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第三章 中学生編

※※※(愛奈視点)

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「美味しい……流石、王子」
「ありがとう」
目の前で王子がにこにこと微笑んでいる。この悩殺スマイルはマジやばい。
王子が腐女子だと知ってから、私と王子の仲は急激に接近した。
最初は、絶対観賞用。側に行ったら百害あって一利なしって思ってたのに。
でも、王子は凄く優しい人だった。
今思えば、王子は誰隔てなく優しかった気がする。
私は目の前にある王子の手作りお弁当を食べながら、入学当初を思い出していた。
私が王子を意識したのは、歓迎会の時。
(この学校マジで意味わからない。なんで自分達の歓迎会に自分達で料理を作ってかなきゃならないのよ)
正直料理が苦手な私は、何を作っていいか解らず、最終的に得意な科学の応用で作れるグミを作った。スライムの形にして。
勿論、水色のゲテモノに目の前の先輩達は完全に引いていたけど、一切構わなかった。
だって、どうせこの学校に腐女子がいるとは思えなかったから友達が出来るとも思ってなかったし。
だったらいっそ距離を置いて貰えた方がよっぽど楽。
そう思って、会話にもほとんど参加していなかった。だけど、王子はそんな私の所に来て。
「そ、そのスライムグミ。私、食べてもいいかな?」
「は?」
「私のちらし寿司と交換でどうだろう?」
いきなり何を言いだすかと思えば…。
何だってこんなキラキラしい人が私の作ったスライムなんて食べたがるんだか。
意味が分からない。
でも、こんな注目を浴びる人を無視したら後が面倒になるって事も知ってる。
「はぁ。こんなので良ければ、どうぞ」
「ありがとうっ」
そして、皿を交換し王子は嬉し気に自分の席に戻って行った。私の手元には王子が作ったちらし寿司。
残しておくのも悪いと思って一口食べると、あり得ない旨さにがっついて食べてしまった。あれが手作りとか当初は全く信じられなかった。勿論今なら信じられるけどね。
次の日。入学式で王子の印象は更に強くなる。
彼女は新入生代表として挨拶をしたのだ。…料理が出来て、頭も良くて、スタイル抜群、超絶美形。何そのスペック。
脳から印象を消せって言う方が難しいよ。そう感じてしまうのは私だけじゃなく、彼女は一躍有名になっていった。
それに反して私の印象はどんどん消えて行く。そうなるべくしていたってのもあるけれど、オタク活動をする分には目立たない方がいい。この学校は男子禁制だから尚更下手に注目を浴びられない。
幽霊部員しかいないと有名な化学部に入部し、化学室で只管原稿を書き続ける。貸出用のノートパソコンはとても便利だ。
そんな一人ライフを送っていると、やたらぶりっ子な教師がこっちを気にしてますって振りをして話しかけてくるようになった。
(あーーー、ウザいっ!!私は一人で原稿を書きたいのっ!!萌えたいのーーーっ!!)
…それを口に出して言う訳にもいかないし…。
毎日化学室で頭を抱えていると。
ある日、下腹部に鈍い痛みを感じた。
(…お腹下した?)
そんな悪いもの食べたっけ?昨日は朝昼晩ってパンしか食べてないし。…パン腐ってたとか?いやでもだったら口に入れた時点で流石に気付く筈。
じゃあ、昨日執筆に盛り上がって徹夜したのが悪かった?でも、それもある意味日常だし。
登校する時も、じんわりと来る痛みにちょっと不安を覚える。病気、じゃないよね…。っといけないいけないっ。こういう時は気分転換っ。
私は教室へ到着するなり、王子と常に側に寄り添う従者である花島さんを観察する。
絶対、従者の方が王子を愛していると思うっ。あの視線は間違いなく王子を好きって言ってるっ!
でも、王子が鈍くてそれに気付かないんだよねっ!あーっ!萌えるっ!!恋心に気付いた瞬間誰よりも燃え上がるのっ!!やばいっ!!萌え禿げるっ!!
心の中で盛大に萌えまくって痛みをやり過ごす。
それで何とか5時間目まで乗り切ったのに、最後の最後に体育とか、最悪。
何とかサボれないかなー…。遠くを眺めていると、突然私の上に影が落ちた。
「ねぇ、新田さん?一人なら私達と組まない?」
「…え?」
突然目の前に現れた王子に目が点になる。
「私達四人で、貴方がいると丁度良く五人になるんだ。どうかな?」
まさか誘われるとは思っていなかったけれど、王子と従者を間近に見れるチャンスかなと邪な考えから私は頷いた。
クラスメートだけど名前を憶えてない二人と従者と合流して壁際に移動する。
…なんだろう。少し腰が痛い…。
「…新田さん。大丈夫?」
膝を抱えて体を丸めていると、横から気遣わし気な表情でこっちを見る王子がいた。
思わず何を言われたのか理解出来ずに聞き返すと、
「体調悪そうに見えたから。平気ならいいんだけど」
と何気ない口調で返された。まさか顔に出るほど具合悪そう?
具合が悪い時の私は無表情になるって親ですら最近やっと気付いたくらいなのに。
王子はそれをあっさり見抜いたの?
「…平気。体が少しだるいだけだから」
見抜かれた事がどこか悔しくて、少し拗ねたように言うと彼女は微笑み私の頭を撫でた。
「そう。…気を付けるんだよ?」
気を付けるって何を?
意味は理解出来なかったけど、彼女が私を愛おし気に撫でるから、恥ずかしさのあまり顔に熱が集まった。
顔に手を当てると火照ってるのが分かる。
…あの顔は犯罪だ。
先生の号令が聞こえて立ち上がり、数歩歩いた時。
チクンとお腹に痛みが走り、何もない所でふらついてしまう。
すると、王子が私を抱きとめ、顔を覗き込んできた。
「…徹夜明け?」
まさかの言葉が耳に囁かれる。な、なんで分かったのっ!?もしや目の下に隈っ!?
驚く私を支えながら、しっかりと立たせてくれると王子は私の背を優しく撫でて、先を歩く従者に即行宣言をする。
そして、私の耳元に唇を寄せて、
「なるべくボールがいかないようにするけど。何とか頑張って」
と囁き、微笑んだ。
何このイケメンボイスっ!!腰砕けにする気っ!?
やばい。やっぱこの人犯罪だわ。
周りの女子がきゃあきゃあ騒ぐのも分かる。しかし、これで私が嫉妬のターゲットにされたらされたで面倒なんだけどっ!
事実面倒だった。
バレーボールが王子と従者以外を狙って攻撃してきたし。女の嫉妬マジ面倒。
それでも何とか対応していたけれど、腹部の痛みに一瞬油断した瞬間、その痛みに追い打ちをかける痛みがお腹に与えられた。
バレーボール部員のボールが直撃とかあり得ない。
ボールの衝撃で尻もちをつき、腰にも更なる衝撃が。…きつい。
立ち上がれない私に駆け寄って来た王子の顔を見て、私とクラスメート二人は凍り付いた。
笑ってるのに笑ってない。
「優兎。付き合え」
しかも呼び捨て。いつも優ちゃんって呼んで微笑んでるのに。
「3人共、ちょっと下がってて。いいね?」
優しい微笑みを作って私の頭を撫でて、再び試合相手に向き合う。
相手チームのバレーボール部員が恐怖に震えてる。あんなのと向き合うなんてかなりの勇気が必要だよ。うん。
王子は速攻でゲームを再開し、そして終了させた。
凄い…。私はその試合に呆気にとられてしまい、そばにいてくれる二人にされるがまま立ち上がる。
お腹が痛いし、腰も痛い…。辛い。思わず泣きそうになる私を王子はちょっと驚いたように見て、急いで駆け寄って来てくれた。
来ていたジャージの上着を脱いで何故か私の腰に巻き付ける。
そして、何故かお姫様抱っこをされた。
え?えっ?なんでっ?
私が突っ込む暇もなく従者に二言三言話すと真っ直ぐに寮へと連れていかれた。
まぁ、なんてことない生理だったんだけど。あそこまで情緒不安定になるものだとは思わなかったな。
「そう言えば、王子」
「どうしたの?」
「王子って部屋の中で話した感じと外の感じが違うのはなんで?」
もぐもぐと口の中の物を咀嚼して飲みこんでから問いかけると、王子は、ふふっと笑って言った。
「だって、私だけ新田さんの秘密を知ってるのは不公平でしょう?」
そう言って私の頭を撫でる。
「これは私の秘密」
「王子の秘密?」
「そう。内緒にしてくれるよね?」
遠回しにばらしたら、私が腐女子だってことをバラすと脅してるんですね。分かります。
「因みに美鈴ちゃんがこういうキャラを作ってる理由は、男を避けて通る為なのよ」
「男を?なんで?」
「美鈴ちゃんって男性恐怖症なの」
「えっ?嘘っ!?」
従者の話に驚いて王子を見ると苦笑して頷いている。こんなに完璧に王子を演じてるのに男性が苦手?嘘でしょ。
「いや、事実だよ。…近寄られただけで騒いで暴れるレベル」
「その割には、男っぽいと言うか王子っぽいと言うか」
「これは、美鈴ちゃんが自分のお兄さんを真似してるだけよ」
…お兄さんを真似してる。って事はお兄さんは王子レベルって事ですか。流石だ。
「王子、兄弟いるんだ。…何人兄弟?私には妹が一人いるけど」
「私?私は、8人兄弟の長女」
「は、8人っ!?」
「そうなんだ。上に兄が3人、下に弟が4人いるよ」
「しかも全部男なのっ!?」
「そう」
ははっと苦笑い。それは…苦笑もするよね。紅一点って奴なんだ。王子って。
「更に言うなら兄弟達にそれはもう溺愛されてるよ。まぁ、美鈴ちゃん自体もブラコンだけどね」
「優ちゃん?」
ブリザード笑顔。
従者が冷汗流してよそ見してるよ、王子。
そんな二人の何気ないやりとりに自分が混ざれてる事が不思議で、でも嬉しくて私も自然と笑みが浮かぶ。
「ねぇ、王子…」
「ん?」
「今日、王子の部屋に遊びに行ってもいい?」
「勿論。構わないよ。生徒会の書類手伝ってくれたら尚嬉しいな」
「……流石王子。人を使うのが上手い」
「ふふふっ」
こうして3人で行動するのが普通になっていって。
一学期が終わり、夏休み中旬のある日。
私が王子の部屋に遊びに行こうとしたら、向こうから物凄い形相の従者が走って来た。
「…従者。どうかした?」
「み、美鈴ちゃんが、体調悪くしたのっ!美鈴ちゃん自体は原因分かってるみたいで。お使い頼まれたから行ってくるっ。愛ちゃん、美鈴ちゃんの様子見に行ってくれるっ!?はい、鍵っ!じゃっ!!」
鍵を押し付けられ、駆け抜けていった。
こんな従者の姿は珍しい。それに王子が具合が悪いってのも珍しい。
心配になって、私は少し駆け足で王子の部屋へと向かった。
鍵を使って中に入り、靴を脱いでリビングへ向かうとそこに王子の姿はなく。ロフトを覗くも姿はない。
となるとやっぱり寝室だ。同じ作りの部屋で住んでいるのだから、判断は直ぐにつく。隣の部屋のドアは開けっ放しだからきっと従者の部屋。なら閉じてる方が王子の部屋だ。
軽くノックをして中に入ると、王子はベッドに横になって本を読んでいた。
「…なんだ、大丈夫そう」
「来てくれたのー?愛奈」
「うん。従者が鍵を渡して光の速さで駆け抜けていったから」
「あはは。そっか。なんてことないの。ただの生理痛だから」
「…成程。風邪とかじゃなくて良かった」
「優ちゃんには薬と今日の食材買いに行って貰ったんだー」
部屋の中だと完全に可愛い女の子に戻る王子。王子って言うより姫なのかもしれない。
私は椅子を持ってベッドの横に置くとそこへ座る。
「…辛い?痛い?」
「ん?んー…そうだねー…。まさか、今回の体がこんなに生理痛が酷いとは思わなかったからなー…」
「…今回の体?」
「ふふっ。愛奈は気にしなくていいの」
微笑むその姿はまるで姫そのものだ。
「そう言えば、愛奈。今月発売されたママの新刊買った?」
「え?いや、まだ。だってここの売店、新刊届くの発売日の翌月だし」
「そっか。良かった。そこに紙袋あるでしょう?その中に新刊とママのサイン入りの特装版置いてるから良かったら持ってって」
「えっ!?サイン入りっ!?特装版っ!?いいのっ!?」
「勿論。今度ママにお手紙書いてあげてよ。ママ宛てに手紙書いたら、是非萌えトークさせてって返信で騒いでたから喜ぶと思うよ」
どうしよう。嬉死ぬ…。私は急いでそのベッドスタンドにある紙袋を開けて中を覗く。本当にサインありの特装版と普通の新刊があるっ!!
王子は本当、オタク心理って奴を理解しているっ!作者のサイン入りの特装版は保存できるように、通常版は読むようで用意してくれてるんだから。
嬉し過ぎるっ!
絶対手紙出すっ!!約束するっ!!
「便箋、100枚入り、買う」
「ふふっ。片言ってどんだけよ、愛奈ったら」
可愛いって微笑まれると、どう言う顔をしていいか解らなくて俯く。顔が熱い。
「……文通、してもいいけど。引かないでね。愛奈」
「え?」
「ママ、あれで本人は真剣だから…」
赤面が吹き飛ぶくらいの遠い目をする王子。これは同情した方がいいのかな…?
「大丈夫。私の先生への愛は重いからっ」
「……そう」
あれ?遠い目が消えない。先生が書く後書きを読む限りそんな遠い目をしなければならないような人には感じなかったんだけど。違うのかな?
それから話題を転換し、暫く話をしていると忙しない足音が聞こえて、ガチャガチャとドアノブを回す音が聞こえ最終的に寝室のドアが開かれた。
この音だけで誰だか解る。
「美鈴ちゃんっ」
「従者、うるさい」
ばっさりと斬り捨てる。
それに王子は苦笑した。
「ごめんね、優ちゃん。買いに行かせて」
「え?あ、いや。それは別に、いいの。いいんだけど…」
何故顔を赤らめる。生理の薬って言ったって、要は痛み止めだ。そんな恥ずかしい代物ではないと思うんだけど。
「……はぁ」
溜息が聞こえ、そちらへ視線を戻すと王子が体を起こし俯いていた。
「…王子?」
「あ、ううん。何でもないの。ただ、初潮来ちゃったなー…って思って」
どういう意味だろう?
「子供が出来る大人の体になっちゃったんだなって…。やだな。…辛いな…」
王子の声がまるで泣いてるみたいで。情緒不安定になってるんだ。あの時の私と一緒。
私は王子を抱きしめてあげたくなって、手を伸ばしたその時。
「…大人になるって悪い事なの?」
おずおずと問いかける声が聞こえた。その声に王子が無理丸出しで顔を上げて苦笑する。
従者、空気読めっ!!
私は思わず立ち上がり、従者を部屋から蹴りだした。
「王子は少し横になってて」
そう言ってドアを閉めた後、ギッと従者を睨み付けた。
「従者。空気読めないにも程がある」
「ご、ごめんなさい…」
「…大人になるってのは悪い事じゃない。でも感じ方は人それぞれ。それに、王子は今、生理中で情緒不安定。そんな時にあんな風に言い返すとかあり得ない」
「ごめんなさい…」
「空気読めない奴って何処にでもいるのよね。……ちっ」
ふと小学校時代を一緒に過ごした男子を思い出して舌打ちする。
あいつも空気読めずにいつも無表情だった。

『新田は私の表情を読めるのか?…凄いな』
『まさか、私の事が好きなのか?新田』
『私は新田の事などどうでもいい』

……思い出さなくていいことまで思い出した。
「……マジ、滅べ」
「ご、ごめん、なさいっ」
「え?」
つい出てしまった呪いの言葉に従者が怯え、自主正座してしまった。
「ご、ごめんっ。従者の事じゃないから」
「そ、そうなの?」
「じゃあ、誰の事なのっ?」
「え?」
何時の間に部屋から出て来たの?
そしていつの間に暖かいお茶を用意していたの?
「愛奈の恋バナっ!私が聞かない訳にはいかないでしょっ!」
バシバシバシッ。
王子がすっかりローテーブルにお茶とお菓子を置いて、しっかりと膝の上に毛布を巻き付けて隣に座る様にアピールしている。
「……流石美鈴ちゃん。抜け目ない。でも、薬はちゃんと飲んでね。はい」
王子の手に薬の箱を乗せて、従者は買ってきたものの片づけを始めた。
「さっ、話してっ!語ってっ!人の恋バナ大好きっ!自分の恋バナ必要なしっ!」
断言した王子。その後ろで冷蔵庫に詰めようとしたペットボトルを落とした従者。従者、やっぱり王子の事が好きなのか。
王子のわくわくしたその顔に抗えるはずもなく私は話した。
初恋の相手の話を。
まるで機械みたいな男の子だった。何を言っても、何をしても、表情一つかえないと言われていた。
それが面白くて私は良く観察していた。本当にずっと観察してると、その表情の機微が分かる様になった。
あ、今喜んでる、とか今悲しんでる、とか。微かな動きに誰も気付かないのに自分だけが気付ける優越感。
彼と仲良くなれた気がして、彼と行動を一緒にするようになった。彼も私を認めてくれているとそう思ったから。
でも、それはきっと私の勘違いだったのだ。だって小学校卒業する時告白した私に彼は言ったんだ。
『私は新田の事などどうでもいい』と。
私の恋はあの時に終わった。
話が一段落すると、目の前の王子は鬼神と化していた。
「なに、その最低な男っ!!」
「最低って。一応私の好きだった男の子…」
「告白が成功しなくて良かったっ!私の可愛い愛奈をそんな馬鹿男にやらなくてすんだものっ!!」
私の可愛い愛奈って…。
どう反応していいか解らない事を言わないで欲しい。王子のそんな綺麗な顔で言われたら、ちょっとドキッとしてしまう。
…大丈夫。私にそっちの気はない。ないと思う…自信ない。
「ねぇ、その愛奈の初恋の相手って誰?名前なんて言うの?」
「なんで?」
「…もう愛奈に近寄って欲しくないから」
にっこり。
とてもいい笑顔がとても怖い。
言ったら彼に何か災いが行きそう。……でもいっか。王子がそんな事する訳ないし。
優しいから。王子は優しい。私に初潮が来た時だって、自分の上着が汚れるのを気にする事なく躊躇う事なく私の腰に巻いてくれた。
「未。未正宗(ひつじまさむね)って言うの。彼の名前」
言った瞬間、王子が固まった。微動だにしない。
「…王子?」
「ひつじ、まさむね…?マジ?」
マジ。こくこくと頷くと、王子は頭痛を堪えるように頭を抑えた。
「あぁー…そうか。愛奈だもんね。愛奈、かー…」
何だろう?何をそんなに頭を抱え込んでいるんだろう?
「知ってるの?未の事」
「名前しか知らない。それ以上知りたくない。男お断り」
…はっきりしてるなぁ。まぁ、男嫌いって言ってたし。当然なのかな?
「はぁ…。それで、そいつの事、愛奈はまだ好きなの?」
「え…?」
未をまだ好きかって?
ふと未の事を思い出す。いらっとはするけど、ドキドキはしない。
前みたいな胸の高鳴りを全然感じない。
「……好きじゃない。なんかもうどうでもいい」
正直な気持ちだった。
言うと、王子は嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。愛奈にはもっと似合う人がいるもの。うん。絶対にいるっ」
その自信は一体何処から?
でも、王子がこんなに嬉しそうに笑ってくれるなら。王子がそう言うならきっとそうなんだと思える。
「ありがとう、王子」
「ふふっ。愛奈は可愛いなぁ」
「―――ッ!!」
王子のその笑顔は反則だと思う。
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顔が熱い。
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…未の事なんてもう好きじゃない。
本当は未と同じ中学に行きたかった。フラれて自棄になって聖女の二次試験を受けてこの学校に来た。
でも、今となっては私の選択は間違ってなかったと思う。
私は王子と会えた事が幸せ。
「私、もう暫く恋はしなくていい、かな」
「そうなの?」
「うん。今は王子とこうしてる方が楽しいから」
私がそう断言すると、王子は一瞬驚いた顔をして、それでも満面の笑みを浮かべてくれた。
それにドキドキしながら、私も精一杯の笑顔を返す。
「……美鈴ちゃんが女の子までタラシ始めた…」
従者がぼそりと何か呟いてたが私は気にしない事にした。
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