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第五章 全面対決編(高校生)

第二十五話 透馬の油断

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「嘘っ…なん、で?どうして…?」
思わず私の口から飛び出た言葉に四人の男が危なく微笑む。
追い詰められた。
どうやって逃げたらいい?
私の脳内は、逃走路の確保と男性への恐怖と純粋な恐怖で大混乱を起こしていた…。

四聖の皆が各々恋人をゲットしてから平和な日々が過ぎ。
私の男性恐怖症も治りつつあり、双子のお兄ちゃん達や樹先輩、猪塚先輩が卒業しても学校生活は平穏無事に過ごす事が出来ていた。
入学出来るか不安だった年下組の三人も無事エイト学園へ入学してきて。
私達は高校三年生に進級。
生徒会長になる事も出来たけど、余計なイベントを発生させたくない私は生徒会長を逢坂くんに譲り、副会長の打診もあったけどそれも優兎くんに譲った。ただの一般生徒のまま修学旅行も楽しんで終わり、卒業エンドも間近になっていた。
もうほぼ私の私室ですと言わんばりの家庭科室で今日も今日とて四聖の皆とお茶会をしていた時の事だった。
海里くんが勢いよく部室へ飛び込んできたのは。
「ちょっと。海。あんた入る前にノックしなさいってあれほど」
「今はそれどころじゃないんだっ」
出迎えたユメを押し退けて海里くんは私に向かって必死の形相で叫んだ。

「鈴先輩っ!透馬兄がっ!!」

一体何の事か理解出来なかったけれど、海里くんの表情を見たらそんな事言ってられない事態なんだと直ぐに理解出来た。
だから私は海里くんの言葉を聞いた瞬間、皆が制止する前に走りだしていた。
案内されるまま、透馬お兄ちゃんのいる場所へと向かった。
部室を飛び出し、生徒玄関へ向かい海里くんが先導してくれるまま、走って商店街近くの公園へ駆け込む。
公園の草むらの植木の影。そこに怪我をして倒れている紫髪の…透馬お兄ちゃんの姿があった。
「透馬お兄ちゃんっ!!」
慌てて前を走る海里くんを追い抜き駆けよって抱き起こす。
透馬お兄ちゃんは両腕に無数の切り傷があり、その傷痕はいまだ血を流している。
まだ血が止まってないじゃないっ!
慌ててポケットからハンカチを取り出して片腕を処置するも、布が足りないっ!
いや、それよりもっ!
「海里くんっ!救急車っ!」
振り返って叫んだ。けれど―――。

「―――…え?」

海里くんの姿を見て、私は言葉を失った。
海里くんの手にあるのは何?
血に濡れたナイフ?どうして海里くんが持ってるの?
なんで?
そんな事考えたくない。
だって、海里くん、透馬お兄ちゃんを透馬兄って呼ぶほど慕ってたじゃない。
年下組の中で御三家のお兄ちゃん達を一番尊敬してたじゃない。
それなのに、そんな事する訳ないよね?
私の心は必死に叫んでいた。
動揺を抑えようと、必死になって叫んでいた。
そんな事する訳ないって。
絶対に絶対に大丈夫だって。
そして、その考えは間違っていなかった。間違っていなかった、けど―――。

『あぁ…、やっぱり美しいな…』
『やっと側に来てくれた…』

後ろからも、そして腕の中からも普段の二人とは思えない声が私の耳に響く。
私の考えは間違ってはいなかった。
この二人は私の知ってる二人じゃないっ。
けど、私が今絶体絶命の状況に陥っている事実も間違いではなくて。
透馬お兄ちゃんではなかったその人を放って、急いで立ち上がって二人の間から抜け出し距離をとる。

『どこへ?行くの?鈴先輩』
『そうだぜ?美鈴。怪我人の俺を突き飛ばすなんて酷ぇな』

怪我なんて一切気にした様子なく立ち上がる。腕からは血が滴り落ちてるのに、全く痛みを感じた様子を見せずに一歩二歩と近づいてくる。
いや、いやっ!!
怖い怖いっ!
これは男性恐怖症どうこう関係なく素直に怖いっ!!
だって、血がついたナイフを持った後輩と同じ顔した男と腕から血を流してるのに笑いながら近寄ってくる兄の親友と同じ顔をした男が近寄ってくるんだよっ!?
怖くて当り前っ!!

―――逃げなきゃっ!!

ここにいたら駄目だっ!!

―――逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃっ!!

どこか、隙はっ!?
ここは公園。今背後に木はない。段差はあるけど、躓かないようにしなきゃ。
前の二人との距離はまだ保てててる。近付かれた分だけ後ろへと下がってるから。
足が体が震えるけど、今は耐えろっ。
大丈夫。大丈夫っ!
絶対に逃げれるっ!
二人から視線を逸らさずに考える。
何処に逃げたらいいっ!?
透馬お兄ちゃん達の所?
駄目だ、こいつらが偽物だとしたら、お兄ちゃん達は学校にいる。
学校の皆を巻き込む訳にはいかないっ。
じゃあ家?もっとダメっ!ママ達を巻き込んでたまるもんかっ!
なら、どこ……そうだっ、交番だっ!警察に駆けこめばっ!!
確か、商店街の外れに交番があったはずっ!
そこに逃げ込むっ!!
そうと決まったら…。
じり、じりじり…。
私と二人の距離は縮まらないように一定の距離をじりじりと保っている。
二人が動き出したら、私も走る。
全力でっ!!

『ねぇ、鈴先輩。僕、鈴先輩の血がみたいな』
『側に来いよ、美鈴。美鈴の為に俺は怪我までしたんだぜ?』

―――来たっ!

一斉に二人が動き出すと同時に私は横に走りだした。
後ろに逃げたら背を向ける事になる。相手はナイフを持っているからそれは危険だ。同じく二人の方へ向かっていくという選択も私の中にはない。戦える人間ならいざ知らず、私みたいな男性恐怖症が上書きされている人間は立ち向かうのは無理。
ならば横に逃げるしかない。
二人に捕まらないように全力で公園を駆け抜ける。
良かった。足が遅い。
これならどうにかなるっ!
本当の二人は足が遅い訳ないから、これであの二人は完全に偽物だって実証された。

全力で走っていると息が苦しくなる。

それでも今は逃げなきゃいけないっ。

商店街の人を巻き込みたくないから、商店街を避けて別ルートで交番へと向かう。
けれど、これが失敗だった。

『やっぱり、鈴先輩は優しいね』
『俺達の美鈴は他の人間を巻き込もうとしない女神みたいな女だからな』

回りこまれたっ!?
どうしてっ!?
確かに背後にいたはずなのにっ!?
どうして二人が私の前にいるのっ!?
そして、ふと気付く。
二人の手にある筈の、ナイフと怪我がない。
「………どう、言う事…?」
傷が治ったとでも言うの?
そんなに早く治る訳…。

『何驚いてるの?』
『怪我がないことに驚いてるんだろ?』

背後からも声がして、振り返るとそこには同じく海里くんと透馬お兄ちゃんの姿。しかも二人の手は血みどろで…。

「嘘…。なん、で?どうして?」

似ている人間がいるにしたって…何でっ!?
でも、この武器も何もない状況。前世で護身術を覚えてたけど、男性に触れられて私が意識を保てるわけがない。
だったらどうしたらいい?
どう動いたらいいの?
……巻き込みたくない、なんて甘い事言ってられないね。
今の私に出来るのは助けを呼ぶこと。
そう判断したなら、即実行。

―――パチンッ。

指を鳴らす。
すると、私の目の前に、黒のスーツ姿の女性が舞い降りてきた。

「お嬢様。御無事ですか?」
「なんとか。でもっ…」
「えぇ。分かっています。異様な空気を感じます。この感じは…」
「真珠さん?」
真珠さんが顔を顰めてる?
どんな状況でも動じない真珠さんが?
ママと対峙する時以外は常にニコニコの真珠さんが?
息子である近江くんと話してる時でさえ、こんなに顔を顰めるなんて事ないのに。
それだけヤバい相手と言う事。
そこに思い至り、一気に緊張感と恐怖が増した。
「お嬢様。ここはお嬢様が当初判断したように、逃げる事が得策かと思います。私が突破口を開きますので」
「分かった」
真っ直ぐ交番へ逃げる。
真珠さんと二人タイミングを見計らう。
一瞬真珠さんと視線が交差した。

―――動くっ!

真っ直ぐ前の二人の方に駆け出す。
真珠さんが懐からちょっと長めの木の棒を出して私へと投げてくれた。
今はどうして懐のサイズ以上の棒が出てくるの?とか今は疑問に思わない。
良子お祖母ちゃんから習った薙刀を今使わずにいつ使うと言うのっ!?
危ないとか人に向けてはいけないとか、今は気にしていられない。
私は振り上げた木の棒を海里くん(偽物怪我無し)の方へ振り下ろす。
それと同時に真珠さんが透馬お兄ちゃん(偽物怪我無し)へと手裏剣を投げつけた。
海里くん(偽物怪我無し)も透馬お兄ちゃん(偽物怪我無し)もそんなに防御力が高くないのか二人共攻撃を避けて左右へと避けた。
その一瞬の隙を狙って私と真珠さんは駆け抜ける。
やはり二人の足はそこまで早くなく、私と真珠さんは何とか交番へと駆けこんだ。
息を切らしつつ、お巡りさんに話かけると…。
「大丈夫ですか?中へとお入りください」
と声を優しくかけてくれた。
ホッとして、これで一安心だと一気に緊張感が抜ける。
「どうぞ、こちらへ」
優しい笑顔を見せてくれるお巡りさんにホッとした、はずなのに…何でこんなに鳥肌が立つの?
「どうかなさいましたか?」
不思議そうに首を傾げるお巡りさん。
何も怪しい所なんてない。
でも何故か私の心は警鐘を鳴らしていた。
触れてはいけないと。
側に近寄ってはいけない、と。
だけど、今は助けを求めないといけないのも事実。
色々な事がありすぎて頭が上手く動かないよ。
交番と言う安全な場所にいる筈なのに、どうしてこんなに怖いの?
「お嬢様。…出ましょう」
「真珠さん?」
グッと腕を掴まれて、交番の外へと真珠さんが連れ出そうとした。しかし、逆の手をお巡りさんが掴む。ぞわりと寒気がした。
「何か、あったのでしょう?外へは行かれない方が良い」
それは、確かにそうだけど…。
走った時のものとは違う動悸がする。バクバクと心臓の音がうるさい。
「いいえ。そんな事はありませんでしたので。お気になさらないで下さい。私達は追いかけっこをしていただけですので」
真珠さん。その良い訳はちょっときついのでは?
「追いかけっこですか。そうでしたか。ですが本当に大丈夫ですか?男四人と追いかけっこなんて大変ですね」
ビクッ。
私の肩が跳ねあがる。
だってそうでしょう?
私は一言も男に追われてるなんて言ってない。しかも四人なんて細かい事も言っていない。
なのに、何で知ってるのっ!?
そう気付いた途端、腕を掴まれている気持ち悪さが一気に全身に駆け巡る。
「は、離してっ!」
手を振るけれど、全然振りほどけない。それどころか、
「どうしてです?」
笑ってお巡りさんは私の手を自分の頬へ寄せ擦りつけた。
「あぁ…この肌触り…。最高ですね」
「嫌ぁっ!!」

―――気持ち悪いっ!

「離しなさいっ!!」
私の叫びと真珠さんの拳が同時に飛び交う。
「っと。酷いな。お巡りを殴りつけるとか。自ら犯罪に手を染めるんですか?」
「先に犯罪を犯したのはそちらです。嫌がる女性の手を握るのは立派なセクハラですよ」
ぐいっと引き寄せられて私は真珠さんの腕の中に抱きよせられる。
「おや?嫌がってましたか?」
「お嬢様のあの叫びが聞こえなかったのだとするなら、余程悪い聴覚と脳味噌をお持ちですね」
未だに掴まれっぱなしだった腕を真珠さんが払ってくれる。
「行きましょう。お嬢様。ここもどうやら危険のようです。足音が近寄ってきます。先程の男達もこちらに来てしまいます」
「逃がすと思ってるの?」
ニタリ。
お巡りさんが気色の悪い笑みを浮かべてる。
それがとにかく怖くて真珠さんにきつく抱き着くと、真珠さんはポンポンと背を叩いてくれた。まるで大丈夫だと言ってるかの様に。
少し勇気づけられて私は頷く。
そして、真珠さんと手を繋いだまま私達は交番を飛び出して、商店街の中へと紛れ込んだ。
買い物中の人達もいるから彼らは不用意な行動は取れないだろう。
そう思って真珠さんは逃げ込んだんだろう。
けれど、私は商店街の人を巻き込みたくないと思ってしまう。商店街の人達が怪我をするなんて嫌だから。
嫌だからこそ、私は考えなければいけない。何処に逃げるのが一番なのか、を。
でも…全然思い浮かばない。
どうしたら、どうしたらいい、それだけが頭の中を支配する。
だって、交番もダメで、商店街も学校もこれ以上は駄目。じゃあ何処に逃げたらいいの?
迷っている私の手を引いて、真珠さんは商店街を駆け抜けた。
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「えっ!?」
引き返そうとして、真珠さんと振り返った、その視線の先にはお巡りさんを含めた私達を追い掛けていた五人がいた。
「…このままではっ…。お嬢様。私があいつらを引き付けます。その間に逃げて下さい」
「引きつけるって、真珠さんっ!?一体どうやってっ!?危ない事したら駄目だよっ!?」
自分から危ない真似をしたら駄目っ!
そんな事をして欲しくなくて、私は真珠さんの腕を逆に掴む。
すると真珠さんは、それはもう幸せそうな、それでいて不敵に微笑んだ。
「お嬢様。お忘れですか?私は、忍びですよ?」
「え?」
懐から何か丸い…あれは、近江くんが使ってた丸薬と同じ物?
それを地面に投げつけると、真珠さんが煙に包まれ、そして現れたのは…私?
「この位おてのものです。それに、一人であれば直ぐに逃げる事も可能です。奴らの狙いはお嬢様ですから」
声まで私と同じ…。
「行きますよ。お嬢様。必ず安心出来る場所までお逃げ下さい。いいですね?」
「う、うんっ」
同時に走りだす。この際家の塀を走ったりするのも許して貰おう。
私と真珠さんは最初は一緒に。そして道が二つに分かれた所で別々の方向へ逃げた。
逃げて逃げて、逃げまくって。
最終的に辿り着いたのは、結局学校だった。
鴇お兄ちゃんが作ってくれた、私だけの安全な場所っ。
もう学校の中の生徒ですら信じられなくて、私は真っ直ぐ家庭科部の部室へ急ぐ。
廊下の角を曲がって、食堂の方へ。

―――ドンッ。

誰かと曲がり角で勢いよくぶつかってしまい、弾き飛ばされて尻餅をつく。

「おっ!?わ、悪かったっ、大丈夫か?」

紫の髪にこの口調。
「……透馬、お兄、ちゃん?」
声が震える。
まさか、とは思う。もしかして、とも思う。
だけど、透馬お兄ちゃんの次の言葉に私は…。
「どうした?『姫』そんな怯えて……何があった?」
緊張の糸がぷつりと切れた。
緊張感と恐怖が一瞬にして薄れ、ボロボロと涙が流れる。

「透馬、お兄ちゃああああんっ!!うああああっ!!」

目の前の本物の透馬お兄ちゃんの胸に飛びついた。
私の事を『美鈴』ではなく『姫』と呼ぶのはこの世で透馬お兄ちゃんだけだから。
透馬お兄ちゃんは飛びついてきた私を一瞬驚きながらも難なく受け止めてくれた。
「何があったか分からねぇけど、大丈夫。もう大丈夫だから。姫、安心しろ」
「こわ、怖かったっ!怖かったよぉっ!!」
姫と呼ばれる事がこんなにも安心感を与えてくれるとは思わなかった。
やっと本物の透馬お兄ちゃんに会うことが出来た。
しかも怪我なんてしてない。ピンピンしてる。
心のどこかで不安だった。本当の透馬お兄ちゃんはあいつらに何かしらされてしまっているのではないかと。
でも、それは杞憂だった。
そうだよ。透馬お兄ちゃんは強いんだ。だから負ける筈がない。どうこうされる訳がない。
「姫。とにかく、落ち着ける場所に行こう。な?」
言いながら、透馬お兄ちゃんは私を抱き上げる。お姫様抱っこだけれど、今はそれよりも本物の透馬お兄ちゃんを離したくなくて、首に腕を回してぎゅっと抱き着く。
絶対に離すもんかっ。
本物の透馬お兄ちゃんを離してたまるもんかっ。
抱きしめる腕に力を込めた。
透馬お兄ちゃんは私を七海お姉ちゃんの保健室へ連れて来てくれた。
そこには何故か華菜ちゃんと愛奈の姿があり、私の姿を見るに直ぐに駆け寄ってくれた。
「美鈴ちゃん、大丈夫なのっ!?」
「王子っ!何があったのっ!?」
「透馬っ、天使に怪我はっ!?」
矢継ぎ早に飛んでくる言葉を透馬お兄ちゃんは沈黙で答え、私をそっとソファに降ろそうとする。
…嫌だ。
だって、ここで離したら、透馬お兄ちゃんがどっかに行っちゃいそうでっ。
首を振って透馬お兄ちゃんに抱き付き抵抗する。
「……姫。…分かった。俺も一緒に座る。それならいいか?」
それでも嫌だ。
じっと透馬お兄ちゃんの目を見つめると、透馬お兄ちゃんは苦笑して私をソファに座らせた。
いやいやと頭を振って透馬お兄ちゃんの首に回した腕を強めると、その腕をそっと外されて両手をぎゅっと握られた。
隣に座るでもなく、床に胡坐かいて座り私と向かい合う形で手を繋ぎ続けてくれる。
「姫。何があったか、話せるか…?」
こくりと頷くと向かい側のソファに七海お姉ちゃんが急ぎ座り、華菜ちゃんと愛奈が私の隣にぴったりとくっつく形で座ってくれた。
その暖かさに落ち着きを少しずつ取り戻し、大きく深呼吸をする。
「海里くんが、透馬お兄ちゃんが大変だって呼びに来て」
「海里が?…どう言う事だ?さっき海里を見つけたが体育館で部活のトレーニングをしてたぞ」
「美鈴ちゃん。美鈴ちゃんが家庭科部を出て行った後、海里が陸実と空良と三人で家庭科部室に遊びに来たの」
「私達、王子が飛び出して行った後、三人が来て。絶対何かの罠だって気付いて。急いで王子を待つ待機班と追う追跡班、それから情報収集班の三つに分かれたの。待機班の桃と夢子は家庭科部室で待機してる。私と華菜は情報収集班で、ここにいたの。天川先生の情報なら兄妹である七海先生の下へいち早く来てるだろうと思って」
そうだったんだ…。
「じゃあ、円は私の後を追い掛けて…」
「円は大丈夫。婿を護衛につけたから。あとあの三猿達もいるし。四人共婿が危ないと判断したら力尽くでも連れ戻すように言ってるから安心して良い」
「姫。それでどうしたんだ?」
「それで…。海里くんを追って公園に行ったら、透馬お兄ちゃんが血まみれで倒れてて。腕に怪我してて。慌てて助けようとして透馬お兄ちゃんを抱き起したら、両腕にナイフで切られたような傷が一杯あって」
ぽつり、ぽつりと思い出しつつ、今あった事を繋げて説明した。
逃げて、逃げまくって最後ここに戻って来た事も。
最後まで説明した瞬間、透馬お兄ちゃんは握っていた私の手を引き寄せた。
そのままソファからずり落ちて、透馬お兄ちゃんの胸の中に収まる。
「怖かったな、姫。良く、頑張った。大丈夫だ。俺はここにいるし、海里もその内、円か陸実あたりに連れ戻されてくるだろ。大丈夫だ。もう、大丈夫だからな」
「うっ…ふぇ…とうま、おにいちゃぁ、ん……」
少し痛い位に抱きしめられて。でもそれがとても優しい。
「それにしても。透馬さんと海里の偽物?しかも複数?一体どう言う事?どう言う仕組み?」
「可能性としては、婿と同じ忍者の可能性があるかもしれない。一般人を丸薬で変装させてるとか」
「そうだとしても。こう言っちゃなんだけど、真珠さんは負けたとしても、あの金山さんがてこずるとは思えない」
「駄目よ。二人共」
相談を始めた二人に七海お姉ちゃんが割って入る。
「この件は透馬や男共に任せて貴女達は手を引きなさい」
「えっ!?七海先生っ!?」
「でも、それじゃあっ」
反論をする二人。けれど七海お姉ちゃんは首を縦には決して降らなかった。
「私達教師には生徒を守る義務があるの。自分から危険に身をさらすような事は許さないわ。勿論、これに関しては美鈴ちゃん。貴女もよ」
「七海お姉ちゃん…」
「例え、透馬が危ないと言われたとしても、貴女はまず私や大ちゃんを呼ばなくてはいけなかった。それが何故か、賢い貴女には分かるでしょう?」
分かる…。
あの時私は、海里くんに呼ばれた時点で大人と一緒に、もしくはせめてもう一人や二人、協力者を連れて行かねばならなかった。
でも、それを怠った。
自分の中身はもう結構な年齢の大人だから。それを過信していたのだ。
大人にだって出来ない事もあるって身をもって知っている癖に。前世で大人の年齢だったのに、自分がまだまだ子供だなとは感じても、大人になったなと感じた事は無かった癖に。
駄目だなぁ、私。こんなに長く人生を歩んできたのに、そんな事も分からないんだから。自己嫌悪。
「まぁ、七海の言う事も一理あるが。姫もこいつには言われたくないよなぁ?」
ぎゅーっと抱きしめられる。何なら頭に頬擦りもセットで。
えっと、えっと?
「お前だって、周りの制止も聞かずに突っ走るタイプじゃねぇか。それを棚に上げて説教されてもな~?姫」
「あ、で、でも、私が悪かったんだし」
「こうやって姫はちゃんと反省するだろ?その点、七海は一切反省せず、いまだにその性質治ってないしな」

―――ゴスッ。

「いでっ!?」
透馬お兄ちゃんの脳天に一撃入りました、候。
「うっさいのよっ、透馬はっ!」
「お前っ、そう言う所が全然変わってねぇって言ってんだよっ!」
私を抱きしめたまま、頭上でぎゃんぎゃんと騒ぎあっている。
何時もの光景だ。
その何時もの光景、そして穏やかな空気が嬉しくて頬が緩む。
優しいな。
透馬お兄ちゃんも七海お姉ちゃんも私の恐怖感が薄れる様にと明るく振る舞ってくれる。
私はそんな二人の心遣いに、感極まりまた泣いてしまうのだった。

その数分後、駆けつけてくれた鴇お兄ちゃんと一緒に私は帰宅した。
玄関でパパ以外の家族皆で出迎えてくれて。特にママは泣きそうな顔で私を思い切り抱きしめてくれた。
ママと二人。今日あった出来事を説明した時、これはイベントにあったのかと訊ねた。
「ある訳ないでしょ。こんなの乙女ゲームじゃなくてホラーゲームよ。……本当に無事で良かった」
そう言って私を抱きしめた。
確かに、これが美鈴の日常なのであればこれは乙女ゲームではなくホラーゲームだろう。
じゃあ、このイレギュラーは一体何なのか?
全然検討もつかず、私は悶々とした夜を過ごす事となった。
そして翌日。
バタバタバタと家の中を走る音が耳に届く。
一体何事かと、部屋から顔を出すと、その足音を出しているのは鴇お兄ちゃんだった。
そんな鴇お兄ちゃんは私の顔を見るなり言った。
「美鈴っ。透馬が昨日病院に運ばれたらしいっ。一緒に行くかっ?」
さーっと血の気が引けたのと、
「行くっ!」
と答えたのはどっちか先だったのか、その時の私には判断がつかなかった…。

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