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幼児編小話

ある日の帰り道(日常:誘拐事件後:葉)

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「美鈴ちゃん、忘れ物ない?ちゃんとお土産のお野菜積んだ?お米は後で今のお家に発送するからね。皆も忘れ物はない?お祖父ちゃん持ってく?」
祖父さんは物なんか、ヨネ祖母ちゃん。
思わずいれたくなる突っ込みは、
「大丈夫だよ、お祖母ちゃんっ!お祖父ちゃんはいらないっ!」
とはっきりきっぱりお姫さんが答えてくれたから良しとする。
「鈴ー?これ部屋にあったけど、鈴の?」
棗が玄関にひょいっと顔を出して、手に本を持って振っていた。
「あ、そうだっ。返却しなきゃ」
「私が戻しておきましょうか?」
「ううん。折角だからもう一度図書館見ておきたいし、自分で行くよ」
「でも…」
祖母ちゃんがきょろきょろと周りを見る。誠さんと鴇、金山さんは車に荷物を運ぶので忙しく、透馬と大地は荷造り中。佳織さんはすっかり忘れていた原稿の最終チェック中で、葵と棗は俺達が使った部屋の掃除中だ。祖父さん?いや、知らへん。
今手が空いてるのは俺くらいやね。荷造りも終わって車に乗せとるし、部屋の掃除は双子がしてくれる。佳織さんの原稿の手伝いなんて出来へんし、荷物を運ぶのは三人いたら十分やろ。となると自然することがなく暇を持て余してしまう。
「お姫さん。俺も行くわ。丁度見ておきたい本あったんよ」
「奏ちゃんと一緒なら安心だわ。美鈴ちゃん、そうなさいな」
「うんっ!行こう、奏輔お兄ちゃんっ」
てててっと走って、棗から本を受け取ると俺の側まで戻り、ぎゅっと手を握って来た。…あぁ、可愛ぇ…。
「ほな、行こか?」
「うんっ」
靴を履いて玄関を出る。
前もこうして一緒に図書館へ行った事を思い出していると、隣でお姫さんも思い出したのかくすくすと笑っている。
「お姫さん、何の本借りてたん?前のは確か俺が戻しに行ったような気がしたんやけど」
「これはねー、ラノベなのー」
「ラノベ?」
珍しいと言うほどお姫さんの読書歴を知らないから何とも言えない。けど、何となくこういうものは読まないと思っていたから驚いた。
「私、アニメもラノベも漫画も大好きよ?勿論、ゲームもっ」
「へぇ、そうなんか。初めて知ったわ」
そして良い情報だ。今度何かプレゼントする時はお勧めのラノベを買ってあげよう。透馬ほどではないにしても、俺もラノベは好きだ。と言うか、基本的に本は何でも読む。だから、以前お姫さんが借りていた本も童話だったけど読んだのだ。
「なら、今度お勧め教えてや」
「うんっ。いいよっ。えへへっ、読書仲間~」
嬉しそうなお姫さん。可愛い。…可愛いっ!
そこからは読書談議。あれが面白い、これは好みじゃなかったなど会話に華が咲く。
図書館に辿り着いて、本を返しに行くお姫さんを見送り、俺は数学関連の本が置かれている場所へ行く。
相変わらずの蔵書量。宿題で素早く解けない所があってそれの解決法が載ってるのはないかと探す。実際は量をこなすしかないんだろうけど、それでももっと理解してさえいれば体に覚え込ますのも速い筈だ。
一冊手に取り読んで、戻して、また手に取りを繰り返していると、お姫さんが駆け寄って来た。
その足音に気付いて読んでいた本を戻すと、ガシッとその手を掴まれた。
「で」
「で?」
「でたーっ!!」
「出た?何が?」
こんな朝っぱらからおばけか?そんな馬鹿な。
ならば何が出たというのか。首を傾げかけたその時。

ドス…ドス…。

図書館全体を揺らす足音。
……この足音は…まさかっ。
「よしっ!逃げるでっ、お姫さんっ」
こくこくと頷くお姫さんを抱き上げて、俺は走りだす。図書館内は走ってはいけません?今は非常事態や、勘弁しぃっ!
足は相変わらず遅いようで、俺達はあっさりとそいつを撒く事が出来た。
「あー…こわっ」
「悪い事した訳でもされた訳でもないんだけど、あの存在感が怖いんだよね…」
二人でしみじみと頷きながら、俺達は祖父ちゃんの家へ帰る。
撒いた所為か少し道を外れたので、少し急ぎ足で帰る事にした。
川の横を通り、魚が跳ねたなーなんて思いながら歩いていると、

ザバァッ!!

「うえぇっ!?」
川の水が盛り上がり、そこにいたのは恐怖の巨体。
しかもこっちを見てにやりと笑っている。怖いってのっ!
驚きと恐怖でお姫さんが自分から俺の頭に抱き着いてきとるわ。
「に、逃げるでっ!」
お姫さんの確認も取らず走る。もう、こうなったら真っ直ぐ帰って佳織さんにどうにかして貰おうっ。
俺は真っ直ぐ帰宅した。
帰る準備が終わったのか、そこには皆が揃っていた。
「お、来たな。これで全員揃ったし帰るか」
「そうね」
佳織さんがなんかズタボロなのが気になるが、まぁ良いとする。
「車に乗れば取りあえず安心やな」
「う、うんっ、そうだねっ」
俺とお姫さんはさっき見た悪夢を忘れる事にして、鴇の祖父母に別れと感謝を告げて車に乗り込んだ。
帰りは誠さんもいるから行きより少し手狭だ。が、これであいつも追って来れないと思うと一安心。
車が走りだし、ふぅと安堵の息を吐く。
周りに不思議そうな顔をされたが敢えて何も言わない。思い出したくないから。
と、思っていたのに。

―――ギュルンッ!

車が行き成り止まり、タイヤだけが回る音が響く。
「な、なんだっ!?」
「急停止っ!?」
全員が慌てていると、車の後ろから影が…。

「うにゃああああっ!!」

お姫さんが振り返って盛大に叫んだ。
まさかの、車を止める巨体。引っ張って止めれるとか、お前は人かっ!?ほんまに人かっ!?
「あら?露見尾くんじゃない」
佳織さんのその鋼の心臓はどうやったら手に入るんやっ!?
誠さんですら頬を引き攣らせてるのにっ!!
佳織さんは立ち上がると、金山さんに車を止める様に告げて、ドアを開けて外へ向かった。
本当に大丈夫なんだろうか。不安になって外を覗くと、
「美鈴ー。ちょっと来なさーい」
「ふえぇっ!?」
佳織さんからの名ざし指定。これはどうすることも出来ない。
お姫さんは戦々恐々と俺達の前を通って車を降りた。
何を話しているか気になるから、俺達も窓を開けてその状況を見る。反対側にいる大地と透馬、それから誠さんもこっちの座席に来て窓の外を見る。因みに双子はお姫さんの後を追って一緒に降りた。
巨体はお姫さんに歩み寄ると、そっと何かを渡した。
「え…これ、私のハンカチ…?失くしたと思ってたんだけど…」
むふんと笑う巨体。
「も、もしかして、これを届けに?」
むふむふんと笑う巨体。普通に笑え。
「ご、ごめんね?ありがとう…」
顔を左右に振るとまたむふんと笑った。
「ごめんなさいね、露見尾君。家の子、男の子が苦手なのよ~」
気にしてないと首を振る。待って。待ってくれ。正直あいつの場合、男が苦手じゃなくても怖いだろ。人じゃない。
「それじゃあ、私達行くわ。元気でね、露見尾くん」
双子に囲まれるようにお姫さんが乗り込んで、佳織さんが最後に乗り込むとドアを閉めた。
お姫さんがバイバイと窓から顔を出して手を振ると、露見尾も手を振り返した。
そのまま車は走りだす。
お姫さんも席に戻り、全員が座るとはぁ~っと一斉に安堵感が訪れる。
「まさかのハンカチ…」
「しかも綺麗にアイロンまでかけられてる…」
「森のくまさん…?」
双子とお姫さんがぼそぼそと呟いている。けれど、姫さん。一つ忘れている。
「なんで川に入ったのに濡れてへんの?」
………。
沈黙が訪れる。
しかし、その空気を破ったのは佳織さんの一言だった。
「やっぱり露見尾くんって良い子よねっ」
……………マジ?
俺達は満面の笑みを浮かべる佳織さんに、どうしても同意する事は出来なかった…。

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