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第四章 高校生編

第二十一話 近江虎太郎

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パチパチパチッ。
大歓声の中、私と樹先輩は優雅に一礼する。
…これでどうにか、巳華院家の面目は保てたかな?
銃声が軽いって事と銃弾の跡がないから空砲だって分かったし、何かしらサプライズなんだろうなってのは解ってたし。
何よりこれゲーム内で巳華院くんのイベントとしてあったから命に害はないことは知っていた。
逆に実弾が入ってたのが予想外だったんだよね。
猪塚先輩がかばってくれたから私は怪我しなくて済んだけど…。でも実弾が入ってたのはどうして?
それとも実はゲームでも実弾が入ってたとか?
うぅ~ん…。記憶が曖昧だ。フィルターがかかってるから?
うぅん。それは違う。断言出来る。多分普通に記憶がない、覚えてないんだと思う。
イベントのスチルは覚えてるの。色々キャラクターの配置とかはおかしかったけど間違いはないと思う。
でも会話の殆どが記憶にない。それの理由は単純明快。

『スキップ』したから。

乙女ゲーマーなら誰しも経験した事がある。絶対あるよ。
フルコンプを目指し、興味のないキャラクターをクリアする為にプレイはするものの、やっぱり興味は起きなくて会話のスキップをしてしまうって事。
巳華院くんを攻略する頃にはもう攻略キャラクターの半分以上は攻略してて。しかも好みじゃなくて。物凄いスキップを多用してた気がするの。
だから記憶になくても仕方ない。だって読んでないんだもの。
…イベントと言えば、本来なら来月に樹先輩の強制イベントが起きるはずだったんだ。これはもう起きない事は知ってるんだけど。何故って?だって小学1年の時に起きちゃったもん。
そう、あの爆弾テロに巻き込まれる『襲撃』のシーンだ。だから来月。八月のイベントはもうない。
あぁ、でも花火とか遊園地のお化け屋敷とか八月にしか行けないデートスポットがあったりするけどね。
勿論、私は行かないで家にいます。そして家族皆でバーベキューとかするんですっ!
うふふふ…。毎年恒例だもんっ!今年も皆で美味しいお肉食べるんだーっ♪
「…美鈴。おい、美鈴?」
トントンと背中を叩かれて、顔を覗き込まれ、ハッと我に返る。
…そうだ。まだパーティ会場だったんだ。
「どうかしましたか?樹先輩」
「いや、どうかと言うよりも、お前の目の前にずっと手を差し出してダンスを申し込んでる存在に気付いてやれよ」
「へ?」
目の前?
あ……猪塚先輩がまるで騎士みたいに膝をついて私にダンスを申し込んでる。
「ご、ごめんなさい。猪塚先輩。自分の世界に入りこんじゃった」
ちょっと怖いけど。猪塚先輩が私が本当に嫌がる事をする訳がないって知ってるから。
私はそっとその手に自分の手をのせて、
「喜んで」
と笑みを浮かべた。
「本当っ!?嬉しいよっ!白鳥さんっ!」
ダンスしているスペースの真ん中へと移動して、私達は踊り始める。
こうして組んでいると、どうしても猪塚先輩に近寄ってしまう。それは仕方がないとして、私はじっと猪塚先輩の腕に巻かれた包帯を見た。
「猪塚先輩、ごめんなさい。私を庇った所為で怪我をさせてしまって…」
「大丈夫。本当にただのかすり傷だから。それに男の僕なんかより白鳥さんが怪我をしなくて良かったよ」
「す…」
すみません。思わず出そうになった言葉を飲みこむ。そう何度も謝罪をしたら猪塚先輩だって対応に困るに違いない。なら、私は。
「ありがとうございます。猪塚先輩」
謝罪ではなく感謝を。痛みを共有するではなく無事だった事を喜ぶ。
「あぁっ、やっぱり白鳥さんは可愛いなっ!」
「あ、ありがとうございます。…あの、猪塚先輩?ダンス中に抱き着くのは危ないので、そこで堪えて下さいね?」
「わ、解ってるよ?」
本当かな?
腕がふるふるしてるよ?
明らかに我慢してますの顔してますよ?
……ダンス終わったら速攻で逃げよう、うん。
くるっと回転して猪塚先輩の腕に戻り、またステップを踏んでを繰り返して、もう少しで曲が終わる。
さて。まずは優兎くんを探して、そこへ速攻で逃げる……うん?
分かりやすく向けられた敵意の視線。
どこからだろう?
キョロキョロと視線を動かす。
すると、私の不思議な動きに猪塚先輩が気付き、首を傾げて問いかけてきた。
「どうかしたの?白鳥さん」
「いえ…。今分かりやすい敵意を感じたんですが…」
「敵意?」
スッと猪塚先輩の目が据わる。
髪型が変わったり口調が変わったりしても、その目つきの悪さは健在ですね、先輩。
「それらしい人はいないよ?それに…こう言ったら失礼だけど。白鳥さんは同性から敵意を向けられやすいんじゃない?」
…まぁ、それはそうなんだけど。私は乙女ゲームのヒロインだから当然女子からは嫌われやすい性質を持っている訳で。
でも、それとはちょっと違うって言うか…。
曲が終わって、一礼をして私と猪塚先輩はダンススペースから抜け出る。
眉間に皺を寄せた私が戻って来た所為か、樹先輩もその横にいた優兎くんも同じように不可解そうな顔をした。
素直に、さっきの敵意の事を話すと二人は猪塚先輩と同じ反応をしたが、それらしい人はやはり見つけられない。
「警戒するに越した事はないだろうけど。でも美鈴ちゃん?美鈴ちゃんが普通にしていられるって事は女性の敵意の可能性が高いよね?」
確かに優兎くんの言う通りだ。男だったらこの程度では済まないかも知れない。
「でも、白鳥さん?白鳥さん、だいぶ男に慣れてきたんじゃない?僕と踊れるくらいだし」
そう言って一歩近寄ってきた猪塚先輩に反射的に一歩距離をとる。
「そうでもないみたいだぞ、猪塚」
「うぅ…白鳥さん…」
私は相変わらず男性は怖いままだ。
「美鈴。その敵意は今すぐにでも向かって来そうな感じか?」
「あー…うーん…。様子見って感じ、なのかな?」
「なら、今は気にするな。警戒を解けとは言わないが、俺達が守ってやるから」
「樹先輩…」
樹先輩の言葉に私は驚き目を丸くする。そんな私を見て樹先輩はにやりと笑むが。
「後が怖いので結構です」
「お、お前なっ!人の親切くらい素直に受け取っておけよっ!」
「樹先輩の親切だから貰うと怖いんですよっ!」
がるるるるるるっ!
睨み合う私と樹先輩。
絶対負けないもんっ!私は樹先輩にだけは負けないもんっ!鴇お兄ちゃん?鴇お兄ちゃんとはまた別っ!
火花を散らしている私達の間に、バッと手が降りてきた。
驚き瞬いてその手の主を見るとそれは優兎くんで。
「美鈴ちゃん。樹先輩なんて放っておいて。今度は僕と踊ってくれる?」
ニッコリ微笑まれて、手が差し出される。
「勿論っ、喜んでっ」
断る理由なんてなく。私は優兎くんと二人ダンススペースへと移動した。
そこから暫くダンスを楽しんで、戻ると円達が戻って来て。
巳華院家から今日のサプライズについての説明があった。結構所々ぼやかして言っていたけれど、これはまぁ仕方ない。
実弾だった理由は、帰る時に円からこっそりと聞いた。…桃がいたから仕方ないのかもしれないけど、でも、近江虎太郎ってこんな考えなしのキャラだっけ?
忍者なのは勿論知ってるけど。キャラ絵の見た目からしてそうだしね。けど運動能力は残念なキャラでそれを頭脳でカバーしてるキャラだった筈。
あれ?そもそもこんなに桃に執着してるキャラだったかな?私の記憶が正しければ、そうじゃなかった。これも誤差なのかな~?

そんなこんなでパーティも終わって、のんびりした夏休みに突入でございますっ!
総帥としての仕事をしつつも、夏休みを満喫して。
どんな事して満喫したのかって?
まずっ!
「お姉ちゃんっ!この茄子収穫しても良いっ!?」
「いいよ~。あ、蓮。帽子が取れそうだよ。ちゃんと被って…うん。オッケー」
「えへへ。お姉ちゃん、ありがとうっ」
「どういたしまして。蘭。顔に土ついてるよ。とってあげるからこっち来て」
「はーいっ」
「タオルでゴシゴシっと。うん。キレイキレイッ。綺麗になった蘭をぎゅーっ」
「じゃあ、僕もお姉ちゃんをぎゅーっ」
「ずるいずるいっ!お姉ちゃん、僕もっ」
「うんっ、燐もぎゅーっ!」
「わーいっ♪」
「お姉ちゃん、三つ子ばっかりずるいっ!僕もっ!」
「よーしっ。じゃあ皆でぎゅーだっ!」
『わーいっ!』
弟達と裏庭で畑仕事しましたっ!勿論収穫した野菜はその日のお昼ご飯に変化しましたよっ!
他には。
「……あー…涼しいよ~…幸せ~…」
「とか言いながら、さっくりと革命起こさないで、鈴っ」
「えっと、鈴ちゃんが6のカードを四枚出したから革命が起きて…。革命はカードの強弱が逆になるから」
「…今の最強は3?って事は…美鈴ちゃんっ!?僕を没落させようとしてるっ!?」
「…安心しろ、優兎。ほらよ」
「ふみゃーっ!?革命返しっ!?」
お兄ちゃん達と優兎くんでカードゲームして遊んだり。
あとは…。
「美鈴ちゃん、やっぱりたこ焼きは必須でしょっ」
「うんうんっ。流石華菜ちゃんっ」
「って事はー、タコと小麦粉と」
「円っ、似たような材料だしお好み焼きも作ろうっ」
「と王子が申してますから、キャベツも追加ですわね」
「桃は何食べたい?」
「桃ちゃんは既に食べたいものリストに焼きそばって書いてたよ、王子」
「あっさりとバラすユメが好きよ、私」
「王子。カルメ焼き作ろう」
「オッケー、愛奈」
てな感じで花火大会の日に華菜ちゃんと四聖の皆が遊びに来てくれて、今年は家族の他にも集まったので庭を大きく使ってバーベキューしたりしましたっ!
え?プール?行かない。男が多い、嫌。
遊園地?ナイトパレード?行かないよ。皆の予定が合わなかったのもあるけど、この前沢山遊んだし。なんでか解らないけど…恐怖が襲ってくるから行かない。
部活動の合宿?しないよ?部活動の手伝い?しないよ?
これで多分、一年目の夏休みに起きるイベントは全てぶっ潰したよっ!
………ぶっ潰したと思う。けど夏休みに起きる筈のイベントのいくつかは起きてしまってるのもあったり…?
とは言え、これで好感度はあまり変化はないと思うのっ!思いたいっ!
そんなこんなで夏休みは終わりましたっ!……早くねっ!?
充実してたかと言われたら、滅茶苦茶してたけどね。楽しかったよっ♪

そうして新学期。
九月に入って早速あるのが、一週間まるまる使う勉強合宿って言うイベント。
これは生徒全員参加なんです。
一年生は海、二年生は山、三年生は修学旅行って言う一年に一回の好感度激上げイベントがある。
ほら、お泊りだから一日中一緒にいれる訳だ。移動の度に何回かキャラクターを選ぶ選択肢が現れるんだけど、それを好感度上げたいキャラクター一択にすると爆発的に好感度が上がる…んだけど、でもこのイベントって学年別なのね?
要するに本来は透馬お兄ちゃん達もいないから、この合宿で好感度上げれるのは、同じ学年である優兎くん、風間くん、巳華院くん、近江くん、未くん、それから引率の先生枠で鴇お兄ちゃんと大地お兄ちゃん、あとはライバルキャラである四聖の皆ってところ。
そこで考えて欲しい。好感度ってあげやすいキャラと上げ辛いキャラ、二通りいるよね?
例えば必須パラメータが高いキャラクター。デートに時間を割くよりも、パラメータ上げに専念しなきゃいけないキャラは最終的に好感度上げが辛くなってくる。
そう言う時にこう言った感じの強制イベントは最高の好感度アップタイミングだったりするんだけど…鴇お兄ちゃんや大地お兄ちゃんは別として。攻略対象の同学年キャラはこんなイベントなくても好感度は正直滅茶苦茶上げやすい。だって必須パラメータが低いから。
……当て馬、だったのかな?他キャラの…。だとするならば可哀想過ぎる。
それからこのイベントは勉強合宿と言うだけあって、勉強に関するパラメータがアップする。それも選択によるんだけど文系、理系、運動、芸術の四つの内どれかが通常のコマンドでアップする数値より多めにアップする。選択の機会は四回あるから平均的に上げても良いし、どれかを特化しても良い。
うん?あー、そっか。パラメータ上げがあるなら一応は必要なイベントとも言えるんだ。
なんて、私がこうやって回想に浸っているのは何故か。
それは…。
「美鈴ちゃん、あっちについたらまず何する?」
既に合宿へ向かうバスの中で。しかもバスの中で起きる一つ目の選択を迫られてます。
さて、どうしよう。
「華菜ちゃんはどうするの?」
ゲームではないから質問出来るし、皆の行動を聞けるよね。
「私?私はSクラス授業受けるよ」
はい、来たー。選択肢にない選択肢。それゲームに無かったよね?
「美鈴ちゃんもSクラスの受ける?それとも運動とる?」
「運動?何で運動?」
「海で遊べるから運動を選択する人多いんだよ。ほら、今回の目的地は海だから泳ぎが主だし」
「あぁ、成程ー。じゃあ、私はS―――」
「美鈴、花崎。お前達二人だけ選択されてないがどうする気だ?」
バスの前の方から順番に選択を聞いて来ていた鴇お兄ちゃんがバインダーにチェック表を挟めて一番後ろから二番目の席にいる私達に問いかけてきた。
「今の所クラス全員運動を選択してるが、どうする?」
…クラス全員?だとしたら皆と一緒の方が良いんじゃ…?
ふと横を見ると、華菜ちゃんも頷く。
「じゃあ、私達も運動で」
私が答えると、鴇お兄ちゃんは珍しく顔を顰めた。全員一緒の方が楽だよね?何でそんな嫌そう?
「分かった。全員運動から参加だな」
ぽんぽんと頭を優しく叩いて鴇お兄ちゃんは前方へと戻った。
うん?だからどうしてそんな不満そうなの?
バスが合宿所代わりのホテルに到着して、鴇お兄ちゃんからホテルでの行動だの何だのの説明があり、各々自分の部屋へと移動する。基本はツインらしいので私は華菜ちゃんと同じ部屋。
因みにここはホテルの裏手に海水浴出来る海があるので。ホテルで水着を着用して移動が可能なのです。とは言え、タオル等々必要な物を入れたバッグは必要なんだけどね。
「美鈴ちゃん。着替え終わったー?」
部屋に入って早速着替えた華菜ちゃんは首の所を紐で結んで着るオールインワンタイプの水着を着ている。うん、可愛い。
私も早速着替えて、白のフレアワイヤービキニにショートパンツ付きの水着に着替えた。麦わら帽子も一応持って来てるからそれを被って。髪を横に流すように緩くシュシュで結ぶ。
「華菜ちゃん、おかしくない?」
「うん。すっごい似合ってるよ、美鈴ちゃんっ」
「なら、良かった。華菜ちゃんも似合ってるよ~♪これで逢坂くんもメロメロね」
「…だと良いな」
照れる華菜ちゃん超可愛いんですけどっ!!思わず抱き着いて頬擦りしちゃうくらいには可愛いんですけどっ!!逢坂くんが憎いっ!!
あれ?そう言えば水着って好感度補正あったよね?白のビキニ…?白だから…KS系?しかもビキニだと確か鴇お兄ちゃんの好感度が上がりやすくなる、はず?
「美鈴ちゃん。行こう?」
「うん」
手を繋いで部屋を出ると、丁度向かいの部屋から愛奈と桃が出て来た。桃はダークブラウンのタンキニスカート付きの水着を着て髪を大きく結い上げている。愛奈は綺麗な薄緑のキャミキニで胸の所に大きなリボンが主張していて可愛い。
「あとは円達だけだね」
「円と夢子が連絡くれた。先に行っててって」
「へ?何で?」
「夢子が何処に水着しまったか解らなくなっちゃったんだって」
「あー…ユメらしい」
「では、先に行きましょうか」
「さんせーい」
という訳で私達三人はホテルの裏口から、石段を降りて砂浜についた。ビーチサンダル履いて、しかも九月に入って一番熱い時期は抜けたというのに燦々と降り注ぐ太陽の光が砂を焼いて熱い。
早く海に入りたいなぁとは思うものの、まずは集合しろと言われてるから鴇お兄ちゃんがいるであろう場所へ向かう。
あれ?結構皆集まってるなぁ。
男子の方は殆ど揃ってるんじゃない?
あ、鴇お兄ちゃん、見っけっ。
「鴇お兄ちゃーんっ」
手を振って鴇お兄ちゃんの側に駆け寄ると、そこには奏輔お兄ちゃんも透馬お兄ちゃんもいて。
三人共私達の姿を見て固まった。何故に?
ゆっくりと鴇お兄ちゃんが私の前に立つと、来ていたパーカーを脱いで何故か私に着せた。
それと同時に。

「うおおおおお…白鳥先生、何て事をおおおおぉぉぉぉぉっ!!」
「俺達の眼福がああああああっ!!」
「ご慈悲をっ!!ご慈悲をおおおおおっ!!」

と男子生徒の叫びが聞こえた。
一定以上近寄って来ないから良いものの、怖いから勘弁して欲しい。
そして、鴇お兄ちゃん。このパーカー暑いよ…。
「鴇お兄ちゃん…。暑い…脱いでも良い?」
「駄目だ」
「うぅ…だって、これから泳ぐんだよ?暑いよぅ…」
「そのパーカーのまま入れ」
「ふみぃ~…大きいから動き辛いよぅ…」
「文句言うな」
反論は許して貰えないようです。うぅ…酷い…。
「過保護だね、相変わらず」
「華菜。お前も他人事じゃねぇからな。最悪俺もお前にこのTシャツ着せるから」
「えぇー?何で?私は美鈴ちゃんと違ってモテないから大丈夫だよ」
「いや、十分可愛いから駄目だ」
「き、恭くん…」
何か隣からラブラブな空気を感じるのは気のせい?気の所為なの?
気のせいじゃないよね、知ってる。
そこから女子生徒が続々と集まって来て、恰好が過激な子には奏輔お兄ちゃんと透馬お兄ちゃんが上着を着せていた。因みに着せられたのは私と円、それからユメの三人だった。
円のは確かに超セクシーだったし、ユメのも結構布面積少ない奴だったけど、私は普通のビキニだよ?鴇お兄ちゃん、解せないんだけど。
でも私がこっそり脱ごうとする度に、「美鈴。脱ぐな」と速攻で突っ込みが来る。結局私はそのまんま海に入って泳ぎました。
沢山泳いで砂浜に戻った時。
「美鈴、こっちに来い」
呼ばれてバスタオルでぐるぐる巻きにされた。…何故。

「うおおおおおぉぉぉぉ…濡れた服が肌にくっつき色気溢れる萌え姿がああああぁぁぁぁ…」
「白鳥先生っ!!悪魔ですかあああぁぁぁぁ…っ!!」
「せめて、せめてその美しいおみ足だけでもっ!!」

背後から叫び声が…悲鳴?
鴇お兄ちゃんはぐるぐる巻きにされた私を抱きしめて、顔だけ振り向くと。

「やかましいっ!!それだけ元気があるならもう一順泳いで来いっ!!」

怒鳴っていた。
ふみぃ~?意味が分からないよ、鴇お兄ちゃん。
首を傾げると、今度は盛大に溜息をつかれる。
「鴇の気持ちも分かるけどな」
「お姫さん、ちょっと無防備過ぎるで?」
「濡れ服に萌え袖のダブルアタックがこんなにクるなんて俺達だって思わなかったしな」
「まして、お姫さんやし。そら、健康な高校生男子には眼福やろ」
「何にしても、女子はもう撤収だな。次は男子と時間を分けよう」
お兄ちゃん達が大きく頷き合ってる。って言うかそんな事していいのかな…?
とか思わなくもなかったけど、鴇兄ちゃんに拘束されている私は何も言えなかった。

その後、女子クラスはホテルに戻り、レンタルされた会議室で行われてる授業にそれぞれ参加した。
因みに私は華菜ちゃんと一緒にSクラスの授業に参加。海には行かなかった優兎くんと合流して四人で鴇お兄ちゃんの授業を受ける事に。
授業が終わり次第、今度は夕食。ホテルの食堂で美味しいバイキング料理を堪能し、部屋へと戻った。
そう言えばここでもイベントがあったなぁ。枕投げの。男子の部屋にこっそり侵入して起きるイベントなんだよね。男子は六人部屋の和室なんだよ。要は雑魚寝。
そこでランダムでチームを組まされて枕投げのミニゲームが始まる。勝てば同じチームの男の子の好感度が上がる。…行かないけどね。うん。
華菜ちゃんと二人、大浴場に行って、解放感のあるお風呂を体中で味わって、仲良く二人で部屋へ戻る途中。
女性専用のエレベーターに乗って、女子が泊まってる女性専用フロアのエレベーターの乗り口で何やら騒ぎが起きていた。
一体何事?
確かエレベーターから男子が降りてきてもいけないからって、そこはお兄ちゃん達が交代で見張るって言ってたような気が…?
「美鈴」
声がして振り返るとそこには鴇お兄ちゃんがいて。
おお、お風呂上りの鴇お兄ちゃん……あ、成程。奥を見ると奏輔お兄ちゃんと透馬お兄ちゃんもお風呂上がりだった。大人の色気って奴?それとも水も滴る良い男?何にしてもその色気に女子がやられた訳だ。
「ちゃんと女性専用エレベーターで来たか?」
「あ、うんっ。勿論っ」
「なら良い。気を付けろよ。さっき男子生徒が非常階段を使って女子フロアに侵入しようとしたチャレンジャーがいたからな。俺達も一応見張っておくが、念には念を入れて部屋の鍵はきっちり閉めておけ」
「んっ。分かったっ」
怖いからねっ!鴇お兄ちゃんの言葉には従うよっ!
大きく頷くと、鴇お兄ちゃんは柔らかく微笑み。
「良い子だ」
そう言って頭を撫でてくれた。ふっふっふ。私の方が中身は年上だと言うのに、完璧な子供扱い。これは情けないと泣くべき?それとも鴇お兄ちゃん優しいと喜ぶべき?
なんてどうでも良い事を考えていると、鴇お兄ちゃんが話を変えた。
「そう言えばさっき葵と棗からメールが来てたぞ」
「え?なんてなんてっ?」
「お土産は何が良いか聞いといてくれ、だと」
「ご当地の名産品が良いっ!」
ぐっと拳を握って訴えると、鴇お兄ちゃんは笑って。
「そう言うと思ったから、そう返信しておいた」
流石鴇お兄ちゃんっ!何買ってきてくれるのかな?楽しみだなぁ。
「美鈴ちゃん。そろそろ行こう?」
「あ、うんっ。じゃあね、鴇お兄ちゃん、お休みなさ~いっ」
「あぁ、お休み」
鴇お兄ちゃんに手を振って私と華菜ちゃんは部屋へと戻った。

翌日。
今日は朝から授業をとっていたので、Sクラスの授業を受けて、午後から海に行く事にした。
浮き輪を使ってぷかぷかと浮いていると、気持ちいい。
華菜ちゃんは逢坂くんと一緒にいるって言って授業の方に出てる。
なので今私は桃と愛奈と一緒にいた。
昨日の反省を生かし、今日は女子クラスだけが海を使えるんだって。明日が男子だけ。
鴇お兄ちゃんが言うには最初から日付を分けとけば良かった、なんだってさ。
「王子?どうかなさいましたか?」
桃に急に話しかけられて私はハッと我に返る。
「ううん、何でも。ただ気持ちいいなぁ~って思って」
言うと桃はふんわりと微笑んだ。
「そうですわね。愛奈さんもいつもよりも楽しそうです」
「うん。楽しいよ。話のネタがごろごろと転がってるし」
「あ、愛奈さん。今度この前借りた、筋肉の図鑑の二巻をお借りしても?」
「勿論、良いわよっ。あれ、結構良いでしょ~?」
「えぇ、とってもっ」
……この間から私の周りは筋肉談議ばっかりです。
まぁ、楽しそうだからいっか。
ほのぼのと二人の会話を聞いていると、

―――さわっ。

「―――ヒッ!?」

お腹に何かが触れて、驚きのあまり背筋を伸ばしてしまう。
え?今の何っ!?
浮き輪から体を離して海の中に潜ると、嘘っ!?男っ!?
慌てて海から顔を出して、愛奈に抱き着く。
「王子?どうかした?」
「しし下にっ、男がっ!!」
告げた瞬間、二人の行動は速かった。
私に浮き輪を括り付け二人で全力で泳ぎ引っ張ってくれたのだ。
けれど―――。
ヒタッと足に手が触れる。
その手の感触に体中肌が粟立つ。
せめて抵抗しようと蹴りを入れるけれど逆にその足を捕まれ、あろうことか、私の足に抱き着いてきたのだ。
「い、いやああああああっ!!」
気持ち悪いっ!!
嫌だっ!!離してっ!!
全力で叫ぶと、私の声に気付いた桃が海の中に潜って、男と対峙しているのが上からでも解る。
「姫っ!」
「お姫さんっ!!」
「美鈴っ!!」
お兄ちゃん達の声が聞こえて。
駆けつけてくれる。
すぐ側まで来て、奏輔お兄ちゃんと透馬お兄ちゃんは海に潜り、鴇お兄ちゃんは私を抱き寄せてくれる。
必死に鴇お兄ちゃんに縋りつきながら私は頭の中に疑問で一杯になっていた。
どうして?
どうして、こんなに近くに男が来たのに解らなかったの?
いつもならこれだけ近寄られる前に気配で解るのに。
どうして解らなかったの?
こんなに、こんなにも恐怖で体は震えるのに、どうして気付かなかったのっ!?
どうしてっ!?
「大丈夫か、美鈴…ホテルに戻るぞ」
鴇お兄ちゃんの言葉に私が頷こうとした、その時。

―――バッシャーンッ!!

何かが私達の上を大きく弧を描いて砂浜に吹っ飛んでいった。
「鴇お兄ちゃん、今何飛んでったの?」
「いや…。俺もお前の顔見てたから解らなかった」
呆気にとられ、ポカーン。
そんな私達の横を、ザバザバと泳ぎ去っていく姿。
え?誰?……ってもしかして、桃っ!?すっごく綺麗なクロールなのにその速さは…体の弱い桃にはあり得ないスピードで。
そのまま砂浜に上がり走って行くその先にあるのは、砂浜に生えた下半身?
上半身が砂浜に埋まってる。ギャグマンガでよくある光景をまさかこの目で見る事になるとは…。
ザバッと水の中から透馬お兄ちゃんと奏輔お兄ちゃんが顔を出した。
「お前らがあの男子生徒を投げたのか?」
「あぁ、まぁ、投げたのは俺だけど」
「投げる前からもう戦意喪失しとったで?蛇に睨まれた蛙みたいやって」
「先生達が言ってるのってもしかして…」
愛奈と私がそっと視線を砂浜に戻す。
すると器用に上半身を地面に埋め逆さまになったまま正座をしている男子生徒と説教をしているであろう桃の姿があった。
「とりあえず…砂浜に上がるぞ。美鈴、ちゃんと捕まってろよ」
鴇お兄ちゃんが器用に私を抱えたまま泳いでくれる。
陸地についたから私は降ろして貰い、皆で桃の所へ行くと。
「申し訳ありませんでした。王子。虎太郎にはきっかりと言い含めておきましたから」
「いや、うん。ごめんね」
なんか色々ごめんと、私の方が謝りたくなってくる。足に触られたのは気持ち悪かったし、どうして気配が解らなかったんだろうとか色々思う所はあるけど。
こうして目の前に上半身が埋まった状態で正座している彼の姿を見るとどうしても謝罪の言葉が浮かんできてしまう。
「王子が謝る事はございませんわ。申し訳ありません。怖かったでしょう?さ、ホテルへ戻りましょう」
い、良いのかなぁ…?
とは思ってても、流水の如く怒る桃に私達は突っ込みを入れる事も出来ず、そのままホテルへと戻る事になった。

午後からはSクラスの授業を受けて、私は部屋でベッドに大の字に転がりぼんやりと天井を眺め考える。
華菜ちゃんは逢坂くんと話しに行ってるから私は今一人だ。
桃はあの男の子が虎太郎だと言っていた。
前に桃を迎えに綾小路家へ乗り込んだ時、姿を見たがその時以来だ。
けどあの子がもし攻略対象の近江虎太郎だとしたら。
彼のパラメータはこうだ。

近江虎太郎(おうみこたろう) 主人公の同級生。顔が常に覆面で隠されており、その素顔を見たものはいないと言われてる。忍者の末裔であることに誇りを持っているが、運動が苦手だったりする。文系のパラメータが20以上になると出会う事が出来る。好感度を一定値以上上げるとライバルキャラ綾小路桃が邪魔をしてくる。エンディングを見るには文系パラメータが100以上必要。 

忍者って…。とは思うものの、私の身の周りにそれらしき人が多いのでそこに突っ込みをいれるつもりは無い。無いんだけど…。
設定上は覆面の下は誰も見た事がない、らしいけど多分桃も近江くんの親も見た事あるよね?それに近江くんのエンディングへ行くと覆面を外したスチルが見れる…が、そのスチル。覆面を外した瞬間逆光で顔を確認出来なかったみたいなシーンで。顔がきちんと写っていない。
だから私近江虎太郎の顔って知らないんだよね。とは言え話し方は特徴的だから直ぐに分かるんだけどね。
しかし、なんで海の中にいたんだろう?
何か私に話でもあったのかな?
………うぅ~ん……分かんない。
ごろんと寝返りをうつ。
あー…それにしても、棗お兄ちゃんがいないから眠りが浅いなぁ…。
流石に鴇お兄ちゃんの部屋に突撃する訳にもいかないし。残り数日の我慢と言えど…。
「美鈴ちゃん、お待たせーっ。夕飯行こー?」
ドアを開けて元気よく帰って来た華菜ちゃんに思考は断ち切られた。

あっという間に日付は過ぎて。
合宿6日目の朝。
ここ数日殆ど寝られなかった私は、華菜ちゃんを起こすのも忍びなくて、こっそりと部屋を脱け出した。
廊下を歩いて、エレベーター前に行くとそこには鴇お兄ちゃんが立っていて。
「……眠れなかったのか?」
鴇お兄ちゃんはちゃんと私の事を分かってくれている。その安心感で私は苦笑を浮かべながら小さく頷いた。
「そうか。…なら外に散歩でも行くか?」
「え?でも…」
楽しそうな提案だけど、鴇お兄ちゃん見張りはいいの?って言うかそもそもこの時間外に出ていいの?
「奏輔にでも頼んでおくさ。…どうする?」
「行きたいっ」
私の答えに鴇お兄ちゃんは満足そうに頷いて、一緒にエレベーターに乗った。
ホテルの一階ロビーを抜けて、海に繋がる裏口から外へと出る。
おおー。朝の所為か凄く空気が澄んでて、太陽も登り切ってないからぼんやりとした明かりがまた幻想的。
「美鈴。テンション上がるのは解るが、足下見て歩かないと転ぶぞ」
砂浜をちょっと早足気味に歩いていたら、鴇お兄ちゃんに注意される。
ちょっと不本意。抗議しよう。
「むー。鴇お兄ちゃん、私もうそんなに子供じゃないよ、―――ふみっ!?」
しまったっ!?
足がもつれたっ!?
振り返ろうとして足がもつれ、倒れそうになり。
「言った側から転ぶな」
鴇お兄ちゃんに抱きとめられた。子供じゃないと言う主張はもう認めて貰えないね、これ。
うぅ…恥ずかしい。
「ほら。ちゃんと立って歩け」
「…はーい…」
今度は素直にしっかりと歩く。朝の海岸って良いよね。静かだし…あ、貝殻がある。
あれ?あっちには堤防がある。
少し奥の方でそんなに大きくはないけど。防波堤と言うか釣り人の為の人工の高台?みたいな。
「鴇お兄ちゃん。あっちにも行ってみたいな」
「うん?あぁ、防波堤か?」
「うんっ」
二人で他愛もない話をしながら、防波堤へと足を進め、防波堤の端へと向かう。
踏み外したら海の中に真っ逆さまだよね。
浅いとは言え、水の流れもあるから危ない。気を付けないと。
「良く来たなでござるっ!!」
突然の大声に私は全身で驚く。
男の声だから尚更だ。
私は慌てて鴇お兄ちゃんの後ろへと隠れる。
「ドロンッ!」
…今ドロンって口で言った?効果音とかじゃなくて?自分で言うもの?それ。
モクモクと煙が起こり…薔薇の香りがした。かと思うと煙がはれてそこには体操服を着た、黒子のような覆面をつけた男が。
「…近江。どうしてここにいる?」
「な、何故拙者の事を知っているでござるっ!?」
「……教師だからな」
うん。鴇お兄ちゃんは教師だからね。それからね、近江くん。エイト学園の体操着って胸元に校章とその下にローマ字で名前を刺繍されてるんだよね。
私のにだってしっかりとSIRATORIって書かれてるからね?
それはまぁ置いといて。
やっぱり私近江くんの気配を掴むことが出来ないみたい。
「……ねぇ、鴇お兄ちゃん」
「何だ?」
「近江くんって男、だよね?」
「あぁ、間違いなく男だ」
だよねぇ…?
何で彼だけ気配を掴めないんだろう?忍者だから?あり得なくはないだろうけど…。
「そ、そんな事より、拙者の出した果たし状は見たでござるなっ!?」
「果たし状?」
何の事?
首が傾く。
鴇お兄ちゃんは知ってる?
首を振られた。ってことは知らないんだね。
じゃあ、一体何の事なのか?
「果たし状ってこれのこと?」
後ろから声がして、驚いて振り返るとそこには愛奈が一枚の薔薇模様の便箋を持って立っていた。
あー…邪魔臭そう。しかも超眠そう。愛奈って寝起き悪いんだよね。中学生時代、愛奈の寮の同室の子がすっごく苦労したって言ってたし。
この合宿中は桃と同室だから起きれてるらしい。起きない方が怖いとかなんとか言ってたっけ?
って、そうだよ。寝起き最悪の愛奈がどうしてこんな時間に、しかも意識しっかりとここにいるの?
「トイレに行ってもう一眠りしようと思ったらこれがドアの所に挟んであったの。こんな堂々と果たし状と書かれた洋風な手紙始めて見た」
「な、な、なぁっ!?どうして貴様が持ってるでござるかっ!?拙者は確かに白鳥殿のいる305号室に挟んだはずっ!」
「え?私の部屋はその向かいの308号室だけど?」
「は……え?」
近江くんの顎が落ちた…。覆面越しでも解る。
「するってーと、305号室は…?」
「私と桃の部屋ね」
「………オワタでござる…」
崩れ落ちた。風が吹けば灰になって散って行きそうなくらいだ。
何だろう…、ちょっと可哀想になってきた。
「それで?本来王子を呼びたかったんでしょ?何がしたかったの?」
「………を…」
「何?ハッキリ言って?」
ずかずかと私の横まで歩いてきた愛奈は、きっぱりともう一度聞きなおす。
するとさっきまで灰になりかけていた近江くんが顔を上げた。
「しっかりと白鳥殿に謝罪をして、桃お嬢様に首を撤回して頂けるようにご助力を願うつもりでござった…」
最後の方が段々消えていきそうだったけど、とりあえず納得した。
私に謝って、桃との仲を取り持って貰おうと思ってた訳だ。まぁ、そのくらいならしても良いけどさ?
なんでって?だってそうすればこれでフラグを一つ折る事が出来るじゃない?
私の目標の為には一番良い事だし。…私なんだかんだで会ってない攻略対象キャラクター残り一人になっちゃったし。
っといけないいけない。遠い目で意識を飛ばす所だった。
えっとなんだっけ。あ、そうそう。仲を取り持つんだったよね。うん。いいよっ。
「駄目ですっ」
そう、ダメで…はい?
私今駄目って言った?そもそも口開いた?あれ?
「虎太郎。いい加減になさい。桃お嬢様どころか母である私の主にまで迷惑をかける気ですか」
あ、なーんだ、真珠さんかー。真珠さんが喋ってたのか。納得ー。
そっかそっか…って、
「母ぁっ!?」
マジですかーっ!?
真珠さん子持ちだったのっ!?
しかも私と同い年の子持ちっ!?嘘ぉーっ!?
「真珠さんの子供っ!?ホントにっ!?」
「えぇ。私と銀川の正真正銘実子です。申し訳ございません。お嬢様。我が子が大変なご迷惑を…」
こちらを向いてしっかりと腰を折って謝罪する真珠さんを慌てて立てさせながら、私は今だ信じられずに近江くんと真珠さんを交互に見た。
覆面してる所為で顔が似てるのかどうかさっぱりわっかんねーっ!
でも一つ分かった事がある。近江くんの気配だ。私が気付けなかった理由はきっとそこにあるのだ。
真珠さんと同じ気配なんだよ。だから気付けなかったんだと思う。うん、納得。
「銀川に続いて虎太郎まで…。馬と鹿が揃ったのかしら…ふぅ」
立ち上がった真珠さんは頬に指をあててその腕の肘をもう一方の手で支える形で顔を顰め溜息をついた。
「……虎太郎。貴方はもう一度鍛え直す必要がありそうですね」
私達を庇うように真珠さんは近江くんと向かい合ってくれる。でもね?でもね?近江くん、顔中真っ青で冷汗まで流し始めてるよ?
「は、母上。そ、それだけは…」
「問答無用」
「う…」
ピシィッ!
え?ちょ、どっから取り出したの、その鞭っ。
じりじりと近江くんが海の方へと追い詰められていく。防波堤のぎりぎりまで。何ならもう踵は地面から離れている。
それは流石に危ないんじゃ…?落ちたら海の中にドボンだよ?そんなに深くないにしたって水の流れは怖いよ?
止めた方が良いよね?流石に危ないよね?…うん。止めよう。
私は真珠さんに駆け寄り、
「真珠さん、その位で―――」
勘弁してあげて。
そう言葉を繋げようとした、その一瞬。
「ゆ、許してくだされーっ!!」

ボフンッ!!

突然の大きな煙と同時に風圧が私の体に襲う。
嘘っ!?
風圧なら爆発した場所から真っ直ぐ飛ぶのが普通じゃないのっ!?
なんで渦巻くみたいに風圧がくるのっ!?
私の体は防波堤から飛ぶように離されて、海の上へと飛ばされた。

「美鈴っ!!」
「王子っ!!」

二人が手を伸ばしてくれて、その手に反射的に捕まった。
ほっ。助かった…。
と息をついたのも一瞬で。

「おぎゃあああっ!?」

ボフンボフンボフンッ!!

新たな煙と風圧が起きる。
何してるのっ!?近江くんっ!!
思わずそちらを見ると近江くんも風圧と共に海へと投げ出され、そして同じく、

「しまったっ!?」
「きゃあああっ!!」

手を繋いだままの鴇お兄ちゃん達も投げ出されてしまう。
これは、ヤバいっ!!
海面に落ちる覚悟をしなければっ!?
風圧って言うかこれもう竜巻だよねっ!?渦を巻くように上昇してるけど、いつか落ちるよね、これっ!

「お嬢様っ!」
「こ、このままでは危ないでござるっ!」
「ハッ!?待ちなさいっ!虎太郎っ!!」
「てーいっ!!」

バフンッ!
何かを体にぶつけられた。
今度は緑色の煙が起こり、それは全て私の体にまとわりつき、吸収されていく。
「な、なにっ!?」
「これで水の中でも呼吸が出来るでござるっ!!」
「水の中で呼吸っ!?」
そんな馬鹿なっ!?
そんな便利道具あったら世の中もっと楽になってるってのっ!!
突っ込みをいれたつもりだった。
けれど…。
「おいっ、美鈴っ!?」
猛烈な眠気が襲ってくる…。
「美鈴っ!美鈴っ!?」
鴇お兄ちゃんが私の手を引きよせ抱きしめてくれる。
どうしよう…答えたいのに声が出ない。
眠くて仕方ない…。
私はそのまま、眠気に抗えずに眼を閉じた…。
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