たとえ破滅するとしても婚約者殿とだけは離れたくない。だから、遅れてきた悪役令嬢、あんたは黙っててくれないか?

桜枕

文字の大きさ
上 下
29 / 84
第1章

第29話 伝えてみた

しおりを挟む
 結局、楽しいはずの長期休みは求婚してきた数々の家の対応に追われて、まともに休めなかった。

 最後は、
「家のことは気にせずに選べ。どんな選択でもお前を尊重する。お前の母ともそう話していた」

 という父の後押しもあり、俺はこれまで通りにリューテシアとの未来を切望した。

 リューテシアからの手紙は来ないし、どこにもお出かけできないし。踏んだり蹴ったりだ。

 俺が絶対絶命の状態であることを彼女は知っているのだろうか。
 他の貴族から脅迫とかされていなければいいけど。

 クロード先輩が卒業した学園で新学期が始まり、新入生として入学した妹のリファの晴れ姿を見て人目もはばからずに涙を流す俺の隣ではリューテシアが苦笑していた。

 いつもと同じだ。
 リューテシアの家には俺との婚約を揺るがすような知らせは届いていないということか。

 無事に入学式を終え、親睦パーティーに向かう前に女子寮へ婚約者殿を迎えに来たのだが……。

 先客がいた。

「リューテシア・ファンドミーユ。パーティーには出席せず、オレの研究室へ来い」

「なぜですか? わたしには婚約者がいます。いくら名門王立学園の教員からのお誘いでも了承しかねます」

 しつこくリューテシアを誘っているのは、俺たち薬術クラスの担当教員であるマリキス先生だった。

 元々、この学園の卒業生で、教師として剣術クラスを担当していたが、揉め事を起こして薬術クラスに追いやられた過去を持つ。

 俺たちが入学以降も、リューテシアや下級貴族の女生徒に声をかける姿が度々目撃されている。

 反対にカーミヤ嬢のような上級貴族令嬢には態度をかえる、手のひらクルクル野郎だ。

 男子生徒からは軽蔑され、女子生徒からは気持ち悪がられている。
 ゲームだから、顔だけはいいんだけどね。

「先生、俺の婚約者殿に何かご用意ですか?」

「ブルブラック。貴様はお呼びでない。さっさと会場へ向かえ」

「それはできません。お姫様をお迎えに上がるのが俺の役目です。どうしてもと言うのなら父に、ブルブラック伯爵家へ直接願い出てください」

 俺はマリキス先生の前を通り過ぎて、リューテシアの手を掴んだ。

「おいで」

「は、はい」

 あまり強引なことはしたくないのだが、これは致し方ない。

 感情の昂りを必死に抑え、リューテシアの手をきつく握りしめてしまわないように気をつける。

 しかし、無意識のうちに足は速くなってしまって、リューテシアの「お、お待ちください!」という声で我に返った。

「あ、ごめん! 少しでも早くリューテシアを連れ出したくて」

「ありがとうございました、ウィル様。あの、実は……」

 リューテシアはきゅっと唇を結んでから言葉を紡ぎ出した。

「以前からマリキス先生に誘われることはありました。でも、全てお断りしていました! ですが、遂に長期休みの間にファンドミーユ家に婚約の依頼が来てしまって」

「なんだって!?」

 それは俺の知らなかったことばかりだった。

「ブルブラック伯爵家にはウィル様との婚約依頼が多く届いていると聞き及んでいます。もしも、わたしたちの婚約が破棄されるようであれば……と」

「ふざけやがって。あのロリコン野郎、俺からリューテシアを奪おうっていうのか!」

 パーティーホールへと続く道に植えられた並木に打ち付けた俺の拳をリューテシアは優しく包み込んでくれた。

「わたしは誰にも奪われるつもりはありません。しかし、万が一にもウィル様の手から離れるようなことになれば自死するつもりです」

「ちょっ、ちょっと待ってよ、リューテシア! 話が飛躍しすぎてるって。自死なんて言わないでくれ」

 決意に満ちた目を向けられれば、怒りに沸々していた俺の頭も冴えるというものだ。

「それくらいの覚悟を持っているというお話です。しかし、ウィル様の貴族としての立場もありますから他の貴族令嬢との政略結婚が成立するのであれば、わたしは潔く身を引きます」

「でも、その場合は――」

「いいえ。ウィル様を脅迫するような真似はいたしません。その場合は修道院に向かうまでです」

 それはつまり、自分の将来を神に捧げるということだ。
 今後、誰の手も届かない存在になる。

 もちろん俺がどれだけ手を伸ばしても、決して触れることはできない。

「……嫌だ。そんなの嫌だ!」

 こんなにも情けない声を出したのはいつ以来だろう。
 俺はいつからこんなにも弱々しい男に成り下がったんだ。

「学年末パーティーに参加できなかったことをずっと悔いていました。あの日は、わたしたちの婚約について話があると、お父様から呼び戻されてしまいまして」

 やっぱりリューテシアのところにも、俺の元に多方面から婚約依頼が殺到しているという話が伝わっていたのだ。

「今日のパーティーを楽しみにしていました。ですが、わたしでは――」

「きみは俺のたった一人で、かけがえのない婚約者だ。今夜はリューテシアと踊ると決めている。きみ以外の人と一緒になるつもりはない。その……だから」

 俺は言葉を詰まらせた。
 言いたいことは喉元まで上ってきているのに素直に声に出せない。

 視線は自由に泳いでいるのだろう。
 リューテシアが心底心配そうに俺を見上げていた。

「だから、今夜は帰さない」

 言ってしまった――っ!

 驚きのあまり言葉を失い、大きな瞳をより一層大きく開いたリューテシアは何度か唇を動かしては止めてを繰り返してから、

「はい」

 と目を細めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

婚約者に見捨てられた悪役令嬢は世界の終わりにお茶を飲む

めぐめぐ
ファンタジー
魔王によって、世界が終わりを迎えるこの日。 彼女はお茶を飲みながら、青年に語る。 婚約者である王子、異世界の聖女、聖騎士とともに、魔王を倒すために旅立った魔法使いたる彼女が、悪役令嬢となるまでの物語を―― ※終わりは読者の想像にお任せする形です ※頭からっぽで

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...