40 / 41
第40話
しおりを挟む
魔王様襲来から数日が経ち、俺たちはデロッサの森に住まいを移した。
リフォームしたばかりのマイホームも黒羊族の転移魔法で移動させて新生活を送る上で万全の状態が整った。
ただ、問題がないわけではない。
「旦那様、また雑魚が入り込んでいましたわ」
「あれま。帰ってもらったか?」
「もちろんです。妾たちの愛の巣に土足で入る不届者にはお引き取り願いました」
邪悪な笑顔は不安になる。
木々が血まみれとかやめてくれよ。
「トーヤ。国境付近の街で不穏な動きがあります」
「人族も懲り奴らやな。勇者はただの人になったっていうのに」
「別に命を奪ったわけではないですからね。トーヤは甘いのですよ」
「右腕と勇者の証とも言える聖剣を失ったんやで。十分やろ」
「首一つにして送り返すべきでした。私があの場にいれば進言できたのに!」
変な形で不甲斐なさを噛み締めるクスィーちゃんに苦笑することしかできなかった。
クスィーちゃんは真面目な子だけど、魔王国基準のため発想がぶっ飛んでいる。
それを不思議にも思っていないから余計に恐ろしかったりするのだ。
「次があったら、その時はな」
「次ですか……。トーヤはまだ事の重大さを理解していないようですね」
俺だけじゃなくてギンコもウルルも分かってないと思うよ。
大真面目なクスィーちゃんと違って、ギンコたちは呑気にじゃれあっている。
「ここは人族の国と魔王国の境にある森です。これまでは誰も立ち入ることができなかった土地を魔族のトーヤが獲ったとなれば、間違いなく争いが起きます」
「人族が攻めてくるって?」
「人族だけではありません。他の魔族も黙っていないでしょう」
「なんで?」
「トーヤは魔王軍の四天王でもなければ、幹部でもない、ただの野良です。そんな者が土地を賜ったとなれば、目の敵にされて当然です」
「それは困るで。そんなつもりはないんやけど」
「人族にとってのここは神聖な森です。それを穢されたとなれば怒り狂うでしょう。それに、易々と自国に魔物や魔族の侵入を許すことになります。見過ごすと思いますか?」
分かりやすい説明を聞いた俺は膝の震えが止まらなかった。
「つまり、俺は全方向に喧嘩を売ったってこと?」
「そうなります。魔王様にも何か意図があるかもしれませんが、私もそこまでは……」
饒舌に語っていたクスィーちゃんが申し訳なさそうに目を伏せた。
「教えてくれてありがとう。俺、アホやからそこまで考えてなかったんよ。クスィーちゃんが居てくれてよかった」
「ありがとうございます。あともう一つ」
「妾の問題やね」
俺の隣にはギンコがいた。
「オババたちが人族にも魔族にも悪いことをしていたなら妾も同罪でしょうね」
「アホか。そんなこと気にすんな。守るって約束したやろ?」
「はいっ! 旦那様」
涙をためるギンコの笑みは心に来るものがある。
これが九尾族の持つ魔性のスキルかもしれないけれど、俺にとってのギンコは大切な仲間で嫁だ。
「ウルッッ!!」
突然、騒ぎ出したウルルを宥めているとギンコも同様に警告してきた。
「森の西側に人族の群れが」
今の俺は種族が混在しているから九尾族のような嗅覚がない。こういう時はギンコとウルルが頼りになる。
木々に隠れて見ると隻腕のヤンキー勇者を先頭に人族が集結していた。
数は数えられないほどだ。
とにかく武装していて、戦争でも始めようという雰囲気だった。
「本気かよ」
「良かったですね、トーヤ! 勇者の首をはねて、送り届けてやりましょう!」
なんでそんなに生き生きしてんの?
「一人当たりどれだけ殺せばいいんやろ。ウルルの訓練にもちょうどいいですわね」
やる気満々やん。
たった4人でどうにかなる数じゃないと思うんやけど。
「落ち着いてや。穏便に行こう。俺が九尾族になって、"ドミネーション99"で帰ってもらうから」
「ちぇー」
なんで不服そうやねん。
どんだけ暴れたいんや。そういうお年頃か?
「でも、今は人族側だけやからいいけど、魔族も攻めてくるようなら厄介やな」
しばし、考えてみる。
ここは俺がスローライフを始めるに相応しい森だから死守したい。
「どっちか結界を張ったりできひんの?」
首を横に振るギンコと眉をひそめるクスィーちゃん。
「できなくはないですけど、効果は薄いと思いますよ。力技で破られますし、森全部となれば広範囲すぎます」
それに、と付け足す。
「結界魔法よりも、加護してもらうほうが早いでしょうね」
「誰から?」
「無論、ホワイトドラゴンです」
フォオォォォォォォ!!
遂にドラゴンの名が出てきた。
やはりファンタジーといえばドラゴン。
絶対に会いたい!
「よし! さっさと人間様を追い返して、そのドラゴンを探しに行こう! どこにいるん!?」
「ホワイトドラゴンもダークドラゴンも魔王城の裏山を産卵場所にしています。その辺りではないと」
俄然やる気が出た俺は集結している人族の前に出ようとしたのだが、クスィーちゃんに服を引っ張られた。
「プライドの高いホワイトドラゴンがトーヤの言うことを聞くとは思えません。それに、竜の加護は一生に一度しか発動できないと聞きます。そんな貴重なものをトーヤのために使ってくれるかどうか……」
「その辺は交渉すればいい。まずは会えるかどうかやろ?」
「それはそうですけど」
「心配は無用よ、耳とがり。旦那様ですもの」
謎理論なのにクスィーちゃんは納得し始めていた。
「じゃあ、とりあえずドミネってくる」
「行ってらっしゃいませ」
差し出されたギンコの手に自分の手を重ねて、大切に唱える。
「切替ステータス――ギンコ」
九尾族になった俺は今にもデロッサの森に入ってきそうな勢いの人族に向かって魔法を発動させた。
リフォームしたばかりのマイホームも黒羊族の転移魔法で移動させて新生活を送る上で万全の状態が整った。
ただ、問題がないわけではない。
「旦那様、また雑魚が入り込んでいましたわ」
「あれま。帰ってもらったか?」
「もちろんです。妾たちの愛の巣に土足で入る不届者にはお引き取り願いました」
邪悪な笑顔は不安になる。
木々が血まみれとかやめてくれよ。
「トーヤ。国境付近の街で不穏な動きがあります」
「人族も懲り奴らやな。勇者はただの人になったっていうのに」
「別に命を奪ったわけではないですからね。トーヤは甘いのですよ」
「右腕と勇者の証とも言える聖剣を失ったんやで。十分やろ」
「首一つにして送り返すべきでした。私があの場にいれば進言できたのに!」
変な形で不甲斐なさを噛み締めるクスィーちゃんに苦笑することしかできなかった。
クスィーちゃんは真面目な子だけど、魔王国基準のため発想がぶっ飛んでいる。
それを不思議にも思っていないから余計に恐ろしかったりするのだ。
「次があったら、その時はな」
「次ですか……。トーヤはまだ事の重大さを理解していないようですね」
俺だけじゃなくてギンコもウルルも分かってないと思うよ。
大真面目なクスィーちゃんと違って、ギンコたちは呑気にじゃれあっている。
「ここは人族の国と魔王国の境にある森です。これまでは誰も立ち入ることができなかった土地を魔族のトーヤが獲ったとなれば、間違いなく争いが起きます」
「人族が攻めてくるって?」
「人族だけではありません。他の魔族も黙っていないでしょう」
「なんで?」
「トーヤは魔王軍の四天王でもなければ、幹部でもない、ただの野良です。そんな者が土地を賜ったとなれば、目の敵にされて当然です」
「それは困るで。そんなつもりはないんやけど」
「人族にとってのここは神聖な森です。それを穢されたとなれば怒り狂うでしょう。それに、易々と自国に魔物や魔族の侵入を許すことになります。見過ごすと思いますか?」
分かりやすい説明を聞いた俺は膝の震えが止まらなかった。
「つまり、俺は全方向に喧嘩を売ったってこと?」
「そうなります。魔王様にも何か意図があるかもしれませんが、私もそこまでは……」
饒舌に語っていたクスィーちゃんが申し訳なさそうに目を伏せた。
「教えてくれてありがとう。俺、アホやからそこまで考えてなかったんよ。クスィーちゃんが居てくれてよかった」
「ありがとうございます。あともう一つ」
「妾の問題やね」
俺の隣にはギンコがいた。
「オババたちが人族にも魔族にも悪いことをしていたなら妾も同罪でしょうね」
「アホか。そんなこと気にすんな。守るって約束したやろ?」
「はいっ! 旦那様」
涙をためるギンコの笑みは心に来るものがある。
これが九尾族の持つ魔性のスキルかもしれないけれど、俺にとってのギンコは大切な仲間で嫁だ。
「ウルッッ!!」
突然、騒ぎ出したウルルを宥めているとギンコも同様に警告してきた。
「森の西側に人族の群れが」
今の俺は種族が混在しているから九尾族のような嗅覚がない。こういう時はギンコとウルルが頼りになる。
木々に隠れて見ると隻腕のヤンキー勇者を先頭に人族が集結していた。
数は数えられないほどだ。
とにかく武装していて、戦争でも始めようという雰囲気だった。
「本気かよ」
「良かったですね、トーヤ! 勇者の首をはねて、送り届けてやりましょう!」
なんでそんなに生き生きしてんの?
「一人当たりどれだけ殺せばいいんやろ。ウルルの訓練にもちょうどいいですわね」
やる気満々やん。
たった4人でどうにかなる数じゃないと思うんやけど。
「落ち着いてや。穏便に行こう。俺が九尾族になって、"ドミネーション99"で帰ってもらうから」
「ちぇー」
なんで不服そうやねん。
どんだけ暴れたいんや。そういうお年頃か?
「でも、今は人族側だけやからいいけど、魔族も攻めてくるようなら厄介やな」
しばし、考えてみる。
ここは俺がスローライフを始めるに相応しい森だから死守したい。
「どっちか結界を張ったりできひんの?」
首を横に振るギンコと眉をひそめるクスィーちゃん。
「できなくはないですけど、効果は薄いと思いますよ。力技で破られますし、森全部となれば広範囲すぎます」
それに、と付け足す。
「結界魔法よりも、加護してもらうほうが早いでしょうね」
「誰から?」
「無論、ホワイトドラゴンです」
フォオォォォォォォ!!
遂にドラゴンの名が出てきた。
やはりファンタジーといえばドラゴン。
絶対に会いたい!
「よし! さっさと人間様を追い返して、そのドラゴンを探しに行こう! どこにいるん!?」
「ホワイトドラゴンもダークドラゴンも魔王城の裏山を産卵場所にしています。その辺りではないと」
俄然やる気が出た俺は集結している人族の前に出ようとしたのだが、クスィーちゃんに服を引っ張られた。
「プライドの高いホワイトドラゴンがトーヤの言うことを聞くとは思えません。それに、竜の加護は一生に一度しか発動できないと聞きます。そんな貴重なものをトーヤのために使ってくれるかどうか……」
「その辺は交渉すればいい。まずは会えるかどうかやろ?」
「それはそうですけど」
「心配は無用よ、耳とがり。旦那様ですもの」
謎理論なのにクスィーちゃんは納得し始めていた。
「じゃあ、とりあえずドミネってくる」
「行ってらっしゃいませ」
差し出されたギンコの手に自分の手を重ねて、大切に唱える。
「切替ステータス――ギンコ」
九尾族になった俺は今にもデロッサの森に入ってきそうな勢いの人族に向かって魔法を発動させた。
11
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる