124 / 144
第八章 もう一つの物語
121.誰も知らないその英雄7
しおりを挟む最古の里クラギラから少し離れた森の中で、リュドリカと魔王はまだ留まっていた。
「フン。こんな里、今すぐにでも焼き尽くしてしまいたいところだが、俺の魔力で結界を張っていて厄介だ。今はまだ見過ごすしか他ない」
「……。」
大きな声で不平を漏らす魔王ガヴァルダを傍目に、リュドリカは押し黙っている
魔王は自身の腹に手を宛て、ううむと眉間に皺を寄せる
「まずは腹拵えだ。腹が減って仕方がない。そこら中から猪肉の匂いがプンプンしておるわ」
「……。」
またしてもリュドリカは特に反応を示す事無く、魔王の愚痴を静かに聞き流している
「おい、貴様」
「……。」
遂に魔王は、その横着な態度に苛立ちを見せ始めた
「……貴様、俺を無視するとは良い度胸だな」
「……。何をそんなに……怯えているんだ」
リュドリカが口を開きやっと言葉にしたのは、確信を持った疑念だった
「……なに?」
ガヴァルダはピクリと眉を顰める。
リュドリカは先程から何かを誤魔化そうと口早に話す魔王を怪訝そうに見上げて、ジッとその紅い瞳を見つめた
「さっきから距離を取っているし、そわそわしているだろ。何で……」
「減らず口を聞くなら今すぐ貴様の喉仏を握り潰すぞ」
「……。」
魔王は怒気の混ざった声音を低くし、惜しげもなく露骨に憤慨する。
リュドリカはそれでも怯まずに魔王に一歩近付いた
「ッッーー!?やめろ!」
「ゔあっ!」
リュドリカの手が魔王に触れようとした瞬間、魔王の懐に仕舞われていた、リュドリカの魔法人形を取り出し強く握り潰した。リュドリカはその衝撃で地面に膝をつく
「……気安く俺に触るな」
「……ゔ、はぁっ、はあ……ふぅん、そういうこと」
「なに……?」
「僕に、怯えているのか?」
「ーーっっ!!」
魔王は後退る。意表を突かれ動揺を隠せないのか、目は泳ぎ言葉を失っている
「何故だ?こんなに貧弱で、今にも死に絶えそうな虚弱な男に、何をそこまで警戒するんだ」
「これ以上無駄口を聞く耳は持ち合わせていない。殺すぞ」
リュドリカは脅迫に近い威嚇を受けても尚、自身の手を見つめ言葉を発する
「……。……地下都市を出てから、」
「こいつ……」
「凄く、魔力を感じるんだ。健康状態もかなり悪いし栄養もままならない筈なのに……何故だかとても調子が良い」
「……。」
魔王はあからさまに狼狽える。
その意味を、悟らせないよう沈黙を貫くが、寧ろそれは、真相へと導く手段にしかならなかった
「僕が、猪を狩ってくる。下手な真似はしない。十分以内に戻らなければ、その人形を痛めつけても構わない」
「……。ふん、好きにしろ」
リュドリカは、魔王の緊張の糸が僅かに解かれる隙を見逃す事は無かった。すぐに戻ると続けて言い捨て、魔王の前から姿を消した。
「……。クソ、マズイな。アイツ、気付いているのか……?」
魔王は苛立ちと焦燥を隠せないまま、うろうろと辺りを意味もなく行き交う
「いや、しかし……ヤツは俺の呪力が宿ったロッドを持っていた」
ピタリと立ち止まり、自身が封印されていたあの忌々しい壺から出てすぐの記憶をもう一度辿る
「あんなもの持っていなくても、ヤツなら無詠唱で魔術を扱えるというのに……そうはしなかった。自身が純血だと言う事に気付いていない可能性が高い筈だ……」
最古の里クラギラの住人は、産まれ落ちたその日から、魔王の呪力とも言える強大な魔力を半永久的に供給され続けている。その中でも魔術の籠ったロッドは、クラギラの外部にいても魔力供給を受けることの出来る携帯品だった。
そしてその『魔王の血』をより強く濃く受け継いでいたのは、他でも無い魔族に対抗出来る唯一の純血の神聖力を持つユニソン家の人間だった。
しかしいつしか、彼らは欲に溺れ、より強い魔力を望んでしまう。歴代のユニソン家の先祖達は、膨大な代償も厭わず魔王を飼い慣らし、その対価に神聖力を失っていた。
だが極稀に、魔王の呪力を一切受け継がない希有な者がいた。ユニソン家の真の純血の家系は、白銀にヘーゼルの瞳を有している。
長い年月が積み重ね、その事実は闇に葬られ、今ではこの真実を誰も知らない
ーー唯一人、魔王を除いて。
「早く力を取り戻さねば……」
リュドリカもまた、産まれながらに魔王の呪力を一切受け入れず、拒絶反応から自身の神聖力でその力を相殺し、自身の魔術を無効化していた。
魔王の呪力が込められたロッドを持ち歩くという事は、神聖力を弱める付加価値にしかならない
しかし魔王の封印が解き放たれた事により、呪力が充満した地下都市を抜けたリュドリカは、その制約よりも更に強い自身の神聖力を取り戻しつつあった
「あの純血の神聖力は俺にとって脅威だ。アイツは永年俺の呪力を流し込まれて神聖魔術を相殺していたみたいだが、まさかもう生粋の神聖力を取り戻してきているのか……?」
ふむ、と考え込んでは虚空を見つめ、顎に添えられた指を弾く速度が増していく
「アイツを放っておいたら、俺はヤツに葬られてしまう。この身体が完全に回復するまで側に置いて、アイツを殺さなければ……しかし今は触れるだけで強烈な激痛……はぁ、一体どうすれば……」
魔王はブツブツと愚痴を溢しながら考えあぐねる。そして幾度も復活し、カロリアの世界でいつか見た一つの光景を膨大な記憶の海から掻き分けた。
「っ!そうだ。まずはあそこに行って……」
魔王は不気味に口角を上げ、次の目的地を決定する。
37
お気に入りに追加
844
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れているのを見たニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆明けましておめでとうございます。昨年度は色々ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。あまりめでたくない暗い話を書いていますがそのうち明るくなる予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる