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最終章 数多の未来への選択編
※※※
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中央の吹き抜けを飛び降りて、三階の手すりに手をかけて、そっから更に飛び二階へ。
二階から今度は掴まれそうな出っ張りに手をかけて着地した。
これなら一気に降りて来れるとは思ったけど素面だったら絶対やってない。怒りって凄いね。恐怖を凌駕するね。
一階に降り付くと、そこには大量にいたクローンの姿はなく、必死に誰かを探している心愛さんだけがいた。
「心愛さんっ」
慌てて呼ぶと、焦ったおろおろしている心愛さんが私に気付いて急いで駆け寄ってきたかと思うと、私の両腕を掴んで縋ってきた。
「白鳥総帥っ!樹総帥が、樹総帥がいないんですっ」
「……やっぱりね」
だと思ったんだ。
私は態と全ての謎を解かないように動いていた。
それでも装置が起動するって事は樹先輩がその謎を解いたと言う事。そして、樹先輩は私との約束を違えるつもりはなくとも、【私達と一緒にいる】つもりないのではないかと、私は予想していた。
…外れて欲しい予感程当たるんだよね。
「…心愛さん。葵お兄ちゃんが上の階にいます。二人で屋上を目指して下さい。私は、樹先輩を発見次第連れて行きますから」
「だ、駄目ですっ。それじゃあ、白鳥総帥がっ」
「大丈夫。私は樹先輩とは違って裏を作らずに約束を守りますから」
ニッコリと微笑み、もう一度大丈夫と答えると、心愛さんは頷いてくれた。
その後上の階に向かって階段を駆け上って行く。
逆に私は建物が揺れる中、地下へと向かった。
上の階は私達が走り回ってたし、心愛さんも探していただろうから、多分いないんじゃないかと思うんだ。
となると、残るは地下しかないでしょ。
地下から上へ上がった階段を今度は駆け下りて行く。
バシャンとクローンが溶けてせり上がった薬液の中に足を突っ込む。
さっきまでぐらぐらと揺れていた建物が地下に入った事によって安定した。その代わり膝上まである薬液に足を取られるけれど。
樹先輩、何処にいるんだろう?
見渡す限り姿はない。
~~~ッ!!
隠れてたりしたら許さないんだからっ!
地団駄踏みたいような衝動をグッと堪えて、私は大きく息を吸って叫んだ。
「樹先輩っ!!樹せんぱぁーいっ!!」
このまま姿を消すなんて許さないんだからっ!!
「樹せんぱぁぁぁーいっ!!」
奥に進みながら叫ぶ。
何処にいるんだろうっ?
「樹先輩っ!!何処にいるのぉーっ!?」
声の限り叫ぶ。叫びまくる。
「いぃーつぅーきぃーせぇんぱぁぁいっ!!貴方は完全に包囲されているぅーっ!!さっさと投降して出てこぉーいっ!!」
「おいっ!!さっきまでの感動を返せっ!!」
「ふみ?」
背後から声がして、びっくりして振り返ると、そこには腕を組んで私を見降ろしている樹先輩の姿があった。
「やっと出て来たっ!樹先輩っ!何でこんな所にいるのっ!?」
「それはこっちのセリフだっ、馬鹿っ」
「馬鹿って何よ、馬鹿ってっ。私より樹先輩の方が馬鹿でしょっ。いっつもいっつも一人カッコつけてっ!しかも失敗してっ!馬鹿じゃないのっ!?」
「カッコつけてって何だよっ!俺がっ、いつっ、カッコつけたってっ!?」
「会った時からそうじゃーんっ!!」
ぎゃんぎゃんっ!!
私と樹先輩は噛み付き合う。
そんな事より早く脱出しろよって話だけどね。
……うん。それは全くもってその通りだわ。
ふと我に返った。
「言い合いしてる暇はないんだった」
「……だな」
ぜーはーぜーはー息を切らせつつ言うと、樹先輩もしっかりと我に返って私に同意した。
「ほら、美鈴。さっさと行け。俺はもう一仕事あるんだよ」
「やだっ!」
どやっ!
精一杯胸を張って声高に言ってくれるわっ。
樹先輩が眉間に皺を寄せた。
「美鈴。俺は冗談を言ってる訳じゃ」
「い・やっ!」
「おい、美鈴っ。良いから言う事聞けよっ」
「やぁ、だぁっ!!」
絶対に頷くもんかっ!!
ぷいっと顔を逸らした。
私の意思は固いんだからっ!
「絶対、ぜぇーったい聞かないっ!」
断言した私に樹先輩は溜息をついたかと思うと苦笑した。
ここに来てから樹先輩はずっと、苦笑いしてばっかりだ。
それが何でなのか、私には解らないけど…こんなの樹先輩らしくない。
樹先輩はそんな、後悔していますって顔で笑う人じゃないでしょう?
「…聞けよ。頼むから…。頼むから俺の言う事聞いてくれよ。今この時だけでいいんだ」
「樹先輩…?」
「お前を、傷つけたい訳じゃないんだ。…俺だって、お前を幸せにしたいんだよ。【いつも】やり方を間違えてお前を怯えさせてばかりいるけど。誰だって惚れた女を笑わせてやりたいって、幸せにしてやりたいって思うに決まってんだろっ」
樹先輩が辛そうに俯く。
「……もしも、それが…樹先輩の本心であるならば、私は…」
私は、震えそうになる体をぐっと抑えて、樹先輩の手を両手で包んだ。
「尚更樹先輩の言う事は聞けない。先輩は、私が先輩を見捨てて行くのが私の幸せだと思っているの?…確かに私はお世辞にも優しい人間とは言えない」
「そんなことな」
「ううん。私は自己中な人間だよ。私が生きたいだけで様々な人の人生を変えて、でも、それでも構わないと思っているから」
「……美鈴?」
「でも、それの何が悪いの?自分の大事な人だけを守って何が悪いの?私はこんなだけど、それでも私は私の側にいてくれる人は全力で守りたい。勿論、樹先輩だって、その中の一人なの。皆がいて、皆が幸せに生きて、その中に自分がいて。それが一番幸せなことだと私は思う。だから、ごめんね、樹先輩。樹先輩の言葉は聞けない。だって、樹先輩の言葉を聞いたら私は幸せになれないもの」
微笑んだ。
これで少しでも樹先輩の中にある何かが晴れる事を願って。
すると、樹先輩も笑った。今度はいつもの高慢ちきな笑顔で。
「……お前は、ほんっと…」
「さ、諦めて、その樹先輩がしなきゃいけないもう一仕事とやらをしに行こ、きゃっ、んっ!?」
手を突然引かれて、私と樹先輩の唇が重なった。
いきなりで驚いたけど、直ぐに我に返った私は樹先輩の肩をバシバシ叩く。
だけど、全く解放される気配がなく、角度を変えて、何度も何度も口づけられる。
もうっ、もうっ、何で樹先輩はいっつもこう急にーっ!!
ここは鳩尾にきついのを一発…。
拳を握りしめた所で樹先輩はあっさりと私を解放した。
「お前はどんだけ俺を惚れさせたら気が済むんだ?」
「そんなの、知らないもんっ」
「やっぱり、お前は最高の女だな」
「……ふーんだ」
何か真正面からそう言われると恥ずかしくて、私はまたそっぽを向いた。
「……私は…」
「ん?」
「…私は、未亡人に、なるつもりは、ないんだから、ね」
ぼそぼそと小さく呟くと、樹先輩は一瞬目を丸くしたけれど、何故か次の瞬間嬉しそうに笑って私を抱き上げた。
「えっ!?ちょっと樹先輩っ!?」
「行くぞ。ここから出る」
樹先輩が走りだすと同時にバァンッと何処かのドアが開く音がして、大量の薬液が溢れ流れて来た。
薬液はどんどん嵩を増していく。
あっという間に薬液は樹先輩の腰の位置まで上がって行った。
「な、なんでこんなに増えるのが速いのっ!?」
「俺が増幅液を流すレバーをオンにしたからだ」
「なんでそんなことしたのっ!?」
「…この建物を復元する為だ。元の液体に戻して、ここを凍結させる為には必要だからだ」
「凍結?」
どう言う事だと聞こうとしたのだけど、樹先輩は私を抱えながら走っている。
その状況で話かけるのは流石にしんどいだろうと私は口を閉じて、樹先輩の首に腕を回した。
私を降ろせばその方が早いんじゃ?とも思ったけど、恐らく樹先輩の身長で既に腰の位置を越えて私も若干濡れているくらいなのだから私は下手すると全身潜ってしまう。
そんな私は多分息が続かない可能性の方が高い。
だったら私は樹先輩に少しでもしがみついて、樹先輩が動きやすくして上げた方が良い。
薬液が増える速さの方が格段に速いけれど、樹先輩は何とか階段に辿り着いてくれて。
階段を登りきると、全身が薬液から逃れる事が出来た。
その時に私も降ろして貰って、樹先輩に手を引かれるまま走った。
一体何処に向かってるのかと思ったら、どうやら建物の外へ向かっている様だった。
何でだろ?
だって、崩れるのなら建物の上に、最初樹先輩が言った通り屋上に向かった方が安全なのでは?
そう思って樹先輩に聞くと、あっさりと答えが返って来た。
「この建物は、地下以外全てクローンだ」
「クローン?…え?って事は…」
「そう。下から薬液が増幅して溢れた瞬間」
「下から溶解するって事っ!?」
「その通りだっ」
樹先輩が頷いて、私がドアをくぐった瞬間、ゴォォッ!と地鳴りを響かせ地下から水が噴き出した。
そこから溢れた薬液が触れた所から、どんどん建物が溶けて行く。
「溶けた場所からどんどん薬液は増えて行く。当然と言えば当然だが。そんな状態で屋上に行ったらかえって危険だ」
「確かにっ。あ、でも、葵お兄ちゃんと心愛さんはっ!?」
「葵の事だ。恐らくこの状態になったら心愛を連れて屋上から外へ脱出してるだろう」
「それもそうだね。だって葵お兄ちゃんだもんねっ」
「お前のその兄弟愛、どうにかならないのか…?」
「ふっ。自他共に認めるブラコンよっ」
「だから、どうしてお前はそこで威張れるんだよ」
ドアから暫く歩いて私達は足を止めて上を見上げた。
「それで?こっからどうするの樹先輩」
「水かさが増すのを待つしかないだろ」
「ですよねー」
私と樹先輩は外堀の壁に背を預けて、ただただ私達を閉じ込めていた建物が溶けるのを眺めていた。
今現在膝下まで薬液が上がって来ている。
恐らく直ぐに薬液はどんどん増えて、私達の体も同じく浮かび上がって外堀の高さまで行けるだろう。
「…ただ待つのもしんどいねー」
「なぁ、美鈴」
「なぁにー?樹先輩」
「お前は…前世の記憶って信じるか?」
いきなり何を言うのだと思わずキョトンとしてしまった。
そしてそれを誰に聞いてるのだと思わず突っ込みを入れそうになって、グッと飲みこんだ。
「結構唐突だね。何でそんな事を聞くの?」
「……」
答えないのかーいっ。
なんなのー?
ちょっとどう答えたらいいのか解らないんだけど…。
じーっと樹先輩を観察してみるものの、樹先輩は表情一つ変えない。
……私が答えるまで黙ってるって事ね?
「……信じるよ」
だって私も持ってるもん。
……とは言えないよねー…。
言うても樹先輩、メインヒーローだし。
忘れがちだけど、メインヒーローだしっ!
私がそれだけを答えると、樹先輩は「そうか」と答えてまた口を噤んだ。
…えー?それだけー?
「…樹先輩?」
続きは?と言外に訊ねる。
すると、樹先輩はゆっくりと口を開いた。
「もし、もしもの話だ」
「うん」
「もし…、お前の前世が、お前の慕う人間を苦しめていたら、どうする?」
「え?どうするって何が?」
「罪を償うか、気にせず今を生きるか」
「…そうだなぁ。私だったら、後者かな」
「何故?償う必要がないからか?」
「あ、いや、そう言う事じゃないよ?ただ、その人は私の前にいないじゃない?」
「なら、目の前に前世に慕っていた人間が自分と同じく転生していたら?」
「えー?う~ん…それはもう知り合ってる前提?今もなお私はその人を慕っているとしたらってこと?」
「あぁ」
「んんー。だとしても、生まれ変わった時点で私は違う人生を生きてる訳だしなぁ~…。そこで急に償われても、いきなり何この人って事になるだろうしなぁ~。償った所でそれはただの自己満足だし」
「自己満足…」
「だから私は今度は同じ事を繰り返さないようにちゃんと自省して、自分が慕っていた人と真っ直ぐ向き合う。二度と同じ間違いを犯さないように。その人とちゃんとした関係を築きたい」
「………成程な」
樹先輩が納得したのか、スッキリしたのか解らないけど、清々しそうに笑っていた。
一体何が聞きたかったのか解らないけど、樹先輩が嬉しそうだから良しとする。
そうこうしている間に、建物はどんどん溶けて、私達は薬液と一緒に上昇して行った。
「ちょ、ちょっと揺れが激しくないですかー?」
たっぷんたっぷんと液が揺れて波を起こし、液に浮いている私達はかなり波に煽られている。
「美鈴。俺に捕まってろっ」
樹先輩が伸ばした手に大人しく捕まると、樹先輩は私を引き寄せて腕の中に匿ってくれた。
そのまま、薬液は増幅を続け、私達は波に揺られながらも、何とか浮かび続けて。
「鈴ちゃんっ!龍也っ!」
「白鳥総帥っ!樹総帥っ!」
心配のし過ぎで涙目になって駆け寄ってきた葵お兄ちゃんと心愛さんの二人と私達は無事合流する事が出来たのだった。
二階から今度は掴まれそうな出っ張りに手をかけて着地した。
これなら一気に降りて来れるとは思ったけど素面だったら絶対やってない。怒りって凄いね。恐怖を凌駕するね。
一階に降り付くと、そこには大量にいたクローンの姿はなく、必死に誰かを探している心愛さんだけがいた。
「心愛さんっ」
慌てて呼ぶと、焦ったおろおろしている心愛さんが私に気付いて急いで駆け寄ってきたかと思うと、私の両腕を掴んで縋ってきた。
「白鳥総帥っ!樹総帥が、樹総帥がいないんですっ」
「……やっぱりね」
だと思ったんだ。
私は態と全ての謎を解かないように動いていた。
それでも装置が起動するって事は樹先輩がその謎を解いたと言う事。そして、樹先輩は私との約束を違えるつもりはなくとも、【私達と一緒にいる】つもりないのではないかと、私は予想していた。
…外れて欲しい予感程当たるんだよね。
「…心愛さん。葵お兄ちゃんが上の階にいます。二人で屋上を目指して下さい。私は、樹先輩を発見次第連れて行きますから」
「だ、駄目ですっ。それじゃあ、白鳥総帥がっ」
「大丈夫。私は樹先輩とは違って裏を作らずに約束を守りますから」
ニッコリと微笑み、もう一度大丈夫と答えると、心愛さんは頷いてくれた。
その後上の階に向かって階段を駆け上って行く。
逆に私は建物が揺れる中、地下へと向かった。
上の階は私達が走り回ってたし、心愛さんも探していただろうから、多分いないんじゃないかと思うんだ。
となると、残るは地下しかないでしょ。
地下から上へ上がった階段を今度は駆け下りて行く。
バシャンとクローンが溶けてせり上がった薬液の中に足を突っ込む。
さっきまでぐらぐらと揺れていた建物が地下に入った事によって安定した。その代わり膝上まである薬液に足を取られるけれど。
樹先輩、何処にいるんだろう?
見渡す限り姿はない。
~~~ッ!!
隠れてたりしたら許さないんだからっ!
地団駄踏みたいような衝動をグッと堪えて、私は大きく息を吸って叫んだ。
「樹先輩っ!!樹せんぱぁーいっ!!」
このまま姿を消すなんて許さないんだからっ!!
「樹せんぱぁぁぁーいっ!!」
奥に進みながら叫ぶ。
何処にいるんだろうっ?
「樹先輩っ!!何処にいるのぉーっ!?」
声の限り叫ぶ。叫びまくる。
「いぃーつぅーきぃーせぇんぱぁぁいっ!!貴方は完全に包囲されているぅーっ!!さっさと投降して出てこぉーいっ!!」
「おいっ!!さっきまでの感動を返せっ!!」
「ふみ?」
背後から声がして、びっくりして振り返ると、そこには腕を組んで私を見降ろしている樹先輩の姿があった。
「やっと出て来たっ!樹先輩っ!何でこんな所にいるのっ!?」
「それはこっちのセリフだっ、馬鹿っ」
「馬鹿って何よ、馬鹿ってっ。私より樹先輩の方が馬鹿でしょっ。いっつもいっつも一人カッコつけてっ!しかも失敗してっ!馬鹿じゃないのっ!?」
「カッコつけてって何だよっ!俺がっ、いつっ、カッコつけたってっ!?」
「会った時からそうじゃーんっ!!」
ぎゃんぎゃんっ!!
私と樹先輩は噛み付き合う。
そんな事より早く脱出しろよって話だけどね。
……うん。それは全くもってその通りだわ。
ふと我に返った。
「言い合いしてる暇はないんだった」
「……だな」
ぜーはーぜーはー息を切らせつつ言うと、樹先輩もしっかりと我に返って私に同意した。
「ほら、美鈴。さっさと行け。俺はもう一仕事あるんだよ」
「やだっ!」
どやっ!
精一杯胸を張って声高に言ってくれるわっ。
樹先輩が眉間に皺を寄せた。
「美鈴。俺は冗談を言ってる訳じゃ」
「い・やっ!」
「おい、美鈴っ。良いから言う事聞けよっ」
「やぁ、だぁっ!!」
絶対に頷くもんかっ!!
ぷいっと顔を逸らした。
私の意思は固いんだからっ!
「絶対、ぜぇーったい聞かないっ!」
断言した私に樹先輩は溜息をついたかと思うと苦笑した。
ここに来てから樹先輩はずっと、苦笑いしてばっかりだ。
それが何でなのか、私には解らないけど…こんなの樹先輩らしくない。
樹先輩はそんな、後悔していますって顔で笑う人じゃないでしょう?
「…聞けよ。頼むから…。頼むから俺の言う事聞いてくれよ。今この時だけでいいんだ」
「樹先輩…?」
「お前を、傷つけたい訳じゃないんだ。…俺だって、お前を幸せにしたいんだよ。【いつも】やり方を間違えてお前を怯えさせてばかりいるけど。誰だって惚れた女を笑わせてやりたいって、幸せにしてやりたいって思うに決まってんだろっ」
樹先輩が辛そうに俯く。
「……もしも、それが…樹先輩の本心であるならば、私は…」
私は、震えそうになる体をぐっと抑えて、樹先輩の手を両手で包んだ。
「尚更樹先輩の言う事は聞けない。先輩は、私が先輩を見捨てて行くのが私の幸せだと思っているの?…確かに私はお世辞にも優しい人間とは言えない」
「そんなことな」
「ううん。私は自己中な人間だよ。私が生きたいだけで様々な人の人生を変えて、でも、それでも構わないと思っているから」
「……美鈴?」
「でも、それの何が悪いの?自分の大事な人だけを守って何が悪いの?私はこんなだけど、それでも私は私の側にいてくれる人は全力で守りたい。勿論、樹先輩だって、その中の一人なの。皆がいて、皆が幸せに生きて、その中に自分がいて。それが一番幸せなことだと私は思う。だから、ごめんね、樹先輩。樹先輩の言葉は聞けない。だって、樹先輩の言葉を聞いたら私は幸せになれないもの」
微笑んだ。
これで少しでも樹先輩の中にある何かが晴れる事を願って。
すると、樹先輩も笑った。今度はいつもの高慢ちきな笑顔で。
「……お前は、ほんっと…」
「さ、諦めて、その樹先輩がしなきゃいけないもう一仕事とやらをしに行こ、きゃっ、んっ!?」
手を突然引かれて、私と樹先輩の唇が重なった。
いきなりで驚いたけど、直ぐに我に返った私は樹先輩の肩をバシバシ叩く。
だけど、全く解放される気配がなく、角度を変えて、何度も何度も口づけられる。
もうっ、もうっ、何で樹先輩はいっつもこう急にーっ!!
ここは鳩尾にきついのを一発…。
拳を握りしめた所で樹先輩はあっさりと私を解放した。
「お前はどんだけ俺を惚れさせたら気が済むんだ?」
「そんなの、知らないもんっ」
「やっぱり、お前は最高の女だな」
「……ふーんだ」
何か真正面からそう言われると恥ずかしくて、私はまたそっぽを向いた。
「……私は…」
「ん?」
「…私は、未亡人に、なるつもりは、ないんだから、ね」
ぼそぼそと小さく呟くと、樹先輩は一瞬目を丸くしたけれど、何故か次の瞬間嬉しそうに笑って私を抱き上げた。
「えっ!?ちょっと樹先輩っ!?」
「行くぞ。ここから出る」
樹先輩が走りだすと同時にバァンッと何処かのドアが開く音がして、大量の薬液が溢れ流れて来た。
薬液はどんどん嵩を増していく。
あっという間に薬液は樹先輩の腰の位置まで上がって行った。
「な、なんでこんなに増えるのが速いのっ!?」
「俺が増幅液を流すレバーをオンにしたからだ」
「なんでそんなことしたのっ!?」
「…この建物を復元する為だ。元の液体に戻して、ここを凍結させる為には必要だからだ」
「凍結?」
どう言う事だと聞こうとしたのだけど、樹先輩は私を抱えながら走っている。
その状況で話かけるのは流石にしんどいだろうと私は口を閉じて、樹先輩の首に腕を回した。
私を降ろせばその方が早いんじゃ?とも思ったけど、恐らく樹先輩の身長で既に腰の位置を越えて私も若干濡れているくらいなのだから私は下手すると全身潜ってしまう。
そんな私は多分息が続かない可能性の方が高い。
だったら私は樹先輩に少しでもしがみついて、樹先輩が動きやすくして上げた方が良い。
薬液が増える速さの方が格段に速いけれど、樹先輩は何とか階段に辿り着いてくれて。
階段を登りきると、全身が薬液から逃れる事が出来た。
その時に私も降ろして貰って、樹先輩に手を引かれるまま走った。
一体何処に向かってるのかと思ったら、どうやら建物の外へ向かっている様だった。
何でだろ?
だって、崩れるのなら建物の上に、最初樹先輩が言った通り屋上に向かった方が安全なのでは?
そう思って樹先輩に聞くと、あっさりと答えが返って来た。
「この建物は、地下以外全てクローンだ」
「クローン?…え?って事は…」
「そう。下から薬液が増幅して溢れた瞬間」
「下から溶解するって事っ!?」
「その通りだっ」
樹先輩が頷いて、私がドアをくぐった瞬間、ゴォォッ!と地鳴りを響かせ地下から水が噴き出した。
そこから溢れた薬液が触れた所から、どんどん建物が溶けて行く。
「溶けた場所からどんどん薬液は増えて行く。当然と言えば当然だが。そんな状態で屋上に行ったらかえって危険だ」
「確かにっ。あ、でも、葵お兄ちゃんと心愛さんはっ!?」
「葵の事だ。恐らくこの状態になったら心愛を連れて屋上から外へ脱出してるだろう」
「それもそうだね。だって葵お兄ちゃんだもんねっ」
「お前のその兄弟愛、どうにかならないのか…?」
「ふっ。自他共に認めるブラコンよっ」
「だから、どうしてお前はそこで威張れるんだよ」
ドアから暫く歩いて私達は足を止めて上を見上げた。
「それで?こっからどうするの樹先輩」
「水かさが増すのを待つしかないだろ」
「ですよねー」
私と樹先輩は外堀の壁に背を預けて、ただただ私達を閉じ込めていた建物が溶けるのを眺めていた。
今現在膝下まで薬液が上がって来ている。
恐らく直ぐに薬液はどんどん増えて、私達の体も同じく浮かび上がって外堀の高さまで行けるだろう。
「…ただ待つのもしんどいねー」
「なぁ、美鈴」
「なぁにー?樹先輩」
「お前は…前世の記憶って信じるか?」
いきなり何を言うのだと思わずキョトンとしてしまった。
そしてそれを誰に聞いてるのだと思わず突っ込みを入れそうになって、グッと飲みこんだ。
「結構唐突だね。何でそんな事を聞くの?」
「……」
答えないのかーいっ。
なんなのー?
ちょっとどう答えたらいいのか解らないんだけど…。
じーっと樹先輩を観察してみるものの、樹先輩は表情一つ変えない。
……私が答えるまで黙ってるって事ね?
「……信じるよ」
だって私も持ってるもん。
……とは言えないよねー…。
言うても樹先輩、メインヒーローだし。
忘れがちだけど、メインヒーローだしっ!
私がそれだけを答えると、樹先輩は「そうか」と答えてまた口を噤んだ。
…えー?それだけー?
「…樹先輩?」
続きは?と言外に訊ねる。
すると、樹先輩はゆっくりと口を開いた。
「もし、もしもの話だ」
「うん」
「もし…、お前の前世が、お前の慕う人間を苦しめていたら、どうする?」
「え?どうするって何が?」
「罪を償うか、気にせず今を生きるか」
「…そうだなぁ。私だったら、後者かな」
「何故?償う必要がないからか?」
「あ、いや、そう言う事じゃないよ?ただ、その人は私の前にいないじゃない?」
「なら、目の前に前世に慕っていた人間が自分と同じく転生していたら?」
「えー?う~ん…それはもう知り合ってる前提?今もなお私はその人を慕っているとしたらってこと?」
「あぁ」
「んんー。だとしても、生まれ変わった時点で私は違う人生を生きてる訳だしなぁ~…。そこで急に償われても、いきなり何この人って事になるだろうしなぁ~。償った所でそれはただの自己満足だし」
「自己満足…」
「だから私は今度は同じ事を繰り返さないようにちゃんと自省して、自分が慕っていた人と真っ直ぐ向き合う。二度と同じ間違いを犯さないように。その人とちゃんとした関係を築きたい」
「………成程な」
樹先輩が納得したのか、スッキリしたのか解らないけど、清々しそうに笑っていた。
一体何が聞きたかったのか解らないけど、樹先輩が嬉しそうだから良しとする。
そうこうしている間に、建物はどんどん溶けて、私達は薬液と一緒に上昇して行った。
「ちょ、ちょっと揺れが激しくないですかー?」
たっぷんたっぷんと液が揺れて波を起こし、液に浮いている私達はかなり波に煽られている。
「美鈴。俺に捕まってろっ」
樹先輩が伸ばした手に大人しく捕まると、樹先輩は私を引き寄せて腕の中に匿ってくれた。
そのまま、薬液は増幅を続け、私達は波に揺られながらも、何とか浮かび続けて。
「鈴ちゃんっ!龍也っ!」
「白鳥総帥っ!樹総帥っ!」
心配のし過ぎで涙目になって駆け寄ってきた葵お兄ちゃんと心愛さんの二人と私達は無事合流する事が出来たのだった。
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やれるかどうか何とも言えない。
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だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
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詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
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