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最終章 数多の未来への選択編

※※※(透馬視点)

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戦の真っただ中を走ると言えど、馬鹿みたいに中央突破はしない。
と言うより、中央突破したらかえって時間を使ってしまう。そんな勿体ない事はしない。
今は美鈴が何よりも優先される。
途中、馬を捨て、魔物の襲撃にあいながらも足を止める事なく走り続けた。
正直、かなりきつい。
体力はほぼ空になりつつあるだろうな。ステータス開いてHPの数値を見たら、ギリギリかもしくはマイナスになってるかもしれない。
休む間もなく走り続けているんだから。
MPだって残ってるかどうか…。
息が切れる。
肺が痛い。
けどそんな事よりも、俺にとっては美鈴の方が大事だ。
美鈴が体を張って俺を助けてくれたってのに、ここで俺が体を張らなくてどうする。
はぁはぁと自分の呼吸音と、バクバクなっている心臓の音だけが脳内に響く。
それでも気合と根性だけで俺は敵を退け、小屋へと辿り着いた。
腕の中には小さく呼吸を繰り返す美鈴の姿がある。
まだ、大丈夫だ…まだ、大丈夫っ。
自分に言い聞かせて、俺は美鈴の首にかかっている鍵を手に取った。
ドアノブに鍵を挿す。ドアを開けて俺は一歩踏み出す。決して美鈴を離さないように。ぎゅっと抱きしめて。
ドアを越えた先は前と同じ。変わらない景色。
俺はドアを閉めて、視線を地図に向ける。そこには漢字が入り混じった文字がある。
帰ってきたっ。
なら、もう、躊躇う必要もない。
急いで走りだす。
裏世界では、何処に何があるか。何が出るのか。常に用心している必要があった。
だが、ここでは必要ない。
山を駆け下りながら、俺は片手で美鈴を抱えて、もう一方の手で携帯を取りだす。
相手は勿論奏輔だ。
って良く考えたら、ここ電波がねぇっ!!
スキルで何か使える…ねぇなっ!裏世界にいたおかげでスキルは攻撃特化してしまった。
あぁっ、そうだっ!スキルの方でメールを使えばっ!走りながらメールを打つなんて器用な事、かなり無謀だが、そんな事言ってられねぇっ。
何度か木に衝突しそうになりつつ回避しながら、メールアプリを起動する。
『奏輔、今どこにいるっ!?』
『源祖父さんの家におる。裏世界のトーマが、透馬の気配がするって言っとったからここまで戻って来たんや』
ナイスだっ!!裏世界の俺っ!!
『今こっちに帰ってきたっ!裏世界の俺に事情を説明して、元の世界へ帰るように伝えてくれっ!』
『了解』
『何が余計なことを引き起こすか解らねぇっ。絶対に俺と出会う事のないルートを辿ってくれっ!俺は湖ルートを避けて降りてるっ!』
『解った』
『あと、お前以外の連中をこっちに回してくれっ。美鈴がもう人の姿を保っていないんだっ』
『既に向かわせてる。安心しぃ』
流石だ、奏輔。
以心伝心とはこの事か?
転げる様に山を下り、源祖父さんの家を目指し走っていると、大地に担がれた花崎と近江に担がれた新田が砂煙を上げてこちらへ走って来ていた。
「美鈴ちゃんっ!!」
「王子っ!!」
大地と近江。それぞれを蹴り飛ばすようにして着地した花崎と新田は俺から美鈴を奪い取る様に受け取った。
「うあぁっ!?本当に猫になってっ、苦しそうっ!美鈴ちゃんっ、しっかりっ!!」
「王子っ!意識をしっかり持ってっ!!もう少しでっ、もう少しで治せるからっ!!」
これで、良い。一先ずこれで美鈴は安心だ。次、次だっ!
次は、リンク場所へ行って、入れ替わった薬を手に入れる必要があるっ。
リンクする場所…行っていない場所は一つだけ。だが、待て。焦るな。リンク場所で思い当たる場所で残るはエイト学園だけだ。けどそこへ行ってもし違ったらタイムロスだ。それで失敗する訳にはいかないんだ。
思い出せ。他に何かしておかなければならない事はないか?
ぐるぐると脳内に残る情報を全て引きだして検証していく。
美鈴を戻す為の解毒薬の材料集めも、集める段階も、問題なくこなしている。
あとは精製の方法も向うできっと問題なくやってくれているだろう。裏世界の俺が戻ったなら尚更だ。そこの心配はない。
じゃあ、何で俺はこんなにどこかもやもやするんだ?
今は急いでリンクしている場所へ行くべきじゃないのか?
自分の記憶力だけじゃ当てにならない。ステータスを開いて、【変化の毒 解毒方法】と書かれたメモを取りだす。裏世界で念の為にメモった物だ。
順番に辿って行っても特にもやもやを回収するような内容は書かれていない。
だけど、今までの経験上、俺はこのもやもやは後悔を産むことを知ってる。
現状は完全に分が悪い賭けをしている状態なのだ。出来る限り万全で挑まなければいけない。
何か落としている事はないか?
何度も何度もメモを読み返す。そして気付いた。

『変化の毒。解毒方法。材料、水晶花(すいしょうか)、鋸刺鮭の金鱗、戻りたい生き物の一部(変化の薬に使われた一部の倍)、天上の氷、聖杯。
精製方法、水晶花に戻りたい生き物の一部を触れさせた水を与える。すると水晶花が水晶球を生成する。生成された水晶球を天上の氷と共に鋸刺鮭の金燐をくべて起こした火で炙り溶かす。液状化した物を聖杯に入れて、日の光を受ける社に置いて一日置く。光を放つ様になったら完成である。
尚、戻りたい生き物の変わりに、その生物を生み出しし生き物の命でも構わない』

これが変化の毒の解毒の方法だ。そして、その分の終わりの方。

【日の光を受ける社に置いて一日置く】

ここだ。
俺達はリンクする場所に置いておけば良いと判断していた。だが、忘れてはいけない文字がここにある。

【日の光を受ける社】

そこに置いておく必要があるのだ。日の光を浴びる場所。しかも社だ。神を祀っている場所だ。
社のあるリンク場所を探す必要があるのだ。
俺と美鈴が関わっている日の光を浴びる社のある場所。どこだ?
考えろ。どこにある…?
脳内を今度は地図がぐるぐると回る。
日の光を浴びるって事は一番高い所だろう。しかも、社がある…。
俺の目は静かに今降りてきた山へと移っていた。
この山の頂上には、確か社があったよな?
カチッと合致した気がした。
「変化の毒をっ!」
手を差し出すと、花崎は直ぐに俺の手に毒の入った瓶と器を渡してきた。
「聖杯よっ」
「助かるっ!!」
受け取ると同時に走りだす。
これが最後だっ!
スピードを上げれる限り上げて降りた山を再び登り始める。
こんな時だが、佳織さんが俺達にした特訓を思い出して自然と笑みが浮かんだ。
もし、佳織さんの稽古なしで俺達が成長していたら、こんなに走れなかった。
そもそもがRPG世界なら普通レベルが1ならHPとかも恐ろしく低い筈なんだ。なのに、俺達はレベルも初期パラメータの数値も化け物級に高かった。
美鈴はそういうものだと納得していたが、そんな訳ない。
佳織さんがそう仕向けたんだ。全てを知っていて、俺達の内の誰を選んでも良い様に、美鈴が誰を選んでも生き残れるように対処をしていた。
流石と言うか、何と言うか。
(でも、まさか、こんなに走らされるとは。全く予想してなかったな)
小屋を通り過ぎて、ロープウェイに乗りこむ。
源祖父さんが手入れをしてくれているおかげで、それは順調に動きだす。
これに乗るのは二度目だな。
今だけでも少し休もう。
ドカッと床に座りこむ。汚れとか気にしない。と言うよりこんだけ既に汚れてるんだ。気にしても意味がない。
もう一度走らなきゃいけない。
今の内に少しでも体力を回復しておこう。
喉がカラカラだ。
けど今喉を潤すものはない。探す体力も勿体ない。
ジッと、息を整える事に専念する。
外へと視線を向けると、月が上に上がっていた。
(そう言えば、意識してなかったが…裏世界だと今丁度昼くらいの筈だ。なのにこちらは夜。日付が変わりそうだ。時間も裏なんだな。何で気付かなかったんだ?…そんな余裕もなかったって事か。それに…成程。月の光をって要するに同時にって事で合ってるのか…)
毒の精製方法の意味もまた納得出来て、全てに納得が出来てしまう。
そろそろ着くな。
足は悲鳴を上げているが、それすらも無視して立ち上がる。
ロープウェイが到着を告げて、俺はドアが開くのを待たず自力で抉じ開け飛び出す。
頂上にある社へ向かって走り、そして、やっと社が見えた。
携帯を取りだし時間を確認する。
十一時五十分。
間に合った。
社の手前に聖杯を置き、その中に変化の毒を注ぐ。
頼む。合っててくれっ。
視線を逸らす事をせず、そこだけを見つめているとリンクが始まった。社だけがまるで日光を受けたように温もりを持って明るさを放っている。
「光を、放つようになったら、完成…。これで、完成だなっ」
これで美鈴を助ける事が出来るっ。
リンクが収まるのをじっと見届ける。
『透馬っ!』
薬の完成に安心していたのも束の間。
突然奏輔から念話が届く。
驚くのは後で良い。今は何があったか聞かなければっ!
「どうしたっ!?」
『姫さんの呼吸が止まったっ!』
「なっ!?」
思わず立ち上がる。
『今は新田の万能薬でなんとか命を繋いでいるが、心音が弱くなる一方やっ!急げっ!』
「解ってるっ!解ってるがっ!!」
リンクが収まらない限り、こちらの物にはならないのだ。
俺だって急げるなら急ぎたいっ!
けどこればっかりはどうしようもないのだ。
今手を出す事も出来ない。
こんなに焦れた思い、味わった事もないっ。
リンクが終わるのを今か今かと待つ。
『透馬っ!まだかっ!?』
「まだっ…くそっ!」
一秒がまるで一時間に、一分が一日に感じられるほどに。
美鈴の命が失われようとしているこの時に、何で動けない。動かせてくれないっ。

頼むっ。
頼むからっ、早くっ、完成してくれっ!!
只管祈る様に拳を握って、リンクが終わるのを待ち続ける。

その時―――。

『急ぎなさい』

裏世界で聞いた女神の声が聞こえた。
それと同時に光が消え、唐突にリンクが終わりを迎えた。
何で?とか考えるのは後で良いっ。
今は完成した解毒薬を瓶に移し、走る。
普通に降りてたんじゃ間に合わないっ。
真っ直ぐ滑空ロープのある場所へと向かう。
安全ベルトなんて気にしてる暇はない。
ぶら下がっているロープに片手で飛びつき、一気に坂道を下る。
眼下は谷底だ。けれど高所の恐怖よりも今は美鈴を失う恐怖の方が怖過ぎる。
体重のかけ方を変えて、スピードをガンガン上げる。
いっそ手が使えなくなっても良い。
――助けたい。

――生きてて欲しい。

――もう一度俺の側で笑って欲しい。

今の俺は美鈴の事だけだった。
繋がったままの念話を通じて奏輔から催促が届く。
こっちだって全力で向かってるってのっ!
『透馬っ!まだなんかっ!』
「今、向かってるっ!」
『どこにおるんやっ!』
「ロープで山下ってるっ!」
『ロープぅ?…あそこかっ!大地っ!』
念話が切れた。
もう少しでロープが終わり平原に着くっ!
すると、着地する平原に灯りが見えた。
源祖父さんを初めとする村の人達が灯りを持ってそこに集まってくれていたのだ。
その灯りの中央には美鈴を抱いた花崎がいる。
ロープが終わる前に勢いをつけて、飛び跳ねた。
スライディングの様に地面に着地しつつも、その勢いを利用して美鈴に駆け寄る。
「美鈴ちゃんが冷たいのっ!もうっ、心音すらっ!」
涙をあふれさせる花崎から美鈴を奪い取り、解毒薬を美鈴にかける。
しかし、一瞬光っただけで、美鈴の姿は変わらなかった。
「嘘、だろっ!ッ美鈴ッ!!」
間に合わなかったっ!?
そんなのっ、そんなの許せる訳ないっ!
体に触れれば戻る筈なのに、なんでだっ!?
考えろっ、絶対に絶対にどうにかなる筈だっ!
「ここまで来て諦めてたまるかっ!」
体に直にかかっていないからか?
薬自体は効いていないのか?
そもそも猫の姿なんだ。これは裸と言っても良い筈。体に直に触れて…いや?違うっ。そうだっ。美鈴の皮膚に触れていないっ。だから皮膚から吸収されていないんだっ!
ならっ、口から流し込めばっ!
薬を口に含もうとした。しかし、思い止まる。
これを俺が口に含んだら、俺が女になってしまう。それは美鈴の思う所ではないだろう。
なら誰か女の人に…。
直ぐに視線を巡らせる。何で男しかいない?
って、夜のこの時間に女を外に出す馬鹿はいないか。
なら、新田か花崎に…いや、彼女らにもしもの事があれば美鈴が泣く。
やっぱり、俺がやるしかないっ。
考えた時間は僅か。長く考えている余裕はないのだ。
瓶を握り、いざ口に含もうとした、―――その瞬間。

「貸しなさいっ!」

ドンッ!!

「ほぎゃっ!」

吹っ飛ぶ、俺。
一体何事?
俺の手にはない瓶。
美鈴の側にいるのは、佳織さん?
佳織さんが薬を含み、猫になった美鈴の口を抉じ開ける様に口移しした。
あ、あれ?
俺の役割…あれ?
佳織さんが何度も何度も薬を美鈴に口移し、そして、猫になった美鈴の体が強い光を放ち、光の中の影が猫から少しずつ人の姿へと代わり…。
「美鈴っ!しっかりしなさいっ!」
佳織さんの腕の中、光が収まり人の姿へと戻った美鈴が現れて…。
「……み?」
ゆっくりと美鈴の閉じていた目が開いていく。
治った…?
弾き飛ばされた俺はよろよろと美鈴へと近寄る。
美鈴の顔が俺の方を向く。
「……美鈴…ッ」
動いてる。
微笑んでる。
美鈴が、治ったっ。
「……みずで、お、なか、たぷたぷ…」
「ちょっ、意識戻って最初の言葉がそれかよっ!」
あぁ、もう、…本当、美鈴らしい。
あ?何かホッとしたら…意識が…。
ぐらぐらと視界が回り…あ、駄目だこりゃ。
俺、もう、無理。
後ろへと傾く体を支える事が出来ず、
「透馬っ!」
ずっと聞きたかった美鈴の声ですら、遠退いていった。

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