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最終章 数多の未来への選択編
※※※
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ガタァンッ!!
唐突に建物が揺れて、私と樹先輩はベッドから跳ね起きた。
ベッドの上で作戦会議を続け、二人して寝落ちして、今の振動と音で同時に目を覚ましたのだ。
「え?何?今の音?」
「俺が知る訳がないだろ。…上から音がしたな」
「うん。だよね。…上、調べに行くべきかな?」
「…行くべき、だろうな」
「上に上がる階段、あったよね?」
「あぁ」
「でも、慎重に行く必要あるね」
「クローンが集まっている可能性もあるからな」
「お前の話だとクローンがここまで来たんだろ?だったら、ここにいても危険度は変わらない。一緒に行くぞ」
「おー」
拳を突き上げ意欲を示したのに、何故か樹先輩は胡乱気な視線を私に向けた。なんで?
「お前、気の抜ける声を出すなよ」
「ふみ?」
「……解ってないならいい」
「ふみみ?」
樹先輩って時々解らない事言うー。あぁ、でもこれ樹先輩だけじゃないか。
さってと、手に入れた色々が入ったウエストポーチを腰に巻いて…うん。準備オッケ。
樹先輩は…こっちを見て頷いている。樹先輩もオッケーって事だね。
この部屋に戻ってくる可能性もあるにはあるけど、なるべく持って行けるものは持って行こう。
…持って行けないのはノーパソくらいだけどね。
「行くぞ。美鈴」
歩き出した樹先輩の後を追う。
念の為にいつもの様にトイレから蠍座の、樹先輩が閉じ込められていた部屋に行き、そこから外へと出る。
樹先輩が周囲を確認して、誰もいないと判断したと同時に走りだす。
真っ直ぐ階段へと向かう。
「そう言えば、メダルはっ?」
「双子座のメダルが残ってた筈だが…」
「あ、私もそう言えば乙女座の鍵余分に、持ってるよ?交換しとく?」
「鍵をそれぞれ一個残して、メダルに変えておくか」
「うん。そうしようっ」
階段に向かう前に自販機室へと向かう。
そう言えば、樹先輩がお金をゲットしてくれたから…自販機使えるんだよね。ないかな…アレ。…女性のクローンがいるならあって良さそうな…やっぱり無いかー。
しょんぼりしながらトボトボとメダル交換している樹先輩の側に寄る。
「何探してたんだ?」
「髪ゴムー。鬱陶しいのー。髪がー」
「あぁ。確かに鬱陶しそうだもんな」
「うん。いっそ切ろうかなー」
「やめろ。俺が葵達に刺される」
「え?じゃあ、切ろうかな」
「お前、人の話聞いてたか…?」
「一先ずハンカチでまとめておこー」
自販機にハンカチはあったので、樹先輩に買って貰い私は手早くそれを捻じって紐のような状態にして髪を一本にまとめた。
スッキリ~♪
「美鈴。ここ、髪纏め損ねてるぞ」
「ふみ?」
ふわりと纏め損ねた髪を樹先輩が触れた。
「お前の髪は…どんな時でも綺麗だな」
「ふみっ!?」
ちょ、ちょちょちょちょっと待ってっ!?
樹先輩が私の髪をそのまま持ちあげて自分の唇に…ふみゃーっ!?
シュババババッ。
距離を取るべしっ!バック走行すべしっ!!
壁に背をくっつけて、フシャーッと樹先輩に威嚇する。
そんな私が飛び退くような事をやってのけた樹先輩は私を見て目をキョトンとさせたかと思うと…。
「くっ……くくっ…」
笑いやがった…こやつ。
うぬぬぬぬ…。
「美鈴っ、おま、顔、真っ赤だぞっ。ぷくくっ」
「うぅっ…」
ぐるるるる…。唸るしか出来ない。
どうしてくれようか、この先輩を。
「……今まで、ずっとずっとお前を口説き続けて、今やっと届いた気がするな」
「……ッ…」
どうして、そんな優しい顔して、笑うのよ…。
「安心しろ。今はこの距離以上側には行かない。折角美鈴が触れても怯えない位に歩み寄って来てくれたんだしな」
「あ…」
言われてみて始めて気付いた。
確かに私、樹先輩の側に行っても震えていない。…どうして?
樹先輩がまた微笑んで、私に向かって手招きをした。
「ほら、来い。…ここでもたもたしてらんねぇだろ」
「………うん」
なんか…樹先輩が一気に大人びた感じがして、なんだろう…こう…うん。
「……樹先輩。なんか、ずるい」
ぼそっと呟いた言葉は樹先輩にこの距離で聞こえる訳はない。
その事に何だかホッとするような、ちょっと残念な様な、そんな気持ちを私は飲みこみ、今は考えないでおこうと樹先輩に駆け寄った。
「さて、これでメダルは全部で五枚だな。一番多いのは双子座のメダルか。じゃあ、これを使うか」
「うん」
「行くぞ、美鈴」
頷いて、先を走りだす樹先輩を追い掛けた。
階段のドアを双子座のメダルで開けた瞬間―――地面が揺れた。
「ふみっ!?」
「くっ!?」
二人、咄嗟にしゃがみこんで、揺れに耐える。
地震の様な横揺れに若干酔いそうになった。
それをぐっと堪え、揺れが収まるのを待っていると、数分後揺れは収まった。
「美鈴、大丈夫か?」
「大丈夫。だけど、今の揺れ、地震なの?」
樹先輩が私に手を差し伸べてくれるので、ありがたくその手に捕まって立った。
だけど、樹先輩の視線は周囲に向けられていた。
「……地震では、ないな。さっきの揺れた時、気付いたか?」
「え?何を?」
「…ゴリゴリと何かが擦れた音がした」
「擦れた音…と言う事は、建物だけが動いたって事?」
「俺はその可能性が高いと思ってる」
「樹先輩?」
「美鈴。上に行ってみるぞ」
どうしたんだろう?
樹先輩がしきりに上を気にしてる。
何かに気付いたのかも。
私は頷き返し、先に駆け出す樹先輩を追い掛けた。
階段の全力疾走はきついけどそんな事言ってる場合じゃないしね。
階段を駆け上り踊り場から更に上に上がろうとして、樹先輩が足を止めた。私もそれを見て足が止まる。
「階段の先が、ない…?」
「……やっぱりな。あの擦れた音。恐らくここが塞がった音だ」
階段が繋がっているギリギリの所まで樹先輩は登り、現れた天井を叩く。
私も気になるのでそっと近寄る。
コンコンと樹先輩が天井を叩く。私はまじまじと天井を見つめた。
…擦れた跡がある…。
って事は、樹先輩の言ってた事は間違いないって事だよね?
でも、この擦れた跡。天井が現れただけだとしたら、こんな円形の擦れ跡はつかないんじゃないかな…?
「一先ずここにいたらまずい。戻るぞ、美鈴」
「うん。樹先輩。どうせなら一階に行こう」
「だな」
私と樹先輩は一気に階段を駆け下りた。
一階の非常階段のドアに双子座のメダルを入れてドアを開けると、そこは予想をしていたのとは少し違った。
「ロビーか」
「あっちにフロントもあるよ」
「ならあっちは…スタッフルームか?」
「どう言う意味のスタッフなんだろうね」
「確かに」
ここにいるクローンを管理する研究員(スタッフ)なのか、それともここが元々何かの建物でそこにいた従業員(スタッフ)が使っていた場所なのか。
「…まだ俺達に気付いてはいないが、クローンの数が多いな」
「うん。どうする?樹先輩」
「薬液にも限りはある。出来る限り回避していきたいが」
樹先輩が口籠る。
その理由は解る。私も気付いていた。
どうやらクローン達はそれぞれ鍵かメダルを所持しているのだ。
どうして両方持ってたりしないのかと思ったけれど、そこまで知能指数が高くないんだろうと思う。
もしかしたら、もう一つの可能性として体の中に埋め込まれてるのかもしれないとも考えたんだけど、実際の所はどうか解らない。
ただ、今言えるのは、この階にいるクローンを倒さないと、目に見える部屋に入る事が出来ないと言う事だ。
けど問題もある。
それはさっき樹先輩が言っていた事で。薬液には限りがある。
自衛の為にも持っておきたいが、他の部屋に行くにはクローンを倒さなければいけない。
「…となると、薬液に変わるクローンを倒す手段を手に入れなきゃいけないね」
「だな。もしくは一か所に奴らを集めて一気に倒すか」
「おぉ、その手もあるね。どうしたら一か所に集められるかな?」
樹先輩は暫く何か考え、ぽんっと手を打った。
「思い出した。あいつら、同じクローンが溶けた液体に興味を持ってたぞ」
「そうなの?そうと分かれば話は早いね。まず一体だけをおびき寄せて倒す。そこに集まったクローンを一気になぎ倒す。私だと無理かもだけど樹先輩なら、アイツらの頭だけ狙えるよねっ」
「当然だな」
ふっと不敵に笑った樹先輩の顔を見て、何故かぞわりと鳥肌が立った。
(え?なんで?)
私樹先輩に触れられても平気になった筈じゃ…?
唐突に感じた恐怖感。
何故そんな急に戻ったのか、解らずに首を傾げた。
怖いものを怖いままにしておきたくなくて、私はそっと樹先輩の手に触れた。
「っ!?、ど、どうした?美鈴」
驚いてはいるものの何故か嬉しそうに樹先輩は訊ねる。
そんな樹先輩を見ても私は鳥肌も立たなければ恐怖感もない。
じゃあ、さっきのは一体何だったんだろう?
……でも、そこを今追及すべきかな?
今は脱出する事が最優先。だとしたら、今は余計な恐怖感は取り戻すべきではない、よね?
自分を誤魔化すように納得させて、私は樹先輩の手を離そうとした。
それを樹先輩は名残惜しむように、ぎゅっと一度強く握ってから私の手を解放した。
「まずは一匹おびき寄せる。美鈴はドアの影に隠れてろ。それから、背後からクローンが来る場合もある。十分に気を付けろよ」
「らじゃっ!」
急いで非常階段のドアの影に隠れる。ドアを閉じないようにするって意味もあるんだと思うから、しっかりとドアを掴んでおく。いざとなったらドアを盾にしよう。うん。
そう言えば樹先輩がこうして一人で動くのをマジマジと見るの初めてかも。
樹先輩はクローンが数体たむろしている所に駆けて、一体の腕を掴むと大きく投げ飛ばした。おお…一本背負い。
そいつに薬液をかけると、ジュワッと音を立てて溶けて行く。
気持ち悪いから、そこは見ない。視線を他のクローン達に向けると、…あぁ、確かに樹先輩の言う通りだ。
樹先輩が一旦その場を離れ、私の側に戻って来た。
「これで少しだけ様子を見る」
「オッケー」
二人ドアの影からクローンの動向を見守ってると、クローンは何処からともなくわらわらと溶けたクローンだった物に集まり始めた。
「どうして集まるのかな?」
「…解らないな。溶けた液が気になるだけなのか、それとも…ッ」
「ふみッ!?」
私と樹先輩が同時に息を飲んだ。
「ちょ、えっ?」
「…美鈴、見るな」
樹先輩が素早く私の目を片手で塞いだ。
一体何が見えたのか。
…クローン同士が互いに押し倒し始め、てっきり共食いが起こるのかとホラー展開が始まるのかと思っていたのだけど、違った。
互いを性的な意味で襲い始めたのだ。クローンの中には男も女もいる。
「そう言えば、都貴の連中の最終目的は【子を成す】事だったな」
「…人間の三大欲求だけが出てしまうのね」
「………【ウラヤマシイ】」
「えっ!?」
驚いて私は樹先輩の手を外して樹先輩を見た。
「?、どうした美鈴?」
「い、今樹先輩、なんて…?」
「?、なんてって、どうした?美鈴って」
「違う。その前」
「その前?都貴の連中の最終目的…」
「違うっ、その後」
「その後って、俺は何も言ってないぞ?いきなりお前が動いたから」
「え…?」
でも、確かに【ウラヤマシイ】って言ったように聞こえた。
私の気のせいなのかな?
それとも、樹先輩じゃなく他の誰かが?
キョロキョロと辺りを見渡すが、それらしい人は誰もいない。
それにあの声は確かに樹先輩の声だった。…どういうこと…?
再びぞわりと鳥肌が立つ。
もしかして、この塔に閉じ込められた事よりも、もっと危険な何かが待ち受けていると、そんな予感が胸の中に渦巻いた。
唐突に建物が揺れて、私と樹先輩はベッドから跳ね起きた。
ベッドの上で作戦会議を続け、二人して寝落ちして、今の振動と音で同時に目を覚ましたのだ。
「え?何?今の音?」
「俺が知る訳がないだろ。…上から音がしたな」
「うん。だよね。…上、調べに行くべきかな?」
「…行くべき、だろうな」
「上に上がる階段、あったよね?」
「あぁ」
「でも、慎重に行く必要あるね」
「クローンが集まっている可能性もあるからな」
「お前の話だとクローンがここまで来たんだろ?だったら、ここにいても危険度は変わらない。一緒に行くぞ」
「おー」
拳を突き上げ意欲を示したのに、何故か樹先輩は胡乱気な視線を私に向けた。なんで?
「お前、気の抜ける声を出すなよ」
「ふみ?」
「……解ってないならいい」
「ふみみ?」
樹先輩って時々解らない事言うー。あぁ、でもこれ樹先輩だけじゃないか。
さってと、手に入れた色々が入ったウエストポーチを腰に巻いて…うん。準備オッケ。
樹先輩は…こっちを見て頷いている。樹先輩もオッケーって事だね。
この部屋に戻ってくる可能性もあるにはあるけど、なるべく持って行けるものは持って行こう。
…持って行けないのはノーパソくらいだけどね。
「行くぞ。美鈴」
歩き出した樹先輩の後を追う。
念の為にいつもの様にトイレから蠍座の、樹先輩が閉じ込められていた部屋に行き、そこから外へと出る。
樹先輩が周囲を確認して、誰もいないと判断したと同時に走りだす。
真っ直ぐ階段へと向かう。
「そう言えば、メダルはっ?」
「双子座のメダルが残ってた筈だが…」
「あ、私もそう言えば乙女座の鍵余分に、持ってるよ?交換しとく?」
「鍵をそれぞれ一個残して、メダルに変えておくか」
「うん。そうしようっ」
階段に向かう前に自販機室へと向かう。
そう言えば、樹先輩がお金をゲットしてくれたから…自販機使えるんだよね。ないかな…アレ。…女性のクローンがいるならあって良さそうな…やっぱり無いかー。
しょんぼりしながらトボトボとメダル交換している樹先輩の側に寄る。
「何探してたんだ?」
「髪ゴムー。鬱陶しいのー。髪がー」
「あぁ。確かに鬱陶しそうだもんな」
「うん。いっそ切ろうかなー」
「やめろ。俺が葵達に刺される」
「え?じゃあ、切ろうかな」
「お前、人の話聞いてたか…?」
「一先ずハンカチでまとめておこー」
自販機にハンカチはあったので、樹先輩に買って貰い私は手早くそれを捻じって紐のような状態にして髪を一本にまとめた。
スッキリ~♪
「美鈴。ここ、髪纏め損ねてるぞ」
「ふみ?」
ふわりと纏め損ねた髪を樹先輩が触れた。
「お前の髪は…どんな時でも綺麗だな」
「ふみっ!?」
ちょ、ちょちょちょちょっと待ってっ!?
樹先輩が私の髪をそのまま持ちあげて自分の唇に…ふみゃーっ!?
シュババババッ。
距離を取るべしっ!バック走行すべしっ!!
壁に背をくっつけて、フシャーッと樹先輩に威嚇する。
そんな私が飛び退くような事をやってのけた樹先輩は私を見て目をキョトンとさせたかと思うと…。
「くっ……くくっ…」
笑いやがった…こやつ。
うぬぬぬぬ…。
「美鈴っ、おま、顔、真っ赤だぞっ。ぷくくっ」
「うぅっ…」
ぐるるるる…。唸るしか出来ない。
どうしてくれようか、この先輩を。
「……今まで、ずっとずっとお前を口説き続けて、今やっと届いた気がするな」
「……ッ…」
どうして、そんな優しい顔して、笑うのよ…。
「安心しろ。今はこの距離以上側には行かない。折角美鈴が触れても怯えない位に歩み寄って来てくれたんだしな」
「あ…」
言われてみて始めて気付いた。
確かに私、樹先輩の側に行っても震えていない。…どうして?
樹先輩がまた微笑んで、私に向かって手招きをした。
「ほら、来い。…ここでもたもたしてらんねぇだろ」
「………うん」
なんか…樹先輩が一気に大人びた感じがして、なんだろう…こう…うん。
「……樹先輩。なんか、ずるい」
ぼそっと呟いた言葉は樹先輩にこの距離で聞こえる訳はない。
その事に何だかホッとするような、ちょっと残念な様な、そんな気持ちを私は飲みこみ、今は考えないでおこうと樹先輩に駆け寄った。
「さて、これでメダルは全部で五枚だな。一番多いのは双子座のメダルか。じゃあ、これを使うか」
「うん」
「行くぞ、美鈴」
頷いて、先を走りだす樹先輩を追い掛けた。
階段のドアを双子座のメダルで開けた瞬間―――地面が揺れた。
「ふみっ!?」
「くっ!?」
二人、咄嗟にしゃがみこんで、揺れに耐える。
地震の様な横揺れに若干酔いそうになった。
それをぐっと堪え、揺れが収まるのを待っていると、数分後揺れは収まった。
「美鈴、大丈夫か?」
「大丈夫。だけど、今の揺れ、地震なの?」
樹先輩が私に手を差し伸べてくれるので、ありがたくその手に捕まって立った。
だけど、樹先輩の視線は周囲に向けられていた。
「……地震では、ないな。さっきの揺れた時、気付いたか?」
「え?何を?」
「…ゴリゴリと何かが擦れた音がした」
「擦れた音…と言う事は、建物だけが動いたって事?」
「俺はその可能性が高いと思ってる」
「樹先輩?」
「美鈴。上に行ってみるぞ」
どうしたんだろう?
樹先輩がしきりに上を気にしてる。
何かに気付いたのかも。
私は頷き返し、先に駆け出す樹先輩を追い掛けた。
階段の全力疾走はきついけどそんな事言ってる場合じゃないしね。
階段を駆け上り踊り場から更に上に上がろうとして、樹先輩が足を止めた。私もそれを見て足が止まる。
「階段の先が、ない…?」
「……やっぱりな。あの擦れた音。恐らくここが塞がった音だ」
階段が繋がっているギリギリの所まで樹先輩は登り、現れた天井を叩く。
私も気になるのでそっと近寄る。
コンコンと樹先輩が天井を叩く。私はまじまじと天井を見つめた。
…擦れた跡がある…。
って事は、樹先輩の言ってた事は間違いないって事だよね?
でも、この擦れた跡。天井が現れただけだとしたら、こんな円形の擦れ跡はつかないんじゃないかな…?
「一先ずここにいたらまずい。戻るぞ、美鈴」
「うん。樹先輩。どうせなら一階に行こう」
「だな」
私と樹先輩は一気に階段を駆け下りた。
一階の非常階段のドアに双子座のメダルを入れてドアを開けると、そこは予想をしていたのとは少し違った。
「ロビーか」
「あっちにフロントもあるよ」
「ならあっちは…スタッフルームか?」
「どう言う意味のスタッフなんだろうね」
「確かに」
ここにいるクローンを管理する研究員(スタッフ)なのか、それともここが元々何かの建物でそこにいた従業員(スタッフ)が使っていた場所なのか。
「…まだ俺達に気付いてはいないが、クローンの数が多いな」
「うん。どうする?樹先輩」
「薬液にも限りはある。出来る限り回避していきたいが」
樹先輩が口籠る。
その理由は解る。私も気付いていた。
どうやらクローン達はそれぞれ鍵かメダルを所持しているのだ。
どうして両方持ってたりしないのかと思ったけれど、そこまで知能指数が高くないんだろうと思う。
もしかしたら、もう一つの可能性として体の中に埋め込まれてるのかもしれないとも考えたんだけど、実際の所はどうか解らない。
ただ、今言えるのは、この階にいるクローンを倒さないと、目に見える部屋に入る事が出来ないと言う事だ。
けど問題もある。
それはさっき樹先輩が言っていた事で。薬液には限りがある。
自衛の為にも持っておきたいが、他の部屋に行くにはクローンを倒さなければいけない。
「…となると、薬液に変わるクローンを倒す手段を手に入れなきゃいけないね」
「だな。もしくは一か所に奴らを集めて一気に倒すか」
「おぉ、その手もあるね。どうしたら一か所に集められるかな?」
樹先輩は暫く何か考え、ぽんっと手を打った。
「思い出した。あいつら、同じクローンが溶けた液体に興味を持ってたぞ」
「そうなの?そうと分かれば話は早いね。まず一体だけをおびき寄せて倒す。そこに集まったクローンを一気になぎ倒す。私だと無理かもだけど樹先輩なら、アイツらの頭だけ狙えるよねっ」
「当然だな」
ふっと不敵に笑った樹先輩の顔を見て、何故かぞわりと鳥肌が立った。
(え?なんで?)
私樹先輩に触れられても平気になった筈じゃ…?
唐突に感じた恐怖感。
何故そんな急に戻ったのか、解らずに首を傾げた。
怖いものを怖いままにしておきたくなくて、私はそっと樹先輩の手に触れた。
「っ!?、ど、どうした?美鈴」
驚いてはいるものの何故か嬉しそうに樹先輩は訊ねる。
そんな樹先輩を見ても私は鳥肌も立たなければ恐怖感もない。
じゃあ、さっきのは一体何だったんだろう?
……でも、そこを今追及すべきかな?
今は脱出する事が最優先。だとしたら、今は余計な恐怖感は取り戻すべきではない、よね?
自分を誤魔化すように納得させて、私は樹先輩の手を離そうとした。
それを樹先輩は名残惜しむように、ぎゅっと一度強く握ってから私の手を解放した。
「まずは一匹おびき寄せる。美鈴はドアの影に隠れてろ。それから、背後からクローンが来る場合もある。十分に気を付けろよ」
「らじゃっ!」
急いで非常階段のドアの影に隠れる。ドアを閉じないようにするって意味もあるんだと思うから、しっかりとドアを掴んでおく。いざとなったらドアを盾にしよう。うん。
そう言えば樹先輩がこうして一人で動くのをマジマジと見るの初めてかも。
樹先輩はクローンが数体たむろしている所に駆けて、一体の腕を掴むと大きく投げ飛ばした。おお…一本背負い。
そいつに薬液をかけると、ジュワッと音を立てて溶けて行く。
気持ち悪いから、そこは見ない。視線を他のクローン達に向けると、…あぁ、確かに樹先輩の言う通りだ。
樹先輩が一旦その場を離れ、私の側に戻って来た。
「これで少しだけ様子を見る」
「オッケー」
二人ドアの影からクローンの動向を見守ってると、クローンは何処からともなくわらわらと溶けたクローンだった物に集まり始めた。
「どうして集まるのかな?」
「…解らないな。溶けた液が気になるだけなのか、それとも…ッ」
「ふみッ!?」
私と樹先輩が同時に息を飲んだ。
「ちょ、えっ?」
「…美鈴、見るな」
樹先輩が素早く私の目を片手で塞いだ。
一体何が見えたのか。
…クローン同士が互いに押し倒し始め、てっきり共食いが起こるのかとホラー展開が始まるのかと思っていたのだけど、違った。
互いを性的な意味で襲い始めたのだ。クローンの中には男も女もいる。
「そう言えば、都貴の連中の最終目的は【子を成す】事だったな」
「…人間の三大欲求だけが出てしまうのね」
「………【ウラヤマシイ】」
「えっ!?」
驚いて私は樹先輩の手を外して樹先輩を見た。
「?、どうした美鈴?」
「い、今樹先輩、なんて…?」
「?、なんてって、どうした?美鈴って」
「違う。その前」
「その前?都貴の連中の最終目的…」
「違うっ、その後」
「その後って、俺は何も言ってないぞ?いきなりお前が動いたから」
「え…?」
でも、確かに【ウラヤマシイ】って言ったように聞こえた。
私の気のせいなのかな?
それとも、樹先輩じゃなく他の誰かが?
キョロキョロと辺りを見渡すが、それらしい人は誰もいない。
それにあの声は確かに樹先輩の声だった。…どういうこと…?
再びぞわりと鳥肌が立つ。
もしかして、この塔に閉じ込められた事よりも、もっと危険な何かが待ち受けていると、そんな予感が胸の中に渦巻いた。
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