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最終章 数多の未来への選択編

※※※(優兎視点)

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―――ガンッ!!

「――うぐッ!?」

殴られた頬に鈍い痛みが走る。
先程胸を蹴られた時から胸にも痛みが走る。あばらの一、二本は既に折れているだろうと思う。
『おい。程々にしておけよ。そいつはまだ使う駒なんだ』
『解ってっけどよー。なんつーか、俺達が家を追い出されてる間に、こいつがのうのうと幸せに暮らしてたかと思うと腹立って仕方ねーんだよ、なっ!』

ガスッ!

…痛いなぁ。
殴られる経験って一般的にそうないと思うんだけど、男に殴られるってこんなに痛いんだ。
「…はぁ」
ゆっくりと息を吐いて痛みを逃す。
殴られると思う度に、昔佳織さんが言っていた事を思い出す。
【どうしようもない理由があって殴られそうになった時は全身に力を入れて耐えなさい。そして反撃のタイミングを待つ。相手は絶対に力を抜く瞬間があるからそこを一撃で仕留めなさい】
急所は狙う為にあるのよっ!
と堂々と教えられた時、美鈴ちゃんと華菜ちゃんは真剣に頷いていたけれど、僕はどう言う顔をしたらいいか解らなかったな。
何時使うのその知識とは思っていたけど、本当に役立つ時が来るんだからビックリだよね。
『ちっ、こんだけ殴ってんのに顔色一つ変えないって。相変わらず気持ち悪い奴だぜ』
『顔だけは女みたいな癖にな』
僕を殴るだけ殴って互いに笑い合っている二人を見ているとこの従弟共は全く変わってないんだなとしみじみ思う。
…昔の僕だったら。
美鈴ちゃんに助けられずにあのままお祖母様を刺してしまっていたとしたら。
僕はこいつらのこんな小さな言葉にも傷つき苦しみ、そしてもしかしたらこの命すらいらないと思ってしまっていただろう。
【そんなのは許さないからねっ!私の目が黒い内は絶対に許さないからっ!】
脳内の美鈴ちゃんが激を飛ばしてくれる。美鈴ちゃんの目の色黒じゃないのにと突っ込みをいれたくなる。
美鈴ちゃん、心配してるだろうなぁ。
鴇兄達も絶対心配してくれてるだろうし…。
そろそろ脱出の為に動かないとなぁ。
腕と足は縛られてるけど、殴られて体が地面に擦れる度に縛られた縄を緩めてる。取れるまでもう少し。
問題はここが何処かって事だよね。
意識を失わされた間に連れて来られたとは言え、【僕(FIコンツェルンの跡取り)】が知らない場所な可能性は低いと思うし。
そもそも犯人達の目的は。
『おーい。母さんはまだなのかー?』
『確かに。父さんを呼びに行くって言ってかなり時間経っただろ』
『こいつを殴るのも飽きて来たし、そろそろ”次”に移行して欲しいだけど』
…次?
何するつもり?
本当はそろそろ殴って逃げようと思ってたけど…もう少し様子を見た方が良さそうだね。
何をしでかすつもりなのか、きちんと見極めてから動いた方が良さそうだ。
今出来るのは…この部屋をもう少し観察する事。
何処かのホテルの客室、なのかな?
もしくは大きめなお屋敷の一室か。
なんにしても、床は比較的に柔らかくふかふかの絨毯。
だけど、テーブルと椅子がある位でベッドも何もないんだよね。
窓もあるけれど、小さい。それに曇りガラスだ。外の様子は掴めない。
『…なぁ、そろそろ待つのも飽きて来たし。母さん呼びに行こうぜー』
『だとしてもどっちかが残る必要あるだろ』
『お前残れよ』
『は?嫌だね。お前が残ればいいだろ』
『はぁ?それこそ嫌だぜ』
『大体てめーは弟何だから兄の言う事聞けよっ!』
『弟の我儘を聞くのが兄の仕事だろうがっ!』
どうでも良い事で喧嘩を始めた。
これ、今だったら逃げれるかな?
様子見も過ぎるとただの油断になる。
僕は非力な部類に入るから、二人がかりで来られても勝てる自信はあまりないし。
意識を持って行かれてる間に、襲撃して一発で落とした方が…。
様子を見るか、反撃に出るか。
一分だけ悩んで、僕は反撃に出る事を選択した。
ばれないように縄を緩めて、そっと片腕を引き抜く。
両腕を抜いたら流石にバレそうだから。
二人の様子を窺いつつゆっくり…よし、外れたっ。
足もばれないように…こっそりと、…良しっ。
あとは、タイミングを見計らうだけ。
二人の喧嘩がヒートアップした、瞬間に…。
『やんのかっ、こらっ!!』
『やってやろうじゃねぇかっ!!』
互いの胸倉を掴み合った、今だっ!
僕は一気に立ち上がり、二人に飛び掛かった。
全力で一方の頭を殴り飛ばして、回転した後にもう一方を蹴り飛ばす。
二人が吹っ飛んだのを確認するまでもなく、ドアを蹴り飛ばし破壊して、そのドアを駄目押しとばかりに中の方へと投げ飛ばして、左へと走った。
何故か左な気がしたんだ。
左へ行くとエレベーターがあり、その向かいには非常階段。
エレベーターで鉢合わせとか笑えないから僕は階段で降りる事にする。
一気に下まで行って逃げる事も考えたけれど、奴らがエレベーターで追って来たらまずい。
僕は二階程階段を駆け下りて、近くの部屋へと入った。
ランドリールームか。
これは運が良かったかも。
隠れ場所が一杯あるし。
カートバックが丁度良さそうだ。
洗濯する為に入っていた使用済みのシーツの中に潜り込み息を潜めた。
数分後。
怒声と足音が飛び交い始めた。
これでこの階にいた人間も外へと、最悪下層へと徴集されるはずだ。
後は頃合いを見て、鴇兄に連絡を取れれば…。

『あらぁ?ここからカ弱い兎の匂いがするわぁ』

え?
―――コツ…。
靴の音。

『駄目ねぇ。家の子達はぁ』

な、に…?
―――コツ…。
薔薇の匂いがする。

『…後でしっかりと、お仕置きしておかなくちゃぁ』

―――コツ…。
気のせいじゃないっ。
靴の音も香りも声も。
確実に近づいてくるっ!
本能でヤバいと感じた。
逃げなければ、と。
カートバックから飛び出し、ドアを開け外へと出た。
だけど、出た途端に。

―――ガンッ!!

腹部に強烈な一撃を喰らった。

『ふふっ。見ぃつけたぁ。あぁ、相変わらず可愛いぃ子ねぇ…。あぁんな煩いアヒルの子には勿体ないわぁ』

意識を飛ばす事はなかったけれど、痛みで声が出ない。
僕の腹を殴ったのは誰…?
うずくまった僕は頭を上げる事が出来ず顔を確認出来ない。
『さぁ、行きましょうねぇ…。私がちゃぁんと躾てあげるわぁ。この子を私の部屋に運んで頂戴。アレを一瓶飲ませておいて』
でも、この声は記憶にある。
この声は、僕の…。
女の存在が頭を過る前に、僕を殴った男が僕を担ぎ上げた。
そして、唐突に視界に入った女の顔。
パッと見は綺麗な女性かもしれない。
僕にはただ醜い心が顔全体に表されている下品な女にしか見えなかった。
歩き出した男の後ろを女は距離を置きつつ何処かに電話をかけながらついてくる。
くそっ…痛いっ…。
態と腹を下にして担がれてる所為で殴られた所が倍痛い。
エレベーターに乗りこんで、僕が降りた分以上に上へと上がる。
到着音が鳴って、絨毯の廊下を歩きある部屋の前で足は止まる。
カードキーを使ってドアは開けられ、僕はベッドへと放り投げられた。
かと思うと力で抑え付けられ、口の中に栄養剤サイズの瓶を突っ込まれた。
絶対飲んだら駄目と解ってはいたけれど。
鼻を抑えられたら呼吸が出来ず飲みこむしかない。
とは言え全部は飲まない。
態と少量だけ嚥下して、男が手を離した瞬間に咳き込むふりをして、半分以上は吐き出してやった。
『あら?あらあらあらぁ?吐き出しちゃったのぅ?…まぁ、いいわぁ。少しでも飲んでくれたのならぁ、ちゃぁんと効果が現れるものぅ』
『一体、な、にを、のま、せ…』
『そ、れ、は、ねぇ?私と貴方がとぉーってもぉ、気持ち良くなる為のお薬よぉ』
女がそっとベッドに横になる僕の上に乗り上げてくる。
―――気持ち悪い。
『ああ…、すごぉい、その顔ぉ。ぞくぞくしちゃぁう』
自分がどんな顔をしてるのかは解らないけど。明らかに嫌悪しているだろうことは解る。
それを見て悦に入る女とか…気持ち悪い。
『大人しくしてたら直ぐに気持ち良くなるわぁ。私、男の人を魅了するの、得意なのよぉ?』
―――催淫剤、か。
飲まされた物が分かったおかげで、僕は幾分か落ち着いた。
こんな気持ち悪い女で欲情する訳がない。例え薬を飲まされていたとしても、体が火照っていたとしても。
僕が好きなのは美鈴ちゃんだけだから。
そもそも、僕は女子校に通っていたんだよ?
女性に耐性がついていないとでも?
………普通の男子がつく耐性ではないけれども…。
考えたら落ち込んできた…。
『あらぁ?大人しくなったのねぇ。もっともっと抵抗してくれてもいいのよぉ?』
あぁ、そうだった。
今の状況を思い出す。
落ち込んでる場合じゃないよね。
服のボタンを一つ一つ誘うように外す女に嫌悪を覚えつつ、僕は…。
『そうですか。なら、遠慮なくっ!』
『きゃあっ!?』
女を蹴り飛ばした。
美鈴ちゃんが前に言ってた。
自分の敵だった場合は女であろうと容赦はするなって。
女は女を武器にする。武器を持っている相手に容赦して自分が怪我をするのはバカがする事だって。
ベッドから落とされた女を飛び越えて、僕は向かってくる僕を殴った男を回避してドアへと走った。
背後から男の手が迫る。
ふと、葵兄の言葉が脳裏を過った。
【敵わないと思った敵に背を向けたら絶対ダメだよ。逃げなきゃ危ないって解っていたとしてもダメ。背中を向けた時点で必ず相手を優勢にさせてしまう。だから背中を向ける時は必ず反撃出来ると思った時だけ】
うん。解ってるよ、葵兄。
伸びた手を掴み、素早く男の懐に潜り込み足を払って背負い投げた。
棗兄の言葉が過る。
【柔道ならここで勝負は終わる。それはあくまでも試合だからね。でももしもの時はちゃんと相手が倒れたか確認して。なんならもう一発喰らわせても構わないよ。自分が危険になると解ってるなら容赦するな】
うん。そうだね、棗兄。
僕はもう一度男の腕を掴み、今度は女の上に力の限りで投げつけた。
『ぐえっ!?』
『うぐっ!?』
二人の意識はなくなった。
これで良しっ。
今度こそ逃げよう。
勢いよくドアを開けた、そこには―――。

『随分元気が良いな。優兎』

今度はコイツか…。
目の前の男はオーダーメイドのスーツを着こなし、穏やかな笑顔で紳士然としているけれど、僕は知っている。
この男が全ての、本当に【全て】の元凶だと。
『どうやら君は、力で抑えた所で逃げ出せてしまうようだ。ならば、まずは君の心を折る事にしようか』
『……何を』
言っている?と問うまでもなく、男は僕の目の前にスマホの画面を突き付けた。
『彼女の身柄は預かっている。…【彼女】の娘とは随分仲が良かったな?』
『…どういう事?』
『その言葉の通りだ』
『…何が目的?コンツェルン?それともお金?それとも地位?』
『全てだ。その全てを私に寄越せ』
ふぅ…。
肺の中の空気を全て吐き出した気分だった。
力を抜いた瞬間、痛みが走る。そこかしこ全てが痛い。良く考えたら僕銃で撃たれてあばらも逝ってるんだよね。
そしてこの事態。
頭まで痛くなって来たよ。
【面倒な事になった時は一先ず力を抜いとき。回らない頭で何考えても結果は大してついて来ぃひん。窮地に陥った時ほど冷静に、やで】
窮地に陥った時ほど冷静に。…うん、奏輔さん。
『全てを得てどうするつもり?』
『決まっているだろう?復讐だよ』
『復讐?一体誰に?』
『それを君が知る必要はない』
『ここまでしておきながら、僕が知る必要がない?凄い一方的だね』
『………ふっ』
答えない、か。
って言うか、鼻で笑いやがったな、こいつ。
けど、復讐。
考えられる相手は…恐らくお祖母様、だよね。
でも…美鈴ちゃんや鴇兄がこいつらの目的に気付かない訳がない。恐らく美鈴ちゃんの事だから海に落ちた時点で大体は理解しているだろうから。
なら僕が今出来る事は、さっきも言った通り美鈴ちゃんが僕の代わりに動いてくれると信じる事。
そして、その為に時間を作る事。
『それで?僕に何をさせるつもり?言っとくけど、僕を殺しても意味はないよ。遺言書もきちんと作ってあるから、貴女方には会社も金も何も渡らないし』
『…そんな事は想定済みさ。だから、君には我々の下僕に成り下がって貰おう』
『下僕?』
『あぁ、そうだ。私の目の前でこの薬を全て飲み干して貰う』
目の前に出されたのは、コンビニとかで良く見かける栄養剤の瓶。だけど中に入っている液体はどうやら半分くらい。中身を入れ替えている、って事か。
『君がこれを飲み干すのであれば、交換条件で彼女を助けてやろう』
『……………』
絶対に何かあるとは、解っている。
違法な薬であろうって事は理解している。
だけど、思ったんだ。
これを飲んでどうなるかは解らないけど、それによって時間を稼げるんじゃないかって。
僕を利用する為に呑ませるのだから、きっと死にはしないはず。それに僕を利用する為に物事を調整する時間がかかるだろう。
美鈴ちゃんに時間を作る事が出来る。
『大丈夫。死ぬような薬ではない。安心したまえ』
…どんな薬だろうか。
少しでも時間を稼げる薬だと良い。
僕は男の持っている薬に手を伸ばす。
『怖いか?』
ニヤニヤと浮かべた笑いに、僕は精一杯の笑顔を作り、ハッキリと言ってやった。
『全く。欠片も怖くない』
『ほぅ?』
『これがどんな薬だったとしても、僕は怖くない。だって、助けに来てくれるって信じてるから』
『はっ、誰が助けに来ると?』
『僕の誰よりも大事なお嫁さんと、僕の大事な家族が』
僕が言うと男は声を上げて笑った。
お前の家族なぞもういないだろうと。
笑いたければ笑えば良い。
僕は間違ってない。
怖くもない。
胸を張って言える。
皆が助けてくれるって。
でも助けられるだけなんて、嫌だ。
だから、僕も一緒にちゃんと戦うんだ。
瓶の蓋を開けて一気に煽る。
『あーあー…笑わせて貰った。久しぶりだよ、こんなに笑ったのは』
『…これで満足でしょ?』
ぽいっと男の方に瓶を投げた。
すると男は瓶を拾って、僕に向かいまた笑顔を浮かべた。
『あぁ、満足だ。お礼に一つ教えてやろう。君が飲んだのは【一部の記憶を欠損させる薬】だ』
『…ふぅん?…ッ!?』
急激な眠気に襲われる。
膝に力が入らない。
ガクッと膝が折れて、床につく。
そんな僕に視線を合せるように屈んだ男はまた笑った。
『君の【心】を失わさせて貰うよ。ハハッ。あぁ、これからが楽しみだっ。何せ、君の持っていたものだけではなく、君の嫁のものも全て手に入るのだからっ。私は今世の王となるのだっ』
『……馬鹿、じゃないの?……ははっ…一つだけ、教えてあげるよ…。僕の、お嫁、さんは…強い、よ…。とっても、とって、も…強い、んだ…。だか、ら…』

―――美鈴ちゃんを敵に回した時点でお前達は負けなんだっ。

最後まで言えたかどうかは解らない。
けれど、遠ざかる意識の中で僕は見た。
男の顔が歪む瞬間を。
それだけでも一矢報いた気がした。

【優兎。いいか?お前も俺達にとっては大事な家族であり、弟だ。何かあった時は絶対に助けに行く。だから、お前も力の限りあがけ。―――大丈夫だ。必ず助けに行く。家族皆でお前を助ける。安心して待ってろ】

鴇兄。
…うん。待ってるよ。
ちゃんと待ってる。

【優兎くんっ!】
【優ちゃんっ!】
【優兎っ!!】

…美鈴ちゃん。

―――美鈴ちゃんっ!!

信じてる。
絶対に来てくれるって信じてるから。

僕の事も―――信じてくれる…?


そうして、僕の中から【僕】の意識が、消えた―――。
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