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最終章 数多の未来への選択編

※※※

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「ここが、ここっ!うっしゃーっ!出来たーっ!!」
ついガッツポーズを決め込んでしまったよ。
だって、あまりにも長い道のりだったんだものっ!
でも完成させたよっ!
で?これはいつの写真?
流れから考えるに小学校高学年、もしくは中学辺りだと思うんだけど…。
と思って写真を見ると、そこに映っていたのは、高校の卒業時の写真?
これ多分卒業パーティの時だよね?
そう言えばこの写真ってどう言う意味なんだろうね。
その写真の場所に行くかと思えば、そうでもないし。その前後って事なのかな?
でもそっから時間が過ぎたりしてるよね?
…もしかして逆なのかな?
私は今パズルを完成させて、完成された写真を見て、光に取りこまれて、優兎くんの記憶へと移動させられる。
って言う流れになってると思ってたんだけど、実はそれが逆で。
最初に光に取りこまれて優兎くんの記憶へと移動させられて、それでちゃんと整えられた記憶から邪魔な異分子である私が取り除かれて、整えられた記憶がパズルのピースとなって、そのパズルを組み立てて完成させる事によって完全に記憶が正しい形に固定され、そのパズルにまた新しい写真、要するに歪んだ記憶が現れる。
って事だったりして?
自分で仮説立てて置きながら何だけど、ややこしいな。
そいでもって、あれが来ないな。光。
いつもは勝手にベカーって光る筈なのに。
全く来ない。
…もしかして、パズル間違ってる?
組み立てたパズルをマジマジと眺める。
写真が浮かび上がったから出来たと思ったんだけど…どこか間違ってるって事?
写真浮き出たの間違ってたって事あるの……んんっ!?
組み立てたパズルの横に気付きました。一つだけ使ってないパズルのピースがあるって事を。
えー?でも、私の手元のパズルは綺麗に埋めたんだよー?
なのにピースが余るって事あるー?
と言う事は…どれかとピースを入れ替える必要がある訳だね。
どこのピースだろう…。形は穴が一つと凸が三つ。
同じ形のピースは多々あれど、これは一体何処のピースなんだろう?
んー…?
いくつか入れ替えてみたけれど、特に変化はない。
って言うかこのピースは何が書かれてるの?
写真で言うとどの部分何だろう?
マジマジと見てみるものの、解るのは…肌色ってだけ。
あ、でも待って?この肌色の隅に少しだけあるの、これもしかして目じゃない?
しかもこの目、…私の目の色かも。
確か卒業パーティの写真に私の姿もあったは、ず……あー…なんで私気付けないかな。
顔だけオリビアちゃんになってる。全く止めてよっ!気持ち悪いっ!
オリビアちゃんの顔部分だけペイと取って外し私の顔を入れ替える。良く見たらこのパズル、裏に違う写真がついているのもあるんだよね。
そうなってくると写真が変わってくるじゃんか。
急いで入れ替えて行くと、卒業パーティの写真ではあるものの、場面が少し変わった。
さっきのは私が優兎くん達と会話しているシーンだったけれど、今は私が他の人と話している時の優兎くんの写真だった。

それを認識した瞬間、お待ちかねの光ベカーの時間。

飛んだ場所は、…ここは白鳥財閥の総帥室かな?
そして、私は恐ろしい量の書類と戦っている模様。
え?待って?この量、私一度ちゃんと終わらせてるよね?記憶の中だからと言えどもう一度やらなきゃいけないって奴?
ふみみーっ!?
「美鈴。手が止まってるぞ」
「気の所為だよ、鴇お兄ちゃん」
キリッと真面目に姿勢を正す。
…うん?そう言えば今鴇お兄ちゃんが美鈴って言った?
おお、じゃあ、私の仮説が正しかったのかな?
記憶を正したから、私を美鈴と認識したと。思い出した、と。
そう、喜んでいると。
場面が揺れた。
嫌な予感がして、私は引出しに入れていた鏡を取りだして自分の顔を見た。
すると、そこにはオリビアちゃんの顔がある。
「待て待て待てーい。どうして戻したし」
「オリビア?どうした?」
声をかけられて上を向くとそこには鴇お兄ちゃんの顔がなく、変わりに優兎くんを助けに行ったあの場所にいた男の顔をしていた。
「……色々、おかしいでしょ。どうしてこうなったのかと問う前に、ちょっと優兎の様子を見に行ってくる」
私は席を立って、優兎くんがいつもいる秘書室へと向かった。
…でもこのまま入ったらまずいよね。
中身は美鈴でも外身がオリビアちゃんだし。
ここで聞き耳を立てるのがベストかな?
私は中の会話に耳を傾けた。
「…それじゃあ、やっぱりお祖父様は病気じゃなくて…」
「…そうなるように殺された、って事になるな」
「やっぱり、…やっぱりそうだったんだ。なんてことを…。お母様も伯父様も何故あんなのと…」
「お前の両親は政略結婚だったのか?」
「いいえ。祖父母が恋愛結婚だったので、政略結婚はさせない、がモットーでしたから」
「…なら、騙されたな。詐欺師は箱入りを狙うものだ。世間知らずなだけでもう鴨そのものだからな。言っておくが金持ちの世間知らずはそれだけで罪だからな」
「…樹先輩がそれを言いますか?」
確かにっ!
大きく頷いておこうっ!
「やかましい。政略結婚はある種、お金持ちのぼんぼんやお嬢様を助ける為にあるって事を今の奴らは忘れがちなんだよ」
それはまぁ、確かにね。
そもそも両親は自分達も政略結婚をして、失敗した事や成功した事を踏まえて相手を探してくれてる訳だからさ。
一概に政略結婚が悪い物、とは言えないんだよね。
勿論強引に結婚させたり、富が欲しいだけ、の政略結婚が成功する事はあんまりないんだけど。
やだー、樹先輩が珍しく良い事言ってるー。
……そういやメインヒーローだっけ、樹先輩。
思わず遠い目しちゃうぞ。
「俺はもう斬り捨てた口だからな。お前にこう言う事も出来るが、これを言うとオリビアに怒られそうだな」
「オリビアちゃんに?」
「だが、まぁいい。花島は樹にとっても重要な取引先だ。いいか、花島。…身内だと思って優しくしていると相手はつけあがるぞ。斬り捨てるタイミングを見誤るなよ」
「斬り捨てるタイミング…」
樹先輩。ちょっとカッコいい事言わないで。
ギャグキャラなのがぶれるじゃない。
え?ギャグキャラじゃなくてメインヒーローだって?…聞こえなーい。
「さ、本題に戻るぞ。まずFIコンツェルンの総資産から」
「あ、そうだ。樹先輩。実はその事で気になった所が…」
…会話が企業の事になってしまった。
結局さ?
優兎くんのこの記憶の混濁って、どう言う現象なんだろう?
最初優兎くんを迎えに行った時。
私がオリビアちゃんに、オリビアちゃんは私に見えていた。
これは間違いない。
でも、それは優兎くんの脳内が弄られて視覚がそうなるように見えていたのかな?って思ってた。
だけど、今優兎くんの記憶の中にいて、視覚だけでなく記憶が塗り替えて行かれているって事が分かった。
私は今それを正常に戻す為に、パズルを組み立てたり、優兎くんを守ったりしている訳なんだけど…。
その場にちょこんと座りこんで私は首を傾げた。
優兎くんの中の私がオリビアちゃんになる事で、どうなるの?
その目的は何?
私が優兎くんに嫌われる?
そうする事で敵側にはなんの利益があるの?
………あ、あー、そっか。
私が嫌われれば、優兎くんの盾がなくなるのか。
そうすれば、優兎くんはFIコンツェルンを一人で再興しなければならなくなり、手が足りなくなる。
そこで身内面して現れれば、何の問題もなく優兎くんごとFIコンツェルンを乗っ取れる、と。
成程ー、馬鹿なの?
優兎くんが今までどれだけ苦労して知恵を得たと思ってるの?
どれだけ頑張って生きて、人脈を広げて来たと思ってるの?
優兎くんを馬鹿にするのもいい加減にしなさいよっ!
段々と腹が立って来たと思ったら。

突然に青い光に包まれた。

一体何事かと思わず手で顔を隠し、光が収まるのを待っていると。
私は崖の側に立っていた。
目の前には、優兎くんが女装して立っていた。
女装なんて優兎くん、今一番嫌がるのに、どうして…?
「なにを、しにきたの…?」
優兎くんの声がいつもよりも高い。
目も映ろ…。一体、何が…?
「きみには、こんな場所、似合わないよ」
どうして、そんな、苦しそうに笑うの?
違うでしょう?
優兎くんはそんな風に笑ったりなんか…。
「ほら、帰りなよ。一人で帰れない、なんて言わないよね?だって、今来た道だもの」
優兎くんの唇が震えてる。
寒いの?
だったら、こんな海の側の崖なんかにいたら駄目だよ。
…海の、近くの、崖?
聞き覚えのある単語に私の脳はフル回転を始めた。
『どうして、君は、こんなに、優しいんだろう…?君の、優しさに触れる度、僕は、僕の汚さが、浮き彫りになる…』
このセリフも私は何処かで聞いた。
『僕は、…僕は祖母をこの手で殺したっ!血に濡れてるんだっ!』
「!?」
思い出した。
これ、乙女ゲームの中でのワンシーンだ。
あぁ、そっか。スチルがあったよね。これはバッドエンド2のシーンだ。
『驚いた?でも、事実なんだ…。僕の手はもう赤く染まってる…。こんな手じゃ、君に触れる事なんて出来ない』
真っ直ぐ優兎くんの手が私に向かって伸ばされる。
『どうして僕はこんなにも弱いんだろう?どうして僕は…君がこんなにも愛おしいのに、触れる事が出来ないんだろう。君が好きなのに。こんなに…、こんなにも、心の底から、君だけを想い続けているのに』
ぐっと喉が詰まる。
優兎くんルートの一番の山場。
私はいつもこのシーンで泣いていた。
触れたくても触れられない、ではない。
触れたくても、触れてはいけない、だからだ。
優兎くんがずっとずっと見守り磨き続けたヒロインだから。優兎くんの心が守り続けた最後の清らかさという砦だから。
だから、触れてはいけないのだと。
それが痛いほど伝わるシーンだから。
『好きだよ。大好きだよ。愛してる。…愛してるっ。誰よりも、何よりも、君の事が好き。だから』

『―――バイバイ』

綺麗な笑顔だった。
頬を流れる涙が、何よりも清らかに見えた。
数歩、優兎くんが後ろへ下がり、地を蹴った。
優兎くんの体が浮いた瞬間、私は走りだしていた。
地を蹴って。
崖に飛び出して。
落下する優兎くんの体を受け止めきつく抱きしめる。

「……ばかっ」

この時、ヒロインのセリフはなかった。
だって、抱きしめた時点でエンディングロールが流れていたから。
エンディングロール後、二人の消息はつかめずと流れるニュースを華菜ちゃんが涙を流して見つめ続けるシーンでゲームは終了する。
でも、実際はそれで終わる訳がない。
後を追うように飛び込み抱き付いた私に優兎くんは目を丸くして驚く。
そんな優兎くんの顔を私は覗き込み、目を吊り上げた。
「な、何をっ!?」
「言いたい事だけ言って逃げるのっ!?優兎っ!」
「美鈴、ちゃん…?」
「優兎の昔からの悪い癖だよっ!」
「え…?」
「どうして、全てを一度に考えようとするのっ!?貴方の前に悩みがいくつあったとしても、苦しみがあったとしても、その時に大きく降りかかるものは一つなのよっ!?」
「……」
「その一つを解決したら、その次の悩みが降ってくる。だけど良くも悪くも最初の悩みは終わっているのっ。優兎は前に進んでいるのっ。いつも言っているでしょうっ!?貴方が今考えるべきものは一つだってっ!!」
「美鈴ちゃんっ…」
「ばかっ!ばかっ!私は、ヒロインだけど、そんなに優しいヒロインじゃないんだからっ!優兎っ、考えてっ!!今から生き残る方法をっ!!」
「そ、んな、無茶言われても」
「死ぬ選択が出来るなら、生きる選択だって出来るでしょうっ!?」
凄い無茶ぶりをしてるのは解ってる。
だけど、私は今美鈴で、この乙女ゲームのヒロインだから。
今、優兎くんを助けられるのは私しかいないのだ。
「生き残る、方法…」
優兎くんの瞳が少し輝きを取り戻した気がした。
キョロキョロと周囲を見回し、優兎くんは何かを発見した。
「美鈴ちゃん。あそこ。あの位置が少し深い気がする」
優兎くんが指さした先は確かに浅瀬の岩場だらけな崖下の中ではかなり深さがありそうだった。
「うん。いけそうかも。なら、かけてみようよ」
「でも、どうやって…」
「そうだね…ちょっと荒業だけど、あの岩蹴ってみようか」
私は岩壁の出っ張っている岩を指さして言った。
このまま落下し続けると横から出張っているあの岩にぶつかるのは分かりきっている。あれにただぶつかったなら私達は間違いなく怪我をして、そのまま岩場に落下して命を落とすと思う。
だけど、あれを利用して反動をつければあるいは…。
「…分かった。美鈴ちゃん、僕にしっかり捕まってて」
「うん。優兎も私をちゃんと掴んでてね。一緒に蹴ろう」
「……うんっ」
互いに互いをきつく抱きしめて、岩まで。

…3…2…1っ!

バンッ!!

私と優兎くんの足が同時に岩を蹴り飛ばした。
衝撃で岩は落下したけれど、私達は反動で岩壁から距離が出来る。
だけど、私達が望んでいた場所には今一歩届かなかった。
流石に近くにあるものはもうない。
これはもう、どうしようもない。
「……やっぱり、僕には、無理だった…ッ、美鈴ちゃ、ごめっ」
ごめんと最後まで言わせる気はない。
私は優兎くんを強く強く抱きしめた。
「優兎。頑張ったね。ちゃんと頑張れたね。偉い。私は、そんな優兎を誇りに思う。優兎。頑張ったね。私のお願い、聞いてくれてありがとう」
「美鈴ちゃんっ」
「後悔なんてしなくていい。胸を張って。優兎は自分の生を誇りなさい。頑張ったんだって」
涙が溢れ零れるその頬に私はキスをして、優兎の頭を胸に抱えた。
そのまま、私達は落ちて行く。
せめて、最後の瞬間。優兎の痛みが少しでも軽くなりますように。
空中でぐるりと反転して、優兎を抱え込む様に落下する。
そして、衝撃が来る、ときつく目を閉じて覚悟した瞬間。

パァンッ!

音が響いた。
体に来る衝撃ではなく音。
恐る恐る目を開くと、そこは秘書室の前で。
私の目の前には、合掌している華菜ちゃんがいた。
「…えーっと、華菜ちゃん?何をしてるのかな?」
「美鈴ちゃんの目を覚醒させてた」
「あ、うん。ありがとう」
おかげで目は覚めたけど、えーっと?
さっきの青い光は一体なんだったのか…?
唐突に乙女ゲームのワンシーンに飛ばされるとか。
「美鈴ちゃん。眠いの?」
「う~ん、眠いと言うか何と言うか。なんで私はここにいるんだろう?とか。私の顔はオリビアちゃんのままなのか、とか。疑問は色々?」
「オリビアちゃん?誰?」
「え?優兎くんの義理の叔母さん?」
「そんなオバサンの顔が美鈴ちゃんに張り付いてる訳ないじゃん?」
「それはそうなんだけどさ。華菜ちゃんの目の前にいる私はどんな顔してる?髪色は?」
「ちゃんとふわふわ金髪のぎゃんかわの顔してるよ?」
「え?そうなの?」
ポケットから鏡を取りだして自分の顔を覗き込むと、確かに私の美鈴の顔だ。
戻ったって事は、優兎くんの記憶が正されたって事?
でも、戻るような事してないんだけど…?
さっきの乙女ゲームのワンシーンが関係してるのかな?
だとしたら、この現象。もう一度来るかも。
だって、優兎くんルートのバッドエンドはもう一つあるから。

と考えたのが引き金になったのか。
今度は赤い光が現れて、私はまた顔を腕で覆い目を閉じた。

ゆっくりと目を開けて、視界に入った光景は…血の海だった。

「……ハハッ…ハハハッ…あぁ…あぁっ、やっと、やっとだっ…僕は、やっと、解放されたんだ…ッ」

優兎くんが血に濡れた包丁を片手に、天を仰ぎ泣いていた。
直ぐにこの光景がもう一つのバッドエンドのワンシーンだと気付いた。
自分を操作していた父親と言う鎖を、その命を絶つ事で解放されたと喜ぶ優兎くんのスチルシーン。
この時ヒロインは、その姿の恐ろしさに数歩後ずさりをする。
そんなヒロインを優兎くんは血に濡れた姿のまま抱きしめるのだ。
そして愛を告げて、自分の喉にその刃を走らせて、自死してしまう。
…そんな事はさせないけれど。
私は一歩二歩と優兎くんとの距離を縮めていく。
優兎くんはゆったりと私の方を振り返った。
「……怖く、ないの?」
「何を怖がるの?」
「僕を」
「怖くない。怖い訳ない。優兎だもの」
「え…?」
優兎くんの瞳が揺れる。
「取りあえず、その手に持ってるもの、降ろしなさい。もしくは、私に頂戴」
「だ、駄目だよっ、美鈴ちゃんを汚しちゃう」
抵抗されたけれど、私は優兎くんの手から包丁を奪い取った。
「…刺さなきゃ、耐えられなかった?」
「……」
「今、解放された?苦しくはない?」
「…………苦し、い」
「考えなさい。どうして、苦しいの?」
私は包丁を床に投げ捨てて、優兎くんの手を握る。
そして真っ直ぐ向き合った。
「……父親を殺してしまったから?」
問うと、優兎くんは静かに首を振る。
「そこに苦しさは無いのね。じゃあ、優兎はどうして苦しいの?」
「……美鈴、ちゃん、を、血に、濡らした…ッ」
「私は優兎を苦しめた男の血に触れた所で痛くも痒くも辛くもないよ。見て?優兎の目の前の私は平然としているでしょう?」
ほら、と優兎くんの頬を両手で包んで額と額をくっつけ合う。
「優兎は私を血に染めた事に苦しんでいるの?私が苦しんでもいないことを優兎が勝手に苦しむのは傲慢よ?」
「それはっ、…でも、僕は…」
「うん」
「僕は、…僕が心から惚れた人を、誰よりも愛してる人を、綺麗なままで…。君の中の僕が綺麗なものであって欲しかったんだっ…」
きつくきつく閉じた瞳から溢れる涙が私の手も濡らす。
「全く…、優兎は本当にバカ」
「ごめん、美鈴ちゃん…」
「本当、バカがつくくらい優しいんだから」
手を伸ばして私は優兎くんの頭を胸に抱き寄せた。
「い~い?優兎。自分の理想を人に求めても、返ってなんてこないのよ。だってその人の理想はまた別の所にあるのだから。己の理想を叶えてくれるのは己のみ。相手にその理想を押し付けちゃ駄目なのよ」
「……だって…」
「私だって、今こうして優兎の理想から外れてるじゃない。血に怖がるでもなく、優兎を穢れたものじゃないって反抗して、こうして優兎を離したくないって、拘束してる」
「そんなことっ…」
動こうとする優兎くんを力で持って胸に押し付けたままにする。
「優兎。私は、綺麗な人間じゃないの。私は、優兎と同じ、考えて悩んで苦しんで足掻いてるただの人間。私を勝手に高嶺に咲かせないで。横にいるよ。同じ、鼓動を刻んでるよ。聞こえるでしょう?」
「美鈴ちゃん…ッ、ふッ…ぐッ…」
「思いっきり泣かないの、これも優兎の悪い癖だよね。いいよ、泣いて。一杯一杯、力の限り泣いちゃえ」
「う、ぅうあ、ああああああっ!!」
泣き叫ぶ優兎くんを私はぎゅっと抱きしめて、その髪を撫でた。
何度も何度も。
優兎くんの涙が枯れるまで。
撫で続けようと―――そう思ってた。
後ろの影が動くまでは。
のたりと立ち上がった、優兎くんの父親。
私は咄嗟に優兎くんを庇っていた。
これが悪手であると直ぐに気付いたのに。
落ちた包丁が父親の手に握られて、その刃は私の背に突き刺さる。
痛みはない。
多分ここが現実ではないせいだと思う。
背中に刺さった包丁を抜く事は出来ないけれど、立ち上がり優兎くんの父親を問答無用で全力で蹴り飛ばす。
勿論、優兎くんが一度刺した場所を、だ。
刺された上に思い切り動いたのだ。
私の体は傾く。
それを優兎は青い顔で支えてくれた。
「美鈴ちゃんっ!い、嫌だっ!なんでっ!?」
声が、でない。
痛みがないんだから出せそうなものなのに。
「ごめんっ、ごめんねっ!僕が、僕なんかの為にっ」
折角前向きになりそうだったのに、あの馬鹿親父の所為で戻りそうになってる優兎くんを見て私はついカチンときてしまった。
無理矢理でも手を動かし、ぺちっと優兎の頬を叩く。
そうじゃないでしょ、と伝える為に。
「美鈴ちゃん…。ごめんね。ちゃんとけりをつけるよ」
優兎くんに通じた事が嬉しくて私は微笑む。
「それ、でも、ごめ、んっ…。美鈴ちゃんが、いない、世界で、生きるのは辛過ぎる、から。後を追って、いいかな?ちゃんと、ちゃんと最後までけりをつけてから行くから、だから…僕の我儘、許してっ…」
そっと私は床に降ろされる。
横に向いた顔。動かす事は出来ないけれど、視界はまだある。
優兎が私の背に刺さる包丁を抜いて、自分の父親へと立ち向かう。
意識のない父親に止めを刺すのはきっと難しい事ではなかっただろう。
止めをさして駆け足で戻ってくる。
私を抱き起して、優兎の唇が私の唇に触れた。
そして微笑む優兎はその手で己の喉を引き裂いた。
一面の赤。

パァンッ!

視界が再び華菜ちゃんの合掌に変わる。
「美鈴ちゃん、本当に大丈夫?青汁飲む?」
「うん。なんでいきなり青汁なのかな?」
しっかりと華菜ちゃんの手には青汁の粉末が握られていた。
飲みたくはないからね。
さて、バッドエンドを二つみたけれど、何の意味があったのかな?
うぅ~ん?
私が首を傾げていると、唐突に背後のドアが開いて、私は後ろへと転がった。
「美鈴ちゃん?そこで何してるの?」
「やほ、優兎くん。ちょっとだるまおこしの研究をね?」
「ちょっと意味が解らないし、ここでやる意味はあるのかな?って思うけど、そんな事より服、汚れちゃうよ?」
「だね。立つよ」
しゃきっと立って、優兎くんの前に立つ。
優兎くんはニコニコと笑っている。
何だろう。
さっきから泣いている優兎くんを見てばっかりだったから、普通に微笑む優兎くんを見るとこう…嬉しくなる。
私は衝動のまま優兎くんに抱き付いた。
「うえっ!?美鈴ちゃんっ!?」
「優兎くん、今、幸せ?」
「え?うんっ、勿論だよっ」
「そう。…なら、私は優兎くんの幸せが続くように頑張るからね」
「美鈴ちゃん?」
意味の解らない優兎くんは首を傾げるけれど、私はなんでもないと首を振った。

―――美鈴ちゃんは、いつも何か考えてる。でもそれはきっと僕に想像も出来ないような事なんだろうなって。

優兎くんの声が響く。

―――だけど、だからこそ、僕はそんな美鈴ちゃんが自由に動けるようにしてあげたい。

そんなの、私だけじゃないよ。優兎くんこそ、本当は自由を求めてるじゃない。

―――僕は、強くなりたい。美鈴ちゃんを守れるように、大事なモノ全てを守れるようにっ!

力強くなる優兎くんの声。

―――薬なんかに負けてたまるかっ!僕は絶対に美鈴ちゃんの記憶を維持するんだっ!

あぁ、そうか…。
成長して現代に近づけば近づくほど、新しい記憶ほど操作しやすいはずなのに、こうして保っていてくれてるのは優兎くんが強くあろうとしてくれていたからなんだ…。
だから、記憶がちぐはぐになって、優兎くんは混乱を続けていた。
「充分、強いよ。優兎。貴方の優しさは弱さでもあるけれど、強さでもあるんだよ」
心の底から優兎くんの強さに胸をうたれた。

バリィンッ!!

また、光景が割れる。
バラバラとパズルのピースが何もない空間へ落ちて行く。
それと同時に私の手の中にあった兎は熱を持ち、肥大していく。
普通の兎の大きさと変わりなくなった時に、突如兎が動き出した。
兎は私の手から降りて、走りだす。
そして、たった今までは無かったはずの大きな木。その下にある人一人入れそうな穴に飛び込んだ。
え?大丈夫なの?
気になり、その穴へと駆け寄ると、穴の底にはベッドで横になる優兎くんとその横で突っ伏す形で寝ている私の姿があった。
もしかしてこの中に入れば戻れる?
優兎くんが完全に薬に打ち勝ったって事だよねっ!?
それは、喜ばしい事、なんだけど…。
じゃあ、あそこに落ちているパズルを無視して良いのか、ってなると…。
本当は脱出した方がいいのかもしれない。
だけど…。
私は踵を返して、さっきのパズルの所へと戻った。
組み立ててみよう。
ここで写真が出て来なければ、穴に降りればいいんだ。
パズルのピースの一個を手に取る。
さ、気合を入れてっ、パズルを組むぞっ!!
腕まくりをして、パズルへと向かった。
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