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最終章 数多の未来への選択編

※※※

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あれから一ヶ月が経過した。
私は今、華菜ちゃんと逢坂くんの三人でテレビの前に待機している。
本当は空良くんの様子を見つつ、静かに田舎に帰ろうかとも思ってたんだけど、奏輔お兄ちゃんがしっかりと鴇お兄ちゃん達と情報共有をしてくれたおかげで私は今も尚ここでこうしている。
そして、何で私達がテレビの前にいるかと言うと。奏輔お兄ちゃんが、
『結構良い感じに仕上がった。空良があんなにやる気に満ちた姿はレアやで』
って言うので、これは見なきゃとなりこうして待機している訳です。
アイドル番組とかあんまり見ないけど、これは対抗戦らしいので普通のアイドル番組とはちょっと違うっぽい。
男子の部、女子の部で別れていて、その中でも競う競技が別れている。
ダンス、演技力、トーク力、あとは歌とか。他にも様々な部門があるらしい。アイドル個人の実力を魅せる場、って奴みたい。
女子の部にはユメも出るらしくて、全力で応援する為にスピーカーを購入しましたっ!
だってちゃんと聞きたいじゃないっ!
もしも、ユメの番の時少しでも機材故障とかされたら私ユメのモンペになる自信がある!即クレーム出しちゃうっ!……いや、しないけどね。クレームの対応って本当大変なんだよ…、本当に大変で…。
「美鈴ちゃん?」
「クレーム対応って地獄だよね…」
「いきなりどうした、白鳥。目が虚ろだぞ?」
「うへへへへ…」
「駄目だな、こりゃ」
どう言う意味かしら、逢坂くん?
すっかりこの前、白鳥財閥店舗に視察に行った時、クレームオジサンに遭遇してバイトの女子高生が責められて彼女の代わりにクレーム対応したのを思い出しちゃったよ。
えっと、なんだっけ。
そうそうアイドルの対抗番組の話だよね。あー、っと?誰が何に出場するんだっけ?
確か、ユメと空良くん、それからあの女子アイドル二人は歌の部。陸実くんはダンス、それから海里くんは演技の部、だったかな?
そういえば審査の方法をちゃんと見てなかったっけ?
テレビを見ると番組が始まり、審査員の紹介と審査の説明をしている。
審査員には各十点ずつ持ち票があるのか。で投票点数が一番多い人が優勝。審査員には有名事務所の社長とか番組のスポンサー、後はアイドルでデビューして今はマルチタレントとして活躍している人とかがいるみたい。
勿論その道のプロ的な人も一人いて、更には視聴者も得票数に入るようだ。視聴者票が一番多い人は視聴者票として十点加算される。
尚優勝者には大手企業がスポンサーとなりCMなどの出演権利を得る事が出来るらしい。因みに白鳥財閥の提供はありません。…多分。あれ?あるのかな?確かめてないから解らないや。そこらへんは鴇お兄ちゃんの管轄なんだよね。
大手企業のスポンサーってのはやっぱり大きいよね。多分、アイドル生命かけてくるアイドル多いんじゃないかな?
そんな結構な番組に対決なんてして大丈夫なんだろうか?
すっかり保護者目線になって私は番組を見守っていた。
いざ対決が始まり、まずはダンス対決。陸実くんが頑張ったけれど結果は三位。いやでもベストスリーに入っただけでも凄いよ。
何よりアイドルのイコールで繋がるものってやっぱりダンスなイメージあるじゃない?
それを考えると頑張ったっ。陸実くんはあんな事があった後なのに、本当に頑張ったよ。今度ご褒美に何かご飯作りに行こう。うん。
番組は進み、今度出て来たのは海里くんで演技力対決。結果は二位。
これは一位の人が上手過ぎた。莉良さんの事務所の人だからアッフェにとっては先輩に当たる人なんじゃないかな?上手い先輩がいるってのは悪い事じゃないからね。
上手い人の技術は研究して盗むべし、ってね。
「いやー、陸実も海里もかなり健闘したんだけどなー」
「上には上がいるって事だよね」
「そうだね。でもアイツ等はそれも解ってるとは思うよ。何せ」
「あー、先生達って言う上どころか高嶺にいる人達がいるしな」
うんうんと頷いている逢坂くんと華菜ちゃんに私は笑う。
「なんか、あっという間に大きくなるんだねぇ」
「白鳥。保護者通り越して年寄りみたいだぞ」
「ふみぃ…。ヨボヨボしちゃう日は近いかもねぇ」
「美鈴ちゃんとなら一緒に縁側でお茶飲むよっ!」
「華菜ちゃんっ、大好きっ!」
「私もっ!!」
「あー、はいはい。良かったなぁ、両想い」
最近すっかり慣れてしまった逢坂くんの対応がとっても雑です。
私達がじゃれついている間に番組は進み、気付けば最終対決、歌部門になっていた。
歌部門は女子の部から始まるみたい。
「確か、この部にユメが出るんだよね?」
「そうだよ。歌は結構な数出るから難しいよね」
「一之瀬だったら勝ち進みそうな気がするけどな」
暫く他の人達の歌を聴いて。
かなりハイレベルな戦いに私達は普通に聞き惚れるしか出来なかった。
勿論、んんー?って人がいない訳じゃなかったけど、歌はほら、好みだから。私の好みじゃなかっただけで、他の人には良く聞こえる場合もあるからね。
そうこうしている間に、ユメが出て来た。
ギュッと手を握って、ユメが歌うのをただ見守った。
ユメにしては低音の歌を選曲したなぁ…。ユメの声って高い方なのに。でもあえて勝負に出たのかな?
ユメの歌声は本当に綺麗で。
ウェディングをテーマにした両親への感謝の歌。
それを歌っているのがユメってだけで私はボロボロに泣いていた。
そっと預けられたタオルに顔を埋めて泣く。
「白鳥。あんまり泣き過ぎると化粧とれるぞー」
「全く問題ないですぅ~っ!だって今日、絶対泣くって思って化粧してないものぉーっ!うわああんっ!!ユメ、立派になってぇぇぇっ!!」
「美鈴ちゃんは化粧しなくても美人だからねっ!」
「なんで華菜がどやるんだよ…ん?あ、おい。白鳥。次、お前が言ってた空良に喧嘩売って来たアイドルじゃね?」
「ふみっ!?」
タオルをとってテレビを見ると、確かにあのアイドル二人組がいた。
「あれ?これって二人で出れるんだっけ?」
「いや、あくまでも個人戦だった筈」
「だよね。あ、一人戻ってった」
応援、って意味かな?
一人が戻って行って直ぐに曲が流れ始めた。
皆、ちゃんとアイドル衣装で歌ってるんだよねぇ…。そう言えばこの前は全然気にならなかったんだけど、あの二人組って何てグループなんだろう?
「ねぇ、華菜ちゃん。この二人って何てグループって言ってた?」
「えっとねー。アイドルユニット【ポータルレモン】だって」
「ポータルレモン?レモンの玄関?」
「って言うより、青春の入口、って感じかな?で、今歌ってるロングヘアの子の方がハッチ、出て行ったショートボブの子がスウだって」
「へぇ。衣装は黄色で統一してるんだな。レモン、だからか?」
「青春とか若いって意味なら青とかでも良さそうだけどねぇ」
そこで会話を打ち切って彼女らの歌を聞く。
今の子は有名な失恋ソングを。ショートボブの子は有名バスケアニメのOPを歌いきった。
あのOP、キーが高い上に声量が必要なのに歌いきるなんて…スゴい。
その後に出て来た他のアイドルは誰も彼もユメや彼女達を越えるほどの実力を持っている人がいなかった。
「あの三人の誰かが優勝かな?」
「だと思う…でも、難しい所だな。多分僅差じゃないか?」
「誰が優勝してもおかしくないもんね」
私達がうんうんと頷き合っていると、テレビからきゃーっと黄色い歓声が聞こえた。
発表かな?
わくわくしながら視線をテレビに戻すと、歌唱力部門の女子の部に出た人がずらりと並んでいた。
ドラムロールが鳴り響き、そして―――。

『歌唱力部門、女子の部優勝者はっ、―――MEIさんとポータルレモンのスウさんですっ!!』

スポットライトが二人に当てられた。
えっ?二人ってありなのっ!?
バッと視線を華菜ちゃんに向けると、華菜ちゃんはあっさりと顔の前で×を作った。
あ、やっぱりないんだ?
『何と、同点っ!!こんな事番組史上初っ!!ですが悲しいかなっ!!勝負の世界は非情なのですっ!!ですので、ここは視聴者票でもう一度投票して頂きたいと思いますっ!!番組が終わるまで番組の特設サイト、SNSの方で今から投票を受付いたします。今テレビを見ている皆様の一票で優勝が決まります。一人一回の投票になりますがドシドシ投票をお願い致します。では、ここでお二人からの言葉を頂きたいと思います。MEIさんとスウさんは前の方にどうぞっ!!』
ユメとスウさんがステージの真ん中へ出て来た。
ユメーっ!!頑張れーーーっ!!
大声出すと近所迷惑だから、心で全力で叫ぶ。
その時。

『きゃあああああっ!!』

テレビ画面の向うから叫び声が響いた。
一体何事っ!?
ガタッと思わず身を乗り出した。
『…………聞こえているかナぁ?華ぁ?』
ビクッと体が震えた。
『聞こえてるよなぁ?だって、お前が大事に大事に育てた子達が出てるもんなぁ?』
『いやああああっ!!』
『何してるっ!!早く部外者を追い出せっ!!』
『音声を切れっ、うぐぁっ!?』
ざわざわと会場にも、そしてテレビを見ているこっち側にも不穏な空気が満ちる。
『煩いのは、全て黙らせた。さぁ、華。お前の所為で人が死んでいくぞ?』
「美鈴ちゃんっ、聞いちゃダメっ!!」
華菜ちゃんが私の耳を塞ごうとしたけれど、男の声はそれよりも速く、私の耳に届いた。

『出て来いよぉ、華ぁ?……大事に、大事に、育てたお前の子達が、死んでもいいのかぁ?…あぁ、そうだった。今は、華じゃなかったなぁ…―――なぁ、美鈴?』

叫び声すら出す事が出来なかった。
ただただ恐怖が私の体を支配する。
「美鈴ちゃんっ、大丈夫っ。大丈夫だからっ」
「かな、ちゃんっ、かなちゃんっ…ッ」
私を抱きしめてくれている華菜ちゃんに私はきつく抱き付いた。
警備員の人が動き出してはいるのだろう。
だけど、スタジオに細工されているのか、それとも脅されているのか。解らないけれど、テレビは放送を続けており、ざわざわと観客達も立ち上がり動き出す音がしている。
『……美鈴って、もしかして…王子の事っ!?』
聞こえた声にビクッと私達は反射的に反応して、画面へと視線を向けた。
そこにはユメが一人カメラの奥に向かって睨んでいる。
『そこに隠れてるのは知ってるのよっ!とっとと出てきなさいよっ、卑怯者っ!』
「ユメ、駄目っ!」
私の声が画面の向うに届く訳はない。だけど叫ばずにはいられなかった。
華菜ちゃんから体を離してテレビに向かって手を伸ばそうとする。けれど、華菜ちゃんが私をきつく抱きしめて離さない。
『………邪魔な女がいるなぁ』
ズルッ…ペタッ…ズルッ…。
何かを引き摺る音と現れた細身のフードを深く被った、男。
ビチャッと投げつける音が聞こえて、恐らくカメラマンの人が無意識にカメラを動かしてしまったんだろう。
そこに映ったのは血塗れの男性。……番組のプロデューサーだった。
『いやあああっ!!』
『きゃああああああっ!!』
一気にその場が阿鼻叫喚と化す。
騒然として。誰もが叫び、逃げ出そうとする。
観客の誰かがカメラにぶつかり、がしゃんと倒れた。
映像がぶれて。
スタジオの床しか画面は映してくれなくなった。
音声だけは未だに聞こえる。
『あぁ、邪魔なの、女だけじゃないなぁ。…そこにいる未(ひつじ)。それから申(さる)の三人。それにいるだろぉ?丑(うし)に午(うま)が』
「い、いやっ!やめてっ!!」
「美鈴ちゃんっ」
「白鳥、落ち着けっ」
華菜ちゃんの拘束が強くなる。私を抱きしめている華菜ちゃんごと抱き締めて逢坂くんも私を拘束する。
『…ばれてちゃ、世話ねぇな』
『隠れてる意味も何もないねー』
『師匠っ』
『透馬兄っ!』
『お前らは避難誘導しろっ!』
『出口の確保だっ、いいなっ!』
『了解っ!』
『皆、急げっ!』
『その前に、まずは出口、舞台袖に降りるよっ!』
『夢芽っ!待てっ!動くなっ!』
『えっ!?あっ!?』
『夢芽っ!!』
未くんの声とユメの声が…途絶えた。
「……う、そ、…。ゆ、め…?」
「美鈴ちゃん…」
「ね、ぇ。華菜ちゃん…。ユメの声が、聞こえないの…。なん、で…?ねぇ、なんでっ?」
透馬お兄ちゃんと大地お兄ちゃんが男と戦っている音と叫び声は聞こえる。
だけど、その中にユメの声がしないの。
「美鈴ちゃん…」
「私、また、耳がおかしくなった?華菜ちゃん…、教えて…。ユメは…」
「無事だよっ。無事に決まってるじゃないっ!」
「おい、華菜」
「恭くんはちょっと黙っててっ!美鈴ちゃん。大丈夫っ。皆、絶対に大丈夫だよっ!」
「……ほん、とう、に…?」
「当り前じゃんっ!美鈴ちゃんは、親友の私の言葉を信じれないのっ!?」
「………うぅん…。信じる。華菜ちゃんを信じる。ユメ達を信じる。……だけど、ごめん、華菜ちゃん。暫くこうしてても、いい?」
「いいに決まってるじゃんっ!恭くんが邪魔ならどっかにぶっ飛ばしとくからっ!」
「……素直にぶっ飛ばされてやるよ。今ならな」
華菜ちゃんに抱き付いたまま、私達は変わる事のない画面をずっと見つめていた。
心配で、不安で、でも、今私があの会場に行っても出来る事がなくて。
涙が溢れるのを止める事も出来ず。ただただ画面を眺めていた。
ずっと変化が無いまま数分が経過して。
ザザザッと画面が揺れて、更にスピーカーから音が流れて来た。カメラはステージの方へと向けられて。
そこには空良くんがいて。
彼は、歌っていた…。
優しい歌声で。
皆を安心させるように。
少しでも、今見た悪夢のような映像が記憶に残らない様に、と。
聞いたこともない、言語で。
彼は歌っていた。
「何て言ってるんだろ?」
「全く知らない言語だな」
華菜ちゃんと逢坂くんが二人、ぼそりと呟いた。
私も聞いたことがない言語だった。
なのに、どうしてだろう?意味が、解るような…?

―――大丈夫だよ。

―――皆、みんなっ、無事だからっ。

―――だから、大丈夫。

―――泣かないでいいよ。

―――笑ってよ、先輩。

―――笑ってる先輩が、大好きなんだ。

空良くんの歌が。
解らない言語の歌が…私の胸に直球で届いて。
ボロボロと涙が溢れる。
カメラが動き、後ろにユメに腕を手当てされている未くんがいて。
陸実くんや海里くん、他の男性アイドル達に庇われている女性アイドル達の姿。
そして、最後に。
奏輔お兄ちゃんに捕らえられた、フードの男が映った。
大地お兄ちゃんが奏輔お兄ちゃんに変わり体を抑え付け、そのフードがとられる。
「―――ッ!?」
私はその顔を知っていた。
頬に消えない痣がある。あれは、昔鴇お兄ちゃんの全力で殴られたから。
昔はあんなに太っていたのに、恐らく刑務所にいた時に痩せたんだ…。
出所、してたんだ。
確実に狙いは私だったんだ。
皆を、関係ない人をこんなに巻き込むなんて。
私は……私はっ!
涙が止まらない。
皆を巻き込んだ罪悪感だけが、胸に広がった。
数分後。
テレビ画面は、違う番組へと切り替えられて。
それからまた数分後に。
奏輔お兄ちゃんからメールが届いた。

『皆無事だから安心し。今日、後で寄るわ』

と、あって。
私は華菜ちゃんと逢坂くんの三人で皆が帰ってくるのを待った。
奏輔お兄ちゃんは自身だけじゃなく、透馬お兄ちゃん、大地お兄ちゃん、それから空良くんを連れて来てくれた。
四人の顔を見た瞬間、一度は止まってた筈の涙がまた溢れて。
玄関で崩れ落ちた。
「ほら、空良」
バンッと音がして、背中を押された空良くんが私に一歩二歩と近づいて、私の体をそっと抱きしめた。
「…………ただいま、とり先輩」
「う、うああああぁぁっ!」
空良くんを抱きしめた。力の限り。
一瞬驚いたような顔をした空良くんもそっと抱きしめ返してくれた。
「ご、めんっ、ごめん、ねぇっ、私の、せい、でっ」
「…………とり先輩の所為じゃないっ。絶対にとり先輩のせいなんかじゃないよっ!だから…泣かないで。とり先輩」
謝れば、空良くんはこう返してくれるって。お兄ちゃん達もきっと同じように返すだろうって解っていた。
でも、謝らずにはいられなかった。
私と出会わなければ、皆にこんな怖い思いをさせる事はなかったんだから…。
「…………とり先輩」
名を呼ばれ私は、空良くんから体を離して彼の顔を覗き込む。

―――チュッ。

「ッ!?」
突然のキスに涙が止まり、皆が凍った。
「…………とり先輩。可愛い。あのね、とり先輩。おれ、嬉しいんだ。だってやっと、やっと先輩を守る方に立てたんだよ?先輩がおれを見てくれた。とり先輩、大好き」

―――チュッ。

「ふみっ!?」
更にキスをされて更に一時停止。
「…………とり先輩。もう、少しだけ待っててね。とり先輩を幸せに出来る権利を奏輔様や先生達から奪い取れるようになるから。だから、何処にも行かないでね?おれが迎えに来るまで、ここで待っててね」
空良くんの顔が近寄ってきて…。
「流石にもうさせへんよっ」
バシッと空良くんの顔面に奏輔お兄ちゃんの手の平が食い込んだ。
「…………奏輔様。痛い…」
「痛くしたんやっ。あーっ、これ、鴇や双子にバレでもしたら」
「双子のお兄様達には連絡済です」
華菜ちゃんがキリッとスマホをみせて言った。
「そして、夢子ちゃんは今のくだりは全てテレビ通話で筒抜けですっ」
言った華菜ちゃんがスマホのスピーカーをオンにした瞬間。
『空ーっ!!後で覚えてなさいよーっ!!』
「…………やべっ」
「ほら。とにかく今日は鬼が来る前に帰るぞっ」
透馬お兄ちゃんの一言で急ぎ返っていた彼らを私は茫然と見送るのだった。

その後。
空良くんはお兄ちゃん達の隙を見て会いに来ては、

「…………とり先輩。好きですっ」

とあいさつ代わりに告白して帰って行く。
私は彼の気持ちに答える事はないと思っている。
男の人と付き合うつもりもなければ、男性恐怖症が治る気配はまるでない。
むしろこの前の事件の所為でもっと悪化したかもしれない。
それを伝えないでいるのは不誠実だと思うから。
空良くんに素直に伝えて、私じゃない人を探した方がいいと言うと。
彼は一言。

「…………嫌だ」

と答える。
空良くんは、その後に決まってこう言う。

「…………もしも、とり先輩が告白に答えてくれたら、おれはアイドル辞める。とり先輩と二人っきりでいたいから。でもね?とり先輩がもし、罪悪感とかでおれの前から消えたら、もっと迅速にアイドル辞めるからね」

と。それはもう脅迫の域だよ、空良くん。
そう言うと彼は笑って。

「…………うん。脅迫だよ。だから、とり先輩。おれをアイドルでいさせたいなら、ずっと側にいてね?それで、おれが色んな意味で大きくなるのを待ってて」

そう言うんだ。
狡いかもって思うけど。
空良くんは側にいてくれるだけでいい、って。
何度も何度もそう言うから。
なら、私は―――。

私は―――彼が望む限り、彼の声を聞いていようと、そう思うんだ。



空良編 完

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