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最終章 数多の未来への選択編
※※※(樹視点)
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美鈴が沸かしてくれたお湯でカップラーメンを作り食べ終えた。
しかし、盲点だった。箸を持ってくるのを忘れてたと言う…。割り箸は自販機室にあったのは覚えてたんだが。あったのに持ってくるのを忘れると言う…。情けなさのあまりつい二回言ってしまった。
俺の監禁されていた部屋にガラス棒があったからそれを良く洗って箸として使ったが…明日、外へ行ったら持って来よう。絶対。水を無駄に使ってしまったしな。
美鈴は気にしてないってケロッと使っていたが、あいつのそう言う所、ホントに…。
思わず遠い目になる。
「ふみみ~…?」
美鈴の声がしてハッと我に返る。
そもそもアイツはあのパソコンで何してるんだ?
…背後に回るのは、怖がるだろうから。俺は美鈴がちゃんと気配を察知出来る位置から移動して美鈴の隣に座ってパソコン画面を覗き込む。
「…数字パス?」
「そなの。恐らく、3の位置は確定。残りは多分2、5、7、9のどれかが入るんだと思うの」
美鈴が適当に数字をはめ込んでいくが、どうにも一致しないらしい。…考えすぎなんじゃないのか?
俺は手を伸ばして、キーボードを叩く。3は確定って言ってたな。なら順番に、2、5、3、7、9でどうだ?
【MISSION CLEAR】
「ふみっ!?」
「やっぱりな。ごちゃごちゃ考え過ぎなんだよ、お前」
「うぅー、反論しようがないー」
ふみふみ泣きながら美鈴はキーボードを叩く。
それを横から覗き込むと、そこにはこの黒い箱が映っていた。多分その画面に今切り替わったんだろう。美鈴もキーボードを叩く手を止めて首を傾げていた。
「これ、なんだろー?」
「箱、だよな?良く見ると12個の丸い窪みが無いか?」
パソコンに手を伸ばしてその箱の角度を変えて確かめると、やっぱり12個の窪みがある。それもどうやら深さは無くまるでコインが一枚入りそうな…うん?
「もしかして、これか?」
「っぽいね。メダルをはめる為の箱かも」
「…だが画面の中だぞ?」
「さっきみたいにMISSIONをクリアするとパソコン内でゲット出来るか、それともこの箱が何処かに実在するか。どっちだろう?」
「俺達はまだ行ってない階があるからな。もしかしたらそこにあるかもしれない」
「うん。その可能性もあるよね」
「この中のデータには、他に何かありそうか?」
「んー…探れる限り探ってるけど、どうも怪しいなぁ。特になさそう」
『そうだろうなぁ。何せ、このパソコンは私の生み出したクローンの育成キットに過ぎないからな』
「っ!?」
唐突に声がして、俺は咄嗟に美鈴の手を引いて腕の中に庇う。
突然パソコンの画面が砂嵐状態になり、画面が切り替わった。そこにはさっき俺が見た都貴静流の父親、都貴社長がいた。
『今日はいつも以上にミッションをクリアするスピードが速く、久しぶりに優良種が出たかと喜んでいたんだが。君達が解いていたとは気付かなんだ』
「(………どうして?ここには電波が届いていない筈なのに…)」
美鈴が小さな声で呟く。電波が届いていない?だが、俺はさっきもこいつらの会話を見たぞ?どう言う事だ?
『ふむ。…もしかして邪魔をしてしまったかな?なに。こちらのことは気にせず続けるがいい。そなた達の子が出来るのはこちらとしても望ましい』
カチ…。
『そなた達の子が私の子(クローン)達とまた子を作れば最高の頭脳を持った子が出来るに違いないっ!』
カチカチカチ…。
振動と何かが小さくぶつかる音がする。
俺の腕の中で美鈴が俺の服をぎゅっと握った。
コイツが…美鈴が俺にこんな風に縋るなんて…初めてだ。それだけの恐怖が今美鈴の中にあるんだろう。
表面上はパソコン画面を睨み気丈に振る舞っていても、男性恐怖症の美鈴にしてみたら恐怖以外の何者でもない。
まして、今は美鈴を癒し守り通せる家族がいない。いるのは何のあてにもならない俺と敵であるこいつらのみ。
怖がるなって方が無理だ。
美鈴が今の今まで気を張って何とか平常心を保っていたのだと、俺は『今』やっと気付いたんだ。
その事実に腹が立った。
美鈴をきつく抱きしめ、目の前の野郎を睨みつけた。
「それで?俺の大事な妻をこんな風に怖がらせてどうなるか、解った上でやってんだろうな?」
『はっ!閉じ込められてる分際でよくもそこまで言えるなぁ。樹龍也坊ちゃんよ』
「……その声。都貴静流か」
『睨むなよ。こう見えて俺、アンタの事結構気に入ってんだからさ』
「……何言ってやがる」
『言葉通りさ』
画面に映る自分の親父を押し退けて、都貴静流は画面の向うで嫌味ったらしく椅子に座りこっちを見た。
『何でかな。昔から俺、アンタの事嫌いになれないんだよね。何処か似た所があるからかな?だから、白鳥さんの最初を譲っても良いって思えてるんだよね』
「何の冗談だ。俺が何も知らないとでも思ってるのか?お前はさっき俺の手垢がついた女になるとそう嫌悪していただろう」
『あれ?聞いてたんだ?ハハッ。あれはちょっとした冗談だよ。だってそうでも言わないと悔しいじゃないか。俺はそこの美人で清らかな女を真っ先に汚せると思ったのに、二番手になるんだぜ?でもちゃんと考えたんだ。樹龍也坊ちゃんの次ならまぁいいかってな』
「(………ゃ…ぃや…)」
ハッと腕の中を見ると美鈴の顔が真っ青になっていく。これ以上聞かせたら駄目だっ。腕で美鈴の頭を覆い耳を塞ぐ。
『だーかーらー。さっさとその女抱いてこっちに寄越せよ。樹龍也坊ちゃん。二番煎じでも我慢してやるって言ってんだからよ』
「ふざけるなっ。てめぇはそこらの女でも抱いとけっ。美鈴は俺の妻だっ」
『つ~ま~?妻ねぇ?政略結婚で?しかも滅茶苦茶嫌われてるのに?それこそ冗談だろ』
「―――ッ!!」
痛い所を突かれた気がした。
政略結婚でしかも嫌われている。今更な事なのにこんなにもショックを受けている自分にまた衝撃を受けた。
『大体、龍也坊ちゃんは本当にそこにいる女、好きなの?』
「……どう言う意味だ」
『俺が見る限り、アンタのそれは執着だろ。後はプライドか?ちやほやされてきて初めて逆らってきた女、敵わない女に一矢報いたい、ただそれだけだ。それを恋慕と勘違いしてるだけだろ。ハッ、面白すぎて腹が捩れるぜ』
「……だとしても、少なくとも、お前みたいに頭すっからかんの馬鹿に抱かれる方より俺の方が余程マシだと思うがな」
『なんだと?』
「もう一度言って欲しいのか?頭の中が空っぽだって認める様なもんだな」
『お前…っ』
ギリッと睨み合う。
だが、そこに嫌な横やりが入った。
『いい加減にしなさい、静流。一々下らない挑発の売り買いをするな』
『あー、はいはい。じゃあ、俺は龍也坊ちゃんの御下がりを楽しみにしながら、樹財閥の乗っ取りに精を出しましょうかねー。それじゃあ、精々励んでくれよ?樹龍也坊ちゃん』
ニタリッと気味の悪い笑みを残し映像は切られた。
くそっ。言われっ放しかよ。
「………ぅっ……」
小さな呻きが聞こえ、腕の中に視線を戻すと涙目の美鈴が俺を見上げていた。
「…大丈夫か?」
美鈴は震えたままでコクコクと頷く。
俺の胸を軽く押して離せと態度で示されたので大人しく腕から力を緩めると美鈴はよろよろと俺の側から抜け出した。
だが、数歩四つん這いで進み、ベッドの上だったことを忘れていたのか、それともそれすら考えられないくらい限界に来ていたのか、美鈴はベッドから落下した。
慌てて駆け寄り美鈴の腕を掴み引っ張り上げようとした。だが―――。
「いやあああっ!!」
叫ばれて、俺はビクリと体を跳ねさせた。
同時に美鈴に手を跳ね付けられる。
痛みはなかった。ただ、驚きだけが胸に残る。
「おい、美鈴…?」
声をかけると、我に返った美鈴が小さな声で「ごめん」と呟き俯いた。
自分を守る様に体を抱きしめて、小さく小さくなる美鈴に俺はどうしていいか解らなくなる。
抱き締めてやりたい。
だが、それをすると美鈴は怯えるだろう。
白鳥の長兄のように全てを理解している訳じゃない。棗のように癒しを与えてやれる訳でもない。葵の様に行動をしてやれる訳でもない。
俺は、惚れた女に何一つも与える事が出来ないのか。
『アンタのそれは執着だろ』
執着…。
『後はプライドか?』
プライド…。
『敵わない女に一矢報いたい、ただそれだけだ』
違うっ!!
………本当に?
違うと思うならどうして俺はそれを声に出して叫べなかった?
あの時、俺は話を逸らし真っ向から否定をしないで、ただ逃げた。
「……樹、先輩?」
美鈴の不安そうな声が耳に届く。
「樹先輩」
今度はハッキリと名を呼ばれる。
だが、今の俺は口を開くと…情けない事を言いそうで。
泣き言を言って、美鈴に八つ当たりをしそうで…答えられなかった。
「樹、先輩。…ごめん、ね。守って、くれたのに…」
未だに震えてる癖に美鈴は俺の事を心配して、手に触れてくれようとしている。
何、やってんだ…。
女で、男が怖くて、たった今も怖くて仕方ない癖に、俺を心配している、心配してくれてる奴に、どうして同じ心配をしてやれないっ?
「触るなっ!」
どうして、こんな言葉が出てくる?
「俺の事より自分の心配をしろっ!」
なんで優しく声をかけられない?
「………っ。何で、何で俺はお前と出会ったんだ…っ。お前がいなければ俺はこんな風には絶対にならなかったっ。俺は完璧でいられた筈なんだっ」
いらない言葉ばかり出てくる。だが止められない。
きっとこれが俺の心からの本音だからだ…。
―――悔しい。
あいつの言っていた事は全て当たっている。
きっと俺は美鈴に恋をしている訳じゃない。
俺はずっと美鈴に憧れて来たんだ。
その完璧さに。
その暖かさに。
その清らかさに。
俺が決して得られない物を、努力してでしか得られない物を、美鈴は全て持っていたから。
だから焦がれた。欲した。
焦がれて。
求めて。
拒絶されて。
それでもまた求めて。
美鈴を手に入れさえすれば、俺の足りない部分を補えると、そう心の何処かで思っていたんだ。
「ガキ、丸出しじゃねぇかっ…情けないっ…」
知らず目が潤む。
それでもせめてもの矜持として、涙だけは流すまいと俺は俯いた。泣き顔だけは見せてたまるかと、グッと歯を食いしばる。
「樹先輩…」
美鈴がふらりと立ち上がり、俺の目の前に立った。
「…ッ、触るなっ。こんな状況で慰められたら、俺は、もう俺が…」
―――許せなくなる。
こんな弱い自分はいらない。
俺は強くありたいんだ。
だが美鈴は手を伸ばした。俺の頬に向かって。
あぁ、やっぱり美鈴は…葵の言うように清らかな存在なんだろう。
だから、俺は手を伸ばしてはいけなかったんだ。
美鈴の慰めを…受け入れよう。
そう思って顔を上げた、次の瞬間。
「くらえーいっ!!」
ガツンッ!!
「んぐっ!?」
一瞬何が起きたか解らなかった。
左頬がじんじんと痛みを訴えだして、しかも
「痛いじゃないっ!樹先輩っ!どうしてくれるのっ!?」
と美鈴が右拳を擦りながら文句を言ってくるから、そこでやっと俺は殴られた事に気付いた。
……は?
殴られた事は解ったが、何で殴られたのかが解らない。
そして何で俺が逆切れされてんだっ?
「はぁぁっ!?何で今俺が殴られたんだっ!?」
「決まってるじゃないっ!樹先輩が鬱陶しかったからよっ!ドヤッ!」
「いや、ドヤッじゃねぇわっ!胸張ってんじゃねぇっ!手を差し伸べた上に弾かれてしかも殴られるって何だそれっ!?」
「確かにっ!私最低じゃねっ!?」
「解ってんのかよっ!!確信犯質悪ぃなっ!!」
「仕方ないじゃないっ!!樹先輩が鬱陶しいんだものっ!!」
「悪かったなっ!!ここから脱出出来たら、もうお前には絡まねぇよっ!!離婚届だって直ぐ書いてやらぁっ!!その後に俺はもうお前の前に現れないっ!!これで満足だろうっ!?」
「……え…?」
美鈴の大きな目が更に驚きに見開かれて、そんな反応を返された事に俺も驚き言葉を失う。
「現れない、って、何で…?」
「…何でって、お前はいつも俺の事を嫌いだ嫌いだって言ってただろうが。むしろ逆に聞きたい。お前こそなんで驚いている?」
何でそんな泣きそうな顔してる?とは聞けなかった。
俺も美鈴も意地っ張りだから。
余計な言葉をかけると本音を話せなくなってしまう。
「……樹先輩の事は、嫌い…。だけど、…側にいないのも、やだ」
ぽそぽそと小さい、本当に小さい声で呟いた美鈴の言葉。
けど俺の耳にはしっかりと届いていた。
美鈴の可愛い本音が。
「美鈴…お前…」
「……うぅっ…。だ、大体っ、樹先輩より私が大人なのは当然なんですぅーっ!!」
「はぁ?どう言う意味だ?」
「あっ…」
しまった、とでも言いたげだな。
だが、その表情はすぐに引っ込ませ、それはそれは胡散臭い笑みを浮かべて「内緒」と唇に人差し指をよせた。
……あざとい奴め。
「と、兎に角っ。今は脱出っ!ここから脱出する事が優先っ!!脱出した後の事はそれから考えるっ!!それから」
「…それから?」
「…感情の生まれ方ってのは、一つじゃないよ。樹先輩。どこからでもどんな形でも自分が認めた感情に言葉を当てはめた瞬間に、それは自分が作った自分だけの感情になるんだよ」
感情の生まれ方は一つじゃない。
例えそれが執着から、プライドから生まれた感情だったとしても、その感情に俺が【恋】だと当て嵌めた瞬間に、それは俺が作り上げた俺だけの【恋】になる。
俺が、この感情を恋と言うなら、誰から何を言われようと俺は美鈴に【恋】をしていると。
ストンと、都貴に逆撫でられた心が元の形に収まった気がした。
「さぁ、樹先輩。一先ず明日の行動に備えて作戦会議しようっ」
「あぁ。そうだな」
俺は美鈴を抱きしめつつ大きく頷いた。
数秒後、「抱っこ、やーっ!!」と弾き飛ばされたが、それすらも俺は何故か嬉しくなった。
しかし、盲点だった。箸を持ってくるのを忘れてたと言う…。割り箸は自販機室にあったのは覚えてたんだが。あったのに持ってくるのを忘れると言う…。情けなさのあまりつい二回言ってしまった。
俺の監禁されていた部屋にガラス棒があったからそれを良く洗って箸として使ったが…明日、外へ行ったら持って来よう。絶対。水を無駄に使ってしまったしな。
美鈴は気にしてないってケロッと使っていたが、あいつのそう言う所、ホントに…。
思わず遠い目になる。
「ふみみ~…?」
美鈴の声がしてハッと我に返る。
そもそもアイツはあのパソコンで何してるんだ?
…背後に回るのは、怖がるだろうから。俺は美鈴がちゃんと気配を察知出来る位置から移動して美鈴の隣に座ってパソコン画面を覗き込む。
「…数字パス?」
「そなの。恐らく、3の位置は確定。残りは多分2、5、7、9のどれかが入るんだと思うの」
美鈴が適当に数字をはめ込んでいくが、どうにも一致しないらしい。…考えすぎなんじゃないのか?
俺は手を伸ばして、キーボードを叩く。3は確定って言ってたな。なら順番に、2、5、3、7、9でどうだ?
【MISSION CLEAR】
「ふみっ!?」
「やっぱりな。ごちゃごちゃ考え過ぎなんだよ、お前」
「うぅー、反論しようがないー」
ふみふみ泣きながら美鈴はキーボードを叩く。
それを横から覗き込むと、そこにはこの黒い箱が映っていた。多分その画面に今切り替わったんだろう。美鈴もキーボードを叩く手を止めて首を傾げていた。
「これ、なんだろー?」
「箱、だよな?良く見ると12個の丸い窪みが無いか?」
パソコンに手を伸ばしてその箱の角度を変えて確かめると、やっぱり12個の窪みがある。それもどうやら深さは無くまるでコインが一枚入りそうな…うん?
「もしかして、これか?」
「っぽいね。メダルをはめる為の箱かも」
「…だが画面の中だぞ?」
「さっきみたいにMISSIONをクリアするとパソコン内でゲット出来るか、それともこの箱が何処かに実在するか。どっちだろう?」
「俺達はまだ行ってない階があるからな。もしかしたらそこにあるかもしれない」
「うん。その可能性もあるよね」
「この中のデータには、他に何かありそうか?」
「んー…探れる限り探ってるけど、どうも怪しいなぁ。特になさそう」
『そうだろうなぁ。何せ、このパソコンは私の生み出したクローンの育成キットに過ぎないからな』
「っ!?」
唐突に声がして、俺は咄嗟に美鈴の手を引いて腕の中に庇う。
突然パソコンの画面が砂嵐状態になり、画面が切り替わった。そこにはさっき俺が見た都貴静流の父親、都貴社長がいた。
『今日はいつも以上にミッションをクリアするスピードが速く、久しぶりに優良種が出たかと喜んでいたんだが。君達が解いていたとは気付かなんだ』
「(………どうして?ここには電波が届いていない筈なのに…)」
美鈴が小さな声で呟く。電波が届いていない?だが、俺はさっきもこいつらの会話を見たぞ?どう言う事だ?
『ふむ。…もしかして邪魔をしてしまったかな?なに。こちらのことは気にせず続けるがいい。そなた達の子が出来るのはこちらとしても望ましい』
カチ…。
『そなた達の子が私の子(クローン)達とまた子を作れば最高の頭脳を持った子が出来るに違いないっ!』
カチカチカチ…。
振動と何かが小さくぶつかる音がする。
俺の腕の中で美鈴が俺の服をぎゅっと握った。
コイツが…美鈴が俺にこんな風に縋るなんて…初めてだ。それだけの恐怖が今美鈴の中にあるんだろう。
表面上はパソコン画面を睨み気丈に振る舞っていても、男性恐怖症の美鈴にしてみたら恐怖以外の何者でもない。
まして、今は美鈴を癒し守り通せる家族がいない。いるのは何のあてにもならない俺と敵であるこいつらのみ。
怖がるなって方が無理だ。
美鈴が今の今まで気を張って何とか平常心を保っていたのだと、俺は『今』やっと気付いたんだ。
その事実に腹が立った。
美鈴をきつく抱きしめ、目の前の野郎を睨みつけた。
「それで?俺の大事な妻をこんな風に怖がらせてどうなるか、解った上でやってんだろうな?」
『はっ!閉じ込められてる分際でよくもそこまで言えるなぁ。樹龍也坊ちゃんよ』
「……その声。都貴静流か」
『睨むなよ。こう見えて俺、アンタの事結構気に入ってんだからさ』
「……何言ってやがる」
『言葉通りさ』
画面に映る自分の親父を押し退けて、都貴静流は画面の向うで嫌味ったらしく椅子に座りこっちを見た。
『何でかな。昔から俺、アンタの事嫌いになれないんだよね。何処か似た所があるからかな?だから、白鳥さんの最初を譲っても良いって思えてるんだよね』
「何の冗談だ。俺が何も知らないとでも思ってるのか?お前はさっき俺の手垢がついた女になるとそう嫌悪していただろう」
『あれ?聞いてたんだ?ハハッ。あれはちょっとした冗談だよ。だってそうでも言わないと悔しいじゃないか。俺はそこの美人で清らかな女を真っ先に汚せると思ったのに、二番手になるんだぜ?でもちゃんと考えたんだ。樹龍也坊ちゃんの次ならまぁいいかってな』
「(………ゃ…ぃや…)」
ハッと腕の中を見ると美鈴の顔が真っ青になっていく。これ以上聞かせたら駄目だっ。腕で美鈴の頭を覆い耳を塞ぐ。
『だーかーらー。さっさとその女抱いてこっちに寄越せよ。樹龍也坊ちゃん。二番煎じでも我慢してやるって言ってんだからよ』
「ふざけるなっ。てめぇはそこらの女でも抱いとけっ。美鈴は俺の妻だっ」
『つ~ま~?妻ねぇ?政略結婚で?しかも滅茶苦茶嫌われてるのに?それこそ冗談だろ』
「―――ッ!!」
痛い所を突かれた気がした。
政略結婚でしかも嫌われている。今更な事なのにこんなにもショックを受けている自分にまた衝撃を受けた。
『大体、龍也坊ちゃんは本当にそこにいる女、好きなの?』
「……どう言う意味だ」
『俺が見る限り、アンタのそれは執着だろ。後はプライドか?ちやほやされてきて初めて逆らってきた女、敵わない女に一矢報いたい、ただそれだけだ。それを恋慕と勘違いしてるだけだろ。ハッ、面白すぎて腹が捩れるぜ』
「……だとしても、少なくとも、お前みたいに頭すっからかんの馬鹿に抱かれる方より俺の方が余程マシだと思うがな」
『なんだと?』
「もう一度言って欲しいのか?頭の中が空っぽだって認める様なもんだな」
『お前…っ』
ギリッと睨み合う。
だが、そこに嫌な横やりが入った。
『いい加減にしなさい、静流。一々下らない挑発の売り買いをするな』
『あー、はいはい。じゃあ、俺は龍也坊ちゃんの御下がりを楽しみにしながら、樹財閥の乗っ取りに精を出しましょうかねー。それじゃあ、精々励んでくれよ?樹龍也坊ちゃん』
ニタリッと気味の悪い笑みを残し映像は切られた。
くそっ。言われっ放しかよ。
「………ぅっ……」
小さな呻きが聞こえ、腕の中に視線を戻すと涙目の美鈴が俺を見上げていた。
「…大丈夫か?」
美鈴は震えたままでコクコクと頷く。
俺の胸を軽く押して離せと態度で示されたので大人しく腕から力を緩めると美鈴はよろよろと俺の側から抜け出した。
だが、数歩四つん這いで進み、ベッドの上だったことを忘れていたのか、それともそれすら考えられないくらい限界に来ていたのか、美鈴はベッドから落下した。
慌てて駆け寄り美鈴の腕を掴み引っ張り上げようとした。だが―――。
「いやあああっ!!」
叫ばれて、俺はビクリと体を跳ねさせた。
同時に美鈴に手を跳ね付けられる。
痛みはなかった。ただ、驚きだけが胸に残る。
「おい、美鈴…?」
声をかけると、我に返った美鈴が小さな声で「ごめん」と呟き俯いた。
自分を守る様に体を抱きしめて、小さく小さくなる美鈴に俺はどうしていいか解らなくなる。
抱き締めてやりたい。
だが、それをすると美鈴は怯えるだろう。
白鳥の長兄のように全てを理解している訳じゃない。棗のように癒しを与えてやれる訳でもない。葵の様に行動をしてやれる訳でもない。
俺は、惚れた女に何一つも与える事が出来ないのか。
『アンタのそれは執着だろ』
執着…。
『後はプライドか?』
プライド…。
『敵わない女に一矢報いたい、ただそれだけだ』
違うっ!!
………本当に?
違うと思うならどうして俺はそれを声に出して叫べなかった?
あの時、俺は話を逸らし真っ向から否定をしないで、ただ逃げた。
「……樹、先輩?」
美鈴の不安そうな声が耳に届く。
「樹先輩」
今度はハッキリと名を呼ばれる。
だが、今の俺は口を開くと…情けない事を言いそうで。
泣き言を言って、美鈴に八つ当たりをしそうで…答えられなかった。
「樹、先輩。…ごめん、ね。守って、くれたのに…」
未だに震えてる癖に美鈴は俺の事を心配して、手に触れてくれようとしている。
何、やってんだ…。
女で、男が怖くて、たった今も怖くて仕方ない癖に、俺を心配している、心配してくれてる奴に、どうして同じ心配をしてやれないっ?
「触るなっ!」
どうして、こんな言葉が出てくる?
「俺の事より自分の心配をしろっ!」
なんで優しく声をかけられない?
「………っ。何で、何で俺はお前と出会ったんだ…っ。お前がいなければ俺はこんな風には絶対にならなかったっ。俺は完璧でいられた筈なんだっ」
いらない言葉ばかり出てくる。だが止められない。
きっとこれが俺の心からの本音だからだ…。
―――悔しい。
あいつの言っていた事は全て当たっている。
きっと俺は美鈴に恋をしている訳じゃない。
俺はずっと美鈴に憧れて来たんだ。
その完璧さに。
その暖かさに。
その清らかさに。
俺が決して得られない物を、努力してでしか得られない物を、美鈴は全て持っていたから。
だから焦がれた。欲した。
焦がれて。
求めて。
拒絶されて。
それでもまた求めて。
美鈴を手に入れさえすれば、俺の足りない部分を補えると、そう心の何処かで思っていたんだ。
「ガキ、丸出しじゃねぇかっ…情けないっ…」
知らず目が潤む。
それでもせめてもの矜持として、涙だけは流すまいと俺は俯いた。泣き顔だけは見せてたまるかと、グッと歯を食いしばる。
「樹先輩…」
美鈴がふらりと立ち上がり、俺の目の前に立った。
「…ッ、触るなっ。こんな状況で慰められたら、俺は、もう俺が…」
―――許せなくなる。
こんな弱い自分はいらない。
俺は強くありたいんだ。
だが美鈴は手を伸ばした。俺の頬に向かって。
あぁ、やっぱり美鈴は…葵の言うように清らかな存在なんだろう。
だから、俺は手を伸ばしてはいけなかったんだ。
美鈴の慰めを…受け入れよう。
そう思って顔を上げた、次の瞬間。
「くらえーいっ!!」
ガツンッ!!
「んぐっ!?」
一瞬何が起きたか解らなかった。
左頬がじんじんと痛みを訴えだして、しかも
「痛いじゃないっ!樹先輩っ!どうしてくれるのっ!?」
と美鈴が右拳を擦りながら文句を言ってくるから、そこでやっと俺は殴られた事に気付いた。
……は?
殴られた事は解ったが、何で殴られたのかが解らない。
そして何で俺が逆切れされてんだっ?
「はぁぁっ!?何で今俺が殴られたんだっ!?」
「決まってるじゃないっ!樹先輩が鬱陶しかったからよっ!ドヤッ!」
「いや、ドヤッじゃねぇわっ!胸張ってんじゃねぇっ!手を差し伸べた上に弾かれてしかも殴られるって何だそれっ!?」
「確かにっ!私最低じゃねっ!?」
「解ってんのかよっ!!確信犯質悪ぃなっ!!」
「仕方ないじゃないっ!!樹先輩が鬱陶しいんだものっ!!」
「悪かったなっ!!ここから脱出出来たら、もうお前には絡まねぇよっ!!離婚届だって直ぐ書いてやらぁっ!!その後に俺はもうお前の前に現れないっ!!これで満足だろうっ!?」
「……え…?」
美鈴の大きな目が更に驚きに見開かれて、そんな反応を返された事に俺も驚き言葉を失う。
「現れない、って、何で…?」
「…何でって、お前はいつも俺の事を嫌いだ嫌いだって言ってただろうが。むしろ逆に聞きたい。お前こそなんで驚いている?」
何でそんな泣きそうな顔してる?とは聞けなかった。
俺も美鈴も意地っ張りだから。
余計な言葉をかけると本音を話せなくなってしまう。
「……樹先輩の事は、嫌い…。だけど、…側にいないのも、やだ」
ぽそぽそと小さい、本当に小さい声で呟いた美鈴の言葉。
けど俺の耳にはしっかりと届いていた。
美鈴の可愛い本音が。
「美鈴…お前…」
「……うぅっ…。だ、大体っ、樹先輩より私が大人なのは当然なんですぅーっ!!」
「はぁ?どう言う意味だ?」
「あっ…」
しまった、とでも言いたげだな。
だが、その表情はすぐに引っ込ませ、それはそれは胡散臭い笑みを浮かべて「内緒」と唇に人差し指をよせた。
……あざとい奴め。
「と、兎に角っ。今は脱出っ!ここから脱出する事が優先っ!!脱出した後の事はそれから考えるっ!!それから」
「…それから?」
「…感情の生まれ方ってのは、一つじゃないよ。樹先輩。どこからでもどんな形でも自分が認めた感情に言葉を当てはめた瞬間に、それは自分が作った自分だけの感情になるんだよ」
感情の生まれ方は一つじゃない。
例えそれが執着から、プライドから生まれた感情だったとしても、その感情に俺が【恋】だと当て嵌めた瞬間に、それは俺が作り上げた俺だけの【恋】になる。
俺が、この感情を恋と言うなら、誰から何を言われようと俺は美鈴に【恋】をしていると。
ストンと、都貴に逆撫でられた心が元の形に収まった気がした。
「さぁ、樹先輩。一先ず明日の行動に備えて作戦会議しようっ」
「あぁ。そうだな」
俺は美鈴を抱きしめつつ大きく頷いた。
数秒後、「抱っこ、やーっ!!」と弾き飛ばされたが、それすらも俺は何故か嬉しくなった。
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