせない声に言葉を見失う。
国王陛下は子供を諭すように一言だけ告げた。
「それは嘘じゃ」
強ばっていた体が脱力し、レッドカーペットの上にへたり込む。
「貴殿の母は聡明で息子想いの優しい人なのだろうな。きっと、我が子にどう説明すれば魔術を発動させないか考え抜いての言葉なのだろう。思い当たる節はないか?」
そう言われると、お母様は「絶対に発動させるな」とは一度も言っていない。
子供心を反発させないように、頭ごなしに禁止するようなことを言われた覚えはなかった。
「……分かりました。自分が奇跡の魔術師であることは認めます。ですが、リューテシアの件は承諾しかねます。俺はあの人だけを愛すると決めたのです。絶対に離したくない。悲しませたくない。たとえ、この身が破滅するとしても! なんでもします。だから、俺にリューテシア以外の人と関係を持たせないでください。お願いします!!」
額を押しつけるように土下座しようとすれば、誰かの手が俺の腕を掴んだ。
「お前が頭を下げる必要はない。なぁ、親愛なる友よ」
ルミナリオは学友としての顔で俺に微笑み、キリッと表情を変えて国王陛下に言い放った。
「父上よ。余は友人を紹介しただけで、一族に迎え入れようとしたわけではないのです。もちろん、奇跡の魔術師などは無関係にそうなれば理想ではありますが、脅迫してまですることではありません。余はウィルフリッドとの関係を崩したくはないのです」
「……ルミナリオ。俺の味方でいてくれるのか?」
彼は当然だ、と力強い目で俺を見据え、なおも言葉を続ける。
「ウィルフリッドの婚約者……失礼、夫人への愛は本物です。どれだけの金を積もうが、爵位を与えようが、それは揺るがないでしょう。そして、この男は誠実で義理堅い。無闇やたらに魔術を披露しないことは、これまでの発言で確信を得たはずです。陛下、この者から自由を奪わないでください。ウィルフリッド、こんなことになってしまい、申し訳なかった」
遂には王太子であるルミナリオが頭を下げてしまった。
俺もこんな事態に発展するとは思ってもみなかったが、全ては魔術に興味を持った自分が悪いのだ。
「ルミナリオが謝るようなことはないよ。俺が始めたことだから、俺が終わらせる」
「どういうことだ? まさか、命を絶とうというのか!?」
「いいや。ルミナリオの忘却魔術で俺の記憶を消してくれ」
俺の出した答えには誰しもが息をのんだ。
「いかん! 奇跡の魔術師のもたらす繁栄は絶大だ。失ってはならぬ!」
「そうは仰っても、俺は薔薇の色を青に変えられるだけです。何もできないのと同じですよ」
「貴殿の存在が重要なのだよ」
あの遅れてきた悪役令嬢によると、俺はただのモブキャラで破滅を約束された存在だ。そんな俺が重要だって?
破滅しないことを目標にしていた俺がようやく手に入れた幸せをこんな形で手放したくはない。だから代案を出すことにした。
「それなら俺はルミナリオに仕え、王族の監視下から一歩も出ないと約束しましょう。その代わり、リューテシアには指一本触れないでいただきたい」
「陛下、この男は本気です。ウィルフリッドを従わせる為にリューテシア嬢に手を出すようなら、何をしでかすか分かりません。余のたった一人の友の願いを叶えてください」
ルミナリオと一緒に平伏すれば、父も一緒になって頭を下げてくれた。
それならば、と渋々了承した国王陛下であったが、決定打になったのは俺たちの嘆願ではなく、
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