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最終章 未来への選択編
第三十三話 世界(とき)を越えた愛を貴方と…。
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「美鈴。…好きだぞ」
鴇お兄ちゃん…?えーっと…?
「私も好きだよ?大好きっ。えへへ」
やだなー。照れるよー。ビバ、家族愛?
照れながら答えると、鴇お兄ちゃんは苦しそうな、切なそうな顔で苦笑した。
あ、あれ?更にぎゅっと抱きしめられた。ちょっと苦しい。
「そうじゃない」
「え…?」
「美鈴。そうじゃない」
「鴇、お兄ちゃん…?」
鴇お兄ちゃんが私の額にキスをする。ちょっ、あの…滅茶苦茶恥ずかしいんですけどっ。
顔が熱くなっていくのが分かるのに。鴇お兄ちゃんの真剣な眼差しから視線を逸らす事が出来ない。
「もう、二度と同じ後悔をしたくない。これは、俺に与えられた最後のチャンスなんだ」
…辛いの?鴇お兄ちゃん。でも、それ以上に何かを決意している瞳で。その瞳から私は目が離せない。
「美鈴。俺は―――」
顔が近い。え?え?、と、鴇お兄ちゃんっ?
か、顔が近寄ってくるんですけどーっ!?
う、うわっ…と、鴇お兄ちゃんの、綺麗な顔が、近寄って、ふみみーっ!?
心臓がばっくばくしてるよーっ!
ぎゅっと目を閉じると、ますます自分の心臓の鼓動が大きくなって。
―――ドタドタドタッ。
まるで旭達が家の中を走り回る音みたいになって…。
キ、キス、しちゃうの、かな?
ふみみみっ!?
脳内大パニック。
でも、鴇お兄ちゃんの腕の中にいるのは何故か嫌じゃなくて。むしろずっと抱きしめて欲しいって思ってしまう。
「美鈴…目、閉じろ…」
うぅぅ…何、その色気…。
抵抗なんて考えられなくて…そっと瞳を閉じ―――。
バァンッ!
「ふみーっ!?」
閉じずに、一気に頭を離した。体はほら、鴇お兄ちゃんに抱きしめられてるから無理だけどね。頭だけこう、後ろにぐいーっと…首痛い。
「お姉ちゃんっ、鴇兄ちゃんっ、朝だよっ!!」
……心臓の音じゃなくて、リアルに旭達の走る音だったみたい。
ベッドの側に駆け寄って来て、弟達四人がベッドを囲む。
「お姉ちゃん、どうして鴇兄ちゃんの部屋にいるの?」
「お姉ちゃん、二日酔いになってない?」
「お姉ちゃん、真珠さんが探してたよ」
「お姉ちゃん、おはよー」
えっと…。
四人同時に言われてもお姉ちゃん、何処から答えていいか解りません。
どうして、鴇お兄ちゃんの部屋にいるか?
そう言えばどうして?
小さい時は良く鴇お兄ちゃんが私を湯たんぽ代わりに一緒に寝る事はあったけど…?
じっと視線で鴇お兄ちゃんに問いかけると、私を抱きしめたまま、すっと耳元に顔を近づけ。
「俺が部屋に戻ったらお前が既に寝ていた。可愛い顔で眠ってたぞ」
「ふみっ!?」
鴇お兄ちゃんっ、エロいっ!声がエロいっ!何で耳元で囁くのっ!?し、しかも、可愛いって、い、いま、吐息交じりにっ!ふみみーっ!?
慌てて耳を手で塞ぎ、鴇お兄ちゃんを睨みつける。けど…。
―――チュッ。
額にキスされて、あわあわと私はテンパってしまう。だと言うのに鴇お兄ちゃんは、優しく微笑みながら私の手をとり、その手の甲にまでキスをした。
だ、ダメだっ!鴇お兄ちゃんに流されちゃうっ!鴇お兄ちゃんが全開タラシモードになってるっ!寝惚けてるのっ!?まさか寝惚けてるんですかーっ!?
「それで?美鈴。二日酔いにはなってないのか?頭は、痛くないか?気持ち悪かったりしないか?」
髪を梳くようにゆっくりと撫でて、私の顔を覗き込む。
鴇お兄ちゃん。多分だけどね?私が例え二日酔いだったとしても、こんな風にタラシモード全開でこられたら二日酔いも吹っ飛ぶと思うのーっ!
「今日は大学も休んで、仕事も休んで、俺と二人こうしてるか?」
「ふみーっ!?鴇お兄ちゃんっ!私もう限界ーっ!!お願いだから耳元で囁かないでーっ!!」
「うん?あぁ、確かに顔が真っ赤だな。安心しろ。…可愛いから」
「ふみゃーっ!!と、鴇お兄にゃんっ、にぇぼけてるにゃっ!!」
あぁっ、もう口も上手く回らないよーっ!
大パニック。
そんな私を見て、鴇お兄ちゃんは何故か幸せそうに微笑み、ぎゅっと離すまいと抱きしめる。
「旭、蓮、蘭、燐。俺達も直ぐに起きるから、先行ってろ。ドアもちゃんと閉めて行けよ」
「え?え?鴇お兄ちゃん?」
あれ?弟達が頷いて出て行っちゃったよ?え?ちょっと待って。お姉ちゃん置いてかないでっ!
じたばたと暴れると、鴇お兄ちゃんは私から手を離した。
ホッとする反面、少し寂しいと何故か思ってしまう。
「起きるぞ、美鈴」
「え?あ、うん」
鴇お兄ちゃんがベッドから降りるのを見て、私もそれに倣ってベッドを降りる。
「じゃ、じゃあ、私部屋に戻って着替えてくるー」
平常心。平常心…。ぶつぶつと声に出して、更に心でも唱えて、平常心を取り戻す。
よしっ。これでどうにかいけるっ!
「美鈴」
「ぶにゃあああっ!!」
折角取り戻した平常心がーっ!?
鴇お兄ちゃんが腰に腕を回してきて、自分の方に抱きよせて、耳元で再び囁いた事に寄って旅立ちを迎えましたーっ!!
「にゃ、にゃにゃにゃんですかーっ!?」
はわわわわっ!
鴇お兄ちゃんの体温が今は滅茶苦茶恥ずかしいよぉーっ!!
「美鈴…。都貴静流にだけは絶対に気を許すな。絶対にだ。…いいな?」
「え…?」
都貴静流って、昨日あったあの人?
確かに昨日はあの父親共に気持ち悪かったし、もう二度とお会いになりたくないな~とは思ってたけど。
鴇お兄ちゃんが仕事の関係者でそんな事言うの珍しいなぁ。
見上げて、自分の頭の上にある鴇お兄ちゃんの表情を窺ってみる。……怒ってる?
「…お前の事だ。俺と同じ名前だ、とか、会社関係の人間だから、とか思って普通に接しなきゃいけないと考えるだろうが。絶対に油断するな。油断するなと言ってもお前は油断しそうだからな。あいつは無視する位で丁度いい。いいな?」
「う…」
鴇お兄ちゃん…。私の行動を読み過ぎだと思うんです。
「それと」
まだ、お小言がございますのですか?…受け入れましょうっ。
お小言を覚悟して、じっと鴇お兄ちゃんの顎を見つめる。
すると、私の視線に気付いた鴇お兄ちゃんがふっと私の方を見おろして、柔らかく、暖かい笑みで微笑んだ。
「明日、俺もお前も休みだろう?デート、しようか。二人っきりで」
「ふみみっ!?」
予想外来たーっ!?
「も、もうっ、さっきから何なのっ、鴇お兄ちゃんっ。わ、私を揶揄ってるっ!?」
絶対絶対私で遊んでるでしょーっ!?
ジタバタと鴇お兄ちゃんの腕から逃げようと試みるけれど、流石鴇お兄ちゃん。びくともしない。
「揶揄ってなんかいない。真剣に口説いてる」
「くどっ!?にゃ、にゃんでぇ…?」
限界限界っ!!口が回らない事で証明してますっ!!
「…ほんっとに可愛いな」
チュッ。
ちゅーっ!?でこにちゅーっ!?
鴇お兄ちゃんの本気マジやばーっ!!
顔から、湯気でそう…。うぅぅ…この真っ赤な顔を誰にも見せたくない。手で隠そう。両手で隠そう。後、鴇お兄ちゃん。可愛いって耳元で囁くの止めて貰っていいですか?耐え切れません。色気セーブして下さい。妹からの本気のお願いです。
「…美鈴。準備しなくていいのか?」
「…え?、じゅん、び…?」
だから、耳元で囁くの止めてっ!鴇お兄ちゃんのエロボイスっ!息遣いまで聞こえてきて…うぅっ。
これはもうっ、最後の手段だっ。耳を塞ごうっ!ぼふっとね。
私の行動を見て微笑みながら、優しく頭を撫でてくれる。そして、その撫でてる手がポンポンとそれから私の手首をツンッと突いて、それから人差し指が真っ直ぐ横に…時計?え?何?今の時間?……9時45分…?
今日の講義は…10時から…?
「ふみーっ!?遅刻するーっ!?」
思わず手を離してしまった私と、そんな慌てた私を見て楽し気に笑う鴇お兄ちゃん。
「急いで準備しろ。送ってってやるから」
「だ、抱き締めにゃがら言わにゃいでっ」
「ん?…あぁ、すまん。つい離し難くて。お前が生きてる内にこうして抱きしめる事が出来る事が嬉しくてな」
「…ふみ?」
どゆこと?…鴇お兄ちゃんがまた、切なそうな表情を…。どうしてだろう?鴇お兄ちゃんにそんな表情をされると、私まで胸が締め付けられて切なくなる…。
「ほら。遅刻しそうなんだろ?準備しろ」
「う、うん…」
やっと鴇お兄ちゃんが私を解放してくれて、ばっぐばっぐと心臓の音フルコンボ状態でそっと足を前に進める。
おお…鴇お兄ちゃんが追ってこない。数歩進んで、うん。大丈夫そう。
ドアを開けて、振り返ると、目の前に鴇お兄ちゃんが立っていた。ドアの枠に寄りかかって腕を組んで。
うっ。…鴇お兄ちゃん。寝起きの気怠さと色気が入り混じりまくって。え?何?視界テロ?取りあえずさっき起き上がった時、真っ先に机の方に歩いて行ったのは着替える為だったんだ。でも、だったらいっそ最後まで着替えててくれたら…うぅぅ…。とりあえずワイシャツのボタンは全てしめて下さい。妹からの切なる願いです。
結局何が言いたいかと言うと、振り返るんじゃなかった、って事かな。刺激的過ぎて直視出来なーい。
「どうした?美鈴」
優しく頭を撫でられる。朝起きてからずっと鴇お兄ちゃんが甘やかしてくるっ!
もう、もうっ、本当に駄目っ!!限界っ!!ギブアップーっ!!
「う、あ…にゃ、にゃんでもにゃいですぅーっ!」
くるっと反転。
それからダッシュッ!!
遅刻間際だと言う事もすっかり忘れて私は自室のベッドにダイブした。
その後、鴇お兄ちゃんが私の部屋に迎えに来てくれるまで、悶え続けて。私は今回受けるはずの講義にしっかりと遅刻しましたとさ。めでたしめでたし。
「全然めでたくなーいっ!!」
ガタガタガタッ!!
全力で机を揺らしていると、皆が首を傾げて私に注目した。
「どうしたの?美鈴ちゃん。いつも以上に挙動不審だよ?」
「華菜。それじゃあ、王子がいつも挙動不審みたいじゃないか」
「うーん。間違いじゃねぇと思うけど。確かにいつも以上におかしいな」
「よっしゃっ。おかしいなら笑うかっ!」
「皆、好き勝手言ってるねっ!あと、風間くんっ。そんな風に笑ってると、円と二人で作ったお菓子没収するよっ!」
「さーせんしたっ」
「変わり身はやっ!?」
風間くんの良い所は素直な所だね。
大学の休憩スペースでテーブルを囲んで、皆と話していた訳ですが。
あのね?皆、聞いて?
鴇お兄ちゃんが大学まで送ってくれたのはいいの。
お礼を言おうとして、運転席の方に回って窓から顔を覗かせたら、
『美鈴。髪が跳ねてる…。よし、これで良い。終わったら連絡しろよ。迎えに来る』
優しく髪を整えて、それはそれは優しい笑顔で微笑んで、頬にキスして、颯爽と車を走らせて去っていきました。
「ぶにゃああああああっ!!」
思い出すだけで恥ずかしいんですけどっ!!何なのっ!?マジで何なのっ!?世界中の甘い物と言う甘い物全て混ぜて煮つめて更に、塩を入れて更に甘味を引きたてたようなあの甘さは一体何なのっ!?
「本当に、どうしたの?美鈴ちゃん。顔が真っ赤なんだけど…」
「熱でもあるのか?」
「………華菜ちゃん。円。ちょっと女子トークしたいの。色々聞きたい事あるし」
「なら、俺達飲み物買ってくる。行くぞ、風間」
「おうっ。ついでに食いもんも買ってくる。女子トークには甘い物がつきものだろっ。行こうぜ、逢坂」
直ぐに空気を読んで買いだしに行ってくれた二人に感謝し、時間も惜しいので早速本題に入る事にした。
「あ、あのね?明日、その、鴇お兄ちゃんと、デートに、行くんだけど…服、何着たらいいと、思う?」
「………うん?」
「え?いつもの事じゃないのか?」
「そ、それはそうなんだけど。その…鴇お兄ちゃんが、今日の朝から、糖分100倍で、甘い言葉、囁いて来て…うぅ…」
「……成程。あの鴇さんもとうとう美鈴ちゃんに本気になったか」
「あの人が本気になったら、やばそうだね。どんな女でも落としにかかりそうだし」
あれ?ちょっと、予想外の反応?優兎くんがいれば突っ込み入れてくれるところなんだろうけど。今日からもう留学の準備で家にいるし、忙しくしてるもんね。
「でも、美鈴ちゃん?」
「ふみ?」
「美鈴ちゃんも鴇さんの事、恋愛対象として好きになりつつあるんだよね?」
「えっ!?」
な、なんでそんな結論に辿り着くのっ!?
驚きのあまり目を白黒させてしまう。
けれど、華菜ちゃんも円も何故か納得しているみたい。なんで?
「だって。それこそいつもの事なのに。甘い言葉だって本来の美鈴ちゃんなら気付かないと思うよ?」
「そうそう。それに鴇さんの事が好きだから、少しでも可愛くみせたくて、アタシ達に洋服の相談をしてる訳だろ?」
「そ、れは……ふみぃ~…」
うああ…。朝から恥ずかしい事ばっかりでそろそろ脳内が茹りそう…。
「うわ…美鈴ちゃん、真っ赤っ。珍しいっ!可愛いっ!」
「マジだ。王子のこんな姿、本当にレアだよ」
「こんな美鈴ちゃんをずっと見てたんだね、鴇さんはっ。羨ましいっ!ギルティっ!」
「異議なしっ」
ぎゅむっ。
二人が何を興奮してるのか分からないけど、とりあえず何故か抱きしめられた。
「美鈴ちゃんっ。安心してっ。すっごく可愛い悩殺服選んであげるからっ」
「安心しろ、王子っ。アタシも一緒に選んで華菜を止めてやるからっ」
「あ、ありが、と…。ふみみぃ~…」
思いたったら即行動。
逢坂くんと風間くんが戻って来たあと直ぐに私達は大学を出て、真珠さんにお願いして車を回して貰い行きつけのブティックへと向かった。
店員さんには呼ぶまで下がっていて貰い、男の子達は女物の服を見ても楽しくないだろうから、横の喫茶店で待ってて貰う事にする。
「やっぱり、春だし。相手は鴇さんだし。赤の強いピンクは使いたいとこだよね」
「だったら、これは?ピンクのワンピ」
「あー…うーん…。その腰にある大きなリボンが、ちょっと…」
「あー、確かに。折角鴇さんと大人デートだしね。こう、大人びた感じの…それでいて清楚な…これはどうだい?白のロングニットカーデ」
「えー、でも、それに合わせるとパンツスタイルになっちゃわない?」
「いやいや。中をミニにしたら良いんだよ。例えば、ほら。このパステルピンクのタイトワンピと組み合わせて。足元は勿論ちょっと高めのヒール?」
「おおー。良いかもっ。だとすると、それにあったシュシュをつけて。ネックレスは…あ。あの天使の羽のネックレス可愛くないっ?」
……私の出番がない。
二人が本気すぎて、口を挟めない。
「美鈴ちゃんっ。試着っ」
「らじゃっ」
だが口答えはしない。客観的に見てくれてる二人の方が私に似合う服、分かってくれてるだろうし。
試着室に入って、渡されたワンピースに着替え、ロングのニットカーデを羽織る。
ワンピース。膝上丈で…結構、ミニ、だけど…。
一応、見て貰おう。試着室の扉を開けて、待っていてくれてた二人に見て貰う。
「どう、かな?」
「………円」
「だね。カーデはワンサイズ上の方が良いね」
「萌え袖に勝てる男はいないからねっ。あと、ワンピースの方はもう少し短いのにしようっ」
「あるかな?最悪ワンピじゃなくて、上と下別ので、下に赤系の…」
え?あれ?置いてかれた。…かと思ったら別の服を持って帰ってくる。
暫く私は着せ替え人形に徹し、何とか一式デートコーデを揃えられた。
「…鴇お兄ちゃん、喜んで、くれるかな?」
「ばっちりだよっ!」
「大丈夫だっ、悩殺してこいっ」
うん。お墨付き頂いたんできっと大丈夫っ。春ブーツのヒールがめちゃ高いけど、そこも何とか乗り越えようっ。折角選んでくれたんだしねっ。
昔から服選びって私の意見は反映されないのはきっとデフォなんだと思うのっ。
と言う訳で、洋服も無事選び終わり、大学へと帰る。午後の講義を受けて、鴇お兄ちゃんに電話して迎えに来て貰ってそのまま仕事へ直行。
書類を片付けて、一段落。
会社の総帥専用の部屋から見える外の景色は既に夜景へと切り替わっていた。
んんーっ!
腕を伸ばして、事務作業で凝り固まった筋肉をほぐす。
「美鈴。終わったか?」
ドアが開き、鴇お兄ちゃんが入って来た。その後ろを真珠さんが続く。
「終わったよー。あ、鴇お兄ちゃん。この案件なんだけど」
「どれだ?」
気になっていた書類の一部を机に広げ、こっちに来てくれた鴇お兄ちゃんと二人覗き込む。
「ここの、売り上げの上がり幅、微妙におかしいと思うの」
「……微々たるものだと思っていたが」
「確かにそうなんだけど。この会社ね。この微々たるものが結構長いよ?こっちが十年前の収益。こっちが五年前の収益。どっちも本当に微妙だけど…計算が狂ってるの。しかも、同じ月に」
「…必ず決算前だな。…成程?ボーナスの金額を上げない為か」
「だと思うの。きちんと働いてくれている人に対してこれは失礼なことだからね。いや、それ以前に犯罪だからね。…上司に、しっかりと正しい収益報告書と、従業員の勤務時間や、給料の見直しを徹底をするように報告を」
「分かった」
「もし下に八つ当たりするような人間なら、葵お兄ちゃんに行って貰って教育のし直しね」
「了解」
うん。これで本当に今日のお仕事終わりっ。
「それじゃ、私は帰ろうかなー。鴇お兄ちゃんは?」
「俺は、まだ親父に報告する事があるから、もう少しかかる。真珠と一緒に先に帰ってろ」
あ、また頭撫でられた。昨日まではぽんぽんっと叩くように撫でてたのに、今日はずっとまるで宝物に触るみたいに優しく撫でてくれる。
そして、たまに指先に髪を絡ませて…嬉しそうに微笑むんだよね。うんっ、心臓に超悪いっ!いちいちドキドキするからっ、鴇お兄ちゃん、手加減してっ、ホントっ!
「美鈴。真珠と離れないようにして、真っ直ぐ家に帰れよ?」
「うんっ。分かったっ!」
今日の鴇お兄ちゃんは色々と心臓に悪いので、早く帰りますっ!
立ち上がって荷物を纏めて、鴇お兄ちゃんを残して私は真珠さんと会社を出る。
―――ぞわっ。
ひっ!?
な、なに?今、視線を感じたような…?
キョロキョロと周りを見ても、真珠さん以外誰もいない。
き、気のせい…?でも、私がこう感じて気の所為だった事はあまりないし…。
怖いから早く車に乗りこもう。
真珠さんが回してくれた車に乗りこんで、直ぐにその場を離れる。
「お嬢様?どうかなさいました?」
「う、ううん。多分、何でもない…。ねぇ?真珠さん?」
「はい。なんでしょう?」
「真珠さんは男の人の視線感じる事ってある?」
「そう、ですねぇ。正直言って結構ありますよ?お嬢様程美しく可愛らしくかつ聡明で気品溢れるような人間ではありませんが、そこそこ顔が整っている自覚はございますので」
言い切った。流石。
でも、そうだよね。男の人の視線なんてどこでも感じるものだよね?…うん。気の所為だ。さっきのはきっと気の所為なんだ。
そう思うとちょっと楽になった。
車の外を流れる景色をぼんやりと見ていると、ブランドの時計屋を見つけた。…そうだっ。
「ねぇねぇ。真珠さん」
「はい。お嬢様」
「さっきの通りにあった時計屋さん。寄って貰っていいかな?」
「勿論構いませんが…。宜しいのですか?鴇様から寄り道せずに帰る様に言われたのでは?」
「う、うん。そうなんだけど、その……明日、鴇お兄ちゃんを、驚かせたいの」
「行きましょうっ」
即行で方向転換して車を回してくれる真珠さんに感謝しつつ、時計屋さんの駐車場に車を止めて、私と真珠さんは時計屋さんの中へ入った。
一杯時計があるなぁ…。
鴇お兄ちゃん、時計が欲しいって言ってたし。明日プレゼントしたら喜んでくれるよね、きっと。
どうしようかな。どれが良いだろう?
ショーケースに並ぶ時計を真珠さんと二人ゆっくりと見て行く。色んなのがあるけど…どれもピンと来ないなぁ…。
仕方ないかな?やっぱり鴇お兄ちゃんの誕生日までじっくり探すべきか。
悩みながら、ショーケースを覗いて。ふと顔を上げると、お会計のカウンターの所にぽつんと置かれた時計が目に入った。
派手でもなく地味でもない。…あれ、いいなぁ…。
近寄って、それをじっと観察してみる。金属の高い時計が並んでいるのに、これだけは皮のベルトで。如何にも取り扱いたくなかったんだけど、取引先から是非にと渡されて仕方なくカウンター横に置いてます、的な商品。
でも、私はそれが気になって仕方なかった。これに、しようかな?
丁度良くカウンターだし。店員さんを呼んでこの腕時計を貰う事が出来るか尋ねてみる。
「はい。勿論お売り出来ますよ~。ご自宅用ですか?贈り物ですか?」
「プレゼント用で。すみませんがラッピングもお願い出来ますか?」
「はい。畏まりました。少々お待ちくださいませ」
えへへ。良い買い物が出来た。嬉しくて頬が緩む。
「お嬢様。宜しいのですか?折角貴金属のお店に来たのに…」
「うん。いいんだ。何でなのか解らないけど。私はあれを鴇お兄ちゃんにあげたいの」
「そう、なのですか?」
「うん」
店員さんがラッピングされた箱を紙袋に入れて渡してくれる。代わりに私のお財布からカードを取り出し支払いを完了させる。これは私のプライベートな事だから勿論私のお財布から払います。
えへへ。満足。
真珠さんと二人店員さんに見送られ店を出て、駐車場に戻り、今度こそ帰宅した。
帰って直ぐに晩御飯の準備して、弟達を優先してご飯を食べさせて。私は帰って来たお兄ちゃん達と一緒にご飯を食べる。
お風呂に入って、勉強して、ベッドに入った。
(鴇お兄ちゃん。明日どこに連れてってくれるんだろう…?それに、ずっと二人きり…。あ、あれ?どうしよう…目が冴えてきちゃった…。うぅ…ドキドキする)
緊張感…だけじゃない、かな?
私、きっと嬉しいんだ。鴇お兄ちゃんと二人っきりでデートに行ける事が。
うん。…華菜ちゃん。華菜ちゃんの言う通りかも。私、鴇お兄ちゃんの事、好きになりかけてるかも…。
そう、意識したら、ますますドキドキして。
でも寝不足の酷い顔で初デートなんてしたくないから。私は眠る為に必死に円周率を数え続けるのだった。
鴇お兄ちゃん…?えーっと…?
「私も好きだよ?大好きっ。えへへ」
やだなー。照れるよー。ビバ、家族愛?
照れながら答えると、鴇お兄ちゃんは苦しそうな、切なそうな顔で苦笑した。
あ、あれ?更にぎゅっと抱きしめられた。ちょっと苦しい。
「そうじゃない」
「え…?」
「美鈴。そうじゃない」
「鴇、お兄ちゃん…?」
鴇お兄ちゃんが私の額にキスをする。ちょっ、あの…滅茶苦茶恥ずかしいんですけどっ。
顔が熱くなっていくのが分かるのに。鴇お兄ちゃんの真剣な眼差しから視線を逸らす事が出来ない。
「もう、二度と同じ後悔をしたくない。これは、俺に与えられた最後のチャンスなんだ」
…辛いの?鴇お兄ちゃん。でも、それ以上に何かを決意している瞳で。その瞳から私は目が離せない。
「美鈴。俺は―――」
顔が近い。え?え?、と、鴇お兄ちゃんっ?
か、顔が近寄ってくるんですけどーっ!?
う、うわっ…と、鴇お兄ちゃんの、綺麗な顔が、近寄って、ふみみーっ!?
心臓がばっくばくしてるよーっ!
ぎゅっと目を閉じると、ますます自分の心臓の鼓動が大きくなって。
―――ドタドタドタッ。
まるで旭達が家の中を走り回る音みたいになって…。
キ、キス、しちゃうの、かな?
ふみみみっ!?
脳内大パニック。
でも、鴇お兄ちゃんの腕の中にいるのは何故か嫌じゃなくて。むしろずっと抱きしめて欲しいって思ってしまう。
「美鈴…目、閉じろ…」
うぅぅ…何、その色気…。
抵抗なんて考えられなくて…そっと瞳を閉じ―――。
バァンッ!
「ふみーっ!?」
閉じずに、一気に頭を離した。体はほら、鴇お兄ちゃんに抱きしめられてるから無理だけどね。頭だけこう、後ろにぐいーっと…首痛い。
「お姉ちゃんっ、鴇兄ちゃんっ、朝だよっ!!」
……心臓の音じゃなくて、リアルに旭達の走る音だったみたい。
ベッドの側に駆け寄って来て、弟達四人がベッドを囲む。
「お姉ちゃん、どうして鴇兄ちゃんの部屋にいるの?」
「お姉ちゃん、二日酔いになってない?」
「お姉ちゃん、真珠さんが探してたよ」
「お姉ちゃん、おはよー」
えっと…。
四人同時に言われてもお姉ちゃん、何処から答えていいか解りません。
どうして、鴇お兄ちゃんの部屋にいるか?
そう言えばどうして?
小さい時は良く鴇お兄ちゃんが私を湯たんぽ代わりに一緒に寝る事はあったけど…?
じっと視線で鴇お兄ちゃんに問いかけると、私を抱きしめたまま、すっと耳元に顔を近づけ。
「俺が部屋に戻ったらお前が既に寝ていた。可愛い顔で眠ってたぞ」
「ふみっ!?」
鴇お兄ちゃんっ、エロいっ!声がエロいっ!何で耳元で囁くのっ!?し、しかも、可愛いって、い、いま、吐息交じりにっ!ふみみーっ!?
慌てて耳を手で塞ぎ、鴇お兄ちゃんを睨みつける。けど…。
―――チュッ。
額にキスされて、あわあわと私はテンパってしまう。だと言うのに鴇お兄ちゃんは、優しく微笑みながら私の手をとり、その手の甲にまでキスをした。
だ、ダメだっ!鴇お兄ちゃんに流されちゃうっ!鴇お兄ちゃんが全開タラシモードになってるっ!寝惚けてるのっ!?まさか寝惚けてるんですかーっ!?
「それで?美鈴。二日酔いにはなってないのか?頭は、痛くないか?気持ち悪かったりしないか?」
髪を梳くようにゆっくりと撫でて、私の顔を覗き込む。
鴇お兄ちゃん。多分だけどね?私が例え二日酔いだったとしても、こんな風にタラシモード全開でこられたら二日酔いも吹っ飛ぶと思うのーっ!
「今日は大学も休んで、仕事も休んで、俺と二人こうしてるか?」
「ふみーっ!?鴇お兄ちゃんっ!私もう限界ーっ!!お願いだから耳元で囁かないでーっ!!」
「うん?あぁ、確かに顔が真っ赤だな。安心しろ。…可愛いから」
「ふみゃーっ!!と、鴇お兄にゃんっ、にぇぼけてるにゃっ!!」
あぁっ、もう口も上手く回らないよーっ!
大パニック。
そんな私を見て、鴇お兄ちゃんは何故か幸せそうに微笑み、ぎゅっと離すまいと抱きしめる。
「旭、蓮、蘭、燐。俺達も直ぐに起きるから、先行ってろ。ドアもちゃんと閉めて行けよ」
「え?え?鴇お兄ちゃん?」
あれ?弟達が頷いて出て行っちゃったよ?え?ちょっと待って。お姉ちゃん置いてかないでっ!
じたばたと暴れると、鴇お兄ちゃんは私から手を離した。
ホッとする反面、少し寂しいと何故か思ってしまう。
「起きるぞ、美鈴」
「え?あ、うん」
鴇お兄ちゃんがベッドから降りるのを見て、私もそれに倣ってベッドを降りる。
「じゃ、じゃあ、私部屋に戻って着替えてくるー」
平常心。平常心…。ぶつぶつと声に出して、更に心でも唱えて、平常心を取り戻す。
よしっ。これでどうにかいけるっ!
「美鈴」
「ぶにゃあああっ!!」
折角取り戻した平常心がーっ!?
鴇お兄ちゃんが腰に腕を回してきて、自分の方に抱きよせて、耳元で再び囁いた事に寄って旅立ちを迎えましたーっ!!
「にゃ、にゃにゃにゃんですかーっ!?」
はわわわわっ!
鴇お兄ちゃんの体温が今は滅茶苦茶恥ずかしいよぉーっ!!
「美鈴…。都貴静流にだけは絶対に気を許すな。絶対にだ。…いいな?」
「え…?」
都貴静流って、昨日あったあの人?
確かに昨日はあの父親共に気持ち悪かったし、もう二度とお会いになりたくないな~とは思ってたけど。
鴇お兄ちゃんが仕事の関係者でそんな事言うの珍しいなぁ。
見上げて、自分の頭の上にある鴇お兄ちゃんの表情を窺ってみる。……怒ってる?
「…お前の事だ。俺と同じ名前だ、とか、会社関係の人間だから、とか思って普通に接しなきゃいけないと考えるだろうが。絶対に油断するな。油断するなと言ってもお前は油断しそうだからな。あいつは無視する位で丁度いい。いいな?」
「う…」
鴇お兄ちゃん…。私の行動を読み過ぎだと思うんです。
「それと」
まだ、お小言がございますのですか?…受け入れましょうっ。
お小言を覚悟して、じっと鴇お兄ちゃんの顎を見つめる。
すると、私の視線に気付いた鴇お兄ちゃんがふっと私の方を見おろして、柔らかく、暖かい笑みで微笑んだ。
「明日、俺もお前も休みだろう?デート、しようか。二人っきりで」
「ふみみっ!?」
予想外来たーっ!?
「も、もうっ、さっきから何なのっ、鴇お兄ちゃんっ。わ、私を揶揄ってるっ!?」
絶対絶対私で遊んでるでしょーっ!?
ジタバタと鴇お兄ちゃんの腕から逃げようと試みるけれど、流石鴇お兄ちゃん。びくともしない。
「揶揄ってなんかいない。真剣に口説いてる」
「くどっ!?にゃ、にゃんでぇ…?」
限界限界っ!!口が回らない事で証明してますっ!!
「…ほんっとに可愛いな」
チュッ。
ちゅーっ!?でこにちゅーっ!?
鴇お兄ちゃんの本気マジやばーっ!!
顔から、湯気でそう…。うぅぅ…この真っ赤な顔を誰にも見せたくない。手で隠そう。両手で隠そう。後、鴇お兄ちゃん。可愛いって耳元で囁くの止めて貰っていいですか?耐え切れません。色気セーブして下さい。妹からの本気のお願いです。
「…美鈴。準備しなくていいのか?」
「…え?、じゅん、び…?」
だから、耳元で囁くの止めてっ!鴇お兄ちゃんのエロボイスっ!息遣いまで聞こえてきて…うぅっ。
これはもうっ、最後の手段だっ。耳を塞ごうっ!ぼふっとね。
私の行動を見て微笑みながら、優しく頭を撫でてくれる。そして、その撫でてる手がポンポンとそれから私の手首をツンッと突いて、それから人差し指が真っ直ぐ横に…時計?え?何?今の時間?……9時45分…?
今日の講義は…10時から…?
「ふみーっ!?遅刻するーっ!?」
思わず手を離してしまった私と、そんな慌てた私を見て楽し気に笑う鴇お兄ちゃん。
「急いで準備しろ。送ってってやるから」
「だ、抱き締めにゃがら言わにゃいでっ」
「ん?…あぁ、すまん。つい離し難くて。お前が生きてる内にこうして抱きしめる事が出来る事が嬉しくてな」
「…ふみ?」
どゆこと?…鴇お兄ちゃんがまた、切なそうな表情を…。どうしてだろう?鴇お兄ちゃんにそんな表情をされると、私まで胸が締め付けられて切なくなる…。
「ほら。遅刻しそうなんだろ?準備しろ」
「う、うん…」
やっと鴇お兄ちゃんが私を解放してくれて、ばっぐばっぐと心臓の音フルコンボ状態でそっと足を前に進める。
おお…鴇お兄ちゃんが追ってこない。数歩進んで、うん。大丈夫そう。
ドアを開けて、振り返ると、目の前に鴇お兄ちゃんが立っていた。ドアの枠に寄りかかって腕を組んで。
うっ。…鴇お兄ちゃん。寝起きの気怠さと色気が入り混じりまくって。え?何?視界テロ?取りあえずさっき起き上がった時、真っ先に机の方に歩いて行ったのは着替える為だったんだ。でも、だったらいっそ最後まで着替えててくれたら…うぅぅ…。とりあえずワイシャツのボタンは全てしめて下さい。妹からの切なる願いです。
結局何が言いたいかと言うと、振り返るんじゃなかった、って事かな。刺激的過ぎて直視出来なーい。
「どうした?美鈴」
優しく頭を撫でられる。朝起きてからずっと鴇お兄ちゃんが甘やかしてくるっ!
もう、もうっ、本当に駄目っ!!限界っ!!ギブアップーっ!!
「う、あ…にゃ、にゃんでもにゃいですぅーっ!」
くるっと反転。
それからダッシュッ!!
遅刻間際だと言う事もすっかり忘れて私は自室のベッドにダイブした。
その後、鴇お兄ちゃんが私の部屋に迎えに来てくれるまで、悶え続けて。私は今回受けるはずの講義にしっかりと遅刻しましたとさ。めでたしめでたし。
「全然めでたくなーいっ!!」
ガタガタガタッ!!
全力で机を揺らしていると、皆が首を傾げて私に注目した。
「どうしたの?美鈴ちゃん。いつも以上に挙動不審だよ?」
「華菜。それじゃあ、王子がいつも挙動不審みたいじゃないか」
「うーん。間違いじゃねぇと思うけど。確かにいつも以上におかしいな」
「よっしゃっ。おかしいなら笑うかっ!」
「皆、好き勝手言ってるねっ!あと、風間くんっ。そんな風に笑ってると、円と二人で作ったお菓子没収するよっ!」
「さーせんしたっ」
「変わり身はやっ!?」
風間くんの良い所は素直な所だね。
大学の休憩スペースでテーブルを囲んで、皆と話していた訳ですが。
あのね?皆、聞いて?
鴇お兄ちゃんが大学まで送ってくれたのはいいの。
お礼を言おうとして、運転席の方に回って窓から顔を覗かせたら、
『美鈴。髪が跳ねてる…。よし、これで良い。終わったら連絡しろよ。迎えに来る』
優しく髪を整えて、それはそれは優しい笑顔で微笑んで、頬にキスして、颯爽と車を走らせて去っていきました。
「ぶにゃああああああっ!!」
思い出すだけで恥ずかしいんですけどっ!!何なのっ!?マジで何なのっ!?世界中の甘い物と言う甘い物全て混ぜて煮つめて更に、塩を入れて更に甘味を引きたてたようなあの甘さは一体何なのっ!?
「本当に、どうしたの?美鈴ちゃん。顔が真っ赤なんだけど…」
「熱でもあるのか?」
「………華菜ちゃん。円。ちょっと女子トークしたいの。色々聞きたい事あるし」
「なら、俺達飲み物買ってくる。行くぞ、風間」
「おうっ。ついでに食いもんも買ってくる。女子トークには甘い物がつきものだろっ。行こうぜ、逢坂」
直ぐに空気を読んで買いだしに行ってくれた二人に感謝し、時間も惜しいので早速本題に入る事にした。
「あ、あのね?明日、その、鴇お兄ちゃんと、デートに、行くんだけど…服、何着たらいいと、思う?」
「………うん?」
「え?いつもの事じゃないのか?」
「そ、それはそうなんだけど。その…鴇お兄ちゃんが、今日の朝から、糖分100倍で、甘い言葉、囁いて来て…うぅ…」
「……成程。あの鴇さんもとうとう美鈴ちゃんに本気になったか」
「あの人が本気になったら、やばそうだね。どんな女でも落としにかかりそうだし」
あれ?ちょっと、予想外の反応?優兎くんがいれば突っ込み入れてくれるところなんだろうけど。今日からもう留学の準備で家にいるし、忙しくしてるもんね。
「でも、美鈴ちゃん?」
「ふみ?」
「美鈴ちゃんも鴇さんの事、恋愛対象として好きになりつつあるんだよね?」
「えっ!?」
な、なんでそんな結論に辿り着くのっ!?
驚きのあまり目を白黒させてしまう。
けれど、華菜ちゃんも円も何故か納得しているみたい。なんで?
「だって。それこそいつもの事なのに。甘い言葉だって本来の美鈴ちゃんなら気付かないと思うよ?」
「そうそう。それに鴇さんの事が好きだから、少しでも可愛くみせたくて、アタシ達に洋服の相談をしてる訳だろ?」
「そ、れは……ふみぃ~…」
うああ…。朝から恥ずかしい事ばっかりでそろそろ脳内が茹りそう…。
「うわ…美鈴ちゃん、真っ赤っ。珍しいっ!可愛いっ!」
「マジだ。王子のこんな姿、本当にレアだよ」
「こんな美鈴ちゃんをずっと見てたんだね、鴇さんはっ。羨ましいっ!ギルティっ!」
「異議なしっ」
ぎゅむっ。
二人が何を興奮してるのか分からないけど、とりあえず何故か抱きしめられた。
「美鈴ちゃんっ。安心してっ。すっごく可愛い悩殺服選んであげるからっ」
「安心しろ、王子っ。アタシも一緒に選んで華菜を止めてやるからっ」
「あ、ありが、と…。ふみみぃ~…」
思いたったら即行動。
逢坂くんと風間くんが戻って来たあと直ぐに私達は大学を出て、真珠さんにお願いして車を回して貰い行きつけのブティックへと向かった。
店員さんには呼ぶまで下がっていて貰い、男の子達は女物の服を見ても楽しくないだろうから、横の喫茶店で待ってて貰う事にする。
「やっぱり、春だし。相手は鴇さんだし。赤の強いピンクは使いたいとこだよね」
「だったら、これは?ピンクのワンピ」
「あー…うーん…。その腰にある大きなリボンが、ちょっと…」
「あー、確かに。折角鴇さんと大人デートだしね。こう、大人びた感じの…それでいて清楚な…これはどうだい?白のロングニットカーデ」
「えー、でも、それに合わせるとパンツスタイルになっちゃわない?」
「いやいや。中をミニにしたら良いんだよ。例えば、ほら。このパステルピンクのタイトワンピと組み合わせて。足元は勿論ちょっと高めのヒール?」
「おおー。良いかもっ。だとすると、それにあったシュシュをつけて。ネックレスは…あ。あの天使の羽のネックレス可愛くないっ?」
……私の出番がない。
二人が本気すぎて、口を挟めない。
「美鈴ちゃんっ。試着っ」
「らじゃっ」
だが口答えはしない。客観的に見てくれてる二人の方が私に似合う服、分かってくれてるだろうし。
試着室に入って、渡されたワンピースに着替え、ロングのニットカーデを羽織る。
ワンピース。膝上丈で…結構、ミニ、だけど…。
一応、見て貰おう。試着室の扉を開けて、待っていてくれてた二人に見て貰う。
「どう、かな?」
「………円」
「だね。カーデはワンサイズ上の方が良いね」
「萌え袖に勝てる男はいないからねっ。あと、ワンピースの方はもう少し短いのにしようっ」
「あるかな?最悪ワンピじゃなくて、上と下別ので、下に赤系の…」
え?あれ?置いてかれた。…かと思ったら別の服を持って帰ってくる。
暫く私は着せ替え人形に徹し、何とか一式デートコーデを揃えられた。
「…鴇お兄ちゃん、喜んで、くれるかな?」
「ばっちりだよっ!」
「大丈夫だっ、悩殺してこいっ」
うん。お墨付き頂いたんできっと大丈夫っ。春ブーツのヒールがめちゃ高いけど、そこも何とか乗り越えようっ。折角選んでくれたんだしねっ。
昔から服選びって私の意見は反映されないのはきっとデフォなんだと思うのっ。
と言う訳で、洋服も無事選び終わり、大学へと帰る。午後の講義を受けて、鴇お兄ちゃんに電話して迎えに来て貰ってそのまま仕事へ直行。
書類を片付けて、一段落。
会社の総帥専用の部屋から見える外の景色は既に夜景へと切り替わっていた。
んんーっ!
腕を伸ばして、事務作業で凝り固まった筋肉をほぐす。
「美鈴。終わったか?」
ドアが開き、鴇お兄ちゃんが入って来た。その後ろを真珠さんが続く。
「終わったよー。あ、鴇お兄ちゃん。この案件なんだけど」
「どれだ?」
気になっていた書類の一部を机に広げ、こっちに来てくれた鴇お兄ちゃんと二人覗き込む。
「ここの、売り上げの上がり幅、微妙におかしいと思うの」
「……微々たるものだと思っていたが」
「確かにそうなんだけど。この会社ね。この微々たるものが結構長いよ?こっちが十年前の収益。こっちが五年前の収益。どっちも本当に微妙だけど…計算が狂ってるの。しかも、同じ月に」
「…必ず決算前だな。…成程?ボーナスの金額を上げない為か」
「だと思うの。きちんと働いてくれている人に対してこれは失礼なことだからね。いや、それ以前に犯罪だからね。…上司に、しっかりと正しい収益報告書と、従業員の勤務時間や、給料の見直しを徹底をするように報告を」
「分かった」
「もし下に八つ当たりするような人間なら、葵お兄ちゃんに行って貰って教育のし直しね」
「了解」
うん。これで本当に今日のお仕事終わりっ。
「それじゃ、私は帰ろうかなー。鴇お兄ちゃんは?」
「俺は、まだ親父に報告する事があるから、もう少しかかる。真珠と一緒に先に帰ってろ」
あ、また頭撫でられた。昨日まではぽんぽんっと叩くように撫でてたのに、今日はずっとまるで宝物に触るみたいに優しく撫でてくれる。
そして、たまに指先に髪を絡ませて…嬉しそうに微笑むんだよね。うんっ、心臓に超悪いっ!いちいちドキドキするからっ、鴇お兄ちゃん、手加減してっ、ホントっ!
「美鈴。真珠と離れないようにして、真っ直ぐ家に帰れよ?」
「うんっ。分かったっ!」
今日の鴇お兄ちゃんは色々と心臓に悪いので、早く帰りますっ!
立ち上がって荷物を纏めて、鴇お兄ちゃんを残して私は真珠さんと会社を出る。
―――ぞわっ。
ひっ!?
な、なに?今、視線を感じたような…?
キョロキョロと周りを見ても、真珠さん以外誰もいない。
き、気のせい…?でも、私がこう感じて気の所為だった事はあまりないし…。
怖いから早く車に乗りこもう。
真珠さんが回してくれた車に乗りこんで、直ぐにその場を離れる。
「お嬢様?どうかなさいました?」
「う、ううん。多分、何でもない…。ねぇ?真珠さん?」
「はい。なんでしょう?」
「真珠さんは男の人の視線感じる事ってある?」
「そう、ですねぇ。正直言って結構ありますよ?お嬢様程美しく可愛らしくかつ聡明で気品溢れるような人間ではありませんが、そこそこ顔が整っている自覚はございますので」
言い切った。流石。
でも、そうだよね。男の人の視線なんてどこでも感じるものだよね?…うん。気の所為だ。さっきのはきっと気の所為なんだ。
そう思うとちょっと楽になった。
車の外を流れる景色をぼんやりと見ていると、ブランドの時計屋を見つけた。…そうだっ。
「ねぇねぇ。真珠さん」
「はい。お嬢様」
「さっきの通りにあった時計屋さん。寄って貰っていいかな?」
「勿論構いませんが…。宜しいのですか?鴇様から寄り道せずに帰る様に言われたのでは?」
「う、うん。そうなんだけど、その……明日、鴇お兄ちゃんを、驚かせたいの」
「行きましょうっ」
即行で方向転換して車を回してくれる真珠さんに感謝しつつ、時計屋さんの駐車場に車を止めて、私と真珠さんは時計屋さんの中へ入った。
一杯時計があるなぁ…。
鴇お兄ちゃん、時計が欲しいって言ってたし。明日プレゼントしたら喜んでくれるよね、きっと。
どうしようかな。どれが良いだろう?
ショーケースに並ぶ時計を真珠さんと二人ゆっくりと見て行く。色んなのがあるけど…どれもピンと来ないなぁ…。
仕方ないかな?やっぱり鴇お兄ちゃんの誕生日までじっくり探すべきか。
悩みながら、ショーケースを覗いて。ふと顔を上げると、お会計のカウンターの所にぽつんと置かれた時計が目に入った。
派手でもなく地味でもない。…あれ、いいなぁ…。
近寄って、それをじっと観察してみる。金属の高い時計が並んでいるのに、これだけは皮のベルトで。如何にも取り扱いたくなかったんだけど、取引先から是非にと渡されて仕方なくカウンター横に置いてます、的な商品。
でも、私はそれが気になって仕方なかった。これに、しようかな?
丁度良くカウンターだし。店員さんを呼んでこの腕時計を貰う事が出来るか尋ねてみる。
「はい。勿論お売り出来ますよ~。ご自宅用ですか?贈り物ですか?」
「プレゼント用で。すみませんがラッピングもお願い出来ますか?」
「はい。畏まりました。少々お待ちくださいませ」
えへへ。良い買い物が出来た。嬉しくて頬が緩む。
「お嬢様。宜しいのですか?折角貴金属のお店に来たのに…」
「うん。いいんだ。何でなのか解らないけど。私はあれを鴇お兄ちゃんにあげたいの」
「そう、なのですか?」
「うん」
店員さんがラッピングされた箱を紙袋に入れて渡してくれる。代わりに私のお財布からカードを取り出し支払いを完了させる。これは私のプライベートな事だから勿論私のお財布から払います。
えへへ。満足。
真珠さんと二人店員さんに見送られ店を出て、駐車場に戻り、今度こそ帰宅した。
帰って直ぐに晩御飯の準備して、弟達を優先してご飯を食べさせて。私は帰って来たお兄ちゃん達と一緒にご飯を食べる。
お風呂に入って、勉強して、ベッドに入った。
(鴇お兄ちゃん。明日どこに連れてってくれるんだろう…?それに、ずっと二人きり…。あ、あれ?どうしよう…目が冴えてきちゃった…。うぅ…ドキドキする)
緊張感…だけじゃない、かな?
私、きっと嬉しいんだ。鴇お兄ちゃんと二人っきりでデートに行ける事が。
うん。…華菜ちゃん。華菜ちゃんの言う通りかも。私、鴇お兄ちゃんの事、好きになりかけてるかも…。
そう、意識したら、ますますドキドキして。
でも寝不足の酷い顔で初デートなんてしたくないから。私は眠る為に必死に円周率を数え続けるのだった。
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