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最終章 数多の未来への選択編
※※※(奏輔視点)
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姫さんを失って、どれくらいの月日が経過しただろうか…。
実家に戻って来たけれど、何もする気になれず、ただ毎日を過ごすのみの日々が続いて。
けれど、それすらもどうでも良かった。
守れなかった。
今の俺にあるのは後悔のみだ。
助けると、諦めないと約束した。
なのに、俺は守る事が出来なかった。
姫さん自身も、そして姫さんの存在も。
姫さんはあの時、透馬や大地の【姫さんの記憶】を消したらしい。
目を覚ました時には、姫さんの存在も佳織さんの存在も全て覚えていなかった。
これは二人に限った事じゃない。二人に関わった人間全てその記憶を失っていた。
誰も、白鳥家の兄弟達ですら覚えてはいなかった。それでも、と俺は一縷の望みをかけて鴇に会いにも行った。
だが、鴇は……死んでいた。詳しい話は誰も聞いていないのか、それとも興味がなくなったのか解らないが、葵と棗に聞いた話だと、ある男をずっと探していたと言っていた。
その男ってのは俺の予想だと、姫さんを襲ったあの男だと踏んでいる。鴇が、あの鴇が姫さんを傷つけられて放置する筈がない。絶対に。
鴇は…鴇だけは、姫さんの記憶を持っていてくれると、どこかでそう思っていた。だから、鴇に全力で謝るつもりでいた。
(助けられなかった。殴りたいだけ殴れ、て…言うつもりやった。せやのに…死んでしもうてたら、それすらも出来ん。鴇、お前ほんま狡いで…)
俺は、失うものが多過ぎた。
芯の強さを持った憧れの女性も、何があっても繋がっていると思っていた友達も、そして、ずっとずっと大事にしたいと思っていた宝物の様な愛おしい姫も…。
(こんな…こんなん地獄や…生きてる事が辛すぎるでっ)
涙なんてもう枯れ果てた。
誰の慰めも発破も耳に入る事もない。
人形の様に、日々を過ごす。
朝体を起こして、口に入れれるものを適当に入れて、仕事をしに外へ出て、やるべき仕事をして帰宅する。昼休憩なんて取る必要を感じない。味のしない夕飯を食べて、風呂に入って寝る。
透馬と大地がたまに様子を見に来ていた気がするが、それももう俺には何の励ましにもなりはしない。
もそりと自宅のベッドで体を起こして、スーツに着替える。ネクタイを巻きつけて鞄を持ち外へと向かう。
「ちょっ、奏輔っ。あんた何処行くんっ!?」
呼ばれて、顔を横向けた。
「そのかっこ、仕事に行く気かっ?」
「アンタ、アホちゃうか?今日は休みやで」
「休み…?ほんなら、戻るわ…」
出て来た意味はなかった。
今日は仕事が休みらしい。
なら家を出る必要はない。部屋に戻ろう。
部屋なら何も聞く事も話す必要もない。
部屋に戻り、ネクタイを外して、椅子に座る。
何処を見るという事もない。視線はただただ宙を見る。定まっている筈なのに、そこに意思はない。
椅子に座って、どのくらい経過した?
窓から入る光は、赤くなっているのだろうか?
確認する気力もない。
「奏輔っ!!」
呼ばれた…?
視線を声の方へ向けると、そこには透馬の姿があった。けど、それがなんや?
動く価値もない。
視線を戻す。だが、それは許されなかった。
肩を強引に掴まれ揺さぶられる。
「お前っ、いい加減にしろよっ」
「………」
「俺を、俺達をいつまでも無視しやがってっ!」
「………」
「俺達は親友じゃなかったのかよっ!」
親友…?親友…。
「……ハハ…」
渇いた笑いが口から零れた。
何で笑ったのか、自分にも解らない。
だが、それが透馬の逆鱗に触れたらしい。
次の瞬間には頬に衝撃が走っていた。
椅子から落ちるほどではないにしても、それなりの衝撃があり、口の中が切れて唇の端から血が流れた。
「何がおかしいっ!?俺達が親友を心配するのがそんなにおかしいことかっ!?お前、鴇の死を無駄にする気かっ!」
「鴇の、死…?」
「あいつは、俺等に何かしらを伝える為に死んだんだっ!」
「……ハハ…ハハハハッ!」
透馬の勝手な解釈に笑いがおきる。鴇がしたかったのは俺達に何かを伝える事じゃない。鴇がしたかったのは、大事な妹を、鴇本人ですら気付いていない恋しくて愛おしい人を救う事だ。
本当なら、こいつらだってそれは解ってたはずだ。なのに…。
「奏輔っ」
「ッ、うるさいわっ!!」
握った拳で力の限り透馬の頬を殴りつけた。
「ぐっ…」
「鴇が、何を思って、誰を想って死んだと思うとるっ?姫さんの、優しさにぬくぬくと救われたお前らには絶対に解らんっ!!」
「奏輔…、お前…」
一度切られた堰は溢れて止まらない。
「皆、皆佳織さんが忘れさせたっ。姫さんの記憶も、佳織さんの記憶もっ。せやけど、【今】この【世界】で俺等がここまで結束を持てたのは、誰のおかげやっ!?鴇と一緒に守りたいと俺等が思っとったのは誰やっ!?」
呆然とする透馬の胸倉を掴んで、壁に押し付けた。
「姫さんやろがっ!!」
「奏輔…」
「思い出せんかっ!?そうやろなっ!!お前らは最後の最後まで姫さんに守られとったもんなっ!?」
もう、枯れ果てたと思っていた涙が溢れ頬を流れる。
「…俺は、俺はもう、お前らを親友とは思えん。俺達を繋いでいた鴇と姫さんの気持ちを解らんお前らはもう、俺の知ってるお前らじゃないっ」
「………」
胸倉を掴んだまま俺は俯いた。
そんな俺の腕にそっと細い手が置かれた。
「……奏輔」
「桜お姉…」
「家を破壊する気?その手、離しぃ。ゆっくりでええから…」
桜お姉の手が俺の指を一本一本外していく。
強張った手をゆっくりと撫でてくれる。
「大地。透馬連れて今日の所は帰ってくれる?」
「…分かったー」
何か言いたげな様子の大地に、咲お姉がさっさとしろと言わんばりに顎で指示する。大地はいつものようにずかずかと部屋に入ってきて放心状態の透馬を肩に担ぐと部屋を出て行った。
咲お姉がドアを閉めて、俺を心配そうに見上げてくる。
「奏輔。……何があったか、話ぃ」
「桜お姉…」
「そうやで、奏輔。ウチらを誰やと思っとるん?アンタの尊敬するお姉様達やで?アンタの悩みなんてウチらがあっという間に解決してみせるわ」
「咲お姉…」
「ほら、まず座ろか」
片手ずつお姉達が俺の手を握ってくれる。
すると途端にまた涙が溢れだした。
引っ張られるままにベッドに座り、両サイドにお姉達が座った。
一体何があってこうなったのか。
聞かれたまま答えた所で、お姉達にとっては嘘や出鱈目、下手すると頭がいかれたと思われるかもしれない。
だけど、俺は、俺にはもうこの辛さを一人で背負うのは無理だった。
どれくらい話しをしていただろうか。
お姉達はただ、うん、うんと頷いて聞いていてくれて。
一通り話終わった所で、頬を伝っていた涙も止まり暫しの沈黙が訪れた。お姉達もこんな荒唐無稽な話。きっと信じていないだろう。
きっと慰めの言葉だけで終わりだ。…それでも、心は少し軽くなった気がする。それはお姉達のおかげだ。お姉達に感謝を告げないと、とゆっくり顔を上げたその時。
―――パァンッ!!
「ッ!?!?」
両方からビンタをかまされたっ!?
桜お姉は左から、咲お姉は右から振り被って叩いたらしい。
二人共俺の前に立ち、腕を組んで見下ろしている。
「一体、そこまで思い悩むから何かと思えば…」
「全くもって情けないっ!!」
「………へ?」
思わず気の抜けた声が漏れた。
「奏輔っ、アンタ惚れた女の一人も守れなかったんかっ!?」
「しかも、守れなかったからと失ったと、うじうじうじうじしてたんかっ!?」
「「情けないっ!!」」
サラウンドの説教は、久しぶりや…。思わず遠い目をしてしまう。
「アンタが大好きだった女を守れなかったのは解った。けどその後はなんやっ!?」
「やれること、ホンマにないんかっ!?そんな不思議な力を使えるようになったんなら、それで彼女を復活させるの一つや二つやってみせんかいっ!!」
「……ふっか、つ…?」
心にジャブを喰らった感じがした。
「試せることはもうないんっ!?」
「アンタは全力を出し切ったんっ!?」
「全力…」
更に追撃を受けて、目から鱗が零れ落ちそうになる。
「そもそもアンタは昔っからそうやっ!ちょーっと頭が良いからって、何も動かず結果だけ受け入れる。そんなんやから一つの失敗でうじうじするんやっ!」
「失敗は成功の母言うやろっ!人の命を失敗で失ったのは辛いかも知れん、しんどいかもしれへんっ!けどっ、失ったからこそ出来る事かてあるんやないのっ!?」
「…姉、ちゃ…ん…」
驚き思考が止まっている俺に、桜お姉の両手が顔を包みぐいっと引っ張られ、間近で目を合わせられる。
「動きや、奏輔。アンタはウチらの自慢の弟やろ」
「姉ちゃん…」
「大丈夫や。何があっても姉ちゃん達はアンタの味方や」
「姉ちゃん達はアンタを導いてやるから。だから安心して胸を張って歩き」
咲お姉が桜お姉ごと俺を抱きしめた。
お姉達の優しさが、強さが心に深く深く染み込んでいく。
そうや。
俺にはまだやれる事があるかもしれない。
姫さんに諦めないと言った。姫さんが無理だともう無理だと泣いて叫んだ。
それを俺が覆してやらずにどうする。
前世の事を含めて、姫さんにとって一番相談しやすいのは俺や。そんな俺が姫さんの役に立たずにどうする。
「姉ちゃん達…。ありがとう…」
「……ええんよ」
「俺、やるわ。…取り返して見せる」
「うん。それでええ。ええけど」
咲お姉がそっと俺をベッドに押した。
「今はゆっくり眠りぃ。そんな顔色で頭なんか回らんわ」
「…アンタが寝付くまでちゃんと見張るからな」
二人の言葉が幼かった頃を思い出し、思わず笑みが浮かぶ。
「……姉ちゃん達。この、慰め方、俺にしか通用せんよ…?他の男にやったら間違いなく引かれるで…」
「うるさいで。さっさと寝てまぃな」
「……うん。お休み…」
目を閉じると俺の視界は闇に閉ざされ、思考はゆっくりと睡魔に呑まれて行った。
「…姉ちゃん、か」
「奏輔がウチらをそう呼んだの、いつぶりやろ?」
「結構経つんやないの?確か鴇くん達と会う前やったと思うけど…。咲、そっちの毛布取って」
「奏輔にかければええの?」
「そう。……やっと寝たみたいやな」
「………天使が、亡くなってたなんて思ってもなかったわ…」
「…しゃーないやろ。…どうやらウチらは記憶を操作されていたみたいやしね」
「けど、…あの笑顔、もう、見れないんやと思うと…」
「…辛いわ。……けど、それ以上に、うちの可愛い弟を泣かせたんは罪やで…」
「確かに。…今度遭うたら、ほっぺた、抓ってやるから、覚悟しとき……ふぇ…っ」
「……再開したらまずはお仕置きやで、美鈴ちゃん……うぅっ」
お姉達が静かに泣いていたのを、俺は一生知る事はない…。
実家に戻って来たけれど、何もする気になれず、ただ毎日を過ごすのみの日々が続いて。
けれど、それすらもどうでも良かった。
守れなかった。
今の俺にあるのは後悔のみだ。
助けると、諦めないと約束した。
なのに、俺は守る事が出来なかった。
姫さん自身も、そして姫さんの存在も。
姫さんはあの時、透馬や大地の【姫さんの記憶】を消したらしい。
目を覚ました時には、姫さんの存在も佳織さんの存在も全て覚えていなかった。
これは二人に限った事じゃない。二人に関わった人間全てその記憶を失っていた。
誰も、白鳥家の兄弟達ですら覚えてはいなかった。それでも、と俺は一縷の望みをかけて鴇に会いにも行った。
だが、鴇は……死んでいた。詳しい話は誰も聞いていないのか、それとも興味がなくなったのか解らないが、葵と棗に聞いた話だと、ある男をずっと探していたと言っていた。
その男ってのは俺の予想だと、姫さんを襲ったあの男だと踏んでいる。鴇が、あの鴇が姫さんを傷つけられて放置する筈がない。絶対に。
鴇は…鴇だけは、姫さんの記憶を持っていてくれると、どこかでそう思っていた。だから、鴇に全力で謝るつもりでいた。
(助けられなかった。殴りたいだけ殴れ、て…言うつもりやった。せやのに…死んでしもうてたら、それすらも出来ん。鴇、お前ほんま狡いで…)
俺は、失うものが多過ぎた。
芯の強さを持った憧れの女性も、何があっても繋がっていると思っていた友達も、そして、ずっとずっと大事にしたいと思っていた宝物の様な愛おしい姫も…。
(こんな…こんなん地獄や…生きてる事が辛すぎるでっ)
涙なんてもう枯れ果てた。
誰の慰めも発破も耳に入る事もない。
人形の様に、日々を過ごす。
朝体を起こして、口に入れれるものを適当に入れて、仕事をしに外へ出て、やるべき仕事をして帰宅する。昼休憩なんて取る必要を感じない。味のしない夕飯を食べて、風呂に入って寝る。
透馬と大地がたまに様子を見に来ていた気がするが、それももう俺には何の励ましにもなりはしない。
もそりと自宅のベッドで体を起こして、スーツに着替える。ネクタイを巻きつけて鞄を持ち外へと向かう。
「ちょっ、奏輔っ。あんた何処行くんっ!?」
呼ばれて、顔を横向けた。
「そのかっこ、仕事に行く気かっ?」
「アンタ、アホちゃうか?今日は休みやで」
「休み…?ほんなら、戻るわ…」
出て来た意味はなかった。
今日は仕事が休みらしい。
なら家を出る必要はない。部屋に戻ろう。
部屋なら何も聞く事も話す必要もない。
部屋に戻り、ネクタイを外して、椅子に座る。
何処を見るという事もない。視線はただただ宙を見る。定まっている筈なのに、そこに意思はない。
椅子に座って、どのくらい経過した?
窓から入る光は、赤くなっているのだろうか?
確認する気力もない。
「奏輔っ!!」
呼ばれた…?
視線を声の方へ向けると、そこには透馬の姿があった。けど、それがなんや?
動く価値もない。
視線を戻す。だが、それは許されなかった。
肩を強引に掴まれ揺さぶられる。
「お前っ、いい加減にしろよっ」
「………」
「俺を、俺達をいつまでも無視しやがってっ!」
「………」
「俺達は親友じゃなかったのかよっ!」
親友…?親友…。
「……ハハ…」
渇いた笑いが口から零れた。
何で笑ったのか、自分にも解らない。
だが、それが透馬の逆鱗に触れたらしい。
次の瞬間には頬に衝撃が走っていた。
椅子から落ちるほどではないにしても、それなりの衝撃があり、口の中が切れて唇の端から血が流れた。
「何がおかしいっ!?俺達が親友を心配するのがそんなにおかしいことかっ!?お前、鴇の死を無駄にする気かっ!」
「鴇の、死…?」
「あいつは、俺等に何かしらを伝える為に死んだんだっ!」
「……ハハ…ハハハハッ!」
透馬の勝手な解釈に笑いがおきる。鴇がしたかったのは俺達に何かを伝える事じゃない。鴇がしたかったのは、大事な妹を、鴇本人ですら気付いていない恋しくて愛おしい人を救う事だ。
本当なら、こいつらだってそれは解ってたはずだ。なのに…。
「奏輔っ」
「ッ、うるさいわっ!!」
握った拳で力の限り透馬の頬を殴りつけた。
「ぐっ…」
「鴇が、何を思って、誰を想って死んだと思うとるっ?姫さんの、優しさにぬくぬくと救われたお前らには絶対に解らんっ!!」
「奏輔…、お前…」
一度切られた堰は溢れて止まらない。
「皆、皆佳織さんが忘れさせたっ。姫さんの記憶も、佳織さんの記憶もっ。せやけど、【今】この【世界】で俺等がここまで結束を持てたのは、誰のおかげやっ!?鴇と一緒に守りたいと俺等が思っとったのは誰やっ!?」
呆然とする透馬の胸倉を掴んで、壁に押し付けた。
「姫さんやろがっ!!」
「奏輔…」
「思い出せんかっ!?そうやろなっ!!お前らは最後の最後まで姫さんに守られとったもんなっ!?」
もう、枯れ果てたと思っていた涙が溢れ頬を流れる。
「…俺は、俺はもう、お前らを親友とは思えん。俺達を繋いでいた鴇と姫さんの気持ちを解らんお前らはもう、俺の知ってるお前らじゃないっ」
「………」
胸倉を掴んだまま俺は俯いた。
そんな俺の腕にそっと細い手が置かれた。
「……奏輔」
「桜お姉…」
「家を破壊する気?その手、離しぃ。ゆっくりでええから…」
桜お姉の手が俺の指を一本一本外していく。
強張った手をゆっくりと撫でてくれる。
「大地。透馬連れて今日の所は帰ってくれる?」
「…分かったー」
何か言いたげな様子の大地に、咲お姉がさっさとしろと言わんばりに顎で指示する。大地はいつものようにずかずかと部屋に入ってきて放心状態の透馬を肩に担ぐと部屋を出て行った。
咲お姉がドアを閉めて、俺を心配そうに見上げてくる。
「奏輔。……何があったか、話ぃ」
「桜お姉…」
「そうやで、奏輔。ウチらを誰やと思っとるん?アンタの尊敬するお姉様達やで?アンタの悩みなんてウチらがあっという間に解決してみせるわ」
「咲お姉…」
「ほら、まず座ろか」
片手ずつお姉達が俺の手を握ってくれる。
すると途端にまた涙が溢れだした。
引っ張られるままにベッドに座り、両サイドにお姉達が座った。
一体何があってこうなったのか。
聞かれたまま答えた所で、お姉達にとっては嘘や出鱈目、下手すると頭がいかれたと思われるかもしれない。
だけど、俺は、俺にはもうこの辛さを一人で背負うのは無理だった。
どれくらい話しをしていただろうか。
お姉達はただ、うん、うんと頷いて聞いていてくれて。
一通り話終わった所で、頬を伝っていた涙も止まり暫しの沈黙が訪れた。お姉達もこんな荒唐無稽な話。きっと信じていないだろう。
きっと慰めの言葉だけで終わりだ。…それでも、心は少し軽くなった気がする。それはお姉達のおかげだ。お姉達に感謝を告げないと、とゆっくり顔を上げたその時。
―――パァンッ!!
「ッ!?!?」
両方からビンタをかまされたっ!?
桜お姉は左から、咲お姉は右から振り被って叩いたらしい。
二人共俺の前に立ち、腕を組んで見下ろしている。
「一体、そこまで思い悩むから何かと思えば…」
「全くもって情けないっ!!」
「………へ?」
思わず気の抜けた声が漏れた。
「奏輔っ、アンタ惚れた女の一人も守れなかったんかっ!?」
「しかも、守れなかったからと失ったと、うじうじうじうじしてたんかっ!?」
「「情けないっ!!」」
サラウンドの説教は、久しぶりや…。思わず遠い目をしてしまう。
「アンタが大好きだった女を守れなかったのは解った。けどその後はなんやっ!?」
「やれること、ホンマにないんかっ!?そんな不思議な力を使えるようになったんなら、それで彼女を復活させるの一つや二つやってみせんかいっ!!」
「……ふっか、つ…?」
心にジャブを喰らった感じがした。
「試せることはもうないんっ!?」
「アンタは全力を出し切ったんっ!?」
「全力…」
更に追撃を受けて、目から鱗が零れ落ちそうになる。
「そもそもアンタは昔っからそうやっ!ちょーっと頭が良いからって、何も動かず結果だけ受け入れる。そんなんやから一つの失敗でうじうじするんやっ!」
「失敗は成功の母言うやろっ!人の命を失敗で失ったのは辛いかも知れん、しんどいかもしれへんっ!けどっ、失ったからこそ出来る事かてあるんやないのっ!?」
「…姉、ちゃ…ん…」
驚き思考が止まっている俺に、桜お姉の両手が顔を包みぐいっと引っ張られ、間近で目を合わせられる。
「動きや、奏輔。アンタはウチらの自慢の弟やろ」
「姉ちゃん…」
「大丈夫や。何があっても姉ちゃん達はアンタの味方や」
「姉ちゃん達はアンタを導いてやるから。だから安心して胸を張って歩き」
咲お姉が桜お姉ごと俺を抱きしめた。
お姉達の優しさが、強さが心に深く深く染み込んでいく。
そうや。
俺にはまだやれる事があるかもしれない。
姫さんに諦めないと言った。姫さんが無理だともう無理だと泣いて叫んだ。
それを俺が覆してやらずにどうする。
前世の事を含めて、姫さんにとって一番相談しやすいのは俺や。そんな俺が姫さんの役に立たずにどうする。
「姉ちゃん達…。ありがとう…」
「……ええんよ」
「俺、やるわ。…取り返して見せる」
「うん。それでええ。ええけど」
咲お姉がそっと俺をベッドに押した。
「今はゆっくり眠りぃ。そんな顔色で頭なんか回らんわ」
「…アンタが寝付くまでちゃんと見張るからな」
二人の言葉が幼かった頃を思い出し、思わず笑みが浮かぶ。
「……姉ちゃん達。この、慰め方、俺にしか通用せんよ…?他の男にやったら間違いなく引かれるで…」
「うるさいで。さっさと寝てまぃな」
「……うん。お休み…」
目を閉じると俺の視界は闇に閉ざされ、思考はゆっくりと睡魔に呑まれて行った。
「…姉ちゃん、か」
「奏輔がウチらをそう呼んだの、いつぶりやろ?」
「結構経つんやないの?確か鴇くん達と会う前やったと思うけど…。咲、そっちの毛布取って」
「奏輔にかければええの?」
「そう。……やっと寝たみたいやな」
「………天使が、亡くなってたなんて思ってもなかったわ…」
「…しゃーないやろ。…どうやらウチらは記憶を操作されていたみたいやしね」
「けど、…あの笑顔、もう、見れないんやと思うと…」
「…辛いわ。……けど、それ以上に、うちの可愛い弟を泣かせたんは罪やで…」
「確かに。…今度遭うたら、ほっぺた、抓ってやるから、覚悟しとき……ふぇ…っ」
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