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第1章

第24話 物語が少し変わった

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「さっすが公爵令嬢って感じ!」

 呼び出しに応じてみれば、カーミヤはご機嫌に専用サロンの椅子に座っていた。

「何の用だ、カーミヤ」

「その呼び方好きじゃなーい。カミヤって呼んで」

 なんだそりゃ。
 伸ばすか、伸ばさないかの違いじゃないか。

「あたし、神谷って名字だから。神谷かみやともえ

「…………」

「ノリ悪いなーっ」

 別に無視したかったわけじゃない。自分の名前を思い出そうとしていたのだ。
 でも、ダメだった。

 俺は転生して以来、本名を含めた前世の記憶の大部分を失っている。

「まぁいいや。で、クロードは何か言ってた?」

 ここでの何か言ってた? は先日の空き教室でのことだろう。

「きみと一夜を共にしたと。あとは相談事を少し」

「言っちゃったんだ。そんなに彼から信用されているんだね。恥ずかしいなーっ」

 赤らめた頬を両手で隠す仕草もどこか演技じみていて素直に可愛いとは思えなかった。

「相談って、青い薔薇のこと?」

「聞いていたのか。せっかく気を遣って言わなかったのに」

「聞こえてないよ。展開的にはそろそろかなって」

「展開?」

「そ。ゲームのね。クロードはヒロインのために青い薔薇を探しに行くんだ」

 ゲームの内容を知らない俺にとっては衝撃的だった。

 クロード先輩の行動が彼自身の意志ではなく、ゲームの強制力によるものだということを信じたくなかった。

「クロード先輩はどうなる? 薔薇は見つかるのか?」

「ううん。だって、クロードルートでは青い薔薇なんてどこを探してもないんだもん。彼はその覚悟をもって愛を証明して終わりって感じ」

「そんな……。じゃあ、取り越し苦労じゃないか」

 カーミヤはそういう仕様だから、と無情にも笑った。

「ゲームのことは知らないけど、先輩にとってのヒロインはカミーヤ嬢なんだよ。それなのに平然と先輩を送り出すのか!」

「だからそういうもんなんだって。ボロボロで帰ってきたら、よしよししてあげて、ちゅーするんだ。これでゲーム通り。ま、ゲームの中でそれをするのはあたしじゃなくて、ヒロインだけどね」

「未来を知っているのにあんまりだ」

「むしろ何も知らないでここまでよく来れたね。ヒロインが持ってる黒薔薇のブローチってあんたが渡したの? もしかして、本物の黒薔薇も持ってる? あれって条件を満たさないと出てこないのに」

 ちょっと待て。落ち着け、顔に出すなよ。

 転生女は重要なことを言っている気がする。
 この話だけは聞き流すな。

 そう自分に言い聞かせて、無表情のまま彼女のご機嫌を損ねないように相槌をうつ。

「偶然だよ。俺は破滅しないために一生懸命だった。それだけだ」

「黒薔薇が出たということは……。あー、よりにもよってそのルートか。あのエンディング嫌いなんだよなー」

「青い薔薇がないってどういうことなんだ? ゲーム内で語られていないのか?」

「さぁ? 黙ってろって言ったのはあんたでしょ?」

 憎たらしい笑顔を浮かべるカーミヤへの苛立ちは募るが、渦巻く黒い感情をぐっと堪えて平謝りしておいた。

「青い薔薇なんてルミナリオルート以外では必要ないし」

 赤い毛先を指先でくるくる弄ぶカーミヤが足を組み直す。

「まぁ、いいわ。青い薔薇を探し始めたならクロードルートは終盤。あたしは破滅しないっぽいけど、あんたはどう?」

「俺は不祥事を起こさない。だから破滅していない。これまでも、これからもだ」

「もしもあのルートに入っているなら……くふふ。楽しみね」

「ご忠告感謝する。これからも俺は自分のために、そして婚約者殿を悲しませないために節度ある行動を心がけるだけだ」

「ふぅん。頑張ってーっ」

◇◆◇◆◇◆

 彼女曰く、クロード先輩が青い薔薇を探す旅に出てしまったことで発生するイベントが少し変わったらしいが、ストーリーの大筋からは逸れていないらしい。

 今年度の剣術大会では、三年生代表は名前も知らない先輩で、二年生代表がディード、一年生代表が弟のトーマとなった。

 決勝戦はディードとトーマの一騎打ちで、我が弟が圧倒的な力の差を見せつけて優勝を果たした。

「なんで、お前ら兄弟はそんなに強いんだよ!」

「僕など兄さんには遠く及びません。兄さんなら10秒足らずで仕留めていることでしょう。兄さんが剣術クラスではないことが悔やまれます」

「おい待て。去年の俺は10秒以上持ったぞ!」

 ディードだけがさっきからずっと騒いでいる。
 実際にすぐに試合は終わっていたから、トーマは実力の半分も出していないだろう。

 良かった、俺出なくて。

 トーマは優勝したくせに喜びもせずにトロフィーを俺に見せてくれた。

「なぜ今年は出てくれなかったのですか? 約束したのに」

「ちょっとな。許せ。それに俺が参加していても結果は同じだ」

「またまたご冗談を」

 それはこっちのセリフだよ。

 俺は自分の煩悩を消すために剣を振っていただけで、別に強くなりたかったわけではない。
 俺よりも才能のあるトーマの方が剣術への向き合い方も誠実なのだから強くて当然なのだ。

 その後、学園の東門の壁に第109回剣術大会の優勝者として、トーマ・ブルブラックの名前が刻まれた。

 昨年分はポッカリと空いてしまっているのが残念だ。
 本来であればクロード先輩が二連覇、あるいはトーマを破って三連覇していたかもしれない。

「あんたの弟が入学したせいで、クロードvsディードの決勝戦イベントが発生しなかったねー」

「そもそもクロード先輩はあんたのために休学しているんだから戦えないだろ。あと、イベントなんて言い方するな」

「イベントはイベントだもーん。ディードルートなら、去年の雪辱を晴らすために何度も立ち上がるんだよ。あの一枚絵が本当にカッコよくてねー」

 そんなことを言われても去年は俺とディードが戦っているのだから、クロード先輩との間に雪辱なんてない。

 むしろ俺たち兄弟に負けたからこそ、「来年は絶対に!」と意気込んでいるのだ。

「今年は勝手に参加者リストに名前を書かなかったんだね」

「はい。嫌がられるかと思いまして」

 さすが婚約者殿だ。
 よく理解してくれている。

「来年は参加してくださいね。最後のチャンスですから」

 そうか。
 俺はもう卒業するのか。

 来年こそは優勝しなければ、俺の名前を学園の壁に刻んで欲しいという婚約者殿の願いを叶えてあげることができなくなる。

「勝つよ」

「はい。信じています」

 リューテシアとの約束を果たすまでは破滅できないぞ。
 気を引き締め直せよ、ウィルフリッド。
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