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最終章 数多の未来への選択編
第三十二話 表裏の輪
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私の視界は真っ暗闇の中。
ふっ。私を舐めないで貰いたいわねっ。
毎度毎度この真っ暗闇を見ていたら、もう分かるもんねっ!
ズバリ、私は気を失っているっ!どやぁっ!
……。
………。
……………しくしくしく。全くもって威張れたことじゃないよぅ…しくしくしく。
何で私また意識を失ってるのー…。
えっと…、私は何でこうなってるんだっけ?気を失う前は確か…。確か私は旭と一緒に買い物した帰りに、旭に扮した表門の人に刺されてー…はて?
そこから記憶がないと言う事は、私はあそこで気を失ったって事だよね?
んで、今現在意識がない、と。そう言う事だよね?
でもさ?私今意識あるよね?こうやって考えていられると言う事は意識が戻ってるって事だもの。
と言う事は、意識は戻ってるけど、目を閉じているだけ、って感じ?
…じゃあ、目を開けば…。
閉じていた目を開くと。
ででんっ!
「ふみっ!?」
目の前に毎度恒例ママのドアップ。
これ、本当にびっくりするから勘弁して欲しい。
ばっくばっく言う心臓を抑えつつ、数歩後ろに引くとママはこれ見よがしに大きなため息をついて私に呆れた目線を向けた。
「美鈴。何をぼんやりしているの?早くその本を持って廊下に出てみなさい」
「へ?」
本?廊下?
何を言ってるのかな?ママは。
何をぼんやりしてるって私の方が聞きたいし。刺された娘に本を持って廊下に立ってろなんて、なんとゆー拷問。
大体刺されたお腹だって……あれ?お腹に包帯も何もない。痛みもない。
え?ちょっと待って。そもそもなんで私、本を持って立ってるの?
「美鈴?聞いてるの?本を持って廊下に出てみなさい?」
「ふみ?」
全く状況を理解出来なくて首を傾げる。
待って?これどういう状況?本を持って、廊下って、え?さっぱり解らないんだけど。
手に持っていた本を見てみる。RPGに出てきそうな…って、これも前に思ったけど、これってセーブの本だよね?
この本は私の部屋からは持ち出す事は出来ないって、もう実証済みだよね?一回やったもんね?結果は解ってるんだし、何度もやらなくてもいいんじゃ…?
と言うか…今気付いたけど、ここ私の部屋じゃない?
周りを見渡してみても…うん、間違いない。私の部屋。
段々落ち着いてきた。
どうして自室に立っているのか、とか気になる所は色々あるけど。
「みーすーずー?」
ママが何やらイラついて来ているから、ここで逆らう何て命知らずな事はしないで、大人しく本を持って部屋の外に出る。
すると本は光を放ち、部屋の中の私の机へと戻った。
うん。前に見た事ある光景だね。デジャヴかな?どゆこと?
「どうやら、持ち出し禁止のようね。美鈴。貴女の部屋がゲームで言う所の宿屋の役割を果たしている様よ」
…うん。その言葉も反応も知ってる。
「ここまで発動しているとなると…。美鈴、カムバック」
言われた通り部屋の中へ戻りつつ、首を捻る。
おかしくない?
いや、絶対におかしい。
だって私前に一度この会話をママとしてるもの。
それとも表門の人に刺されるまでが実は夢で、それが今正夢になっているとかそう言う事?
そんなまさか、ねぇ?
あり得ない、ないない。
こうして部屋に戻って来た私に…ママは何て言うだろう。
さっきまでの流れは偶然だとしても、この後も同じ流れになるのであれば、正夢の可能性が強くなるよね。
この後ママは確か、私にステータス画面の確認をさせた。だったら、ママに言われるより前に、
「ステータス」
私がステータス画面を出現させると、ママは目を丸くして驚いた。
「美鈴?貴女、どうして…?」
「どうしてって、ママが教えてくれたんだよ?」
「私が?いつ?」
いつってそんな昔な事じゃないのに……もしかして、ママ、ぼけた?精神年齢加算すると結構な年齢だし…。
ハッ!?口に出してない筈なのに、ママがすんごい笑顔でこっちを見てる。笑顔なのに怖いっ!
オーラがっ、オーラが黒いよっ、ママっ。
「美鈴?そんな悪い事を言う口はこの口かしら?」
ふみみみみっ!?
「ひゅっへはいほ~」
ほっぺ引っ張んないでーっ。そもそも口に出してないからーっ!
ママ、目が笑ってない、笑ってないよーっ!
「ママはボケてなんかいないわ。それにこの事を説明したのは『今日』が『初めて』よ」
今日が初めて?
ママに引っ張られたほっぺを撫でて痛みを緩和しつつ、ママの言葉について考える。
じーっ…。
ママが嘘を言っている様には見えない。
そもそもママが今、嘘をついても何の得もしない。
じゃあ何で私はこの光景を知っているの?
やっぱり夢か?夢なのか?
でも、刺されたのが夢だとしたら、何であんなに痛かったの?
意識を失くすほど痛かったんだよ?おかしいよね?
何か…、今のこの状況を打破、と言うか説明になるような…そう、ヒントみたいなもの、はないかな?
辺りを見回して、机の上にあるスマホが目に入った。
ひとまず何か言いたげなママを放置して、私は机に駆け寄りスマホを手に取って起動した。
…日付。まず大事なのはここ。前回はあっさりと流したけれど。
スマホに表示された日時は、5月2日。
…私が刺されたのは、確か誕生日の付近だったから…そう、20日だったはず。
……私、本当に夢を見ていた?
これは、あんまり考えたくない事だけど。本当に考えたくないことだけど。
時間が戻ってる?
…正直前世で色んな本やゲームを読んできた私の片寄った情報によると、時間ループものの主人公は大概酷い目にあっている。
だから受け入れたくない。ないんだけど…私は乙女ゲームの世界にこうして転生している訳だし。決してあり得ない話じゃあない。どんな不思議現象もおおらかな心で無意識に受け入れてしまっているくらいには、ゲーム世界に馴染んでしまってきている。…嬉しくないっ!しくしくしく…。
駄目だ。頭を切り替えよう。
とにかく、だ。時間を巻き戻されたのだとしても、もしかして夢?って言うお約束展開だったとしても、結果的に事実は一つ。私はこの先に起きる出来事を知ったってこと。
それはきっとこれからの行動が有利になる………多分。だってほら。一応、この世界が乙女ゲームの世界で、その先の展開を知っていたから色々事件を回避したり、解決したり……すみません、調子こきました。殆ど解決してねーわ。いやいや、待たれよ。私はちゃんと計画立ててきたじゃん?攻略対象と接触しないように、とか。…全員と出会っとるわ。駄目じゃん。…しくしくしく。
これってあれかな?私にあるヒロイン補正が強過ぎ、る、とか…?
あ、もしかして、もしかすると、この予知夢?巻き戻し?の現象ってヒロイン補正?
だとしたら、今回に限りやたら協力的なんですけど?
やり直しさせたりとか、夢で教えたりとか?…裏がありそうで怖い…。神様の罠でありませんように。
よし。お祈りもしたし、まずは、今ある記憶を整理しよう。
私がママにステータスや御三家ルートの展開を聞いたのが今日。
そして、えっと…確か、5月の8日だった。その日に夕飯を鍋にしようと思って、商店街に材料を買いに行ったら愛奈達と偶然会って、華菜ちゃん達も巻き込んでの鍋パする予定だった。だけど、帰宅途中で敵の襲撃にあった。
一つ目の問題はここ。
あの時。私が刺された時言われた言葉を思い出してみよう。
『本当の旭は、僕達の家で眠ってるけどね』
と言っていた。僕達の家で眠っているって。って事は私を刺したあの旭は『私の弟である旭』ではなくて、『表門の末裔である忍びの誰か』と入れ替わっていたと言う事になる。
で、入れ替わっていたと言うのなら、そのタイミングはいつかって事だけど…。
あの時、私が刺される寸前。もし私が旭が入れ替わっている事を知っていたのなら、あの攻撃はきっと回避する事が出来たと思う。もしくは、あの攻撃を行った表門の人間が『男』であったなら、やっぱり回避する事が出来たと思う。
でも私はそれに気付けなかった。となると、
『5月の20日以前。旭を誘拐し、旭と入れ替わった【女】の忍び』
と言う事になる。
そして可能性として、違和感なく潜り込めるのは『8日』の初めての襲撃の時だ。勿論他にタイミングがなかったとは言い切れないけど、普段、弟達はいつも一緒に行動してるし、家にいる時は大抵私の側にいる。特に三つ子の弟達は旭が入れ替わったら敏感に察知すると思う。けれどあの襲撃に紛れるなら多少の違和感程度で済むし、入れ替わりにも最適だ。それに何よりあの襲撃全てが忍びを潜り込ませる罠だと考えると納得もいく。
入れ替わりの事は納得がいく。けど一番重要な…表門の狙いが解らない。例えば、狙いがお金、もしくは私の地位だとして。
殺したら意味なくない?
だって私を殺した所で何も得る事が出来ないのよ?
人質として捕らえたりなんだりするのであれば納得も行くけど、私刺されたよね?何故?
刺したかったから?邪魔だったから?…他に目的があったから?
……もしかしたら、表門の狙いはお金だけではないのかもしれない。
…う~ん、はっきりしないなぁ…。
よし。そこは今後の行動で探って行くことにしよう。
それから二つ目の問題。
ママがしてくれた乙女ゲームの詳細と現実の違いだ。
ママは御三家の誰かと会った時に謎の男と出会い戦闘になるって言っていた。
なのに、実際はどちらの襲撃の時も御三家のお兄ちゃん達は一人もいなかった。
謎の男が、私が刺されるちょっと前に襲ってきた表門の忍びの男だと考えるなら、やはりママから聞いていたのと明らかにタイミングが違う。私が一緒にいたのは旭だ。例え偽物だったとしても。
これはやっぱり表門の忍びは、ゲームの中の襲撃者と違うと考えた方が良いんだろうか?
んー…でもなぁ。
他に襲撃して来た人間がいないのが気になるよね。
御三家のお兄ちゃん達のルートに確定したってママは言った。
ママがそれを断定出来る何か判断材料がある筈なんだよね。
「ステータス」
私はステータス画面を開く。
これが断定出来る材料になるだろうか?
乙女ゲーム世界にいるのは前からで。私が意識したらもしかしたら小さい時から出せたかもしれない。
……ママ、隠し事はしないって言ってたけど…もしかして、まだ、何か隠してる?
でも、ママは私が不利になるような事はしない。絶対に。これだけは間違いない。だけど、ママ、なんだよね。…ママ、自分の事はあんまり大事にしないからなぁ…。
ママが隠している事も、探る必要があるね。
…やるべきことは一杯だ。
まとめると、
『表門の襲撃理由』
『乙女ゲームとの差異の調査』
『ママの隠している事の調査』
の三つかな?
ふむ。以上の事を踏まえて今出来る事は、まずは旭の警護。これは同じ状況を生み出さない為だね。入れ替わりを防ぐ為。
次に御三家のお兄ちゃん達を家に呼んで保護する。もう既に出会ってる御三家のお兄ちゃん達と出会いの状況を作りだすのは難しいと思うの。だったら最初から側にいて貰って、敵の襲撃の有無に関わらず、どう転んでも直ぐに対処出来る様にしておきたい。
それから…。
もう一度ステータス画面に視線を戻す。
前回の経験値の割り振りを見直す。
HPやMPの数値に変化はない。
頁をめくるってみる。あれ?入手アイテムの所…愛奈に貰った蟹とかは全てなくなっているけれど、一つだけアイテムの欄に残ってる。
「……藤硬貨(とうこうか)…?」
入手アイテムにカーソルを合わせないと解らなかったけど、あの忍び専用の硬貨。正式名称は【藤硬貨】って言うんだ。最初の襲撃の際に敵が落としたのを近江くんが拾った物…なんだけど、どうして私が持っている事に?それに、藤…何か引っかかるような…?
無意識に腕を組むと、服の胸ポケットに何か入っている事に気づく。
取り出すと、それは【藤硬貨】で。成程。確かに私のポケットに入っていれば、私の入手アイテムだわ。それに。
「…これで私の記憶が夢だったって可能性は消えたね」
もし夢ならば、アイテムが手元にある訳がない。
最初の疑問に戻るけど、夢か時戻りか。夢である可能性が消されたとなると時間が巻き戻されたと考えるべきだよね。…今一納得出来ないけど。だって時間が巻き戻されたのなら、私は記憶を止めておけないんじゃない?普通は。
勿論、記憶を維持してるから時間ループって言うんだけどさ。だとしたら、今度はこの【藤硬貨】の存在がおかしいんだよね。だって、完全な時間ループなら、入手アイテムが手元にある訳ないし。記憶を頼りにアイテムをゲットするってのが普通でしょう?むむ…どゆこと?
…解んない。
全然理解が出来ないから、まずこの硬貨はシャツの胸ポケットに戻しておく。この硬貨については後でもう一度、他の情報を得てから考えよう。
アイテム欄はひとまず置いておいて。
経験値、パラメータについてに戻る。
お兄ちゃん達と私のパラメータ。そう。経験値の配分だ。前回は数値を平等に割り振った。けど、…うん。それじゃ駄目だ。
私は御三家のルートを選んだ。自分では選んだつもりはなくとも、そのルートに確定したのなら、RPG系の乙女ゲームに変化したのなら、パラメータの割り振りは最重要事項。きちんと考えなきゃいけなかったんだ。
もう一度、振り返ってみよう。幸いにも時が戻った?おかげで、経験値の割り振り前に戻っているから、もう一度じっくり考える事が出来る。
さて、まずは値の変動値を理解しよう。お兄ちゃん達が私に与えてくれる能力はこうなっている。
天川透馬は、移動速度とスキル
丑而摩大地は、体力と攻撃力
嵯峨子奏輔は、精神力と知力
ママが言っていた、均等に上げる事が大事。それは解る。でも、最初の戦闘は何か突出した所を作らないと現状を打開は出来ないんじゃないかな。
その証拠に平均にあげたら、スキルは一つも手に入れる事が出来なかった。それってただの人、じゃん?
それじゃ駄目な訳だ。だからもう一度3人がくれる能力を考える。
最初の襲撃。旭が敵と入れ替わるのを回避する為には。その為に必要なの能力は、恐らく大地お兄ちゃんの能力でも、奏輔お兄ちゃんの能力でもない。
必要なのは透馬お兄ちゃんから貰える、『移動速度とスキル』の能力だ。
何のスキルを入手出来るのかは解らないけど、それでも少なからず何かしらの対抗手段にはなる可能性はあるし、いざと言う時の逃走用に移動速度は重要だ。
リセットされた経験値を改めてもう一度眺め、決めた。
天川透馬の名前を押して、私の経験値ゲージを全て天川透馬の経験値ゲージに注ぎ込む。
紫のゲージはMAXまで貯まり、光を放った。
うん。これで良い。…変化はあまり感じられないけれど。
「…美鈴。透馬くんに全て経験値を割り振ったの?」
声かけられて、ママの存在を思い出した。
ママの顔を見ると、本当にそれでいいの?と不安そうにしている。けど、これで良い。私はママに向かって大きく頷いた。
「うん。私が今必要なのはスキルだと思うから。平均にあげるのは大事だけど。それでも初手はやっぱり一つでも能力を手にする事が大事だと思うの」
私の言葉にママは驚き、けれど直ぐに目を細め頷いた。何か感じ取ってくれたらしい。
「ママ。聞きたいんだけど、透馬お兄ちゃんがくれるスキルの初歩は何?」
「そうね。一番最初は『危険察知(1)』『先手必勝(1)』『硬直短縮』だったはずよ」
「危険察知、先手必勝は何となく想像つくけど…硬直短縮ってのは、実際どうなるんだろう?」
ゲームとかでは次の行動に移るまでの待機時間の事を言うんだけど、これは実際に私達にはどう効果を表すんだろうか。
「戦闘になってみないとなんとも言えないわね」
「そうだね。麻痺したみたいに動かなくなる、って言う展開は避けたいね」
言いながらスマホ片手に手早く操作する。お兄ちゃん達には悪いけど、出向いて貰う。
お兄ちゃん達には、念の為に鴇お兄ちゃんからのメールが届く頃合いに、私からのメールが届くように設定した。
これでよし。後は、お兄ちゃん達が来てから、言える範囲、信じて貰える範囲で説明しなきゃ。
最初の話に戻るようだけど、今日が5月の2日。それから襲撃にあったのは、5月の8日。更に、私が旭の偽物に刺された日が5月の20日。
今日から最初の襲撃にあうまで、6日の猶予がある。逆に言えば6日の間に皆にある程度の状況を理解して貰う必要がある。
「ママ。金山さんは?」
「誠さん達に付いて行っている筈よ?どうして?」
誠パパに付いて行っている?だとしたら、数週間は戻らない筈。誠パパには私の代わりに出張を頼んでいるから。だとしたらあの時、私が呼んだのは、金山さんに変化した金山さんの部下か。それじゃあ駄目だよね。この事件に関しては忍びの人間の協力は必須。中でも、忍びのトップである金山さんは絶対に必要だ。
「誠パパには悪いけど呼び戻すね」
こっちも手早くスマホを操作して、誠パパに電話をかける。コール音が鳴って、3回繰り返して電話が繋がった。
『美鈴?どうかしたかい?』
「うん。誠パパ。悪いんだけど、金山さん借りても良い?」
『金山を?』
「うん。ちょっとどうしても聞きたい事と耳に入れて置きたい事があって。出来れば金山さんを暫く借りたいの。ついでに言うなら金山さんが銀川さんも引き連れて来てくれると尚良し。今日中に」
『今日中かい?それは、難しくないかい?』
「誠パパ……だめ?」
『…美鈴。駄目ではないよ。ただ今私達は海外に…『今参りますっ!お嬢様っ!!』……聞こえたかな?金山は今そちらに向かったよ』
「うん。ありがとうっ、誠パパ。気を付けて帰って来てね」
『うん。美鈴もあまり無理をしないように』
「はーい」
きちんと返事をして電話をきる。これで忍びの頭である金山さんに話を聞いて貰える。
そう言えばママは前に、四従士はヒロインを補佐する為にいるって言ってたっけ?だとしたら、…私が会えたのは、愛奈と近江くん。と言う事は近江くんも何かしら協力をしてくれるって事だよね。何か知ってるかもしれないし、…後で確認しておこう。
後は、えっと…何だっけ。
…視線を感じる…、ハッ、そうだ。ママだ。ママと話を合わせないと。情報交換。大事。
「ねぇ、ママ。『無限ーエイトー』で近江くんはどんな補佐をしてくれるの?どんな立ち位置?」
「虎太郎くん?そうね。補助アイテムを生成してくれるわ。その時の好感度が高いキャラに対応して、例えば透馬くんの好感度が一番高かったら【スキルの書】を作ってくれるわ。ただし、成功する確率は50%。上手くいけばかなりランクの高いスキルを獲得する事が出来るけれど、失敗したら一つスキルが消えてしまったりするわ」
「……完全に博打ね」
「まぁ、そうね。でも、今はそうでもないかもしれないわよ」
どういうこと?
首を傾げる。するとママは強気に笑みを浮かべた。
「愛奈ちゃんがいるからね。成功確率がぐんと上がってるんじゃないかしら」
「おおー。それは確かにっ。じゃあ、近江くん達も家に呼ぼう。…客室って家にいくつあったっけ?」
「最悪、美鈴の部屋に愛奈ちゃんと華菜ちゃんを泊めたら?」
「あ、うんっ。そうしようっ」
スマホで皆に泊まりに来るようにお願いする。逢坂くんも華菜ちゃんの側にいたいだろうから呼んで置く。
因みに返事は即返って来た。少しも考えた様子はなく、条件反射の様に返ってきた。皆、それでいいの?と思わなくもなかったけど嬉しかったから良しとする。
あと残る懸念は…旭だね。
旭にはボディーガードとして誰かをつけるべきだ。つけるべきなのは、解るんだけど…誰にしたら確かだろう?
旭自身も、年齢の割にはそんなに弱くはない。むしろ、誠パパとママの血を色濃く引いているからか、お兄ちゃん達も交えて恐ろしく鍛えあげられている所為か、かなり強い…最強の部類に入るだろう。
そんな旭を出し抜ける存在に普通のボディーガードをつけた所で意味はない。
だとするとー…。
私の視線は真っ直ぐママへと向いた。
「ママ。悪いんだけど、暫く旭の送迎頼んでいいかな?正しくは旭と三つ子の送迎」
「それは構わないけど、いきなりどうしたの?」
「ママがいるといないとでは、大分違うと思うの」
牽制すると言う意味で。ママはこのゲームの流れを知っているから、事実上世界最強だしね。
うん。これで良い。
今打てる手段は全て打った。あと今出来る事はないかな。
私は皆が来るのを待つと同時に、部屋を出てご飯の準備をするのだった。
一度の失敗を二度繰り返さない為にも、今ここでどれだけの情報を提示するかを悩みながら料理をし、皆が寝泊まる部屋の準備を進めた。
そんな風に過ごしていたらあっという間に夕方になり、先に御三家のお兄ちゃん達が、続いて華菜ちゃん達も来てくれた。そしてご飯を食べ終えた頃に海外へ誠パパと行っていた金山さんが到着した。どうやって帰ってきたのかは聞かないでおくべし。怖いからねっ!
…にしても…。生暖かい視線をひしひしと感じる…。御三家のお兄ちゃん達の生暖かい視線は今回も浴びねばならぬようです。鴇お兄ちゃん、後でお仕置きです。でもまぁ、今回はそのメールも利用させて貰った事だし、齧るだけにしといてあげよう。私優しい。
皆に席に着くように伝えて、テーブルを囲んで各々座りやすい位置に座る。真ん中にテーブルを置いて居るのでラグに直に座る人がいたり、ソファに座る人がいたり、金山さん達は相変わらず立っている。ママは一人少し離れた所に座っていた。その隣に旭と三つ子が座っているから、きっと目を離さないようにしているんだろう。それはそれで有難いから問題ない。
「実は皆を呼んだのは、お願いがあるからなの」
「何でも聞くよっ。美鈴ちゃんの為ならっ!」
「華菜ちゃんっ」
「美鈴ちゃんっ」
ひしっ!
華菜ちゃん優しいっ!大好きっ!
「姫さん。話が進まへんから」
おっと、そうだった。
華菜ちゃんと抱き合ってる場合ではないんだった。
真剣な表情に戻してっと。
そのまま視線を金山さんへと向けた。
「金山さん。これに見覚えがありますか?」
「そ、れは…」
驚く事が滅多にない金山さんが一瞬驚いた表情を見せた。
「何故、お嬢様が藤硬貨を…?」
私は手の平に乗せた藤硬貨を金山さんの手の上へと置いた。
金山さんはそれを注意深く見て、きっと間違いないと確信したんだろう。視線を私へと戻した。
「…金山さん。聞きたい事があります。それから、天井裏にいる銀川さんも降りてきてください」
言うと、銀川さんが姿を現した。その隣に真珠さんも移動する。近江くんだけは愛奈の側から離れない。会話を聞いてくれるならそれでも全然構わないんだけどね。
「私の知っている忍びは、金山さん、銀川さん、真珠さん、近江くん、それから、桃の所にいる銅本さんくらい。でも、皆能力者である事は知ってる。だからお願いしたいの。表門について探ってくれないかな」
「お嬢様。何故、表門の存在を?」
「それは言えない。ただ一つ解るのは、表門の人間が、私達を狙ってくると言う事。そしてそれが今から数日後、5月の8日に起きると言う事だけ」
私の言葉に皆が驚く。
「私は皆に傷ついて欲しくない。勿論私も傷つきたくない。だから、対応策を練りたいの。協力してくれる?」
言えない事は一杯ある。だけど、信じて欲しい。
そんな私の不安など、皆はあっさりと笑い飛ばして頷いた。
「勿論だよ、美鈴ちゃん」
「王子のお願い断る訳ないじゃない。言って。王子。私達は何をしたら良いの?」
「待てって。華菜。新田も落ち着け。近江も新田を止めろよ」
「拙者は嫁の奴隷でござるっ」
「無駄にキリッとしないのよ、虎太郎」
「まぁまぁ。虎太郎が元気になったのは良い事じゃないか」
「限度があると思いますがね」
一斉にわいわい騒ぎだす。この雰囲気が私を安心させてくれる。今度は旭を連れ攫われたりはしなさそうだ。
ホッと息を吐くと、ポンと頭を叩かれた。
見上げると、そこには奏輔お兄ちゃんの顔があって。
「…大丈夫や。姫さんの事は俺らが守るから」
「それにちゃんと自分の事も守ってみせるよー」
「だから、どんと構えてろよ。姫」
御三家のお兄ちゃん達の力強い笑みにとても励まされる。嬉しくて私も大きく頷いた。
すると、何かずっと考え込んでいた金山さんが口を開いた。
「まずは、表門の調査ですね」
「ねぇ、美鈴ちゃん。そもそも表門って?」
「あ、そうだね。あのねー」
華菜ちゃんに言われて、そう言えば表門の事知らない人が多い事に気づいて、私は自分が知っている限りで表門について説明した。
でも総括すると、説明は殆ど金の事なんだけどね…。
改めて説明してるのそれをひしひしと感じて、つい口から出てしまった。
「結局私が知ってるのって、表門がお金に困ってるってことだけと言う…」
「あぁ、仕方ありません。表門はそれが全てです」
「あー、やっぱりー…」
って事は、やっぱり私達を狙ったのは、財産目的か~。って、そんな訳ないない。だったら私刺される訳ないじゃん?
前にも言った通り、私を殺してもお兄ちゃん達や弟達。もっと言えば誠パパがいる。要するに跡を引き継いでくれる人間が最低9人はいる。私だけを殺しても意味がない。
大体、私だって旭の事がなければ素直に殺されてやるつもりもない。死にたくない。折角生まれ変わったのに死んでどうする。そして何よりもっ!
「お金はあるけど、働かないやつにくれてやる義理はないっ」
「姫さん。よう言ったっ!」
働かざる者食うべからずっ!
こればっかりは商店街出身者が大半のこの場では誰も否定しない言葉だよね。
全員がうんうんと頷いている。
「そもそもさぁ。美鈴ちゃんに素直に雇ってって言えば雇ってくれそうなのにね」
「あぁ、うん。それはそうかも。だって、離れて結構な月日が~、って言っても金山さん達の遠縁な訳だしねぇ」
事情さえ話してくれたら、受け入れたよねぇ。
仕事をしない連中もきちんとしばき倒して…躾し直して働かせるしねぇ。
まぁ、私が雇う気があっても、もしかしたら金山さんがストップをかけるかもしれないけど。そこはそれ。表門の出方によっては私が何とかするし。うん。
雇う雇わないは一先ず置いておいて、だ。
「金山さん。表門の調査、お願いします」
「かしこまりました」
「真珠さんは金山さんのフォローをお願い。銀川さんも念の為に樹先輩の警護を強化してくれる?もしお金目当てだとしたら、樹先輩にも目が向くかもしれないから」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「それから、ママ。さっきも言ったけど」
「解ってるわ。旭達の事は私がしっかりと守るから」
「うん。お願い。華菜ちゃん、表門についての情報を違う視点から探ってくれる?」
「うんっ。任せてっ、美鈴ちゃんっ」
「逢坂くん。華菜ちゃんが無理をしないように」
「分かってる。無茶しないようにさせるさ」
「愛奈。近江くんと協力して、いざって時の目くらまし武器を作って欲しい」
「痛いの?眩しいの?」
「痛眩しいので」
「任せて」
「何か怖い予感しかしないでござるっ」
「透馬お兄ちゃん達は、私と一緒にここで待機。出来るなら私と一緒にこの家を守って欲しい。外には出ちゃ駄目」
「わかった」
「了解ー」
「にしても、珍しく鴇の予想が外れたな」
「いや、解らんで?知ったうえでわざとあのメールをくれたのかもしれん」
…鴇お兄ちゃんは一体どんなメールを送ったんだろう…?
もしかして、前回の内容とは違う内容のメールだったのかな?
だとしたらあの時の生暖かい目は一体……うん、考えないでおこう。
とりあえず、お兄ちゃん達がここに残ってくれるだけで、充分である。
…さて。これでひとまずどうなるか、様子を見てみよう。
―――翌日。5月3日。
私は透馬お兄ちゃんの部屋で透馬お兄ちゃんと色んな話をしていた。昔話から最近の話まで。
透馬お兄ちゃんの話す内容は、面白さもあったけどどれも実用的で。
特に学生時代、鴇お兄ちゃんと繰り広げた逃走劇の話が面白いのなんのって。思わず誰かに話したくてうずうずしたけど、鴇お兄ちゃんに殺されるからと透馬お兄ちゃんに止められた。…いつか鴇お兄ちゃん本人に話して今度こそ勝利を手にしよう。
え?返り討ちにされるって?
そうなったら齧る。私の武器は今の所『歯』しかない。
一頻り透馬お兄ちゃんと話して、私は部屋に戻り、ステータスを確認した。
すると、スキルの所に、『危険察知(1)』『先手必勝(1)』『硬直短縮』が追加されていた。透馬お兄ちゃんとの会話で好感度が上がったのかな?とにかくスキルが確定した。
この三つ、常時発動スキルなのかな?発動条件とか書いてないし。
とにかく、これで透馬お兄ちゃんのスキルをゲットしたって事はー?
ページを捲って透馬お兄ちゃんの名前の所にあるゲージを見ると空になっていて、透馬お兄ちゃんの名前の横に黄色の星が一つ増えていた。この星は、何だろう?
私のRPG経験から考えるとー、透馬お兄ちゃんのレベルを表している、透馬お兄ちゃんと稽古した回数表示、透馬お兄ちゃんとの好感度…くらいかなぁ。
他のお兄ちゃん達の部屋に行ってないから何とも言えないけど。そこはおいおい調べて行こう。
それから、私の経験値ゲージ。これ、戦闘以外では貯まらないのかな?愛奈達に経験値アップアイテムを作って貰った方が良かったかな?むむ。
…あ、そういえばさ。
私思ってたんだけど、前に透馬お兄ちゃん達に貰ったものって何かのアイテムだったりしないのかな?
確か、小箱入れの中にアクセサリー類があったはず。一先ず銀のブレスレットを一つ取り出して、腕に嵌めてみる。
あ、ステータス画面のページ数が増えた。3ページ目を開いてみると、そこには装備画面が。
えーっと何々?武器、爪…爪っ!?長くないよっ!?料理する時に邪魔だから基本ネイルはしない方向なんだけどっ!?え?なんで爪っ!?
ま、まぁいいや。次、防具。…室内着。うん。まぁ、あってるけど、ざっくりだね。次は、靴。なし。そりゃそうだ。室内だもの。自室で座りながら読んでるからスリッパも履いてないしね。裸足だし。
それから、アクセサリー。ちゃんと天川透馬が作った銀のアクセサリーってなってる。効果も表示されてる。えーっと何々?『危険回避(1)』のスキル効果を持つ?危険回避って文字からいっても『危険察知』の上位スキルだよね?…これ、凄いんじゃね?
他のお兄ちゃん達のくれたアクセサリーやプレゼントも探ってアイテムボックスの中に登録しておこう。
過去に貰ったプレゼントやら何やらを全部取りだして、改めて認識させる。あっという間に入手アイテムボックスの欄は半分埋まったけど、どうやらこの入手アイテムボックスは『私の部屋』の中にあれば直ぐにその場に取りだす事が出来るみたい。…って良く考えたらそうだよね。だって普通私物って部屋に置いてるじゃない?
要するに、私の部屋が入手アイテムボックスって事だよね。で、部屋から出ると…うん。
今廊下に出てみたんだけど、アイテムボックス内の表示が、私が今身につけているものだけになってる。部屋に入るとアイテム欄が増える。容量が増えるんだね。うん。納得。
それに廊下に出て解った事がもう一つ。装備しないと発生しないスキルも結構あるみたい。これは考えて使わないと、だね。
そして色々調べた結果。今回重宝するであろうアイテムが分かった。
大地お兄ちゃんに小さい頃貰った、うさぎさんのぬいぐるみ。聞いて驚け。実はこれ装備アイテムで。しかも武器なの。攻撃力も強ければ、武器なのに何故か防御力も上がる優れもの。これは持ち歩くしかないよね。
後は奏輔お兄ちゃんに貰った眼鏡。これは顔につける装備品だけど一応アクセサリーのくくりに入る。アクセサリーは二つ装備可能みたい。で、この眼鏡の効果だけど、つけてると防御力が少しだけ上がる。だけどそれ以上に、敵を索敵出来る付与効果がある。これはすっごく便利だと思うの。
それから透馬お兄ちゃんに今日貰ったこの銀のネックレス。ペンダント部分が二匹の猫が尻尾でハートを描いている。これが『危機回避(3)』のスキル効果を持つ。
…ゲーム序盤にしては結構良い装備なのでは?
油断はしないように、こうして少しずつ襲撃に備えて行こう。
―――5月4日。
金山さん達が調査から戻って来た。
その報告を聞く為に皆で居間に集まっている。
勿論、旭達も一緒だ。ママがついているから、今の所入れ替わる隙はないはず。授業中とかは金山さんの部下が見張ってくれている。だから旭も三つ子も私の愛弟のままだ。
「お嬢様。大変お待たせ致しました」
「全然。むしろ速いくらいだよ。でも、確かにいつもより時間がかかってたね。やっぱり忍び同士は探り辛い?」
「いいえ。そのような事は全く。ただ私達は、表門の忍びが私達裏門の忍びと袂を分けた後から不可侵を互いに誓っておりましたので、基礎情報が何もなく情報収集に少々手間どってしまいました。ですが漸く目的を理解致しましたので報告致します」
こくりと全員が頷く。
「まず、表門の目的ですが、やはり目的の核となるのは『金』のようです。表門の忍びが村を出た時、きちんと堅実に暮らせば何代先までも困る事のないお金を渡したと聞いております。それが」
「それが?まさか、半分になったとか?」
「いいえ、お嬢様。ゼロです」
「へ?」
「ゼロになったのです。探りを入れるついでに、金庫も覗いてまいりました。借用書の束がこれ程」
そう言って金山さんが私達に見せたのは両手。
「……もしかして、10枚?」
「100枚の束が10冊ほど」
「ゼロというか、マイナスじゃない。それ」
私達は呆れてものが言えなくなってしまった。何をしたらそんなに借金を重ねる事が出来るのよ。
「主に賭博…いえ、パチンコですね」
「お嬢様。表門、潰した方が早いかと思いますよ」
うぬぬ…確かに。
頭を抱えそうになるけれど、一旦思いとどまる。何故だろう。それだけとは思えないのだ。なんかこう…引っかかると言うか…。そう言えば私が刺された時に言われたセリフって…。
『表門に能力がないなんて、いつの話?僕達だって忍者の末裔だよ?』
忍者の末裔。
表門に能力がないって金山さんは思ってる。
でも確かにそれは金山さんの先入観に過ぎないんだよね。
裏門の忍びは表門に能力がないと思いこんでる。
でも表門だって忍びだ。もしコツコツと能力をつけようとしていたのなら?
私達が知らないだけで、表門の人間が力を取り戻していたら?
…あり得ない話ではない。それに実際に私は一度刺されているのだ。だったら、警戒して然るべきだ。
「ねぇ、金山さん?」
「はい、何でしょう?」
「表門にいるっていう、忍びの力を隔世遺伝した人がいるって知ってる?」
「隔世遺伝?」
あ、金山さんの眉間に皺が寄った。やっぱり…知らないんだ。調査に行った金山さんが探れなかったって事は余程の実力者の可能性がある。
そうなるとまた話が変わってくる。金山さんの事を知った上で、探りを入れる金山さんを欺くだけの能力を持っていて、嘘の情報を流した可能性があるって事だもんね。
「金山さん。金山さんが手を抜いているとは思わないの。でも人間って誰しも先入観って言うのがあると思うの」
「分かっています。もう一度、調査して参ります。お嬢様のご期待に応えて見せます」
私が全て言う前に金山さんと真珠さんは私の言葉の先を読んで、その場を去った。
視線を壁に貼られたカレンダーへと向ける。
今日は5月の4日。
最初の襲撃まで後残り4日。
その日まで相手の本当の目的を知る事が出来ると良いけど…。
私は静かにカレンダーを睨みつけた。
―――5月8日。
私はカレンダーを見て大きくため息をついた。
間に合わなかったか…。
自室を出て、居間へ向かう。
あれから金山さんは戻って来ていない。一緒に行った真珠さんも。
近江くんに訊ねてみたけれど、やっぱり連絡はないらしい。
金山さんがこれほど苦戦するとなると、やっぱり表門にはお金以外の目的があって、その目的が巧妙に隠されているって事だ。
私が知識を得た事によってある程度変化は起きている。
けれど、それがこれからにどう影響するか解らない。
一先ず旭と三つ子は今日学校を休む様に伝えた。家にいれば入れ替わることも容易じゃなくなる筈。それから私とママのどちらかの側にいる事を徹底させた。
弟達は私の言葉に素直に頷いて、ずっと側にいる。うむ。家の弟達は可愛い良い子ですっ。
このまま何事もなく過ぎてくれると良い。
そう願っていたけれど、そうは問屋もおろさないよね。
お昼ご飯を皆で食べ終えて、空気を入れ替えようと透馬お兄ちゃんに窓を開けて貰った時。
「……ふみ?」
何か…焦げ臭い?
「おい、大地、奏輔、花崎」
透馬お兄ちゃんの声が低く響く。それと同時に遠くからサイレンの音が聞こえてくる。それだけで私達は理解した。
商店街が火事だっ。
「透馬お兄ちゃんっ、どの辺りっ?」
「解らねぇ。けど、商店街の方が赤い。全域だっ」
私は咄嗟に走りだしていた。私の行動が予測出来たお兄ちゃん達は何も言わずに追ってきてくれる。逆にママは旭を守る為に待機してくれるようだ。
坂道をいつもの倍のスピードで下る。
野次馬と男性を器用に避けて、商店街に辿り着く。そこはもう火の海だった。火は隣へとまるで生き物の様に移っていく。
商店街の人達はっ!?
「透馬お兄ちゃんっ、住民が避難出来てるか確認してきてっ。大地お兄ちゃんは負傷者の対応っ、奏輔お兄ちゃんは消防車の誘導っ、華菜ちゃんは私の代わりに財閥へ報告っ。逢坂くんは華菜ちゃんの補佐っ。愛奈、避難場所の確保っ」
私の指示に皆が一斉に動き出す。
そして、残ったのは近江くんだ。
私は真っ直ぐ近江くんと向かい合うと、
「近江くんは、解ってるわね?」
「…御意」
一度閉じた瞳を開いた近江くんは、以前の近江くんとは全く別人の瞳をして姿を消した。
後は私が動くのみ。
こう言う時は皆固まっているはずだ。
こうなってしまえば、男が怖いとか言ってられない。体は無意識に震えてはいるけれど、皆の命の方が最優先だから。
まずは会長さんに会いに行かないとっ。商店街の会長さんは何処っ!?
キョロキョロと視線を巡らせる。あ。あれもしかしてっ!消防隊の人と話してるの、うん、間違いないっ、会長だっ。
急いで駆け寄ると、会長さんも私に気付いてくれた。
「会長さんっ、お怪我はっ?」
「大丈夫ですよ。わざわざ駆けつけてくれたんですか?」
「当り前ですよっ。火元は何処ですか?」
「それは今調査中ですが」
そう言いながら会長は声を小さくして、「実は」と話を続けた。
「火元は一か所じゃなく、数カ所から上がったんです。そんな同時に火の気が上がる訳がない。放火の可能性が高いそうです」
放火…?
しかも一か所じゃない?複数?
嫌な予感がする。もしかして、と。
「…今、一番最初に放火された可能性のある家で判明している場所はありますか?」
「今解ってるのは、天川の肉屋と丑而摩の八百屋ですかな?」
会長が消防隊の人に確認をとると、消防隊の人は何やら書類を見て頷いた。
でも私の脳内はそれどころじゃない。
もしかしてと思った。思ったけど本当になるなんて。
…怪しいとは思ってた。このタイミングで火事だもの。絶対何か関係あるとは怪しんでいた。だからこそ、近江くんにあぁ言った。
関わっている忍びを探せと。忍びのことは忍びに任せた方が良いからと。
でも、出来れば気の所為であって欲しかった…。
ぐっと拳を握る。
今は、巻き込んでしまった事に後悔している時じゃない。
私は私のやれることをしないと。
ポケットからスマホを取りだして、手早く操作する。すると愛奈からメールが来た。
愛奈:建ったばかりのマンション。調度白鳥の物件だったから、王子の名前で確保したよ。場所は…。
続いて、華菜ちゃんからのメールが届く。
華菜:財閥に連絡完了。愛奈ちゃんの連絡を受けて借りる手続きは全部こっちで済ませておくね。…お母さん達、無事?
そうだ。華菜ちゃんのお母さんはっ?
キョロキョロと視線を巡らせると、大地お兄ちゃんのお兄さんである勝利さんが肩に二人ほど担いでいる。あれは…華菜ちゃんのご両親では?
会話しているのか、たまに見せる横顔を凝視する。
うん。間違いなさそうだ。
華菜ちゃんに急いで返信する。
美鈴:無事だよ。勝利お兄ちゃんの肩の上に避難してる。
華菜:ほんとに?良かった。そこなら絶対安心だ。
…確かに。丑而摩家って耐久力高そうだし…。
会話を一段落させて、私は再び会長さんと向き合う。
「会長さん。今私の方で避難場所と申しますか、商店街復興まで暮らせる家を用意しました。今まで暮らしていた一軒家ではなくマンションなのは申し訳ないのですが…」
「なんとっ!?よろしいので?」
「勿論です。万が一ということもありますから、部屋の配置はこちらで決めさせていただきますがよろしいですか?」
「いやいや。そんな…何からなにまで申し訳ない」
「そんなっ、頭なんて下げないでっ」
むしろこっちの方が悪いんだから、と言葉にして言える訳もなく。当たり障りのない言葉でやり過ごす。
会長とこれからの事を話していると、会長がどんどん痩せ細っていく。あぁ、頭部まで可哀想な事に…。髪は男の命なのに…。今年から会長になったんだよね。それでいきなりこれだもんね。うぅ、ごめんなさい。復旧に全力を尽くすからね。
それにしても…私の大事な人達をこんな目に合わせるなんて…。許さん。
火事の所為か皆慌てて走ってたり怯えていたり。
火は消防隊のおかげで大分収まってきたけど…怪我してる人とかいないかな?大丈夫かな?
話をしつつ視線を周囲に巡らせると、ふと、一人の女性が目に入った。
何だろう…?
凄く気になる。
火事の現場を見に来た野次馬にしては、静かすぎる。かと言って商店街の人間かと言われると、違う。今までずっとこの商店街で買い物して来た私の勘がそう言っている。
じゃあ、誰…?
派手な女性じゃない。
…化粧で隠しているけど、成人してはいなさそう。…高校生?下手すると中学生くらいかも。
話しかけてみようか?
私はその女性の方へ一歩足を踏み出した、瞬間。
「―――ッ」
女性がこちらを見た。
…見逃さなかったよ。私は。
女性が一瞬驚いたのを。本当に一瞬で。今は何事もなかったかのように、私から視線を逸らし、背を向けて歩き出した。
……そっちは、私の家の方向。…怪し過ぎるでしょうっ!
駆け出す。
すると女性は私に気付いたのか、走りだした。
逃げたっ!?
絶対何かあるでしょっ!
追い付いて見せるっ!!
全力鬼ごっこの開始。
先を走りだす女性を全力で追い掛ける。
だけど、流石忍び。
中々に速い。
けど、追い付けない訳じゃない。この程度の差ならっ!
力の限り踏み込んで、私は一気に追い上げた。
「んなっ!?」
「絶対逃がさないっ!」
白鳥家に辿り着く前に捕まえなきゃっ!
あと、もう、ちょっと…っ。
ぐっと手を伸ばして、女性の背に触れそうになった、その時。
「捕まるものかっ!」
高く高く女性は飛びあがった。家の屋根へと飛び乗る。
あり得ないジャンプ力…でもないか。大地お兄ちゃんとかなら出来そうだしね、普通に。鴇お兄ちゃんもやればやれそう。
そんなお兄ちゃん達を見慣れている私には、何の対処にもならないって事を教えてあげよう。
えっと、ステータスを開いて入手アイテムの欄に…あった。
狙いの物を取りだして、私はそれを大きく振る。
「せー、のっ!!」
大きく投げた。
何をって?
勿論、投げ縄です。先が輪になっている、所謂カーボーイが使うあれ。
いつ入手したかって?
それは昨日小屋で。他にも良いアイテムないかなぁ?と家の敷地内を調べて、流れで庭の小屋を探ったらあった。うさぎさんのぬいぐるみを外して、腰に投げ縄を巻いておくように装備する事にしたんだぁ。てへっ☆
まぁ、何はともあれ私が投げた縄は、見事女性を捕らえた。
何か暴れてるけどもう遅い。
「そぉいっ!!」
縄を引き寄せて、逃げた女性をこちらへと引き戻す。
「きゃっ」
ドスンッ。
捕獲完了っ!
これ以上逃げられないように、念の為にぐるぐると巻きつけておく。…忍びだからなぁ。縄抜けって基本だよね…?
念の為に、ビニール紐で、後ろ手に縛りつつ、親指と親指をきつく結んで置いて、と。…これで大丈夫かなぁ?足も縛っちゃう?あ、因みにビニール紐は目の前にある民家の家庭菜園のを拝借しました。あとで新品のをお返しします。
「ちょっとっ、どんだけ結ぶのよっ」
足はどうしようかな?八の字系の縛り方で良いかな?手は封じたし、足も封じたし、後は肩が外せないように…。
「聞いてるのっ!?」
「聞いてるよ~。…まぁ、私に貴女の言い分聞いてあげる義理はないけどね。放火犯な上に、これから誘拐犯になろうとしている、表門のくノ一さん?」
「なっ!?なんでそれをっ!?」
忍びなのにそんなハッキリと顔に出して良いのかなぁ?
さっきも言ったように言い分聞いてあげる義理はないけどね。
「さぁ、教えて貰おうかな。…私を狙う理由は何?旭と入れ替わって私を殺して何を得ようとしているの?」
「………」
だんまり、か。別にそれでも良いけどね。言わせるし。
「あのね?くノ一さん。私、そんなに優しい人間じゃないんだ」
「………」
「答えてくれないなら、裏門の頭に貴女を突きだす事になるけど、良い?」
「……裏門の…」
「忍びの掟。知ってるでしょう?任務が達成されなかったら?任務を妨害した敵は?どうなると思う?」
女性の顔に怯えが走る。
「…もう一度聞くわ。私を狙う理由は何?」
「それは…」
「それは、貴女の生き血が必要だからですよ」
目の前の女性からではなく、背後から声がした。
しかも、この声は男っ!?
急いで距離をとろうとするも、背後から羽交い絞めにされる。
い、いやっ!
怖い怖い怖いっ!!
このままじゃ、フラッシュバックして、動けなくなるっ!
動け…動けっ、私っ。
今動かなきゃ、私殺されちゃうっ!!
震える体を抑え付けて、渾身の力で肘打ちをかます。
当たらなくてもいい。牽制になればそれで。
男は私の攻撃に気付き、咄嗟に距離をとった。
チャンスだっ、逃げなきゃっ!
私は男から離れる様に全力で走りだす。登り道だけど、でも家に帰れば最強のママがいるっ!
家の前まで全力で一心不乱に走った、その時。
家の中から旭が飛び出してきた。
「待ちなさいっ、旭っ」
「お姉ちゃんを助けなきゃっ!!」
ママが旭を制止する。だけど、旭はそれを振り切って出て来て―――。
後ろで忍びの男が笑った気がした。
ぞわりっ。
鳥肌が立つ。
寒気がした。
「旭っ!」
飛び出してきた旭に向かい走って、抱きしめ抱え込む。
私の体が旭の体を守れるように。ただその一心で旭をきつく抱きしめる。そして―――。
―――トスッ。
「―――ッ!!」
首に何か細い針の様な物が刺さった感覚。
「お姉ちゃんっ!!」
腕の中の旭が叫んだのを私は遠のく意識の中で聞いていた―――。
ふっ。私を舐めないで貰いたいわねっ。
毎度毎度この真っ暗闇を見ていたら、もう分かるもんねっ!
ズバリ、私は気を失っているっ!どやぁっ!
……。
………。
……………しくしくしく。全くもって威張れたことじゃないよぅ…しくしくしく。
何で私また意識を失ってるのー…。
えっと…、私は何でこうなってるんだっけ?気を失う前は確か…。確か私は旭と一緒に買い物した帰りに、旭に扮した表門の人に刺されてー…はて?
そこから記憶がないと言う事は、私はあそこで気を失ったって事だよね?
んで、今現在意識がない、と。そう言う事だよね?
でもさ?私今意識あるよね?こうやって考えていられると言う事は意識が戻ってるって事だもの。
と言う事は、意識は戻ってるけど、目を閉じているだけ、って感じ?
…じゃあ、目を開けば…。
閉じていた目を開くと。
ででんっ!
「ふみっ!?」
目の前に毎度恒例ママのドアップ。
これ、本当にびっくりするから勘弁して欲しい。
ばっくばっく言う心臓を抑えつつ、数歩後ろに引くとママはこれ見よがしに大きなため息をついて私に呆れた目線を向けた。
「美鈴。何をぼんやりしているの?早くその本を持って廊下に出てみなさい」
「へ?」
本?廊下?
何を言ってるのかな?ママは。
何をぼんやりしてるって私の方が聞きたいし。刺された娘に本を持って廊下に立ってろなんて、なんとゆー拷問。
大体刺されたお腹だって……あれ?お腹に包帯も何もない。痛みもない。
え?ちょっと待って。そもそもなんで私、本を持って立ってるの?
「美鈴?聞いてるの?本を持って廊下に出てみなさい?」
「ふみ?」
全く状況を理解出来なくて首を傾げる。
待って?これどういう状況?本を持って、廊下って、え?さっぱり解らないんだけど。
手に持っていた本を見てみる。RPGに出てきそうな…って、これも前に思ったけど、これってセーブの本だよね?
この本は私の部屋からは持ち出す事は出来ないって、もう実証済みだよね?一回やったもんね?結果は解ってるんだし、何度もやらなくてもいいんじゃ…?
と言うか…今気付いたけど、ここ私の部屋じゃない?
周りを見渡してみても…うん、間違いない。私の部屋。
段々落ち着いてきた。
どうして自室に立っているのか、とか気になる所は色々あるけど。
「みーすーずー?」
ママが何やらイラついて来ているから、ここで逆らう何て命知らずな事はしないで、大人しく本を持って部屋の外に出る。
すると本は光を放ち、部屋の中の私の机へと戻った。
うん。前に見た事ある光景だね。デジャヴかな?どゆこと?
「どうやら、持ち出し禁止のようね。美鈴。貴女の部屋がゲームで言う所の宿屋の役割を果たしている様よ」
…うん。その言葉も反応も知ってる。
「ここまで発動しているとなると…。美鈴、カムバック」
言われた通り部屋の中へ戻りつつ、首を捻る。
おかしくない?
いや、絶対におかしい。
だって私前に一度この会話をママとしてるもの。
それとも表門の人に刺されるまでが実は夢で、それが今正夢になっているとかそう言う事?
そんなまさか、ねぇ?
あり得ない、ないない。
こうして部屋に戻って来た私に…ママは何て言うだろう。
さっきまでの流れは偶然だとしても、この後も同じ流れになるのであれば、正夢の可能性が強くなるよね。
この後ママは確か、私にステータス画面の確認をさせた。だったら、ママに言われるより前に、
「ステータス」
私がステータス画面を出現させると、ママは目を丸くして驚いた。
「美鈴?貴女、どうして…?」
「どうしてって、ママが教えてくれたんだよ?」
「私が?いつ?」
いつってそんな昔な事じゃないのに……もしかして、ママ、ぼけた?精神年齢加算すると結構な年齢だし…。
ハッ!?口に出してない筈なのに、ママがすんごい笑顔でこっちを見てる。笑顔なのに怖いっ!
オーラがっ、オーラが黒いよっ、ママっ。
「美鈴?そんな悪い事を言う口はこの口かしら?」
ふみみみみっ!?
「ひゅっへはいほ~」
ほっぺ引っ張んないでーっ。そもそも口に出してないからーっ!
ママ、目が笑ってない、笑ってないよーっ!
「ママはボケてなんかいないわ。それにこの事を説明したのは『今日』が『初めて』よ」
今日が初めて?
ママに引っ張られたほっぺを撫でて痛みを緩和しつつ、ママの言葉について考える。
じーっ…。
ママが嘘を言っている様には見えない。
そもそもママが今、嘘をついても何の得もしない。
じゃあ何で私はこの光景を知っているの?
やっぱり夢か?夢なのか?
でも、刺されたのが夢だとしたら、何であんなに痛かったの?
意識を失くすほど痛かったんだよ?おかしいよね?
何か…、今のこの状況を打破、と言うか説明になるような…そう、ヒントみたいなもの、はないかな?
辺りを見回して、机の上にあるスマホが目に入った。
ひとまず何か言いたげなママを放置して、私は机に駆け寄りスマホを手に取って起動した。
…日付。まず大事なのはここ。前回はあっさりと流したけれど。
スマホに表示された日時は、5月2日。
…私が刺されたのは、確か誕生日の付近だったから…そう、20日だったはず。
……私、本当に夢を見ていた?
これは、あんまり考えたくない事だけど。本当に考えたくないことだけど。
時間が戻ってる?
…正直前世で色んな本やゲームを読んできた私の片寄った情報によると、時間ループものの主人公は大概酷い目にあっている。
だから受け入れたくない。ないんだけど…私は乙女ゲームの世界にこうして転生している訳だし。決してあり得ない話じゃあない。どんな不思議現象もおおらかな心で無意識に受け入れてしまっているくらいには、ゲーム世界に馴染んでしまってきている。…嬉しくないっ!しくしくしく…。
駄目だ。頭を切り替えよう。
とにかく、だ。時間を巻き戻されたのだとしても、もしかして夢?って言うお約束展開だったとしても、結果的に事実は一つ。私はこの先に起きる出来事を知ったってこと。
それはきっとこれからの行動が有利になる………多分。だってほら。一応、この世界が乙女ゲームの世界で、その先の展開を知っていたから色々事件を回避したり、解決したり……すみません、調子こきました。殆ど解決してねーわ。いやいや、待たれよ。私はちゃんと計画立ててきたじゃん?攻略対象と接触しないように、とか。…全員と出会っとるわ。駄目じゃん。…しくしくしく。
これってあれかな?私にあるヒロイン補正が強過ぎ、る、とか…?
あ、もしかして、もしかすると、この予知夢?巻き戻し?の現象ってヒロイン補正?
だとしたら、今回に限りやたら協力的なんですけど?
やり直しさせたりとか、夢で教えたりとか?…裏がありそうで怖い…。神様の罠でありませんように。
よし。お祈りもしたし、まずは、今ある記憶を整理しよう。
私がママにステータスや御三家ルートの展開を聞いたのが今日。
そして、えっと…確か、5月の8日だった。その日に夕飯を鍋にしようと思って、商店街に材料を買いに行ったら愛奈達と偶然会って、華菜ちゃん達も巻き込んでの鍋パする予定だった。だけど、帰宅途中で敵の襲撃にあった。
一つ目の問題はここ。
あの時。私が刺された時言われた言葉を思い出してみよう。
『本当の旭は、僕達の家で眠ってるけどね』
と言っていた。僕達の家で眠っているって。って事は私を刺したあの旭は『私の弟である旭』ではなくて、『表門の末裔である忍びの誰か』と入れ替わっていたと言う事になる。
で、入れ替わっていたと言うのなら、そのタイミングはいつかって事だけど…。
あの時、私が刺される寸前。もし私が旭が入れ替わっている事を知っていたのなら、あの攻撃はきっと回避する事が出来たと思う。もしくは、あの攻撃を行った表門の人間が『男』であったなら、やっぱり回避する事が出来たと思う。
でも私はそれに気付けなかった。となると、
『5月の20日以前。旭を誘拐し、旭と入れ替わった【女】の忍び』
と言う事になる。
そして可能性として、違和感なく潜り込めるのは『8日』の初めての襲撃の時だ。勿論他にタイミングがなかったとは言い切れないけど、普段、弟達はいつも一緒に行動してるし、家にいる時は大抵私の側にいる。特に三つ子の弟達は旭が入れ替わったら敏感に察知すると思う。けれどあの襲撃に紛れるなら多少の違和感程度で済むし、入れ替わりにも最適だ。それに何よりあの襲撃全てが忍びを潜り込ませる罠だと考えると納得もいく。
入れ替わりの事は納得がいく。けど一番重要な…表門の狙いが解らない。例えば、狙いがお金、もしくは私の地位だとして。
殺したら意味なくない?
だって私を殺した所で何も得る事が出来ないのよ?
人質として捕らえたりなんだりするのであれば納得も行くけど、私刺されたよね?何故?
刺したかったから?邪魔だったから?…他に目的があったから?
……もしかしたら、表門の狙いはお金だけではないのかもしれない。
…う~ん、はっきりしないなぁ…。
よし。そこは今後の行動で探って行くことにしよう。
それから二つ目の問題。
ママがしてくれた乙女ゲームの詳細と現実の違いだ。
ママは御三家の誰かと会った時に謎の男と出会い戦闘になるって言っていた。
なのに、実際はどちらの襲撃の時も御三家のお兄ちゃん達は一人もいなかった。
謎の男が、私が刺されるちょっと前に襲ってきた表門の忍びの男だと考えるなら、やはりママから聞いていたのと明らかにタイミングが違う。私が一緒にいたのは旭だ。例え偽物だったとしても。
これはやっぱり表門の忍びは、ゲームの中の襲撃者と違うと考えた方が良いんだろうか?
んー…でもなぁ。
他に襲撃して来た人間がいないのが気になるよね。
御三家のお兄ちゃん達のルートに確定したってママは言った。
ママがそれを断定出来る何か判断材料がある筈なんだよね。
「ステータス」
私はステータス画面を開く。
これが断定出来る材料になるだろうか?
乙女ゲーム世界にいるのは前からで。私が意識したらもしかしたら小さい時から出せたかもしれない。
……ママ、隠し事はしないって言ってたけど…もしかして、まだ、何か隠してる?
でも、ママは私が不利になるような事はしない。絶対に。これだけは間違いない。だけど、ママ、なんだよね。…ママ、自分の事はあんまり大事にしないからなぁ…。
ママが隠している事も、探る必要があるね。
…やるべきことは一杯だ。
まとめると、
『表門の襲撃理由』
『乙女ゲームとの差異の調査』
『ママの隠している事の調査』
の三つかな?
ふむ。以上の事を踏まえて今出来る事は、まずは旭の警護。これは同じ状況を生み出さない為だね。入れ替わりを防ぐ為。
次に御三家のお兄ちゃん達を家に呼んで保護する。もう既に出会ってる御三家のお兄ちゃん達と出会いの状況を作りだすのは難しいと思うの。だったら最初から側にいて貰って、敵の襲撃の有無に関わらず、どう転んでも直ぐに対処出来る様にしておきたい。
それから…。
もう一度ステータス画面に視線を戻す。
前回の経験値の割り振りを見直す。
HPやMPの数値に変化はない。
頁をめくるってみる。あれ?入手アイテムの所…愛奈に貰った蟹とかは全てなくなっているけれど、一つだけアイテムの欄に残ってる。
「……藤硬貨(とうこうか)…?」
入手アイテムにカーソルを合わせないと解らなかったけど、あの忍び専用の硬貨。正式名称は【藤硬貨】って言うんだ。最初の襲撃の際に敵が落としたのを近江くんが拾った物…なんだけど、どうして私が持っている事に?それに、藤…何か引っかかるような…?
無意識に腕を組むと、服の胸ポケットに何か入っている事に気づく。
取り出すと、それは【藤硬貨】で。成程。確かに私のポケットに入っていれば、私の入手アイテムだわ。それに。
「…これで私の記憶が夢だったって可能性は消えたね」
もし夢ならば、アイテムが手元にある訳がない。
最初の疑問に戻るけど、夢か時戻りか。夢である可能性が消されたとなると時間が巻き戻されたと考えるべきだよね。…今一納得出来ないけど。だって時間が巻き戻されたのなら、私は記憶を止めておけないんじゃない?普通は。
勿論、記憶を維持してるから時間ループって言うんだけどさ。だとしたら、今度はこの【藤硬貨】の存在がおかしいんだよね。だって、完全な時間ループなら、入手アイテムが手元にある訳ないし。記憶を頼りにアイテムをゲットするってのが普通でしょう?むむ…どゆこと?
…解んない。
全然理解が出来ないから、まずこの硬貨はシャツの胸ポケットに戻しておく。この硬貨については後でもう一度、他の情報を得てから考えよう。
アイテム欄はひとまず置いておいて。
経験値、パラメータについてに戻る。
お兄ちゃん達と私のパラメータ。そう。経験値の配分だ。前回は数値を平等に割り振った。けど、…うん。それじゃ駄目だ。
私は御三家のルートを選んだ。自分では選んだつもりはなくとも、そのルートに確定したのなら、RPG系の乙女ゲームに変化したのなら、パラメータの割り振りは最重要事項。きちんと考えなきゃいけなかったんだ。
もう一度、振り返ってみよう。幸いにも時が戻った?おかげで、経験値の割り振り前に戻っているから、もう一度じっくり考える事が出来る。
さて、まずは値の変動値を理解しよう。お兄ちゃん達が私に与えてくれる能力はこうなっている。
天川透馬は、移動速度とスキル
丑而摩大地は、体力と攻撃力
嵯峨子奏輔は、精神力と知力
ママが言っていた、均等に上げる事が大事。それは解る。でも、最初の戦闘は何か突出した所を作らないと現状を打開は出来ないんじゃないかな。
その証拠に平均にあげたら、スキルは一つも手に入れる事が出来なかった。それってただの人、じゃん?
それじゃ駄目な訳だ。だからもう一度3人がくれる能力を考える。
最初の襲撃。旭が敵と入れ替わるのを回避する為には。その為に必要なの能力は、恐らく大地お兄ちゃんの能力でも、奏輔お兄ちゃんの能力でもない。
必要なのは透馬お兄ちゃんから貰える、『移動速度とスキル』の能力だ。
何のスキルを入手出来るのかは解らないけど、それでも少なからず何かしらの対抗手段にはなる可能性はあるし、いざと言う時の逃走用に移動速度は重要だ。
リセットされた経験値を改めてもう一度眺め、決めた。
天川透馬の名前を押して、私の経験値ゲージを全て天川透馬の経験値ゲージに注ぎ込む。
紫のゲージはMAXまで貯まり、光を放った。
うん。これで良い。…変化はあまり感じられないけれど。
「…美鈴。透馬くんに全て経験値を割り振ったの?」
声かけられて、ママの存在を思い出した。
ママの顔を見ると、本当にそれでいいの?と不安そうにしている。けど、これで良い。私はママに向かって大きく頷いた。
「うん。私が今必要なのはスキルだと思うから。平均にあげるのは大事だけど。それでも初手はやっぱり一つでも能力を手にする事が大事だと思うの」
私の言葉にママは驚き、けれど直ぐに目を細め頷いた。何か感じ取ってくれたらしい。
「ママ。聞きたいんだけど、透馬お兄ちゃんがくれるスキルの初歩は何?」
「そうね。一番最初は『危険察知(1)』『先手必勝(1)』『硬直短縮』だったはずよ」
「危険察知、先手必勝は何となく想像つくけど…硬直短縮ってのは、実際どうなるんだろう?」
ゲームとかでは次の行動に移るまでの待機時間の事を言うんだけど、これは実際に私達にはどう効果を表すんだろうか。
「戦闘になってみないとなんとも言えないわね」
「そうだね。麻痺したみたいに動かなくなる、って言う展開は避けたいね」
言いながらスマホ片手に手早く操作する。お兄ちゃん達には悪いけど、出向いて貰う。
お兄ちゃん達には、念の為に鴇お兄ちゃんからのメールが届く頃合いに、私からのメールが届くように設定した。
これでよし。後は、お兄ちゃん達が来てから、言える範囲、信じて貰える範囲で説明しなきゃ。
最初の話に戻るようだけど、今日が5月の2日。それから襲撃にあったのは、5月の8日。更に、私が旭の偽物に刺された日が5月の20日。
今日から最初の襲撃にあうまで、6日の猶予がある。逆に言えば6日の間に皆にある程度の状況を理解して貰う必要がある。
「ママ。金山さんは?」
「誠さん達に付いて行っている筈よ?どうして?」
誠パパに付いて行っている?だとしたら、数週間は戻らない筈。誠パパには私の代わりに出張を頼んでいるから。だとしたらあの時、私が呼んだのは、金山さんに変化した金山さんの部下か。それじゃあ駄目だよね。この事件に関しては忍びの人間の協力は必須。中でも、忍びのトップである金山さんは絶対に必要だ。
「誠パパには悪いけど呼び戻すね」
こっちも手早くスマホを操作して、誠パパに電話をかける。コール音が鳴って、3回繰り返して電話が繋がった。
『美鈴?どうかしたかい?』
「うん。誠パパ。悪いんだけど、金山さん借りても良い?」
『金山を?』
「うん。ちょっとどうしても聞きたい事と耳に入れて置きたい事があって。出来れば金山さんを暫く借りたいの。ついでに言うなら金山さんが銀川さんも引き連れて来てくれると尚良し。今日中に」
『今日中かい?それは、難しくないかい?』
「誠パパ……だめ?」
『…美鈴。駄目ではないよ。ただ今私達は海外に…『今参りますっ!お嬢様っ!!』……聞こえたかな?金山は今そちらに向かったよ』
「うん。ありがとうっ、誠パパ。気を付けて帰って来てね」
『うん。美鈴もあまり無理をしないように』
「はーい」
きちんと返事をして電話をきる。これで忍びの頭である金山さんに話を聞いて貰える。
そう言えばママは前に、四従士はヒロインを補佐する為にいるって言ってたっけ?だとしたら、…私が会えたのは、愛奈と近江くん。と言う事は近江くんも何かしら協力をしてくれるって事だよね。何か知ってるかもしれないし、…後で確認しておこう。
後は、えっと…何だっけ。
…視線を感じる…、ハッ、そうだ。ママだ。ママと話を合わせないと。情報交換。大事。
「ねぇ、ママ。『無限ーエイトー』で近江くんはどんな補佐をしてくれるの?どんな立ち位置?」
「虎太郎くん?そうね。補助アイテムを生成してくれるわ。その時の好感度が高いキャラに対応して、例えば透馬くんの好感度が一番高かったら【スキルの書】を作ってくれるわ。ただし、成功する確率は50%。上手くいけばかなりランクの高いスキルを獲得する事が出来るけれど、失敗したら一つスキルが消えてしまったりするわ」
「……完全に博打ね」
「まぁ、そうね。でも、今はそうでもないかもしれないわよ」
どういうこと?
首を傾げる。するとママは強気に笑みを浮かべた。
「愛奈ちゃんがいるからね。成功確率がぐんと上がってるんじゃないかしら」
「おおー。それは確かにっ。じゃあ、近江くん達も家に呼ぼう。…客室って家にいくつあったっけ?」
「最悪、美鈴の部屋に愛奈ちゃんと華菜ちゃんを泊めたら?」
「あ、うんっ。そうしようっ」
スマホで皆に泊まりに来るようにお願いする。逢坂くんも華菜ちゃんの側にいたいだろうから呼んで置く。
因みに返事は即返って来た。少しも考えた様子はなく、条件反射の様に返ってきた。皆、それでいいの?と思わなくもなかったけど嬉しかったから良しとする。
あと残る懸念は…旭だね。
旭にはボディーガードとして誰かをつけるべきだ。つけるべきなのは、解るんだけど…誰にしたら確かだろう?
旭自身も、年齢の割にはそんなに弱くはない。むしろ、誠パパとママの血を色濃く引いているからか、お兄ちゃん達も交えて恐ろしく鍛えあげられている所為か、かなり強い…最強の部類に入るだろう。
そんな旭を出し抜ける存在に普通のボディーガードをつけた所で意味はない。
だとするとー…。
私の視線は真っ直ぐママへと向いた。
「ママ。悪いんだけど、暫く旭の送迎頼んでいいかな?正しくは旭と三つ子の送迎」
「それは構わないけど、いきなりどうしたの?」
「ママがいるといないとでは、大分違うと思うの」
牽制すると言う意味で。ママはこのゲームの流れを知っているから、事実上世界最強だしね。
うん。これで良い。
今打てる手段は全て打った。あと今出来る事はないかな。
私は皆が来るのを待つと同時に、部屋を出てご飯の準備をするのだった。
一度の失敗を二度繰り返さない為にも、今ここでどれだけの情報を提示するかを悩みながら料理をし、皆が寝泊まる部屋の準備を進めた。
そんな風に過ごしていたらあっという間に夕方になり、先に御三家のお兄ちゃん達が、続いて華菜ちゃん達も来てくれた。そしてご飯を食べ終えた頃に海外へ誠パパと行っていた金山さんが到着した。どうやって帰ってきたのかは聞かないでおくべし。怖いからねっ!
…にしても…。生暖かい視線をひしひしと感じる…。御三家のお兄ちゃん達の生暖かい視線は今回も浴びねばならぬようです。鴇お兄ちゃん、後でお仕置きです。でもまぁ、今回はそのメールも利用させて貰った事だし、齧るだけにしといてあげよう。私優しい。
皆に席に着くように伝えて、テーブルを囲んで各々座りやすい位置に座る。真ん中にテーブルを置いて居るのでラグに直に座る人がいたり、ソファに座る人がいたり、金山さん達は相変わらず立っている。ママは一人少し離れた所に座っていた。その隣に旭と三つ子が座っているから、きっと目を離さないようにしているんだろう。それはそれで有難いから問題ない。
「実は皆を呼んだのは、お願いがあるからなの」
「何でも聞くよっ。美鈴ちゃんの為ならっ!」
「華菜ちゃんっ」
「美鈴ちゃんっ」
ひしっ!
華菜ちゃん優しいっ!大好きっ!
「姫さん。話が進まへんから」
おっと、そうだった。
華菜ちゃんと抱き合ってる場合ではないんだった。
真剣な表情に戻してっと。
そのまま視線を金山さんへと向けた。
「金山さん。これに見覚えがありますか?」
「そ、れは…」
驚く事が滅多にない金山さんが一瞬驚いた表情を見せた。
「何故、お嬢様が藤硬貨を…?」
私は手の平に乗せた藤硬貨を金山さんの手の上へと置いた。
金山さんはそれを注意深く見て、きっと間違いないと確信したんだろう。視線を私へと戻した。
「…金山さん。聞きたい事があります。それから、天井裏にいる銀川さんも降りてきてください」
言うと、銀川さんが姿を現した。その隣に真珠さんも移動する。近江くんだけは愛奈の側から離れない。会話を聞いてくれるならそれでも全然構わないんだけどね。
「私の知っている忍びは、金山さん、銀川さん、真珠さん、近江くん、それから、桃の所にいる銅本さんくらい。でも、皆能力者である事は知ってる。だからお願いしたいの。表門について探ってくれないかな」
「お嬢様。何故、表門の存在を?」
「それは言えない。ただ一つ解るのは、表門の人間が、私達を狙ってくると言う事。そしてそれが今から数日後、5月の8日に起きると言う事だけ」
私の言葉に皆が驚く。
「私は皆に傷ついて欲しくない。勿論私も傷つきたくない。だから、対応策を練りたいの。協力してくれる?」
言えない事は一杯ある。だけど、信じて欲しい。
そんな私の不安など、皆はあっさりと笑い飛ばして頷いた。
「勿論だよ、美鈴ちゃん」
「王子のお願い断る訳ないじゃない。言って。王子。私達は何をしたら良いの?」
「待てって。華菜。新田も落ち着け。近江も新田を止めろよ」
「拙者は嫁の奴隷でござるっ」
「無駄にキリッとしないのよ、虎太郎」
「まぁまぁ。虎太郎が元気になったのは良い事じゃないか」
「限度があると思いますがね」
一斉にわいわい騒ぎだす。この雰囲気が私を安心させてくれる。今度は旭を連れ攫われたりはしなさそうだ。
ホッと息を吐くと、ポンと頭を叩かれた。
見上げると、そこには奏輔お兄ちゃんの顔があって。
「…大丈夫や。姫さんの事は俺らが守るから」
「それにちゃんと自分の事も守ってみせるよー」
「だから、どんと構えてろよ。姫」
御三家のお兄ちゃん達の力強い笑みにとても励まされる。嬉しくて私も大きく頷いた。
すると、何かずっと考え込んでいた金山さんが口を開いた。
「まずは、表門の調査ですね」
「ねぇ、美鈴ちゃん。そもそも表門って?」
「あ、そうだね。あのねー」
華菜ちゃんに言われて、そう言えば表門の事知らない人が多い事に気づいて、私は自分が知っている限りで表門について説明した。
でも総括すると、説明は殆ど金の事なんだけどね…。
改めて説明してるのそれをひしひしと感じて、つい口から出てしまった。
「結局私が知ってるのって、表門がお金に困ってるってことだけと言う…」
「あぁ、仕方ありません。表門はそれが全てです」
「あー、やっぱりー…」
って事は、やっぱり私達を狙ったのは、財産目的か~。って、そんな訳ないない。だったら私刺される訳ないじゃん?
前にも言った通り、私を殺してもお兄ちゃん達や弟達。もっと言えば誠パパがいる。要するに跡を引き継いでくれる人間が最低9人はいる。私だけを殺しても意味がない。
大体、私だって旭の事がなければ素直に殺されてやるつもりもない。死にたくない。折角生まれ変わったのに死んでどうする。そして何よりもっ!
「お金はあるけど、働かないやつにくれてやる義理はないっ」
「姫さん。よう言ったっ!」
働かざる者食うべからずっ!
こればっかりは商店街出身者が大半のこの場では誰も否定しない言葉だよね。
全員がうんうんと頷いている。
「そもそもさぁ。美鈴ちゃんに素直に雇ってって言えば雇ってくれそうなのにね」
「あぁ、うん。それはそうかも。だって、離れて結構な月日が~、って言っても金山さん達の遠縁な訳だしねぇ」
事情さえ話してくれたら、受け入れたよねぇ。
仕事をしない連中もきちんとしばき倒して…躾し直して働かせるしねぇ。
まぁ、私が雇う気があっても、もしかしたら金山さんがストップをかけるかもしれないけど。そこはそれ。表門の出方によっては私が何とかするし。うん。
雇う雇わないは一先ず置いておいて、だ。
「金山さん。表門の調査、お願いします」
「かしこまりました」
「真珠さんは金山さんのフォローをお願い。銀川さんも念の為に樹先輩の警護を強化してくれる?もしお金目当てだとしたら、樹先輩にも目が向くかもしれないから」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「それから、ママ。さっきも言ったけど」
「解ってるわ。旭達の事は私がしっかりと守るから」
「うん。お願い。華菜ちゃん、表門についての情報を違う視点から探ってくれる?」
「うんっ。任せてっ、美鈴ちゃんっ」
「逢坂くん。華菜ちゃんが無理をしないように」
「分かってる。無茶しないようにさせるさ」
「愛奈。近江くんと協力して、いざって時の目くらまし武器を作って欲しい」
「痛いの?眩しいの?」
「痛眩しいので」
「任せて」
「何か怖い予感しかしないでござるっ」
「透馬お兄ちゃん達は、私と一緒にここで待機。出来るなら私と一緒にこの家を守って欲しい。外には出ちゃ駄目」
「わかった」
「了解ー」
「にしても、珍しく鴇の予想が外れたな」
「いや、解らんで?知ったうえでわざとあのメールをくれたのかもしれん」
…鴇お兄ちゃんは一体どんなメールを送ったんだろう…?
もしかして、前回の内容とは違う内容のメールだったのかな?
だとしたらあの時の生暖かい目は一体……うん、考えないでおこう。
とりあえず、お兄ちゃん達がここに残ってくれるだけで、充分である。
…さて。これでひとまずどうなるか、様子を見てみよう。
―――翌日。5月3日。
私は透馬お兄ちゃんの部屋で透馬お兄ちゃんと色んな話をしていた。昔話から最近の話まで。
透馬お兄ちゃんの話す内容は、面白さもあったけどどれも実用的で。
特に学生時代、鴇お兄ちゃんと繰り広げた逃走劇の話が面白いのなんのって。思わず誰かに話したくてうずうずしたけど、鴇お兄ちゃんに殺されるからと透馬お兄ちゃんに止められた。…いつか鴇お兄ちゃん本人に話して今度こそ勝利を手にしよう。
え?返り討ちにされるって?
そうなったら齧る。私の武器は今の所『歯』しかない。
一頻り透馬お兄ちゃんと話して、私は部屋に戻り、ステータスを確認した。
すると、スキルの所に、『危険察知(1)』『先手必勝(1)』『硬直短縮』が追加されていた。透馬お兄ちゃんとの会話で好感度が上がったのかな?とにかくスキルが確定した。
この三つ、常時発動スキルなのかな?発動条件とか書いてないし。
とにかく、これで透馬お兄ちゃんのスキルをゲットしたって事はー?
ページを捲って透馬お兄ちゃんの名前の所にあるゲージを見ると空になっていて、透馬お兄ちゃんの名前の横に黄色の星が一つ増えていた。この星は、何だろう?
私のRPG経験から考えるとー、透馬お兄ちゃんのレベルを表している、透馬お兄ちゃんと稽古した回数表示、透馬お兄ちゃんとの好感度…くらいかなぁ。
他のお兄ちゃん達の部屋に行ってないから何とも言えないけど。そこはおいおい調べて行こう。
それから、私の経験値ゲージ。これ、戦闘以外では貯まらないのかな?愛奈達に経験値アップアイテムを作って貰った方が良かったかな?むむ。
…あ、そういえばさ。
私思ってたんだけど、前に透馬お兄ちゃん達に貰ったものって何かのアイテムだったりしないのかな?
確か、小箱入れの中にアクセサリー類があったはず。一先ず銀のブレスレットを一つ取り出して、腕に嵌めてみる。
あ、ステータス画面のページ数が増えた。3ページ目を開いてみると、そこには装備画面が。
えーっと何々?武器、爪…爪っ!?長くないよっ!?料理する時に邪魔だから基本ネイルはしない方向なんだけどっ!?え?なんで爪っ!?
ま、まぁいいや。次、防具。…室内着。うん。まぁ、あってるけど、ざっくりだね。次は、靴。なし。そりゃそうだ。室内だもの。自室で座りながら読んでるからスリッパも履いてないしね。裸足だし。
それから、アクセサリー。ちゃんと天川透馬が作った銀のアクセサリーってなってる。効果も表示されてる。えーっと何々?『危険回避(1)』のスキル効果を持つ?危険回避って文字からいっても『危険察知』の上位スキルだよね?…これ、凄いんじゃね?
他のお兄ちゃん達のくれたアクセサリーやプレゼントも探ってアイテムボックスの中に登録しておこう。
過去に貰ったプレゼントやら何やらを全部取りだして、改めて認識させる。あっという間に入手アイテムボックスの欄は半分埋まったけど、どうやらこの入手アイテムボックスは『私の部屋』の中にあれば直ぐにその場に取りだす事が出来るみたい。…って良く考えたらそうだよね。だって普通私物って部屋に置いてるじゃない?
要するに、私の部屋が入手アイテムボックスって事だよね。で、部屋から出ると…うん。
今廊下に出てみたんだけど、アイテムボックス内の表示が、私が今身につけているものだけになってる。部屋に入るとアイテム欄が増える。容量が増えるんだね。うん。納得。
それに廊下に出て解った事がもう一つ。装備しないと発生しないスキルも結構あるみたい。これは考えて使わないと、だね。
そして色々調べた結果。今回重宝するであろうアイテムが分かった。
大地お兄ちゃんに小さい頃貰った、うさぎさんのぬいぐるみ。聞いて驚け。実はこれ装備アイテムで。しかも武器なの。攻撃力も強ければ、武器なのに何故か防御力も上がる優れもの。これは持ち歩くしかないよね。
後は奏輔お兄ちゃんに貰った眼鏡。これは顔につける装備品だけど一応アクセサリーのくくりに入る。アクセサリーは二つ装備可能みたい。で、この眼鏡の効果だけど、つけてると防御力が少しだけ上がる。だけどそれ以上に、敵を索敵出来る付与効果がある。これはすっごく便利だと思うの。
それから透馬お兄ちゃんに今日貰ったこの銀のネックレス。ペンダント部分が二匹の猫が尻尾でハートを描いている。これが『危機回避(3)』のスキル効果を持つ。
…ゲーム序盤にしては結構良い装備なのでは?
油断はしないように、こうして少しずつ襲撃に備えて行こう。
―――5月4日。
金山さん達が調査から戻って来た。
その報告を聞く為に皆で居間に集まっている。
勿論、旭達も一緒だ。ママがついているから、今の所入れ替わる隙はないはず。授業中とかは金山さんの部下が見張ってくれている。だから旭も三つ子も私の愛弟のままだ。
「お嬢様。大変お待たせ致しました」
「全然。むしろ速いくらいだよ。でも、確かにいつもより時間がかかってたね。やっぱり忍び同士は探り辛い?」
「いいえ。そのような事は全く。ただ私達は、表門の忍びが私達裏門の忍びと袂を分けた後から不可侵を互いに誓っておりましたので、基礎情報が何もなく情報収集に少々手間どってしまいました。ですが漸く目的を理解致しましたので報告致します」
こくりと全員が頷く。
「まず、表門の目的ですが、やはり目的の核となるのは『金』のようです。表門の忍びが村を出た時、きちんと堅実に暮らせば何代先までも困る事のないお金を渡したと聞いております。それが」
「それが?まさか、半分になったとか?」
「いいえ、お嬢様。ゼロです」
「へ?」
「ゼロになったのです。探りを入れるついでに、金庫も覗いてまいりました。借用書の束がこれ程」
そう言って金山さんが私達に見せたのは両手。
「……もしかして、10枚?」
「100枚の束が10冊ほど」
「ゼロというか、マイナスじゃない。それ」
私達は呆れてものが言えなくなってしまった。何をしたらそんなに借金を重ねる事が出来るのよ。
「主に賭博…いえ、パチンコですね」
「お嬢様。表門、潰した方が早いかと思いますよ」
うぬぬ…確かに。
頭を抱えそうになるけれど、一旦思いとどまる。何故だろう。それだけとは思えないのだ。なんかこう…引っかかると言うか…。そう言えば私が刺された時に言われたセリフって…。
『表門に能力がないなんて、いつの話?僕達だって忍者の末裔だよ?』
忍者の末裔。
表門に能力がないって金山さんは思ってる。
でも確かにそれは金山さんの先入観に過ぎないんだよね。
裏門の忍びは表門に能力がないと思いこんでる。
でも表門だって忍びだ。もしコツコツと能力をつけようとしていたのなら?
私達が知らないだけで、表門の人間が力を取り戻していたら?
…あり得ない話ではない。それに実際に私は一度刺されているのだ。だったら、警戒して然るべきだ。
「ねぇ、金山さん?」
「はい、何でしょう?」
「表門にいるっていう、忍びの力を隔世遺伝した人がいるって知ってる?」
「隔世遺伝?」
あ、金山さんの眉間に皺が寄った。やっぱり…知らないんだ。調査に行った金山さんが探れなかったって事は余程の実力者の可能性がある。
そうなるとまた話が変わってくる。金山さんの事を知った上で、探りを入れる金山さんを欺くだけの能力を持っていて、嘘の情報を流した可能性があるって事だもんね。
「金山さん。金山さんが手を抜いているとは思わないの。でも人間って誰しも先入観って言うのがあると思うの」
「分かっています。もう一度、調査して参ります。お嬢様のご期待に応えて見せます」
私が全て言う前に金山さんと真珠さんは私の言葉の先を読んで、その場を去った。
視線を壁に貼られたカレンダーへと向ける。
今日は5月の4日。
最初の襲撃まで後残り4日。
その日まで相手の本当の目的を知る事が出来ると良いけど…。
私は静かにカレンダーを睨みつけた。
―――5月8日。
私はカレンダーを見て大きくため息をついた。
間に合わなかったか…。
自室を出て、居間へ向かう。
あれから金山さんは戻って来ていない。一緒に行った真珠さんも。
近江くんに訊ねてみたけれど、やっぱり連絡はないらしい。
金山さんがこれほど苦戦するとなると、やっぱり表門にはお金以外の目的があって、その目的が巧妙に隠されているって事だ。
私が知識を得た事によってある程度変化は起きている。
けれど、それがこれからにどう影響するか解らない。
一先ず旭と三つ子は今日学校を休む様に伝えた。家にいれば入れ替わることも容易じゃなくなる筈。それから私とママのどちらかの側にいる事を徹底させた。
弟達は私の言葉に素直に頷いて、ずっと側にいる。うむ。家の弟達は可愛い良い子ですっ。
このまま何事もなく過ぎてくれると良い。
そう願っていたけれど、そうは問屋もおろさないよね。
お昼ご飯を皆で食べ終えて、空気を入れ替えようと透馬お兄ちゃんに窓を開けて貰った時。
「……ふみ?」
何か…焦げ臭い?
「おい、大地、奏輔、花崎」
透馬お兄ちゃんの声が低く響く。それと同時に遠くからサイレンの音が聞こえてくる。それだけで私達は理解した。
商店街が火事だっ。
「透馬お兄ちゃんっ、どの辺りっ?」
「解らねぇ。けど、商店街の方が赤い。全域だっ」
私は咄嗟に走りだしていた。私の行動が予測出来たお兄ちゃん達は何も言わずに追ってきてくれる。逆にママは旭を守る為に待機してくれるようだ。
坂道をいつもの倍のスピードで下る。
野次馬と男性を器用に避けて、商店街に辿り着く。そこはもう火の海だった。火は隣へとまるで生き物の様に移っていく。
商店街の人達はっ!?
「透馬お兄ちゃんっ、住民が避難出来てるか確認してきてっ。大地お兄ちゃんは負傷者の対応っ、奏輔お兄ちゃんは消防車の誘導っ、華菜ちゃんは私の代わりに財閥へ報告っ。逢坂くんは華菜ちゃんの補佐っ。愛奈、避難場所の確保っ」
私の指示に皆が一斉に動き出す。
そして、残ったのは近江くんだ。
私は真っ直ぐ近江くんと向かい合うと、
「近江くんは、解ってるわね?」
「…御意」
一度閉じた瞳を開いた近江くんは、以前の近江くんとは全く別人の瞳をして姿を消した。
後は私が動くのみ。
こう言う時は皆固まっているはずだ。
こうなってしまえば、男が怖いとか言ってられない。体は無意識に震えてはいるけれど、皆の命の方が最優先だから。
まずは会長さんに会いに行かないとっ。商店街の会長さんは何処っ!?
キョロキョロと視線を巡らせる。あ。あれもしかしてっ!消防隊の人と話してるの、うん、間違いないっ、会長だっ。
急いで駆け寄ると、会長さんも私に気付いてくれた。
「会長さんっ、お怪我はっ?」
「大丈夫ですよ。わざわざ駆けつけてくれたんですか?」
「当り前ですよっ。火元は何処ですか?」
「それは今調査中ですが」
そう言いながら会長は声を小さくして、「実は」と話を続けた。
「火元は一か所じゃなく、数カ所から上がったんです。そんな同時に火の気が上がる訳がない。放火の可能性が高いそうです」
放火…?
しかも一か所じゃない?複数?
嫌な予感がする。もしかして、と。
「…今、一番最初に放火された可能性のある家で判明している場所はありますか?」
「今解ってるのは、天川の肉屋と丑而摩の八百屋ですかな?」
会長が消防隊の人に確認をとると、消防隊の人は何やら書類を見て頷いた。
でも私の脳内はそれどころじゃない。
もしかしてと思った。思ったけど本当になるなんて。
…怪しいとは思ってた。このタイミングで火事だもの。絶対何か関係あるとは怪しんでいた。だからこそ、近江くんにあぁ言った。
関わっている忍びを探せと。忍びのことは忍びに任せた方が良いからと。
でも、出来れば気の所為であって欲しかった…。
ぐっと拳を握る。
今は、巻き込んでしまった事に後悔している時じゃない。
私は私のやれることをしないと。
ポケットからスマホを取りだして、手早く操作する。すると愛奈からメールが来た。
愛奈:建ったばかりのマンション。調度白鳥の物件だったから、王子の名前で確保したよ。場所は…。
続いて、華菜ちゃんからのメールが届く。
華菜:財閥に連絡完了。愛奈ちゃんの連絡を受けて借りる手続きは全部こっちで済ませておくね。…お母さん達、無事?
そうだ。華菜ちゃんのお母さんはっ?
キョロキョロと視線を巡らせると、大地お兄ちゃんのお兄さんである勝利さんが肩に二人ほど担いでいる。あれは…華菜ちゃんのご両親では?
会話しているのか、たまに見せる横顔を凝視する。
うん。間違いなさそうだ。
華菜ちゃんに急いで返信する。
美鈴:無事だよ。勝利お兄ちゃんの肩の上に避難してる。
華菜:ほんとに?良かった。そこなら絶対安心だ。
…確かに。丑而摩家って耐久力高そうだし…。
会話を一段落させて、私は再び会長さんと向き合う。
「会長さん。今私の方で避難場所と申しますか、商店街復興まで暮らせる家を用意しました。今まで暮らしていた一軒家ではなくマンションなのは申し訳ないのですが…」
「なんとっ!?よろしいので?」
「勿論です。万が一ということもありますから、部屋の配置はこちらで決めさせていただきますがよろしいですか?」
「いやいや。そんな…何からなにまで申し訳ない」
「そんなっ、頭なんて下げないでっ」
むしろこっちの方が悪いんだから、と言葉にして言える訳もなく。当たり障りのない言葉でやり過ごす。
会長とこれからの事を話していると、会長がどんどん痩せ細っていく。あぁ、頭部まで可哀想な事に…。髪は男の命なのに…。今年から会長になったんだよね。それでいきなりこれだもんね。うぅ、ごめんなさい。復旧に全力を尽くすからね。
それにしても…私の大事な人達をこんな目に合わせるなんて…。許さん。
火事の所為か皆慌てて走ってたり怯えていたり。
火は消防隊のおかげで大分収まってきたけど…怪我してる人とかいないかな?大丈夫かな?
話をしつつ視線を周囲に巡らせると、ふと、一人の女性が目に入った。
何だろう…?
凄く気になる。
火事の現場を見に来た野次馬にしては、静かすぎる。かと言って商店街の人間かと言われると、違う。今までずっとこの商店街で買い物して来た私の勘がそう言っている。
じゃあ、誰…?
派手な女性じゃない。
…化粧で隠しているけど、成人してはいなさそう。…高校生?下手すると中学生くらいかも。
話しかけてみようか?
私はその女性の方へ一歩足を踏み出した、瞬間。
「―――ッ」
女性がこちらを見た。
…見逃さなかったよ。私は。
女性が一瞬驚いたのを。本当に一瞬で。今は何事もなかったかのように、私から視線を逸らし、背を向けて歩き出した。
……そっちは、私の家の方向。…怪し過ぎるでしょうっ!
駆け出す。
すると女性は私に気付いたのか、走りだした。
逃げたっ!?
絶対何かあるでしょっ!
追い付いて見せるっ!!
全力鬼ごっこの開始。
先を走りだす女性を全力で追い掛ける。
だけど、流石忍び。
中々に速い。
けど、追い付けない訳じゃない。この程度の差ならっ!
力の限り踏み込んで、私は一気に追い上げた。
「んなっ!?」
「絶対逃がさないっ!」
白鳥家に辿り着く前に捕まえなきゃっ!
あと、もう、ちょっと…っ。
ぐっと手を伸ばして、女性の背に触れそうになった、その時。
「捕まるものかっ!」
高く高く女性は飛びあがった。家の屋根へと飛び乗る。
あり得ないジャンプ力…でもないか。大地お兄ちゃんとかなら出来そうだしね、普通に。鴇お兄ちゃんもやればやれそう。
そんなお兄ちゃん達を見慣れている私には、何の対処にもならないって事を教えてあげよう。
えっと、ステータスを開いて入手アイテムの欄に…あった。
狙いの物を取りだして、私はそれを大きく振る。
「せー、のっ!!」
大きく投げた。
何をって?
勿論、投げ縄です。先が輪になっている、所謂カーボーイが使うあれ。
いつ入手したかって?
それは昨日小屋で。他にも良いアイテムないかなぁ?と家の敷地内を調べて、流れで庭の小屋を探ったらあった。うさぎさんのぬいぐるみを外して、腰に投げ縄を巻いておくように装備する事にしたんだぁ。てへっ☆
まぁ、何はともあれ私が投げた縄は、見事女性を捕らえた。
何か暴れてるけどもう遅い。
「そぉいっ!!」
縄を引き寄せて、逃げた女性をこちらへと引き戻す。
「きゃっ」
ドスンッ。
捕獲完了っ!
これ以上逃げられないように、念の為にぐるぐると巻きつけておく。…忍びだからなぁ。縄抜けって基本だよね…?
念の為に、ビニール紐で、後ろ手に縛りつつ、親指と親指をきつく結んで置いて、と。…これで大丈夫かなぁ?足も縛っちゃう?あ、因みにビニール紐は目の前にある民家の家庭菜園のを拝借しました。あとで新品のをお返しします。
「ちょっとっ、どんだけ結ぶのよっ」
足はどうしようかな?八の字系の縛り方で良いかな?手は封じたし、足も封じたし、後は肩が外せないように…。
「聞いてるのっ!?」
「聞いてるよ~。…まぁ、私に貴女の言い分聞いてあげる義理はないけどね。放火犯な上に、これから誘拐犯になろうとしている、表門のくノ一さん?」
「なっ!?なんでそれをっ!?」
忍びなのにそんなハッキリと顔に出して良いのかなぁ?
さっきも言ったように言い分聞いてあげる義理はないけどね。
「さぁ、教えて貰おうかな。…私を狙う理由は何?旭と入れ替わって私を殺して何を得ようとしているの?」
「………」
だんまり、か。別にそれでも良いけどね。言わせるし。
「あのね?くノ一さん。私、そんなに優しい人間じゃないんだ」
「………」
「答えてくれないなら、裏門の頭に貴女を突きだす事になるけど、良い?」
「……裏門の…」
「忍びの掟。知ってるでしょう?任務が達成されなかったら?任務を妨害した敵は?どうなると思う?」
女性の顔に怯えが走る。
「…もう一度聞くわ。私を狙う理由は何?」
「それは…」
「それは、貴女の生き血が必要だからですよ」
目の前の女性からではなく、背後から声がした。
しかも、この声は男っ!?
急いで距離をとろうとするも、背後から羽交い絞めにされる。
い、いやっ!
怖い怖い怖いっ!!
このままじゃ、フラッシュバックして、動けなくなるっ!
動け…動けっ、私っ。
今動かなきゃ、私殺されちゃうっ!!
震える体を抑え付けて、渾身の力で肘打ちをかます。
当たらなくてもいい。牽制になればそれで。
男は私の攻撃に気付き、咄嗟に距離をとった。
チャンスだっ、逃げなきゃっ!
私は男から離れる様に全力で走りだす。登り道だけど、でも家に帰れば最強のママがいるっ!
家の前まで全力で一心不乱に走った、その時。
家の中から旭が飛び出してきた。
「待ちなさいっ、旭っ」
「お姉ちゃんを助けなきゃっ!!」
ママが旭を制止する。だけど、旭はそれを振り切って出て来て―――。
後ろで忍びの男が笑った気がした。
ぞわりっ。
鳥肌が立つ。
寒気がした。
「旭っ!」
飛び出してきた旭に向かい走って、抱きしめ抱え込む。
私の体が旭の体を守れるように。ただその一心で旭をきつく抱きしめる。そして―――。
―――トスッ。
「―――ッ!!」
首に何か細い針の様な物が刺さった感覚。
「お姉ちゃんっ!!」
腕の中の旭が叫んだのを私は遠のく意識の中で聞いていた―――。
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