チートな環境適応型スキルを使って魔王国の辺境でスローライフを ~べっぴんな九尾族の嫁さんをもらった俺が人間やなんてバレへん、バレへん~

桜枕

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第37話

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「待ってたで」

「……あの時の男か。騙しやがったな――うっぷ」

「騙したつもりはないで。ここは、あんたが俺を転移させた場所やからな」

 ぎこちない動きで顔を上げるヤンキー勇者。
 姿を偽っていない素の俺と目が合い、驚きがどんどん怒りに変わっていく。

「おっさん! お前だったのか!! こんな真似をしてタダで済むと思うなよ。俺は選ばれし勇者なんだぞ。巻き込まれただけのお前が俺の足を引っ張っていいはずがないだろ!」

 ここは魔素の沼地で3人以外の生物はいない。
 生ぬるい風がヤンキー勇者の怒号を流すだけだ。

「闇討ち行こうや。立てるか?」

「なにが魔族だ! この嘘つきが!」

「正直、一人で魔王城に乗り込んで、腕を切り落として、離脱することができたことに感心してる。俺ならそんな大胆なことは無理やったと思う」

「だったら、大人しくしてろよ。最初に言ったよな、『オレが魔王を倒すまで隠れてろ』ってよ!」

「隠れた結果がこれや。なぁ、もっと別のやり方があるんちゃうか? 世界に平和をもたらすのが勇者の役目やろ?」

「オレは魔王を倒して世界を平和に導く使命を与えられた! 仮初の平和なんて要らないんだよ!」

 片膝をつき、手で地面を押し返すように体を支えながら立ち上がったヤンキー勇者は聖剣に手をかけた。

「せっかく俺もいるんやし、2人でやらんか?」

「はぁ!?」

「あんたは魔王国の外側から、俺は魔王国の内側からこの世界を平和にする。別に誰も殺す必要なんてないと思うんや」

「ふざけるな!」

 ヤンキー勇者が腰の聖剣を抜き、俺へと切っ先を向ける。

 離れた所では、ようやく立ち上がれたプテラヴェッラがまた腰を抜かしていた。

「オレは必要とされた人間なんだ! オレだけが勇者なんだ!」

「魔王がどんな奴かも知らないくせに」

「そんなことは関係ない! 悪を滅ぼすのがオレの使命だ!」

 激昂したヤンキー勇者が聖剣を振り下ろす。

 俺は避けなかった。

 いや、避けられなかった――

 今の俺はただの魔素酔いしない魔族だ。

 九尾族のように嗅覚が優れているわけではないから、女神様のスキルを使用する勇者の攻撃をかわせるわけがない。

「死ねぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇ」

「あなた様ッ!!」

 ヤンキー勇者の聖剣は俺の右腕を切り落とした――はずだった。

「そうやって魔王の右腕を奪ったんか」

「手応えがない!? な、なんで、そんなに余裕なんだ」

 恐怖が滲む瞳で俺を見上げる。

「舐めプは感心せんな。ステータスオープン」

――――――――――――――――――――

【名前】トーヤ
【種族】白羊ブランムートン
【スキル】超適応
【魔法】転置魔法
【武器】なし

――――――――――――――――――――

 絶滅危惧種になるには時間を要するとステータスオープンさんが教えてくれた。

 でも、これで使える。

「交渉決裂や」

 不用意に接近していたヤンキー勇者の右手首を掴む。

 たったそれだけの行為で俺の魔力とヤンキー勇者の魔力が混ざり合い、世界の理が歪んだ。

「俺自身を対象にとり、右腕の傷をヤンキー勇者に譲渡する。転置スキュタレ・ア!」

「ッ!? がああぁぁっ!」

 ヤンキー勇者が聖剣を落とした。

 否、握っていた聖剣ごと右腕が鈍い音を立てて落ちた。

 すでに止血されているから出血はない。
 しかし、たっぷりと味わっているだろう。

 ついさっきまで俺が感じていた焼かれるような痛みを――

「オレの腕がっ!?」

「ふぅ。数時間とはいえ右手がない生活は不便やったな」

 復活した右手を開いたり、閉じたりして感触を確かめる。

俺に新しい腕が生えたわけではなく、切り落とされた腕がくっついたわけでもなく、生じていた現象そのものが無くなっただけだった。

「例えば、ドアを開ける時とか。この世界は左利きに優しくないから、慣れるまで時間がかかると思うで」

「な、なんだ。何の話をしている。ぐをおぉぉっ。治せ! 今すぐにオレの右腕を治しやがれ!!」

「自業自得やろ。次からはやられた側の立場に立って考えてから行動することやな。その痛みは勉強代や」

 あの痛みは俺にとっても良い勉強になった。
 転置魔法がなぜ指定禁忌及び保護対象魔法に認定されているのか理解できた。

 世界にも他者にも嫌われる魔法。

 白羊ブランムートン族唯一の生き残りであるプテラヴェッラの存在が明るみになれば、彼女を巡って争いが起こることは容易に想像できた。

「これが聖剣。ちょっと持たせてもらうで」

「それはオレの剣だぞ! お前みたいな魔王国の住人が触れていいものじゃない! 聖なる力に焼かれてしまえっ!」

 落ちたヤンキー勇者の右手を無理矢理に開き、聖剣を取り上げる。

 闇の眷属けんぞくが触れたら無傷では済まないのかもしれないが、は全然平気だった。
  なぜなら俺のステータスはすでに白羊ブランムートン族ではないからだ。

「残念やったな。俺も持てたわ」

「……そんな……馬鹿な――」

 右肩を押え、痛みに顔を歪めていたヤンキー勇者は精神的ダメージによって10歳くらい老けたように見える。

「これがあるから金髪の勇者様って呼ばれるんやろ?」

 俺は聖剣を持ったまま歩き出し、ブスブスとガスを排出している沼の中に剣先を沈めた。

「やめろ……やめてくれ――っ!!」

「聖剣でもここの魔素には耐えられんのか」

 沼から引き抜くと剣先は溶けて、形を成していなかった。

「聖剣は溶けてなくなり世界から勇者はいなくなりました。魔物は人族の国に侵攻をしなくなり、世界は平和になりましたとさ。めでたし、めでたし」

 今にも泣き出しそうなヤンキー勇者が叫んでいる。

「やめろおぉぉぉおぉぉぉっ!!」

「このシナリオで頼むわ」

 聖剣が魔素の沼へと沈んでいく。

「そうや。自分、『転生先では、もっとはっきりと喋ることだ』とも言ってたよな。言う通りにさせてもらうわ。――とっとと失せろ」

 言い終わったタイミングでネロが転移魔法で戻って来てくれた。まだ腰を抜かしているプテラヴェッラをお姫様だっこして魔方陣の上に乗る。

「ずっと叫んでいますが、よろしいのですかメェ?」

「構わんよ。きみも良いよな?」

 こくこく、と何度も頷くプテラヴェッラを見下ろし、俺たちは魔素の沼地を離脱した。
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