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最終章 数多の未来への選択編

※※※(大地視点)

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「もー少ーし早く来てくれるものだと思ってたのだけど。こんなダンジョンの一つや二つ、一時間で突破しなさいな」
「いやいや、無茶言わないでくれー。これでもかなり急いだんですよ、佳織さん」
普通に会話が出来てる。
これならば近づいても大丈夫だろう。
玉座に座っている佳織さんは黒いドレスを着ていて如何にも悪玉と言えそうな姿だった。その所為か、
「ちょっ、大地さんっ。そんなに近づいて大丈夫なんスかっ!?」
小次郎が焦ってオレの腕を引っ張った。
「大丈夫だよー。この人はオレが助けたい女の子の母親だからー」
「母、親…?」
「そー」
母親兼ラスボスとは口にしないでおく。
それを口にしたら小次郎が今以上に警戒しそうだからな。ついでに何言ってんだとオレまで警戒されそうだし。
オレが口調を元に戻した事で小次郎が警戒してくれたが、それ以上に警戒されると今度は動き辛くなる。
「美人でしょー」
「そうっスねー。怖い位の美人っスー」
「あらやだーっ!褒めてもお金しか出ないわよっ!はい、お駄賃」
褒められた佳織さんが満面の笑みを浮かべ、小次郎に駆け寄りその手に五百円玉を握らせた。
「あ、ど、どもっス」
面食らった小次郎はさておき。
「それでー?佳織さんはどうしてここに?と言うかー、直球で聞いちゃいますけど、本物ー?」
「本物よ。大地くんの事だから大体の想像は付いているでしょう?…ねぇ?」
ね?に込められた恐怖。
これ以上ないってくらい圧を感じる。
いや、まぁ、大体の想像は付いているが、オレが聞きたいのは、姫ちゃんの為にいるのかどうか。もしくはここにいるのは本物の佳織さんなのか。突き詰めていけば、信用して良いのか、どうかなのである。
「…にしても…ヒロイン補正がここまで強いものとは思っても見なかったわ。…付いてらっしゃい」
玉座の方へ歩きだす佳織さんが付いて来なさいと言ったので、大人しくついていく。
玉座の横を通る時、さっきまで佳織さんが座っていた椅子を見ると、立派だけれどどうやら石で出来ておりちょっと驚く。
「その椅子ねー。すっごくお尻痛くなるのよ~。でも座って待ってなきゃいけないし。辛かったわ」
「ああー…」
確かに痛そう。
赤い絨毯が敷かれている範囲を過ぎて、佳織さんは先頭をきってどんどん奥へと進んで行く。
時折、何かしら今まで戦ってきたアンデット系の敵の気配を感じるが、何故か佳織さんが横を通ると全てその気配は消えて行く。
…ラスボスの本領発揮か?…それだけじゃない気もするが。
佳織さんが案内するままに付いて行くと、大きな壁にぶち当たった。
壁と言うかドアか?
ごてごてと装飾されている…扉だ。何と言うか、こう…宝物殿の頑丈な扉、とでも表現すればいいのか。
とにかくご立派な扉があるのだ。
「…ここが、『最終決戦の場』よ」
「最終決戦の場?」
言葉の意味は解っても、言葉の真意を理解出来ない小次郎が首を傾げている。
『最終決戦の場』
恐らく姫ちゃんがいたら、ここで佳織さんと姫ちゃんとの一騎打ちがあるんだろう。
そして、佳織さん(ラスボス)を倒して、姫ちゃん(主人公)は求めていたものをゲットする、と。姫ちゃんが言うには乙女ゲームらしいから、その後はエンディングで誰かと恋人関係になる、までがセットかな?
「まぁ、こんな扉はあっさりと開けちゃっていいとして」
バァンッ!
とあっさり開けてしまう佳織さんにオレ達はポカンだ。
片手でオレの背丈の倍はありそうな扉を開けたんだから仕方ないと思わないか?
ぽかんと口を開けて呆けているオレ達を置いて、佳織さんはどんどん奥へと進む。
オレと小次郎が入った時点で、扉は大きな音を立てて閉まった。
「さて、と…確かあちらの宝箱に…」
佳織さんが山程ある大判小判、価値ある刀剣、いつに作られたか解らない壺等の陶器類等々の中から小さな小瓶を二つ取り出した。
「ここにこのダンジョン…管理地と言った方がいいかしら?まぁ、いいわ。とにかくここでかけられた呪いを解呪する薬があるわ」
「本当っスかっ!?」
「勿論本当。けれど、この薬には少々問題があってね」
「問題?」
「そう。まず一つは『一つの呪いしか解けない』ってこと」
「一つ…。要するに『複数の呪いがかけられてたら、一つは解けても他は解けない』そう言う事ですか?」
「そうね。それもあるわ。それ以外にも例えば、複数人同じ呪いがかけられてたとする。そうなるとその中の『一人』しか呪いを解く事しか出来ないのよ」
「えっ!?、じゃ、じゃあ」
小次郎はゆっくりとオレの方を向く。
言いたい事は解る。佳織さんが持っている瓶は二つだ。
けど、まだ諦めるには早い。
薬を使うと呪いは解けると解ってるなら、もう少しの猶予はある筈だ。
「因みに佳織さん。その薬は佳織さんが持っているので全てですか?」
「そうよ」
「言い切れる?」
「言い切れるわ。私は貴方よりも早くここに来ていたから」
「早くに来ていた?と言うと?」
聞き返すと佳織さんが一瞬言葉に詰まる。
佳織さんの視線がスッと小次郎に移った。だが、オレが大丈夫だと首を横に振ると、小さく息を吐きだして説明を続けてくれた。
「言葉の通りよ。美鈴が表門に狙われ始めた時。要するに御三家ルートが開始された時、私は美鈴や貴方達に頼まれて、旭達を安全な場所へ連れて行った。安全な場所ってのはまぁ要するに誠さんの所なんだけどそれは今は関係ないから置いとくとして。けれど連れて行った瞬間に私はヒロイン補正の強制力が働いて、突然足下に現れた穴に落ちて、気付けばここに落とされていたわ。もう痛いのなんのって。だって考えてごらんなさいよ。ここ、岩よ?岩場よ?そこに落とされたのよ?痛いでしょうよ」
「強制力…」
「ここまで強い強制力は初めてだったわ。それでここに落とされた私に出来る事と言ったら、探索しかないじゃない?外に出ようにも強制力で全然外に出られないんだもの。まぁ、おかげで誰のルートに固定されたか解ったけどね」
笑う佳織さんに、どんな表情を返していいか解らずに苦笑を零す。
「貴方のルートに行くのは正直あんまり想定していなかったから、驚いたわ。ほら、御三家の三人の中で貴方は一番男らしいから。見た目も中身もね。とにかく、探索を続けて、それはもう壁の隅から隅まで探して、出て来たモンスターは全て従えて、モンスターを使って探索までしたのにも関わらず、見つけたのはその二つだけ。一つは、三層のボスから。一つはこの宝の山の中から見つけたの」
「三層のボス?もしかして、あの黒い…」
「あの滅茶苦茶強い奴っスかっ!?」
「あら?そこまで強かったかしら?一発殴ったらすごすご戻って行ったけれど。追い掛けてもう一発殴ったら、勘弁してくれってこれをくれたのよ」
「………」
見るな、小次郎。
そんな目でオレを見るな。
見られても、こう言う人なんだとしか言いようがない。
納得しろ。
佳織さんはそうなんだと納得するしか自衛は無い。
「けど、それならその三層のボスをもう一度しばけば、何個か薬手に入るんじゃ?」
「もうないって言われたわ。何度かついでに殴って脅してみたけれど、本当にないみたい」
「そこまでいったならいっそ止めを刺してくれたら良かったのにー。そうしたら姫ちゃんだって呪いにかかったりはしなかったのに」
「……ちょっと待ちなさい」
「え?」
佳織さんの目がきりきりと吊り上がって行く。
超怖ぇー…。
つかつかとヒールを鳴らして、オレの前に立つと、視線は下からなのに恐ろしい程の圧を感じる。
「大地くん。今何て言ったのかしら?」
「え?」
「美鈴が呪いにかかった。そう言ったのかしら?」
何でこんなに怒ってるのか解らないけれど、頷く。
「……まさか…。どうしてそうなったの?私は全てのモンスターに呪い関係の攻撃を禁止したはずなのに。何層のモンスターなの?大地くん」
「三層のモンスター。オレと小次郎二人で何とか封印を」
「三層ね」
パチンッ。
佳織さんが指を鳴らした。
オレの話は途中でぶった斬られたけど、今は命が惜しいので突っ込まない。
それよりも、今頭の方から鳥肌が立つ気配が近寄って来てるんだが…。
『……ヨンダ、カ?』
「えぇ、呼んだわ。貴方、私の言葉がまだ理解出来なかったのかしら?」
ブワッと佳織さんの方からも恐ろしい殺気を感じる。
正直上から感じる三層の敵の方がまだましだと思えるなんて…佳織さんマジ怖ぇー…。
『リ、理解、シテル。ダカラ、ソイツラ呪ッテ、ナイ。ソイツラ、命、落トサナイ。ソイツラノ大事ナ物、壊ス、呪イニシタ』
「あ…あぁー…」
佳織さんが崩れ落ちた。
オレ達の封印が何も意味を成さなかった事よりも、佳織さんから聞こえる小さな「どうしてくれようかしら…ふふ、ふふふ…」って言葉の方が何百倍も怖い。
『………用ガソレダケナラ、帰ル…』
どうやら奴は逃げる気のようだ。その気持ち、少しだけ解る。
だが、佳織さんが逃がしてくれる訳がない事もオレは知っている。
気配が遠ざかると同時に、佳織さんはオレ達にここで少し待つように告げて、光の速さで来た道を戻って行った。
暫く待っていると、天井からパラパラと砂やら小石が落ちてきて、洞窟ない全体が揺れているように感じたけれど、何にも考えない。それが精神の安定に一番効く。
また少し待っていると、息一つ乱していない佳織さんが戻って来た。手には何やら黒い蔦のようなものが握られてる気がするが、きっと気の所為なんだと思う。
「さて、話を戻しましょう。美鈴がかけられた呪いは、大地くんを経由している。同じく、そこの子…小次郎くん、で合ってるのかしら?」
「は、はいっス」
「小次郎くんの彼女も小次郎くん経由で呪いにかかっているのね?そして、表門の人間達も呪いにかかっている…。だとしたら考えるまでもないわね。大地くんと小次郎くんが薬を使って解呪しなさい」
「い、いいんスかっ!?」
「勿論よ」
佳織さんからオレと小次郎に一つずつ瓶が渡される。
小次郎は嬉しそうに笑うが、オレは同じように笑う事が出来ない。
いや、小次郎が呪いを解く分には良い。それは当然の権利だし、小次郎の彼女の為にも小次郎の為にもそれでいいと思う。
けど、オレは…。
引っかかってる事がある。
「佳織さん。ちょっと聞きたいんだけど」
「何かしら?」
「この薬は二本しかない。それは確かですよね?」
「えぇ、そうよ」
「他の管理地には解呪の薬はないんですか?」
「……モンスターを使って調べてみたけれど、無かったわ」
恐らくここが乙女ゲームのダンジョンだからこそあったのかもしれない。
そう、佳織さんは小さく囁くように呟いた。
薬はもうない。
「佳織さん。本来、この一本は予備ですか?」
乙女ゲーム本来のダンジョンと考えて、この解呪の薬は一つで事足りるのに、二つあるのは予備と捉えて良いんですか?
先程の言葉の中に、意味を込めるとそうなる。
そしてその含みを込みで佳織さんは理解してくれて、静かに首を横に振った。
「『予備』ではなく、使用されなかった『別ルート』の名残よ」
『予備』ではないが、ゲーム製作中で別ルートとして利用しようとしていたが使用する事が諸事情により出来なくなった時の名残だと、佳織さんは答える。
「…佳織さんは、姫ちゃんが呪いにかけられないように動いていた?」
「えぇ。実際美鈴に本来かけられる筈の呪いは別の人間に行くように仕向けていたわ」
別の人間に…?
視線が小次郎に行く。けれど、小次郎は違う。オレ達は一緒に行動していたし、佳織さんは小次郎の事を知らなかった。
じゃあ、一体誰に?
表門の連中が呪いにかかったのは、完全に自業自得だ。佳織さんが呪いがかかってもいいと思っている相手。一体誰だ?と考えるまでもなかった。
「佳織さん。それでかかったんですか?姫ちゃんにかけられるはずだった呪いは」
「…それが、かからなかったのよ。理由が何なのかははっきりしないけれど、これもまたヒロイン補正の一つなのかしらね」
「…成程」
佳織さんは本来、姫ちゃんにかかる筈だった呪いを自分にかけようとした。だがかからなかった。
……嘘だな。
こう言う時の自分の勘は信じて良いはずだ。
佳織さん、呪いにかかってる。絶対に。
それともう一つ。佳織さんは隠してる。
佳織さんは薬をもう一つ持ってる。
何故なら、佳織さんは別ルートの名残と言っていた。
もしそれが本当なら、『御三家ルート』の別ルートだ。透馬と奏輔の二つは無いとおかしいんだ。
佳織さんは何故それを隠しているのか。
それも考えると直ぐに解る。
オレと姫ちゃんはきっとこの薬を表門の連中に使えと言うだろうと読んでいるんだ。
だから、もしそうなった時の為に、オレにこの薬を飲ませようと、姫ちゃんを助けようと考えてるに違いない。
さて、どうする?
解呪しなければいけない人間は四人。小次郎、佳織さん、オレ、表門の呪いを受けた奴の四人。
表門の人間は恐らく大切なモノは、表門の子供と常に考えていたんだろう。だから呪いは表門の血を継ぐ子供全員に振りかかった。逆に言えば、そいつの呪いが解ければ子供達は一斉に回復する。
だからさっきも言った通り、解呪しなければいけない人間は四人。
優先順位から行って、まず小次郎は絶対だ。
これは考える必要がない。
小次郎の手に渡ったのは小次郎のもの。それで良い。
問題は残る三人だ。
…姫ちゃんの性格を考えるなら、助けるべくは表門の人間、佳織さんを選ぶべきだろう。
だが、オレの本心は表門の連中なんてどうでもいいからオレと佳織さんに使用して、直ぐに姫ちゃんを救ってやりたい。
どうしたらいい?
姫ちゃんを助けたい。
その一心でここまで来たのに、待ってたのはこんな選択だなんて…。
「大地くん。小次郎くん。ほら、はやく使っちゃいなさい」
「は、はいっス!」
キュポッと瓶の蓋が開けられて、小次郎はその中を覗く。
「これってどう使ったらいいんスかね?」
「さぁ。中ってどうなってるの?振った感じ液体だったから飲めばいいのかな?って思ってたのだけど」
「でも、これ何かぷるぷるしてるっスよ?」
「あら、本当。うぅ~ん、あれじゃない?飲むゼリーみたいに蓋して振って崩してから飲んでみたら?」
「成程っス。やってみるっス」
もう一度蓋をして、数回振って、程よく崩れたそれを小次郎は一気に煽った。
「……まっずっ!」
「まぁ、そもそも黒い液体だったし、美味しい訳ないわよねぇ」
笑って答えた佳織さんに笑顔で答えた小次郎の手が光る。
次の瞬間には、呪いの印は綺麗に消えてなくなっていた。
「これで、本当に呪いは解けたっスか?」
「えぇ。大丈夫のはずよ。不安なら一度外に出て大事なものが無事かどうか確認して来たらどうかしら?」
「そうするっス!!大地さん、いいっスかねっ!?」
「あぁ。行って安心したらいいよー」
「ありがとうっス!!ついでに入口の馬鹿な先輩も回収していくっス!!」
「よろしくー」
小次郎は小瓶をポケットにしまって、そのまま来た道を戻ろうとしたが。
「あ、待った。小次郎くん。玉座の真横に階段があるからそこから行った方が近道よ」
「了解っスーっ!!」
駆け抜けて行く小次郎の足は軽やかだ。
あの軽やかさのまま、馬鹿な先輩ごと引き摺って行くんだろう。
一先ず小次郎だけでも助かった事に安堵する。
「ん?あれ?」
「どうしたの?大地くん」
「ほらこれー」
「?、車の鍵?」
「そうそう。あいつ走って病院まで行くつもりなのかなー?…佳織さん、ちょっと届けてくるー。ちょっとだけ待っててー」
「はいはーい。ついでだから、ここの小判袋にでも詰めて持ってってあげたら」
「おー、それもいいかも、って言いたい所だけど、あいつ意外と足早いんで。追い付けなくなると困るからそれは後でにするしますー。んじゃ、ちょっと行ってきまーす」
告げて小次郎の後を追う。
佳織さんは手を振って見送ってくれる。
オレは佳織さんの視線が届かなくなった瞬間に、一気にスピードを上げて小次郎を追い掛けた。
幸い小次郎はまだ玉座の付近にいた。
「小次郎っ」
「うおっ!?どうしたっスか?」
オレの声に気付いた小次郎は、急いでいると言いながらも戻って来てくれる。
「頼みがある」
「頼み?なんスか?何でも聞くっスよっ!」
小次郎のその言葉に安堵して、オレは小次郎の首に腕を回し引き寄せた。
「(この薬をお前に渡すから、その空瓶をオレにくれ)」
「(それは良いんスけど、何で…?)」
「(それが必要だからだ。それと、表門の子供達の呪い。あれの大本の奴にこの薬を使って解呪しろ。いいな?)」
「(な、何言ってるんスかっ!そんなことしたら大地さんがっ!)」
「(…頼んだからな)」
小次郎から空瓶を奪い、代わりにその手にオレの持っていた瓶とそして念の為に車の鍵を乗せて、オレは再び佳織さんの下へと向かった。
「大地さんっ!!」
呼び止める声が聞こえるけれど、オレがそれに振り返る事はなかった。

佳織さんのいる下へ戻ると、佳織さんは楽し気に何かを見ていた。
「何見てるんですかー?」
「これ?これはねー。美鈴の小さい時の写真。見たいー?」
「見たいですっ!」
正座待機。
小さい頃。幼児の頃の写真はオレもかなりの数持ってるけど、更に小さい時ってなると話は別である。
はいと手渡されたのは、ボロボロの写真だった。
しかもそこに写ってたのは佳織さんじゃなくて、黒髪の…。
「…何故かここにあったのよね。前世の私と、生まれたばかりの美鈴…いいえ、華の写真が」
って事はこれは前世の佳織さんと、姫ちゃん?じゃあ、こっちに写ってるのは…。
姫ちゃんの父親?とは流石に聞けなかった。
前世の人間で、しかも佳織さんは姫ちゃんを残して逝ったと聞く。そんな人に前世の最愛の人かと聞くのは酷だろうから。
「でもなんでここにそんな写真が…?」
写真の姫ちゃんは、黒髪の可愛い女の子で。父親らしき男性の腕に抱き上げられて嬉しそうに楽しそうに笑っている。笑い方は今の姫ちゃんと変わらないな。
ふっと笑みが浮かぶ。
「この世界はほんと何でもありだから、もう今更不思議に思ったりはしないけど。…これは一体誰が所持していた写真なのか、気になるわね」
苦笑しながら言う佳織さんは切なそうに言った。
オレはなんて言っていいのか解らず、ただその写真を見つめた。
「あら、いけない。こんなにしんみりしてる暇はないのよね。ほらほら、大地くん。薬飲んで飲んで」
「あぁ、そうだったー。けど、その前にー。佳織さん、隠し事はいけないなー」
「うん?」
「もう一本、隠してるんでしょー」
にっこりと笑って問うと、佳織さんはちょっと驚きつつも、ニッコリと笑みを返した。
「バレちゃったか。あるわよー。ほら」
言いながら胸の間から瓶を取りだした。
「何で、そこから…」
「あら?女性悪役と言えばここからと相場が決まってるわっ」
「言い返せないのが辛いー…」
「でも、何で解ったの?」
「ここは『御三家ルート』ですからー」
「成程ねー。流石、大地くんね。でどうするの?この一つ」
「表門の連中に使いたい…と言いたい所ですけど、佳織さん。佳織さん、もう一つ隠してるでしょー?」
「ええー?後ないわよ?」
砕けた口調で話すオレに引き摺られるように砕けて話す佳織さんから笑みが消えた。
それだけオレは真剣な顔をしている。
「……バレてるのね?」
「あぁ。隠すだけ無駄だ」
「……あぁ、もう。美鈴の為とは言え、大地くんをここまで賢くさせるんじゃなかったわ」
諦めた佳織さんは腰に手を当てて、大きくため息をついた。
「そうよ。私にも呪いはかかっている。本来美鈴がかかるはずだった呪いがね」
「それは、佳織さんが持っている薬で解呪出来るものですか?」
「出来ない」
オレは佳織さんから視線を逸らさず、その本意を探る。
瞳が、揺らぐ。
あぁ、これも嘘だな。
そう言おうとしたが、佳織さんの苦笑と言葉で消された。
「…嘘よ。大地くんにもう嘘は通用しないみたいね。私にかけられたこの呪いは自分の寿命を縮めるもの。根本的には美鈴や小次郎くんの彼女が受けている呪いと同じ形のもの。違いは大地くんみたいに間に人がいるかどうかの違いってだけ。だから治せる。けれど、これを私が使ってしまうと表門の子供達を癒す事が出来ないでしょう?」
なんだかんだで佳織さんも優しい人だ。
そして姫ちゃんはそんな佳織さんの事が大好きだ。きっと、オレよりもずっとずっと好きで大切だろう。
またさよならするのは姫ちゃんも、佳織さんも嫌だろう。
なら……オレの選ぶ道は―――。
「佳織さん。佳織さんが大事なのは姫ちゃんだろ?」
「えぇ、そうよ」
「だったら、表門は放っていいんだろ。自業自得なんだ」
「それは、そうだけど…」
「…オレは佳織さんを失くして悲しむ姫ちゃんを見たくないんだ。そして姫ちゃんを失いたくない。…だから、オレも佳織さんと同じ罪背負うから、一緒に薬飲もうぜ」
「……大地くん……。そう、ね。なら、そうしましょう」
小瓶を取り出し、軽く振って蓋を開ける。
オレと佳織さんは視線を合せて、そして薬を煽った。

―――オレは、薬を煽ったフリを、した…。
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