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第三章 中学生編
※※※(夢子視点)
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『大丈夫?無理しちゃ駄目だよ。今、タオル濡らしてくるから座ってて』
私は公園で友達と遊んでいる最中に転んで膝を血塗れにして歩いていた。
その時遊んでいた友達は心配をするふりをして、母親が来ると直ぐに去って行ってしまう。
私は施設育ちで親がいない。そんな私を迎えに来てくれる人などいなくて、怪我をしている自分を心配などしてくれる人なんている訳ない。
そう思って、水で洗い流すなんてせずに私はただただ公園の中をぐるぐると回っていた。
そこへ彼女は現れた。兄弟らしき人達と一緒に。人がいなくなった瞬間を狙って遊びに来たのか、楽しそうに遊具へ向かおうとした時、彼女と目が合った。
すると直ぐに私の怪我を発見して、急いでポケットからハンカチ取り出して、兄らしき人が持っていたミネラルウォーターで傷口を惜しみなく洗い流してくれた。泥や血が流れたそこへハンカチを当ててくれる。
こんなことしなくていい。水が勿体ない。ハンカチが汚れる。
私が言うと、彼女はふんわりと微笑み、
『ハンカチは汚す為にあるの。気にしなくていいの』
手早く手当てをしてくれた。今までこんな風に優しくされた事なんて一度もなかった。嬉しくて、こんな事で嬉しく感じる自分が惨めに感じて、視界がぼやけて、頬を滴が伝った。
突然泣き出した私を彼女は抱きしめて、
『痛かったね。大丈夫。すぐに治るよ』
優しく撫でてくれた。暖かい。その暖かさが堪らなく嬉しくて。また涙が溢れる。
それでも彼女は何処かに行ったりしないで、私が泣き止むまで頭を撫で続けてくれた。
5歳で施設に入り、その時も泣いたりなんかしなかった。どんな時も泣いたりなんてしなかったのに。
私はその時、涙が枯れるまで泣き続けた。
『泣きたい時には泣いていいんだよ。子供の特権ってね。あ、そうだ。いいもの持ってるよ。はい、あーん』
その時食べたクッキーはとても美味しくて。枯れたはずの涙がまた溢れた。
その後、彼女は兄弟達と一緒に私を施設まで送り届けてくれた。本当は遊びに来たんだろうに、私に付き合ってくれたんだ。
あんなに綺麗な女の子、優しくて暖かいお母さんみたいな女の子。施設育ちだと知ってなお、態度を変えなかった女の子。同じ年齢位の筈なのに学校では一度も見た事なかった。
それもそのはず。私と同じ学区内にいなかったんだから。もう一度会いたくて探し回った私は隣の学区で彼女を見つけた。
彼女の周りにはいつも綺麗な男の子がいた。それはあの時一緒にいた兄弟達とは違う子達もいて。
私には煌びやか過ぎた。話かけたいのに、話しかける事は出来なかった。住む世界が違い過ぎて。
それでも、私は時折彼女の姿を見に行っていた。
小学校入学当初からずっと一緒のクラスだった『風間犬太(かざまけんた)』が呆れる位には。
『オレは見た事ねーけど、どこがいいのかねー。そんな女の』
その台詞を言われた瞬間腹が立って、顔面殴りつけて、腰に蹴りを入れたけど後悔していない。
彼女は私にとって憧れや好意なんてものでは言い表せない。
私と言う存在そのものの『恩人』なのだ。
中学になって、再び彼女の姿を見た時、私は軌跡が起きたと思った。
話し方とか雰囲気が少し変わっていたけれど、優しい所は全然変わってない。むしろ、知っていた姿より数倍かっこよく、綺麗になっていた。
今度こそ、話しかけられるだろうか。
私の事、覚えてくれているだろうか。
貴女と会ったおかげで私は、泣く事が出来たの。
貴女のおかげで私は、今こうして立っていられるの。
貴女が私の存在を認めてくれたから。私を優しさで包んでくれたから。
だから今の私がいるの。
彼女と会話をするタイミングを見計らっている時、私はあるものを拾った。
それは一通の手紙。
封筒にあて先は書いてなかった。差出人もなし。
迷いに迷ったけれど、その手紙を開けて中を確認する事にした。
その便箋に書かれた内容を見て、私の体に一気に震えが走った。
『白鳥美鈴。やっと見つけた。私のモノ。私のモノ。私のモノ。…』
白鳥美鈴。彼女の名前だ。
それが便箋の中央に大きく書かれていて、その周辺に『やっと見つけた』と『私のモノ』と赤ペンで便箋全てを埋め尽くしていた。
ストーカーっ!?
気持ち悪さに、私は直ぐにそれを武蔵先生に届けた。
この学校で一番強いのは武蔵先生だから。武蔵先生は直ぐに行動に出てくれて、今でも彼女に知られないように対処してくれている。
まさか彼女がストーカー被害にあってるなんて思ってもいなかった。
でも、これはチャンスだとも思った。
これで私は彼女に恩返しが出来るかもしれない。
そう思ったから。
まず私は彼女の周囲に安易な人が近寄れないように、『王子』と言うあだ名をつけて呼び始めた。花島優兎って言う彼女べったりな人がいたからその人を『従者』と言うあだ名にしてより王子感を際立たせた。
そのおかげもあってか、あだ名は一気に広まっていった。けれど、そうすると今度は彼女が王子と呼ばれるのを嫌がるかもしれない。
だから次に、王子と呼べるのは決まった人だけだと、新たに噂を立てた。
丁度良くその時、新田愛奈と王子が仲良くなり始めた頃だったからタイミングが良かった。彼女が白鳥さんを王子と呼びその噂は信憑性を増した。
暫くして今度は私と寮で同室の向井円と白鳥さんが仲良くし始めた。
向井さんは私が噂を立てやすくするために作ったお調子者のキャラがどうしても肌に合わないようで、常に苛立ちをぶつけてくる。
正直な所、その反応は何よりも分かりやすくて私は凄く有難かった。それに向井さんは見た目に反してかなりの善人だ。
実際、王子の様子を聞いたら、関係ない、自分で勝手に聞けって反応を返してくれたから、不自然に様子を聞いてくる私を警戒しているって理解出来る。私を警戒しているって事は私以上に怪しい人間がいないって訳で、特に危ない事なくすんでいるって事が分かる。
廊下で向井さんとすれ違う時も、一緒にいた白鳥さんは笑ってる。楽しそうに。
その事が心底堪らなく嬉しくて。本当なら両手を上げて喜びたいくらいだ。
このまま彼女を水面下で支えていけたら…。
そう思っていたのが、新入生である神薙杏子が現れてから全てが一変する。
廊下を歩いていると突然呼び留められた。
「ちょっと、失礼?」
「あれー?確か一年の杏子ちゃんだよねー。なになにー?どったのー?」
この馬鹿みたいな言葉使いは相手の戦意喪失に一役買っている。
案の定私を呼び留めた神薙杏子は眉を顰めて呆れたように溜息をついた。
「私、貴女みたいな馬鹿な女は嫌いなんですが、致し方ありませんね。貴女、今すぐ私の下につきなさい」
「えー?なにそれー?意味わかんなーい」
どう言う事?下につけって。表面上は馬鹿を装い、脳内はしっかりと動かし相手の意図を探る。
「私が何も知らないとでも?」
「んー?」
「……一之瀬夢子さん。貴女が白鳥美鈴を王子に仕立て上げ、親衛隊と言う組織を作り、その親衛隊を守るように生徒を誘導しているという事を」
「あははーっ、なにそれーっ!ユメコにそんな事出来る訳ないじゃーん」
何処で知ったんだろう。やばい。心の中が焦りで染まる。背中に冷汗が流れたけれど笑顔を維持しなければ。
私がしていた事を利用して、白鳥さんに被害が行くことだけは避けなきゃいけない。
もし、私がした事を、彼女が知ったら彼女は確実に自分がやったことだって言うだろう。
そんな事になったら、私は泣くに泣けないっ。
「その人心掌握の能力を私の下で使いなさい。そして、白鳥美鈴を地に堕とすのよっ」
白鳥さんを地に堕とす?
私の恩人を?
「……馬鹿じゃないの?」
自分ですら驚く程の低い声が出た。
「私が白鳥さんを王子に仕立て上げたと貴女は言っていた。親衛隊を作り、その親衛隊を守る様に生徒を誘導していると言っていた。そうまでして守りたいと思っている相手を陥れようとする女の下に誰が付こうと思うのよっ!」
キャラなんて知った事か。
私は、私を救ってくれた唯一の恩人を貶めようとしている相手に腹が立ったんだ。
「絶対、例え死んだとしても貴女の下にはつかないわっ!!」
断言した。
私は―――私は絶対に白鳥さんを裏切らないっ!!
白鳥さんを裏切ったら私はもう私ではなくなってしまうから。
「…後悔するわよ」
神薙は私を見下し笑った。
けれど、そんなもの痛くもかゆくもない。
私が辛いのは、白鳥さんから笑顔が消える事。それだけ。
「させてみなさいよ。私は絶対に後悔なんてしないっ」
これ以上話す事はない。
私は踵を返し、教室へと移動した。
そして、翌日。
神薙は早速仕掛けて来た。
女子特有の虐めを。
クラスの仲の良い子と話しかけても、誰も返事をしてくれない所か視線すら合わせず、触れた所を手で払う仕草をする。
(なるほどね…。こうくるのか)
とは言え、こんなのどうって事はない。
実際心から仲良くしていた人なんていやしない。一人で行動も施設にいた時から慣れている。
教室で自分の席につく。
授業が始まるまで時間がある、か。
これからの対策でも練っておこう。
多分、今日これからイジメはどんどんランクが上がっていくだろうし。
今は無視程度だけど、次は机に落書きか、体操服を切られるか、教科書を燃やされるか、その他にも色々あるけれど必ず仕掛けて来るはず。
古典的な攻撃をしてくるはずなんだ。だとしたら、ここから動かない方がいいかもしれない。もしくは先生を味方に。あぁ、でも、白鳥さんに矛先が向かないようになるべく自分に的を向けとかなきゃいけないから、もう少し派手に動かれてから先生に行った方がいいか。
今日は教室移動の授業もないし、昼食はいつも売店でパンを買ってるけど、今日は我慢かな。
明日からお弁当にしよう。寮では仕掛けて来ないだろうし。
本当、向井さんと同室で良かったわ。
ふぅと溜息をついて窓の外を眺める。窓際の席で良かったな。余計な物を目に入れなくてすむし。
朝のHRが始まり、授業が開始される。
授業の間、手紙がこそこそと回されてるのが分かり、これもまた古典的なとため息が出る。
お昼休みになり、私は教室を出ないで窓の外ばかりを見ていた。
すると、
「なんで教室にいるんだろうね」
「ちょっと聞いた?あの子、施設出身らしいよ」
「えー、やだー。もしかして捨て子とかー?」
「親にすら見捨てられてるとか、マジウケるー」
などと聞こえてくる。
こんなセリフももう慣れっこだ。どうってことない。
ただしいて言うなら、…お腹空いた。
もう、寝ちゃおうかな。起きててもうるさいし、お腹すくだけだし。
そう思っていると、とすっと目の前に紙袋が置かれた。
誰だと思ってその主を見ると、そこにいたのは向井さんで。
「え…?なんで…?」
「それはアタシのセリフだ。アンタ、一体なにしたんだ」
「何もしてないよ」
「何もしてないのに、こんな状況になってるのか?」
「そう。…向井さん。私と同室のよしみで話しかけてくれたんだろうけど、もう学校では話かけないで」
私がそう言うと、彼女は顔を顰めた。
「違う。向井さんと話すのが嫌とかそういう意味じゃない。でも、私は向井さんに私よりも守って欲しい人がいる。だから…話かけないで」
「一之瀬…」
向井さんに初めて名前呼ばれた気がする。
それが嬉しくて、私は笑みを浮かべた。
「これ、貰っていいの?」
「え、あ、あぁ…」
「ありがとう。向井さん。お腹空いてたから助かる。これから、白鳥さんの所へ行くんでしょう?行ってらっしゃい。また寮でね」
私の側から立ち去って。
そういう意味を込めて私は向井さんを白鳥さんの下へと向かうように仕向ける。
彼女は私の言葉に従うしかなく、そのまま教室を出て行った。
残された私は彼女の持って来た袋を開ける。
中身を見て私は思わず笑った。
向井さんってあんな見た目に反して可愛い物好きなんだよね。可愛いラップに包まれたサンドイッチが二つと苺ミルクのパックが入っていた。
それを取り出して、サンドイッチを一口齧る。
私の好きな、フルーツサンドだ。チョコクリーム入りの。
何だかんだで彼女は私の行動をよく見ている。だから、きっと好物も知ってたんだ。
一度、私の桃色の髪をみて、自分の髪と見比べて羨ましいと小さく呟いたのを聞いた事がある。
私自体はこの髪色は馬鹿にされ易くて好きじゃなかったけど、でもそうやって言って貰えたのは嬉しかった。
向井さんの作ってくれたご飯を食べて、午後の授業に挑む。
その授業も終わり、放課後になった。
クッキング部に入っているが週一の活動なので、今日は部活ない。
だから、私は学校から人がいなくなるまで待つつもりでいた。
でないと、十中八九机が移動させられる。そうじゃなくても何かしらやられるに決まってる。
ただでさえ、養子先の両親にお金をかけさせているんだ。これ以上出費させたらいけない。
学校が生徒全員下校時間を告げる曲を流すまで教室で粘り、時間になったら鞄に教科書類全て詰めて、直ぐに玄関へと行く。
案の定靴がなかったけれど、靴の一つや二つなくなったって裸足で帰れば問題ない。
上履きは持ち帰る。そうすれば被害が出ない。
あ、売店寄らなきゃ。
道にある石が痛いけど、別に構わない。
売店でお弁当の材料を買い込み、寮へと戻る。
寮の部屋の前に、私の靴が濡らされて切り刻まれた状態で置かれていた。
(なんだ、まだ履けるじゃん)
問題ない。乾かせば履ける。
鍵を開けて中に入り、向井さんにばれない為にも寝室に靴を干す。
教科書は明日から必要な物だけ持って行こう。
移動教室の時も全て持って移動した方がいいかな。
でも、そうすると鞄を持ち歩かなきゃいけなくなる。
だとするなら、クリアケースみたいなのに入れて持ち歩こう。
翌日の授業の内容であろう場所をルーズリーフに移して、持って行こう。
そうすればクリアケースで事足りる。捨てられても、破かれてもまた書けばいいだけの話。書く事で勉強も出来るから一石二鳥だ。
寮の中から教科書類は出さないようにしよう。あぁ、職員室でこっそりコピーしてもいいな。
明日の方向性を決めて、向井さんに鉢合わせにならないように私は速めにご飯を食べてシャワーを浴びると寝室へ戻った。
授業の準備をして、眠りにつく。
翌日、誰よりも早く起きて弁当を作って、学校へと向かい、外履きを袋に入れて、内履きに履き替えて教室へと急ぐ。
教室ところか学校には生徒一人いない。
自分の机に変化がない事にほっと胸を撫で下ろす。
(これで、どのくらい持たせられるかな…。次の手が来るとしたら…)
今まで受けて来た虐めを思い出すと、次の手段が思い浮かぶ。
(あ、そうだ。机の裏に何か張られてないか確かめなきゃ)
机の裏に何かあるのも虐めの鉄板だ。
私はしゃがみこみ、机の下にもぐり机の裏を確かめる。
すると、突然教室のドアが開いた。
条件反射で息を潜めてしまう。
「…いないわね」
「朝早く出て行ったから、てっきり教室へいるものだと思っていたけれど」
「桃姉様。次は私何をしたらいいかしら?」
「そうね。あの女を引き釣り出すには、もっと派手にしないと…」
桃姉様?桃って誰だ?聞いた事ある…。そうだ、A組にいる綾小路桃(あやのこうじもも)だ。
もう一人の声は神薙杏子で間違いない。と言う事は…黒幕は綾小路桃?
だって、神薙杏子と言う女はそこまで賢いとは思えない。きっと誰かの言うがままになっているんだろうと考えていた。案の定これだ。
そして、この二人はもう一つ、聞き捨てならない事を言っていた。
『あの女を引き釣り出すには』と。
あの女ってのは誰の事?なんて考えるまでもない。
白鳥さんの事に決まってる。
新入生の歓迎会の時、神薙杏子は白鳥さんに喧嘩を売っていた。
そんな事実があるのに他の可能性なんて考える必要はない。
でも、なんで私?私はこの学校に入って白鳥さんと会話をした事なんて一度もない。
私が一方的に彼女を慕っているだけ。彼女は私を気に留めたりなんてしてない。きっと目の端に映ってもいないだろう。
そんな私を囮にして彼女が出て来る訳ない。
そう、断定しかけて、私は止まった。出てくる可能性はある。例え知らない人間にでも優しさを注ぐ彼女。そんな白鳥さんが出て来ない訳がない。
―――やってしまった。
こうなれば教師に相談するのも考え物だ。だって、この事が白鳥さんに知れたら必ず彼女は行動を起こす。それだけは避けなければ。
ある程度したら教師に相談しようと思っていたけれど、これは耐え抜くしかないようだ。
私は彼女達が教室を出た事をひっそりと机の下で確認し、改めて椅子に座る。
さて、どこまでこの虐めがエスカレートするか。
それによって私のとる行動は変わっていく。
暫くは様子見をしていよう。
白鳥さんに気付かれないように。これが絶対条件だった。
それから二週間。
無視以外の虐めらしい虐めはなく、意外にも平和に過ごしていた。
こう言うのは忘れた時に来るから油断は出来ないけれど。それでも白鳥さんにそれが伝わってる様子はないし、胸を撫で下ろす。
今日も無事午前の授業を終え、作って来たお弁当を食べていると、突然背後から液体をかけられた。上半身がびしょ濡れになる。
この匂いは牛乳?乾燥すると匂いが出るもの、か。乾いたら臭いだのなんだのとからかうつもりなのだろう。
ありきたり。匂いがずっとするのは嫌だな。でも、すっと視線だけで振り返ると、そこには牛乳パックを持ってクスクス笑うクラスメートの姿があった。
…どちらかと言えば、白鳥さんを嫌っていた人達だね。
「やだー。汚ーい」
「でもとってもお似合いよー。一之瀬さーん」
「そのとっても可愛いピンク色と合わさって苺ミルク的でいいんじゃなーい?」
苺ミルク。上手い事言うもんだよ、ホント。
ま、私には関係ない。鞄からタオルを取り出して体を拭く。お弁当にはかかってなかったのは不幸中の幸いかな。
腹が減っては戦は出来ないし。
虐めに対抗する手段は動じない事。何をされても平然としている事。例え心がどんなに苦しく泣いていても、それを表に出してはいけない。笑っても怒ってもいけない。表情を出したら負けなのだ。
お弁当を黙々と食べ、完食すると私は机に突っ伏して眠る事にする。
「…良く、この状況であんな態度取れるよね」
「舐めんなっての」
「ちょっと、あれ持ってきなよ」
足音が聞こえて、再び何かをかけられた。
「便器の水かぶっても平然としてるって凄くなーい?」
「牛乳が流れて良かったねー」
はぁー。トイレの水ですか。んー、ま、体洗えばどうってことない。問題ない。
かと言って机の周辺が水浸しになるのは嫌だな。どうせ掃除するのは私なんだろうし。
そうだ。明日からはレインコートを持ってこよう。そうすれば濡れずにすむ。
とりあえず、さっさと飽きて今日の所は切り上げてくれないかな。
寝るにも寝れずぼんやりと窓の外を眺めていると、
―――ガンッ!
唐突に何か叩きつけられた音がした。
気になって、音のした方を見ると、そこには向井さんが教室のドアを叩きつけていた。
何で、怒ってる?何かあったのかな?
もしかして、白鳥さんに何かあったのっ!?
私は咄嗟に彼女の側によろうと立ち上がりかけて、踏み止まった。
駄目だ。今行ったら確実に白鳥さんの耳に入ってしまう。
落ち着かなきゃ…。彼女は向井さんが助けてくれる。花島さんもいる。新田さんだって。
だから、大丈夫…。大丈夫。
静かに向井さんから視線を逸らし、外を見た。
程無くして、午後の授業開始のチャイムが鳴り、先生が教室へ入って来る。
私の姿を見て、教師は床を拭くように言った。汚すなと。
(なんだ…。とっくに教師も売約済みって奴ね。なら教師に助けを求める線もなくなった。ある意味楽かもしれない。私だけ耐えればいいんだもの)
普通の教師なら、私の濡れた姿を心配し、保健室へ連れて行くなりするはずだ。でもそれをしないで私を注意したのだから教師ももう頼る事は出来ない。
…まぁ、死なないのなら腕の一本や二本。歯の一つや二つ。無くなった所でどうってことない。
私にとって、白鳥さんが傷つく以外辛い事なんてないから。
今日も放課後、最後の一人になるまで残り、下校する。
寮の自室へ入ると、そこに向井さんの姿はなくホッとする。
制服を洗濯機の中へ入れて、私はシャワーを浴びて着替える。やっと牛乳の匂いが取れた。
シャワールームを出て直ぐに寝室へと入る。
そこに朝用意しておいた晩御飯であるお握りが置かれている。床に座り片手でお握りを食べながら明日の授業の為の準備をする。
ルーズリーフに教科書の内容をがりがりと書き写していく。
あともう少しで書き終わるな。シャーペンを握り直したその時、いきなりドアが開いた。
驚いて振り返ると、そこには向井さんの姿があった。
「あ、なんだ、びっくりさせないでよ。向井さん。誰かと思ったじゃない」
「なんで、黙ってる」
「え?」
一瞬何を言われたか理解出来なくて、思わず聞き返すと向井さんは私のすぐ側までその長い足で歩み寄り、ぐいっと胸倉をつかんできた。
「あんな事までされて何で黙ってるんだっ!悔しくないのかっ!?」
「悔しい?どうして?」
「どうしてって」
「悔しくなんてない。私にとってあんなのどうってことない」
ハッキリと言い切る。だって事実だから。
「辛くないのか…?苦しくないのか…?」
私よりも辛そうな声で、苦しそうな声で向井さんは呟き、手からゆっくり力を抜いていった。
「私にとって辛いのは、苦しいのは…白鳥さんから笑顔を奪う事。白鳥さんが笑っていてくれるなら、私はそれだけでいい。それだけで幸せなの」
「一之瀬…アンタ…」
「ねぇ、向井さん?白鳥さんは今、どう?」
笑ってる?苦しんでない?誰からも何もされてない?
それだけが、私にとっての不安なの。
「…王子なら今日も生徒会の仕事に追われてたよ。でも楽しそうに自分で作ったお菓子を愛奈や優にあげて笑ってた」
「ホント?白鳥さんは笑ってるの?」
「あぁ、笑ってるよ。毎日楽しそうに」
「そう。ならいいの。…良かった。笑ってるのね。嬉しいっ」
嬉しい嬉しいっ!!
白鳥さんが誰からも何もされず、楽しく過ごしてる。それだけで私は何よりも、どんなことよりも嬉しいのっ!
笑みが零れる私を向井さんは泣きそうな顔をして抱きしめた。
「……アタシ、馬鹿だ。大馬鹿だ…。アンタの内面を気付きもしないで…ごめん。ごめんっ、一之瀬っ」
「何を謝ってるの?向井さんは謝るような事、してないでしょ?」
「したよ。…してたんだ。……一之瀬、これからアタシと一緒に行動しよう」
「え?」
「アタシと一緒にいれば、クラスの連中はきっと手を出せない筈。そうすれば―――」
「ダメっ!!」
私は抱き締めてくれている向井さんの腕から逃れ、彼女を睨み付けた。
「一之瀬…?」
「そんなの絶対だめっ!」
「だけどっ」
「向井さんが私と一緒に行動なんてしたら、白鳥さんは誰が守るのっ!?私の事なんて放っておいていいっ!!お願いだから、白鳥さんの側にいてよっ!!」
「なんで、そんな…」
「白鳥さんは私にとって恩人なの。命より大事な存在なのっ…。向井さんが私と一緒に行動したら、あの人達の思惑通りになってしまう。そんな事絶対にさせないっ!!」
そっと向井さんの腕を掴み、私は彼女を真正面から見据える。
「お願い、…お願いっ。私の恩人を守ってっ。私の事を出来るだけ気付かないように。気付いても近寄らせないようにしてっ。向井さんっ、お願いっ」
虐めなんてどうってことないのっ。
ただ、白鳥さんが笑ってくれているだけでいいのっ。
それで例え私が死んだとしても、私に一切の悔いは残らないの。
だから…お願い。
ぐっとその腕をきつく握る。
「……分かった。王子の事は絶対に守る。一之瀬の為に」
私の手に向井さんの手が重なった。
ホッとした。これで白鳥さんは彼女達に守られて、ずっと笑っていてくれるだろう。
私が微笑むと、急に立ち上がった向井さんに腕を引かれた。
「え?え?」
するとリビングへ連れていかれ、座らせられる。
一体何事かと、茫然としていると、手早くココアが入れられ手渡された。
「一之瀬の言う通り、学校では話かけない。でも寮でならいいだろ」
「う、うん。それはまぁ」
「ここで位は一緒にいるし、相談にも乗るよ。…一人で戦うな。アタシも一緒に戦わせろよ」
「向井さん…」
「知ってるんだろ。自分を苦しめてる相手が誰か。教えろ。反撃するぞ」
反撃…。
考えても見なかった。
でも、そうだよ。こっちが黙ってやられることはないんだ。
白鳥さんにばれないように反撃して相手を叩き潰せたらいいんだ。
教師なんかに頼らず、自分の手で。
私は頷き、向井さんに今持っている情報を提示した。
虐めの発端は神薙杏子。それを背後で操ってる人間は綾小路桃。黒幕は綾小路だ。彼女が全てを操作している。
「成程…。あの女か」
「うん。今日はあれ位で済んだけど、次はどんな手段で来るか…」
「…アタシも調べてみるよ。どんな人間なのか。敵を知り己を知れば百戦危うからずってね。何か分かったら直ぐに教える」
「うん。有難う」
「…なぁ、一之瀬」
「なに?向井さん」
「明日は晩飯一緒に食べない?私が、作るから」
「え?でも、白鳥さんの側に」
いてあげて欲しい。私は言外にその意味を含めると、彼女は首を振った。
「王子は明日、花島と二人で食べるんだとさ。だから、一緒に食べようよ」
「でも…」
花島さんだけで白鳥さんを守り切れるの?
「問題ないよ。花島は私達親衛隊の中で一番強い。あいつが側にいる時なら王子の心配はいらない」
「そう、なんだ…。じゃあ、一緒に食べようかな」
本当は、いじめられてる時にこうやって誰かと一緒にいると、いじめられてる時との落差で精神がきつくなるから出来るだけ避けた方がいい。
それは分かってる。分かってるけど…それでも一人は辛くて。
私は、向井さんの言葉に頷いた。
私への虐めが始まってから更に一か月が過ぎた。
虐めはどんどんエスカレートし、結構頑張っていた机の確保も出来なくなり、隠されたりするようになった。
部活動も出ることは出来るものの、同じ学年、後一年生の子達は一切私に話しかける事はしない。
三年生の人達が心配するように話しかけてくれるものの、巻き込んではいけないからと、少し遠ざけてしまう。
本格的に孤立化し始めていた。
最近は白鳥さんを見かける事もなくなったな。白鳥さんも私を避けるようになったんだろうか。
…それはそれでいいか。彼女が怪我をしたりする可能性が減るから。
ぼんやりと意識を他所へと飛ばす。
だって、そうでもしないと私は痛みを意識してしまう。
「あー、スッキリしたっ!」
「クラスにサンドバックがいるっていいよね」
「教師黙認だし?」
「さいこーっ!!」
トイレに連れ込まれ、思う存分腹を蹴られた。
顔や足など見える所には手をつけないってのがまた器用だと言うか何というか。
(一応お腹に腹巻を重ねてつけて防御はしてるけど、やっぱり結構きついな)
トイレの床に座る事に抵抗なんてもうない。
何なら授業をさぼってこのままここで寝てもいいくらいだ。
でも、そんな事したら、向井さんが心配するから戻らないと。
痛みで言う事を聞かない体を叱咤して、立ち上がり何事もなかったかのように歩く。
次、何時間目だっけ?今は何時間目と何時間目の間の休憩時間?
移動教室ではなかった筈。
真っ直ぐ歩いてる筈なのに、ふらふらと体は蛇行する。
もう少し休んでれば良かったかな…。
廊下の曲がり角を曲がった時、
―――ドンッ。
誰かにぶつかった。
「おっと」
驚いた声と、
「ご、ごめんなさいっ」
謝る私の声が重なる。
ふらつく体をぶつかった誰かが支えてくれた。
今の私を支えてくれるなんて奇特な人は一体…?
胸のスカーフしか目に入らなかったから、私は顔を上げて―――愕然とした。
「…大丈夫かい?」
なんでっ…なんでよりによって私は白鳥さんにぶつかったのっ!?
血の気が引く。
こんなに関わらないようにしていたのに、どうして、なんでっ!?
急いで離れなきゃっ。これ以上関わらないようにっ!
私は白鳥さんから離れようとした。けれど彼女は何故か離してくれない。
「……これ、どうしたの?」
彼女の指が首筋に触れる。そこはさっき殴られた場所。
慌てて、手でその場所を隠す。すると彼女の目はすっと細められた。優しい彼女らしくない鋭い眼つき。けれどそれは一瞬で直ぐに笑顔に戻る。
「ごめん。触れちゃいけないことだったみたいだね。…じゃ、私は失礼するよ」
彼女は私を抱き寄せて、ぎゅっと抱きしめると手を振って去っていった。
微笑む彼女は何時もの彼女で。さっきの鋭い眼つきの彼女は気のせいだったんじゃないかと思ってしまう。
何時までもここにいてもどうしようもないので教室へ戻ろうと歩き出すと、スカートの腰の部分に違和感を感じた。
何だろう?
手を違和感のある場所に移動させると、そこには四つ折りにされたルーズリーフが刺さっていた。
こんなの何時の間に…?
きっと白鳥さんがいれたものだろうけど…。私宛に?白鳥さんが?
キョロキョロと辺りを見渡す。ここじゃあ誰かに見つかってしまう。
何処で見たらいいんだろう。私が一人で安全に読むことが出来る場所。
……寮、かな。
うん。今日帰ったら一人で見よう。
残りの授業を乗り越えて重い体を引き摺り寮へと帰る。
すっかり日課となった帰宅直ぐのシャワーを浴びて、寝室へ行き白鳥さんから渡された紙を前に開くべきか否か悩む。
非難めいた事が書かれてるならまだ良い。私を罵倒するような内容でも全然構わない。
でも…もし、私を励ますような内容だったら…。もし、私を助けようとする内容だったら…。
私が、白鳥さんをこちらへ引き込んでしまったら…。
そんな事が起きたら、私は…。
考えていても始まらない。
私は意を決して、その紙を開いた。
紙には短い文で、
『あと二週間。耐えて』
だった。
ぽたり、と紙に滴が落ちる。
やってしまった…。
等々私はやってしまったのだ。
彼女を、―――恩人を巻き込んでしまった。
(私、何やってるの…?命より大事な人を巻き込んでしまった…。私なんかの所為で巻き込んでしまった…)
ボロボロと涙が溢れ、嗚咽が漏れる。
「くっ…ぅっ…―――あああぁぁぁぁぁっ!!」
堪えきれず、私は声を上げて泣いた。
ただただ声を上げて泣き続ける。
玄関のドアが開き、足音が聞こえて、寝室のドアが開かれた。
「一之瀬っ!」
向井さんが私を抱きしめてくれる。でも、それすらも今の私には辛い。苦しい。
「なんでっ、どおしてっ!?向井さんっ、言ってくれたのにっ!白鳥さんを近寄らせないって、守ってくれるって言ったのにぃっ!!」
ドンッと彼女の胸を叩く。
「どうしてっ、白鳥さんが私に手紙をくれるのっ!?なんで助けようとしてくれてるのぉっ!?やだよぉっ!!こんなのやだああああああっ!!」
「一之瀬っ、落ち着いてっ!」
彼女の声なんて今の私に受け入れる余裕はない。力の限り弾き飛ばして部屋から出て行こうとした。
だけど、向井さんが咄嗟に私の腕を掴んで引き寄せた。
「アタシが出て行くからっ!そんな状態で外になんて行かないでっ!」
寝室に戻されて、向井さんは静かに部屋を出て行く。
バタンと閉められた扉に背を向け、私は立ち尽くす。
涙は止まらない。ずっと頬を伝い続ける。
…どうしたらいいだろう?これ以上彼女を巻き込まずに済ませるには…。
彼女の言う、二週間って何だろう?
二週間経ったら助けてくれるって事?
だったら、明日…。ううん、明日だと色々ばれてしまう可能性がある。それに準備もある。
じゃあ、一週間後にしよう。
その日に全て片をつけよう。彼女を害するであろうあの二人を消してしまおう。そして私が消えれば白鳥さんは楽に過ごせるはず。
そうだ。もう、そうするしかない。
白鳥さんの笑顔は私が守る。…私は消える前に彼女の笑顔を見れればそれでいい。
ルーズリーフを取り出し、遺書を書く。
向井さんに、私を気にかけてくれた感謝を。
両親に、養子にしてくれたことに感謝を。
白鳥さんに、私を救ってくれた事に感謝を。
そして、こんな事件を起こしてしまった事を含め全ての事に関して謝罪を。
最後に私の名前と、決行日を書く。
これでいい。後は残りの一週間を耐えて過ごせばいい。
心を決めてしまえば、後はもうどんな状況でも耐えきれる気がした。
毎日殴られたり蹴られたり。
でも、もう、痛みは感じなかった。
だって、私はあと少しで痛みから解放されるんだから。
一週間が経ち、私は最後だからと、鞄に教科書を詰めて新しい靴を履いて、苛められる前の登校時間に学校へと向かった。
教室へ入ると、何時もの白い目で見られるけれど、そんなのどうでもいい。
机が隠されてる。けど探す必要ももうない。
私は窓枠に座ってぼんやりと教室を眺めていた。
皆、こっちを見てはヒソヒソと話している。それが少しおかしくて笑みを浮かべていると、教室に向井さんが入って来た。
向井さんは私を見て一瞬驚いたように目を見開いて、そしてこっちに歩いてきた。
私も窓枠から降りて、向井さんと向き合う。
こうしてちゃんと目を見て、向き合うのも今日が最後。だったら、私に優しくしてくれた向井さんにちゃんと謝りたい。
「向井さん。この間はごめんね?」
「え…?」
「八つ当たりしてごめん。それから、ありがとう」
微笑む。満面の笑みであればいい。そう願って。
私は向井さんに深く礼をして、教室を出た。
真っ直ぐに屋上へと向かう。あそこに私は二人を呼び出していた。
来ないはずはない。きっと私が謝罪して、神薙杏子と綾小路桃に跪くと思ってるだろうから。
屋上への階段を上り、ドアをゆっくりと開く。
ふわりと心地良い風が吹き抜ける。靡く髪を軽く抑え、一歩踏み出す。
そう言えば、いつもはこの桃色の長い髪を二つに結い上げてたっけ?今日はそれすらもしないなんて…。私は自分の覚悟が少し面白く思えてクスクスと笑ってしまう。
「何がおかしいのかしら?」
「桃姉様。そんな馬鹿と話したらお姉様が汚れてしまいますわ。私が話します」
フェンスの手前に二人が並んで立っていた。
「それで?こんな所に呼び出して、何の用ですの?許しでも請いにでもいらしたのかしら?」
「許し?許しって何の?」
私が馬鹿にしたように笑うと、神薙杏子の目が吊り上がる。
「私がここに貴女達を呼び出した理由はたった一つよ」
ポケットから小さな瓶を一つ取り出し、蓋を開けると綾小路桃へと投げつけた。
「お姉様っ!」
咄嗟に神薙杏子が綾小路桃を庇う。
液体が神薙杏子の背中へとかかる。
…狙いは違ったけど、ま、いいか。
ポケットから更にもう一つ。ライターを取り出す。
「なっ!?」
「安心して。少し火を点けるだけ。一生消える事のない火傷をつけるだけだから」
そう。少し燃やすだけだから。
本当はこの女達も消そうと思った。でも、こんな奴らと心中とかしたくない。死んでからも一緒とか絶対にごめんだ。
私は考えた。どうしたら、こいつらに苦痛を与える事が出来るか。一生を苦しんで終わらせる事が出来るか。
そして思いついた。醜い姿にしてやろうと。更に私が消える事で人殺しとしてのレッテルを死ぬまで味わわせてやろうと。
「貴女っ、私達にこんな事をして許されるとでも思っているのっ!?私達は日本有数の旧家である神薙と綾小路の娘なのよっ!!」
「だから?そんなの私に関係あるとでも?」
「私達に傷を付けたりしたら、貴女の両親を社会から消すわよっ!」
「…私は施設育ちよ。両親なんてとうにいないわ。それに、そんな心配しなくて結構よ。貴女達に一生消えない傷を作ったら私はそこから飛び降りて死ぬから」
「なに、言ってっ!?」
「私にここまでの覚悟をさせたんだから…貴女達って凄いわ。私を苛めてるだけなら放置していたものを。貴女達はやってはならないことをした。…私の恩人を巻き込んだっ」
ライターを片手に一歩二歩と近づく。
「許さない…絶対に許さないっ!!」
神薙杏子と綾小路桃は絶対に許さないっ!!
でも、それ以上に―――私は私を許せないっ!!
だから、巻き込むの。
この二人を、私が私に復讐する為に巻き込むの。
これ位は許されるでしょう?
ライターに火をともし、綾小路桃を庇うように抱き込む神薙杏子に投げつけようとした、―――その瞬間。
私の視界が塞がれた。
細いけれど綺麗な手。
背中から抱きしめてくれる柔らかな体温。
そして…。
「もう、いいよ…。もう、いいの…。ありがとう。夢子ちゃん」
私の大好きなあの優しい声が耳に囁かれた。
私は公園で友達と遊んでいる最中に転んで膝を血塗れにして歩いていた。
その時遊んでいた友達は心配をするふりをして、母親が来ると直ぐに去って行ってしまう。
私は施設育ちで親がいない。そんな私を迎えに来てくれる人などいなくて、怪我をしている自分を心配などしてくれる人なんている訳ない。
そう思って、水で洗い流すなんてせずに私はただただ公園の中をぐるぐると回っていた。
そこへ彼女は現れた。兄弟らしき人達と一緒に。人がいなくなった瞬間を狙って遊びに来たのか、楽しそうに遊具へ向かおうとした時、彼女と目が合った。
すると直ぐに私の怪我を発見して、急いでポケットからハンカチ取り出して、兄らしき人が持っていたミネラルウォーターで傷口を惜しみなく洗い流してくれた。泥や血が流れたそこへハンカチを当ててくれる。
こんなことしなくていい。水が勿体ない。ハンカチが汚れる。
私が言うと、彼女はふんわりと微笑み、
『ハンカチは汚す為にあるの。気にしなくていいの』
手早く手当てをしてくれた。今までこんな風に優しくされた事なんて一度もなかった。嬉しくて、こんな事で嬉しく感じる自分が惨めに感じて、視界がぼやけて、頬を滴が伝った。
突然泣き出した私を彼女は抱きしめて、
『痛かったね。大丈夫。すぐに治るよ』
優しく撫でてくれた。暖かい。その暖かさが堪らなく嬉しくて。また涙が溢れる。
それでも彼女は何処かに行ったりしないで、私が泣き止むまで頭を撫で続けてくれた。
5歳で施設に入り、その時も泣いたりなんかしなかった。どんな時も泣いたりなんてしなかったのに。
私はその時、涙が枯れるまで泣き続けた。
『泣きたい時には泣いていいんだよ。子供の特権ってね。あ、そうだ。いいもの持ってるよ。はい、あーん』
その時食べたクッキーはとても美味しくて。枯れたはずの涙がまた溢れた。
その後、彼女は兄弟達と一緒に私を施設まで送り届けてくれた。本当は遊びに来たんだろうに、私に付き合ってくれたんだ。
あんなに綺麗な女の子、優しくて暖かいお母さんみたいな女の子。施設育ちだと知ってなお、態度を変えなかった女の子。同じ年齢位の筈なのに学校では一度も見た事なかった。
それもそのはず。私と同じ学区内にいなかったんだから。もう一度会いたくて探し回った私は隣の学区で彼女を見つけた。
彼女の周りにはいつも綺麗な男の子がいた。それはあの時一緒にいた兄弟達とは違う子達もいて。
私には煌びやか過ぎた。話かけたいのに、話しかける事は出来なかった。住む世界が違い過ぎて。
それでも、私は時折彼女の姿を見に行っていた。
小学校入学当初からずっと一緒のクラスだった『風間犬太(かざまけんた)』が呆れる位には。
『オレは見た事ねーけど、どこがいいのかねー。そんな女の』
その台詞を言われた瞬間腹が立って、顔面殴りつけて、腰に蹴りを入れたけど後悔していない。
彼女は私にとって憧れや好意なんてものでは言い表せない。
私と言う存在そのものの『恩人』なのだ。
中学になって、再び彼女の姿を見た時、私は軌跡が起きたと思った。
話し方とか雰囲気が少し変わっていたけれど、優しい所は全然変わってない。むしろ、知っていた姿より数倍かっこよく、綺麗になっていた。
今度こそ、話しかけられるだろうか。
私の事、覚えてくれているだろうか。
貴女と会ったおかげで私は、泣く事が出来たの。
貴女のおかげで私は、今こうして立っていられるの。
貴女が私の存在を認めてくれたから。私を優しさで包んでくれたから。
だから今の私がいるの。
彼女と会話をするタイミングを見計らっている時、私はあるものを拾った。
それは一通の手紙。
封筒にあて先は書いてなかった。差出人もなし。
迷いに迷ったけれど、その手紙を開けて中を確認する事にした。
その便箋に書かれた内容を見て、私の体に一気に震えが走った。
『白鳥美鈴。やっと見つけた。私のモノ。私のモノ。私のモノ。…』
白鳥美鈴。彼女の名前だ。
それが便箋の中央に大きく書かれていて、その周辺に『やっと見つけた』と『私のモノ』と赤ペンで便箋全てを埋め尽くしていた。
ストーカーっ!?
気持ち悪さに、私は直ぐにそれを武蔵先生に届けた。
この学校で一番強いのは武蔵先生だから。武蔵先生は直ぐに行動に出てくれて、今でも彼女に知られないように対処してくれている。
まさか彼女がストーカー被害にあってるなんて思ってもいなかった。
でも、これはチャンスだとも思った。
これで私は彼女に恩返しが出来るかもしれない。
そう思ったから。
まず私は彼女の周囲に安易な人が近寄れないように、『王子』と言うあだ名をつけて呼び始めた。花島優兎って言う彼女べったりな人がいたからその人を『従者』と言うあだ名にしてより王子感を際立たせた。
そのおかげもあってか、あだ名は一気に広まっていった。けれど、そうすると今度は彼女が王子と呼ばれるのを嫌がるかもしれない。
だから次に、王子と呼べるのは決まった人だけだと、新たに噂を立てた。
丁度良くその時、新田愛奈と王子が仲良くなり始めた頃だったからタイミングが良かった。彼女が白鳥さんを王子と呼びその噂は信憑性を増した。
暫くして今度は私と寮で同室の向井円と白鳥さんが仲良くし始めた。
向井さんは私が噂を立てやすくするために作ったお調子者のキャラがどうしても肌に合わないようで、常に苛立ちをぶつけてくる。
正直な所、その反応は何よりも分かりやすくて私は凄く有難かった。それに向井さんは見た目に反してかなりの善人だ。
実際、王子の様子を聞いたら、関係ない、自分で勝手に聞けって反応を返してくれたから、不自然に様子を聞いてくる私を警戒しているって理解出来る。私を警戒しているって事は私以上に怪しい人間がいないって訳で、特に危ない事なくすんでいるって事が分かる。
廊下で向井さんとすれ違う時も、一緒にいた白鳥さんは笑ってる。楽しそうに。
その事が心底堪らなく嬉しくて。本当なら両手を上げて喜びたいくらいだ。
このまま彼女を水面下で支えていけたら…。
そう思っていたのが、新入生である神薙杏子が現れてから全てが一変する。
廊下を歩いていると突然呼び留められた。
「ちょっと、失礼?」
「あれー?確か一年の杏子ちゃんだよねー。なになにー?どったのー?」
この馬鹿みたいな言葉使いは相手の戦意喪失に一役買っている。
案の定私を呼び留めた神薙杏子は眉を顰めて呆れたように溜息をついた。
「私、貴女みたいな馬鹿な女は嫌いなんですが、致し方ありませんね。貴女、今すぐ私の下につきなさい」
「えー?なにそれー?意味わかんなーい」
どう言う事?下につけって。表面上は馬鹿を装い、脳内はしっかりと動かし相手の意図を探る。
「私が何も知らないとでも?」
「んー?」
「……一之瀬夢子さん。貴女が白鳥美鈴を王子に仕立て上げ、親衛隊と言う組織を作り、その親衛隊を守るように生徒を誘導しているという事を」
「あははーっ、なにそれーっ!ユメコにそんな事出来る訳ないじゃーん」
何処で知ったんだろう。やばい。心の中が焦りで染まる。背中に冷汗が流れたけれど笑顔を維持しなければ。
私がしていた事を利用して、白鳥さんに被害が行くことだけは避けなきゃいけない。
もし、私がした事を、彼女が知ったら彼女は確実に自分がやったことだって言うだろう。
そんな事になったら、私は泣くに泣けないっ。
「その人心掌握の能力を私の下で使いなさい。そして、白鳥美鈴を地に堕とすのよっ」
白鳥さんを地に堕とす?
私の恩人を?
「……馬鹿じゃないの?」
自分ですら驚く程の低い声が出た。
「私が白鳥さんを王子に仕立て上げたと貴女は言っていた。親衛隊を作り、その親衛隊を守る様に生徒を誘導していると言っていた。そうまでして守りたいと思っている相手を陥れようとする女の下に誰が付こうと思うのよっ!」
キャラなんて知った事か。
私は、私を救ってくれた唯一の恩人を貶めようとしている相手に腹が立ったんだ。
「絶対、例え死んだとしても貴女の下にはつかないわっ!!」
断言した。
私は―――私は絶対に白鳥さんを裏切らないっ!!
白鳥さんを裏切ったら私はもう私ではなくなってしまうから。
「…後悔するわよ」
神薙は私を見下し笑った。
けれど、そんなもの痛くもかゆくもない。
私が辛いのは、白鳥さんから笑顔が消える事。それだけ。
「させてみなさいよ。私は絶対に後悔なんてしないっ」
これ以上話す事はない。
私は踵を返し、教室へと移動した。
そして、翌日。
神薙は早速仕掛けて来た。
女子特有の虐めを。
クラスの仲の良い子と話しかけても、誰も返事をしてくれない所か視線すら合わせず、触れた所を手で払う仕草をする。
(なるほどね…。こうくるのか)
とは言え、こんなのどうって事はない。
実際心から仲良くしていた人なんていやしない。一人で行動も施設にいた時から慣れている。
教室で自分の席につく。
授業が始まるまで時間がある、か。
これからの対策でも練っておこう。
多分、今日これからイジメはどんどんランクが上がっていくだろうし。
今は無視程度だけど、次は机に落書きか、体操服を切られるか、教科書を燃やされるか、その他にも色々あるけれど必ず仕掛けて来るはず。
古典的な攻撃をしてくるはずなんだ。だとしたら、ここから動かない方がいいかもしれない。もしくは先生を味方に。あぁ、でも、白鳥さんに矛先が向かないようになるべく自分に的を向けとかなきゃいけないから、もう少し派手に動かれてから先生に行った方がいいか。
今日は教室移動の授業もないし、昼食はいつも売店でパンを買ってるけど、今日は我慢かな。
明日からお弁当にしよう。寮では仕掛けて来ないだろうし。
本当、向井さんと同室で良かったわ。
ふぅと溜息をついて窓の外を眺める。窓際の席で良かったな。余計な物を目に入れなくてすむし。
朝のHRが始まり、授業が開始される。
授業の間、手紙がこそこそと回されてるのが分かり、これもまた古典的なとため息が出る。
お昼休みになり、私は教室を出ないで窓の外ばかりを見ていた。
すると、
「なんで教室にいるんだろうね」
「ちょっと聞いた?あの子、施設出身らしいよ」
「えー、やだー。もしかして捨て子とかー?」
「親にすら見捨てられてるとか、マジウケるー」
などと聞こえてくる。
こんなセリフももう慣れっこだ。どうってことない。
ただしいて言うなら、…お腹空いた。
もう、寝ちゃおうかな。起きててもうるさいし、お腹すくだけだし。
そう思っていると、とすっと目の前に紙袋が置かれた。
誰だと思ってその主を見ると、そこにいたのは向井さんで。
「え…?なんで…?」
「それはアタシのセリフだ。アンタ、一体なにしたんだ」
「何もしてないよ」
「何もしてないのに、こんな状況になってるのか?」
「そう。…向井さん。私と同室のよしみで話しかけてくれたんだろうけど、もう学校では話かけないで」
私がそう言うと、彼女は顔を顰めた。
「違う。向井さんと話すのが嫌とかそういう意味じゃない。でも、私は向井さんに私よりも守って欲しい人がいる。だから…話かけないで」
「一之瀬…」
向井さんに初めて名前呼ばれた気がする。
それが嬉しくて、私は笑みを浮かべた。
「これ、貰っていいの?」
「え、あ、あぁ…」
「ありがとう。向井さん。お腹空いてたから助かる。これから、白鳥さんの所へ行くんでしょう?行ってらっしゃい。また寮でね」
私の側から立ち去って。
そういう意味を込めて私は向井さんを白鳥さんの下へと向かうように仕向ける。
彼女は私の言葉に従うしかなく、そのまま教室を出て行った。
残された私は彼女の持って来た袋を開ける。
中身を見て私は思わず笑った。
向井さんってあんな見た目に反して可愛い物好きなんだよね。可愛いラップに包まれたサンドイッチが二つと苺ミルクのパックが入っていた。
それを取り出して、サンドイッチを一口齧る。
私の好きな、フルーツサンドだ。チョコクリーム入りの。
何だかんだで彼女は私の行動をよく見ている。だから、きっと好物も知ってたんだ。
一度、私の桃色の髪をみて、自分の髪と見比べて羨ましいと小さく呟いたのを聞いた事がある。
私自体はこの髪色は馬鹿にされ易くて好きじゃなかったけど、でもそうやって言って貰えたのは嬉しかった。
向井さんの作ってくれたご飯を食べて、午後の授業に挑む。
その授業も終わり、放課後になった。
クッキング部に入っているが週一の活動なので、今日は部活ない。
だから、私は学校から人がいなくなるまで待つつもりでいた。
でないと、十中八九机が移動させられる。そうじゃなくても何かしらやられるに決まってる。
ただでさえ、養子先の両親にお金をかけさせているんだ。これ以上出費させたらいけない。
学校が生徒全員下校時間を告げる曲を流すまで教室で粘り、時間になったら鞄に教科書類全て詰めて、直ぐに玄関へと行く。
案の定靴がなかったけれど、靴の一つや二つなくなったって裸足で帰れば問題ない。
上履きは持ち帰る。そうすれば被害が出ない。
あ、売店寄らなきゃ。
道にある石が痛いけど、別に構わない。
売店でお弁当の材料を買い込み、寮へと戻る。
寮の部屋の前に、私の靴が濡らされて切り刻まれた状態で置かれていた。
(なんだ、まだ履けるじゃん)
問題ない。乾かせば履ける。
鍵を開けて中に入り、向井さんにばれない為にも寝室に靴を干す。
教科書は明日から必要な物だけ持って行こう。
移動教室の時も全て持って移動した方がいいかな。
でも、そうすると鞄を持ち歩かなきゃいけなくなる。
だとするなら、クリアケースみたいなのに入れて持ち歩こう。
翌日の授業の内容であろう場所をルーズリーフに移して、持って行こう。
そうすればクリアケースで事足りる。捨てられても、破かれてもまた書けばいいだけの話。書く事で勉強も出来るから一石二鳥だ。
寮の中から教科書類は出さないようにしよう。あぁ、職員室でこっそりコピーしてもいいな。
明日の方向性を決めて、向井さんに鉢合わせにならないように私は速めにご飯を食べてシャワーを浴びると寝室へ戻った。
授業の準備をして、眠りにつく。
翌日、誰よりも早く起きて弁当を作って、学校へと向かい、外履きを袋に入れて、内履きに履き替えて教室へと急ぐ。
教室ところか学校には生徒一人いない。
自分の机に変化がない事にほっと胸を撫で下ろす。
(これで、どのくらい持たせられるかな…。次の手が来るとしたら…)
今まで受けて来た虐めを思い出すと、次の手段が思い浮かぶ。
(あ、そうだ。机の裏に何か張られてないか確かめなきゃ)
机の裏に何かあるのも虐めの鉄板だ。
私はしゃがみこみ、机の下にもぐり机の裏を確かめる。
すると、突然教室のドアが開いた。
条件反射で息を潜めてしまう。
「…いないわね」
「朝早く出て行ったから、てっきり教室へいるものだと思っていたけれど」
「桃姉様。次は私何をしたらいいかしら?」
「そうね。あの女を引き釣り出すには、もっと派手にしないと…」
桃姉様?桃って誰だ?聞いた事ある…。そうだ、A組にいる綾小路桃(あやのこうじもも)だ。
もう一人の声は神薙杏子で間違いない。と言う事は…黒幕は綾小路桃?
だって、神薙杏子と言う女はそこまで賢いとは思えない。きっと誰かの言うがままになっているんだろうと考えていた。案の定これだ。
そして、この二人はもう一つ、聞き捨てならない事を言っていた。
『あの女を引き釣り出すには』と。
あの女ってのは誰の事?なんて考えるまでもない。
白鳥さんの事に決まってる。
新入生の歓迎会の時、神薙杏子は白鳥さんに喧嘩を売っていた。
そんな事実があるのに他の可能性なんて考える必要はない。
でも、なんで私?私はこの学校に入って白鳥さんと会話をした事なんて一度もない。
私が一方的に彼女を慕っているだけ。彼女は私を気に留めたりなんてしてない。きっと目の端に映ってもいないだろう。
そんな私を囮にして彼女が出て来る訳ない。
そう、断定しかけて、私は止まった。出てくる可能性はある。例え知らない人間にでも優しさを注ぐ彼女。そんな白鳥さんが出て来ない訳がない。
―――やってしまった。
こうなれば教師に相談するのも考え物だ。だって、この事が白鳥さんに知れたら必ず彼女は行動を起こす。それだけは避けなければ。
ある程度したら教師に相談しようと思っていたけれど、これは耐え抜くしかないようだ。
私は彼女達が教室を出た事をひっそりと机の下で確認し、改めて椅子に座る。
さて、どこまでこの虐めがエスカレートするか。
それによって私のとる行動は変わっていく。
暫くは様子見をしていよう。
白鳥さんに気付かれないように。これが絶対条件だった。
それから二週間。
無視以外の虐めらしい虐めはなく、意外にも平和に過ごしていた。
こう言うのは忘れた時に来るから油断は出来ないけれど。それでも白鳥さんにそれが伝わってる様子はないし、胸を撫で下ろす。
今日も無事午前の授業を終え、作って来たお弁当を食べていると、突然背後から液体をかけられた。上半身がびしょ濡れになる。
この匂いは牛乳?乾燥すると匂いが出るもの、か。乾いたら臭いだのなんだのとからかうつもりなのだろう。
ありきたり。匂いがずっとするのは嫌だな。でも、すっと視線だけで振り返ると、そこには牛乳パックを持ってクスクス笑うクラスメートの姿があった。
…どちらかと言えば、白鳥さんを嫌っていた人達だね。
「やだー。汚ーい」
「でもとってもお似合いよー。一之瀬さーん」
「そのとっても可愛いピンク色と合わさって苺ミルク的でいいんじゃなーい?」
苺ミルク。上手い事言うもんだよ、ホント。
ま、私には関係ない。鞄からタオルを取り出して体を拭く。お弁当にはかかってなかったのは不幸中の幸いかな。
腹が減っては戦は出来ないし。
虐めに対抗する手段は動じない事。何をされても平然としている事。例え心がどんなに苦しく泣いていても、それを表に出してはいけない。笑っても怒ってもいけない。表情を出したら負けなのだ。
お弁当を黙々と食べ、完食すると私は机に突っ伏して眠る事にする。
「…良く、この状況であんな態度取れるよね」
「舐めんなっての」
「ちょっと、あれ持ってきなよ」
足音が聞こえて、再び何かをかけられた。
「便器の水かぶっても平然としてるって凄くなーい?」
「牛乳が流れて良かったねー」
はぁー。トイレの水ですか。んー、ま、体洗えばどうってことない。問題ない。
かと言って机の周辺が水浸しになるのは嫌だな。どうせ掃除するのは私なんだろうし。
そうだ。明日からはレインコートを持ってこよう。そうすれば濡れずにすむ。
とりあえず、さっさと飽きて今日の所は切り上げてくれないかな。
寝るにも寝れずぼんやりと窓の外を眺めていると、
―――ガンッ!
唐突に何か叩きつけられた音がした。
気になって、音のした方を見ると、そこには向井さんが教室のドアを叩きつけていた。
何で、怒ってる?何かあったのかな?
もしかして、白鳥さんに何かあったのっ!?
私は咄嗟に彼女の側によろうと立ち上がりかけて、踏み止まった。
駄目だ。今行ったら確実に白鳥さんの耳に入ってしまう。
落ち着かなきゃ…。彼女は向井さんが助けてくれる。花島さんもいる。新田さんだって。
だから、大丈夫…。大丈夫。
静かに向井さんから視線を逸らし、外を見た。
程無くして、午後の授業開始のチャイムが鳴り、先生が教室へ入って来る。
私の姿を見て、教師は床を拭くように言った。汚すなと。
(なんだ…。とっくに教師も売約済みって奴ね。なら教師に助けを求める線もなくなった。ある意味楽かもしれない。私だけ耐えればいいんだもの)
普通の教師なら、私の濡れた姿を心配し、保健室へ連れて行くなりするはずだ。でもそれをしないで私を注意したのだから教師ももう頼る事は出来ない。
…まぁ、死なないのなら腕の一本や二本。歯の一つや二つ。無くなった所でどうってことない。
私にとって、白鳥さんが傷つく以外辛い事なんてないから。
今日も放課後、最後の一人になるまで残り、下校する。
寮の自室へ入ると、そこに向井さんの姿はなくホッとする。
制服を洗濯機の中へ入れて、私はシャワーを浴びて着替える。やっと牛乳の匂いが取れた。
シャワールームを出て直ぐに寝室へと入る。
そこに朝用意しておいた晩御飯であるお握りが置かれている。床に座り片手でお握りを食べながら明日の授業の為の準備をする。
ルーズリーフに教科書の内容をがりがりと書き写していく。
あともう少しで書き終わるな。シャーペンを握り直したその時、いきなりドアが開いた。
驚いて振り返ると、そこには向井さんの姿があった。
「あ、なんだ、びっくりさせないでよ。向井さん。誰かと思ったじゃない」
「なんで、黙ってる」
「え?」
一瞬何を言われたか理解出来なくて、思わず聞き返すと向井さんは私のすぐ側までその長い足で歩み寄り、ぐいっと胸倉をつかんできた。
「あんな事までされて何で黙ってるんだっ!悔しくないのかっ!?」
「悔しい?どうして?」
「どうしてって」
「悔しくなんてない。私にとってあんなのどうってことない」
ハッキリと言い切る。だって事実だから。
「辛くないのか…?苦しくないのか…?」
私よりも辛そうな声で、苦しそうな声で向井さんは呟き、手からゆっくり力を抜いていった。
「私にとって辛いのは、苦しいのは…白鳥さんから笑顔を奪う事。白鳥さんが笑っていてくれるなら、私はそれだけでいい。それだけで幸せなの」
「一之瀬…アンタ…」
「ねぇ、向井さん?白鳥さんは今、どう?」
笑ってる?苦しんでない?誰からも何もされてない?
それだけが、私にとっての不安なの。
「…王子なら今日も生徒会の仕事に追われてたよ。でも楽しそうに自分で作ったお菓子を愛奈や優にあげて笑ってた」
「ホント?白鳥さんは笑ってるの?」
「あぁ、笑ってるよ。毎日楽しそうに」
「そう。ならいいの。…良かった。笑ってるのね。嬉しいっ」
嬉しい嬉しいっ!!
白鳥さんが誰からも何もされず、楽しく過ごしてる。それだけで私は何よりも、どんなことよりも嬉しいのっ!
笑みが零れる私を向井さんは泣きそうな顔をして抱きしめた。
「……アタシ、馬鹿だ。大馬鹿だ…。アンタの内面を気付きもしないで…ごめん。ごめんっ、一之瀬っ」
「何を謝ってるの?向井さんは謝るような事、してないでしょ?」
「したよ。…してたんだ。……一之瀬、これからアタシと一緒に行動しよう」
「え?」
「アタシと一緒にいれば、クラスの連中はきっと手を出せない筈。そうすれば―――」
「ダメっ!!」
私は抱き締めてくれている向井さんの腕から逃れ、彼女を睨み付けた。
「一之瀬…?」
「そんなの絶対だめっ!」
「だけどっ」
「向井さんが私と一緒に行動なんてしたら、白鳥さんは誰が守るのっ!?私の事なんて放っておいていいっ!!お願いだから、白鳥さんの側にいてよっ!!」
「なんで、そんな…」
「白鳥さんは私にとって恩人なの。命より大事な存在なのっ…。向井さんが私と一緒に行動したら、あの人達の思惑通りになってしまう。そんな事絶対にさせないっ!!」
そっと向井さんの腕を掴み、私は彼女を真正面から見据える。
「お願い、…お願いっ。私の恩人を守ってっ。私の事を出来るだけ気付かないように。気付いても近寄らせないようにしてっ。向井さんっ、お願いっ」
虐めなんてどうってことないのっ。
ただ、白鳥さんが笑ってくれているだけでいいのっ。
それで例え私が死んだとしても、私に一切の悔いは残らないの。
だから…お願い。
ぐっとその腕をきつく握る。
「……分かった。王子の事は絶対に守る。一之瀬の為に」
私の手に向井さんの手が重なった。
ホッとした。これで白鳥さんは彼女達に守られて、ずっと笑っていてくれるだろう。
私が微笑むと、急に立ち上がった向井さんに腕を引かれた。
「え?え?」
するとリビングへ連れていかれ、座らせられる。
一体何事かと、茫然としていると、手早くココアが入れられ手渡された。
「一之瀬の言う通り、学校では話かけない。でも寮でならいいだろ」
「う、うん。それはまぁ」
「ここで位は一緒にいるし、相談にも乗るよ。…一人で戦うな。アタシも一緒に戦わせろよ」
「向井さん…」
「知ってるんだろ。自分を苦しめてる相手が誰か。教えろ。反撃するぞ」
反撃…。
考えても見なかった。
でも、そうだよ。こっちが黙ってやられることはないんだ。
白鳥さんにばれないように反撃して相手を叩き潰せたらいいんだ。
教師なんかに頼らず、自分の手で。
私は頷き、向井さんに今持っている情報を提示した。
虐めの発端は神薙杏子。それを背後で操ってる人間は綾小路桃。黒幕は綾小路だ。彼女が全てを操作している。
「成程…。あの女か」
「うん。今日はあれ位で済んだけど、次はどんな手段で来るか…」
「…アタシも調べてみるよ。どんな人間なのか。敵を知り己を知れば百戦危うからずってね。何か分かったら直ぐに教える」
「うん。有難う」
「…なぁ、一之瀬」
「なに?向井さん」
「明日は晩飯一緒に食べない?私が、作るから」
「え?でも、白鳥さんの側に」
いてあげて欲しい。私は言外にその意味を含めると、彼女は首を振った。
「王子は明日、花島と二人で食べるんだとさ。だから、一緒に食べようよ」
「でも…」
花島さんだけで白鳥さんを守り切れるの?
「問題ないよ。花島は私達親衛隊の中で一番強い。あいつが側にいる時なら王子の心配はいらない」
「そう、なんだ…。じゃあ、一緒に食べようかな」
本当は、いじめられてる時にこうやって誰かと一緒にいると、いじめられてる時との落差で精神がきつくなるから出来るだけ避けた方がいい。
それは分かってる。分かってるけど…それでも一人は辛くて。
私は、向井さんの言葉に頷いた。
私への虐めが始まってから更に一か月が過ぎた。
虐めはどんどんエスカレートし、結構頑張っていた机の確保も出来なくなり、隠されたりするようになった。
部活動も出ることは出来るものの、同じ学年、後一年生の子達は一切私に話しかける事はしない。
三年生の人達が心配するように話しかけてくれるものの、巻き込んではいけないからと、少し遠ざけてしまう。
本格的に孤立化し始めていた。
最近は白鳥さんを見かける事もなくなったな。白鳥さんも私を避けるようになったんだろうか。
…それはそれでいいか。彼女が怪我をしたりする可能性が減るから。
ぼんやりと意識を他所へと飛ばす。
だって、そうでもしないと私は痛みを意識してしまう。
「あー、スッキリしたっ!」
「クラスにサンドバックがいるっていいよね」
「教師黙認だし?」
「さいこーっ!!」
トイレに連れ込まれ、思う存分腹を蹴られた。
顔や足など見える所には手をつけないってのがまた器用だと言うか何というか。
(一応お腹に腹巻を重ねてつけて防御はしてるけど、やっぱり結構きついな)
トイレの床に座る事に抵抗なんてもうない。
何なら授業をさぼってこのままここで寝てもいいくらいだ。
でも、そんな事したら、向井さんが心配するから戻らないと。
痛みで言う事を聞かない体を叱咤して、立ち上がり何事もなかったかのように歩く。
次、何時間目だっけ?今は何時間目と何時間目の間の休憩時間?
移動教室ではなかった筈。
真っ直ぐ歩いてる筈なのに、ふらふらと体は蛇行する。
もう少し休んでれば良かったかな…。
廊下の曲がり角を曲がった時、
―――ドンッ。
誰かにぶつかった。
「おっと」
驚いた声と、
「ご、ごめんなさいっ」
謝る私の声が重なる。
ふらつく体をぶつかった誰かが支えてくれた。
今の私を支えてくれるなんて奇特な人は一体…?
胸のスカーフしか目に入らなかったから、私は顔を上げて―――愕然とした。
「…大丈夫かい?」
なんでっ…なんでよりによって私は白鳥さんにぶつかったのっ!?
血の気が引く。
こんなに関わらないようにしていたのに、どうして、なんでっ!?
急いで離れなきゃっ。これ以上関わらないようにっ!
私は白鳥さんから離れようとした。けれど彼女は何故か離してくれない。
「……これ、どうしたの?」
彼女の指が首筋に触れる。そこはさっき殴られた場所。
慌てて、手でその場所を隠す。すると彼女の目はすっと細められた。優しい彼女らしくない鋭い眼つき。けれどそれは一瞬で直ぐに笑顔に戻る。
「ごめん。触れちゃいけないことだったみたいだね。…じゃ、私は失礼するよ」
彼女は私を抱き寄せて、ぎゅっと抱きしめると手を振って去っていった。
微笑む彼女は何時もの彼女で。さっきの鋭い眼つきの彼女は気のせいだったんじゃないかと思ってしまう。
何時までもここにいてもどうしようもないので教室へ戻ろうと歩き出すと、スカートの腰の部分に違和感を感じた。
何だろう?
手を違和感のある場所に移動させると、そこには四つ折りにされたルーズリーフが刺さっていた。
こんなの何時の間に…?
きっと白鳥さんがいれたものだろうけど…。私宛に?白鳥さんが?
キョロキョロと辺りを見渡す。ここじゃあ誰かに見つかってしまう。
何処で見たらいいんだろう。私が一人で安全に読むことが出来る場所。
……寮、かな。
うん。今日帰ったら一人で見よう。
残りの授業を乗り越えて重い体を引き摺り寮へと帰る。
すっかり日課となった帰宅直ぐのシャワーを浴びて、寝室へ行き白鳥さんから渡された紙を前に開くべきか否か悩む。
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でも…もし、私を励ますような内容だったら…。もし、私を助けようとする内容だったら…。
私が、白鳥さんをこちらへ引き込んでしまったら…。
そんな事が起きたら、私は…。
考えていても始まらない。
私は意を決して、その紙を開いた。
紙には短い文で、
『あと二週間。耐えて』
だった。
ぽたり、と紙に滴が落ちる。
やってしまった…。
等々私はやってしまったのだ。
彼女を、―――恩人を巻き込んでしまった。
(私、何やってるの…?命より大事な人を巻き込んでしまった…。私なんかの所為で巻き込んでしまった…)
ボロボロと涙が溢れ、嗚咽が漏れる。
「くっ…ぅっ…―――あああぁぁぁぁぁっ!!」
堪えきれず、私は声を上げて泣いた。
ただただ声を上げて泣き続ける。
玄関のドアが開き、足音が聞こえて、寝室のドアが開かれた。
「一之瀬っ!」
向井さんが私を抱きしめてくれる。でも、それすらも今の私には辛い。苦しい。
「なんでっ、どおしてっ!?向井さんっ、言ってくれたのにっ!白鳥さんを近寄らせないって、守ってくれるって言ったのにぃっ!!」
ドンッと彼女の胸を叩く。
「どうしてっ、白鳥さんが私に手紙をくれるのっ!?なんで助けようとしてくれてるのぉっ!?やだよぉっ!!こんなのやだああああああっ!!」
「一之瀬っ、落ち着いてっ!」
彼女の声なんて今の私に受け入れる余裕はない。力の限り弾き飛ばして部屋から出て行こうとした。
だけど、向井さんが咄嗟に私の腕を掴んで引き寄せた。
「アタシが出て行くからっ!そんな状態で外になんて行かないでっ!」
寝室に戻されて、向井さんは静かに部屋を出て行く。
バタンと閉められた扉に背を向け、私は立ち尽くす。
涙は止まらない。ずっと頬を伝い続ける。
…どうしたらいいだろう?これ以上彼女を巻き込まずに済ませるには…。
彼女の言う、二週間って何だろう?
二週間経ったら助けてくれるって事?
だったら、明日…。ううん、明日だと色々ばれてしまう可能性がある。それに準備もある。
じゃあ、一週間後にしよう。
その日に全て片をつけよう。彼女を害するであろうあの二人を消してしまおう。そして私が消えれば白鳥さんは楽に過ごせるはず。
そうだ。もう、そうするしかない。
白鳥さんの笑顔は私が守る。…私は消える前に彼女の笑顔を見れればそれでいい。
ルーズリーフを取り出し、遺書を書く。
向井さんに、私を気にかけてくれた感謝を。
両親に、養子にしてくれたことに感謝を。
白鳥さんに、私を救ってくれた事に感謝を。
そして、こんな事件を起こしてしまった事を含め全ての事に関して謝罪を。
最後に私の名前と、決行日を書く。
これでいい。後は残りの一週間を耐えて過ごせばいい。
心を決めてしまえば、後はもうどんな状況でも耐えきれる気がした。
毎日殴られたり蹴られたり。
でも、もう、痛みは感じなかった。
だって、私はあと少しで痛みから解放されるんだから。
一週間が経ち、私は最後だからと、鞄に教科書を詰めて新しい靴を履いて、苛められる前の登校時間に学校へと向かった。
教室へ入ると、何時もの白い目で見られるけれど、そんなのどうでもいい。
机が隠されてる。けど探す必要ももうない。
私は窓枠に座ってぼんやりと教室を眺めていた。
皆、こっちを見てはヒソヒソと話している。それが少しおかしくて笑みを浮かべていると、教室に向井さんが入って来た。
向井さんは私を見て一瞬驚いたように目を見開いて、そしてこっちに歩いてきた。
私も窓枠から降りて、向井さんと向き合う。
こうしてちゃんと目を見て、向き合うのも今日が最後。だったら、私に優しくしてくれた向井さんにちゃんと謝りたい。
「向井さん。この間はごめんね?」
「え…?」
「八つ当たりしてごめん。それから、ありがとう」
微笑む。満面の笑みであればいい。そう願って。
私は向井さんに深く礼をして、教室を出た。
真っ直ぐに屋上へと向かう。あそこに私は二人を呼び出していた。
来ないはずはない。きっと私が謝罪して、神薙杏子と綾小路桃に跪くと思ってるだろうから。
屋上への階段を上り、ドアをゆっくりと開く。
ふわりと心地良い風が吹き抜ける。靡く髪を軽く抑え、一歩踏み出す。
そう言えば、いつもはこの桃色の長い髪を二つに結い上げてたっけ?今日はそれすらもしないなんて…。私は自分の覚悟が少し面白く思えてクスクスと笑ってしまう。
「何がおかしいのかしら?」
「桃姉様。そんな馬鹿と話したらお姉様が汚れてしまいますわ。私が話します」
フェンスの手前に二人が並んで立っていた。
「それで?こんな所に呼び出して、何の用ですの?許しでも請いにでもいらしたのかしら?」
「許し?許しって何の?」
私が馬鹿にしたように笑うと、神薙杏子の目が吊り上がる。
「私がここに貴女達を呼び出した理由はたった一つよ」
ポケットから小さな瓶を一つ取り出し、蓋を開けると綾小路桃へと投げつけた。
「お姉様っ!」
咄嗟に神薙杏子が綾小路桃を庇う。
液体が神薙杏子の背中へとかかる。
…狙いは違ったけど、ま、いいか。
ポケットから更にもう一つ。ライターを取り出す。
「なっ!?」
「安心して。少し火を点けるだけ。一生消える事のない火傷をつけるだけだから」
そう。少し燃やすだけだから。
本当はこの女達も消そうと思った。でも、こんな奴らと心中とかしたくない。死んでからも一緒とか絶対にごめんだ。
私は考えた。どうしたら、こいつらに苦痛を与える事が出来るか。一生を苦しんで終わらせる事が出来るか。
そして思いついた。醜い姿にしてやろうと。更に私が消える事で人殺しとしてのレッテルを死ぬまで味わわせてやろうと。
「貴女っ、私達にこんな事をして許されるとでも思っているのっ!?私達は日本有数の旧家である神薙と綾小路の娘なのよっ!!」
「だから?そんなの私に関係あるとでも?」
「私達に傷を付けたりしたら、貴女の両親を社会から消すわよっ!」
「…私は施設育ちよ。両親なんてとうにいないわ。それに、そんな心配しなくて結構よ。貴女達に一生消えない傷を作ったら私はそこから飛び降りて死ぬから」
「なに、言ってっ!?」
「私にここまでの覚悟をさせたんだから…貴女達って凄いわ。私を苛めてるだけなら放置していたものを。貴女達はやってはならないことをした。…私の恩人を巻き込んだっ」
ライターを片手に一歩二歩と近づく。
「許さない…絶対に許さないっ!!」
神薙杏子と綾小路桃は絶対に許さないっ!!
でも、それ以上に―――私は私を許せないっ!!
だから、巻き込むの。
この二人を、私が私に復讐する為に巻き込むの。
これ位は許されるでしょう?
ライターに火をともし、綾小路桃を庇うように抱き込む神薙杏子に投げつけようとした、―――その瞬間。
私の視界が塞がれた。
細いけれど綺麗な手。
背中から抱きしめてくれる柔らかな体温。
そして…。
「もう、いいよ…。もう、いいの…。ありがとう。夢子ちゃん」
私の大好きなあの優しい声が耳に囁かれた。
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