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最終章 数多の未来への選択編

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コンコン。
ドアがノックされて、返事をする前にドアが開いた。
「……樹先輩?毎度思うんだけどさ。ノックしたら返事を待って開けてよ」
「お前だって返事待たず開けるだろうが」
「いやいや。私はちゃんとタイミング見計らってるから」
「俺だって見計らってる」
ぎゃんぎゃんと言い争う私達。
これをもう何時のもの事と見守る葵お兄ちゃんがいた。
「鈴ちゃん。準備は出来てる?」
「大丈夫。いつでもオッケーだよ」
ドレスの裾が足に絡まないように綺麗に椅子から立ち上がる。
「龍也も準備は出来てるね?」
「あぁ、問題ない。だからこうして美鈴を迎えに来たんだ」
「なら良いけど。いい?龍也。もし、鈴ちゃんに鈴ちゃんが嫌がる事をしたら…」
「あーあー、もう耳が蛸になるくらい聞いたっての。解ってる。ちゃんと守るから」
「……じゃあ、二人共。こてんぱんにやって来ちゃって」
葵お兄ちゃんに背を押され、私と樹先輩は目を合わせて互いに口の端を上げて不敵に笑って、私は差し出された樹先輩の手の上に手を重ねた。
「行くか。美鈴」
「うん。私と樹先輩を。…経済を回している二大巨頭の総帥を敵に回した事。後悔させてあげるんだから」
私はするりと樹先輩の腕に腕を絡めて、歩き出した。
私達が今いる場所は、とある白鳥財閥の系列高級ホテル。その最上階のパーティホールへ向かっている。赤い絨毯に足をとられないように樹先輩が横でフォローしてくれるからとっても助かる。
…は、いいとして。
何で私が今ここに居るかと言うと。
実は、あの後…あの後って言うのは、葵お兄ちゃんと心愛さんと合流した後ね?
樹先輩と私は二人に引き上げて貰って何とか陸地に上がる事が出来て。
直ぐに樹先輩は、DEL薬液の中にCOLD∞薬液の瓶の蓋を開けて中へと投げ入れた。
すると、樹先輩が投げ入れた場所からDEL薬液はどんどん凍結していった。
しかも、その薬液の効果が強過ぎて、貯まった液だけでなく、液の染み込んだ土まで凍らせ始めたので私達は慌てて、葵お兄ちゃんが乗ってきた船へと飛び込んだ。
で、どうにかこうにか私達は宿泊していたホテルへと帰還。
ホテルに着く前に葵お兄ちゃんが皆に連絡していてくれたのか、華菜ちゃんと桃が全力で出迎えてくれた。
あの時の二人の飛びつき…もとい、頭突き…もとい、抱き着きを私は忘れる事はないだろう。滅茶苦茶痛かったのー…。
『本当に、ほんっとうに心配したんだからぁーっ!!』
『全くですわっ!!王子に何かあったらと思うと私は、わたくしはっ!』
『うん。ごめんね、二人共。それからどっから取り出したのかは解らないけど、桃はその刀をしまってくれるかな?』
等々、二人共泣いてしまって大変だった。何より桃の刀が怖くて怖くて、もー、ねっ!
その後に、巳華院くんと逢坂くんも二人を慰めつつ私達を出迎えてくれたし。その数時間後には優兎くんを連れ帰った鴇お兄ちゃんと、猪塚先輩を担いだ棗お兄ちゃんも無事に帰還し、私達はその足で家へと帰ったのだった。
何とか帰宅して、家に帰りママ達に事情を説明したら、無事に帰って来て良かったと抱き締められて。
やっとこさ安心した空間に辿り着いたと言う事で数日かけてゆーっくり療養した。
数日後。
療養した事によって、今度は段々反撃の意欲が浮かび上がってきた。
いや、だって、ね?
やられっ放しって悔しいじゃない?
そう思っていたのはどうやら私だけではなかったらしい。
会社の会議で、樹先輩と会った時。樹先輩も全く同じ事を考えていたようで、二人して開口一番に『反撃するぞっ!』と宣言した。
そうと決まればと準備に準備を重ねて。
今日がその反撃日、って訳で。
私も樹先輩も正装をしていざ、都貴グループ主催の重役パーティへっ!
エレベーターに乗りこみ、最上階に到着。
ホテルマンがドアの前に立っており、私と樹先輩はドアの前に立つ。
「準備は良いか?美鈴」
「いつでもオッケーだよ。私は樹先輩の女除けに」
「俺はお前を男から守る」
『そして、都貴グループを叩き潰すっ』
大きく頷き合って、私達は会場入りした。
私も樹先輩も出来得る限り、自分達をめかし込んだので、会場の視線は全て奪い取れるだろう。
ざわざわと人が私達を見て道を開けてくれる。
その中心を私と樹先輩はそれぞれ笑顔を振りまきながら、真っ直ぐに都貴社長のいる場所へと向かった。
ガハガハと笑う太鼓腹は何度見ても気持ち悪い。
閉じ込められていた時は映像でしかなかったし、その姿を見ても十分気持ち悪かったのに、実物は尚気持ち悪かった。
それでも、反撃するには近寄らなければならない。
二人並んで出来る限り優雅に都貴社長の前へと進みでた。
私達の姿に気付いたのか、都貴社長は一瞬戸惑った表情を見せたが直ぐに取り繕い、下品な笑みを浮かべた。
「おや?今日、お二人を招待したつもりはなかったのですが?」
「あら?そうでしたの?龍也さん。そうでしたっけ?」
「いや?ちゃんとご招待頂いていますよ。ほら、ここに招待状がありますし」
言いながら樹先輩はスーツの胸ポケットから、一枚の封筒を取りだした。
そこには確かに樹総帥宛と書かれたこのパーティの招待状があった。
「…はて?おかしいですな?私は出した記憶がないのですが?まさか、不正入手ですか?総帥達ともあろうお方が?」
「不正?ハハッ、まさか。来なくていいならこんな小さなパーティに顔なんて出しませんよ。なぁ、美鈴」
「えぇ、そうね。何せ私達自分の仕事で忙しいですもの。とーっても大きな財閥ですもの。こんなにちょくちょくパーティを開く暇なんてとてもとても」
うふふふ、あははは。
私と樹先輩が仲良く笑い合う。
「ちっ、このクソガキ共がっ」
「ん?今何か仰いましたか?都貴社長」
「い、いやっ、何もっ。あ、あぁ、それにしても白鳥総帥」
「はい?どうされました?」
「樹総帥には招待状があるのは解りましたが、白鳥総帥にも招待状が?」
「【私に】と言うよりも旦那様に、と言う方が正しいでしょうね。ねぇ、龍也さん?」
私が態とそっと樹先輩の肩に頬を擦り付けると、一瞬樹先輩がビクッとしたけど、そのまま私を見て微笑みソッと頭を撫でてくれた。
「えぇ。妻を同伴しても良いと招待状には書かれておりましたので、同伴させて頂いた次第です」
「つ、ま?…白鳥総帥が、ですかな?」
「あぁ、そうだ。紹介が遅れました。私の妻の美鈴です」
「美鈴と申します。なぁ~んて、都貴社長には今更でしたわよね?白鳥の事を良くご存じのようでしたもの」
ニッコリ。
敢えて薬指にはめられた指輪を見せつける様に口を抑えて笑うと、都貴社長の顔が赤くなった。
相手を馬鹿にしているのがちゃんと伝わっていたようで何より。
「(なんか樹先輩に貰った指輪が今初めて役に立っている気がする)」
「(そもそもが役に立てようと思って贈った訳じゃねぇんだけど?)」
小声で突っ込み合うのはご愛嬌と言う事で。
……そろそろ、私達の狙いの言葉、言ってくれないかなぁ?
もう一揺さぶり必要かな?
私達がニコニコと微笑み合っていると、その空気を破るような濁声が割って入って来た。
「そ、その、お二人はいつご結婚を?」
来たーっ!
その質問を待っていたのよ。
私達は笑みを深めて、心の中ではガッツポーズを決め込み、もう一度視線を絡ませてニヤリと笑った。
「それは、都貴社長の方が詳しいのでは?」
「そうそう。だって、私達の結婚式の時、きっちり部下を使って見張らせてたじゃないですか」
さぁ、反撃開始だっ!
都貴社長は私の言葉に一瞬躊躇ったものの、直ぐに切り返してくる。
「部下?はて?何の事やら」
「嫌ですわぁ。私が何も知らないとでもお思いですか?」
「…と言うと?」
「私を貴方の息子とくっつけて、既成事実を作って白鳥財閥を乗っ取ろうとしていたんですよね?」
「な、なにを」
「あら、違うんですか?あ、そっか。それともクローンに私を襲わせて、私のクローンを作り上げて白鳥を我が物にしようとしてたのかしら?」
「な、なぜっ」
「それが出来なくても手っ取り早く私を殺してしまえば簡単だった、とか?あらあら、残念でしたねぇ。ど・れ・も・失敗に終わってしまったじゃないですか」
「………」
黙ってしまった。
これは…もう一回白を切ってくるな。
そう、感じた私は樹先輩に先を任せる事にした。
私の視線を感じた樹先輩は任せろと言いたげに笑みを浮かべると、それはそれは素晴らしい王子様スマイルを浮かべ私を窘めた。
「こら、美鈴。そんな事を言うもんじゃない。都貴社長だって困るだろう?」
「そ、そうですな。こんなに、と、突然突拍子もない事を言われますと、反応に困りますな」
「そうですよね。私もそう思っていた所です。そもそも、都貴グループ程度の小さなグループの社長ごときが俺達二大財閥に喧嘩を売れる訳がないだろ」
「んなっ!?」
樹先輩も本性を出しちゃった。
よしっ!がんがん行くぞーっ!!
「あ、そうだったそうだった。犯罪に手を出さないと上に上がれないような、っと失礼、こぉーんな小さなパーティを毎週開かなきゃいけないくらい小さいちぃーさぁいパーティを開かなきゃいけない程小さいグループ社長が、私達の二大財閥に喧嘩なんか売れる訳ないものねぇ」
ニコニコニコニコ。
大事な事だから二人揃って何回も言っちゃうぞー。
都貴社長の顔はどんどん怒りで真っ赤になって行く。あらま、茹でタコさん。
「それで?都貴社長?……私達とゆっくり話でもしましょうか?」
「逃れられると思うなよ?お前の部下達は俺達の関係者が皆取り押さえた。全て吐いて貰うぞ」
二人笑顔を向けたまま、器用にどす黒い圧を背負って社長を見降ろした。
「ちっ、ちぃっ。このクソガキ共がぁっ!誰かっ、誰かいないかっ!?お客様のお帰りだぞっ!」
ドゲシッ!
「ぐふぅっ!」
樹先輩の長い足が都貴社長の脇腹に叩き込まれた。
丸っこい社長はごろんごろん転がり、勢いで立ち上がる。起き上がりこぼし…今の子達は解らないか。
涎が口から零れて、社長は蹴られた脇腹を手で擦った。
「…何を勘違いしているか知らねぇが、俺も美鈴もてめぇら一家を逃すつもりはねぇんだよ。やられた事は」
「倍返しっ!!」
「でもって、子供を虐待するような親には」
「千倍返しっ!!破滅あるのみっ!!」
「と、俺の妻がそう言うもんだからな。夫としては、妻のお願いは聞いてやりたいだろ?」
ガルルルルルッ!
唸るのは心の中に留めておきます。
「それに、だ。…俺個人的にもアンタと、そっちの息子と娘に用があるんだよ」
樹先輩がスッと社長から視線を逸らして、社長の背後で逃げ出そうとしている二人を睨みつけた。
「何、逃げようとしてるんだ?都貴静流」
「……逃げて何が悪い?親父がしでかした事に俺は関係ない」
「関係ない訳あるか。てめぇも自分の親父使って様々な事やらかしてるだろうが。…ここで全て公開してやっても良いんだぞ?」
言いながら樹先輩は都貴社長の息子の前にA4封筒の中に入った写真を何枚か掴んで彼の前に放った。
「おら、こっちは社長のだ。これは、会場にきた人間全員に見せれるようにしてやったぞ。感謝しろ」
会場に紛れ込んでいたお兄ちゃん達や優兎くん達の手によって書類束になった都貴社長の所業が招待客に配布された。
「で、でも私は関係ないわっ。ね、ねぇ、お母様っ!」
「………汚らわしい。触らないで頂戴っていつも言っているでしょう」
「で、でも、お母様っ」
「お母様とも呼ばないで。貴女は私の子ではないのよ」
「あぁ、もうっ!何なのよっ、このクソ婆っ!この私が話かけてるんだから、ただ答えてたら良いのよっ!!」
「おい、そこ。そこの女」
「煩いわねっ!!何よっ!!」
逆切れしてるわー。
……目には目を、歯には歯を。って事で女には女の私が行くか。
私はゆっくりとヒステリックになっている都貴社長の娘と社長の奥様の方へと歩を進めた。
「白鳥総帥。…私も罰してくれるのかしら?」
「いいえ?しませんよ。奥様を罰したら都貴の下で働いていたまともな社員達も路頭に迷わせる事になりますから。貴女にはそれを背負って頂かねばなりませんから。彼女と一緒に」
「彼女?彼女とは一体……ッ!?!?」
私が手で示した先、そこにはドレスアップした心愛さんの姿があった。
社長奥さんの瞳が大きく開かれたかと思うと、弾かれた様に走りだす。
そして、心愛さんの前に立って彼女の姿を全身確かめ、その瞳が揺らいだ。
「……私の、娘ね?…本当の私の愛おしい子なのねっ?」
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「…ぁ…あぁぁっ!!帰って、帰って来てくれたっ!!私の、私の大事な娘っ!!」
社長奥さんが縋るような手で、それでも全力で心愛さんを抱きしめた。
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「何故、ここにあの娘が…っ」
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疑問を口にした社長にあっさりと樹先輩が言い返した。
「心愛っ!!貴様確かに処分したとあの時言っただろうっ!!」
「処分したわよっ!!その証拠に脳みそを移したと言ったでしょっ!!」
「じゃあ、あいつは何なんだっ!!ちゃんと二人共殺したのかっ!?」
「え…?二人…?」
「馬鹿者がっ!!この女の娘は双子だっ!!何故二人共殺さなかったっ!?」
「え?え?」
「~~~っ!!この役立たずがっ!!」
社長が懐から何か取り出し、何かを社長娘に投げつけた。
次の瞬間、彼女は溶けた。……クローンだったから。
「おぉ、社長自ら、クローンの存在を実証して下さいましたね」
「さぁ、何故こんな事をしたのか、きっちりと話して貰いましょうか。公の場でね」
私達は不敵に笑った。
反撃のターンはまだまだ終わらない。
「ひっ、人が溶けたっ」
「あれが、この資料に載ってるクローン…?」
「だが、溶けたぞ?」
「そもそもクローンは違法だろう」
「じゃあ、都貴社長は…」
ガヤガヤと渡された書類を読み込んだ招待客達が騒ぎ始めた。
「あ、あの…」
「……うなじに二つ並んだ黒子…貴方は妹の方ね?お姉ちゃんの方は?」
社長奥さんが心愛さんを抱きしめ訊ねる声が震えている。
きっと解っているのだろう。
さっき心愛さんのクローンも叫んでいた。
『処分したわよっ!!その証拠に脳みそを移したと言ったでしょっ!!』と。
だから、心愛さんは静かに首を振った。
もう貴女のもう一人の娘はいないのだと。そう伝える為に。
「あぁ……あぁぁあぁぁっ…」
社長奥さんは泣いた。
唸る様に心愛さんをきつくきつく抱きしめて、泣いて。
そして、ゆっくりと振り返った。その顔は般若、いや鬼と言っても良いかも知れない。
それほどの憎悪をあらわにしていた。
「………許さない……。絶対に許さないっ」
「な、何が許さないだっ。貴様っ、誰に向かって言っているっ!」
「…何を偉そうに。貴方こそ誰に物を言っているの…?誰のおかげでここまでこのグループを大きく出来たと思っているの?」
「何をっ!?」
「いいえ、違うわね。貴方はただ威張り散らしていただけっ!このグループは本来【私の旦那様】のものよっ!!」
「お前の旦那は私だろうがっ!!」
「いいえっ!!違うわっ!!私の、私の旦那様は、貴方が殺した都貴の本家筋の嫡男ですっ!!貴方は、私の旦那様に取り入って、良い様に利用して親友面を、仲の良い従妹面をしてっ!!騙して、立場を奪い取ったっ!!私がっ、あの人を愛していた私がっ、貴方のしていた事に気付かないとでもっ!?」
「だ、黙れっ!!」
「黙らないわっ!!もうっ、もう沢山よっ!!私はもうこれ以上大切な人を貴方の手で失わせたくないっ!!全てを取り返すわっ!!覚悟なさいっ!!」
立ち上がり宣言した奥さんの瞳には戦う決意が表れていた。
「樹総帥、白鳥総帥。ご迷惑をおかけしているのは重々承知しております。ですが、どうか…どうか私に手を貸して下さい。私は、私はこの男が許せないっ!!地獄に…地獄に落としたいっ!!地獄を見せてやりたいのですっ!!」
「喜んで手を貸しますよ。奥様。でも、今は…心愛さんの無事を喜んで下さいませ。心愛さんと二人話をしてあげて下さい。…こちらは私に任せて。…桃」
「はい。ここにおりますわ、王子」
「二人をお願い」
「お任せくださいませ。…さぁ、奥様。お嬢様。こちらへ」
ちゃんと後ろに控えてくれていた桃に二人を預け、私は樹先輩の側に戻った。
「おや?どんどん足場が崩れて行くなぁ、都貴社長?」
「き、貴様ぁっ!」
「あーあー、涎撒き散らして、あんたは豚か?」
「ちょっと、樹先輩っ!豚に失礼な事言わないでっ!豚は可愛いし、美味しいし、良い所しかないんだからっ!これはカスっ!間違わないようにっ!」
「おー、確かにそうだな。俺が悪かった」
「後で豚の畜産農家さんにお詫びの品贈っといてね」
「分かった分かった。分かったから本筋に戻せ」
「あ、そうだった。だって、ほらぁ。…カスと向かい合って何の意味があるのか解らないからさー」
「こ、このっ」
『何か?』
私と樹先輩の冷淡な声が重なった。
冷たく見降ろす私と樹先輩。
そんな私達に睨まれて、都貴社長は腰を抜かしてしまう。
「ヒッ!?ヒィィィィッ!!」
人を化け物か何かみたいに。
…尻餅ついて後方に逃げる姿を見てると、ほんっと小物だなぁとつくづく思う。
「……何故、逃げる?」
「そうですよ。自分達が悪い事をしていないと言うのならば、胸を張って立ってらしたらいいじゃないですか」
スッと目を細めて更に圧を与えていると、誰かが社長の前に飛び込んできた。
「す、すみませんでしたっ!」
言いながら土下座をするその人の声を知っている気がする。
「……そこをどけ、都貴静流」
隣に立つ樹先輩の気温が一気に下がった気がした。
聞いた事も無い様な低い声につい驚いて樹先輩の顔を覗き込んでしまった。
「ゆ、許してやって下さいっ!これから母も父に制裁を下すんだろっ!?だったら、父を見逃してやってくれっ!ちゃんと罪を償わせるか、がっ!?」
私が止める間もなく樹先輩はその男性の肩を蹴り飛ばした。
「やっと、姿を現したな。都貴静流」
「い、樹先輩?」
こっちから手を出しちゃうと、相手に付け入る隙与えちゃうよ?
それはヤバいのでは?
手が出そうな樹先輩の腕に抱き付き、何とか止めようとするけど。樹先輩は私の制止を聞かずに手を振り払った。
「ふみっ!?」
振り払われるとは思わなかったから、バランスを崩し後ろに倒れそうになる。
「鈴ちゃんっ!」
直ぐに駆けつけてくれた葵お兄ちゃんが支えてくれたから何とか事なきを得たけど…。
私は樹先輩から視線を離せなかった。
だって、だって、何かっ、ヤバい空気を出してるんだものっ。
樹先輩は一歩、また一歩と、都貴静流との距離を埋めて行く。
都貴静流もまた、樹先輩に対峙するように立ち上がった。
駄目だ。このままじゃっ。
「樹先輩っ、落ち着いてっ」
このままだと樹先輩は過ちをおかしてしまうっ。
本気の殺意を感じて、このままじゃいけないと私は、樹先輩の背中に飛びついた。
「……離せ、美鈴」
「駄目っ!絶対に駄目っ!樹先輩がどうしてそんな瞳をする程憎んでいるのかは解らないけど。でもっ、考えてっ、樹先輩っ。樹先輩の手には何十、何百万って人の生活が乗っかってるんだよっ!?」
「………くっ…」
「落ち着いてっ!」
「……………はぁ…」
樹先輩は大きく息を吸って、震える様に息を吐いた。
「…悪い。美鈴」
ビクッと体が震える。まだ、諦めてないのかな?
だとしても絶対離さないんだからっ。
腰に腕を回してぎゅっと抱きしめる。すると樹先輩は回った私の手の上に手を重ねてぽんぽんと叩いた。
「……銀川」
「はい」
「こいつらの後の処理は頼んだ」
「かしこまりました」
銀川さん。いつからここに…とはもう聞かない。金山さんといい彼らはそう言う生態なんだろう。うん。
銀川さんが都貴静流と都貴社長を連れて会場を出て行った。
「皆さん。お騒がせしました。都貴社長主催のパーティはこれにて閉幕と致しますが、これから樹、白鳥、両財閥主催のパーティに皆様をご招待致します」
「今から皆様を係の者が御案内いたしますので、どうぞ新しいパーティ会場へいらしてください」
樹先輩が営業スマイルを浮かべて言ってくれた事にホッとして私も同じく隣に立って営業スマイルを浮かべる。
この時樹先輩は何を考えていたのか、私はずっとずっと後に知る事になる。
だけど今の私には解らず、ただ樹先輩がいつものペースに戻ってくれた事に安堵するのだった。

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