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最終章 数多の未来への選択編
※※※(透馬視点)
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目の前が真っ暗になり、思考が停止した。
…なんて、真っ暗になってる場合じゃないだろ、俺。
考えろ。
今からあっちに戻って俺も集めるのを手伝うか?
いや、間に合わない上に、美鈴を一人残していく訳にもいかない。
なら、もう一つの手段をとるか?
…そんな事したら、俺は二度と美鈴の前に立てないな。佳織さんに手を出す事だけは出来ない。それだけは取る事の出来ない手段だ。
じゃあ、後は…?
何をしたら良い?どうしたらいい?俺はどう動く?
…何か使えるスキルはないか?
ステータスを開く。
……使用可能スキルがだいぶ増えてるな。移動速度上昇?これは使えるな。常に使用しておこう。
他には?…そう言えば、奏輔が使った念話のスキル。あれは俺にはないのか?
こっちから連絡を取る事が出来れば……あ?念話じゃないけど、まさかのスキルがあるぞ。メールってスキルが。どう使うんだ?これ。
一先ず、表示されている文字に触れてみる。反応はない。ちょっと待て。じゃあどう使うんだ?これ。
まさかとは思うんだが…もしかして…。ポケットから携帯を取りだす。手早く操作してメールアプリを起動する。奏輔を選択して、『届いているか?』と打ち込んで送信。…圏外になってないな。しかも直ぐに既読になった。マジか。
返信も届く。『どうやって電波塔建てた?』と意味不明な言葉が返ってきた。…奏輔の意味不明な言葉は一旦無視するとして、こっちの世界に俺達の世界の物は持ちこめない。持ち込めたとして服くらいだと。服は体にくっ付いているから体の一部とみなされるとか言っていた。
と言う事は携帯も今は体の一部と認識してる訳だ。体から離すと道具と認識して消えてしまう。となると肌身離さず持たなきゃならないな。
再び文字を打ち込む。
『スキルでメールが出来る様になった。さっきの手紙はどう言う意味だ?』
『言葉のままだ。こっちの世界だと女だけに触れさせるのはかなり難しい』
『そんな事言ってる場合か。美鈴がもう限界ギリギリまで来てる。どうにかして集めろ』
『やってるっ。やれるだけのことはやってるんだって、こっちも』
『こっちはもう水は集め終わってる。後は作るだけだ。頼む。どうにかして水を集めてくれ』
……返信が来なくなった。既読にもならない。何か、変化があったのか?
今、俺がとれる行動はなんだ?
改めて文字を打つ。
『そっちで言う所の、俺の店にあるリンク場所に向かう』
打って、早速スキルを使って移動速度を上げ走る。…すげぇ。馬で走るより速ぇ…。これの更に上位スキルってもしかしたら瞬間移動か何かかもしれないな。
などと考えながら走っていると、直ぐに俺の店がある場所へと着く。こちらの俺の店の位置はどうやら廃墟らしい。崩れかけ…もとい、既に崩れてる。リンク、してそうな場所は…あぁ、解りやすいな。あそこだ。廃墟の中にある机。あれ、間違いなく俺の作業デスクだ。近づいて机の引出しを引こうとしたけれど全然動かない。ガタガタ。やっぱり動かない。
「まぁ取り出しても使えないけどな」
ちょっと触りたかっただけだし。机の上に俺が手に入れた水を置いておく。色は…変わってないな。俺が触ったら駄目かと念の為に布を挟んで正解だったか?水に直に触れるものに男が触れたら駄目なんだよな?色が変化するって目に見えて解るもんで良かった。最悪失敗してもあの教会へ行けばまた貰えるだろうから水に関しての心配はあまりないな。
ジッと机を眺めていると、キラリと何かが光った。…ん?あれは…俺が作りかけてた指輪か?お、そうだ。入れ替えだったら良いんだよな?今着けていた防御付加効果のある指輪を置いて、作りかけの指輪を手に取る。
銀のシンプルな指輪だ。…美鈴に似合うと思ってこっそり作ってたんだよな。内側に鈴にじゃれつく猫が刻まれている。暫く眺めて、フォルムやらなにやら色々思う事はあれど今は元の場所に戻して入れ替わるのを待つ事にした。
再び携帯を手に取り、『リンク場所は俺の作業机だ』と知らせておく。
…何を作るにしても水がどうにかならない限りどうしようもない。
「…そこで何をしているのかしら?」
突然声をかけられて、驚き振り向くとそこにはローブのフードを深く被った、声からすると女性らしき人が立っていた。
「何って…あ、もしかして、ここアンタの家だったのか?だとしたら悪かった」
「いいえ?私の家ではないわ。それに私が気になるのは貴方。だから聞いたのよ。そこで何をしてるのかしら?ってね」
「特に何もしてないぜ?ただ珍しい机があるなー?って思ってただけで」
「そーう?私はてっきり、リンを助ける為に薬でも用意しているかと思ったわ」
ぞわっと鳥肌が立つ。
な、んだっ、この殺気は…っ。
距離を取ろうにも、俺の背後にある机には美鈴を治す為に必要な水がある。退く訳にはいかない。
覚悟を決め真っ直ぐに向き合う。
「……あぁ、成程。貴方、あちらの世界の人間ね?あちらの私は何故か子供を愛しているのよね。全くもって解らないわ。私はあの子が憎くて仕方ないのに。私が愛したあの人を殺したあの子がっ…」
ぶわっと殺気が膨れ上がる。
この殺気には覚えがあった。そして、この女性の強さを多分俺は誰よりも知っている。
これは、素直にヤバいのでは?
ラスボスが、わざわざこちらに出向いてくれるなんてな。
俺は剣を抜き構える。
「あらあら?私に歯向かおうなんて。面白いわね。…楽しみましょう?」
バサッとフードがとられ現れたのは、鴇も含め俺達が今まで一度も勝った事がない人物。…こちらの世界の佳織さんだった。
「勿論レディーファーストしてくれるのでしょうっ?」
妖艶な笑顔を魅せた次の瞬間、俺の目の前にナイフが投げつけられた。
咄嗟に剣で叩き落とし、向かってくる殺意の塊に剣を振り上げる。
ガキィンッ。
魔力で作られた盾であっさりと防がれ、回し蹴りがこちらへ飛んでくる。
「うおっ!?」
頭を低くして回避しつつ、こちらも剣を突きだす。それも魔力防壁であっさり防がれた。
「こっちの佳織さんも馬鹿みたいな強さだなっ」
この一瞬にも攻撃は飛んでくるし、何とかこちらもカウンターを繰り出すのに避けもせずにただ防壁に弾かれる。
一撃くらい当てたいとこだが、全くもって当てれる気がしない。
だが、廃墟の中から外へ追い出す位はしたい。何より、争っている所為でこの廃墟がいつ壊れてもおかしくない。
剣をもう一度構え直して。
スキル『一撃必中』を発動させるっ。
「あら?もう、反抗しないのかしら?だったら、止めを刺すわよっ」
「悪いが、佳織さんの動きだけだったら、俺は熟知してるんでねっ!」
剣を握る手に力を込めて。
スキルをもう一つ発動させる。
「喰らえっ、『圧風(ブリーズ)』ッ!!」
叫んで剣を横一線に振る。同時に風の刃が出来上がり佳織さんに向け飛んでいく。
「この程度」
ハッとバカにしたように笑みを浮かべているが、次の瞬間に、
「なにっ!?」
俺の最初に使ったスキルの効果が生きて、佳織さんの体が凄い勢いで後方へと弾き飛ばされた。
追い掛けて、更に追い打ちを狙う。
もう一度スキルを発動させる。スキル『魔力打消し』ともう一つ『魔力増幅』を発動。
追い打ちをかけて、剣を振る。防御する佳織さんの魔力防壁を打ち消して、更に自分の魔力を増幅させて、最後のスキル発動。
「『遠投(ラグボーフ)』ッ!!」
剣に魔力を込めて野球バッドの様に握り直し、佳織さんのお腹目掛けて打つ。
「きゃっ!!」
いい感じにホームランが決まった。騙し討ちのようになったがそうでもしないと佳織さんと正面きって戦うなんて出来ない。ましてや佳織さんを傷つけずに、水を守りつつなんて無理に決まってる。
だったら一気に勝負をかけて、佳織さんを遠ざけた方が良い。そう判断して、俺は持てるスキルを多用して強制的にご退場願った。
「マジで…勘弁しろって」
佳織さんに攻撃をしかけなきゃいけなかったり、攻撃スキルの場合、声に出して発動しなきゃならないってのがあったりで精神がごりごりと削られた。
今度真正面からぶつかったら騙し討ちも効かないだろうから、ヤバい。絶対ヤバい。何か手段を考えておかなければ。
はぁと息を付き、ポケットにある携帯を取りだす。するとそこにはメールの通知があった。急ぎ中を開くと、
『海里の協力で一気に人が集まった。水は置いた、持って行け』
読むや否や俺は廃墟の中へと戻る。そこにはこちらの世界ではあり得ない綺麗な瓶がある。
これさえあれば、美鈴を助けれるっ!
とは言え、今すぐにとる事が出来ない。
日付が変わる瞬間を待つ必要がある。今はまだ朝だ。
こちらの佳織さんもさっきので懲りて、襲撃は自重…してくれる訳無いよなぁ…。
念の為に…スキル『探索(サーチ)』発動。…あー…俺を中心に魔物が集まってくるー…。
頭を抱えた。素直に抱えた。この量の魔物、どうするよ…。
廃墟にあの量で来られたら、あっさり倒壊するぞ。半分以上崩れていると言うのにこれ以上壊れたら水を置いている机の上に天井の破片とか落ちて瓶が割れてしまう。
本気でどうする?
(1、殲滅する。2、魔法防壁を作り耐える。3、助っ人を呼ぶ。さぁ、どれにする?)
…何て選んでられるかっ!全部だ全部っ!!
まずは『魔力防壁(マジックシールド)』を強度高めに廃墟にだけかける。それからメールで奏輔にスキル『魔力譲渡』と大地にスキル『体力アップ』を俺に使用するように連絡する。
直ぐに奏輔の『了解』と言う返事が届き、俺のMPとHPが倍に膨れ上がった。
準備は整った。
「後はどっからでも来いっ!!耐え抜いて見せるぜっ!!」
剣を構え、迎撃態勢をとる。
グルルルル…。
何処かから聞こえる唸り声が、鳥の物とは力強さが全く違う羽音が、徐々に徐々に増していく。
「…あーあー…こういう持久団体戦は大地か奏輔のお株だろうが。…くそっ。やるしかねぇけどなっ!美鈴の為にっ!!」
俺が叫んだと同時に、獣型の魔物が飛び掛かってきた。
それを剣で斬り、薙ぎ払い、足で蹴り、飛んできた鳥型の魔物へとぶつける。
魔物達はまるで波の様に襲って来た。
一回目の群れが終わると暫く間が空いて次の襲撃。
それが解った時点で大地と奏輔に頼みスキルで魔力の譲渡と体力の回復をして貰う。
ほぼ丸一日ぶっ通しで戦い続けた。
流石に精神力も体力も使いきる程戦い続けた。
そして漸く、日が落ち、月が登り、日付が変わった。
しかもタイミング良く魔物の襲撃が途切れた。間に入った。
体力なんて殆ど残っていないが、急いで廃墟の中へ入り、すっかり元に戻ったボロボロの机の上から場違いの綺麗な瓶を布で包む。
これで良い。
これで美鈴を治せる。
さぁ、美鈴のいる宿まで戻るぞっ!
まずは馬だ。精神力はもう使いきりそうだから移動に使う事が出来ない。だったら馬に乗った方が良い。
俺達の世界では俺の家に当たる場所に戻り、繋いでおいた馬に跨り急ぎ戻る。
ガンガンとスピードを上げて戻る。
流石に息が続かずにしんどいが、そんな事は言っていられない。
一刻も早く俺は美鈴の元へ帰るんだ。
スピードを限界まで上げて、俺は向かった時の半分の速さで美鈴がいる宿屋へと戻った。
美鈴がいる部屋へと飛び込む。
「―――ッ!!」
飛び込んできた美鈴の姿に思わず息を飲む。
ギリギリだった。美鈴の姿はかなり小さくなっており、もう人よりも猫の形に近い。
「透馬っ。水はっ!?」
ソウの声に我に返った俺は、手に持っている袋を指さす。
すると美鈴が寝ているベッドの左右を守っていたソウとダイが震えるようにゆっくりと息を吐いた。
「あとは、精製するだけだっ。材料はあるかっ?」
「あるでっ」
「助かるっ。ソウ、ダイ。頼みがあるっ。これを【こちらの世界の花崎華菜】に渡して、精製をして貰ってくれっ」
「どういうことや?」
「俺は美鈴をあちらの世界に連れ戻さなきゃならない。薬が完成するのはこちらで精製した毒が俺達の世界で精製した毒と入れ替わった時だ」
「…せやね。あくまでも完成は各々の世界な訳か。解った。任せとき」
「頼むっ」
俺は手に持っていた道具を全てソウへと受け渡し、もうすっかり腕の中に収まってしまう程変化が進んだ美鈴をそっと抱き上げた。
「……待たせたな。美鈴。もう…もう大丈夫だ。直ぐに、戻してやるからな……ッ!?」
毒が回り、意識も失いかかっているだろうに美鈴は俺の胸に手を触れきゅっと握った。
馬鹿だな。こんな時にまで俺に気を使わなくても良い。
使わなくても良いと思ってるのに美鈴の気持ちが嬉しくて仕方ない。美鈴は諦めてない。俺を信じてくれている。
あぁ…くそっ!
行動一つ一つが愛おしくて堪らないっ!
死なせて堪るかっ!!
「二人共、後は頼んだっ!」
「任せろ」
「急げ、透馬」
二人の返事を待たずに駆け出す。
宿屋を飛び出して、目指すは忍者の里の裏山。こちらと俺達の世界を繋ぐドアがある小屋だ。
戦の真っただ中だとしても、俺はただ目的地を目指して馬を走らせた。
…なんて、真っ暗になってる場合じゃないだろ、俺。
考えろ。
今からあっちに戻って俺も集めるのを手伝うか?
いや、間に合わない上に、美鈴を一人残していく訳にもいかない。
なら、もう一つの手段をとるか?
…そんな事したら、俺は二度と美鈴の前に立てないな。佳織さんに手を出す事だけは出来ない。それだけは取る事の出来ない手段だ。
じゃあ、後は…?
何をしたら良い?どうしたらいい?俺はどう動く?
…何か使えるスキルはないか?
ステータスを開く。
……使用可能スキルがだいぶ増えてるな。移動速度上昇?これは使えるな。常に使用しておこう。
他には?…そう言えば、奏輔が使った念話のスキル。あれは俺にはないのか?
こっちから連絡を取る事が出来れば……あ?念話じゃないけど、まさかのスキルがあるぞ。メールってスキルが。どう使うんだ?これ。
一先ず、表示されている文字に触れてみる。反応はない。ちょっと待て。じゃあどう使うんだ?これ。
まさかとは思うんだが…もしかして…。ポケットから携帯を取りだす。手早く操作してメールアプリを起動する。奏輔を選択して、『届いているか?』と打ち込んで送信。…圏外になってないな。しかも直ぐに既読になった。マジか。
返信も届く。『どうやって電波塔建てた?』と意味不明な言葉が返ってきた。…奏輔の意味不明な言葉は一旦無視するとして、こっちの世界に俺達の世界の物は持ちこめない。持ち込めたとして服くらいだと。服は体にくっ付いているから体の一部とみなされるとか言っていた。
と言う事は携帯も今は体の一部と認識してる訳だ。体から離すと道具と認識して消えてしまう。となると肌身離さず持たなきゃならないな。
再び文字を打ち込む。
『スキルでメールが出来る様になった。さっきの手紙はどう言う意味だ?』
『言葉のままだ。こっちの世界だと女だけに触れさせるのはかなり難しい』
『そんな事言ってる場合か。美鈴がもう限界ギリギリまで来てる。どうにかして集めろ』
『やってるっ。やれるだけのことはやってるんだって、こっちも』
『こっちはもう水は集め終わってる。後は作るだけだ。頼む。どうにかして水を集めてくれ』
……返信が来なくなった。既読にもならない。何か、変化があったのか?
今、俺がとれる行動はなんだ?
改めて文字を打つ。
『そっちで言う所の、俺の店にあるリンク場所に向かう』
打って、早速スキルを使って移動速度を上げ走る。…すげぇ。馬で走るより速ぇ…。これの更に上位スキルってもしかしたら瞬間移動か何かかもしれないな。
などと考えながら走っていると、直ぐに俺の店がある場所へと着く。こちらの俺の店の位置はどうやら廃墟らしい。崩れかけ…もとい、既に崩れてる。リンク、してそうな場所は…あぁ、解りやすいな。あそこだ。廃墟の中にある机。あれ、間違いなく俺の作業デスクだ。近づいて机の引出しを引こうとしたけれど全然動かない。ガタガタ。やっぱり動かない。
「まぁ取り出しても使えないけどな」
ちょっと触りたかっただけだし。机の上に俺が手に入れた水を置いておく。色は…変わってないな。俺が触ったら駄目かと念の為に布を挟んで正解だったか?水に直に触れるものに男が触れたら駄目なんだよな?色が変化するって目に見えて解るもんで良かった。最悪失敗してもあの教会へ行けばまた貰えるだろうから水に関しての心配はあまりないな。
ジッと机を眺めていると、キラリと何かが光った。…ん?あれは…俺が作りかけてた指輪か?お、そうだ。入れ替えだったら良いんだよな?今着けていた防御付加効果のある指輪を置いて、作りかけの指輪を手に取る。
銀のシンプルな指輪だ。…美鈴に似合うと思ってこっそり作ってたんだよな。内側に鈴にじゃれつく猫が刻まれている。暫く眺めて、フォルムやらなにやら色々思う事はあれど今は元の場所に戻して入れ替わるのを待つ事にした。
再び携帯を手に取り、『リンク場所は俺の作業机だ』と知らせておく。
…何を作るにしても水がどうにかならない限りどうしようもない。
「…そこで何をしているのかしら?」
突然声をかけられて、驚き振り向くとそこにはローブのフードを深く被った、声からすると女性らしき人が立っていた。
「何って…あ、もしかして、ここアンタの家だったのか?だとしたら悪かった」
「いいえ?私の家ではないわ。それに私が気になるのは貴方。だから聞いたのよ。そこで何をしてるのかしら?ってね」
「特に何もしてないぜ?ただ珍しい机があるなー?って思ってただけで」
「そーう?私はてっきり、リンを助ける為に薬でも用意しているかと思ったわ」
ぞわっと鳥肌が立つ。
な、んだっ、この殺気は…っ。
距離を取ろうにも、俺の背後にある机には美鈴を治す為に必要な水がある。退く訳にはいかない。
覚悟を決め真っ直ぐに向き合う。
「……あぁ、成程。貴方、あちらの世界の人間ね?あちらの私は何故か子供を愛しているのよね。全くもって解らないわ。私はあの子が憎くて仕方ないのに。私が愛したあの人を殺したあの子がっ…」
ぶわっと殺気が膨れ上がる。
この殺気には覚えがあった。そして、この女性の強さを多分俺は誰よりも知っている。
これは、素直にヤバいのでは?
ラスボスが、わざわざこちらに出向いてくれるなんてな。
俺は剣を抜き構える。
「あらあら?私に歯向かおうなんて。面白いわね。…楽しみましょう?」
バサッとフードがとられ現れたのは、鴇も含め俺達が今まで一度も勝った事がない人物。…こちらの世界の佳織さんだった。
「勿論レディーファーストしてくれるのでしょうっ?」
妖艶な笑顔を魅せた次の瞬間、俺の目の前にナイフが投げつけられた。
咄嗟に剣で叩き落とし、向かってくる殺意の塊に剣を振り上げる。
ガキィンッ。
魔力で作られた盾であっさりと防がれ、回し蹴りがこちらへ飛んでくる。
「うおっ!?」
頭を低くして回避しつつ、こちらも剣を突きだす。それも魔力防壁であっさり防がれた。
「こっちの佳織さんも馬鹿みたいな強さだなっ」
この一瞬にも攻撃は飛んでくるし、何とかこちらもカウンターを繰り出すのに避けもせずにただ防壁に弾かれる。
一撃くらい当てたいとこだが、全くもって当てれる気がしない。
だが、廃墟の中から外へ追い出す位はしたい。何より、争っている所為でこの廃墟がいつ壊れてもおかしくない。
剣をもう一度構え直して。
スキル『一撃必中』を発動させるっ。
「あら?もう、反抗しないのかしら?だったら、止めを刺すわよっ」
「悪いが、佳織さんの動きだけだったら、俺は熟知してるんでねっ!」
剣を握る手に力を込めて。
スキルをもう一つ発動させる。
「喰らえっ、『圧風(ブリーズ)』ッ!!」
叫んで剣を横一線に振る。同時に風の刃が出来上がり佳織さんに向け飛んでいく。
「この程度」
ハッとバカにしたように笑みを浮かべているが、次の瞬間に、
「なにっ!?」
俺の最初に使ったスキルの効果が生きて、佳織さんの体が凄い勢いで後方へと弾き飛ばされた。
追い掛けて、更に追い打ちを狙う。
もう一度スキルを発動させる。スキル『魔力打消し』ともう一つ『魔力増幅』を発動。
追い打ちをかけて、剣を振る。防御する佳織さんの魔力防壁を打ち消して、更に自分の魔力を増幅させて、最後のスキル発動。
「『遠投(ラグボーフ)』ッ!!」
剣に魔力を込めて野球バッドの様に握り直し、佳織さんのお腹目掛けて打つ。
「きゃっ!!」
いい感じにホームランが決まった。騙し討ちのようになったがそうでもしないと佳織さんと正面きって戦うなんて出来ない。ましてや佳織さんを傷つけずに、水を守りつつなんて無理に決まってる。
だったら一気に勝負をかけて、佳織さんを遠ざけた方が良い。そう判断して、俺は持てるスキルを多用して強制的にご退場願った。
「マジで…勘弁しろって」
佳織さんに攻撃をしかけなきゃいけなかったり、攻撃スキルの場合、声に出して発動しなきゃならないってのがあったりで精神がごりごりと削られた。
今度真正面からぶつかったら騙し討ちも効かないだろうから、ヤバい。絶対ヤバい。何か手段を考えておかなければ。
はぁと息を付き、ポケットにある携帯を取りだす。するとそこにはメールの通知があった。急ぎ中を開くと、
『海里の協力で一気に人が集まった。水は置いた、持って行け』
読むや否や俺は廃墟の中へと戻る。そこにはこちらの世界ではあり得ない綺麗な瓶がある。
これさえあれば、美鈴を助けれるっ!
とは言え、今すぐにとる事が出来ない。
日付が変わる瞬間を待つ必要がある。今はまだ朝だ。
こちらの佳織さんもさっきので懲りて、襲撃は自重…してくれる訳無いよなぁ…。
念の為に…スキル『探索(サーチ)』発動。…あー…俺を中心に魔物が集まってくるー…。
頭を抱えた。素直に抱えた。この量の魔物、どうするよ…。
廃墟にあの量で来られたら、あっさり倒壊するぞ。半分以上崩れていると言うのにこれ以上壊れたら水を置いている机の上に天井の破片とか落ちて瓶が割れてしまう。
本気でどうする?
(1、殲滅する。2、魔法防壁を作り耐える。3、助っ人を呼ぶ。さぁ、どれにする?)
…何て選んでられるかっ!全部だ全部っ!!
まずは『魔力防壁(マジックシールド)』を強度高めに廃墟にだけかける。それからメールで奏輔にスキル『魔力譲渡』と大地にスキル『体力アップ』を俺に使用するように連絡する。
直ぐに奏輔の『了解』と言う返事が届き、俺のMPとHPが倍に膨れ上がった。
準備は整った。
「後はどっからでも来いっ!!耐え抜いて見せるぜっ!!」
剣を構え、迎撃態勢をとる。
グルルルル…。
何処かから聞こえる唸り声が、鳥の物とは力強さが全く違う羽音が、徐々に徐々に増していく。
「…あーあー…こういう持久団体戦は大地か奏輔のお株だろうが。…くそっ。やるしかねぇけどなっ!美鈴の為にっ!!」
俺が叫んだと同時に、獣型の魔物が飛び掛かってきた。
それを剣で斬り、薙ぎ払い、足で蹴り、飛んできた鳥型の魔物へとぶつける。
魔物達はまるで波の様に襲って来た。
一回目の群れが終わると暫く間が空いて次の襲撃。
それが解った時点で大地と奏輔に頼みスキルで魔力の譲渡と体力の回復をして貰う。
ほぼ丸一日ぶっ通しで戦い続けた。
流石に精神力も体力も使いきる程戦い続けた。
そして漸く、日が落ち、月が登り、日付が変わった。
しかもタイミング良く魔物の襲撃が途切れた。間に入った。
体力なんて殆ど残っていないが、急いで廃墟の中へ入り、すっかり元に戻ったボロボロの机の上から場違いの綺麗な瓶を布で包む。
これで良い。
これで美鈴を治せる。
さぁ、美鈴のいる宿まで戻るぞっ!
まずは馬だ。精神力はもう使いきりそうだから移動に使う事が出来ない。だったら馬に乗った方が良い。
俺達の世界では俺の家に当たる場所に戻り、繋いでおいた馬に跨り急ぎ戻る。
ガンガンとスピードを上げて戻る。
流石に息が続かずにしんどいが、そんな事は言っていられない。
一刻も早く俺は美鈴の元へ帰るんだ。
スピードを限界まで上げて、俺は向かった時の半分の速さで美鈴がいる宿屋へと戻った。
美鈴がいる部屋へと飛び込む。
「―――ッ!!」
飛び込んできた美鈴の姿に思わず息を飲む。
ギリギリだった。美鈴の姿はかなり小さくなっており、もう人よりも猫の形に近い。
「透馬っ。水はっ!?」
ソウの声に我に返った俺は、手に持っている袋を指さす。
すると美鈴が寝ているベッドの左右を守っていたソウとダイが震えるようにゆっくりと息を吐いた。
「あとは、精製するだけだっ。材料はあるかっ?」
「あるでっ」
「助かるっ。ソウ、ダイ。頼みがあるっ。これを【こちらの世界の花崎華菜】に渡して、精製をして貰ってくれっ」
「どういうことや?」
「俺は美鈴をあちらの世界に連れ戻さなきゃならない。薬が完成するのはこちらで精製した毒が俺達の世界で精製した毒と入れ替わった時だ」
「…せやね。あくまでも完成は各々の世界な訳か。解った。任せとき」
「頼むっ」
俺は手に持っていた道具を全てソウへと受け渡し、もうすっかり腕の中に収まってしまう程変化が進んだ美鈴をそっと抱き上げた。
「……待たせたな。美鈴。もう…もう大丈夫だ。直ぐに、戻してやるからな……ッ!?」
毒が回り、意識も失いかかっているだろうに美鈴は俺の胸に手を触れきゅっと握った。
馬鹿だな。こんな時にまで俺に気を使わなくても良い。
使わなくても良いと思ってるのに美鈴の気持ちが嬉しくて仕方ない。美鈴は諦めてない。俺を信じてくれている。
あぁ…くそっ!
行動一つ一つが愛おしくて堪らないっ!
死なせて堪るかっ!!
「二人共、後は頼んだっ!」
「任せろ」
「急げ、透馬」
二人の返事を待たずに駆け出す。
宿屋を飛び出して、目指すは忍者の里の裏山。こちらと俺達の世界を繋ぐドアがある小屋だ。
戦の真っただ中だとしても、俺はただ目的地を目指して馬を走らせた。
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彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。
それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。
やれるかどうか何とも言えない。
だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。
だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。
詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます!
◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。
完 あの、なんのことでしょうか。
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