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小学生編小話
親友の願い
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「それでねっ!美鈴ちゃんはねっ!自分が痛いのに私を庇ってくれたんだよっ!」
あの時、美鈴ちゃんが私の代わりにボールを受けてくれた、あの時私は思ったんだっ。美鈴ちゃんが私にしてくれたように私も美鈴ちゃんを守りたいってっ!
ぐっと拳を握って私が前のめりに言うと、お父さんは苦笑しながら私の頭を撫でてくれた。
「華菜はよっぽど美鈴ちゃんが好きなんだなぁ。父さん、もうその話耳タコだよ」
「むっ!?お父さんは美鈴ちゃんの事嫌いなのっ!?あんなに可愛いのに嫌いなのっ!?」
もし嫌いなんて言ったら怒るっ!
むーっとほっぺを膨らますと、お父さんは益々苦笑を深めた。
「むしろ、華菜に父さん聞きたいよ。華菜はもしも美鈴ちゃんと父さん、同時に窮地に立たされたらどっちを助けると聞かれたら」
「美鈴ちゃんを助けるっ!」
「って答えそうだよなー…って、そうかー…。父さんを助けてはくれないかー…」
「美鈴ちゃんを助けるっ!」
「二回も言っちゃうかー。父さん、泣いてもいいかい?」
勝手に泣いてくれていいよ?
大きく頷くと、お父さんは椅子の上で膝を抱えてスンスンと泣いてしまった。
ま、それはいいとして。
ご飯まだかなー?
私とお父さんはテーブルに座ってお母さんの作る美味しいご飯を待ってるんだけど。
何となく手持無沙汰で、私は椅子から降りて、とてとてとテレビに近づきリモコンを持ってテレビを点けた。
今だとバライティー番組やってるかな?
そう思って点けた。なのに、その画面に映ったのは大きなホテル。しかもニュース速報だった。
テレビの向うは一杯の取材陣とその後ろにホテルの周囲を警察が通行規制をしてる。
「あら?速報?」
お母さんが出来上がった料理をテーブルに置いて、エプロンで手を拭きながら私の横に並んだ。
「……あなた、ここって…」
声が下がった…。驚いてお母さんの顔を見ると、真剣な表情でテレビの中継の文字を読んでいる。
「…どうした?」
お父さんも私の逆隣りに並んでニュースを見て動きを止めた。
「これだけ大きなホテルだもの。間違いないわよね?」
「そうだな…」
どうしてお父さんもお母さんもそんな顔を白くしてるの?ここのホテルに何かあるの?
えっと…内容は…?テロリストが記者会見場に襲撃?幸い貸切だった為宿泊客は少ない?
「…テレビ、消しましょう」
「あぁ、そうだな。華菜、確か見たいアニメがあったんだろう?ディスク部屋から持ってきたらいい」
…どうしてこんな風に言うの?いつもはこの時間帯にはアニメは見ちゃいけないって言う癖に。
不思議に思って首を傾げた。けれどお母さんは私からリモコンをひったくるように奪い取る。
そしてテレビが消されようとした、その時。
テレビの画面が突然切り替わった。
そして…。
『緊急っ!!ゲストは無事に逃げていますっ!白鳥順一朗とテロリストも全て確保っ!残すは爆弾のみっ!繰り返しますっ!』
叫ぶような声と、その姿は…美鈴ちゃんのお母さんっ!?
美鈴ちゃんのお母さんのドレスが血やらなにやらで汚れている。
その後ろを美鈴ちゃんのお父さんやお祖母さん達が黒服の人間を縛り上げてる。
そんな光景が画面に映っていた。
「爆弾って…そんな、まさか…」
「あれだけの財閥や企業の社長が揃うんだ。あり得ない事じゃない」
お父さん…それって…。お父さんの言動に私の脳は急速回転を始めた。
お母さんがテレビを消そうとした理由は私にこのニュースを見せたくなかったから?
じゃあ、見せたくなかった理由は何?
美鈴ちゃんのお母さんがいたから?
それだったら消そうとする必要はない。それにどちらかと言えば私に見せて美鈴ちゃんに電話の一本もしてあげなさいって言うだろう。
なのに消そうとした理由。それは…。
―――あのホテルに美鈴ちゃん本人がいる可能性があるから?
堪らず私は駆け出した。
美鈴ちゃんが危険な目にあってるっ!
助けなきゃっ!!
思ったのに、私はお腹に腕を回されてぐっと抱き上げられた。
「やっ!お父さんっ!離してっ!早く、早く行かなきゃっ!」
暴れてみるものの、お父さんの手はビクともしなかった。
「何処に行くつもりだ?」
「そんなの、あのホテルに決まってるじゃないっ!あそこに美鈴ちゃんがいるんでしょうっ!?だからお父さんもお母さんもテレビを消して私の目に映らないようにしたんでしょっ!?」
「えぇ、そうよ。そこまで分かってるのなら私達が華菜を止める理由が解るわね?」
「イヤッ!行くのっ!私は美鈴ちゃんを助けに行くのっ!」
お父さんとお母さんの言い分なんて聞きたくないっ!
だって私の親友が命の危機にあってるかもしれないのにっ!
ここでこんな事をしている暇なんてないのっ!
「華菜。お前一人がそこへ行った所で何も変わらないよ」
「そんな事ないっ!美鈴ちゃんの役にたつもんっ!」
「子供のあなたが行った所で何になると言うの?ただの足手まといになるだけよ」
「そんな事、そんな事ないもんっ!絶対役に立ってみせるもんっ!!」
離してっ!私は美鈴ちゃんの所に行くんだからっ!
目一杯暴れる。腕を振り回す。足をばたつかせる。すると、
「―――ッ」
暴れた腕がお父さんの頬を掠めた。
お父さんには悪いけどこれで拘束は緩むかと思った。けれどその腕は益々力が込められた。いっそ痛い位で。内臓が出てきそうになるほどに。そして…。
「いい加減にしなさいっ」
ビクッ!
体が跳ねた。
私はお父さんに怒られた事なんて一度もないし、怒った姿を見た事も無かった。
けれど、今お父さんは私を怒っている。静かに、深く…。
怖かった…。
今私を抱き上げてるお父さんは物凄く怖かった…。
「ふっ…うっ…うぁぁぁんっ!やだぁっ!美鈴ちゃん、美鈴ちゃあああんっ!」
怒られた事への恐さと美鈴ちゃんへの心配が心の中でぐちゃぐちゃに混ざり合って。
もう…泣くしかなかった。
ボタボタと涙が溢れ、落ちて。けどそんなの気にならないくらい泣き喚いた。
でもお父さんは決して私を離しはしなかった。
「……華菜。落ち着きなさい。今、華菜がすべき事は美鈴ちゃんの側に行く事じゃない。美鈴ちゃんの無事を祈る事。ただそれだけだ」
「だ、って、だっ、ってぇっ!」
お父さんの腕の力が緩む。抱き上げたまま椅子へ向かい、そしてテレビと向き合うように椅子の方向を変えて座った。
「華菜の好きな美鈴ちゃんは華菜が危険な目にあってまで自分の所に来る事を望む子かい?」
頭を優しく撫でて、それでもお父さんは厳しさを含んだ口調で問うてくる。
首を必死に振って否定する。そんな訳ない。美鈴ちゃんは優しいの。本当に本当に優しいのっ!だからこそ、私は美鈴ちゃんの側に行きたいっ!その優しさで美鈴ちゃんに何かあったらと思うと居ても立ってもいられないのっ!
「…そうだね。あの子は優しい子だ。でもね、華菜。父さんは美鈴ちゃんはそれだけの子ではないと思ってる」
「…え…?」
「あの子は、強い。何よりも敏い子だ。そんな子がこの程度のテロリストに負けると思うかい?」
「私もそう思うわ。美鈴ちゃんは絶対に大丈夫よ。考えてごらんなさい、華菜。美鈴ちゃんがあそこにいると言う事は当然あのお兄さん達が一緒にいるのよ?」
「あ…ぅ…ひっく」
そうだ。美鈴ちゃんを一人になんてあのお兄さん達がする訳がない。
それにあの場所にはきっと優兎くんもいる。もしかしたらお金持ちのつながりで猪塚先輩や樹先輩とかもいるかもしれない。
「大丈夫。絶対に大丈夫よ」
絶対に大丈夫。…うん。そうかもしれない。
ゴシゴシと目を擦ると、お父さんが目を傷めるとお母さんにタオルを頼んで持って来て貰い、もふっと顔にタオルを当てられた。
何でこんなにも無力なんだろう…。
自分の力のなさを思い知らされる。
また泣きそうになって、タオルに顔を埋めると、固定電話の呼び出し音が鳴った。
お母さんが「誰かしら?」とパタパタ駆け寄り電話に出る。
二言三言会話をするお母さんの後ろ姿をお父さんと見ていると、
「華菜。あなたによ。逢坂くん、ですって」
くるっと振り返り、そう言って笑った。
逢坂くんが私に?なんだろう?
お母さんから子機を受け取り電話に出る。
『よっ。ニュース、見たか?』
明るい声。でも、私には明るく返すだけの元気がなくて…。
「うん…。見た…」
ただ、そう返す。すると、逢坂くんの声がかわった。
『そうか。……もしかして、花崎が泣いてるんじゃないかって思って。案の定だったな。電話して正解だった』
驚くほど優しい声。こんな声学校でも聞いた事ない。びっくりして目を丸くした。
『……なぁ?花崎?お前の事だ、どうせ白鳥の所へ行こうとして親に止められたりしたんだろ?』
「なんで見てもいないのに分かるの?」
思わず言い返すと。ははっと自嘲気味な笑いが返って来た。
『分かるさ。おれも、同じだったからな。ニュース見て、思わず優兎の所へ行こうとした。親父にぶん殴られたよ。馬鹿言ってんじゃねーぞってな。正直今滅茶苦茶ほっぺ腫れてる』
その姿が思い浮かび、笑ってはいけないと思いつつも、くすくすと笑ってしまう。
『おれさ。考えたんだ。あいつらがあんな目にあってるのに何も出来ないなんて嫌だ。おれが出来る事ってなんだ?って。でも何も思いつかねーんだ』
「うん…。私も…」
『だから視点を変えた。出来る事ってなんだ?じゃなくて、どうして出来ないんだ?って考えたんだ。そしたら分かった事が一つある』
「それは、なに…?」
問うと、何かをぐっと堪え、底揺れする小学低学年とは思えない低い声で逢坂くんは言った。
『圧倒的に知識が足りないんだ。優兎や白鳥と並ぶための知識が全然足りないっ』
悔しそうだった。その気持ち、私も痛いほど解る。
私達は互いに親友との差を見せつけられたんだ…。
「逢坂くん…。うん。そうだね…」
逢坂くんの言う通り。私達は親友に並び立てるだけの知識が足りないんだっ!
けど…やる事が、見えてきた気がした。知識が足りないのならつければいいっ。今度こんな事があった時一緒に対処出来る様にっ!美鈴ちゃんを助けられるようにっ!
「逢坂くんっ。私勉強するっ!ご飯食べて、美鈴ちゃんの無事を祈りつつ勉強するっ!それが今美鈴ちゃんに私が出来ることだものっ!」
『おうっ!おれもだっ!…な、なぁ?花崎?』
「なに?」
『あのな?今度、一緒に勉強しないか?白鳥と優兎に内緒で』
「え?」
『あ、あっ、い、嫌じゃなければ、だけど』
どうしてそんなに焦りだすの?
そんな逢坂くんが面白くてつい笑ってしまう。それに、私の答えは決まっている。
「嫌な訳ない。一緒に勉強しようね」
『ほ、ほんとかっ!?じゃ、じゃあ、来週の水曜とかどうだっ!?』
「うんっ、いいよっ」
『こっそり勉強して二人を驚かせてやろうぜっ』
「うんっ!」
やっぱり逢坂くんは優しいな。
こうして暖かい気持ちになるんだもの…。
『っと、いけねっ。あんまり長電話しても駄目だな。それじゃ、水曜日にな。…その、…お休み、「華菜」』
華菜って…逢坂くん、今名前で…。
驚いて、でも、何故か嬉しくて…。
「うん。お休み。恭平くん…ううん、恭くん。今日は、ありがとう…」
『お、おうっ。じゃあな…やったぁっ…』
お礼を言っただけなのに。逢坂くんの名前を言うと顔が熱くなる。
電話を切る間際、向こうから小さく声が聞こえたけれど恥ずかしさが脳内を支配していて良く解らなかった。
ただ、解るのは。
顔が真っ赤になる程火照ってると言う事。
美鈴ちゃんは絶対に大丈夫だと心から思えた事。
それから…。
「華菜…。今の男の子は誰だっ!?どういう関係だっ!?」
お父さんがやたら焦って私と逢坂くん…ううん、恭くんの関係を問い質してきたという事だけだった…。
美鈴ちゃん、どうか無事で…。
明日、絶対に無事な姿を確認しに行くからねっ!
あの時、美鈴ちゃんが私の代わりにボールを受けてくれた、あの時私は思ったんだっ。美鈴ちゃんが私にしてくれたように私も美鈴ちゃんを守りたいってっ!
ぐっと拳を握って私が前のめりに言うと、お父さんは苦笑しながら私の頭を撫でてくれた。
「華菜はよっぽど美鈴ちゃんが好きなんだなぁ。父さん、もうその話耳タコだよ」
「むっ!?お父さんは美鈴ちゃんの事嫌いなのっ!?あんなに可愛いのに嫌いなのっ!?」
もし嫌いなんて言ったら怒るっ!
むーっとほっぺを膨らますと、お父さんは益々苦笑を深めた。
「むしろ、華菜に父さん聞きたいよ。華菜はもしも美鈴ちゃんと父さん、同時に窮地に立たされたらどっちを助けると聞かれたら」
「美鈴ちゃんを助けるっ!」
「って答えそうだよなー…って、そうかー…。父さんを助けてはくれないかー…」
「美鈴ちゃんを助けるっ!」
「二回も言っちゃうかー。父さん、泣いてもいいかい?」
勝手に泣いてくれていいよ?
大きく頷くと、お父さんは椅子の上で膝を抱えてスンスンと泣いてしまった。
ま、それはいいとして。
ご飯まだかなー?
私とお父さんはテーブルに座ってお母さんの作る美味しいご飯を待ってるんだけど。
何となく手持無沙汰で、私は椅子から降りて、とてとてとテレビに近づきリモコンを持ってテレビを点けた。
今だとバライティー番組やってるかな?
そう思って点けた。なのに、その画面に映ったのは大きなホテル。しかもニュース速報だった。
テレビの向うは一杯の取材陣とその後ろにホテルの周囲を警察が通行規制をしてる。
「あら?速報?」
お母さんが出来上がった料理をテーブルに置いて、エプロンで手を拭きながら私の横に並んだ。
「……あなた、ここって…」
声が下がった…。驚いてお母さんの顔を見ると、真剣な表情でテレビの中継の文字を読んでいる。
「…どうした?」
お父さんも私の逆隣りに並んでニュースを見て動きを止めた。
「これだけ大きなホテルだもの。間違いないわよね?」
「そうだな…」
どうしてお父さんもお母さんもそんな顔を白くしてるの?ここのホテルに何かあるの?
えっと…内容は…?テロリストが記者会見場に襲撃?幸い貸切だった為宿泊客は少ない?
「…テレビ、消しましょう」
「あぁ、そうだな。華菜、確か見たいアニメがあったんだろう?ディスク部屋から持ってきたらいい」
…どうしてこんな風に言うの?いつもはこの時間帯にはアニメは見ちゃいけないって言う癖に。
不思議に思って首を傾げた。けれどお母さんは私からリモコンをひったくるように奪い取る。
そしてテレビが消されようとした、その時。
テレビの画面が突然切り替わった。
そして…。
『緊急っ!!ゲストは無事に逃げていますっ!白鳥順一朗とテロリストも全て確保っ!残すは爆弾のみっ!繰り返しますっ!』
叫ぶような声と、その姿は…美鈴ちゃんのお母さんっ!?
美鈴ちゃんのお母さんのドレスが血やらなにやらで汚れている。
その後ろを美鈴ちゃんのお父さんやお祖母さん達が黒服の人間を縛り上げてる。
そんな光景が画面に映っていた。
「爆弾って…そんな、まさか…」
「あれだけの財閥や企業の社長が揃うんだ。あり得ない事じゃない」
お父さん…それって…。お父さんの言動に私の脳は急速回転を始めた。
お母さんがテレビを消そうとした理由は私にこのニュースを見せたくなかったから?
じゃあ、見せたくなかった理由は何?
美鈴ちゃんのお母さんがいたから?
それだったら消そうとする必要はない。それにどちらかと言えば私に見せて美鈴ちゃんに電話の一本もしてあげなさいって言うだろう。
なのに消そうとした理由。それは…。
―――あのホテルに美鈴ちゃん本人がいる可能性があるから?
堪らず私は駆け出した。
美鈴ちゃんが危険な目にあってるっ!
助けなきゃっ!!
思ったのに、私はお腹に腕を回されてぐっと抱き上げられた。
「やっ!お父さんっ!離してっ!早く、早く行かなきゃっ!」
暴れてみるものの、お父さんの手はビクともしなかった。
「何処に行くつもりだ?」
「そんなの、あのホテルに決まってるじゃないっ!あそこに美鈴ちゃんがいるんでしょうっ!?だからお父さんもお母さんもテレビを消して私の目に映らないようにしたんでしょっ!?」
「えぇ、そうよ。そこまで分かってるのなら私達が華菜を止める理由が解るわね?」
「イヤッ!行くのっ!私は美鈴ちゃんを助けに行くのっ!」
お父さんとお母さんの言い分なんて聞きたくないっ!
だって私の親友が命の危機にあってるかもしれないのにっ!
ここでこんな事をしている暇なんてないのっ!
「華菜。お前一人がそこへ行った所で何も変わらないよ」
「そんな事ないっ!美鈴ちゃんの役にたつもんっ!」
「子供のあなたが行った所で何になると言うの?ただの足手まといになるだけよ」
「そんな事、そんな事ないもんっ!絶対役に立ってみせるもんっ!!」
離してっ!私は美鈴ちゃんの所に行くんだからっ!
目一杯暴れる。腕を振り回す。足をばたつかせる。すると、
「―――ッ」
暴れた腕がお父さんの頬を掠めた。
お父さんには悪いけどこれで拘束は緩むかと思った。けれどその腕は益々力が込められた。いっそ痛い位で。内臓が出てきそうになるほどに。そして…。
「いい加減にしなさいっ」
ビクッ!
体が跳ねた。
私はお父さんに怒られた事なんて一度もないし、怒った姿を見た事も無かった。
けれど、今お父さんは私を怒っている。静かに、深く…。
怖かった…。
今私を抱き上げてるお父さんは物凄く怖かった…。
「ふっ…うっ…うぁぁぁんっ!やだぁっ!美鈴ちゃん、美鈴ちゃあああんっ!」
怒られた事への恐さと美鈴ちゃんへの心配が心の中でぐちゃぐちゃに混ざり合って。
もう…泣くしかなかった。
ボタボタと涙が溢れ、落ちて。けどそんなの気にならないくらい泣き喚いた。
でもお父さんは決して私を離しはしなかった。
「……華菜。落ち着きなさい。今、華菜がすべき事は美鈴ちゃんの側に行く事じゃない。美鈴ちゃんの無事を祈る事。ただそれだけだ」
「だ、って、だっ、ってぇっ!」
お父さんの腕の力が緩む。抱き上げたまま椅子へ向かい、そしてテレビと向き合うように椅子の方向を変えて座った。
「華菜の好きな美鈴ちゃんは華菜が危険な目にあってまで自分の所に来る事を望む子かい?」
頭を優しく撫でて、それでもお父さんは厳しさを含んだ口調で問うてくる。
首を必死に振って否定する。そんな訳ない。美鈴ちゃんは優しいの。本当に本当に優しいのっ!だからこそ、私は美鈴ちゃんの側に行きたいっ!その優しさで美鈴ちゃんに何かあったらと思うと居ても立ってもいられないのっ!
「…そうだね。あの子は優しい子だ。でもね、華菜。父さんは美鈴ちゃんはそれだけの子ではないと思ってる」
「…え…?」
「あの子は、強い。何よりも敏い子だ。そんな子がこの程度のテロリストに負けると思うかい?」
「私もそう思うわ。美鈴ちゃんは絶対に大丈夫よ。考えてごらんなさい、華菜。美鈴ちゃんがあそこにいると言う事は当然あのお兄さん達が一緒にいるのよ?」
「あ…ぅ…ひっく」
そうだ。美鈴ちゃんを一人になんてあのお兄さん達がする訳がない。
それにあの場所にはきっと優兎くんもいる。もしかしたらお金持ちのつながりで猪塚先輩や樹先輩とかもいるかもしれない。
「大丈夫。絶対に大丈夫よ」
絶対に大丈夫。…うん。そうかもしれない。
ゴシゴシと目を擦ると、お父さんが目を傷めるとお母さんにタオルを頼んで持って来て貰い、もふっと顔にタオルを当てられた。
何でこんなにも無力なんだろう…。
自分の力のなさを思い知らされる。
また泣きそうになって、タオルに顔を埋めると、固定電話の呼び出し音が鳴った。
お母さんが「誰かしら?」とパタパタ駆け寄り電話に出る。
二言三言会話をするお母さんの後ろ姿をお父さんと見ていると、
「華菜。あなたによ。逢坂くん、ですって」
くるっと振り返り、そう言って笑った。
逢坂くんが私に?なんだろう?
お母さんから子機を受け取り電話に出る。
『よっ。ニュース、見たか?』
明るい声。でも、私には明るく返すだけの元気がなくて…。
「うん…。見た…」
ただ、そう返す。すると、逢坂くんの声がかわった。
『そうか。……もしかして、花崎が泣いてるんじゃないかって思って。案の定だったな。電話して正解だった』
驚くほど優しい声。こんな声学校でも聞いた事ない。びっくりして目を丸くした。
『……なぁ?花崎?お前の事だ、どうせ白鳥の所へ行こうとして親に止められたりしたんだろ?』
「なんで見てもいないのに分かるの?」
思わず言い返すと。ははっと自嘲気味な笑いが返って来た。
『分かるさ。おれも、同じだったからな。ニュース見て、思わず優兎の所へ行こうとした。親父にぶん殴られたよ。馬鹿言ってんじゃねーぞってな。正直今滅茶苦茶ほっぺ腫れてる』
その姿が思い浮かび、笑ってはいけないと思いつつも、くすくすと笑ってしまう。
『おれさ。考えたんだ。あいつらがあんな目にあってるのに何も出来ないなんて嫌だ。おれが出来る事ってなんだ?って。でも何も思いつかねーんだ』
「うん…。私も…」
『だから視点を変えた。出来る事ってなんだ?じゃなくて、どうして出来ないんだ?って考えたんだ。そしたら分かった事が一つある』
「それは、なに…?」
問うと、何かをぐっと堪え、底揺れする小学低学年とは思えない低い声で逢坂くんは言った。
『圧倒的に知識が足りないんだ。優兎や白鳥と並ぶための知識が全然足りないっ』
悔しそうだった。その気持ち、私も痛いほど解る。
私達は互いに親友との差を見せつけられたんだ…。
「逢坂くん…。うん。そうだね…」
逢坂くんの言う通り。私達は親友に並び立てるだけの知識が足りないんだっ!
けど…やる事が、見えてきた気がした。知識が足りないのならつければいいっ。今度こんな事があった時一緒に対処出来る様にっ!美鈴ちゃんを助けられるようにっ!
「逢坂くんっ。私勉強するっ!ご飯食べて、美鈴ちゃんの無事を祈りつつ勉強するっ!それが今美鈴ちゃんに私が出来ることだものっ!」
『おうっ!おれもだっ!…な、なぁ?花崎?』
「なに?」
『あのな?今度、一緒に勉強しないか?白鳥と優兎に内緒で』
「え?」
『あ、あっ、い、嫌じゃなければ、だけど』
どうしてそんなに焦りだすの?
そんな逢坂くんが面白くてつい笑ってしまう。それに、私の答えは決まっている。
「嫌な訳ない。一緒に勉強しようね」
『ほ、ほんとかっ!?じゃ、じゃあ、来週の水曜とかどうだっ!?』
「うんっ、いいよっ」
『こっそり勉強して二人を驚かせてやろうぜっ』
「うんっ!」
やっぱり逢坂くんは優しいな。
こうして暖かい気持ちになるんだもの…。
『っと、いけねっ。あんまり長電話しても駄目だな。それじゃ、水曜日にな。…その、…お休み、「華菜」』
華菜って…逢坂くん、今名前で…。
驚いて、でも、何故か嬉しくて…。
「うん。お休み。恭平くん…ううん、恭くん。今日は、ありがとう…」
『お、おうっ。じゃあな…やったぁっ…』
お礼を言っただけなのに。逢坂くんの名前を言うと顔が熱くなる。
電話を切る間際、向こうから小さく声が聞こえたけれど恥ずかしさが脳内を支配していて良く解らなかった。
ただ、解るのは。
顔が真っ赤になる程火照ってると言う事。
美鈴ちゃんは絶対に大丈夫だと心から思えた事。
それから…。
「華菜…。今の男の子は誰だっ!?どういう関係だっ!?」
お父さんがやたら焦って私と逢坂くん…ううん、恭くんの関係を問い質してきたという事だけだった…。
美鈴ちゃん、どうか無事で…。
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