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第1章

第22話 噛み合わなかった

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 廊下の隅で話そうと思っていたが、途中でカーミヤ嬢に手を引かれ、空き教室へと連れてこられた。

「こんな場所があったのか。一年通ったけど気づかなかった」

「ここはヒロインとクロードが密会する秘密の空き教室なんだ。クロードルート以外では出てこない穴場だよ」

 今の会話だけでカーミヤ嬢の中に転生している人物がこのゲームを知っていることが判明した。

「ヒロインの名前ってデフォ名なんだね。あたしは自分の名前をつけてやってたなー」

 デフォ名、つまりデフォルトネーム。初期設定でつけられた名前のことを指しているようだ。
 そして、自分の名前をヒロインの名前にして楽しんでいたとなれば、間違いなく中身は女性。

「リューテシアのことはいいけど、あなたはなんで存在しているの? ヒロインの婚約者ってストーリー開始時点で退場済みのはずなんだけど。名前も容姿も出てこない、他の女に手を出したクズなのに」

 うぐっ。
 本来のウィルフリッド君の様子を説明されると胸にくるものがあるな。

「俺はこのゲームをやったことがないから、そんなことを言われても知らん。ただ、破滅すると言われたから、そうならないようにした結果がこれだ」

「へー、誰に?」

「誰って。ピロン! っていうあの電子音だよ。あれを聞いて転生しているって気づいたんじゃないの?」

「知らなーい。ちゃんと死んだのかも分からないし。自分の顔と体じゃない! ってなって、ゲームの中だって気づいた感じ」

 俺とは違う覚醒の仕方だが、このゲームのことを知っているのは大きなアドバンテージだ。

「いつから転生してるって気づいたの? パーティーの直前?」

「九歳の時だ」

 カーミヤ嬢に転生した人は理解できないといった風に目と口を開き、「はぁ?」と小さな声を漏らした。

「九歳の時から俺はウィルフリッド・ブルブラックだ。去年からこの学園に在学している」

「ちょ、ちょっと待って。それって凄いことじゃないの!?」

「さぁ、どうだろ。もうこれが俺の人生だから何も感じないけど」

「ウィルフリッドなんてキャラは『アオバラ』に登場しないもん。いないはずのキャラが堂々とヒロインの婚約者として存在するなんておかしいよ!」

 親睦パーティーの時と同じ金切り声を上げるカーミヤ嬢もどきには流石にイラっとしてしまった。

「……そういうことか。あんたがいるから去年の剣術大会の優勝者の名前が東門の壁に彫られていなかったのね」

「去年はクロード先輩が優勝を辞退したからな」

 ここ数日、彼女が授業に出なかったのは学園内を散策していたからのようだ。

「あなたが存在するからゲームには登場しなかった、あなたの弟まで入学してくるし。ストーリーはめちゃくちゃだし。あー、最悪」

 赤髪をかき上げながら苛立ちを隠そうともしない彼女の姿は見るに耐えなかった。

「おい、カーミヤ嬢はそんな仕草はしない。記憶はあるんだろ? クロード先輩のためにもカーミヤ嬢で居続けてくれ。二人はやっと素直になれそうなんだ」

 クロード先輩とカーミヤ嬢の距離が少しずつ縮まっていることは喜ばしいことで、ぎこちなくもお互いへの気持ちを吐露するようになったのも知っている。
 だからこそ、よそ者に邪魔してほしくなかった。

「はぁ? もうこの体はあたしの物なんだから、どうしようが勝手でしょ。それにあなたにだけは言われたくないわ」

 くっ。それを言われると何も反論できない。
 俺だってウィルフリッド君の性格と言動を真逆のものにして、こうして存在しているのだから。

「推しのクロードの好感度を上げておいてくれてありがと。婚約破棄にビクビクしてたけど、これなら安心して学園生活を送れそう」

 ジリジリと距離を詰める彼女の手が伸びてくる。
 微動だにせずにその手を払い除けると、不満げな顔でちゅっと音を立てて投げキッスされた。

「これ、お礼。意地張ってないで仲良くしようよ。このゲームやったことないなら、誰が攻略対象かも分からないんじゃない? 各エンディングも全部教えてあげるって」

 体をくねらせて甘い声で誘惑する姿には、やはり以前のような威風堂々とした雰囲気はない。

「ゲームのことはどうでもいい。俺はリューテシアと一緒に居たいだけなんだ」

「あー。あんたも一緒か。破滅しないようにビクビクしながら過ごしてるんでしょ? 尚更、あたしと仲良くした方がいいじゃない」

 彼女の言う通りだけど、どうしても受け入れられなかった。

「んー、あー、ヒロインへのいたずらを止めさせたんだ。これクロードルートだ。へー、剣術大会決勝はウィルフリッドとクロードか。あ、そういう展開ね。マーシャル、もう変色魔術を使ったんだ。おー、ルミナリオ王太子とも接触済みかー。生徒手帳を落とすって、それヒロインの仕事なんだけど」

 彼女は目を閉じながら、独り言を呟いている。

 これには見覚えというか、俺もやったことがあった。

 自分の中にある他者カーミヤの記憶を呼び起こして、追体験しているのだ。

「ヒロインはどの攻略対象とも好感度を上げてないんだ。これは、あれだなー。あれになっちゃうなー」

 チラチラとこちらを見ながら煽ってくる転生者を無視し続けていたがもう限界だ。

「黙っててくれないか」

「んー?」

「ゲームの世界だとしても、俺もリューテシアもクロード先輩も生きている。和を乱すような真似はやめて欲しい。この通りだ」

 直角に腰を折ると、頭上から「背筋きれー」という感想が聞こえてきた。
 俺の願いは1mmも彼女には伝わっていないようだ。

「俺はあんたの邪魔をしない。だから、あんたも邪魔をしないでくれ。俺は婚約者殿と離れたくないだけなんだ」

「そんな敵対心を燃やさないでよ。破滅確定キャラ同士、仲良くしようって提案しているだけなんだから」

 差し出された華奢な手を見下ろす俺に彼女は尚も語りかける。

「このゲームって攻略するの難しいんだよね。それに各キャラ毎のバッドエンドもあるからね。お互いに推しと幸せになろうよ、このカーミヤちゃんと一緒に」

「ありがたい話だが、やはりきみがカーミヤ嬢と同じ名を名乗ることが受け入れられない。これで失礼する」

「なーんだ。つまらない男」

 吐き捨てる彼女を見向きもせずに俺はさっさと空き教室をあとにした。
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