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第八章 もう一つの物語

121.誰も知らないその英雄7

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最古の里クラギラから少し離れた森の中で、リュドリカと魔王はまだ留まっていた。

「フン。こんな里、今すぐにでも焼き尽くしてしまいたいところだが、俺の魔力で結界を張っていて厄介だ。今はまだ見過ごすしか他ない」

「……。」

大きな声で不平を漏らす魔王ガヴァルダを傍目に、リュドリカは押し黙っている
魔王は自身の腹に手を宛て、ううむと眉間に皺を寄せる

「まずは腹拵えだ。腹が減って仕方がない。そこら中から猪肉の匂いがプンプンしておるわ」

「……。」

またしてもリュドリカは特に反応を示す事無く、魔王の愚痴を静かに聞き流している

「おい、貴様」

「……。」

遂に魔王は、その横着な態度に苛立ちを見せ始めた

「……貴様、俺を無視するとは良い度胸だな」

「……。何をそんなに……怯えているんだ」

リュドリカが口を開きやっと言葉にしたのは、確信を持った疑念だった

「……なに?」

ガヴァルダはピクリと眉を顰める。
リュドリカは先程から何かを誤魔化そうと口早に話す魔王を怪訝そうに見上げて、ジッとその紅い瞳を見つめた

「さっきから距離を取っているし、そわそわしているだろ。何で……」

「減らず口を聞くなら今すぐ貴様の喉仏を握り潰すぞ」

「……。」

魔王は怒気の混ざった声音を低くし、惜しげもなく露骨に憤慨する。
リュドリカはそれでも怯まずに魔王に一歩近付いた

「ッッーー!?やめろ!」

「ゔあっ!」

リュドリカの手が魔王に触れようとした瞬間、魔王の懐に仕舞われていた、リュドリカの魔法人形を取り出し強く握り潰した。リュドリカはその衝撃で地面に膝をつく

「……気安く俺に触るな」

「……ゔ、はぁっ、はあ……ふぅん、そういうこと」

「なに……?」

「僕に、怯えているのか?」

「ーーっっ!!」

魔王は後退る。意表を突かれ動揺を隠せないのか、目は泳ぎ言葉を失っている

「何故だ?こんなに貧弱で、今にも死に絶えそうな虚弱な男に、何をそこまで警戒するんだ」

「これ以上無駄口を聞く耳は持ち合わせていない。殺すぞ」

リュドリカは脅迫に近い威嚇を受けても尚、自身の手を見つめ言葉を発する

「……。……地下都市を出てから、」
「こいつ……」

「凄く、魔力を感じるんだ。健康状態もかなり悪いし栄養もままならない筈なのに……何故だかとても調子が良い」

「……。」

魔王はあからさまに狼狽える。
その意味を、悟らせないよう沈黙を貫くが、寧ろそれは、真相へと導く手段にしかならなかった

「僕が、猪を狩ってくる。下手な真似はしない。十分以内に戻らなければ、その人形を痛めつけても構わない」

「……。ふん、好きにしろ」

リュドリカは、魔王の緊張の糸が僅かに解かれる隙を見逃す事は無かった。すぐに戻ると続けて言い捨て、魔王の前から姿を消した。










「……。クソ、マズイな。アイツ、気付いているのか……?」

魔王は苛立ちと焦燥を隠せないまま、うろうろと辺りを意味もなく行き交う

「いや、しかし……ヤツは俺の呪力が宿ったロッドを持っていた」

ピタリと立ち止まり、自身が封印されていたあの忌々しい壺から出てすぐの記憶をもう一度辿る

「あんなもの持っていなくても、ヤツなら無詠唱で魔術を扱えるというのに……そうはしなかった。自身が純血だと言う事に気付いていない可能性が高い筈だ……」


最古の里クラギラの住人は、産まれ落ちたその日から、魔王の呪力とも言える強大な魔力を半永久的に供給され続けている。その中でも魔術の籠ったロッドは、クラギラの外部にいても魔力供給を受けることの出来る携帯品だった。

そしてその『魔王の血』をより強く濃く受け継いでいたのは、他でも無い魔族に対抗出来る唯一のを持つユニソン家の人間だった。

しかしいつしか、彼らは欲に溺れ、より強い魔力を望んでしまう。歴代のユニソン家の先祖達は、膨大な代償も厭わず魔王を飼い慣らし、その対価に神聖力を失っていた。
だが極稀に、魔王の呪力を一切受け継がない希有な者がいた。ユニソン家の真の純血の家系は、白銀にヘーゼルの瞳を有している。

長い年月が積み重ね、その事実は闇に葬られ、今ではこの真実を誰も知らない

ーー唯一人、魔王を除いて。

「早く力を取り戻さねば……」

リュドリカもまた、産まれながらに魔王の呪力を一切受け入れず、拒絶反応から自身の神聖力でその力を相殺し、自身の魔術を無効化していた。
魔王の呪力が込められたロッドを持ち歩くという事は、神聖力を弱める付加価値にしかならない

しかし魔王の封印が解き放たれた事により、呪力が充満した地下都市を抜けたリュドリカは、その制約ロッドよりも更に強い自身の神聖力を取り戻しつつあった


「あの純血の神聖力は俺にとって脅威だ。アイツは永年俺の呪力を流し込まれて神聖魔術を相殺していたみたいだが、まさかもう生粋の神聖力を取り戻してきているのか……?」

ふむ、と考え込んでは虚空を見つめ、顎に添えられた指を弾く速度が増していく

「アイツを放っておいたら、俺はヤツに葬られてしまう。この身体が完全に回復するまで側に置いて、アイツを殺さなければ……しかし今は触れるだけで強烈な激痛……はぁ、一体どうすれば……」


魔王はブツブツと愚痴を溢しながら考えあぐねる。そして幾度も復活し、カロリアの世界でいつか見た一つの光景を膨大な記憶の海から掻き分けた。

「っ!そうだ。まずはあそこに行って……」

魔王は不気味に口角を上げ、次の目的地を決定する。




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