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第三章 中学生編

※※※

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―――文体祭四日目。


……暑い…。
もう秋だと言うのに、何なら冬に近いってのに、だらだらだらだら汗が流れる。
何でかって?そんなのっ、
「この王子様衣装の所為に決まってるーっ!」
うがーっ!!
いきなり叫び出した私に、優兎くんを始め生徒会メンバーが盛大に飛び跳ねた。
昨日の文化祭も無事に終わり、残すは今日の体育祭と明日の後夜祭だけ。
学校対抗だから、生徒会長がチームリーダーなのは分かるよ?
うちの学校が白組で団長が私。カサブランカは要するに白百合のことだから白組なのは良く解る。
でもね、でもね?何で王子なの?
髪は結い上げてポニテにしてるけど、あとはきっちりのどまである襟首のボタンをしめてるし、足はスラックスだから暑いのなんのって。しかも立派なマントが保温効果をアップ。
暑いよー…暑いよー…。
「美鈴ちゃん、しっかり…」
「優ちゃん、その従者服、似合ってるねー…。皆の騎士服も似合ってるよー…」
「王子。しっかりしろ。目が死んでるぞ」
ゆっさゆっさっ。
円に肩をつかまれ、揺さぶられる。あんまり揺らされると暑さと相まって吐くー…。
中学に入って、基本的に体力を温存して動いてたけど、最近はそんなの気にしてられなくて。しかも食欲が全然わかなくて…。実は今日も朝を抜いてきた。優兎くんにばれないようにこっそり。胃の中は空っぽなのになぁ…。あ、ダメだ。意識したら吐き気が復活する。
「にしても何で、私達は男装なのに、円達は女騎士なの?」
「仕えてる感出す為じゃない?でも、円ちゃんの女騎士姿、似合い過ぎじゃない?」
へそ出しでも腹筋が鍛えられてるとカッコいいです。円はパンツスタイルの騎士かぁ…うん、似合う。
ユメはロングスカートスタイルの騎士。愛奈はタイトなミニスカスタイルの騎士。それから桃は忍者スタイルの騎士。どれも皆に似合っててカッコいい。しかもっ、どれも皆涼しそうっ!
羨ましい…。
「ねぇ、美鈴ちゃん。私、アスコットタイしなくてもいいかしら?」
「許さんっ!一人だけ暑いのから逃げようとするなんて許さないもんっ!」
「やっぱり…?」
「それに優ちゃん、つけなれてるでしょっ。仲良く苦しもうねっ」
「美鈴ちゃんってば、こういう時だけいい笑顔するんだから…」
良く考えたら体操着で良いじゃんっ、って今言った所でもう遅いよね。
もう、こうなったら覚悟を決めよう。文体祭はきっとコスプレ祭なんだ。そうだ。そうに違いないっ!
だったらもう開き直った方がいいよねっ!やけくそとも言うけどねっ!
「…ふぅ。入場時間だね。皆、行こうか」
『了解っ』
更衣室を出て、グラウンドへと向かう。
二校が合同で行う体育祭。互いの学校のグラウンドでは勿論間に合わず、文体祭は市営のグラウンドを借りる事になっている。
このグラウンドが結構広くて、観客席もある。普通の学校の体育祭だったら地面に座ってたり、敷物敷いて応援だよね~?
でもここは観客席があるからそれもないし、なんなら今日の為にテントが張られてる。
更衣室を抜けて、暫く建物の中を歩いて、階段を登り、白組の陣地へ足を踏み入れた。

「きゃーっ!王子が来たわっ!」
「やばいっ、かっこいいっ!」
「皆、いい仕事したわっ!」
「後で一緒に写真撮ってくれるかしらっ!?」
「どうかしら?王子写真苦手らしいしっ」
「なら絵よっ!美術部に依頼しましょうっ!」
「その為にも焼き付けなきゃっ!」
「視線を逸らしたら駄目よっ!」

……皆元気だねぇ…。
でも絵にするって…なに?
本物の王子みたいに絵画になるってこと?いやー、それは遠慮したいよー。
だったら、他の人の手に渡さない事を絶対の約束として、写真を一緒に撮った方がまだいいかな。
「美鈴ちゃん」
軽く逃避をしていたら名前を呼ばれた。名前を呼んだ本人はアスコットタイを軽く緩めながら、反対の陣営を睨んでいる。
「来たよ。あっちも。団長が」
「えっ?……あー……うわぁー…」
まさかのお姫様ドレス。え?マジ?頭に鶏冠はえてるよ?鳥の羽をふんだんに使った帽子とどこぞの演劇女子学校並の薔薇の花束背負ってるし。
私の恰好も結構なあれだけど、あっちはちょっと、いやだいぶ…引く。
「ないな」
「うん、ない」
「引く」
「流石お姉様。脳みそお花畑ですわ」
四人も同意見の様です。ドレスってタイトとかだと大人な女って感じでまだ…でも待って。今日体育祭だよ?あれで走るの?無理でしょ。馬鹿なの?
「馬鹿ですわ」
「桃。心を読まないで」
「大丈夫だよ。美鈴ちゃん。桃ちゃんが美鈴ちゃんの心を読んだんじゃなくて、皆が思ってる事を代弁してくれただけだから」
それもそれでどうなの?と思わなくはないけれど。あれを見ると…どうしても、ねぇ。
相手の陣営を見る限り、あちらの生徒も結構自分の所の生徒会長に引いてるっぽい。
そりゃそうだよね。生徒会長の服に予算つぎ込み過ぎたのかな。生徒会メンバーの服が体操着。
…浮いてる。…あの女滅茶苦茶浮いてる…。
何か段々面白くなってきた。だってあの恰好…ふふふっ。
くすくすと笑っていたら、皆も同じだったのか笑い始めた。
おっと、いけない。これが伝染したらうちの陣営気が狂ったかと思われる。
私は口を手の甲で隠し何とか笑みを抑え込むと、胸ポケットに潜ませていたプログラムを取り出した。
えーっと、プログラムはこうね。

1、開会宣言 2、100M走 3、借り物競争 
4、二人三脚 5、障害物競争 6、組対抗パフォーマンス 
7、玉入れ  8、棒倒し   9、騎馬戦

で昼食をはさんで。

10、部活対抗リレー  11、組対抗リレー 
12、生徒会対抗リレー 13、閉会宣言

最後がリレーラッシュ。前半に花形をやってしまって後半でガチ勝負。
生徒会対抗リレーはまさに決着をつけよう感が半端ない。
中でも私が出るのは、2と4、あとは8、9、11、12。実はこれ、どれも綾小路菊が指定して来た。
全て自分が出る種目だ。わざわざ色んな言い訳をあてつけ、こじつけてまで私との直接対決を望んでいるらしい。あんな目にあったのに体力勝負で挑んでくるなんて。どんな裏があるのか…。
ふぅとため息一つ。今更足掻いた所でどうしようもない。プログラムを胸ポケットへ戻し、私は姿勢を正した。
「行こうか、皆。聖マリアに聖女の団結力、見せてやろう」
顔に笑みを浮かべ、私はマントを翻した。…一つ、言っておくね?マント靡かせたのはカッコよさの為じゃなく、暑くて風が欲しかったから、だからね?

体育祭の開会式。
グラウンドに、聖女、聖マリアの生徒が整列する。その一番前に私達生徒会が並び、一番先頭に立つのが私だ。聖マリア側も同じように立っている。
学園長達から挨拶を受ける際に、私と吉村百世は二人並んで学園長から各々の学園の校章が刺繍された団旗を受け取る。
「絶対に、絶対に負けませんわっ!」
ギンッと睨まれる。うん。痛くも痒くもないねっ!
「ふふっ。お手柔らかにお願いするよ、吉村会長?」
これってさ?良く漫画とかである『女同士の戦い』的な?
『私負けませんわっ!』
『あーら宜しくてよっ!その勝負お受けいたしますわっ!』
視線でバチバチと火花がっ!……みたいな?
でも私そこまでバチバチと勝負する気ないんだけどなぁ…。
…負ける気も勿論ないけどね。
元の位置に戻って、開会式が終わるまで旗を片手にじっと話を聞く。
横から飛ばされる敵意は丸無視を決め込んだ。
…にしても暑いなぁ…。暑さで頭がくらくらするよー…。
そんな暑さに耐えつつ、開会式が終了した。私達は各々の陣地へと帰る。
開会式があって入場行進もあったから王子様の恰好してたけど、基本は体育祭だからね。体育祭の恰好の基本は体操着だよね。
さっさと更衣室に戻ってパッと着替える。あー体操着の何て涼しい事か…。
白い鉢巻を付けて、私は早速100M走の待機場所へと走った。
生徒会メンバーで100Mに出るのは私と円。
「円何番走者だっけ?」
「アタシは12番目。王子は確か最後だったな」
「うん。35番目。とりだよ」
「勝つんだろ?」
「勿論。やるからには勝つよ」
「ははっ。流石王子っ!じゃ、後でっ」
「うんっ」
円と手を振り合って自分の走順位置へ並ぶ。
隣にはうちの学校の陸上部員と反対側には多分聖マリアの陸上部員とその奥に吉村百世がいる。
同じ学校から二人ずつ並んで4レーンを走る。
にしても、陸上部が相手、かぁ…。とりは良いんだけど結構きついよねぇ。
前の方から「位置に付いて」と声が聞こえ、その直後にピストルの音が響いた。第一走者が走りだしたかな?
走者の姿を見つつ、自分の順番を待つ。
列はどんどん前に進んで行く。
あ、次円じゃない?
ポニテ姿の長身が見える。
「円ーっ!頑張れーっ!」
まずは応援っ!これ、大事っ!
すると私の声が届いたのか、円がくるっと振り返り、拳を上げてくれた。
やだっ!かっこいいっ!惚れちゃいそうっ!
位置に付いてと声が聞こえて、パァンッとピストルの音が鳴り響いた。
走りだした円は他の追随を許さず、断トツトップでゴールテープを切った。
流石っ!円に拍手を贈る。
円は堂々と一番の旗を受け取り走り終わった選手の待機場所へと移動した。
さて。私の番まではもう少しかかるかな?
じわじわと進む順番に一歩、また一歩と詰めて行く。
うぅ~ん…今の所聖マリアの方が高順位かな~?
せめて、私と隣の…えっと、間宮さんだっけ?位は勝たないとね。
「間宮さん」
「え?あ、はいっ、なんでしょうっ、白鳥さんっ」
何でそんな緊張してるのかしら?同じ学年だよね?同じ年だよね?…同じ年ではないか。見た目年齢と精神年齢が伴ってないからな、私…。女子中学生と同じ年…ほんと図々しかったです、私。ごめんなさい。
「あ、あの…」
「あ、ごめんごめん。一緒に頑張って勝とうね、って言おうと思ったんだ」
「は、はいぃっ!」
うん。良いお返事。思わず浮かぶ笑みに、彼女は顔を真っ赤にして頷いてくれた。うんうん。一緒に頑張ろうね。
あ、…順番が来たね。
前の人達が合図と共に走りだす。その背を見送りつつ私達は位置につく。
前の走者一人、二人、三人…最後の一人がゴールに到着した。それを確認して、
「位置に付いて…」
ピストルを鳴らす係の人が合図を出す。
クラウチングスタートの構えをとる。
………精神統一。

―――パァンッ。

ピストルの音と同時に走りだす。
風を切る音と自分の息の音しか聞こえない。
見えるのは少しずつ近寄ってくるゴールテープのみ。
段々とゴールテープが近づき……私がそのテープを切った。
キャーッと声が聞こえて、私がトップを取れたことにほっとする。
「……ふぅ……」
一息ついて、ぐっと背を伸ばす。
うん。そんなに息も切れてないし、ウォーミングアップには良かったかな。
一位の旗を貰って、振り返ると間宮さんは二位の旗を持っていた。
「流石、間宮さんっ。ワンツーいけたねっ」
ぽんぽんと背中を叩いて微笑むと、やっぱり彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。…何故?
私達が最終走者だから、そのまま陣地へと戻る。
「王子っ」
円が後ろから追い付いて来て隣に並んだ。
「流石だな、王子。陸上部にも勝つなんて」
「そうでもないよ。流石にドキドキしたし」
「そんな風には見えなかったって。吉村百世を物凄く切り離してたじゃん」
「え?そうだった?後ろ全然気にしてなかったから気付かなかったよ」
「ははっ、あんなに離れてたら気付かないって。にしても、あんなに足遅い癖に良く王子に勝負を挑んだよな、あのオバサン」
高校生でオバサン…。なら私は…?ふふふ。考えないでおこう。
自分達の陣地へ向かう途中、次の借り物競争に出る優兎くんと愛奈の二人とすれ違う。
「美鈴ちゃん、お疲れ。円ちゃんも」
「王子、流石だったね。円もお疲れ。私達も頑張るから、見ててね」
「うん。二人共頑張って」
「負けんなよっ」
互いに手の平をパチンと合わせて擦れ違う。
さて、走り終わった私達は少し休むとしようか。
陣地へ戻り皆に盛大に出迎えられ、椅子をすすめられる。いや、ありがたい。どっこいしょっと……って違う違うっ。私まだ若いっ!中学生っ!
椅子に座って休みたい…。休みたいけど、直ぐに立ち上がり、椅子を用意してくれた子にお礼を言って、応援に参加する。
そうこうしてる間に借り物競争がスタートした。
第一走者の愛奈が、走りだす。足は結構遅い方。四人の走者の中で三番目だ。コースの真ん中に置かれている紙を拾い中を開く。
一瞬辺りを見渡して、何か目当ての物を発見したのか全力で教師のいるテントの方へ走って行った。
え?ちょっと待って?なんでブラジャー持って走ってってるの?って言うか、それ誰の…?
愛奈、何か楽しい事になってるよ?笑っていいかな?
パァンッと四人がゴールしたのを知らせるピストルが鳴る。
中央に用意されたお立ち台に、一位ゴールした愛奈が立たされる。体育祭の進行係が紙を受け取り、
「はい。新田さんのお題は、『Fサイズのブラジャー』でしたっ!まさか、先生本人から奪い取るとは予想外でしたが、ちゃんとFサイズっ!合格ですっ!一位おめでとうございますっ!」
「ありがとうございます。ノーブラは可哀想なので、許入(きょいり)先生に戻して来てもいいですか?」
ハッキリと先生の名前を言った所為で、生徒に動揺が走る。そりゃそうだ。定年間際の先生のブラジャーを剥いだのか、愛奈。
もうどっから驚いていいの?でもとりあえず結果は面白かった。動揺の後に込み上げる笑いは皆も同じだったらしく会場に笑いが響いた。
二番に到着した選手と愛奈が入れ替わるように降りて行く。
そうこうしている内に、第二走者、第三走者と進んで行き、第六走者、優兎くんの番が来た。
あー、すっごい緊張している。…当然だよね。優兎くん、お題でブラジャー来たら確実にゴール出来ないよね。
ピストル音と共に走りだす。優兎くんは足も速い。トップでお題の紙が置かれてる場所まで行ってそれを取って中を確認する。
そして真っ直ぐこっちへ走って来た。
何か、デジャヴ感が…。
「美鈴ちゃんっ!」
やっぱり私かっ!
「一緒に来てっ!」
ガシッと手を掴まれ走りだす。鴇お兄ちゃんの体育祭の時と違って、集団で男が来ないだけましかな?
一位でゴールして、他の人がゴールするのを待つ。そう言えば結局お題って何だったの?
私が優兎くんに問いかける前に、残りの人達がゴールして、司会者にお立ち台にあげられてしまった。
「はいっ!花島さんのお題は『王子様』でしたっ!」
あー…。納得。鴇お兄ちゃんの時は天使で今度は王子か…。高校では姫とか殿とかで連れ出されるのかな…?もうなんでもいいやー。
「ごめんね、美鈴ちゃん」
遠い目をしていた私に気付いたのか、申し訳なさそうに上目づかいで見てくる優兎くん。
優兎くん、あざとい。そんな可愛い顔して私が許すとでも思ってるの?全く。許すに決まってるじゃない。
合格も出たし、一位で抜けたから良しとする。
陣地へ戻ろうとした私に、
「王子ーっ」
と手を振って駆け寄ってくるユメ。そっか、次の種目私とユメが一緒に出る二人三脚だっけ?
「行こうっ」
「うん。分かった」
一度陣地へ戻ろうと思ったけど、ユメと一緒に二人三脚の準備へ向かう。
「あ、美鈴ちゃん」
「?、なぁに?優ちゃん」
「顔色、悪くない?」
そう心配気に頬を撫でられた。そうかな?確かにちょっと食事を抜いたりしてきたけど、別にそこまで体調が悪いわけではないし。
首を傾げる。
「…大丈夫?」
「んー…大丈夫だよ。きっと。ほら、元気だしっ」
わざと胸を張って言うと、優兎くんはますます心配そうな顔をした。
うぅーん…どうしたらいいだろう?
私が悩み始めた所為か、優兎くんは諦めたような顔をして、
「……無理、しないでね」
ただそれだけを告げて陣地へと戻って行った。
残されたのは私と優兎くんの不安が移ったユメだけ。
このままだと士気にも関わるからと出来るだけ明るい声でユメに言った。
「やるからにはトップだよ、ユメ」
「もっちろーんっ!任せてっ、王子っ!」
あぁ、ほんと、ユメは可愛いなぁ。…思わず飴ちゃん渡したくなるよ。
二人三脚の選手の待機場所へ向かうと、射殺さんばりの視線に遭遇する。
わっかりやすい視線をありがとう。言っとくけど、私はその視線に睨み返すような事はしませんからね。
隣でユメがぎんぎんに睨み返してるからとかそう言う事ではなく。そんなやっすい挑発にのるような性格はしてないのであしからず。
「ユメー。変なの相手にしなくていいから。ほら、足結んじゃうよ」
並ぶように立って、しゃがみ込んで頭の鉢巻をとって足を結び合う。
「あ、王子っ。私の鉢巻使うって言ったのにっ」
「ふふっ、早い物勝ちってね」
結び合って、ウォーミングアップも兼ねて軽く走ってみる。
「どう?きつい?」
「ううん。全然。王子は?」
「大丈夫だよ。じゃあ本番はもう少し早くても良いね?」
「うん。大丈夫っ。王子について行くよっ」
「ありがとう、ユメ」
因みに二人三脚の走順は私達がトップバッターだ。
念の為に、先に並んでおこう。
そう思って隣を見ると、
「私の足を引っ張ったらたたじゃおきませんわよっ!」
「………わかりました」
と何やら騒いでいる。ねぇ、その人、陸上部員じゃない?あんたの方こそ足を引っ張るんじゃ…?
案の定吉村百世は相方の足を引っ張りまくり、私達の圧勝だった。ユメは本当に私の全速力に付いて来てくれて。もしかしたら普通に走ったのと同じ速度になったんじゃないかな?
何はともあれ圧勝って嬉しいよね。ユメと全力で勝利を喜び、ここからは暫く私の出場種目はない。応援に専念だ。私が休憩している間に、愛奈と円が障害物競争に出て競い合ったり、組対抗パフォーマンスで桃を筆頭に選ばれた生徒の日舞が披露されたり、優兎くんとユメが玉入れで奮闘したりと皆がそれぞれ頑張っていた。
さ、てと。次はプログラム8番の棒倒しだね。
この競技は生徒会メンバーで唯一私だけが出る。
「……にしても、女子校なのに棒倒しって…」
「優。女だけだから凶悪な種目があるんだよ」
嘆く優兎くんの肩に円の微妙な優しさを含んだ手が置かれた。
棒倒しの作戦は既に確立済み。
私は自分の組の人間を引き連れ、待機場所へと向かった。
「皆、準備は出来てるかな?」
「おっけーですっ!」
「やれますよ、白鳥さんっ」
「なら、瞬殺で行こうかっ」
『おーっ!!』
待機場所で最初に決めた作戦の形をとる。
私は皆の中で守られるように立っていたんだけど、反対の聖マリアの方は吉村が手を獣のような形をさせて、今にもこっちに飛び掛かってきそうな態勢でいる。
実行委員の開始のピストルが鳴った。
一斉に走りだす。取りあえず近くまで行かなくちゃっ!
向かってくる生徒たちをかわして、乗り越えて。真っ直ぐ私に向かってきた吉村百世の手を払い退け、なんならその勢いを利用して飛び越す。
「きぃーっ!!」
「では、お先に失礼?」
どうせ上空に飛び上がったなら、と向かってくる生徒の肩や背中をトントンと踏んで飛び越える。
「白鳥さんっ!」
「OKっ!」
棒の近くで待機していた聖女の生徒の一人の手に足をかけ、その子が反動を付けて私を放り上げてくれた。高く高く飛び上がった私は棒を勢いよく蹴り倒した。
「よしっ!」
っとと。危うく着地に失敗する所だった。
何とかちゃんと着地して埃を払う。
歓声と共に私は聖女の皆に取り囲まれる。喜び手の平をパチンとあわせながら、皆で仲良く陣地へ戻った。
出迎えてくれた聖女の皆とまた喜びを分かち合い、今度は騎馬戦に向かう。
本当は、私馬になりなかったんだけどなぁ…。駄目なんだって。私が騎手で、馬の頭が優兎くん、足が円とユメだ。
「ねぇ?ユメ。今からでも私と騎手代わらない?」
「だーめ。王子様は馬に乗るのが決まりでしょ」
その決まりは私が決めたものじゃないよーっ!
と今更足掻いた所でどうしようもない、か。
グラウンドの真ん中でさっきの棒倒しの棒が撤去されて、次の騎馬戦の準備が整う。
馬の形を組んでしゃがんでくれた3人に乗るよと確認しつつ上に乗る。
「うわっ!?軽っ!?」
「ちょっ、ユメ、失礼なっ。これでも少し重くなったんだもんっ」
「胸の分だけな」
「………円ちゃん。そう言うセリフは私の前で言わないでくれる?」
笑い合いながら、私はすっと背を伸ばして対峙している向こうの聖マリアのチームをみる。

―――ゾワッ。

女子校ではあり得ない筈の視線が私に向けられる。その視線の在処を探して相手チームを目を凝らして眺める。
……え?ちょっと、待って。
なんで…なんで、男がいるのっ!?
聖マリアのチームの中央にいる吉村百世の下にいる騎馬。あの3人、女っぽい顔をしてるけど男だっ!

―――い、いやだっ!

カタカタと体が震え出す。
「王子…?」
「王子…?どうした?」
だ、駄目だ。今私が、団長がここで怯えを出したら、相手の思う壺だ。
「……美鈴ちゃん。まさか、あっちに男がいるの?」
「…優兎、くん…」
思わず、優ちゃんと呼ぶことも忘れ、慣れ親しんだ呼び方をして、私は優兎くんの肩をぎゅっと握ってしまう。
「…いるのね。…棄権する?」
優兎くんが小声で心配してくれる。でも…。
「だ、いじょう、ぶ。…や、る。私、団長、だから」
今逃げ出す訳にはいかないんだ。
前の方から舐めるような視線を感じる。気持ち悪い。でも…我慢っ。
「……分かった。無理だけはしないで」
「うん…ありがとう」
ぐっと震える体を無理矢理抑え付け、もう一度真っ直ぐ前を見据える。
そして、互いのチームの準備が整ったと同時に開始のピストルが鳴った。
優兎くんは私の為に、なるべく吉村百世と接触しないように気を使ったコースにしてくれた。
私も早く勝負をつけて男から逃げたくて次々と相手チームの鉢巻を奪い取っていく。
……盲点だった。吉村百世だけを避けて次々と倒していったら、そりゃ残るのは私達と吉村百世だけになるよね。
「さぁ、決着をつけましょうっ」
攻撃的に微笑む吉村百世。けど、あんな女よりさっきからニヤニヤと私を見て笑ってくる男達の方が怖くて堪らない。
「あーら?白鳥さん、顔色が悪いんじゃございませんことっ?」
そんな事はどうでもいいよっ。お願いだから近寄って来ないでっ。
「色んな競技に出たからかな?少し疲れて来たんだよ」
虚勢をはることしか出来ない。
「美鈴ちゃん。ちゃんと捕まっててね」
「優兎、くん…?」
「さっさと勝負、つけちゃおう」
「…うん」
そうだ。さっさと勝負をつけちゃおうっ。
「行くよ、円ちゃん、夢子ちゃん」
「おっけっ」
「こっちもオッケーだよっ」
二人が返したと同時に走りだす。吉村百世の騎馬も動き出し、私と吉村百世はがっつり指を組み力勝負へ持ち込まれる。
本当ならこんなの直ぐに崩せるのに、足元にいる男への恐怖で力が出ない。
「…へぇ…。良い足、してんじゃねぇか…」
「乳も、でけぇ」
「顔もいいとか、最高だ…」
ひっ!?
出そうになった悲鳴を必死に呑み込む。嫌悪で溢れそうになる涙をぐっと堪える。
「……あぁ、もうっ、我慢できねぇっ!」
「えっ!?きゃあっ!?なんですのっ!?」
吉村百世の騎馬が騎手を振り落とし、私へ向かって手を伸ばしてくる。

『あぁ…旨そうな体だ…』

また、脳内に前世の記憶がフラッシュバックする。

―――やだっ、やだぁっ!!

こんな場所、逃げ場がないのにっ!
どうしたらいいのっ!?

―――怖いっ…。
―――怖いっっ!!

恐怖で視界が歪んでいく。頬に視界を歪ませた滴が流れ落ちる。
そんな私に、

「大丈夫だよ、美鈴ちゃん。―――僕がいる」

優しい声が耳に響く。

「円ちゃん、夢子ちゃんっ、あとよろしくっ」
「任せろっ」
「王子、こっちにっ!」

体を円の側に抱き寄せられて、ユメが私の前に立ち、優兎くんが向かってくる男3人を素早く投げ飛ばしあっという間に打ち負かした。優兎くん、いつの間にあんなに強くなってたんだろう…?
あっさりと男達を伸した優兎くんは吉村百世から鉢巻を奪い取り戻って来た。
「実行委員っ!彼女達は登録されている生徒じゃありませんっ!」
優兎くんが叫ぶと慌てたように実行委員が走ってくる。
そして、少しの審議の後に、この勝負は私達聖女側の勝利となった。
恐怖の騎馬戦が終わり、私は急いで涙を拭って円の腕から降ろして貰うと、ユメに目元が赤くなってたりしないか確認して陣地へと戻った。…とりあえず泣いたことが誰にもバレなくて良かった…。

騎馬戦が終わり放送で昼休憩に入る旨を伝えられ、私達はやっと体を休める事が出来た。
生徒会メンバー用に用意された更衣室兼控室で私はぐったりと椅子に沈みこむ。
「大丈夫?王子」
「まさか男性がいるだなんて思いもしませんでしたわ」
「ほら。保冷材あるからタオルでくるんで、目にあてとけよ」
「あのオバサン、マジむかつくっ!」
皆、怒ってるなぁ。私の為に怒ってくれてると思うと恐怖心は残っていると言えど心がほっこりする。
「とにかく、ご飯食って力つけようっ」
「王子、食えるか?」
円がお弁当を広げながら聞いてくれるけれど、正直全然食欲がわかない。
「……私は、いいや。皆で食べて」

「…駄目だ。お前もちゃんと食え、美鈴」

皆で食べていいよと言う筈だった私の声はあっさりとかき消された。
全然気付かなかったけど、ドアが開かれていて、私の視界に入ったのは蘇芳色。……鴇お兄ちゃん……。
ゆっくりとその長い足で近づいてきたかと思うと、そっと私の側に立ち顔を覗き込まれた。
頬を優しく撫でられる。
「…顔色が悪いな…。怖かったな、美鈴」
間近で覗き込まれるその瞳には慈愛の色に満ちていて。溢れかえる安堵感に私の瞳は潤み始める。
「ふ、ぇ……とき、おにい、ちゃん…っ」
「あぁ…。良く、…頑張ったな」
「おにい、ちゃんっ…ときおにいちゃんっ」
一気に心に安堵感と安心感が染み渡る。私は、すっかり緩んでしまった涙腺をしめることも忘れ、鴇お兄ちゃんに抱き着いた。
鴇お兄ちゃんは優しく私の頭を撫でてくれる。そのまま私を抱き上げ、私が座ってた椅子に座ると膝の上に乗せてぐっと抱きしめてくれた。
一頻り泣いて、泣きまくって。完全に兎のお目めになった私は、円に貰ったタオルにくるまれた保冷材を目に当てた。
「ごめんね、美鈴ちゃん。本当は葵兄と棗兄も連れて来られたら良かったんだけど…ばれずに連れて来れるのは…鴇兄だけだったよ。役立たずでごめんね…」
優兎くんが申し訳なさそうに言う。
「そんなこと、ないよ。優兎くん…ありがと…。さっきも…すごく、かっこよかった…。ありがとう」
あぁぁ…泣き過ぎて声がちゃんと出ない。お礼言いたいのに…。
なんとかならないかな?
もう一度ちゃんとお礼を…と声を発する前に。
「優兎。悪いが、そこにあるフルーツサンド取ってくれ」
「あ、うん。分かった」
鴇お兄ちゃんがまた私の言葉を遮り、優兎くんに頼みごとをしてしまった。
優兎くんの手には私特製フルーツサンドがあり、それは鴇お兄ちゃんに手渡され、ラップが剥がされると私の口に突っ込まれた。
「むぐっ!?」
鴇お兄ちゃん、酷い…。
もぐもぐ…。ただでさえ泣いてた所為で、食べ辛いのに…。
そんな私に鴇お兄ちゃんは容赦がなかった。
「美鈴。何度も言ってるがな。ちゃんと食え。体力をつけろ」
うぅ…。鴇お兄ちゃんの説教モード…?
「腹が減っては戦は出来ぬとまでは言わないけどな。だが、スタミナがないと只でさえ男に抗えないお前は抵抗はおろか逃げる事も出来なくなるんだぞ?」
…それは、…その通りです。
保冷材を足の上に置いて、ちまちまとだけれど、私は口の中にフルーツサンドを押し込む。
「今日だってそうだ。あの距離で、例え優兎達の上にいたからとは言え、お前なら逃げられた筈だ。お前は、覚悟を決めたら少なからず動ける。だってのに、お前は動けなかった。何故だか分かるか?それはなお前のその賢い脳が役立たずになってる所為だ」
「役たっ!?」
「脳にも体にも十分な栄養と睡眠を与えてないとそうなるんだ。栄養は基本だといつも家で口を酸っぱくして言ってたのは誰だ?」
「…………私、です…」
食べ終わった私に、鴇お兄ちゃんがもう一つフルーツサンドを口に押し込んでくる。
もぐもぐと必死に咀嚼する。
何だろう…。お腹が満たされてきて、さっきまで胸の中にあったぞわぞわとした恐怖や体を襲う疲労感が抜けて行ってる気がする。
食べ終わった所にまた一つ、口に突っ込まれる。
「小さい時と違って、お前の側にいつも誰かがついていてやれる訳じゃない。もしも何かが起きてお前一人になった時、お前を助けてやれるのはお前しかいないんだ。勿論俺達だって美鈴を出来うる限り守りたい。だが俺達が美鈴の側に駆け寄れるまで、助けに行くまでの時間を稼げるのはお前だけなんだ。そうなった時に美鈴を手助けてくれるのはこの体と頭しかないんだ。だから、いつでも自分を守れるように。ベストな体調を維持しておけ」
「う、ん…。ごめん、なさい…」
「……美鈴。俺はな?心配なんだよ、お前が…。俺だけじゃない。外で、お前を襲った馬鹿共に制裁を下してる家族も、ここにいるお前の友達達も同じだ。皆、皆お前が心配なんだよ…。分かるか?」
「…うん、うんっ…。ごめんなさい、鴇お兄ちゃん…」
また涙が溢れて、折角甘く作ったフルーツサンドがしょっぱい。
「…良い子だ」
頭を撫でられる。鴇お兄ちゃんに頭を撫でられながら、私は頑張ってフルーツサンドを食べ切った。
「少し、寝ろ。これから当然リレーにも出るんだろ?」
「うん」
「体力を回復させておけ。んでもって、あの馬鹿女を叩き潰せ」
「ふふっ、うんっ、頑張るね、鴇お兄ちゃん」
ぐいっと頭を引き寄せられて、それに抗わず素直に鴇お兄ちゃんの胸に体を預けて目を閉じた。
私はすーっと眠りに落ちて行く…。夢も何も見ず、静かな眠りだった…。

どの位寝たんだろう…?
五分か、十分か。そんなに時間は経っていないと思う。でも、体は何時もの数倍軽く、頭の中はスッキリしていた。
「行けるか?美鈴」
「…うんっ、大丈夫だよっ、鴇お兄ちゃんっ!」
鴇お兄ちゃんに足の上から降ろして貰い立ち上がる。ぐっぐっと足や腕を伸ばしおかしな箇所がないか確かめる。うんっ、大丈夫っ。
「良しっ。なら行って来いっ」
「うんっ!」
既に準備万端の皆と頷き合う。鴇お兄ちゃんに背を押されながら私達は午後の競技へ向かった。
部活対抗リレーを応援し、組対抗リレーになり私達全員リレーの場所で待機。一応人数が人数だから、聖女、聖マリアは半分に割られて4レーンで走る。
私はアンカーだ。
「優ちゃんと競うのは初めてかもね」
「そうだね。思えばいつも同じクラスだったしね」
「小学校時代の事だね。うん。そうだね」
「負けないよ?美鈴ちゃん」
「うん。私も」
微笑むと優兎くんは何故か顔を逸らしてしまった。あれ?何か悪い事でも言ったかな?
「優ちゃん?」
「い、いや、なんでもないの。なんでもないのよ……美鈴ちゃんの全開の笑顔久しぶりに見たなぁ…」
んんー?良く解んない。
なんて疑問に思ってる間にリレーは始まっていた。
盛大な歓声の中、生徒から生徒へバトンが渡っていく。
どんどん列が詰まって行って。
私達の番だ。
トップに来たのは優兎くんのグループの走者だ。次に私のグループ、そして聖マリアのグループ、吉村のグループだ。
順番に走者を待ち、優兎くんにバトンが渡る。走りだす優兎くんに続くように私のグループの走者がバトンを受け渡してきた。
それをしっかりと受け取り、走りだす。
優兎くんに勝つにはそれなりに本気でないと無理だ。
全力で、その背を追い掛ける。

「美鈴ーっ!!負けたら許さないわよーっ!!」

ま、ママ…。
恥ずかしいけれど、ママの応援が嬉しくて。
私はそれに答えたくて。
スピードを上げた。
一歩、二歩…足を踏み出す度に、優兎くんの背が近くなる。
そして、その背は見えなくなり、横に並んで、私は彼を追い越した。
ここで油断なんてしてやらない。

そのまま全力で走り―――ゴールテープを切った。

流石に息が苦しくて、前かがみになって膝に手を置き体を支え呼吸を整える。
少し後になって優兎くんがゴールして、私の横で同じように呼吸を整えている。
「や、やっぱ、…はっ…はぁっ…、は、やいね、美鈴、ちゃん…」
「え、えへへ…、でも、流石に、つかれ、たぁ…」
互いに疲れながらも微笑んで、讃えあう。にしても優兎くん、速かったなぁ…。やっぱり男の子、だよねぇ。コンパスが全然違うんだもん。
後から聖マリアの二人がゴールして、陣地へと戻る。
ここで一度得点の発表があるからだ。
そしてもう一つ。最後の生徒会対抗リレーで、一番最初に着ていた衣装で走る事になるから私達は着替えが必要になる。
最後のリレーって特典も一番デカいけど、華やかさってのもポイントになるんだよね。
だからこそのあの衣装。私達は更衣室へ戻り衣装に着替える。
その時、ふと鴇お兄ちゃんの言葉を思い出した。
私を助けるのは私自身、か。
走る前に何か食べるのは駄目って言うけど…。私はお弁当に詰めていたデザートのタッパを開けた。
その中に入っている梨を一つ取り出して口に含む。甘みと程よい酸味が口の中をさっぱりとさせる。
うん。いけるっ!
絶対勝つんだからっ!
「皆、勝つよっ!」
「もっちろんっ!当り前だよっ!王子っ!」
「王子を泣かせたオバサンに天誅を下すっ!」
「いいねっ!愛奈、アタシも一口乗るよっ!あの男好きババアを潰すっ!」
「あらあら。皆様。やる気ですわ~。勿論、私も殺る気ですけども」
「…美鈴ちゃん。行こうか」
全員で頷き合って、私達はグラウンドへ向かった。
陣地の中を通る時。

「白鳥さんっ!頑張ってっ!」
「10点差で負けてますっ!」
「でも絶対勝てるって信じてますからっ!」
「応援してますからっ!」

沢山の声援に背を押されて、私達は最後のリレーの位置へ辿り着く。
私はやっぱりアンカー。
そして、生徒会長同士の一騎打ち。
「絶対、絶対負けません事よっ!」
「今の所、私と競って勝てた競技は一つもないじゃない」
隣から飛ばされる挑発を蠅叩きの勢いで叩き落とす。
存在が鬱陶しければ、そのドレス姿も鬱陶しい。
はんっと鼻で笑ってやれ。
「今の成績だって、全て聖マリアの皆が頑張ってくれてるだけだしね」
「う、うるさいですわっ!!」
「貴女の声の方がうるさいわ」
絶対負けるもんか。
こんな卑怯な姑息な女になんか絶対に負けないっ!
圧倒的な差を見せつけて勝ってやるっ!
そして、リレーが始まる。
トップバッターは円。聖マリアの生徒会メンバーも流石の足の速さで接戦だ。
次にバトンは愛奈へ渡る。愛奈はどちらかと言うと文系で足は遅い。喰らいついてはいたものの、途中で越されてしまいちょっと距離をひらかれてしまった。
だけど、次はユメだ。バトンがユメに走りだす。あの年下組三人と常に遊んでいただけの事はある。身長の割に凄い回転率を見せ、ひらかれた筈の距離は一気に縮まり隣へ並ぶ。
そのままバトンは聖女、聖マリア、同時に受け渡され次のバッターである優兎くんが走る。うわっ!凄いっ!あの、優兎くんが競ってるっ!あの人、かなり速いっ!
でも心配はしていない。だって、私は知ってる。優兎くんがここぞという時に強いって事を。
「優ちゃんっ!!」
私は手を振ってここにいると知らせる。すると優兎くんはその顔に笑みを浮かべた。余裕だ。
ぐんっとスピードは上がる。競っていたはずの聖マリアの生徒を、踏み出す一歩で少しずつ確実に引き離していく。
そして、リードしていた私にバトンは渡される。
「美鈴ちゃんっ、任せたよっ!」
背後から優兎くんのエール。
「…任せてっ!」
笑みで返し、私は真っ直ぐ前を見据えて走りだす。
あんなドレス着て自己顕示欲丸出しの馬鹿女に負けて堪るかっ!
全力で走る。王子服がクソ暑い。……ドレスよりましか。
どんな表情して走ってるのかな?ちょっと興味ある。その為にも、私は勝つっ!

あと、もう少し。

息が苦しい。

でも、最後の最後で油断して越されるとか冗談じゃないから。

最後の最後まで全力を出し切り、私はゴールテープを切った。
「はぁ…っ、はっ……っ」
荒い呼吸を整えながら、私はぐんと背を逸らし、邪魔なマントを袖で払って、振り返った。
そこにはドレス姿でスッ転ぶ吉村百世がいて。
私はここで完全勝利を確信した。意地が悪い?いやいや、どう考えても自業自得でしょ?そもそも本当に勝つ気があったのか。勝つつもりがあったなら、ドレスで参加なんてしないことだね。
ぜはぜは言いながらゴールした吉村百世に盛大な拍手が贈られる。
聖マリアの生徒は吉村百世を睨む様に、聖女の生徒は勝利を喜ぶように。
拍手が止むと同時に皆が集合を始め、閉会式が行われた。
色々あったものの体育祭は終了した…。


―――文体祭五日目。


文体祭の閉会式の為、開会式と同じように市営の会館に来ていた。
勝負の結果発表があり、その結果は私達聖女の圧勝に終わった。
悔しそうに地団駄を踏む吉村百世の姿があったけど。昨日の体育祭の後に何かあったのかな?聖マリアの生徒会が…ううん。生徒会に限った事じゃない。聖マリアの生徒全員が吉村百世を白い目でみている。
何があったのかは知らないけれど、あまり関わりあいになりたくないので、私は無視する事に決めた。
聖女の皆と勝利を喜び合いながら、閉会式は無事に終了し、聖女へと帰る。
帰ったらそのまま一度解散し、午後の五時からグラウンドでキャンプファイヤーを囲みながら後夜祭だ。
料理担当、設備担当様々な係があるけれど、私は生徒会長なのでそれら全てに目を光らせていなければならなかった。
まぁ、生徒会の皆が手伝ってくれるから問題ないんだけどね。
特別、問題を起こすような生徒ももういないしね。…いない、よね?
グラウンドがそれらしい後夜祭の雰囲気を作り始めた。
大きめなキャンプファイヤーの土台から距離を置いて周囲を囲む様に机が並べられて、その上に次々と料理が置かれていく。鉄板もあって、そこにはバーベキューや焼きそば、反対の位置にある鉄板の方はホットケーキやクレープが作られている。飲み物も大きな業務用クーラーボックスに氷と水が並々と入れられた中にペットボトルが浮いている。好きなのを持って行く方式だ。
凄いよね。ちょっとしたお祭りだよ、これ。
皆テンションが高いおかげで準備は滞りなく進んでいる。女子校らしいなって所はやっぱりスイーツが並ぶところ、だよねぇ。
一応学校行事だから皆制服に着替えている。
っといけない。そろそろ私も制服に着替えないと。生徒会の仕事をしつつ写真を撮りたいって言う報道部に答えて王子様服のままでいたから。因みに男性に売ったら、その時点で売り上げ、写真没収。報道部は廃部にすると釘を刺して置いた。自己防衛大事。
さて、本当に着替えに行かないとな。
「優ちゃん、ちょっとお願い。私着替えてくる」
「オッケー。気を付けてね」
………。ここ女子校なんだけど、気を付けてとはどう言う意味?
「あぁ、深い意味ないから。足元も見えなくなってくるから気を付けてねってそういう意味」
「な、なんだぁ。驚かさないでよぉ。変なフラグ立ったかと思ったじゃない」
「ふふっ。ごめんごめん。行ってらっしゃい」
優兎くんに手を振られて、私は寮へと向かった。

寮へ着いて、自室へ入ると手早く制服に着替える。
セーラー服のスカーフをちゃんとつけて、スカートがよれたりしてないか確認する。うん。問題なさそう。
自分の姿もチェックしたし、さ、グラウンドに戻ろう。
と急いだのが悪かったのかな…?それとも優兎くんのフラグの所為?
うぅぅ…なんでこんな目に…。
校舎の脇を通ってグラウンドに戻る途中。
突然校舎の影から現れた手に腕を引かれ、校舎裏まで引っ張りこまれた。
日の光が当たらない場所だけど、今日はグラウンドの光が当たって、ぼんやりと赤い光が私と、―――向かいに立っている吉村百世を照らしていた。
本当に、しつこい…。
「何の用なの…?」
げんなりとしながら問うと、吉村百世―――(ううん、もうこうなったら綾小路菊でいいわ)―――の瞳はきりきりと吊り上がった。
「全部…全部貴女の所為よっ!貴女が現れた所為で全て駄目になったっ!私は、樹財閥総帥の妻になるはずだったのにっ!貴女が、樹様の婚約者になんてなるからっ!」
うええー…。それ私の所為じゃないじゃん。
「自分の顔すら捨てて、こんな制服に身を包ませられてっ!こんな屈辱初めてよっ!」
それだって全部自分の所為じゃんかー。
「……貴女が私を陥れようとしただけなら許せたけどね。ユメを巻き込むからそうなるのよ。…いいえ。ユメだけじゃないわね。貴女は桃も苦しめていたものね。因果応報って奴よ」
「おだまりっ!」
おだまりって…。今時そんな言葉。…いや、そんな事どうでもいい。それよりただただ、いらいらするなぁ。何に腹が立つって、自分が自分がってこの態度が。
「…そんな余裕を保っていられるのも今の内ですわ。白鳥美鈴。貴女、男性が苦手なのですって?」
なんで知ってるの?とは問わない。体育祭の時の反応を見せている今、そんな事言っても強がりになるだけ。
それに、こう言うって事は、何処かに男が潜んでいるって事で。
気配はないけど、でも…。
冷汗が背中を伝う。
「ふふっ。体育祭の時の反応と良い、どうやら本当の様ですわね」
パチンッと綾小路菊が指を鳴らす。すると、暗闇から数人の男が現れた。
「―――ッ!!」
出掛けた悲鳴を飲みこむ。ぐっと足に力を入れて、そちらを睨む。
背後からくる気配はない。でも、男であれば人でなくとも気付くはずの私の側にここまで近寄るまで気配を分からせなかった。きっと気配を消す術を持っている…。油断は出来ない…。
何か…何か、武器になるような物は…?
視線だけを動かして、武器になりそうな物を探す。すると、地面に落ちている片づけ忘れた箒を見つけた。
無駄な動きをしたら命取り。震える体で何処まで出来るだろう?
「貴方達。この女を好きになさい。孕ませられたら最高ですわ」
ぞわりと恐怖と嫌悪が背を這う。
じりじりと迫ってくる。
―――行くしかないっ!
彼らの視線が一瞬だけ逸れた瞬間、私は駆け出して箒を手につかむ。
そしてそのまま駆け出した。
グラウンドに逃げ込めばどうにかなるっ!
男達は私を楽しそうに追いかけてくる。怖くて堪らなかった。
けど、鴇お兄ちゃんが言ってた。
自分を守るのは自分だって。
そうやって時間を稼ぎさえすれば、助けてくれるって。
怖くて、泣きそうになるけど、私はそれを必死に堪えて走る。
なのに、その男達の足は速くて。震えながら走る私は到底逃げ切る事は出来なくて。
腕を引っ張られ、咄嗟にそいつの腕を箒で叩くけれど、他の男の手が私の脇の下に腕を入れ込んで羽交い絞めにしてくる。

いやっ!怖いっ!怖いよっ!!

でも、でも、どうしてもっ…私は泣きたくなかった。
綾小路菊の前で泣きたく何てなかった。そんな無様な姿見せたくないっ!
その矜持だけで私は今意識を保っていた。
「…男に犯されて、子供が出来たら貴女は樹様の婚約者ではなくなるわっ!」
ゆったりと歩いてきた綾小路菊が嬉しそうに楽しそうに笑う。
「私は、樹先輩の婚約者なんてなりたくてなってるわけじゃないのに。そもそも、樹先輩は候補であって、婚約者じゃないものっ。って言うか、こんな目に合うなら婚約者の座を貴女に喜んであげるわよっ」
いらないもんっ!
私は最後の反抗として、そう断言する。
こんなの、何の意味もなさないけど…。
これから自分がどうなるのか、簡単に想像がついて、私はまた好きでもない人間に抱かれるのかと犯されるのかと目の前が闇に染まっていく。
迫る男に私は諦めて静かに目を閉じかけた、その時。

「……美鈴、お前な。その婚約者の座を守りたくて、監視の目を掻い潜って助けに来たってのに、そんな馬鹿女に喜んで進呈しようとするな」

かさっと草を踏む音が聞こえて…。聞こえる筈のない声。私は静かにその声の主へと視線を向けていた。
「…樹、先輩…?」
まさか、とは思ったけれど…。本当に樹先輩だったなんて…。
…なんでこの人がここにいるの?
助けに来たって言ってた?私を?なんで?
「美鈴を離せ」
私を羽交い絞めしている奴をその紫の瞳が睨み付ける。一瞬その手は緩んだものの、私を解放してくれない。
「……二度も言わせるな。美鈴を離せ」
先程より声が低くドスの聞いた声があたりに響く。
力が再び緩んだ。今度はその一瞬の隙を逃さず、その手を振り払って私はそいつらと距離をとる。
「なんで、ここで素直に俺の側にこないんだ、お前は」
そんな不機嫌そうに言われても無理。樹先輩の側に行っても安心出来ないんだから仕方ないじゃん。うん、仕方ないっ。
校舎の壁を背にして私は立つ。背後に立たれてまた羽交い絞めにされたくない。それに、今は私は空気に徹した方が良いと思うんだ。なんでって?そんなの…。
「樹様っ!お会いしたかったっ!」
綾小路菊の舞台が始まるからである。
「ずっとずっと貴方をお慕いしておりましたわっ」
悲劇のヒロインですね。頑張るなぁ…。
涙を流し迫真の演技で、樹先輩の胸に飛び込む。
「……俺を慕っていた?」
「はいっ!初めてお会いした時から、私は貴方の妻となる日を夢見てきたのですっ」
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よし、綾小路菊っ!頑張れっ!もしこれで樹先輩をゲットしたのなら私にした事は水に流すっ!ファイトーっ!
もっと猫被ってっ!お淑やかにっ!涙も流してっ!そう、良い感じっ!
気付けば絶賛応援中。
心の中で必死で応援旗を振っていると、樹先輩が私を見て口の端を上げて笑った。
嫌な予感がして、逃げようと動いた瞬間、綾小路菊が突き飛ばされた。
「樹、様…?」
信じられないという顔をして綾小路菊が尻もちをつく。
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「そ、そんなっ!樹様っ!」
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冷たい瞳で見下ろす樹先輩に、綾小路菊が愕然とした顔で見上げている。
「わ、私は、あの女に全て奪われたのですわっ!あの女が私と樹様の間に溝を作ったのですっ!」
キッと目を吊り上げ私を睨んでくる。うん、許すっ!全部私の所為にしちゃえっ!そして、樹先輩を持ってってっ!
ぐっと私が拳を握ると、樹先輩が私の顔をみて眉間に皺を寄せた。
綾小路菊を無視して、私の側へずかずかと近寄ってくると、じと目で見降ろしてきた。
「美鈴。…お前のその眼…。もしかしなくてもこの馬鹿女と俺がくっつくように応援してただろ」
ギクゥッ!!
全身で飛び跳ねると、樹先輩は目の前で盛大な溜息をついてくれた。
ばれてる。ばれてるよーっ!でもこれで距離が出来るならそれはそれで良しだと思うのっ!
「いい加減、少しでもいいから俺を好きになれ」
無理。先輩、私が男が怖いって知ってるのに、抱き締めようとするし、キスするし…。
なんて一応助けに来て貰った手前、反撃を口にする訳にも行かず文句をごくりと飲みこみぷいっとそっぽ向く。
「お前…。ったく、あまり可愛い顔するなよ」
可愛い顔なんてしてないっ!
伸ばされた手をすかさず避ける。
「こら、美鈴っ。逃げるなっ」
絶対捕まるもんかっ!逃げて逃げて逃げまくるっ。
大体、樹先輩私を助けに来たんじゃなかったのっ!?私の敵が増えてるじゃないっ!
それに綾小路菊はどうしたのよっ!放っておくんじゃないっ!
あぁ、もう逃げようっ!グラウンドに逃げ込もうっ!
って思ってたのに、ガシッと腕が掴まれる。
「やーっ!!」
「嫌じゃない、逃げるなって言ってるだろっ」
「やーっ!!」
「聞けよ、人の話っ」
腕を引かれて私は樹先輩の腕の中に捕らわれる。
嫌だって言ってるのにぃっ!
必死で暴れてるのに、私の腰に回った腕は離れない。むしろ持ち上げられて宙に浮いた。
「美鈴…」
なんでそんな満足そうに笑ってるのーっ!?
って言うか、こっちは怖くて堪らないから離してーっ!
ジタバタと力の限り暴れていると、突然樹先輩の肩がぐいっと引っ張られた。

「……とり先輩、嫌がってる、離せ」
「ほんとだぜっ!アンタにここへの入り方教えたのだって美鈴センパイを助ける為だって言うから教えたのにっ!」
「母さんがこの人から目を離すなって言った理由分かった。さっさと鈴先輩を離して下さい」

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「引導を渡しといてやろう。俺はお前が嫌いだ。お前みたいな自分の事しか考えない女は反吐が出る。俺の前から消えろ。二度と、姿を見せるな」
どの口がそれを言うの?
樹先輩だって私の事考えないで突撃かましてるじゃない。
……言いたくて仕方ない言葉をごっくんと飲みこむ。
「い、いつき、さま…?」
地面を這うように動いて、樹先輩の足に縋る。けれど、樹先輩はそれを払い退け。
「言っておくが、美鈴の側には常に俺がいるからな。美鈴の前に現れたら俺の前に現れたと同意。その時は問答無用でお前を消す。そのお花畑な脳みそに刻み込んでおけ」
茫然自失。
もう、言葉にすらならない、「あ」とか「う」と呟き綾小路菊はただただ樹先輩を見詰めていた。
「銀川っ、こいつらと男共を連れて行け。どうせ、お前の所の馬鹿だろう」
叫ぶと同時に銀川さんが現れる。
前に銀川さんに羽交い絞めされた事を思い出して、体が震える。悪い人じゃないって分かってるけど、でも…。
「ま、真珠さんっ」
思わず真珠さんを呼んでいた。
「はい」
私のすぐ横に現れた真珠さんにほっとして抱き着く。やっと安心出来たかと思ったら恐怖が一気に体を巡った。震える私を宥める様に優しい声が耳に届く。
「お嬢様…。大丈夫ですか?私を直ぐお呼びになって頂けたら良かったのに…」
「う、うん。ごめんね。…でも、あの女に逃げてる姿見せたくなくて…。うぅ…怖かった…」
「あぁ…お嬢様…。お可哀想に…。今、あの女とそこの『馬鹿御曹司』とそっちの『馬』の息の根を止めて差し上げますから」
ぎゅっと抱きしめられて増々安心する。
「銀川。俺は今さらっと馬鹿御曹司って言われたか?」
「……私は馬扱いです」
二人が顔を見合わせて溜息をついた。
「それでは龍也様。私はこいつらを連れて先に参ります」
「あぁ、頼んだ」
銀川さんがいつの間にか逃げ出した男達を紐で一括りに縛り上げ、綾小路菊を肩に担ぎあげるとそのまま闇の中へ姿を消した。
「これでもう大丈夫だろう。…所で美鈴?」
うん?
呼ばれたから真珠さんの豊満なバストから顔を上げて樹先輩を見ると、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
なに?なんか気持ち悪いんだけど…。
「お前。俺に触られても震えなくなったな」
「……え?」
「さっき抱き上げた時に気付いた。以前は少し触れただけでも震えていたのに、今は、ほら」
そう言いながら、樹先輩は私の手をとる。
「いやっ!!」
手を取り返そうと振ってみるけれど、全然離す気配がない。
「嫌と言いながらも全然震えていない」
え…?
震えてない?うそ…。
思わず自分の手を見ると、確かに震えていない。
こんなに嫌なのに、震えてない。どうして?自分の体の反応が理解出来ず動揺する。
すると樹先輩は、そんな私を見て穏やかに微笑んだ。
「…少しは俺を認めたか?」
そう言って。
認めた、と頷いて良いのか分からないけれど。
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三人が何かがっくりと肩を落としている。…正しくは一人寝てる。
「必要だったよ。三人共。ありがとう。そして、出来れば起きて。海里くん」
ぺしぺしと海里くんの腕を叩く。
あ、起きた。良かったと微笑み。
三人に向き合う。
「本当に、ありがとう。態々危険を冒してまで、こんな遠い所まで来てくれて。嬉しかったよ」
感謝が伝わりますように。
私は満面の笑みを浮かべる。
彼らは一瞬動きを止めて、顔を真っ赤にしたかと思うと、真っ直ぐこちらを見据えてきた。
「……美鈴センパイ。オレ、やっぱりアンタの事、好きだわ。大好きだ」
「む、陸実くん…」
「ボクも、好き。大好き。鈴先輩」
「か、海里くんも…」
「………とり先輩、大好きです……」
「あ、空良くんまで…」
な、なんで今、改めて、告白してくるのぉーっ!
わ、私の方が恥ずかしくなるぅーっ!!
どうしたらいいか分からなくて。それでも恥ずかしさは消えてくれなくて。
と、とにかく、この赤くなっているであろう顔は隠すべしっ!
手で覆って隠そうっ!もうそれしかないっ!うわーんっ、恥ずかしいよぉーっ!
「ははっ!センパイ真っ赤だっ」
「鈴先輩、可愛いです」
「……お持ち帰り、したい」
「や、やめてよっ!もうっ、年上を揶揄わないのっ!」
逃げよう。この三人に囲まれてたら羞恥心で死んでしまう。
私は三人から離れるように駆け出す。
どうやら追い掛けてくる気はないみたい。それもそうか。ここは聖女。人のいる方にいたら大変な事になる。
グラウンドに向かって校舎の角を曲がる瞬間、私はもう一度振り返って微笑む。
「陸実くん、海里くん、空良くん、本当にありがとうっ」
心からの感謝を告げて私はグラウンドへ向かう。
「うあああっ!!なんだよ、今の微笑みっ。可愛い過ぎるっ!」
「鈴先輩の笑顔の破壊力半端ないよっ」
「…………女神っ………」
何やら叫んでいたけれど私の耳には届かなかった。

これで、やっと全ての事件にけりがついたと私は漸くホッと胸を撫で下ろすのだった…。

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感想 1,230

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