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第五章 光風の国ブリサルト
68.無に還す
しおりを挟む「そうやって呼んだら俺が喜ぶと思ってるでしょう?とりあえず、水を飲んで……あれ?」
テーブルに置かれていた筈の水指しがいつの間にかなくなっている。先程勝負に負けた三人の誰かが腹いせに持っていってしまったのか、ラシエルは、ハァと溜息をついた
「水を持ってきます。リュドリカさんは絶対にここから動かないで」
「ん~?ダーリン、どこ行くんだよ~?ゲームはまだまだこれからなのに~」
酔って熱くなった身体に、重い瞼をとろんとさせて、潤んだ瞳が席を立ったラシエルを見上げては、くい、と力なく袖を引く
その官能的な姿に、グ、と喉を鳴らしては、袖を引く手を掴んだ
「っ、リュドリカさん……そのだらしない顔、絶対に周りに見せちゃダメですよ。すぐ戻るので、ここで大人しく待っていて下さい」
取れかけていたフードをラシエルが乱雑に掴んでは、目深にぐっと被せられる。わぶっと頓狂な声を上げ、なにすんだよっと呂律の回っていない声が文句を言ってくるが、ラシエルは足早にカウンターへ急いだ
「あれ……店の人間がいない……全く、こんな時に……」
ラシエルはキョロキョロと店内を見渡す
他の席から水指しを借りようにも、どこの席にも置いている様子は無かった
「おかしいな、なんだ……この感じ」
それどころか店内は何故か空気が重く、異様に視線を感じる。
何かに怯えているような、そんな気配を汲み取れた
ラシエルはすぐに嫌な予感を察知して、踵を返して自分達の座っていたテーブルに目を向ける。
そこにいるはずのーーリュドリカの姿がどこにもいなくなっていた。
「ーーッ!?」
店内を更に隈なく見渡す。
所々に座っている男達が、嫌らしく笑い下卑た声で罵って来る
「お~?兄ちゃん。連れに逃げられたんか~?可哀想になぁ、ありったけのチップ抱えて、一体どこに……」
ラシエルは、側に立て掛けられていた清掃用のモップを片手に取ると、その男のテーブルの目前に立つ。
血相を変えながら、低い声で静かに口を開いた
「お前……ローブを着た、小柄な体格の人間を見たのか?何処にいるのか言え」
「おうおう、物騒だな兄ちゃん。知らねえよ、他当たりな~」
ゲラゲラと男達の下衆な笑いが鼓膜に響き苛立ちが募る。握り締めたモップの柄が、ミシリ、と悲鳴を上げた
「んだよ、そこ突っ立ってっとジャマだ。さっさと尻尾巻いてどっかに、」
男が言い終わる前に、バキィッと木材が叩き破られる音が、ざわざわと騒がしい店内に響き渡った。男は唖然と口を開いたまま目線だけそこに送ると、座っていたテーブルが真っ二つに破壊されている光景が目に映った。
ラシエルは柄の壊れたモップを投げ捨て、もう一度口を開いた
「何処にいる。答えろ」
「ぁ……、っ、と、奥の……裏口に……」
口をパクパクとさせながら、男はその方角に指を差す
ラシエルはすぐに振り向き、棚で隠されていた裏口を見つけた
「リュドリカさん!」
バンッと勢い良く扉を開けると、先程リュドリカとのゲームに負けた男達と、店の従業員らしき人間がそこにいたのが目に映る。簡素なベッドの上では、リュドリカを組み敷く中年の男が、怠そうにこちらに振り返った
「ッッッ!!!」
「なんだよ~良いところだったのに。もう気付いたのか?邪魔すんなよアンちゃん」
外の奴らはほんとに使えないなぁ~と愚痴を溢しながら眠っているリュドリカのローブを開けさせ、その身体に男の手が伸びる。その際に、リュドリカの着ていた衣服に男は怪訝な顔をした
「ん……?この服……」
ラシエルは止めにかかる周りの人間を乱暴に跳ね除けて、ベッドに跨る男の胸ぐらを掴みいとも簡単に持ち上げた
「貴様……その穢らわしい手で俺のモノに触れたこと、死んで償ってもらう」
冷酷な声がそう言い終わると、男は他の二人の連れを巻き込み壁に投げ飛ばされる。
ガハッ、と悲痛な声が漏れ三人は一緒くたになり蹲った
激昂したラシエルは背中に手を伸ばすと、聖剣を浮かび上がらせる。
ギラリと一層輝く聖剣の光に、部屋にいた周りの人間が全員驚愕した
「あ、あれは……聖剣……!?やっぱりコイツ、勇者だったのか!?」
「ま、まずいよ!マジで殺されちまう!アニキ、どうするんだよ!」
「そんな事!マスターのせいだろ!マスターが責任を取れよ!」
くたびれた大の男達が、情けなく涙を浮かべながら責任の押し付け合いをする。
無言のラシエルは、それを静かに見据えながら聖剣を持つ手を振り上げた
「す、すすすすいませんでしたぁああ!!」
「ほんとに!勘弁して下さい!!チップが無くなって、自暴自棄になってしまって……」
「この通りです……!!許して下さいぃいい」
男達は、口早に御託を並べる
三人がグルで、イカサマをしていたこと
店主と裏引きをして、必要以上のチップが出回らないようにしていたこと
最後にリュドリカの方から誘って来たんだと言ってきた男には、言い終わる前にラシエルが蹴りを入れて意識を飛ばしていた
「言い遺した事はそれだけか?」
聖剣を構えて、適当に近くにいた男の首筋にその矛先を宛てる
ヒュ、と喉から音が漏れるのと同時に、男は失禁してしまう
「ほんとにっ、ほんとにっ、ずみまぜんでひたぁあああ」
ワンワンと泣き喚く男の必死の謝罪と共に、裏口の扉がバンッと開かれる。ズカズカと中に入ってきたのは、この国の憲兵達だった
「全員動くな!!両手を上げて凶器は地面に置くんだ!!」
そうして、客の通報により国に黙認されていたこの違法賭博場は、憲兵達に検挙され畳む事になった。
殆どの憲兵はキレたラシエルを抑え込む事に全精力を注いで、リュドリカを襲った男達は、憲兵によって一命を救われる形となった。
リュドリカの使った酒とつまみ代と、それで稼いだ総額104万は、全て水の泡になった事は後日、二日酔いで昼間まで苦しんだ後に知る事となる
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