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幼児編小話
美鈴の一日(日常:文)
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秋の日の休日。夏の暑さも遠ざかり、心地の良い風が吹く。
朝の清々しい空気を吸い込み、欠伸をしながら階段を降りて、リビングのドアを開けた。
「あら?鴇。おはよう」
「ん、おはよう。佳織母さん。あれ?親父は?」
「誠さんなら今日も休日出勤よ。頑張るわよね~」
なんて言いながら、佳織母さん本人も目の前のパソコンをガタガタと打っている。こっちも締め切り間際なようだ。
「あ、鴇お兄ちゃん。おはよー。何か飲むー?」
キッチンからひょっこり顔を出した可愛い妹がお玉片手に小首を傾げた。うん。可愛いぞ。
「そうだな。お茶、貰えるか」
「お茶ー。紅茶、日本茶、中国茶、どれー?」
選択肢が広いな。そこで抹茶って言ったら出てくるのか?…出てきそうだな。美鈴の場合。
「普通にいつものアイスティーで良い」
「分かったー。全てブレンドねー」
「待て待て。そんな事言ってないぞ」
「あはは~っ。冗談冗談っ。アイス、ティ~♪」
楽し気にキッチンへ戻って行く美鈴を見送り、俺は椅子を引きゆったりと座った。
朝食を陽気に作る美鈴に、目の下を真っ黒にして綺麗な金色をくすませ危機迫る表情ノートパソコンを睨み付ける佳織母さん。
「はい。鴇お兄ちゃん、アイスティー。朝だからさっぱりとレモン入れといたよ~」
「あぁ。サンキュウ。所で…」
美鈴からグラスを受け取り、そっと視線だけを佳織母さんへ向ける。すると、美鈴はふぅと心底呆れた表情をして、
「締め切り、先週の土曜日」
溜息混じりに呟いた。あぁ、それで…。納得。
「今、朝食出来るから、もうちょっと待っててね」
あぁ、分かったと何時もの様に頷きかけて、ふと思った。俺達が学校に行ってる間、美鈴はどう過ごしているのかと。
キッチンカウンターの向こうでパタパタと動く美鈴を観察する。危なげなく調理する姿はいつもと変わらず。しかし、俺はこの姿しか知らない気がする。どうせやる事もないし、今日は一日美鈴を観察してみよう。
立ち上がりキッチンへ入る。
「美鈴、何か手伝う事あるか?」
「え?手伝ってくれるの?」
「あぁ」
「じゃあ、じゃあ、お皿出してー。あの一番高い所にあるお皿」
戸棚を指さして美鈴はわくわくした目で俺を見た。なんでこれだけの事にそんな瞳輝かせるんだか。
一番上の所と言うと…あぁ、あれか。あの綺麗な群青の皿。親父がいなくて祖母さんと佳織母さん、棗、葵、美鈴に俺…六枚だな。
皿を取り美鈴の前に見せると、美鈴は嬉しそうに笑った。
「やった~。このお皿使いたかったのに、届かなくて諦めてたの~」
「なんだ、言えばいつでもとってやったのに」
「だって、平日だと鴇お兄ちゃんいないから戻せないんだもん」
むーっと拗ねる美鈴。だったら置いておけば後で俺が戻すのに。そう言うと、片付かないのヤダとあっさり切り返された。
と言うか、早い話。皿の位置を整理すればいいと思うんだが…。まぁ、あえて言わないでおこう。
皿を手早く洗い、軽く布巾で拭って置いて行くと、その上に焼きたての魚がのせられていく。美鈴はそれを見てご満悦だ。
「漬物~、だし巻き卵~、ほっかほっかのご飯~」
本当に楽しそうだな。美鈴が作ったおかずが次々とカウンターに並べられていく。
それを俺がカウンターからテーブルへと運んで並べる。美鈴の小さな手が味噌汁を盛っている時に、その手に出来た赤い線が目に入った。
傷?もしかして包丁で切ったのか?
味噌汁を全てお椀に盛ったのを確認してから、俺は美鈴の手をとった。
「?、鴇お兄ちゃん?」
「これ、どうした?包丁で切ったのか?」
傷をそっと擦ると、ぎくりと美鈴が体を強張らせた。この感じは…怖がってるのと違うな。何か隠してる?
「美鈴?」
「そ、そそそ、そうっ。包丁で切ったのっ。うん。包丁で切ったんだよっ」
………怪し過ぎるだろ。視線を左右に彷徨わせてるし。こういう時の美鈴は、特にばれても問題はないがばれたらばれたで恥ずかしいって事の時が多い。それ以外の隠し事はきっかりとばれないようにするから。…俺の前では無駄だがな。
「そうか。ちゃんと消毒しておけよ」
「う、うんっ」
必死だな。この謎は後で解くとして。今は朝食の準備が先決だ。なるべく水を使うような事は俺が代わり、食事の準備が整うと双子がリビングのドアを開け入って来て、その後ろを祖母さんがくる。
美鈴の料理を見て目を輝かせた三人はそそくさと席につき、準備を終えた俺達も席へ着くと、いつの間にパソコンを寄せた佳織母さんの合図で食事が始まった。
朝食を終え、片付けが終わると美鈴は部屋の掃除、洗濯と家事をし始める。双子がそれを手伝い、今日に限っては俺も手伝った。
洗濯物を庭に干す時、美鈴がいつも椅子を二つ重ねて干しているのを知って、肝が冷えた。危ない。今度階段式の踏み台を用意しておこう。
一通りの掃除洗濯を終えると、美鈴は部屋に戻り、双子は祖母さんと一緒に原稿の出来上がった佳織母さんを編集者へ連れて行った。
やっと休むのか?朝からずっと動いていた美鈴を見ていると、やっと休むのかと安心する。
美鈴の部屋の前に態と少し待機していると、美鈴が本とスコップと鋏が入ったバケツを持って部屋から出て来た。
「あれ?鴇お兄ちゃん?どうしたの?」
「いや…。それは俺のセリフだ。その恰好どうした?」
麦わら帽子にデニムのズボン。パーカーを着て如何にもな農作業ルック。
「裏庭に行って茄子の収穫するの~」
「……はい?」
茄子ってあの紫の野菜のあれか?そんなの家の庭にあったか?
「鴇お兄ちゃんも一緒に行く?」
「あ、あぁ…」
歩き出す美鈴の後ろを付いてリビングからそこにあったサンダルを履いて庭へ降りる。そのまま裏庭へ向かうとそこには野菜畑があった。
い、いつの間に…。
「な~す~、な~す~♪」
たわわに実ったそれを美鈴は嬉しそうに収穫する。色艶を確認してそれはもう嬉しそうに持って来たバケツへ入れていく。
「鴇お兄ちゃんも収穫する?」
「い、いや。俺はいい。美鈴がとるのを見てる方が楽しい」
庭園の側は芝生だから俺はそこにどっかりと座り、美鈴の行動を見ていた。
泥にまみれて畑を弄り、野菜を収穫し。美鈴は楽しそうだ。
………で?あいつはいつ体を休めてるんだ?
とてとてと走る美鈴が水を汲みに行ってくると姿を消し、その数分後に。
「鴇お兄ちゃんっ、見てみてーっ。にゃんこーっ!」
美鈴がまだ大きくなりきっていない猫を抱っこして走って来た。あぁ、成程。美鈴の手の切り傷はこいつか。
「見ない猫だな」
「先日家に侵入して来たにゃんこです」
ぎゅーっと抱っこする美鈴。これは可愛い。可愛いプラス可愛いはもっと可愛いだと大地が言っていたが、確かに頷ける。
「だが、美鈴?」
「うん?」
「そのお前の言うにゃんこだが、滅茶苦茶嫌そうだぞ」
俺に指摘されて、美鈴が腕の中の猫を見る。すると猫は半眼で美鈴を睨んでいた。
「うぅ…。いーじゃん、抱っこしてもー。同じ女でしょー」
そう言う問題か?反論の仕方がおかしくて笑ってしまう。
「昨日、お魚あげたでしょー。少しくらい営業してよー」
………ん?今聞き捨てならない事を聞いた気がする。
「美鈴。お前、昨日の朝食の焼き魚。半分食べれない部分があって捨てたって言ってたよな?」
「ふみっ!?」
しまったと全身で表して、彷徨う視線が全てを肯定していた。
「成程な。美鈴。少し話をしようか」
「あ、あああ、あの、鴇お兄ちゃんっ、私、にゃんこを解放してくるーっ」
全く。逃がす訳ないだろ。
走り去ろうとした美鈴を立ち上がった俺はあっさりと捕まえてその手から猫を解放させる。
「お前は、なんでそう食べないんだ。そんなだから、こんなにあっさり俺に抱き上げられるんだ」
腰に腕を回して、背後から抱き上げる形をとっていると、諦めた美鈴がしょんぼりと肩を落とした。
「ちゃ、ちゃんと食べてるもん。少し、ほんの少ーし皆より量が少ないだけだもん」
「………美鈴?」
説教されたいか?くどくどと言われたいか?
そんな意味を込めて美鈴に微笑みかけると、美鈴は素直に「ごめんなさい」と謝罪した。
「謝らなくていいから、ちゃんと食え。せめて、もう少し太れ」
「…頑張るぅ…」
本当に小さく落ち込む美鈴に苦笑を浮かべながら、収穫された野菜が入ったバケツと美鈴が用意した道具を持って、家の中へと戻った。
何故って?美鈴の農作業を見ていたら、実は結構な時間が過ぎていて昼食の準備の時間になっていたからだ。
昼飯は俺と美鈴の二人だけ。こんな事も滅多にないが。美鈴は昼飯を作り始める。
出来上がった昼食は、さっき収穫した茄子がたっぷり入ったミートスパだった。勿論、美鈴にはしっかり食わせた。
昼食が終わり、洗い物も済ませ、今度こそ休むのかと思えば、部屋に入った美鈴はひたすら勉強をしていた。
本当に何時休むんだ?アイツ。
一、二時間勉強をすると、今度は洗濯物を取り込み、畳んで皆の部屋へ配り、菓子を作り始める。それが終われば次には買い物らしい。
いつもは佳織母さんか祖母さんと一緒に行くらしいが、今日は俺しかいないから一緒に行く。
商店街を回り、可愛さからおまけを一杯貰いホクホクしながら美鈴は帰宅する。
早速晩飯の準備を始め、丁度夕飯時に帰って来た家族が揃い次第夕食が始まる。食事が終わると食器を洗って、本を持って棗の足の間に座って読み始めた。
やっと休むのかと思えば、その本は教科書だ。佳織母さんが学生時代使ってたと言う。
…いつ休んでるんだ、本当に。
美鈴は俺達が朝起きてくるともう既に起きている。そして寝る時間はほぼ一緒。
普通の専業主婦と何も変わらないぞ。むしろ勉強をしてる分だけ、専業主婦より動いている。
呆れた。こいつ結構なワーカーホリックだな。
本当に寝てるんだろうな?
心配になってきた。
「美鈴。座敷に布団敷くぞ。客用のがあるだろ?」
「え?うん。あるけど…なんで?」
それは勿論、お前がちゃんと寝てるか確認する為だ。…とは言う訳にはいかないから、誤魔化すためにやりと笑った。
「今日は皆で寝ようぜ。祖母さんと佳織母さんと親父も勿論一緒で」
悪戯っぽく言うと、美鈴は嬉しそうに目を輝かせた。
「楽しそうっ!早速準備するねっ」
居間には全員が揃ってたから、そんな美鈴と俺の会話を聞いて察してくれた。
その日の夜は座敷に皆が勢ぞろいした。各々が話しながら布団へと潜り込む。
お休みの一言で親父が電気を消し、全員が眠りについた。それを横目で確認しながら、双子の間に眠る美鈴の様子を窺う。
眠ったふりをしてる訳でもなさそうだ。それにほっとしていると、頭をつんつんと突かれた。
視線を頭上へ向けると、同じくうつ伏せになりつつ俺を見ていた佳織母さんが微笑む。
「今日一日、鴇お兄ちゃんが一緒にいてくれたって美鈴嬉しそうだったわよ?観察、どうだった?」
観察してた事、ばれてたのか。俺も体を反転させてうつ伏せになる。
隣の布団では双子と美鈴が気持ち良さそうに寝ていて、頭上の方には佳織母さん、親父、祖母さんの順で寝ていた。
むくりと体を反転させて、親父もうつ伏せて俺の方を向く。
「突然こうやって皆で寝るって言うからには意味があるんだろう?」
「美鈴がちゃんと休めてるか、気になったんだよ。ずっと動き回ってるから」
「そうか。…棗のおかげでちゃんと寝ているから、大丈夫だろう。それに年齢の割に美鈴は動いてない方じゃないか?」
親父言われて、そう言えばと思い出す。美鈴が六歳だと言う事を。子供って意味で考えたらもっと遊び回ってても良い位だな。
「美鈴は結構楽しんでると思うわよ?昔から畑作りたい、とか、家族でご飯食べたい、とか言っていたから」
ふっと佳織母さんの瞳に哀愁が漂う。何かを思い出しているんだろう。
「鴇。これからも美鈴をよろしくね」
佳織母さんに頭をわしわしと撫でられる。それに大きく頷いて俺は改めて布団に潜り眠りについた。
翌朝―――俺の布団の中には三つの金色が詰まっていた。
「…やっぱり可愛いよな。こいつら」
つい口に出して愛でてしまうのは仕方ない事だと、俺は思う。
朝の清々しい空気を吸い込み、欠伸をしながら階段を降りて、リビングのドアを開けた。
「あら?鴇。おはよう」
「ん、おはよう。佳織母さん。あれ?親父は?」
「誠さんなら今日も休日出勤よ。頑張るわよね~」
なんて言いながら、佳織母さん本人も目の前のパソコンをガタガタと打っている。こっちも締め切り間際なようだ。
「あ、鴇お兄ちゃん。おはよー。何か飲むー?」
キッチンからひょっこり顔を出した可愛い妹がお玉片手に小首を傾げた。うん。可愛いぞ。
「そうだな。お茶、貰えるか」
「お茶ー。紅茶、日本茶、中国茶、どれー?」
選択肢が広いな。そこで抹茶って言ったら出てくるのか?…出てきそうだな。美鈴の場合。
「普通にいつものアイスティーで良い」
「分かったー。全てブレンドねー」
「待て待て。そんな事言ってないぞ」
「あはは~っ。冗談冗談っ。アイス、ティ~♪」
楽し気にキッチンへ戻って行く美鈴を見送り、俺は椅子を引きゆったりと座った。
朝食を陽気に作る美鈴に、目の下を真っ黒にして綺麗な金色をくすませ危機迫る表情ノートパソコンを睨み付ける佳織母さん。
「はい。鴇お兄ちゃん、アイスティー。朝だからさっぱりとレモン入れといたよ~」
「あぁ。サンキュウ。所で…」
美鈴からグラスを受け取り、そっと視線だけを佳織母さんへ向ける。すると、美鈴はふぅと心底呆れた表情をして、
「締め切り、先週の土曜日」
溜息混じりに呟いた。あぁ、それで…。納得。
「今、朝食出来るから、もうちょっと待っててね」
あぁ、分かったと何時もの様に頷きかけて、ふと思った。俺達が学校に行ってる間、美鈴はどう過ごしているのかと。
キッチンカウンターの向こうでパタパタと動く美鈴を観察する。危なげなく調理する姿はいつもと変わらず。しかし、俺はこの姿しか知らない気がする。どうせやる事もないし、今日は一日美鈴を観察してみよう。
立ち上がりキッチンへ入る。
「美鈴、何か手伝う事あるか?」
「え?手伝ってくれるの?」
「あぁ」
「じゃあ、じゃあ、お皿出してー。あの一番高い所にあるお皿」
戸棚を指さして美鈴はわくわくした目で俺を見た。なんでこれだけの事にそんな瞳輝かせるんだか。
一番上の所と言うと…あぁ、あれか。あの綺麗な群青の皿。親父がいなくて祖母さんと佳織母さん、棗、葵、美鈴に俺…六枚だな。
皿を取り美鈴の前に見せると、美鈴は嬉しそうに笑った。
「やった~。このお皿使いたかったのに、届かなくて諦めてたの~」
「なんだ、言えばいつでもとってやったのに」
「だって、平日だと鴇お兄ちゃんいないから戻せないんだもん」
むーっと拗ねる美鈴。だったら置いておけば後で俺が戻すのに。そう言うと、片付かないのヤダとあっさり切り返された。
と言うか、早い話。皿の位置を整理すればいいと思うんだが…。まぁ、あえて言わないでおこう。
皿を手早く洗い、軽く布巾で拭って置いて行くと、その上に焼きたての魚がのせられていく。美鈴はそれを見てご満悦だ。
「漬物~、だし巻き卵~、ほっかほっかのご飯~」
本当に楽しそうだな。美鈴が作ったおかずが次々とカウンターに並べられていく。
それを俺がカウンターからテーブルへと運んで並べる。美鈴の小さな手が味噌汁を盛っている時に、その手に出来た赤い線が目に入った。
傷?もしかして包丁で切ったのか?
味噌汁を全てお椀に盛ったのを確認してから、俺は美鈴の手をとった。
「?、鴇お兄ちゃん?」
「これ、どうした?包丁で切ったのか?」
傷をそっと擦ると、ぎくりと美鈴が体を強張らせた。この感じは…怖がってるのと違うな。何か隠してる?
「美鈴?」
「そ、そそそ、そうっ。包丁で切ったのっ。うん。包丁で切ったんだよっ」
………怪し過ぎるだろ。視線を左右に彷徨わせてるし。こういう時の美鈴は、特にばれても問題はないがばれたらばれたで恥ずかしいって事の時が多い。それ以外の隠し事はきっかりとばれないようにするから。…俺の前では無駄だがな。
「そうか。ちゃんと消毒しておけよ」
「う、うんっ」
必死だな。この謎は後で解くとして。今は朝食の準備が先決だ。なるべく水を使うような事は俺が代わり、食事の準備が整うと双子がリビングのドアを開け入って来て、その後ろを祖母さんがくる。
美鈴の料理を見て目を輝かせた三人はそそくさと席につき、準備を終えた俺達も席へ着くと、いつの間にパソコンを寄せた佳織母さんの合図で食事が始まった。
朝食を終え、片付けが終わると美鈴は部屋の掃除、洗濯と家事をし始める。双子がそれを手伝い、今日に限っては俺も手伝った。
洗濯物を庭に干す時、美鈴がいつも椅子を二つ重ねて干しているのを知って、肝が冷えた。危ない。今度階段式の踏み台を用意しておこう。
一通りの掃除洗濯を終えると、美鈴は部屋に戻り、双子は祖母さんと一緒に原稿の出来上がった佳織母さんを編集者へ連れて行った。
やっと休むのか?朝からずっと動いていた美鈴を見ていると、やっと休むのかと安心する。
美鈴の部屋の前に態と少し待機していると、美鈴が本とスコップと鋏が入ったバケツを持って部屋から出て来た。
「あれ?鴇お兄ちゃん?どうしたの?」
「いや…。それは俺のセリフだ。その恰好どうした?」
麦わら帽子にデニムのズボン。パーカーを着て如何にもな農作業ルック。
「裏庭に行って茄子の収穫するの~」
「……はい?」
茄子ってあの紫の野菜のあれか?そんなの家の庭にあったか?
「鴇お兄ちゃんも一緒に行く?」
「あ、あぁ…」
歩き出す美鈴の後ろを付いてリビングからそこにあったサンダルを履いて庭へ降りる。そのまま裏庭へ向かうとそこには野菜畑があった。
い、いつの間に…。
「な~す~、な~す~♪」
たわわに実ったそれを美鈴は嬉しそうに収穫する。色艶を確認してそれはもう嬉しそうに持って来たバケツへ入れていく。
「鴇お兄ちゃんも収穫する?」
「い、いや。俺はいい。美鈴がとるのを見てる方が楽しい」
庭園の側は芝生だから俺はそこにどっかりと座り、美鈴の行動を見ていた。
泥にまみれて畑を弄り、野菜を収穫し。美鈴は楽しそうだ。
………で?あいつはいつ体を休めてるんだ?
とてとてと走る美鈴が水を汲みに行ってくると姿を消し、その数分後に。
「鴇お兄ちゃんっ、見てみてーっ。にゃんこーっ!」
美鈴がまだ大きくなりきっていない猫を抱っこして走って来た。あぁ、成程。美鈴の手の切り傷はこいつか。
「見ない猫だな」
「先日家に侵入して来たにゃんこです」
ぎゅーっと抱っこする美鈴。これは可愛い。可愛いプラス可愛いはもっと可愛いだと大地が言っていたが、確かに頷ける。
「だが、美鈴?」
「うん?」
「そのお前の言うにゃんこだが、滅茶苦茶嫌そうだぞ」
俺に指摘されて、美鈴が腕の中の猫を見る。すると猫は半眼で美鈴を睨んでいた。
「うぅ…。いーじゃん、抱っこしてもー。同じ女でしょー」
そう言う問題か?反論の仕方がおかしくて笑ってしまう。
「昨日、お魚あげたでしょー。少しくらい営業してよー」
………ん?今聞き捨てならない事を聞いた気がする。
「美鈴。お前、昨日の朝食の焼き魚。半分食べれない部分があって捨てたって言ってたよな?」
「ふみっ!?」
しまったと全身で表して、彷徨う視線が全てを肯定していた。
「成程な。美鈴。少し話をしようか」
「あ、あああ、あの、鴇お兄ちゃんっ、私、にゃんこを解放してくるーっ」
全く。逃がす訳ないだろ。
走り去ろうとした美鈴を立ち上がった俺はあっさりと捕まえてその手から猫を解放させる。
「お前は、なんでそう食べないんだ。そんなだから、こんなにあっさり俺に抱き上げられるんだ」
腰に腕を回して、背後から抱き上げる形をとっていると、諦めた美鈴がしょんぼりと肩を落とした。
「ちゃ、ちゃんと食べてるもん。少し、ほんの少ーし皆より量が少ないだけだもん」
「………美鈴?」
説教されたいか?くどくどと言われたいか?
そんな意味を込めて美鈴に微笑みかけると、美鈴は素直に「ごめんなさい」と謝罪した。
「謝らなくていいから、ちゃんと食え。せめて、もう少し太れ」
「…頑張るぅ…」
本当に小さく落ち込む美鈴に苦笑を浮かべながら、収穫された野菜が入ったバケツと美鈴が用意した道具を持って、家の中へと戻った。
何故って?美鈴の農作業を見ていたら、実は結構な時間が過ぎていて昼食の準備の時間になっていたからだ。
昼飯は俺と美鈴の二人だけ。こんな事も滅多にないが。美鈴は昼飯を作り始める。
出来上がった昼食は、さっき収穫した茄子がたっぷり入ったミートスパだった。勿論、美鈴にはしっかり食わせた。
昼食が終わり、洗い物も済ませ、今度こそ休むのかと思えば、部屋に入った美鈴はひたすら勉強をしていた。
本当に何時休むんだ?アイツ。
一、二時間勉強をすると、今度は洗濯物を取り込み、畳んで皆の部屋へ配り、菓子を作り始める。それが終われば次には買い物らしい。
いつもは佳織母さんか祖母さんと一緒に行くらしいが、今日は俺しかいないから一緒に行く。
商店街を回り、可愛さからおまけを一杯貰いホクホクしながら美鈴は帰宅する。
早速晩飯の準備を始め、丁度夕飯時に帰って来た家族が揃い次第夕食が始まる。食事が終わると食器を洗って、本を持って棗の足の間に座って読み始めた。
やっと休むのかと思えば、その本は教科書だ。佳織母さんが学生時代使ってたと言う。
…いつ休んでるんだ、本当に。
美鈴は俺達が朝起きてくるともう既に起きている。そして寝る時間はほぼ一緒。
普通の専業主婦と何も変わらないぞ。むしろ勉強をしてる分だけ、専業主婦より動いている。
呆れた。こいつ結構なワーカーホリックだな。
本当に寝てるんだろうな?
心配になってきた。
「美鈴。座敷に布団敷くぞ。客用のがあるだろ?」
「え?うん。あるけど…なんで?」
それは勿論、お前がちゃんと寝てるか確認する為だ。…とは言う訳にはいかないから、誤魔化すためにやりと笑った。
「今日は皆で寝ようぜ。祖母さんと佳織母さんと親父も勿論一緒で」
悪戯っぽく言うと、美鈴は嬉しそうに目を輝かせた。
「楽しそうっ!早速準備するねっ」
居間には全員が揃ってたから、そんな美鈴と俺の会話を聞いて察してくれた。
その日の夜は座敷に皆が勢ぞろいした。各々が話しながら布団へと潜り込む。
お休みの一言で親父が電気を消し、全員が眠りについた。それを横目で確認しながら、双子の間に眠る美鈴の様子を窺う。
眠ったふりをしてる訳でもなさそうだ。それにほっとしていると、頭をつんつんと突かれた。
視線を頭上へ向けると、同じくうつ伏せになりつつ俺を見ていた佳織母さんが微笑む。
「今日一日、鴇お兄ちゃんが一緒にいてくれたって美鈴嬉しそうだったわよ?観察、どうだった?」
観察してた事、ばれてたのか。俺も体を反転させてうつ伏せになる。
隣の布団では双子と美鈴が気持ち良さそうに寝ていて、頭上の方には佳織母さん、親父、祖母さんの順で寝ていた。
むくりと体を反転させて、親父もうつ伏せて俺の方を向く。
「突然こうやって皆で寝るって言うからには意味があるんだろう?」
「美鈴がちゃんと休めてるか、気になったんだよ。ずっと動き回ってるから」
「そうか。…棗のおかげでちゃんと寝ているから、大丈夫だろう。それに年齢の割に美鈴は動いてない方じゃないか?」
親父言われて、そう言えばと思い出す。美鈴が六歳だと言う事を。子供って意味で考えたらもっと遊び回ってても良い位だな。
「美鈴は結構楽しんでると思うわよ?昔から畑作りたい、とか、家族でご飯食べたい、とか言っていたから」
ふっと佳織母さんの瞳に哀愁が漂う。何かを思い出しているんだろう。
「鴇。これからも美鈴をよろしくね」
佳織母さんに頭をわしわしと撫でられる。それに大きく頷いて俺は改めて布団に潜り眠りについた。
翌朝―――俺の布団の中には三つの金色が詰まっていた。
「…やっぱり可愛いよな。こいつら」
つい口に出して愛でてしまうのは仕方ない事だと、俺は思う。
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ファンタジー
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しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
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