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第二章 小学生編

第十一話 樹龍也

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風邪を引きました。えぇ、それはもうがっつりと。そりゃそうだよね。お風呂上りに雨の中走り回ってたらそりゃ引くよね。
子供の抵抗力のなさを忘れてました。
皆に物凄い心配をかけたらしく、完治した初日に正座でお説教を喰らいました。
特に双子のお兄ちゃん達が般若でした。滅茶苦茶怖かったよーっ!!
こんこんとお説教されて、鴇お兄ちゃんと誠パパにも無茶はするなと怒られて、優兎くんが助け舟を出してくれなかったら、また学校を休む所でした。
にしても、高熱に魘されてたらしいんだけど、私、実はその時の記憶がないんだよね。
魘されて何か言ってたらしいけど、それをママに聞いたら泣きそうな顔で『ごめんね』って謝られた。なんでだろう?はて?
ま、それはさておき。久しぶりの学校ですよー。
で学校に来たらきたで、華菜ちゃんの説教にあう。何故だ…。
私がお説教される度に隣で優兎くんが辛そうな顔をするのが、私的に結構くるというか…罪悪感が…。ごめんね、優兎くん。
口に出して謝るのも何か違う気がするから、心の中で全力で土下座しておくね。
「そう言えば、来月クリスマスだねー」
唐突に始まる華菜ちゃんの会話。
それにもう慣れっこな私と優兎くんは素直に頷く。
「二人はサンタさんに何頼むか決めた?」
「う、う~ん…」
「サンタさん、か~…」
私と優兎くんは二人で首を捻った。
いや、だってさ~…。私もうサンタさん卒業して何年ってレベルだからさ~。
それにママ達のお財布事情知っちゃってるとねー…。って言うか、家計簿つけてるの私だしなぁ。
あぁ、でも、調査は必要かな?葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんが欲しがってるのは何か聞いとかないと。あと、旭に何か買ってあげないとな。
「…むむっ。二人共、さてはサンタさんにお願いしないタイプねっ?」
「えっ!?いや、それは、そのー…そ、そうだっ。私、毛糸にするっ!」
咄嗟に口に出したわりには良いプレゼントだと思う。
編んでお兄ちゃん達にあげられるし。編み物することで私も楽しめる。
「毛糸~?美鈴ちゃん、それ何に使うの?」
「勿論編んでマフラー作ったりセーター作ったりするんだよ」
胸を張りつつ答えてみたけど。…って言うかさ?
自分で毛糸買って、皆にクリスマスプレゼントあげるってどうよ?
フェイクファーの毛糸を指編みとかでざっくりと編んでさっ!?
いいかもっ!!クリスマスまで約二ヶ月ある訳だしっ!!そうしようっ!!
「それもう美鈴ちゃんへのクリスマスプレゼントじゃないんじゃ…」
華菜ちゃんが何か呟いていたけど、何を編もうかわくわくしている私の耳には届かない。
プレゼントの他にはー…。
「クリスマスケーキも作らないと、だねっ!」
「美鈴ちゃんが作るの?買うんじゃなくて?」
「うんっ!優兎くんはどんなケーキがいいっ!?やっぱりブッシュドノエルっ?」
「僕は美鈴ちゃんが作る物なら何でも好きだよ」
にこにこ。うん。可愛い。可愛いよ?優兎くんの満面の笑み。
でもさ?でもさ?最近その笑顔がお兄ちゃん達に似て来てる気がするんです。これは私の気の所為でしょうか?
「美鈴ちゃん?」
あぁ、でも、この顔は可愛いよね~…。
「おおーい、美鈴ちゃん、しっかりーっ!」
華菜ちゃんの呼びかけで我に返る。やばいやばい。優兎くんの微笑みは危ないわ。
我に帰った時丁度良くチャイムがなり、先生が教室へ戻って来て、私達は次の授業へ向かった。
午前の授業が終わり、昼休み。
私達は食堂へ向かった。
今日のお昼はなんだろう?あんまり量があったり油分が多いと病み上がりの所為もあって食べ切れないと思うの。
食堂のメニューを見てフリーズした。
ハンバーグ…しかも煮込みハンバーグ…。サイドメニューに人参のグラッセ…。駄目だ。無理無理。
私はこっそりと食堂のおば様方に量を減らすか、サラダだけにするか頼みこむ。
だって食べ切れないとか勿体ないものっ。
最終的にサラダだけにしてくれた。ありがとう、お姉様達っ!
……お兄ちゃん達にバレると面倒だな~…。今日はこっそり食べよう。
優兎くんと華菜ちゃんに断りを入れて、私はサラダの入った器を持って、こっそりこっそり食堂を抜けだした。
学校の中庭。カピバラのフランソワーズちゃんと一緒に食事をとる事にする。この学校で飼育されている動物は皆メスだから有難い。
器に入ったサラダにフォークを刺して、少しずつ口に含む。
うぅ…シーザーサラダ辛い…。せめて、ノンオイルの和風ドレッシングが良かった…。
風邪引いてた時はお粥、摩り下ろし林檎、ゼリーの繰り返しだったから尚更胃が縮まって大変な事に。
何とか、必死にサラダをお腹に収めて、フランソワーズちゃんに許可をとり、彼女を枕にごろんと横になる。
この学校の生物って賢い。絶対言葉通じてるもの。ちょっと肌寒いけど、こうしてフランソワーズちゃんの側にいるとあったかい。
あぁー…ぽかぽか陽気~…ねむーい…。

―――カサッ。

誰かが葉っぱか何かを踏んだ音が聞こえた。しかも、このざわざわと鳥肌が立つ感じ…男の子だ。
私は慌てて起き上がり、器を持って、その足音が聞こえた方とは逆に遠ざかる様に駆け出す。
食堂に器を戻しに行って、そこでこっそりと華菜ちゃんと優兎くんと合流し、教室へと戻った。
この日から度々、同じような事が起きた。
しかもそれは決まって学校の中で。そもそも、私が一人になること自体少ないのだけど、その少ない時間を狙ってやってくる。
一体なんなんだろう?
私に用でもあるのだろうか?
その割には中々話しかけて来ないしな。もしかして告白とか?
乙女ゲームのヒロインとしてあり得ない事じゃないかも、だけど。でもなぁ…。中身こんなんだしなぁ。
つらつら考えつつ、今日もこっそりとサラダだけ貰い、今日は天気もいいし、風も暖かいから屋上に行こうと食堂の出入り口を抜けたら、そこには般若がいらっしゃいました。
「鈴ちゃん…?何処に行く気?」
腕を組んで私を見下ろす葵お兄ちゃんの般若っぷりに背中を冷たい何かが伝う。
「あ、葵お兄ちゃん…えーっと、それはー…」
一歩、下がる。すると、葵お兄ちゃんが長い足で一歩近寄る。歩幅の差がっ!
「鈴ちゃん。僕が怒ってる理由、分かるよね?」
「わ、分かる…けど…」
うわーんっ!滅茶苦茶怖いよーっ!!
一歩じゃ足りないっ。二歩下がる。でも、葵お兄ちゃんの一歩は大きい。
「…許してーっ」
私はサラダの入った器を持って、くるっと方向転換する。それから葵お兄ちゃんのいた方とは逆方向に走りだした。
「あっ!こらっ、鈴ちゃんっ!」
そして私は見事に。
―――捕まった。
「うわーんっ。葵お兄ちゃん、許してーっ」
「駄目だよっ。ここ数日二人と別行動してたから可笑しいと思ったんだっ」
二人とはきっと華菜ちゃんと優兎くんの事だね。葵お兄ちゃん達と別に食べてるとは言ってたけど、ちゃんと見られてたんだ。
考えつつ、ジタバタと暴れてみるけれど、あんまり意味をなさない。
むしろあっさり小脇に抱えられて、しかも、サラダを没収された。
「増々軽くなってるじゃないかっ。鈴ちゃんっ。まさか、サラダだけしか食べてないとか言わないよねっ!?」
ビクゥッ!
図星を刺されて、私の体は大きく跳ねる。
「みぃーすぅーずぅー?」
こえええっ!!
心配してくれてるのは解るけど、超こえーっ!!
ぶるぶるぶる。
今私に犬耳が生えていたら、完全にぺたんと伏せられて、尻尾がついていたら確実に巻かれている。
「食べれるだけでいいから。ちゃんと食べなさい。残ったのは僕が食べてあげるから」
「…はぁい…」
そのまま私は食堂へ逆戻り。
葵お兄ちゃんと一緒に食事をとることになった。
戻って来た私に気付いた華菜ちゃんと優兎くんが両隣に座ってくれて、何故か乱入してきた猪塚先輩と一緒に食事。
因みにその日のメニューは焼肉定食だったんだけど…私は肉一枚とご飯少しでギブアップ。
あんまり小食過ぎて、全員に心配されてしまった。
大丈夫。胃が戻ったらちゃんと全部食べれるようになるから。戻るからっ。だから、葵お兄ちゃんっ、そんな般若な顔でこっちを見ないでーっ!

―――カタンッ。

また音がした。振り返ってみても、ここは食堂だ。そんな音がして当然と言えば当然の空間。
でも―――……薄気味悪い。
ストーカー…?だとしたら…怖い。
「鈴ちゃん?どうかした?」
「え…あ…なんでも、ない…」
多分私の顔は真っ青になってるだろう。自分でも血の気が引いてるのがわかるもの。
うぅ…今食べた肉が戻ってきそう…。頑張れ私。耐えろ私。
それにストーカーだとしても所詮は小学生。何とかなる。うん、きっとなるっ。もう自己暗示しかないっ。
「ごめんね、食べさせ過ぎた?」
心配そうな葵お兄ちゃんに、何とか笑みを作って違うと否定する。
次の授業が体育だという葵お兄ちゃんを送りだし、華菜ちゃんと優兎くんに気遣われながら私達も教室へ戻ることにした。
午後の授業を受けながら、私は机に突っ伏している。
理由は簡単。食べ過ぎである。やっぱりお肉は消化出来なかったよ、葵お兄ちゃん…。
見るからに具合の悪い私に、先生も気を使って放置してくれたおかげで五時間目を何とか乗り切った。
私の胃袋は精一杯頑張ってくれて、六時間目が終わる頃には何とか動けるようになった。
帰る前に保健室に寄って行きなさいと先生に言われ、私は一人保健室へ向かい胃薬を受け取る。
教室へ戻る道をぼんやりと歩いていると、

「やっと見つけたぞっ」

真正面にこちらを見据えた男の子がいた。
誰かと思ったら、前に葵お兄ちゃんの横にいた糞生意気な餓鬼か。
ってちょっとちょっと、何でこっちに来るのよっ!!
貴族派らしく悠然と歩いてくるその姿がなんかムカつく。じゃなくてっ!逃げなきゃっ!
方向転換してダッシュ。最近こんなのばっかっ。
病み上がりに無理させないでよっ!!
「待てっ!おいっ!白鳥の妹っ!」
待てと言われて待つのは犬とドMだけと相場が決まってるっ!
私は全力で逃げ出す。階段を上って降りて、更に廊下を突っ切って、階段を上って…。
使用されてない教室に駆け込み、教台の下に潜り込む。
バレませんように、バレませんように…。
神様っ、は駄目だっ。仏さまっ…って前世の私も仏さまだ。なら、ママだっ。ママで良いっ。ママに祈るっ!お願い、ばれませんようにっ!
脳内大混乱中。そんな中必死に祈る。
すると足音は遠ざかっていった。
ほっと一息。直ぐに出て行くと気付かれる可能性があるから、もう少しここにいよう。
にしても何なのさ。いきなり追ってくるとか。
この前馬鹿にした腹いせ?ガキ臭い男だなー…って小学生はまだガキだね。
はぁ~…と大きなため息を吐いて、そっと教台の中から外を窺う。
取りあえず人の気配はない。
こそこそと四つん這いでドアに近寄り、外を窺うと…あ、いるわ。気配を殺して待機してるのが一人。この鳥肌が何よりの証拠である。
なんなのよ、もう…。
この学校の教室のドアは一つしかない。教室を出るにはその一つしかないドアを開けるしかないんだけど、外にはあのクソガキがいる。
さて、どうしよう。
暫く待ってみようか。それで諦めるかもしれないし。
十分経過し、二十分が過ぎ、三十分と針が刻もうとしていた。
未だ気配は消えない。まさか、こんなに粘るとは…。
これはもう…覚悟を決めて出るしかないか?
でも正直怖すぎる。出たくない。
そんな時、隣の教室からガタンと何かが落ちる音がした。
気配が動く音がする。
絶好のチャンスだった。あいつが隣に私がいると思って隣のドアを開けて中に入った音を確認して、私は音を立てずに教室から抜け出す。
ばれないように逃げるのは前世から引き継いだ得意スキルだ。好きで得意になった訳じゃないけどもっ。いつもこうやって男から逃げ出すのに必要だったスキルだから得意になっただけでっ。
音が聞こえない距離までひっそり移動して、安全な所まで来たら一気に走りだす。
教室へ向かう。すると教室の前に、見慣れた金色が。
「葵お兄ちゃんっ!」
思わず叫んで抱き着いてしまった。
「鈴ちゃん?」
怖かったーっ!でももう安心だっ!
「探したんだよ?優兎が保健室へ行ったっきり戻ってこないって」
「うぅ…だって、この前葵お兄ちゃんと一緒にいたあの人が追いかけてきて…」
言うと一瞬驚いた顔をして、直ぐに笑顔へと切り替える。葵お兄ちゃん、器用ね。
「…そうだったんだ。大丈夫。もう怖くないからね」
ぎゅっと抱きしめて頭を撫でてくれる。優しい…。泣きそうだよ、葵お兄ちゃん。
「……龍也の奴。監視が甘かったか…」
ん?今何か言ったかな?葵お兄ちゃんを見上げると、優しいニコニコ笑顔だからきっと気の所為だ。だって、葵お兄ちゃんは怒ると般若になるんだもん。
「さ、優兎が戻って来次第帰ろうか」
「うんっ。あっ、葵お兄ちゃんっ。商店街寄りたいっ。今日の晩御飯の食材の買い出しと、手芸店に行きたいのっ」
「勿論、いいよ」
「やったっ!」
暫くして優兎くんが戻って来た。
事情を話して、三人で下校する。途中商店街で食材を買い、手芸店で真剣に毛糸を選び私はホクホク顔で帰宅した。
そして、土日を挟んだ翌月曜日。
昼食を食べている最中にそいつは現れた。
「この間は良くも逃げてくれたな、白鳥妹っ」
………もぐもぐもぐ。
今日はお魚定食だから、よく噛んで食べれば消化出来る筈。それに今日はいざとなったら金山印の胃腸薬があるから安心、安全。
「聞いてるのかっ?」
もぐもぐもぐ。
聞きたくない。こういう時の男の話を聞いてると碌な事がないことは経験済だ。
「おいっ。無視をするなっ」
もぐもぐもぐ。
食堂で騒ぐのはどうかと思いますよ、先輩。
じろりと視線だけで睨むと、何故かその葵お兄ちゃんの友達?は満足気に笑った。
「やっと、こっちを見たな」
視線があった事が嬉しかった?
じゃあ、もう見ないでおこう。視線を戻す。
もぐもぐもぐ。
お茶碗に残ったご飯を箸で口へ運んで咀嚼する。ごくんと飲みこんで、うんっ。完食っ。
「ご馳走様でした」
お箸をおいて、挨拶をする。すると目の前に座っていた優兎くんが嬉しそうに笑った。
「ちゃんと全部食べれたねっ、美鈴ちゃんっ」
「うんっ。今日はお魚だったからねっ」
「偉い偉いっ。美鈴ちゃん偉いっ」
華菜ちゃんも褒めてくれる。いや、ごめんね。私の胃腸が弱いばっかりに、心配させて。
「良い度胸だな、白鳥妹。俺をここまで無視してくれるとは」
ぴきぴきと額に苛立ちマークが浮かんでる。
なんでこんな思いをしてまで話しかけてくるかな…。
「……最下層の人間とは話をしたくないのではなかったのですか?」
私はいつものように二人と食器を分担して、トレイに乗せながら答えると、彼は一瞬躊躇った後、何かを言おうと口を開いた。
でも、私にその言葉を待つ義理はない。
「葵お兄ちゃんと友達なのでしょう?だったら私は関係ない。貴方とは赤の他人です。嫌っている最下層の人間と進んで話す必要はありませんよ。以前言ったように、今後一切近寄らないで下さい。私も近寄りませんから。それでは」
畳みかける様にそう言って、私は席を立ち、その場を離れようとした。
けれど、出来なかった。
腕をガシっと掴まれて、引き寄せられ、何故か彼の腕の中に収められてしまった。
一気に血の気が引く。
「いやっ!嫌っ!!離してっ!!」
ガシャンッと食器が音を立てて落ちる。食器が割れたとか、床が汚れたとか、そんなの気にしてられない。
とにかく離れたくて、離して欲しくて、暴れる。けれど、彼の腕は暴れれば暴れるほどにきつくしまっていく。
「やだっ!!嫌だっ!!葵お兄ちゃんっ!!棗お兄ちゃんっ!!」
助けてっ!助けてっ!!
怖くて体ががくがくと震えて、恐ろしさから涙が溢れて、助けて欲しくて必死にお兄ちゃんの名を呼ぶ。
「鈴っ!!」
「鈴ちゃんっ!!」
救いの声が聞こえたと同時に私の体は彼から引き離され、棗お兄ちゃんの腕の中へ引き寄せられる。
私と彼との間に葵お兄ちゃんが入ってくれて、距離が出来た事に安堵して私は棗お兄ちゃんに抱き着いた。
「ごめん…遅くなって。行こう、鈴」
囁くように言われて必死に頷く。
「片づけは私達がやっとくから、美鈴ちゃん行って」
「僕達に任せて。大丈夫だから」
華菜ちゃんと優兎くんがそう言ってくれたと同時に、棗お兄ちゃんに抱き上げられ、私は棗お兄ちゃんの首に縋りついて、その肩に顔を埋めた。

そんな出来事からまた数週間が経過した。
あれからあの先輩はなりを潜めた。見かけても追いかけてくる事もない。
ほっと一安心。しかしなんで男の子ってああやって抱き締めようとしてくるのかな…。
正直こんなほっそい体抱きしめても何も楽しくないだろうに。
ぼんやりと教室の中に飾られたクリスマスツリーを眺めながら、私は家族へプレゼントする為の編み物に精を出していた。
男性陣にはマフラーを。女性陣にはシュシュを作るつもりだ。勿論デザイン等々変えつつ。
それに何でも、今年は皆を呼んでクリスマスパーティをするとかで、透馬お兄ちゃん達も来るみたいだからその分も必要になる。
まぁ、指編みだし大して時間もかからないんだけどね。
昼休憩。何時ものように教室で指編みをしていると、突然声をかけられた。
声の主を見ると、教室のドアの所に会いたくない人が立ってこちらを見ている。
(まだ、猪塚先輩の方がましだわ…)
まさかの真っ向からの呼び出しか。考えたわね…。
ここで無視する訳にもいかないし。華菜ちゃんと優兎くんは先生に呼び出されたり、係の仕事があったりと席を外しているから助けも期待できない。
……行きたくないなぁ…。
かと言ってこの前みたいに無理矢理触れられても嫌だし。
だったら残る手段は、教室から出ない事、かな…。
私は持っていた編み掛けのマフラーを鞄に戻して、ドアの側へ行く。
真正面から向かい合った。
「話がある」
「私はありません」
相手の言葉をばっさりと切ってしまう。付け入る隙を与えるつもりはないのです。
「俺にはある」
「私にはありません」
苛立ってるのが言葉に出ている。実力行使に出られる前に、私は距離を置いた。とりあえず手が届かない距離まで。
「この俺が態々来てやってるのに、その態度はなんだっ」
「『この俺』が『態々来てやってる』のに、その態度はなんだ、ですか」
相変わらずこのガキは癪に障る言い方をするな。いっそこのガキが女だったママ直伝の技を完膚なきまでに叩きつけてやるのに。
「どこの『俺様』が『頼んでもいない』のに態々来てくださったんでしょうか?押しつけがましい」
「なっ!?」
「どれだけ身分が高いのか庶民派の私には一切理解出来ませんが、私には貴方様と話す義理はありません。お帰り下さい」
目を合わせて啖呵を切ってみる。これで帰ってくれないかなー。ほら、私盛大に貴方のプライド傷つけたでしょ?ね?ね?
「お前っ…」
そいつの握った手が震えてる。怒ってるんでしょ?もう私に二度と会いたくないでしょ?ぶっちゃけて言うと、私も貴方みたいな人を見下す人間は嫌いです。さっさと帰れ。
プラス怖いから近寄ってくんな。
「こっちに来い」
「嫌ですっ」
「いいからっ―――」
一気に距離を詰められて、手を伸ばされる。
私は咄嗟に距離を開けようとして、
「美鈴ちゃんっ!」
ガキの背後から現れた華菜ちゃんに意識を持っていかれた。
そいつに手首を捕まれ、側に引き寄せられる。けれど、その手を今度は華菜ちゃんが奪い返してくれた。
「先輩。もう次の授業の時間ですよ。教室へ戻ったらどうですか?」
「君には関係ないだろう」
「ありますよ。美鈴ちゃんは私の親友ですっ。美鈴ちゃんを傷つける人は誰であろうと許しませんっ」
華菜ちゃんっ…。私感動のあまり涙が出そうだよっ。私は今ここに再び断言しようっ。
「華菜ちゃん大好きっ!!」
華菜ちゃんに抱き着くと、華菜ちゃんも大好きと答えてくれる。私も、私も守るからねっ!華菜ちゃんの事は守って見せるっ!
華菜ちゃんとそのガキが睨み合っていると、チャイムが鳴り響く。
そいつは舌打ちをして、また来ると言って教室へと戻って行った。
正直もう来なくても良いです。

……。
そう思ったのに、何で私は全力でまた追いかけっこをしているのでしょう?
今日の放課後委員会があったんです。学級委員長が集まる委員会です。そこにね、彼がいたのですよ。
にこにこ微笑み優しいふりをして、聖人君子ばりの様相を身に着けて、自分の仕事を他の人間にやらせてる。…屑だね。
私は昔から自分の仕事は自分でやってきた。男の人に変わりにやってあげるよとか良く言われたけど、それでも頑なに断り自分でやってきた。
まぁ、その理由が隠れて私物がなくなるとか色々あったからだってのも、なきにしもだけれども。
それでも人の優しさが当然だと思ってる人間になりたくはなかった。だって、そんなものに胡坐をかいてたって、自分は仕事の出来ない脳なしですと自慢してるようじゃない。絶対御免だわ。
つい眉間にしわが寄るのを抑えられず、睨み付ける様にそいつを見てたら、あっちも私に気付き、すっと目を細めてきた。
学級委員会が始まり、二学期の反省やら何やらと、三学期の方針を伝えられる。
その間中、ずっと見られて居心地が悪いやらなにやら。そもそも前回の委員会までお前いなかったじゃんよ。なんで今回から出て来てるのよー。
委員会が終わり次第すぐに逃げよう。
心の中できつく決意して、終わり次第すぐに筆記用具をまとめ立ち上がると、相手方もそれを予期していたのか同時に立ち上がり、こっちへ向かってくる。
でも、この時は運が私に味方した。そのガキは双子のお兄ちゃん並、あんまり認めたくないが、それ以上の綺麗な顔立ちをしていた為、女子に捕まったのだ。
今がチャンスとばかりに教室を後にして、颯爽と逃げる。
このまま教室へ戻って、鞄を持って優兎くんと下校だっ!
って思ってたのに、進行方向に猪塚先輩がいた。いや、無理でしょ。まさに前門の虎後門の狼って奴で。
急いで方向転換したら、遠回りになった所為でガキが追い付いてきた。
そして今現在。絶賛追いかけっこ中である。
「おいっ、はぁっ、待てってっ」
「い、いやですっ、よっ!!」
「くそっ」
ぎゃああああっ!!
スピードあげないでええええっ!!
こっちもスピードを上げざるを得なくなる。そもそも廊下を走ってはいけませんよっ!良い子の皆は真似しちゃいけませんっ!階段の手すりも座って滑り下りるモノではありませんよっ!良い子の皆は以下同文っ!
しかし、体力の差って酷いよね。男の子と女の子じゃやっぱり違うんだよ。
私も色々ショートカットしたり体力を温存して走ってたけど息は上がり、距離はどんどん詰められて行っている。
やばいやばいやばいっ!
こうなったら仕方ないっ。葵お兄ちゃんか棗お兄ちゃんの道場に乱入するしかっ。
今までは行き止まりに行かないようにだけ気を使って走ってたけど、今度は目的地を定めて走り出す。すると、
「こっちは…ちっ。やらせるかっ!」
目的地に気付かれた。せめて女子トイレに入って撒いてしまえば良かったかっ!
こっちも舌打ちをしたくなる。今現在三階にいる。これで女子トイレに入った所で窓からの脱出は出来ない。となると一階まで行かないと。
二人の部室である道場も一階だ。階段の手すりを滑り台代わりに滑り降りて一気に一階まで下りる。
道場への道は人気がない場所を通る。その前に女子トイレに駆け込む。
待てと声をかけられて、手が伸ばされたみたいだけど寸での所で逃げ切れた。
個室へ入り、荒れる息を何とか整える。
走り過ぎた所為で、心臓がお祭り状態だ。しかも盆踊りとかのレベルじゃない。リオのカーニバル並だ。
し、しんどーい……。
にしても、しぶとい。しかも妙に賢いのが手に負えない。下手すると窓の外にいそうだな…。
窓から逃げるってのも無理だったり…?
かと言って、普通に出るのも勇気がいるよね。どうしたもんか…。
何時までもトイレにこもってる訳にも行かないよね?
とりあえず、個室から出て、そっと外の様子を窺う。
あれ?どっちも気配がないぞ?トイレの窓から出るともう外だから、もしかして隣の男子トイレにいる、とか?
……どっちに賭けよう。
考えに考え抜いた結果。私は本来の出入り口を選んだ。こっちの方がまだ撒ける可能性が高いからだ。
それから、目的地を変更。生徒用玄関に。一年生は玄関が違うから出てしまえばどうにかなる。鞄だってお弁当箱が入ってる訳じゃないし、置いてったってなんの問題もない。
予習復習宿題は授業中に終わらせてる。って言うか今更小学生の授業が分からない訳がないっしょ。授業中に終わらせてなかったとしても、直ぐに出来るわ。
よし。決めたなら即決行。
私はトイレのドアを開けて、左右の見渡す。
それらしい気配はない。安堵して走り出す。真っ直ぐ一年玄関に向かい、急ブレーキをかけた。
「ふっ、やっぱりこっちに来たな」
「なっ、なんでっ!?」
驚いて、でも、同時に足を動かした私は偉かったと思う。
即行で逃げ出す。その私の反応の速さも予期していたのか、直ぐに追いかけてくる。
やっぱり道場だっ!お兄ちゃん達に助けて貰うしかないっ!
真っ直ぐ道場へ向かって走る。
道場へ行く為の渡り廊下と繋がるドアに手をかけた瞬間、

―――ドンッ。

ドアを手で抑えられ、私の背後から両腕が逃げられないように囲った。背後からの、所謂壁ドンってやつで。
「やっと、捕まえた…」
肩に手が置かれ、私はその手を払い退ける。
「さ、触らないでっ」
振り返った事で背後がドアになって後退りも出来ない。今の私に出来る自衛は触らないようにさせるくらいで。
「あぁ…そうか。男が苦手だと言っていたな」
分かっていながら追い掛けて来たのかっ!
あぁ、もうっ、本当に嫌いっ!こんなんなら猪塚先輩の方が断然マシだわっ。
ギッと睨み付けると、何故か嬉しそうに微笑みを浮かべる。意味わからんっ!
「やっぱり、いいな。その賢さといい、俺相手に平然とする態度といい、最高に好みだ」
「………私は貴方みたいな人、嫌いです」
「ほう?何処が嫌いなんだ?言ってみろよ」
「全てです。全部が嫌。そうやって他人を見下す姿も、胡散臭い笑顔も、自分では何一つ功績を持たない癖に親の権力で威張ってるガキ臭さも全部が嫌っ!」
「…ふぅん。それで?」
「なにより、自分の事を、どんな女でも惚れて当然って自惚れてるその態度が一番嫌っ!!」
嫌だと言う度に、そいつは嬉しそうに笑みを深めていく。
こんだけ嫌だって、嫌いだって言ってるのに、何故そんなに嬉しそうなんだ。Mなの?ねぇ、ドMなの?
前世でもいたなぁ…。人を拉致監禁して、鞭を手にしてなにするかと思えば叩いてくれって願ったやつ。ドン引きしたんだけど、逃げる為に鞭を手に何とか放置プレイの良さを覚えさせ逃げたのだ。
っといけないいけない。今前世の事を思い出したら増々恐怖が体を支配してしまう。
「俺の事が嫌、嫌い、ね。今まで俺に媚を売る女は腐る程いたが、こうやって真正面から向き合う女は初めてだ。なぁ…美鈴。俺のものになれよ」
人の話聞いてたか、こらぁっ!
私は貴方が嫌いだって言ったのっ!!
「絶対嫌っ!!」
きっぱりはっきりと跳ね除ける。
すると、そいつは嬉しそうに私を抱き寄せた。
「嫌っ!!」
ドンと弾き飛ばす。背後のドアしかないのは知ってる。でも、耐え切れない。怖いんだもの。
油断して出来た距離をひらかせる為に私は持っていたファイルと筆記用具を投げる。
そいつが咄嗟に手で防御をした隙にドアノブに手をかけて、ドアを開けた。
逃げ出そうと足を踏み出したと同時に、手首を掴まれて引き寄せられて、後頭部にもう一方の手で抑えられて、髪を引っ張る様に上を向かされ、

「―――っ!?」

唇を塞がれた。
キス。今回は小1でファーストキス卒業な訳ね。
すっと頭の中が冷えて行く。
まさか小学生に奪われるとは思わなかったけど。
私は手を振り上げて、

―――パァンッ!!

音が響く程に盛大なビンタを繰り出した。手がビリビリと痛む。ガリッと互いの歯が唇に当たり、切れてしまうのはこの際仕方ない。
震える体を叱咤して、動揺しているそいつを無視して道場へと足を踏み出す。
なのに、そいつは三つ編みにしていた私の髪を掴み、引き寄せようとして…。

―――逃げなきゃ。

それしか脳内に言葉は残ってない。
私は何かあった時の為の武器として胸ポケットにいれてある小さな折り畳みナイフを手に取り、髪を断ち切った。
ナイフを投げ捨て、驚きで目を見開くそいつを残して、私は道場へ駆け込む。
後姿ではどちらが誰なのか解らない。解らないけど、

「葵お兄ちゃんっ!棗お兄ちゃんっ!助けてっ!」

無我夢中に叫んだ。
「鈴ちゃんっ!?」
「鈴っ!?」
二人の声がする。本来道場が別の筈なのに、何故二人一緒にいるのかなんて解らない。
でも、今はただただ助けて欲しかった。
駆け寄ってきた二人に私は縋りつく。
「鈴ちゃん、その髪っ!?」
「口元も血が出てるじゃないかっ!?」
やっと安全地帯に辿り着いた安堵感にへなへなと座り込んでしまう。
慌てて棗お兄ちゃんが膝を折り抱きしめてくれる。
うぅ…やっと安全な場所。
離れがたくて、ぎゅーっと棗お兄ちゃんの首に抱き着いて肩に顔を埋める。
こんな事前にもあったな。しかも原因は同じときたもんだ。
「……棗。今日は部活早引けしてくれるかな」
葵お兄ちゃんの声がいつもより低い。
「葵、何言って……分かった。任せる」
棗お兄ちゃんが私を抱き上げて歩き出す。
二人が誰に怒ってるか。そこに誰がいたのか。
知ってはいたけれど、気付かないふりをした。
今はその姿を視界に入れたくないくらい嫌悪しか沸いてこなかったから。
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