上 下
14 / 84
第1章

第14話 女の園で困らされた

しおりを挟む
 薬術とは不治の病に著効する薬や、不老不死の薬の作成を目的とする学術だった。
 簡単に言えば、錬丹術の一種だ。

 王立学園の卒業生には有名な薬術学者や有能な薬師も居るらしいが、居たとしても俺の母は救われていない。
 それが答えだ。

 失敗した。
 こんなやるせない気持ちになるくらいなら、剣術か魔術を専攻すればよかった。

 それに見渡す限り女生徒たちしか居ない。
 初日は彼女たちの何とも言えない視線を浴びながら自己紹介を終えた。

 この授業だけは学年関係なく同じクラスとして行われるから、隣の席が先輩だったなんてことは珍しくない。もちろん、リューテシアとカーミヤ嬢も同じクラスだ。

 逆に剣術クラスは男子しか所属していない。聞くだけでむさ苦しいはずなのに、イケメン揃いだから遠くから見るとそうは感じない。

 魔術クラスは男女の比率が半々だ。出会いの場にもなっているとか。
 ただでさえ、魔術は誰もが発動できるものではないから真剣に学んでいる生徒と、そうでない生徒との差が生まれやすいとも聞いた。

「今日のペアよろしくね」

「ウィルフリッド・ブルブラックです。よろしくお願いします」

「知ってるって。ウィルフリッドくんが入ってからクラス全体が引き締まったんだよ」

「はぁ……。なぜですか?」

「男子の目があるって重要なんだよ」

 そういうもんなのか。
 この授業の時だけは女子校みたいなノリだったんだろうな。
 それなら俺は居ない方が良いのでは?

「ミスターブルブラック。この薬草について答えろ」

 隣の先輩女子とおしゃべりしていたからか、男性教師に当てられてしまった。

 静かに立ち上がり、知っていること全てを答える。

 俺は妹のリファと一緒に薬草について学んだし、リファの家庭教師はこの学園の卒業生でもある。
 つまり、答えられないはずがないのだ。

「もういい。座りなさい。……もういいと言っているのだ!」

 おっと。
 つい熱中してしまった。

 薬草や花は調べれば、調べるほど沼にはまっていく不思議な魅力がある。
 教卓に立つ、影のあるイケメン男性教師も俺と同じパターンかと思ったが、そうではないらしい。

「マリキス先生って、剣術クラスで問題を起こしたから薬術クラスに左遷《させん》されたんだって」

 着席した俺に耳打ちする先輩。

 待て待て。
 このクラスって左遷先なのかよ。
 自分で言ってて悲しくならないのか?

 俺なんて、他のクラスに目もくれずに選んだってのに……。

 まぁ、人それぞれ得意不得意があるからな。
 そういうことにしておこう。

 結論から言うと、この先生の授業はつまらなかった。
 俺が十歳の時に十分で習ったことを六十分かけて説明するのだ。

 これで不治の病の薬を作る学術とは笑わせてくれる。

 こんな授業なら出る価値はない。次からは適当にサボって、テストだけ受けようかと考えてしまった。

 それに俺が正解を答えるとリューテシア派閥の女子は必要以上に拍手して、カーミヤ派閥の女子は親の仇でも見るような目で睨みつけてくる。
 こんなのが続くなら出ないほうがましだ。

 それから数日が経った放課後。
 リューテシアと玄関で待ち合わせをしていた俺は下駄箱の前でおろおろしている彼女に声をかけた。

「どうかした?」

「ウィル様。それが、わたしの靴がなくなっていまして」

 失礼して下駄箱を開けてみたが、そこに外履き用の靴は入っていなかった。

 学園から女子寮までは徒歩で三分ほど。
 男子寮は更に遠く五分ほどの所に建てられている。

 婚約者殿を内履きで歩かせるのは気が引ける。何か手はないものか。

「あっ。リュシー、もしよければこの靴を使ってくれ」

「しかし、それではウィル様が。これは?」

「ちょうどもう一足持ってるんだ」

 俺は鞄の中から剣術クラスで使われている専用の靴を取り出して、リューテシアに見せた。

 これは、ついさっき担任から渡されたもので、俺も父親と同じ剣術クラスに入るだろうと予測して事前に取り寄せたものらしい。

 しかし、残念なことに俺は薬術クラスを選択してしまったから、ずっと職員室に置いたままだったとか。

 なぜ勝手に決めつけた。
 なぜ母親と同じ道を行くかもしれないと想像力を働かせなかった。

 ま、いっか。タダだし。

「俺は自分の靴があるから」

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 リューテシアは新品の靴を履き、「おっきいですね」と呟いた。
 案の定、靴のサイズが合っていない。

「ありがとうございます」

「内履きは持って帰るの?」

「はい。こちらまでなくなってしまっては明日からの授業に差し支えるので」

 確かにその通りだ。

 リューテシアの靴はなくなったのではなく盗まれた。あるいは隠されたか、捨てられたか。
 どちらにしても、楽しい話ではない。

「思い当たる人はいますので、心配ご無用です」

「やっぱり、カーミヤ派の?」

「おそらくですが」

 その日、リューテシアは靴の底をカパカパと鳴らしながら寮まで歩いた。
 サイズが合っていないから仕方ないが、それすらも楽しんでいるのだから、俺の婚約者殿はつくづくしたたかだなと思う。

 数日後、俺は学園内にあるサロンへと足を向けた。
 サロンは上級生だけが使える場として提供されているが、唯一、新入生でも使える場所がある。しかし、今は専用サロンとなっていて自由には使用ができない。

「それで、わたくしの指示に従って、女生徒がリューテシア嬢の靴を隠したと?」

「そうは言っていない。カーミヤ嬢のお友達が婚約者殿の私物を隠している現場を見てしまったと言っているんだ。きみの知らぬ所での犯行なら、まずいと思って伝えに来た」

「なるほど。ご忠告はありがたく受け取りましょう。それとは別件で、わたくしの元には数多くの女生徒があなたに泣かされているというお話がよく舞い込んでくるのですが、こちらの真相は?」

「あー、最近はハニートラップが多くて」

「はにーとらっぷ?」

「要するに俺への誘惑が多いってこと。普通に考えて、婚約者がいる貴族の息子を女子寮に誘うか?」

「あら。人のものを欲しがるのは人のさがではなくて?」

 あー。そういや前世でもクラスに居たわ。カップルクラッシャーの異名を持つ女。
 俺には一生、縁がないと思っていたが、転生してからご縁があるとはな。

 そういうやり方で俺を破滅へ突き落とすつもりか。
 告白なら百歩譲って受け入れ、丁重にお断りするが、誘惑となると話は変わってくる。その手には乗らんぞ。

「とにかく、カーミヤ嬢の友人からのお誘いが多くて、大迷惑しているのは事実だ。でも、リューテシアの方が問題だろ? 場合によっては学園側にも報告する」

「いくら、わたくしでも人の気持ちを操作などできませんわ。真摯に向き合ってくださいまし。代わりにリューテシア子爵令嬢の件はこちらで請け負いましょう」

 よし。話は横道に逸れたが、目的は達成できた。
 みんな誤解しがちだけど、カーミヤ嬢は意外と話せば分かってくれる人なんだよ。

 その日以降、リューテシアへの嫌がらせはぴたりと止み、彼女にとって穏やかな日常が戻って来た。
 ついでに俺へのハニートラップもなくなった。カーミヤ嬢が手を回してくれたのだろう。

 これで俺も一安心と思っていたのだが……。

「魔力暴走だ!! 誰か、マーシャルを止めてくれ!」

 絶賛、事件に巻き込まれている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...