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最終章 数多の未来への選択編
※※※
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「と言う訳で、ぜーんぜん乙女ゲームらしき所はなかったんだよね」
出掛ける準備をしていた私をとっ捕まえたママに、
「何事もなく出掛ける前に、どうして『そう』なったのか、きちんと説明なさいっ」
と怒られたので、自室で今までの流れを説明していた私なのです。
「乙女ゲームっぽい所って言うと、滅茶苦茶やらされた立体パズルゲームくらいで」
「…正直、…美鈴達があんな目に合わされた場所でなければ。私もやりたかったわ」
「うんうん。だよね。命の危険とか危なさがないのなら私ももう一度やりたいわ」
二人向かい合って腕を組んで頷く。
「じゃあやっぱり私の予想通り、猪塚くんが一番美鈴を安全にラストまで導いてくれたのね」
「安全、とは言い難い気もするけど。でもそうかもしれないね」
「美鈴の命の危険は限りなく低かったと思うわ」
「鰐に食べられそうになっても?」
「鰐は両生類だから大丈夫よ」
「…確かに」
再び頷き合う。突っ込みは現在不在です。
「それで?」
「ふみ?」
「一番重要なのはここよ。猪塚くんのこと好きなの?」
「………好き、は好きなんだけど…」
ううーん…?
「そう言う意味で好き、と聞かれると、首を360度捻りたくなるなぁ」
「一回転する位なら捻らないでよろしい。だけど、美鈴?」
「んー?」
「その割には、猪塚くんと結婚関係を続けているし、猪塚くんに抱き付いたり出来る様になっているし、男性恐怖症、だいぶ克服してるんじゃない?」
「それがねー」
男性恐怖症。
私も猪塚先輩に震えなくなったからもしかしてと思って、仕事中に男性だけの部署に足を向けてみたんだけど、入れなかったんだよね。足が震えて。
だから男性恐怖症を克服した訳じゃないみたい。
「猪塚先輩に『慣れた』が正しいのかも」
「慣れた、ねぇ。本当にそれ、惚れた、じゃないの?」
「うーん…解んない。カッコいいって思った事が無い訳じゃないんだけど、猪塚先輩に関しては何でだろう?カッコいいより面白いなぁって」
「面白い?」
「うん。面白い。だってさ。出会った当初はすっごい押せ押せで流石に怖くて怖くて堪らなかったんだけど。段々、だんだん…」
「だんだん?」
あれ?ママがとても期待に満ちた目を向けてきた。
これは、応えなければっ!
「ギャグキャラに見えてきたのっ!」
「そうじゃないでしょうっ!」
「ふみ?」
「ふみ?じゃないっ。どうしてっ?何でそうなるのっ?」
「ふみみ?」
え?ママなんでそんなに焦ってるの?
首を傾げると、ママは私のきょとん顔に玉砕した。
ぐしゃっと膝から崩れ落ちる。
なんでー?
「私の育て方が間違ったのかしら…?そんな鈍感に育つ様にはしてないのに…」
何かブツブツ言ってるんだけど、全然聞こえないよ?ママ。
出来ればもっと大きな声で言って。
「ママー?」
何を言おうとしたのー?と聞こうとしたら、ベッドに投げていた私の携帯が鳴った。
いそいそとママを放置して携帯を取りに行くと、そこには猪塚先輩からのメッセージがあった。
『今から迎えに行きます。10分後に着くと思います』か。
じゃあ急いで準備しなきゃ。
私は了解のスタンプを送信して、準備に移る。
鞄と服は昨日の内に選んで置いた。後はそれに着替えるだけ。えへへ。
「あんなにうきうきとデートの準備をしてるのに恋心は無いと言うの?嘘でしょう?」
「ママー。私お昼ご飯作っておいたから、ちゃんとチンして食べてね。そのままで食べちゃ駄目だからね」
「ここは、私がハッキリと言ってやらないとっ」
「ママ。今日のお昼はハンバーグだからね。一つは焼いておいたけど、生地は残ってるから足りなかったら金山さんに焼いて貰ってね」
「はーい。美鈴のハンバーグ美味しいのよね~」
「えへへ」
「あ、ソースは何?」
「ソースはおろしポン酢と、デミグラスと、ホワイトと一応バーベキュー」
「流石美鈴っ!解ってるわねっ!」
「ブレンドしちゃ駄目だからねっ!あと締め切り近いの知ってるんだからちゃんと締め切り守ってね」
「はいはい。ちゃーんと頑張るわよー」
と言って真面目に締め切りしてるの見た事ないんだけど。
じとー…。
ママをじと目で見ていると、また携帯が鳴った。
『ちょっと予定より早く着いちゃうかもしれません。お待ちしてますからゆっくりと準備して下さいね』
おお。早く着いちゃうんだね。急がなきゃ。
手早く着替えを終えて、鏡の前でおかしな所がないかチェック。うん。大丈夫。
鞄を持って携帯も持って。準備オッケー。
さー、行こー♪
「じゃあママ行って来まーす」
「はーい。いってらっしゃーい」
ママの返事を聞いてテンポよく階段を降りる。
えへへ、楽しみ~♪
ご当地アイス~、ご当地食材~、お土産~♪
階段を全て降りきった後。
「はっ!?しまったっ!?ハンバーグに釣られてついっ!?美鈴ーっ!?」
ママの叫びが聞こえたような気がするけど、浮かれまくっている私には一切届かなかった。
玄関で靴を履いて外に出ると、そこには車の前でビシッと直立不動状態の猪塚先輩がいた。
右手には花束が、左手にはどこかのお土産袋がある。
「猪塚せんぱーい♪」
手を振りながら駆け寄ると、
「プライスレーースッ!!!」
何処かに向かって猪塚先輩が叫んでいる。
まぁ、それは何時もの事だから。うん。取りあえず再会のぎゅー。
「し、しししししし白鳥さんっ!?」
「おはよー?猪塚先輩」
「おおおおおおはよーございまままままmmmm」
「………バグった?」
???
首を傾げつつも、私は何処に行くのか気になるのでそっちを優先する事にした。
「猪塚先輩。何処に連れてってくれるのー?」
「えええええっと、まままままずは車に乗りましょうっ!!あ、それとこれは白鳥さんにっ」
「ふみ?貰っていいの?」
「もも勿論っ!貴女の為に用意しましたっ!」
薔薇の花束は過去を含めて貰った事は何回もあるけど、今日の薔薇の花束は嬉しいな。
「えへへ」
「ああああ…可愛いぃっ…」
先輩が開いた右手で顔を隠しつつ、今度は左手を差し出してきた。
受け取った紙袋の中には、ご当地限定の苺の饅頭が入っていた。
「わっ!美味しそうっ!…ねぇ、猪塚先輩?その…お行儀悪いの承知で言うんだけど、車の中で一つ食べても良いかな?」
「はいっ!喜んでぇっ!!」
「…居酒屋かな?」
猪塚先輩が助手席のドアを開けてくれたので、お言葉に甘えて助手席に乗り込み猪塚先輩にドアを閉めて貰って私はシートベルトをする。
鞄を後部座席に置いて、紙袋の中から箱を取りだす。
車の運転席に乗り込んで、シートベルトをしっかりと締めた猪塚先輩はスムーズに車を発進させた。
動き出したのを確認してから、包み紙を綺麗に取って、ちゃんと畳んで紙袋に仕舞って、箱の蓋をあける。
美味しそー♪
お饅頭の透明な包み紙を開くとほんわりと苺とあんこの香りがした。
早速半分に割って、一口齧る。
「おいしーい♪」
「それは良かった」
「はい、猪塚先輩にも半分。あーん」
ギュッギャギャギャギャーッ!
「ふみーっ!?」
車が急カーブをぉぉぉぉっ!?
「す、すみませんっ!大丈夫ですかっ!?」
「だ、大丈夫っ」
「そ、その、運転中は危ないので後で頂けますか?」
「う、うん。そうしようか」
そっか。猪塚先輩は意識を取られると運転がおろそかになるタイプなのね。
じゃあ、食べ物を進めるのはやめておこう。うん。
話しかけても平気かな?
……様子を見て話かけよう。
あ、でも、これだけは聞いておこう。
「猪塚先輩。今日は何処に行くの?」
「今日は、新しく出来たサービスエリアに行こうと思って。あ、一応、パンフも持って来てますよ。後部座席に置いときましたんで」
「え?そうなの?」
わくわくしながら運転席と助手席の間から身を乗り出して、猪塚先輩が言っていたパンフレットを探す。
探すまでもなく目の前にあったのでそれを取って座り直す。
えーっと、何々?
北側と南側がある新しいサービスエリア。
違うご当地ソフトがあるっ!
両方行くには帰りに寄らなきゃいけないのかな?…ん?下に移動用の道があるんだ。
じゃあ、両方行けるっ。
南側には展望台もあるんだね。
そんなに遠くない場所にあるみたいだし、直ぐに着くよね。楽しみっ♪
「本来はオープンしたばっかりなので人が多いらしいのですが、今日はどうやら貸切イベントがあるらしく、先着予約制で入場制限されるらしいんですよ。その入場券を手に入れたので」
「じゃあ、今日はゆっくり楽しめるんだっ」
嬉しいっ!
楽しみっ!
パンフをじっくり読んで置こう。
食べたい物もお腹と相談して選ばなきゃ。
仕事や大学の授業よりも真剣にパンフを読み込んでいる間に気付けばサービスエリアに到着していた。
車を駐車して、猪塚先輩が車から降りた。
私も直ぐに車を降りると、猪塚先輩が何故かしょんぼりしていた。何故?
一先ず鞄を持ってっと…ちょっと大きめのトートバックだけど、場所的には丁度良かったかも。
「早速行こうよ、猪塚先輩」
私は猪塚先輩の手を握る。
「ああぁぁぁ…死ぬぅぅぅ…」
うん。面白い。
本当猪塚先輩面白いなぁ~。
こんなギャグキャラだったっけ?
でも、ここで原因不明で死なれても困る。
「猪塚先輩。…行かないの?」
ご当地ソフト…。
私がしょんぼりすると、猪塚先輩は一瞬でシャキッと立ち上がり。
「行きましょうっ!何処から廻りますか?」
「うんっ。えっとねっ」
こうして猪塚先輩と楽しいデートが始まった。
美味しいモノ食べて。
お土産物を見て。
皆にお土産考えて、買って。
どうしよう…楽しいっ!
最初北側のエリアを見たから、今度は反対側に。
猪塚先輩と会話を楽しみながら、地下道を歩いていると。
「……あの子可愛い」
「でも、見てよ。彼氏の方の目つき。超ガラ悪くない?」
「確かに。リアル美女と野獣じゃね?」
擦れ違うカップル皆同じような事言うんだけど…。猪塚先輩気にしてないかな?
そっと見上げると。
「どうしました?」
ニッコリと嬉し気に微笑む。
全然気にしてなさそうだ。ならいいや。
「えへへ」
嬉しそうな猪塚先輩に笑顔で返す。
凄い勢いで顔を逸らされたけど、握った手を離されないから多分大丈夫、かな?
南側の地上に出て、時間を見ると丁度お昼時。
「猪塚先輩。先に展望台に行きませんか?お弁当作ってきたんで」
「お弁当っ!白鳥さんのお手製のっ!?行きましょうっ!」
おおー、とても喜んで貰えた。嬉しいな。
展望台にゆっくりと二人で景色を楽しみながら登る。
そんなに距離は遠くない。けど階段がちょっと歩き辛い。
でも猪塚先輩が優しく手を引いてくれたので、とても助かった。
展望台についたので、空いているベンチに座って、鞄の中からバスケットを取りだした。中には手作りハンバーガーが入っています。
猪塚先輩にお手拭きと紙に包んであるハンバーガーを手渡すと満面の笑みで受け取ってくれた。
昼食も終え、二人並んで景色を楽しんでいる。
「……あの、白鳥さん」
「なぁに?猪塚先輩」
「そ、その…」
「?」
言い辛そうな猪塚先輩の次の言葉をじっと待つ。
「ぼ、僕と…」
「ふみ?」
「僕と付き合ってくださいっ!白鳥さんが好きですっ!ずっとずっと好きですっ!!」
「………えーっと…」
突然過ぎて脳味噌が停止した。
猪塚先輩は私の方を見て、顔を真っ赤にして答えを待っている。
でも、あのね?猪塚先輩。
「私と猪塚先輩は、えっと夫婦、ですよね?」
「はい」
「で、猪塚先輩は私と恋人になりたい、と。あれ?離婚したいってことですか?」
「…はい」
えええっ!?
今好きって言ってくれたのにっ!?どゆことっ!?
「あ、違うんですっ。そうじゃなくてっ」
猪塚先輩が焦ったように私の手を握って来た。
おおう…うん。落ち着いてゆっくり話を聞こう。
「白鳥さんは僕を好きだから結婚してくれた訳じゃないですよね?僕の家を救う為、白鳥財閥の為でした」
「それは、そう…」
「でもそれは、僕にとっては嬉しい事でも、白鳥さんにとっては嬉しい事じゃなかった」
「……私は結婚に興味がなかったからね」
「僕はそれが嫌だった。白鳥さんとちゃんと向き合って恋人になって、夫婦になりたい」
「猪塚先輩…」
猪塚先輩が笑う。少し悲し気に、でも何処かスッキリしたように。
「だから、白鳥さん。僕と…付き合ってくださいっ!」
「………」
私は猪塚先輩の事、嫌いじゃない。
むしろどちらかと言えば好きと言っていいと思う。
だけどそれに恋心があるかと問われるとさっきママに言ったように首を傾げてしまう。
…なんだけど。
…正直、猪塚先輩は私のお気に入りで、他の女に取られるのは気に食わない。
性格が悪いと言うなら言ってくれて構わない。
だって、それが本心なんだもの。
それに猪塚先輩に先手を打たれるのも腹が立つ。
「………駄目、ですか?」
「………そうね。猪塚先輩」
「は、はいっ」
「私と結婚して下さいっ!」
「………へっ!?」
「返事はっ!?」
「は、はいっ!!」
うん、いい返事っ!
私は嬉しくなって満面の笑みを猪塚先輩に向けた。
「じゃあ、早速デートの続きをしましょうっ」
「えっ!?えっ!?」
手早くバスケットを鞄に仕舞って、猪塚先輩と手を繋いで歩きだす。
「ちょ、白鳥さんっ!?」
「いっくよー、要さんっ!」
「えっ!?えっ!?ええーっ!?」
猪塚先輩の声が辺りに響く。
擦れ違う人が皆その声に驚き振り返るけど、私は全く気にしない。
男性恐怖症も、乙女ゲームも。
一切何にも解決してない。
恐らく、その全てのルートから外れてしまったんだろう。
ママが猪塚先輩を押していたのはきっとその理由から。
だけど、これはこれで良かったのかもしれない。
猪塚先輩と一緒にいると楽しい。
これから何かが起きたとしても、猪塚先輩と一緒なら笑っていられるんじゃないかな?ってそう思うから。
だって真っ直ぐ前だけを向いている人だからね。
流石の猪だと私は笑みを浮かべながら、これからの毎日に思いを馳せた。
「白鳥さぁぁぁんっ!?」
猪塚先輩の声は聞こえませーんっ!!
猪塚先輩の後ろには絶対行かないんだからっ♪
ねっ?
猪塚編 完
出掛ける準備をしていた私をとっ捕まえたママに、
「何事もなく出掛ける前に、どうして『そう』なったのか、きちんと説明なさいっ」
と怒られたので、自室で今までの流れを説明していた私なのです。
「乙女ゲームっぽい所って言うと、滅茶苦茶やらされた立体パズルゲームくらいで」
「…正直、…美鈴達があんな目に合わされた場所でなければ。私もやりたかったわ」
「うんうん。だよね。命の危険とか危なさがないのなら私ももう一度やりたいわ」
二人向かい合って腕を組んで頷く。
「じゃあやっぱり私の予想通り、猪塚くんが一番美鈴を安全にラストまで導いてくれたのね」
「安全、とは言い難い気もするけど。でもそうかもしれないね」
「美鈴の命の危険は限りなく低かったと思うわ」
「鰐に食べられそうになっても?」
「鰐は両生類だから大丈夫よ」
「…確かに」
再び頷き合う。突っ込みは現在不在です。
「それで?」
「ふみ?」
「一番重要なのはここよ。猪塚くんのこと好きなの?」
「………好き、は好きなんだけど…」
ううーん…?
「そう言う意味で好き、と聞かれると、首を360度捻りたくなるなぁ」
「一回転する位なら捻らないでよろしい。だけど、美鈴?」
「んー?」
「その割には、猪塚くんと結婚関係を続けているし、猪塚くんに抱き付いたり出来る様になっているし、男性恐怖症、だいぶ克服してるんじゃない?」
「それがねー」
男性恐怖症。
私も猪塚先輩に震えなくなったからもしかしてと思って、仕事中に男性だけの部署に足を向けてみたんだけど、入れなかったんだよね。足が震えて。
だから男性恐怖症を克服した訳じゃないみたい。
「猪塚先輩に『慣れた』が正しいのかも」
「慣れた、ねぇ。本当にそれ、惚れた、じゃないの?」
「うーん…解んない。カッコいいって思った事が無い訳じゃないんだけど、猪塚先輩に関しては何でだろう?カッコいいより面白いなぁって」
「面白い?」
「うん。面白い。だってさ。出会った当初はすっごい押せ押せで流石に怖くて怖くて堪らなかったんだけど。段々、だんだん…」
「だんだん?」
あれ?ママがとても期待に満ちた目を向けてきた。
これは、応えなければっ!
「ギャグキャラに見えてきたのっ!」
「そうじゃないでしょうっ!」
「ふみ?」
「ふみ?じゃないっ。どうしてっ?何でそうなるのっ?」
「ふみみ?」
え?ママなんでそんなに焦ってるの?
首を傾げると、ママは私のきょとん顔に玉砕した。
ぐしゃっと膝から崩れ落ちる。
なんでー?
「私の育て方が間違ったのかしら…?そんな鈍感に育つ様にはしてないのに…」
何かブツブツ言ってるんだけど、全然聞こえないよ?ママ。
出来ればもっと大きな声で言って。
「ママー?」
何を言おうとしたのー?と聞こうとしたら、ベッドに投げていた私の携帯が鳴った。
いそいそとママを放置して携帯を取りに行くと、そこには猪塚先輩からのメッセージがあった。
『今から迎えに行きます。10分後に着くと思います』か。
じゃあ急いで準備しなきゃ。
私は了解のスタンプを送信して、準備に移る。
鞄と服は昨日の内に選んで置いた。後はそれに着替えるだけ。えへへ。
「あんなにうきうきとデートの準備をしてるのに恋心は無いと言うの?嘘でしょう?」
「ママー。私お昼ご飯作っておいたから、ちゃんとチンして食べてね。そのままで食べちゃ駄目だからね」
「ここは、私がハッキリと言ってやらないとっ」
「ママ。今日のお昼はハンバーグだからね。一つは焼いておいたけど、生地は残ってるから足りなかったら金山さんに焼いて貰ってね」
「はーい。美鈴のハンバーグ美味しいのよね~」
「えへへ」
「あ、ソースは何?」
「ソースはおろしポン酢と、デミグラスと、ホワイトと一応バーベキュー」
「流石美鈴っ!解ってるわねっ!」
「ブレンドしちゃ駄目だからねっ!あと締め切り近いの知ってるんだからちゃんと締め切り守ってね」
「はいはい。ちゃーんと頑張るわよー」
と言って真面目に締め切りしてるの見た事ないんだけど。
じとー…。
ママをじと目で見ていると、また携帯が鳴った。
『ちょっと予定より早く着いちゃうかもしれません。お待ちしてますからゆっくりと準備して下さいね』
おお。早く着いちゃうんだね。急がなきゃ。
手早く着替えを終えて、鏡の前でおかしな所がないかチェック。うん。大丈夫。
鞄を持って携帯も持って。準備オッケー。
さー、行こー♪
「じゃあママ行って来まーす」
「はーい。いってらっしゃーい」
ママの返事を聞いてテンポよく階段を降りる。
えへへ、楽しみ~♪
ご当地アイス~、ご当地食材~、お土産~♪
階段を全て降りきった後。
「はっ!?しまったっ!?ハンバーグに釣られてついっ!?美鈴ーっ!?」
ママの叫びが聞こえたような気がするけど、浮かれまくっている私には一切届かなかった。
玄関で靴を履いて外に出ると、そこには車の前でビシッと直立不動状態の猪塚先輩がいた。
右手には花束が、左手にはどこかのお土産袋がある。
「猪塚せんぱーい♪」
手を振りながら駆け寄ると、
「プライスレーースッ!!!」
何処かに向かって猪塚先輩が叫んでいる。
まぁ、それは何時もの事だから。うん。取りあえず再会のぎゅー。
「し、しししししし白鳥さんっ!?」
「おはよー?猪塚先輩」
「おおおおおおはよーございまままままmmmm」
「………バグった?」
???
首を傾げつつも、私は何処に行くのか気になるのでそっちを優先する事にした。
「猪塚先輩。何処に連れてってくれるのー?」
「えええええっと、まままままずは車に乗りましょうっ!!あ、それとこれは白鳥さんにっ」
「ふみ?貰っていいの?」
「もも勿論っ!貴女の為に用意しましたっ!」
薔薇の花束は過去を含めて貰った事は何回もあるけど、今日の薔薇の花束は嬉しいな。
「えへへ」
「ああああ…可愛いぃっ…」
先輩が開いた右手で顔を隠しつつ、今度は左手を差し出してきた。
受け取った紙袋の中には、ご当地限定の苺の饅頭が入っていた。
「わっ!美味しそうっ!…ねぇ、猪塚先輩?その…お行儀悪いの承知で言うんだけど、車の中で一つ食べても良いかな?」
「はいっ!喜んでぇっ!!」
「…居酒屋かな?」
猪塚先輩が助手席のドアを開けてくれたので、お言葉に甘えて助手席に乗り込み猪塚先輩にドアを閉めて貰って私はシートベルトをする。
鞄を後部座席に置いて、紙袋の中から箱を取りだす。
車の運転席に乗り込んで、シートベルトをしっかりと締めた猪塚先輩はスムーズに車を発進させた。
動き出したのを確認してから、包み紙を綺麗に取って、ちゃんと畳んで紙袋に仕舞って、箱の蓋をあける。
美味しそー♪
お饅頭の透明な包み紙を開くとほんわりと苺とあんこの香りがした。
早速半分に割って、一口齧る。
「おいしーい♪」
「それは良かった」
「はい、猪塚先輩にも半分。あーん」
ギュッギャギャギャギャーッ!
「ふみーっ!?」
車が急カーブをぉぉぉぉっ!?
「す、すみませんっ!大丈夫ですかっ!?」
「だ、大丈夫っ」
「そ、その、運転中は危ないので後で頂けますか?」
「う、うん。そうしようか」
そっか。猪塚先輩は意識を取られると運転がおろそかになるタイプなのね。
じゃあ、食べ物を進めるのはやめておこう。うん。
話しかけても平気かな?
……様子を見て話かけよう。
あ、でも、これだけは聞いておこう。
「猪塚先輩。今日は何処に行くの?」
「今日は、新しく出来たサービスエリアに行こうと思って。あ、一応、パンフも持って来てますよ。後部座席に置いときましたんで」
「え?そうなの?」
わくわくしながら運転席と助手席の間から身を乗り出して、猪塚先輩が言っていたパンフレットを探す。
探すまでもなく目の前にあったのでそれを取って座り直す。
えーっと、何々?
北側と南側がある新しいサービスエリア。
違うご当地ソフトがあるっ!
両方行くには帰りに寄らなきゃいけないのかな?…ん?下に移動用の道があるんだ。
じゃあ、両方行けるっ。
南側には展望台もあるんだね。
そんなに遠くない場所にあるみたいだし、直ぐに着くよね。楽しみっ♪
「本来はオープンしたばっかりなので人が多いらしいのですが、今日はどうやら貸切イベントがあるらしく、先着予約制で入場制限されるらしいんですよ。その入場券を手に入れたので」
「じゃあ、今日はゆっくり楽しめるんだっ」
嬉しいっ!
楽しみっ!
パンフをじっくり読んで置こう。
食べたい物もお腹と相談して選ばなきゃ。
仕事や大学の授業よりも真剣にパンフを読み込んでいる間に気付けばサービスエリアに到着していた。
車を駐車して、猪塚先輩が車から降りた。
私も直ぐに車を降りると、猪塚先輩が何故かしょんぼりしていた。何故?
一先ず鞄を持ってっと…ちょっと大きめのトートバックだけど、場所的には丁度良かったかも。
「早速行こうよ、猪塚先輩」
私は猪塚先輩の手を握る。
「ああぁぁぁ…死ぬぅぅぅ…」
うん。面白い。
本当猪塚先輩面白いなぁ~。
こんなギャグキャラだったっけ?
でも、ここで原因不明で死なれても困る。
「猪塚先輩。…行かないの?」
ご当地ソフト…。
私がしょんぼりすると、猪塚先輩は一瞬でシャキッと立ち上がり。
「行きましょうっ!何処から廻りますか?」
「うんっ。えっとねっ」
こうして猪塚先輩と楽しいデートが始まった。
美味しいモノ食べて。
お土産物を見て。
皆にお土産考えて、買って。
どうしよう…楽しいっ!
最初北側のエリアを見たから、今度は反対側に。
猪塚先輩と会話を楽しみながら、地下道を歩いていると。
「……あの子可愛い」
「でも、見てよ。彼氏の方の目つき。超ガラ悪くない?」
「確かに。リアル美女と野獣じゃね?」
擦れ違うカップル皆同じような事言うんだけど…。猪塚先輩気にしてないかな?
そっと見上げると。
「どうしました?」
ニッコリと嬉し気に微笑む。
全然気にしてなさそうだ。ならいいや。
「えへへ」
嬉しそうな猪塚先輩に笑顔で返す。
凄い勢いで顔を逸らされたけど、握った手を離されないから多分大丈夫、かな?
南側の地上に出て、時間を見ると丁度お昼時。
「猪塚先輩。先に展望台に行きませんか?お弁当作ってきたんで」
「お弁当っ!白鳥さんのお手製のっ!?行きましょうっ!」
おおー、とても喜んで貰えた。嬉しいな。
展望台にゆっくりと二人で景色を楽しみながら登る。
そんなに距離は遠くない。けど階段がちょっと歩き辛い。
でも猪塚先輩が優しく手を引いてくれたので、とても助かった。
展望台についたので、空いているベンチに座って、鞄の中からバスケットを取りだした。中には手作りハンバーガーが入っています。
猪塚先輩にお手拭きと紙に包んであるハンバーガーを手渡すと満面の笑みで受け取ってくれた。
昼食も終え、二人並んで景色を楽しんでいる。
「……あの、白鳥さん」
「なぁに?猪塚先輩」
「そ、その…」
「?」
言い辛そうな猪塚先輩の次の言葉をじっと待つ。
「ぼ、僕と…」
「ふみ?」
「僕と付き合ってくださいっ!白鳥さんが好きですっ!ずっとずっと好きですっ!!」
「………えーっと…」
突然過ぎて脳味噌が停止した。
猪塚先輩は私の方を見て、顔を真っ赤にして答えを待っている。
でも、あのね?猪塚先輩。
「私と猪塚先輩は、えっと夫婦、ですよね?」
「はい」
「で、猪塚先輩は私と恋人になりたい、と。あれ?離婚したいってことですか?」
「…はい」
えええっ!?
今好きって言ってくれたのにっ!?どゆことっ!?
「あ、違うんですっ。そうじゃなくてっ」
猪塚先輩が焦ったように私の手を握って来た。
おおう…うん。落ち着いてゆっくり話を聞こう。
「白鳥さんは僕を好きだから結婚してくれた訳じゃないですよね?僕の家を救う為、白鳥財閥の為でした」
「それは、そう…」
「でもそれは、僕にとっては嬉しい事でも、白鳥さんにとっては嬉しい事じゃなかった」
「……私は結婚に興味がなかったからね」
「僕はそれが嫌だった。白鳥さんとちゃんと向き合って恋人になって、夫婦になりたい」
「猪塚先輩…」
猪塚先輩が笑う。少し悲し気に、でも何処かスッキリしたように。
「だから、白鳥さん。僕と…付き合ってくださいっ!」
「………」
私は猪塚先輩の事、嫌いじゃない。
むしろどちらかと言えば好きと言っていいと思う。
だけどそれに恋心があるかと問われるとさっきママに言ったように首を傾げてしまう。
…なんだけど。
…正直、猪塚先輩は私のお気に入りで、他の女に取られるのは気に食わない。
性格が悪いと言うなら言ってくれて構わない。
だって、それが本心なんだもの。
それに猪塚先輩に先手を打たれるのも腹が立つ。
「………駄目、ですか?」
「………そうね。猪塚先輩」
「は、はいっ」
「私と結婚して下さいっ!」
「………へっ!?」
「返事はっ!?」
「は、はいっ!!」
うん、いい返事っ!
私は嬉しくなって満面の笑みを猪塚先輩に向けた。
「じゃあ、早速デートの続きをしましょうっ」
「えっ!?えっ!?」
手早くバスケットを鞄に仕舞って、猪塚先輩と手を繋いで歩きだす。
「ちょ、白鳥さんっ!?」
「いっくよー、要さんっ!」
「えっ!?えっ!?ええーっ!?」
猪塚先輩の声が辺りに響く。
擦れ違う人が皆その声に驚き振り返るけど、私は全く気にしない。
男性恐怖症も、乙女ゲームも。
一切何にも解決してない。
恐らく、その全てのルートから外れてしまったんだろう。
ママが猪塚先輩を押していたのはきっとその理由から。
だけど、これはこれで良かったのかもしれない。
猪塚先輩と一緒にいると楽しい。
これから何かが起きたとしても、猪塚先輩と一緒なら笑っていられるんじゃないかな?ってそう思うから。
だって真っ直ぐ前だけを向いている人だからね。
流石の猪だと私は笑みを浮かべながら、これからの毎日に思いを馳せた。
「白鳥さぁぁぁんっ!?」
猪塚先輩の声は聞こえませーんっ!!
猪塚先輩の後ろには絶対行かないんだからっ♪
ねっ?
猪塚編 完
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「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
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