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第1章

第25話 突き付けられた

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 去年も大盛況だった魔術大会の季節がやってきた。

 魔術クラスの生徒たちが高度な魔術を披露して、学生投票で一番優れている生徒を決めるという催し物だ。選ばれた生徒は学園の西門の壁に名前を彫ってもらえる。

「今年はマーシャルも出られるんだって?」

「はい。謹慎は解けましたから」

 去年の校外学習で花の色を変えようとしたマーシャルは、魔術協会から一年間の監視期間を設けると言い渡されていた。両親からもこっぴどく叱られたとか。
 その期間が終わり、魔術を発動しても良いと許可を得られたらしい。 

「何を披露する予定なのですか?」

 俺の隣を歩くリューテシアの問いかけに、マーシャルはよくぞ聞いてくれた! と言わんばかりの笑顔で答えた。

「回復魔術です」

「地味だな。時期的には氷なんかが評価されるんじゃないの?」

「パフォーマンスでは見劣りしますが、実用性の高さをアピールできますからね」

 そんなもんか、と前を向く。

 俺は魔術を使えないと公言しているから当然のように不参加だ。

 この魔術大会は寒い時期に開催されるとあって暖かいスープが用意される。
 そっちを目当てにしている生徒も多い。

 剣術大会では観戦以外にすることがない不参加者にも配慮されたイベントとなっている。
 去年のスープは美味かったから今年も期待できる。

 ワクワクして迎えた当日。魔術クラスの生徒たちが自慢の魔術を披露していく中、他の生徒に紛れて観覧中のカーミヤと目が合った。

 以前とは違い、取り巻きを連れていないから近づきやすくはなった。今日は用意された特別席も使用していないから尚更だ。

 しかし、クロード先輩が学園を離れてしまったこともあり、俺との間によからぬ噂が立つようになってしまったのも事実だ。

「どしたー?」

「花の色を変える魔術は禁忌と聞いた。理由を知っているか?」

「理由? ダメだからじゃないの?」

「そうじゃなくて。なんでダメなのかって話だ。色を変えると普通の薔薇を青に変えられるわけだけど、それの何がいけないんだ?」

「知らないよ。そういう設定なんだから、ふーん、そうなんだ、でいいじゃない。細かい男は嫌われるよ」

 割り切れってことか。

 去年のマーシャルは青い薔薇を偽装してまでリューテシアに好意を示そうとした。

 婚約者の俺がいるのに、だ。
 いや、俺がいるからこそ奇跡の青い薔薇を使うことにしたとか?

 頭の中がごちゃごちゃしてきた。

 面倒くさがったカーミヤに追い返された俺は、マーシャルの出番が来るまでぼーっとクラスメイトの魔術を見ていた。

「ウィル様、スープをお持ちしました」

「うわっ! ごめん、リュシー! 俺が取りに行かないといけないのに」

 ぼーっとしすぎた。
 リューテシアはお皿を両手で持って、足元を見ながら慎重に俺の元まで来てくれた。

「俺、リュシーの分を貰ってくるよ」

「いえ。これを二人で。一杯食べてしまうと、この後のランチが食べられません」

「そ、そうか。そうだよな。うん! そうしよう」

 小食な婚約者殿も可愛い。

 俺がスプーンを取ろうとすれば、リューテシアはさっと奪い取り、先にスープを一掬いした。

 現代のレディーファーストなんて良いものではなく、いわゆる毒味をしようとしてくれているのだ。
 幼い頃から止めろと言ってきたが、まだ悪い癖が抜けきっていない。

――まぁ、学園が準備してくれたものだからいいか。何でも一口目が美味いからな。

 そんな風に思っていると、観覧するカーミヤの元にもスープが運ばれた。

 元のカーミヤ嬢は文句を言いながらも人からの好意を受け取る人だった。
 神谷かみやと名乗った女が転生してからは以前よりも親しみやすくなり、クラスメイトと限りなく対等な関係を築いている。

 彼女だってこの寒い季節に暖かいスープはありがたいだろう。

 迷いなくスープを飲むものだと疑わなかった。

 しかし、カーミヤは受け取ることすらしなかったのだ。
 匂いを嗅ぐわけでもなく、スープの色味を見るわけでもなく、断固拒否したのだ。

「待て、リュシー! 口をつけるな!」

「っ! は、はい!」

 奪うようにスプーンと皿を取り上げ、匂いを嗅ぐ。
 何も感じない。ただのスープだ。

 味も確かめたくなるが、そこはぐっと堪えた。

「あの……そんなにお腹が空いてらっしゃるなら、もう一杯お持ちしましょうか?」

「そうじゃなくて。嫌な予感がするんだ。食べない方がいい」

 リューテシアは他の生徒が「美味い、美味い」と言いながらスープを飲む姿を見て怪訝そうにしていた。

「ほら、マーシャルの出番だ。スープは忘れて一緒に見よう」

 横並びでマーシャル自慢の回復魔術を楽しみにしていた矢先、事件が起こった。

 一人の生徒が腹痛を訴えたのだ。

 それだけならトイレを促して終わりなのだが、一人また一人と同じ症状を訴える生徒が出てきて、大会どころではない大混乱となった。

「みなさん、一体どうしたのでしょう」

「分からない。……まさか、集団食中毒!?」

「しょくちゅうどく?」

 小首を傾げるリューテシアが可愛い。なんて言ってる場合ではなく、俺はカーミヤを探した。

「ウィル様?」

「こっちだ、リュシー。カーミヤの所に行く」

 彼女の手を引き、混乱する生徒たちを見下ろすカーミヤの元へ急ぐ。

「何が起こっている。教えてくれ、カーミヤ!」

「んー、これ? これはね、マーシャルルートのバッドエンドなんだ」

「バッド、エンド……?」

「そうそう。あのスープ作りを阻止する選択肢なかった?」

 そんなことを言われても、目の前に選択肢が出てきたことなんて一度もない。

「いや。昨日はマーシャルと一緒に帰ったくらいで――」

「それ! それだよ、きみ。マーシャルは家庭科室に行かないとダメなんだよ。それをきみが阻止した。その結果だねー」

 なんの話ですか? と不思議そうにしているリューテシアの隣で俺は愕然とした。

 あれが選択肢だって!?
 俺のせいでバッドエンドに向かっているとでも言いたいのか。

「か、解決策は!? どうすればここから巻き返せる!?」

「ゲームではこの時点でもう暗転してオープニングに戻ってるよ。セーブしたところからやり直し。でも、ここではそんなの無理でしょ?」

 いよいよ眉間に皺を寄せるリューテシアの手を強く握り締め、必死に考えを巡らせる。

 このままでは地獄絵図だ。
 なんとしてでも被害を最小限に抑えたい。

 視線を移すと、こちらの状況を知らずに魔術を披露していたマーシャルと審査員たちの元にも生徒会役員が駆け寄って事情を説明しているようだった。

「僕の回復魔術で治しますよ。一列に並んでください!」

 ポイント稼ぎのためか、それとも正義感からか、マーシャルは迷わずに叫んだ。
 その声を聞いた生徒たちは縋り付くように集まってきた。
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