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第三章 中学生編

第十五話 申護持の陸海空

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「王子ー。こっちの決裁よろしくー」
「あ、王子。ついでにこっちも頼むわ」
「王子、ごめん…私、計算間違えたぁ」
「こちらの書類は終わりましたわ。次はどうなさいます?王子」
うふふー…。仕事が山積みで私死にそう…。
ユメのあの事件から一か月。
結局、あの後、また虐めを再開させようとしたB組の連中は円から思い切り反撃され鳴りを潜め、B組を担任していた教師は私が自ら権力を用いて首にした。表向きは転任と言う形をとったけどね。下手な恨みは買いたくないし。
ただ、移動先が花札学園だから、その後どうなるか解らないけどね。双子のお兄ちゃん達は卒業してるだろうけど猪塚先輩と親友の華菜ちゃんがいるから何かしら報復してくれるだろう。
それと、一年生は神薙杏子がどうにか抑え込んでいたけれど、もう面倒になったので、生意気な連中は一発がつんとやれば黙ると私は知っていたから、乗りこんで行って盛大に恐怖を植え付けてやった。今後は何もしてこないと思う。余程の馬鹿じゃない限り、ね。。
残るは綾小路菊だけど。それは桃に一任してるから私はとりあえず傍観を決め込む事にした。不用意に手を出して誰かにトバッチリが行く事は出来るだけ避けたいから。。
そんなこんなでやっと、平穏な日々が訪れて、ユメにも笑顔が戻って万々歳。
万々歳…なんだけど…。
「なんで、こんなに山積みに書類が溜まってるのかなー?」
「それは、生徒会の書類の話?それとも仕事の書類の話?」
「仕事の書類の話」
「あぁ、それなら美鈴ちゃんが悪いよ。ここ数日余裕があったのに、皆とお揃いのシュシュ作るんだって只管製作に明け暮れてるんだもの」
「うぅー…。正論だから何も言い返せない…」
優兎くんの言葉の刃が刺さる刺さる。
机に突っ伏して、ぐったりとしている私の姿を見て四人が楽し気に笑う。そんな皆の姿を見ると私は大層満足である。
「だって、皆似合うでしょー。私の作ったシュシュー」
「うん。皆可愛いと思うよ」
でしょうっ!?
力作なんだからっ!!
皆各々好きな所につけてくれている。勿論私も付けてる。髪に。
優兎くんは腕に、愛奈、円も腕に。ユメと桃は私と同じく髪につけていた。
「ほらー。やっぱり可愛いんだよー。私が徹夜した甲斐もあったってもんでしょうー」
どやぁっと胸を張ると、目の前に恐ろしく怖い笑顔が。
「……美鈴ちゃん?」
「な、なぁに?優ちゃん」
「徹夜ってどう言う事かな?僕、聞いてないんだけど?」
「え、えーっとぉ。ゆ、優ちゃん、一人称が僕に戻ってるよぉー?」
「話逸らさないで。いつ徹夜したの。何日寝てないの?…事と次第によっては、鴇兄経由で双子の兄達に教えるけど…?」
「そ、それだけは勘弁してよぉっ。葵お兄ちゃんも棗お兄ちゃんも怒れば怖いんだよぉっ」
慌てて優兎くんに縋りつく。般若な双子のお兄ちゃんのお説教は出来れば勘弁して貰いたい。
最近の優兎くんは容赦がないんだよね。うぅ、このままお兄ちゃん達みたいになったらどうしよう…。私の天使が…うぅ…。
あまりにも必死な私にユメが不思議そうに首を傾げた。
「王子のお兄ちゃん、優しそうに見えたけどなぁ」
「優しいは優しいよ?でもね、怒ると怖いんだよ」
ユメのイメージは優しいキラキラお兄ちゃんだろうけど、怒った時のお兄ちゃん達はそうではないのです。
爽やかな女子受けする笑顔のままこんこんとお説教なのです。これが結構ハートにずくずく刺さる。
「全く、美鈴ちゃんは…っと、そうだった、思い出した。美鈴ちゃん、これ、また届いてたよ」
優兎くんが表情を和らげて、私に一通の手紙をくれた。

『果たし状』

あー…そうだった。
すっかり忘れてた。
名前を書いて寄越せって言ったんだっけ。頼みを聞くって約束したもんね。
私はその果たし状を開き、きっちり綺麗に書かれた文字を読んだ。
(えーっと何々?『拝啓、白鳥美鈴様。本日はお日柄も良く…』って結婚式のスピーチか何かと丁寧な手紙ってのを混合させてませんか?)
だらだらと長く書かれた挨拶の言葉を何とか読み切り、最後の方に、定番の校舎裏への呼び出しと三人の名前が書いてあった。

申護持陸実(しんごじむつみ)
申護持海里(しんごじかいり)
申護持空良(しんごじあきら)

って申護持っ!?
え?マジ?
私はもう一度果たし状に書いてある名前を見直す。
だけど、どう見てもそうとしか思えない。まさか、とは思ったけれど。これは間違いないだろう。
…あの化け物…もとい、女装して乗り込んできた三人が攻略対象キャラだったとは…。
想定外だった。
女子校にいれば出会いがないだろうと油断していたのもあるけれど…。
やってしまったよ、ホント…。
しかし、フィルターが外れたのはどうやら名前の所だけだったみたい。
他の事は思い出せない。
どんなキャラだったか。確か、この三人は年下キャラでヒロインの一個下。ヒロインが高校二年になる時、入学してくるキャラ達だった…はず?
「…美鈴ちゃん?」
果たし状を見て黙り込んでしまった私を心配して優兎くんが声をかけてくれた。
はぁと大きくため息をついて。でも、約束をしてしまった訳だし、覚悟を決めるしかない。
「優ちゃん。悪いんだけど、この手紙を書いた三人を連れて来てくれない?」
「ここに?」
「そう。生徒会室に」
面倒だし、怖いけど仕方ない。
果たし状を優兎くんに渡すと、優兎くんは頷いて生徒会室を出て行った。
彼が戻ってくるまでの間、仕事の書類を進めて行く。生徒会の書類は皆と分担しているから、仕事の書類やりながらでも出来るし。
仕事に集中している間に時間は過ぎて、優兎くんが三人を引き連れて戻って来た。
あ、やっぱりセーラー服着てるのね。
まぁ、化け物メイクじゃないだけましか。練習したのかな…?
そっと優兎くんを窺い見ると、肩を竦めて苦笑した。
あ、優兎くんがメイクし直したのか。納得。道理でヅラがきちんと嵌ってる訳だ。あれ?でもそうなると制服もヅラも三つ揃えたって事よね?…どこで入手したのよ、そんなの。
はぁ…とまた出そうになる溜息を飲みこみ、笑顔を作る。
椅子に座る様に促そうと立ち上がったと同時に、

「陸(りく)、海(かい)、空(くう)っ!?」

ガタンと派手に椅子を倒して私より早くユメが立ち上がった。
その姿を見て、今度は三人の方が驚く。
「夢姉っ!?」
「スヤー……」
「………どうして、ここに?」
一人寝てますけど。立ったまま寝てますけどーっ!
ユメは三人の下へ駆け寄り、まず真っ先に寝てる子をぶっ叩いた。
何かを察知した優兎くんが素早くドアを閉める。流石、ナイスなフォロー。
「もしかしなくてもアンタ達ねっ!?王子に果たし状なんて出したのっ!!」
「そうなんだよっ!聞いてくれよっ!夢姉っ!俺達さぁっ!」
「……痛い、かも…?」
「………夢姉、元気そう」
「あーあーっ!もうっ!陸実は相変わらず人の話聞かないし、海里はこっち見ないし、空良は全然喋らないしっ!」
一気に賑やかになったなぁ…。
どうしたものか。いっそユメに任せた方がいいかな?
「それでっ!?アンタ達、王子に何の用なのっ!?下らない理由で王子の手を煩わせるようなら…息の根止めるわよ?」
ビクゥッ!!
三人がユメの脅しに跳ね上がる。
成程。かなり徹底した恐怖政治が彼らの中で行われて確立していたようです。
「代表して、海里が説明しなさいっ!」
びしっと指さされたのは、さっき叩かれたって言うのに既に眠りにつきそうな子。
…雪に埋もれて寝てた子、だよね。多分。
「分かった」
彼は小さく頷いたものの、それを跳ね除けるようにさっきから喧しい子が躍り出た。
「えーえーっ!夢姉っ!説明ならオレがするよっ!だからさっ!」
「うっさいっ!アンタは話すだけ話して人の話聞かないから却下よっ!」
ボスッ!!
「ごふぁっ!」
…ユメのボディーブローが決まりました。ユメ、意外に強かったのね。
そして、この子は多分、一番最初の化け物メイクの子だよね。ふむ。
「………」
残りの一人に視線を移すと、彼はじっと私を見ていた。
あ、あんまり見ないで欲しいんだけど。怖いんだけどぉー。
「…その、そろそろ本題に入ってもいいかな?」
視線を逸らす意味でも私が手を上げて、会話に割って入ると、ユメも我に帰り私の側へ戻って、私達六人は申護持三人と向き合った。
「私に頼みがあるって言ってたよね?」
「はい」
「それは何かな?」
「ボク達の家を助けてください」
「家を助ける?」
彼らの家って…?
あ、ちょっと待って。
今なんかフィルターが少し剥がれたぞ?
そうだそうだ。私の記憶が正しければ、彼らの家って施設だ。
確か申護持の三人は孤児で同じ施設に預けられたってゲームの設定であった。これは説明書にも書かれていた公式初期設定だったはず。
って事は、だ。
ユメがいた施設も同じって事かな?夢姉って言ってたし。
そっとユメの様子を窺い見ると、彼女もまた表情を暗くしていた。
「…どう言う事?海里。施設に何かあったの?」
「夢姉が養子に行ってから、暫くして、如何にもな取り立て屋が施設に来るようになったんだ。何でもあそこら近辺に大きな商業施設を建てる為に土地を買い上げて回ってるんだって。ボク達の施設も例外じゃなくて。母さん先生はこればっかりはどうしようもないって、施設にいる子達の養子先とか新しい施設を探してる」
「ちょっと待ってっ。ママ先生は施設を手放す気でいるって事?他に新しく建てるとかは」
「そんなお金はないそうです。でも、ボク達を不幸にするつもりはないって。今必死に…」
彼らが言う母さん先生ってのはきっと彼らの施設の施設長の事かな。
男の彼らがこうして女装してまで男禁制の聖女に乗り込んでくるほど。という事は余程良い人なんだろうな。子供は大人を見る目が厳しいから。
とは言っても、施設長が諦めて他を探しているとなると、これはもう覆す事の出来ない決定事項なんだろう…。だとすると私に出来る事はなさそうなんだけど、一応話を続けようか。
「立ち退き期間はどれだけ貰っているの?」
問いかけると、
「来年の三月まで」
とはっきりと答えが返って来た。
来年の三月、か。決算を越えた地点で着手するって事か。
取り立て屋って言うからそれ系の人間が絡んでいるのは間違いないかもしれないけど、それを隠す為にも表向きはそれなりの事業主が携わっているってのも間違いなさそう。
「それで?」
「え?」
「貴方達は、私にどう助けて欲しいの?」
じっと三人を見据える。
すると、ユメに思い切り腹パンチを決められていたその子が身を乗り出して言った。
「決まってるっ!その土地の買い上げを止めて欲しいっ!」
「無理ね」
そう来るとは思ってたけど、ホントに言ってくるとは…。心の中は乾いた笑いのみ。
私は言われる言葉を想像していたけれど、相手はそうじゃなかったらしい。
「なんでだよっ!アンタ、日本で一番の金持ち何だろっ!?あの位の土地買うの訳ないだろっ!!」
「無理な物は無理。貴方達の我儘で私が会社を動かす事が出来る訳ないでしょう」
「我儘じゃないっ!オレ達はっ!!」
「我儘よ。だってそうじゃない。貴方は今、自分達が今の場所から離れたくないから、起こそうとしている事業を潰せと言っている。もし、その事業を無くしたら失業する人が出てくるのよ?そうすれば、その人達は職を失い下手をすれば路頭に迷う事になる。貴方はその責任を取れるのかしら?何百何千といる関わる人達をたった一つの我儘の為に不幸にするの?」
「そ、れは…」
「日本で一番のお金持ち。確かにそうかもしれない。けれど、私達はそれと同時に多くの人の暮らしを守る責任を背負っているの。大勢の人間の暮らしと、たった一つの施設の暮らし。どちらが重いかしら?」
「……くっ」
ぐっと彼がきつく唇を噛んだ。
その姿を見るのはきついものがある。私だって、前世は施設育ちではないにしても、病気を持った母の世話をしながら生きていた。
儘ならない事の辛さは良く知っている。でも、だからこそ、この子達は今現実を考える必要がある。生きてる内では、どんなに苦しくてもどうしようもない時があると言う事を。
「やっぱり金持ちは金持ちって事か…。頼み来たオレ達が馬鹿だったんだっ!帰るぞっ!海、空っ!」
「………うん」
「…………」
力一杯ドアを開けて、それこそ力の限り閉めて彼らは出て行った。
残されたのは私達六人。
「……美鈴ちゃん。態とあんな態度取ったでしょう」
やっぱり優兎くんは分かってたか。
私が苦笑で答えると、優兎くんはやっぱりねと頷いた。
私はそっとユメに近寄り抱きしめた。
「ごめんね。ユメ」
「……ううん。いいの。王子が言ってる事は正しいから」
ユメはこういう時潔いよね。ユメはもう少し我儘を言ってもいいのにな。
「さて、と。書類整理に戻ろうか。ね、美鈴ちゃん」
「そうだね」
優兎くんが話を上手く切り替えてくれて、私達はそれに逆らう事なく、生徒会の仕事へと戻った。

月日は過ぎて、聖カサブランカ女学院に入って二回目の夏休みが来た。
去年も思ったけど、外出出来ない夏休みは暇で仕方ない。
毎日誰かしらと遊んではいるけど、それでも暇は暇、な予定だったんだけど…今年の夏は少し違った。
夏休み中盤。
私は、デニムのショートパンツにTシャツ、インヒールのスニーカーと言うラフな格好で円とユメの部屋を訪ねていた。
突然現れた私に、いつもの遊びのお誘いかと彼女達は部屋に招き入れてくれるし、私も遠慮なく中へ入るけれど、今日は目的が違うから。
玄関先で、断りをいれて、ユメに向かって口を開いた。
「ユメ。悪いんだけど、貴女の出身の施設の場所を教えてくれない?」
「え?いいけど、どうかしたの?」
「うん。ちょっとね。調査に行こうと思って」
唐突な私の発言に、ユメと円はキョトンとする。そりゃそうなるよね。
「調査って何?王子、それ優は知ってるのか?」
円がじと目で訴えてくる。そんなの、勿論っ、
「知らないに決まってるじゃないっ」
どやぁっと胸を張る私とは真逆に円とユメは頭を抱えた。
「大丈夫だって。数日で帰ってくるから」
「そこは、夕方まで帰ってこいよっ!優がストレスで禿げたら間違いなく王子の所為だぞっ」
「えっ!?そ、それは困る…。分かった。善処するよっ」
「こんなに言っても善処か…」
あ、また頭を抱えちゃった。
「…仕方ないな。イチ。お前ついてってやれ」
「え?円、王子を止めないの?」
「……止められるか?」
「いや、私は無理だけど。って言うか、私は王子のイエスマンだから」
イエスマンって自分で断言するものだっけ?しかも何故そんなにも誇らし気?
いや、でも、ユメが付いて来てくれるのは有難いんじゃ…?
真面目に考えて、私はふと思う。
女子校にいて薄れてきてはいるものの、落ち着いて考えて私。外で一人歩きして男に遭遇したらどうする気なの?
大変だ。女子校が快適過ぎて平和ボケしてるっ!
ガシッとユメの手を握り、
「ぜひ一緒にお願いします」
と強制連行宣言をした。
それに円は苦笑して、ユメは何故か喜んだ。
ユメの準備を待ち、私は早速外への抜け穴へ向かい、二人揃って学校の外へ出た。
私達は世間話を楽しみながら山道を下る。
そうやく降りた山道から、今度はユメの先導の下、施設へと向かう。
施設の場所は、私達の学校からそう遠くなく、むしろ下山してた時間の方が長かったと思うような場所にあった。
ここだよ、とユメが言うのでその施設の前で足を止めて、外観をマジマジと眺めた。
見た目は一般的な家だね。ちょっと大きめの屋敷に近いタイプの。私の家とどっちが大きいかな?
と、いけないいけない。今はそれが目的ではない。さて、行きますか。
私が歩き出すので、ユメが慌てて後を追ってくる。
私は早速呼び鈴を鳴らした。
暫し待つと、
「はーい。どちらさん?」
って低い声と同時にドアが開かれて、私は即座にユメの後ろに隠れた。理由?そんなの出て来たのが男だからに決まってる。
年下の癖に私より大きいとか、中学生男子の成長がムカつく。
黒い髪に赤味がかった茶の瞳。そして何より、特徴的なのが赤のメッシュが前髪に入っている事。あれ、地毛かしら?それとも染めてるの?ゲーム世界で様々な髪色を見てきている身としましては判断がつきません。
「あれ?夢姉と…てめぇは」
あら?すっかり嫌われちゃったよ。滅茶苦茶顔を顰められた。
「ちょっと。王子になんて言葉遣いなの?…死にたいの?」
「ゆ、ユメ、落ち着いてっ。私はこんなの全くこれっぽっちも気にしてないからっ。だから、その拳をしまってしまってっ」
男は怖いけど、仕方なく一定の距離を保ちつつ、ユメの前に立つ。
「えーっと、確か陸実くん、だっけ。悪いんだけど、施設長さんに話があるの。取り次いで貰える?」
「嫌だ」
そっぽ向いてしまった。嫌だってガキじゃあるまいし…。って、中一はまだガキだよね。
でも参ったな。取り次いで貰えないのかー。なら、
「ユメ、お願い出来る?」
「うんっ、勿論っ」
「ちょっ、夢姉裏切るのかよっ!」
「アンタの味方になった覚えはないわよっ!って言うか、私は王子に出会った時から王子の味方なのっ!」
……ユメ。可愛いなぁ…。でも、そんなに盲目的になられると私心配になるわー。
あぁ、でも、ゲーム本編でユメは今時女子な風でいて、一途だったってあった気がする。ただ周りが見えてないってのが痛いって良くキャラ評価に書かれてたっけ。
それはこういう事なのかも知れないなぁ。
ぎゃんぎゃん二人が言い争いしているのを眺めつつぼんやりと考えていると、言い負かされた陸実くんが渋々私を施設長の部屋へと案内してくれた。
「静かにしろよ。変な事言うなよ。施設長に迷惑かけんなよ」
「うん。分かった」
陸実くんの諸注意を聞き入れて、しっかりと頷いて答える。私の後ろで拳を握り威圧を与えてる子がいるけど、今は気付かない方向で。
二回ノックして、失礼しますと中へ入ると、ベッドに誠パパと同年齢位の女性が横になっていた。黒髪に白髪が混じってはいるものの年相応の美しさをもつ優しそうな女性だ。
…ん?でも、ちょっと待って?
どうして、横になってるの?まさかとは思うんだけど…。
「…陸実くん。もしかして、施設長さん、具合悪くしてるの?」
「あぁ。だから言ったろ。静かにしろって」
「あぁー、成程ねー。因みに、この施設の最年長者は誰?施設長は抜きで」
「え?オレ等だけど?」
「ふーん、そーう。……ユメ。外に出てちょっと殴って来て」
「は~いっ」
「え?え?ちょっ、夢姉っ!?」
襟首掴まれて、陸実くんはユメに連行されて行きましたとさ。めでたしめでたし。
…全く。看病もしないで寝かせてるだけとか、殴られて当然でしょ。
二人が遠くに行った足音を確認して、そっと施設長さんの所へ近寄り、眠っているであろうその額にそっと手を振れた。
そんなに熱くはない、か。良かった。だとしたら疲れから来てる夏バテね。
ゆっくりと休ませた方がいいよね。一応、冷却シートと毛布。後は栄養のある食事、かな。
少しずれている毛布をきちんと掛け直して、一旦部屋を出る。
すると、目の所に青痣をつけて、ユメにヘッドロックかけられたまま陸実くんが戻って来た。
「陸実くん。食事は今どうしてるの?」
「母さん先生が時間になると作ってくれる」
「他に作れる子は?」
「この子達が最年長で、その下はまだ園児だったり小学生の低学年だったりするから出来ないと思う」
「そっか。なら施設長は起きるしかないもんね。休めないわ」
途中から答えなくなった陸実くんの代わりにユメが答えてくれる。
にしても、施設長は本当の意味でお母さん、なんだね。……あれ?家のママは幼稚園児に料理作らせてたけど…いや、駄目だ。考えるな私。
「ユメ。キッチンって何処?」
「あ、こっちだよ」
私の意図を読んだユメがヘッドロックをかけたまま先導してくれる。
ついた場所は本当に一般的な台所でちょっとホッとした。
これで厨房とかに案内されたらどうしようとか考えていたから。
そそくさと中へ入り、冷蔵庫を開けると、そこには少ないながらも材料がチラホラと入っている。
「ここって献立とかあるの?」
「ううん。ない。ママ先生がその時皆が食べたいって思ってる物を作ってくれるの」
「そっか」
成程。ここは施設と言うより本当に『家』なんだ。
だから『母さん先生』で『ママ先生』なんだね。
「今、ここにいる子供達は何人いるの?」
「………12人」
「そう。それ位なら直ぐに作れるわね。なんなら私の家族より少ないわ」
えっと、施設長さんには御粥…いや、うどんの方がいいかな?疲れには精のつくものの方が良いだろうし。旬の夏野菜を一杯入れて煮込みうどんにしよう。
暑い時は熱い物を食べるべし、ってね。
「はい。ここで二択です」
突然二人にピースマークを見せつける。驚く二人に言葉を続ける。
「お野菜たっぷりのあっさりサラダパスタと旬のお野菜天ぷら付きざるそば、食べたいのはどっち?」
「はぁ?アンタ金持ちのお嬢様なんだろ、料理なんて」
「天ぷら付きざるそばが良いっ!」
陸実くんの抗議の言葉はユメの声に完全に遮られてしまった。
けれど、それを憐れむつもりは欠片もない。
「じゃあ、早速で悪いんだけど、ユメ。材料書くからお使いお願い出来る?」
「はーいっ!」
「あ、荷物持ち連れてった方が良いよ~」
「はーいっ!」
二回ともとても良いお返事です。
私は持って来ていたハンドバッグからお財布を取り出し三千円を折ってユメに渡し、次に紙とペンを取り出して必要な材料を書きとめて行く。
「おい、夢姉っ、こんな勝手にっ」
「黙れっ!私から王子の手製天ぷらを取り上げる奴は許さんっ!」
「ユメ、キャラが変わり過ぎー」
以前、ユメに天ぷらそばを作ってあげたら、もの凄く気に入ってくれた。ただ気に入り過ぎて、それ以来私が天ぷらを作ると必ず箸を持参して部屋に来ると言うおかしなことになってしまい、それを邪魔する輩は叩き斬られると言う。因みに今の所被害者は優兎くんと円の二人。
「陸ー。空と海はー?」
「部屋にいる」
「そうなんだ。じゃあ、あいつら連れて行こーっと。超っぱやで行ってくるからねー、王子」
そう言いながらバタバタと部屋を出て行くのを見送り、私は早速料理をしようと冷蔵庫を開けた。
麺と野菜を取り出して、ついでに土鍋も取り出す。
包丁はどこかな?布巾は?お皿にボウルも必要だよね。
必要な物をシンクへと揃えていくと、陸実くんが側に近寄って来た。
「……何してんだよ」
「見て解らない?施設長のご飯を作るの」
「ホントに作れんのか?」
「作れるよー。って言うか、聖女は寮で自炊が必須だよ?作れなかったら餓死するしかないじゃない」
手をしっかり洗って、早速材料を切っていく。
夏野菜をたっぷり使うよ~。
生き生きと料理していると、陸実くんがぼそりと何か呟く。
「………手伝う」
「え?」
思わず聞き返してしまった。
すると彼はそっぽを向いて、もう一度、今度ははっきりと手伝うと言ってくれた。…分かりやすいツンデレ…。思わず浮かびかけた笑みを噛み殺して私は素直にお礼を言った。
「ありがとう。でも、その…私、男性が苦手で。それ以上側に寄られると、動けなくなっちゃうから。だから、他の事、お願いしていい?」
「…そっか。そう言えばそんな事言ってたっけか?分かった。何したらいいんだよ」
「多分施設長さんの部屋に、救急セットみたいなのがある筈だからそこから熱冷ましのシート出して額に張ってあげて。それから、施設の子達を集めて、皆でテーブルを拭いて、食器の準備」
「ん。分かった」
台所を出て行くのを音で確認すると、料理に集中する。
後は煮込むだけと言う段階で、買い出し組が帰宅した。
ユメは手ぶらで。海里くんと思わしき、黒髪に青メッシュの入った青い瞳の男の子は袋を両手に一つずつ。空良くんと思わしき黒髪に緑メッシュの入った緑の瞳の男の子は袋を両手に二つずつ持っている。
海里くんの髪長いなぁ。あの長さヅラに隠すの大変だったんじゃ…。一部青メッシュも一緒に後ろにまとめてるんだね。空良くんはサイドに流れるようにしてるけど後ろ髪は短い。でもそれに気付き辛いのはもみあげの位置にある緑のメッシュが目立つからだ。そう考えると陸実くんはボサボサなままで赤メッシュが埋もれてるからそんなに目立たなく普通にみえるかもしれない。
っといけない。容姿を分析してる場合じゃなかった。
「お帰りー。ありがとね、ユメー」
「全然平気っ!次はどうしたらいい?」
「じゃあ、ユメはこっち手伝ってー。それから、海里くんと空良くん、だっけ?二人は陸実くんを手伝ってあげて。多分熱冷ましのシートは問題なく貼れてると思うんだけど、施設の子達を集めるのに苦戦してるのか帰ってこないから」
二人は顔を見合わせ、仕方ないと疲れた顔をして、買った物を台所へ置いて部屋を出て行った。
私はユメに手伝って貰い、天ぷらを作っていく。同時に蕎麦の準備もする。
大体の天ぷらを揚げ終えると、ダダダッと駆け足が聞こえ、何人もの子供たちが台所に入って来た。
赤ちゃんはいない、か。一応、皆座って食べれる年齢の子達だね。
「つ、れてきた、ぞー…」
「陸実くん、なんでそんな疲れ切ってるの?」
「そんなの、こいつらが人の話を聞かないからに決まってるだろ」
「………うん。皆、陸実の悪いとこだけ似た」
「……スヤー…」
おおーいっ!やっぱり一人立ったまま寝てますけどーっ!!
まぁ、いいや。そんな事より、今はお昼御飯が優先ね。
私は子供たちの前で膝を折って目線を合わせると、にっこりと微笑んだ。
「始めまして。私は白鳥美鈴っていうの。お兄ちゃん達に頼まれて皆のご飯を作りに来たんだよー?」
そう言うと子供たちの目はキラキラと輝く。
「だけど、ご飯を食べる前に、皆手をキレイキレイにしましょうねー?」
『はーいっ!!』
「うん。良い子だね、皆」
良い子なんだけど、その返事の中に何故、ユメが入ってるのかは謎。
リビングに入って、つなげられた長机を綺麗に拭いて、そこへ大皿に山盛りに盛り付けた天ぷらを二皿。そして、お好みで選べるように塩と天つゆを器に入れて並べて行く。
薬味は何処まで必要か分からなかったから、小さな小皿に少しだけ用意した。
後は小さい子には短く切った蕎麦を。小学生の子達には普通より少し短めに切った蕎麦を用意して、ユメの指示で並べて行く。
洗面所で手を洗って戻って来た子達は目を落としかねない位に輝かせて各々の定位置らしき場所へと座った。
食べる準備が整った所で、起きて来た施設長が目を見開いて驚いた。
「これは、一体…?」
「勝手にキッチン使わせて貰ってすみません。お疲れの様でしたので、僭越ながら私が作らせて頂きました。どうぞ、お座りになって下さい。油ものはきついかと思いましたので、別のを作ってありますので」
施設長さんが座ったのを確認して、その前に一人用の鍋焼きうどんを置く。
「食べれるだけで良いので食べて下さいね。体調戻さないと、ですし」
「え、えぇ。ありがとうございます」
「大丈夫だよっ、ママ先生っ。王子の料理は匂いからして美味しいからっ!」
ユメ、それは何のフォローなの?
そして施設長さんは私の存在をまだ理解していないんでは?
だって私自己紹介してないし。
「詳しい事は後で説明させて頂きますが、とりあえず食べませんか?料理が冷めない内に」
笑顔で言うと、施設長さんも納得し、微笑んでくれた。とても優しそうな微笑みだ。家のママのあの威圧的な笑みとは違う本当の母親の微笑み。いや、ママが偽物って訳じゃないけどね。うん。
「そうですね。では有難く頂きましょう。それでは、いただきます」
『いただきまーすっ!』
挨拶の後は、凄まじい攻防戦が繰り広げられていた。
主に、ユメ、陸実くん、海里くん、空良くんの四人の攻防戦が。
私は小さい子達が零したりしないように、零しても直ぐ拭きとれるように、そちらで面倒を見ていたんだけど。
そんなのおかまいなしで、四人は天ぷらファイトを続けている。
「やべぇっ!!マジ、うめぇっ!!」
「…………トマト、天ぷら、意外に合う」
「凄い。こんな美味しい天ぷら初めて食べた」
「あーっ!!空っ!!それ私が狙ってた茄子天ーっ!!」
あんなに山盛り作ってたのに、もう底が見えてる…。
「そんなに美味しいのなら私も食べてみたいわ」
隣に座ってた施設長さんが言うので、私はお皿に茄子の天ぷらをとって渡す。
お礼を言って受け取ると、彼女は一口それを含んで、驚き目を丸くした。
「あら。ほんとに美味しい。貴女、料理が上手なのねぇ」
「ふふっ。そんな事ないですよ。私のはただの慣れです。小さい時からずっと料理してましたから」
「そうなの?」
「えぇ」
二人でほっこりと微笑み合う。
「おねえちゃん、これ、おいしーねー」
「おいしー」
「あたし、これがいちばんすきー」
「ぼくはこっちのピーマンがすきー」
「そっかぁ。まだまだ一杯あるから沢山食べるんだよ~?」
可愛いなぁ。ちゃんと仲良く食べてる姿に和んでしまう。
まぁ、その奥ではいまだに攻防戦が繰り広げられてて、終いには満腹になった小さい子達が残した天ぷらまで抗争の種になっていたけれど。
ご飯を食べて、お昼寝の時間なのか小っちゃい子達はお部屋に戻り、小学生の子達は庭へ遊びに行った。
残された私達はそこで改めて今日の本題に入る事にした。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。私、白鳥財閥の白鳥美鈴と申します」
私は、私専用に鴇お兄ちゃんが作ってくれた名刺を取り出し、施設長さんの前へと差し出した。
「白鳥財閥…では、貴女があの…?」
「はい。きっとご存じだと思いまして。こちらで名乗らせて頂きました」
「そう、ですか。それで、本日はどのようなご用件で?」
「少しお聞きしたい事がございまして。今、この地区一体がある企業に買収されていると小耳に挟んだのですが。それは一体どちらの企業なのかご存じですか?」
「高瀬不動産、と言っておりました」
高瀬不動産?どこと提携してる企業だろ?
聞いた事はあるのよ。うむむ?何処だ…?樹先輩の所か?猪塚先輩の所?うちではないよね。だって聞いた事ないし。
「それが、何か…?」
「あ、いえ。実はですね。以前そちらの三人が、私に直談判に来まして」
「あ、ちょっ」
「それが、私に事業を止めさせろと言う物でして」
三人が揃って頭を抱えた。この様子だと施設長に内緒で動いてたわね。ほーら、施設長の目が吊り上がって来た。
でもお説教は後にして貰う事にする。
「それで、ですね。申し訳ありませんが、そちらに関してはハッキリとお断りを入れさせて貰いました」
「当然です。真っ当な判断をして頂き有難うございます」
「いえ。白鳥財閥の長として、そう判断せざるを得なかった事、ここで謝罪申し上げます」
私はしっかりと頭を下げる。
そして、直ぐに顔を上げると、私はもう一度施設長さんへと向かい合った。
「所で、施設長。貴女にお尋ねしたいのですが、貴女はここの施設を辞めた後、どうなさるおつもりですか?」
「お恥ずかしい話ですが、まだ決めてないんですよ。何せこの歳ですし、すぐに次の就職先が見つかるとも思えませんし」
「失礼を承知でお伺いしますが、貯蓄はいかほど?」
「貯蓄と言う程の貯蓄はございません。私はこの家に、子供達に全てを捧げていましたから」
「そうですか…」
どうやら本当に本当の善人のようだ。要するにシスターなのよね。
ふぅっと息を吐き、私は施設長の側で並んで正座している三人に視線を向けた。
「先生はとても良い人ね」
「あ、当り前だろっ。オレ達を拾って育ててくれたんだっ!」
「優しい先生です」
「………………お母さん」
「そうね。ここが貴方達の家だって事は分かった。それで、貴方達にも質問してもいい?」
多少威圧感を持たせ三人を見据えると、三人はそれぞれ違った態度で頷く。
「それじゃあ、聞くけど。貴方達、今成績はどのくらい?」
訊ねると、陸実くんはピースサイン、海里くんは人差し指一本、そして空良くんは指を三本見せていた。
「へぇ、トップなんだ?」
確か、ゲームでは三人共馬鹿担当だったような気がするけど、やっぱり現実となると違うのね。うんうん。
「王子。感心してるとこ悪いんだけど、多分…」
「え?」
「聞いてくれよっ!オレ、とうとう最下位を脱したぜっ!」
「最下位デビュー致しました」
「…………不動の後ろから三位、死守しました」
あ、ごめん。安定の馬鹿だった。施設長が額に手を当てて嘆いている。心中お察しいたします。
「まさかの最下位警備隊だったとは…」
「あ、てめっ!何馬鹿にしたような顔してんだよっ!」
「憐れまないで下さい」
「…………警備、大変」
「進んで警備しないでよ。これじゃあ、苦労しますね。施設長」
「えぇ。本当に…。悪い子達ではないんですよ?」
うん。それは知ってる。知ってるけど…。
悲しいわー…。もう少し勉強頑張りなさいよー。
「おいっ!何だよ、その目っ!完全に馬鹿にしてるだろっ!」
「してるわよ。したくもなるよー…」
「夢姉っ!なんだよ、こいつっ!!どうせこいつだってオレ等と大差ないんだろっ!?金でどうにかしてるんだろっ!!」
ゴスッ!
ユメのアッパーカットが陸実くんの顎をクリーンヒット。
格ゲー並みに宙へと舞い上がり散って行った。
倒れる陸実くんを見下ろし、ユメは得意げに言う。
「大差しかないわよ。王子は全校でトップを常にキープしてるわ。分かる?全校よっ?三年生の学年トップより頭がいいのっ!」
それを聞いて目を見開いて驚く三人。あぁ、もう苦笑しか出ない。
でもこれだけ頭が悪いのなら交渉をするにも噛み砕いて説明しなきゃ駄目だね。
えーっと、冷静に話出来そうなのは、空良くん、かな?
「空良くん。聞いてもいい?」
「…………うん」
「貴方は、ここにいる『皆』が好き?それともこの『家』が好き?」
彼は意味が分からないと首を傾げた。…理解出来なかったか。
だったらもう少し噛み砕こう。分かりやすく、ね。分かりやすく…。自己暗示だね、これ。
「三人共、聞いて」
三人と向き合い、耳をこちらに向けるように言う。
三者三様に私と向き合ってくれたので私は頷き話を進める。
「以前に私は言ったよね?会社を動かす訳にはいかない、って」
「…………言った」
「でもそれは『白鳥財閥の総帥』である私に貴方達が頼みごとをしてきたからなの。意味、分かる?」
三人共同じ方向に首を傾げた。これでも駄目か。更に砕く。
「会社は動かせない。でも、『私個人』なら動けるのよ?」
その言葉を聞いて、意味に逸早く気付いたのはなんと、陸実くんだった。
直ぐに私の側に近寄り、私の手を掴んだ。
が、我慢だ、私っ。…うわぁん…怖いよぉー…。
「それはオレ達がお前個人に頼めばどうにかしてくれるってそう言う事かっ!?」
「…方法は、違う、けど。貴方達の、答え、次第では…」
ひぃーっ!お願いだから離してーっ!
「ふんっ!」
ゴスッ!
ユメの拳が陸実くんの脳天に直撃した。
ばたりと隣に倒れて、私から手を離してくれたことにほっとしつつ、今がチャンスと急いでユメの後ろに隠れる。
「……答え次第って?」
「多分、さっきの空への質問に繋がってるんだよ。あれって多分、ボク達が『皆で一緒に過ごすのが好き』なのか、それともこの『家にいる事が好き』なのかって事だと思う」
「………だったら、答えは決まってる」
「うん。ボク達は皆で一緒にいたい。母さん先生と沢山の兄弟達と一緒に大きくなりたい。この家が好きなんじゃない。皆が好きなんだ」
私の望む答えを自分達で導き出してくれた。嬉しくて私は微笑むと、彼ら二人は何故か動きを止めた。
「なら、私が提示出来る答えは一つだよ。施設長。この施設を手放し、新たな場所で皆を育てる気はありませんか?」
私はユメの影から出て、傍観していた施設長と向き合い、一つの案を提示する。
「それは…私もそう出来るなら…」
「新しい施設は私の方で用意します。書類上の面倒な手続きもこちらで致します。いかがですか?」
施設長は踏み出す事に躊躇い、口ごもってしまう。
「…有難い申し出です。ですが、何故そこまで…」
「…三人の施設長に対する気持ちと、あと、大事な友達のユメの実家、ですから」
ユメに向かって微笑む。
「王子…大好きっ!」
抱き着いてきたユメを支えきれずに後ろに転がる。折角決めれるシーンだったのに全然カッコつかなくなっちゃった。けど、ま、いっか。
「…いいのかしら?こんな夢みたいなこと…」
いまだ迷っている施設長に私はユメと一緒になんとか起き上がり笑みを浮かべた。
「施設長。貴女はこれまで皆と暮らしていた家を手放すんです。それだけの代償があるのですから、私の小さな提案など受け入れていいんですよ」
「……ありがとう、ございますっ」
私は施設長の手を握り撫でる。涙を流す施設長にユメが抱き着く。
こっちはこれでいいとして。
「で、陸実くん、海里くん、空良くん。話は変わるけど、三人は二学期の中間テストで順位を100上げてね」
直球で試練を投げかける。それに三人は目を点にした。口もあんぐりと開いている。知ってる?君達。そう言うのをアホ面って言うんだよ?
三人が我に返るのをじっと待つ。最初に現実に帰ってきたのは陸実くんだった。
「…は?」
「100番も?む、無理です」
「…………死亡フラグ」
諦めが早いぞー。っつか早すぎるぞー。まだ中学生でしょ、君達。
お姉さんは心を鬼にしますよ。
「無理でもやりなさい。貴方達は最年長者なんでしょう?貴方達が施設長を支えないでどうするの?家族でしょう?お母さんなんでしょう?支えてあげたいでしょう?」
三人は一瞬躊躇った後、無言で頷いた。うん、良い子達だ。
「家事も少しずつでいいから覚えて。施設長と四人で新しい家で家族と暮らせるように頑張るの。いい?」
今度はしっかりと頷く。
「じゃあ、手始めは100番アップからね。それが出来たらまた次の条件提示するから、気抜いたら駄目だよ?」
「わ、分かった」
「やります」
「………頑張ります」
「うん。頑張れ」
さて、と。こっちはこれで丸く収まったな。
後は…。
「金山さん、いる?」
「御呼びですか、お嬢様っ」
小声で呼んでも現れるんだから、金山さんの事は便利超人と思う事に…出来ないよねぇ。気になるわー、生体が。
皆が目を丸くして驚いてる。そりゃそうだ。こんな人に慣れるには自分の側に似たような人がいるか、もしくは長く付き合うかするしかない。
「ごめんねー。いつも突然呼び出して」
「何をおっしゃいますやらっ。金山はお嬢様にお使い頂けて嬉しくて嬉しくて涙がっ」
「あっ、あっ、ごめんっ、お願いだからここで泣かないでっ」
ハンカチを取り出して号泣の準備をしないでっ!
「金山さんっ、悪いんだけど携帯貸してくれないかな?」
「私のでよろしいのですか?」
「うん。金山さんのがいい。だって盗聴とかの対策バッチリしてそうだし。何より安心だし」
「お嬢様…。そこまで私を買っていただいていたなんてっ!どうぞっ!携帯でございますっ!」
胸ポケットから二つ折タイプのガラケーを取り出して私に手渡してくれた。
えっと、鴇お兄ちゃんの携帯番号は…の前に。
「すみません。手続きの相談をしてきますので、ちょっと席を外しますね」
断りを入れて、私は一人リビングから廊下へ出る。当然のように金山さんもついてきたけれど、それはまぁ仕方ない。護衛なんだろう。
廊下へ出て、早速鴇お兄ちゃんの番号へ電話をかけた。
1コールも待たず、電話は繋がる。
『もしもし?金山、どうした?』
「あ、鴇お兄ちゃん?」
美鈴だけど、と繋げて言ってみたが無音が返される。…何故返答がない?
「おぉーい。鴇お兄ちゃーん?」
『…あ、あぁ。悪い。予想外の相手と声に反応が付いて行かなかった。それで?どうした?電話をかけてくるなんて珍しい、と言うかそもそもお前の学校男に電話は禁止とかで携帯没収されるような学校じゃなかったか?』
「あ、うん。そうなんだけど、ちょっと確認したい事があって」
『確認したい事?なんだ?』
「高瀬不動産って知ってる?…どこの傘下?どこと提携してる?」
『…高瀬不動産?聞いた事あるな。ちょっと待ってろ。今資料探す』
「うちの傘下ではないよね」
『あぁ、それは間違いない。うちとは一切関係なかったはずだ』
だよね。私の記憶は間違ってなかった。
電話の向うでガサゴソと音がする。資料を漁ってる音だろう。
鴇お兄ちゃんを待つ間私は電話を片手に壁に寄りかかる。
『っと、あったあった。企業一覧……高瀬不動産、っと。これか。…樹財閥の傘下だな』
「樹先輩の所、かぁ…。ならそこまで悪い事業者じゃないよね」
『だと思うが。いきなりどうした?』
いきなりこんな電話だもんね。気になるよね。
「友達の実家が事業建設とかで立ち退きを要求されてるんだって。それでその企業が悪質かどうか調べたかったの」
『成程な。それで、お前は学校を脱け出して、その実家とやらで金山を呼び出して俺に電話して来た訳だ』
「う…」
な、何でそこまでお見通し…?
『それで?まだ、俺に頼みたい事があるんだろう?』
「…鴇お兄ちゃんのエスパー度がアップしてる…」
『何年お前の兄貴してると思ってるんだ?お前の考えそうなことなんてお見通しだよ』
「うぅぅ…。いつか、いつか絶対にぎゃふんって言わせてやるんだからっ!言わせてやるんだからぁーっ!!」
『はいはい。楽しみにしてるよ。それから電話口で叫ぶな。耳が痛い』
「あ、ごめん」
素直に謝ると、電話のむこうで笑い声が聞こえる。むむー。そんなに笑わなくてもいいのにー。
っといけないいけない。本題に戻ろう。
「それでね、鴇お兄ちゃん。確か商店街の奥に空家ってなかったっけ?」
『ん?あぁ、そう言えばそんなのあったな。結構な大きさの日本家屋だろ?そこに住んでた独り暮らしの爺さんが亡くなって以来ずっと空家になってたはずだ』
「だよねっ。それ、私が買ってもいいかなっ?」
『いいんじゃないか?あの爺さんもお前の事溺愛してたからな。愛情が強すぎて、小学校の運動会の応援にいってギックリ腰再発させて病院に運ばれたくらいだしな。むしろお前に買われるなら喜んで天国から帰ってくるだろ』
「……そんなに…?」
それはそれで引くんだけど…。確かに凄く優しいお爺ちゃんだったよ?応援にも来てくれたのも覚えてる。でもまさかそこまでとは…。いや、あれも善意だ。うん。…多分。
『それで?購入の手続きしとけばいいのか?』
「うんっ。中は手直し必要かな?修理とか」
『どうだかな。それも合わせてチェックしておく。準備が整い次第連絡するって事で構わないだろ?』
「オッケーだよ。あ、それとね、鴇お兄ちゃん」
『ん?』
「……綾小路家って今どうなってる?」
『……【姉の菊を利用せんとする綾小路家本家】対【妹の桃を助け救おうとしている綾小路家の分家】って所だな。菊が帰って来た事によって、家の中は結構殺伐としているらしい』
「もともと良い雰囲気の場所ではなさそうだったけどね。そっか。そうなってるのね。桃に何か仕掛けてくる気配は?」
『それは今の時点では何とも言えないな。こっちももう少し探っといてやる』
「うん。ありがとう。鴇お兄ちゃん」
少し気になってた事を直接聞けて良かった。やっぱり電話の方が意思疎通がしやすいからね。
まぁ、一番は直接話す事かもだけど。
『所で、美鈴』
「なぁに?鴇お兄ちゃん」
『お前。ちゃんと食ってるだろうな』
……。やばい。いや待て落ち着け私。これは電話だ。私の姿は見えないはず。
「……食べてるよー。やだなー」
極力普通に明るく言ってみた。
『はぁ…。食べてないんだな。どうせお前の事だ。その友達の実家とやらに行って料理を大量に作ってはいるものの、お前自身は一口も食べてないとかなんだろ』
抵抗は無駄だった。でもちょっと粘ってみる。
「や、やだなー。鴇お兄ちゃん。そんな事ないって」
……無言が返される。粘ってもやっぱり無駄だった。
エスパーだっ!エスパーがおるよっ!?
何でそんな見てきたみたいに分かるのっ!
や…食べてないけどさ。さっきも天ぷら食べて幸せそうにしてる子達の面倒を見てたら満足して、私は何も食べてないけどさ。
『美鈴。…ちょっと話をしようか?』
ぶにゃああああっ!
電話越しなのに、鴇お兄ちゃんの黒オーラ付き笑顔が見えるーっ!
「え、えーっと。鴇お兄ちゃん、忙しいでしょっ、もう、切るねーっ。またねー、鴇お兄ちゃんっ」
『あっ!こらっ、美鈴っ!』
ポチッとなっ!
強制的に会話終了。更に、電源を落として、と。これで良しっ!
ふいーっ、と額に掻いた汗を拭い、電話を金山さんに返却。
「お嬢様。お食事はちゃんとなさいませんと…」
「だ、大丈夫っ。いつもは優兎くんの監視もあるから、ちゃんと食べてるよっ。今日はたまたま食べてなかっただけで」
「左様でございますか」
うっ…。鴇お兄ちゃんとは違う方向で金山さんが攻めてくる。そんなにしょんぼりされると、罪悪感が、罪悪感がぁー…。
話題を変えようっ!そうだ、それしかないっ!
「か、金山さんにお願いがあるんだけどっ」
「なんなりと」
即座に仕事モードに切り替わる金山さんはカッコいいと思う。
そして話を切り替えれた事に万歳である。
「今鴇お兄ちゃんと話していたんだけど、ほら商店街の側にある空家あるでしょう?」
「あぁ、高橋様の御自宅ですな」
「あのお爺ちゃんって高橋って言うんだ。…は、いいとして。そこをね、私のお小遣いで買い取ろうと思うんだけど」
「おや。高橋様のご自宅なれば、別に買い取らずともお嬢様なら高橋様のご家族に譲って頂けるのでは?」
「そんなの駄目だよ。ちゃんと、お金にして買い取ってこそ、自分のモノになるんだもん。それにそっちの方が、お爺ちゃんの家族にとっても助かるだろうし、ここにいる人達もいずれ私から買い取る時の目安になるでしょう?」
「とおっしゃいますと?」
「その空家にここの施設で暮らす人を引っ越しさせたいの。ここは再来年の三月までに引き払わなきゃいけないから」
「成程。なれば、お嬢様のお願いとは施設の引っ越し手続きですかな?」
「うんっ。そうなの」
「畏まりました。なるべく早めに手続き致しましょう」
「ありがとうっ、金山さんっ」
私は笑顔全開でお礼を述べる。すると、金山さんも笑顔で答えてくれて。そのまま笑顔で、
「さて。お話を戻しますが、お嬢様。お食事という物は」
「えっ!?戻るのっ!?」
折角変えた話を元に戻される。
「当然です。鴇様のご心配を解消すべく」
「わっ、わっ!ユメーっ!助けてーっ!」
説教が始まる前に、リビングのドアを開けて私は驚くユメの背後に隠れるのだった。

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