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最終章 数多の未来への選択編

※※※(棗視点)

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ぐるぐるとまるで海に出来る渦巻きの様に体が闇の渦に引き摺りこまれて行く。
視界には何も映らず、息が出来ないっ。
この息苦しさは、リョウイチを襲ったアイツに殴られた所為なのか、それともこの激流の様な渦の中にいるからなのか。
まるで見当が付かない。
でも一つだけ解ってる事がある。言うまでもない事だ。

鈴と引き離されたっ。

何故あの時油断したのか、鈴の手を取れなかったのか、―――後悔しかない。
早くこの渦から脱出して、鈴の下へと行かなければっ。
だが、一体何をどうしたら、この吸い込まれて何処かへ飛ばされている現状をどうにか出来るのだろうか?
悩むと同時に呼吸が限界近くなってきた。

ヤバいっ。

焦りが冷汗となり背筋を伝う。
本格的に自分と死が隣り合わせになって恐怖した瞬間。

一気に視界が開けた。

「がはっ…」

急激に入って来た空気に、喉が、肺が驚き、咳き込み、息を吐きだした。
ガクッと足から力が抜け、

「棗先輩っ」

背後から誰かに支えられた。
真っ暗な視界が開かれ、自分の目の前に机がある。
これは…父さんの机だ。
と言う事は…僕は戻って来たのか?
げほっと空気をもう一度吐き出して、空気をゆっくりと吸いながら現状を確認する。
僕を支えているのは、猪塚か?
咳き込みながらも視線で場所を確認する。
ここは、父さんの部屋で間違いないらしい。だとしたら、僕の背に感じる重さは…。
背に腕を回して、ゆっくりと体を起こす。背中に乗った鈴の体を落とさないように。同時に僕のお腹にまで回っている猪塚の手を離させる。
鈴を挟む様にしていたから、猪塚に離させてそっと態勢を変えて、鈴を胸に抱き込む。
…やっぱり鈴の意識は戻ってない、か。
(…まだ、あっちにいるって事か)
僕だけが帰って来てしまった。
再び後悔が胸に疼く。
僕達があちらへ行ってどのくらいの時間が経過した?
腕時計を確認すると、時間はほとんど経過していない。多分、一分も過ぎていないだろう。
(あちらではかなりの時間が過ぎていた。なのに、トリップした瞬間に戻って来ている。もしも、あちらでどんなに時間が経過しても、飛んだ時間に戻れるなら鈴も戻って来ていてもおかしくない。なのに、【僕だけが戻って】来ていて、しかも【時間が経過】している。絶対におかしい。…鈴に何か、あったっ!?)
辿り着きたくない結論に辿り着き、ちっと舌打ちする。
「棗先輩?」
とりあえず、猪塚は無視するとして。
鈴を抱き上げて立ち上がり、僕は部屋の外へ駆けだす。
何はともあれ、父さんの所へ向かおう。
父さんの部屋にあった手紙だ。父さんが何かしら知っている筈だ。
それだけは確信がもてる。
「棗先輩っ!?いずこへっ!?」
背後から猪塚の声が聞こえた。こいつは意地でもついてくるな…。昔からそうだし。
歩む足を止めずに、
「父さんの所へ行くっ。解るだろう、猪塚っ。鈴の意識が戻らないっ。あの光といい、父さんが何か知ってるに決まってるっ」
だから父さんの所へ行くっ。そう最後まで言いきると、猪塚は僕を追い越して先に家を飛び出した。
一体何だ?
遅れて僕が外に出ると、玄関に車が止まっていた。
運転席には猪塚がいる。猪塚は窓を開けて、
「乗って下さいっ。先輩のご両親はもしかしたら、猪塚が主催しているパーティにいるかもしれないっ」
そう叫ぶ。僕は一も二もなく車の後部座席に乗りこんだ。
同時に車は走りだす。
家の車を勝手に使ったのはこの際怒らずにおき、僕はポケットから携帯を取りだして父さんに電話をかけた。
車が急ブレーキを踏んだ時とかの為に、座席に横たわらせ鈴の頭を僕の腿の上に置いた。
「…棗先輩。白鳥さんは、大丈夫なんですよね?」
「……大丈夫と、思いたいけど…。正直何とも言えない」
意識が戻らなかったら、鈴は…あちらの世界に精神だけ取り残されて、ずっとこちらに戻れずに、下手したら鈴ともう二度と会話が出来なくなるかもしれない…。
鈴はあれからどうしただろうか。
僕に今出来る事は、鈴の無事を祈る事と、鈴をこちらへ呼び戻す手段を得る事だ。
空気を読んだ猪塚が無言で運転する。
コール音が続く。もしかしたら電話に出れない状況なのかもしれないけど、そんなの関係ない。
出るまで呼び出しを続けていると、ようやく父さんと電話が繋がった。
『もしもし?棗か?どうした?』
「父さん。今何処にいるの?」
『猪塚グループ主催のパーティだが?』
猪塚の予想は当たったらしい。運が良かったな。まずは父さんにそちらへ向かっている事を告げて、その理由を語る事にする。
父さん宛の手紙を展望台で見つけた事。
そして、それを父さんの机に置いてあった手紙に触れさせた瞬間、光を放った事。
更にはその光に僕と鈴がこことは異なる世界【アースラウンド】へ精神だけが連れて行かれ、僕だけが戻って来てしまった事。
全て伝え終えて、僕は父さんの反応を待った。
父さんが何か知っているだろうと思って、こうして聞いてみたものの、これで父さんは何も知らなかったら僕はどうやって鈴を取り戻したらいいのか、一から探さねばならない。その間、鈴が向こうで何かあったら、僕は、僕を許せなくなるっ。
『……ったく、あの馬鹿が』
「父さん?」
『棗。電話を終えたら、メールを送る。地図を添付するから、その場所に来なさい。そこで詳しく説明する。いいね?』
「分かった」
言葉通り、父さんは僕の返事を聞き次第電話を切り、少しも待つ事なくメールが送られて来た。
直ぐにそのメールを開くと、地図が添付されている。一か所に赤い丸が…ホテル?聞いた事ないホテル名だが、父さんが来いと言うのだから大丈夫だろう。
猪塚に目的地が変わった事を告げて、そちらへ向かうように言う。
あっさりと了承した猪塚に運転を任せ、僕はそっと鈴の頭を撫でた。
ただ眠っている様に見えるけど、鈴は今あちらで一人不安と恐怖に戦っているのかと思うと、胸が苦しくなる。
せめて、鈴の側にいれるように…僕は鈴の手をそっと握った。

車は進み、街中を抜けて、街の端にある父さんが記したホテルへと到着した。
鈴を抱き上げて車を降りる。猪塚に車を任せて、僕は真っ直ぐ中へと向かう。受付で名前を言うと、直ぐに話が通じてエレベーターまで案内される。…そこまで立派なホテルではなさそうだったんだけど、予想外に従業員の動きが洗練されている。普通のホテルじゃないのか?
エレベーターに乗り込む。
ホテルマンがエレベーターのボタンを押すと、エレベーターは上昇する。
何階に行くんだろう?……八階?
ちょっと待って?そこまで階層あるホテルだったか?ここ。
外観を見ただけだったけれど、高くても五階建て程度だった気がする。
「(棗先輩…。ここ、おかしくないですか?)」
コソコソと言われて、僕も頷く。
「(気付きました?棗先輩。…一度も他のお客さんとか従業員、見てないんですよ?)」
言われてハッとする。
確かに誰とも擦れ違わない。それこそ、従業員も今案内している彼しか…一体どう言う場所なんだ、ホントに。
父さんが僕達を危険な場所に連れて来る筈がない。それは分かってるし信じているから命に係わるような事は絶対ないし、ここは安全な場所だとは思うんだけど…色んな意味で恐怖を感じる。
…今は鈴を助ける事を注視して、細かい事は目を瞑ろう。
チンッ。
昔ながらの到着音が鳴り、八階と思わしき場所へ到着した。
ホテルマンに降りる様に促され、一歩エレベーターから外へ足を踏み出すと、ぐらりと唐突に眩暈を覚えた。
自分の体調が悪くなったのかと思ったけれど、
「おえー…」
後ろで猪塚が嘔吐いているから、僕の体調が悪くなった訳ではなく、この場所が僕達の感覚を狂わす何かを放っていると考えた方が良さそうだ。
ホテルマンは何も言わず僕達を案内する。何でここの中をそんなにスタスタと…。
正直、眩暈が消えなくて、脳内ぐるぐる状態の僕は鈴を抱えて歩くので精一杯だ。父さん、一体何でこんな場所に。
それから、猪塚。僕だってしんどいんだから、僕の腕に捕まるな。歩き辛い。
…口に出すのも億劫だから、無視して進む。途中、猪塚が力尽きたけど、捨て置く。
暫く歩いて、ホテルマンが突き当りの部屋の前で足を止めて、ドアをノックした。
そして、ゆっくりとドアを開けて僕達に入るように促す。逆らう意味はないので素直に中に入ると、一気に神聖な空気に身を包まれた。
さっきまでの体を抑え込むような不快感が嘘のようだ。
「あぁ、やっと来たか」
「父さんっ」
部屋の奥から声がして、そっちに駆け寄ると父さんと、え?何で佳織母さんも?
「佳織母さん、何でここに?」
「……娘の一大事、だからね。棗、美鈴をこっちに」
僕は佳織母さんに言われるまま、鈴をベッドへ寝かせた。
ホテルだから当然ベッドもある…んだけど、凄い趣味悪いね、ここ。まるでラブホテルのベッドみたいだ。ハート型のベッドにハート柄の毛布って…。
「鈴が目を覚ましたら、叫びそうだね」
「叫ぶわね、間違いなく。でもしょうがないのよ。このベッドが一番【力】が強いんだって誠さんが言うんだもの」
「力?」
「あぁ。…棗。美鈴は佳織に任せて、私達は佳織の実家へ行くぞ」
そう言ってさっさと部屋を出て行く父さんの後を慌てて後を追った。
途中行き倒れた猪塚を発見し、父さんが優しく起こして、何やら頼みごとをしたのか、立ち上がった猪塚と一緒にホテルを出て、別々の車に乗りこみ別れた。
父さんが運転する車の助手席に乗りこみ、今度こそ話を聞こうと口を開いた。
「父さん。聞きたい事が一杯あるんだけど」
「分かってる。さて、何から聞きたい?」
そう言われると、逆に悩んでしまう。まずは何処から聞くべきか。…そもそもの事件の発端であるあの手紙だろうか?
「この手紙は何?」
僕がポケットから取り出した手紙を、父さんは横目でちらりと確認して、ややあって口を開いた。
「それは、リョウイチからの手紙だ。棗は【アースラウンド】へ飛ばされた。そう言っていたな?ならばリョウイチは知っているな?」
「うん。僕と鈴が【アースラウンド】で飛ばされた時、リョウイチは僕達を発見し保護してくれた人だ。でもどうして、リョウイチが父さんに手紙を?そもそも一体どうやって?」
世界や時空を越えて手紙を出せるんだ?
そんな僕の疑問に父さんは簡単に答えて見せた。
「どうやって、か。簡単な話だ。リョウイチもこの世界にいたからだ」
「この世界にいた?でも」
「見た事がない。そう言いたいんだろう?」
言われて頷いた。父さんが話す口調を聞く限りだと、親しい仲だったように思える。だけどその割に僕はリョウイチの姿を見た事がない。アースラウンドから世界を越えて会いに来ていたとしても、僕達家族がその姿を見た事がないのはおかしい。
かと言って手紙だけのやりとりだったのなら、父さんがこの世界にいたとは言わないだろう。
父さんは【いた】と言った。これは一体どう言う事なのか。
「実際、私とリョウイチはこの世界で会った事は一度もない」
この世界【では】?
父さんの言い方にちょっとした違和感を覚える。
「これは、佳織しか知らない事だが。棗。私には前世の記憶があるんだよ」
「前世の、記憶?」
「そうだ。そして、私の前世の記憶はかなりの量になるが、その最古の記憶が、アースラウンドでの記憶だ」
もしかして、父さんは前世でリョウイチと知り合い関係にある?
僕の疑問に肯定するように、父さんは言葉を続ける。
「私とリョウイチは切っても切れない縁にある。私が転生を繰り返している様にリョウイチもまた転生を繰り返している」
段々と父さんの言いたい事が分かってきた。
父さんが言っていた、この世界にいたと言うのは転生して、この世界にいたと言う事だ。そして、既にこの世界にいない。イコール…既に亡くなっているという事にも繋がる。
リョウイチと言う名で、既に亡くなっている人物で、父さんと縁が繋がる人間。それは―――。
「鈴の父親。佳織母さんの前夫って、確か嶺一って名前だったよね?」
「私とリョウイチは、失う事の出来ない唯一無二の親友だ。そして必ず私達は出会い、友になる運命にある。それは何度となく繰り返してきた、人としての生の中で覆す事の出来ない運命だ。まぁ、覆すつもりもないんだがね。そしてどうせ出会うのであればと私達は前世の記憶を取り戻した時には必ず手紙を互いに向けて書くようにしているんだ」
「その手紙が、これ?」
「そうだ。だが、私達はいつも手紙書いているが、一通だけと暗黙の了解で決まっている。なのに、今回は何故か沢山の手紙があるんだ。それの一つがその手紙だ。しかも、だ。リョウイチの呪いがどの手紙にも施されている」
「だから、僕達は飛ばされた?」
「と、思ってもいいだろう。しかし、厄介な事に、この手紙の呪いは一度解放されると、そこにリョウイチの力は残っていないようなんだ。その証拠に」
言いながら父さんはポケットから手紙を取りだした。
「重ねてみろ」
渡されて、僕は言われた通り手紙を重ねる。しかし、何も変化はなかった。
「何も反応しないだろう?」
言われ頷く。
「美鈴を取り戻すには、もう一度あちらの世界へ行き、リョウイチの力、もしくはリョウイチと同等の力を持った人間にこちらへ飛ばして貰う必要がある」
そう言えば、リョウイチが鈴は簡易送還出来ないと言っていた。それはこう言う事なんだろうか?
「棗。お前が飛ばされたのはリョウイチが刺された後だと言っていたな?」
「うん」
「…だとしたら、リョウイチの力で戻るのは不可能に近いな」
「何故?」
「リョウイチは刺された事により命を落とすんだよ」
「えっ!?」
「あちらの世界の私が駆けつけた時にはもう息を引き取った後だった」
「じゃ、じゃあ、鈴はっ!?」
「だから、厄介なんだ。棗。佳織の実家はリョウイチが施した呪いのかかった手紙がある筈だ。それを使ってアースラウンドへ行き、【リョウイチ】の力を継ぐ人間の力を借りて美鈴を見つけ出し連れ戻すんだ。いいな?」
あちらに飛ばされたら、今度は僕の姿が見える人間がいるとは限らない。
父さんが言うには同じ時間軸に戻れるかも解らないらしい。
だけど、鈴は一人では決して戻れないと父さんは言っていた。
鈴の記憶は一つに留まらないからと。
僕には理解出来ないけれど、それでも構わない。

僕は鈴を助けたいっ!

父さんは鈴を取り戻す方法を僕に教えてくれた。
それで充分だ。
だって…鈴を、恋人を助けるのは、鈴の彼氏である僕の役目だからっ。


車を飛ばし、僕達は佳織母さんの実家の村へ辿り着いた。
真っ直ぐに図書館へ向かい、父さんは二通の手紙を探り当てた。
それを僕に渡してくれる。
僕は躊躇いなく、その手紙を重ねた。
光が僕を包む。

(鈴。今、助けに行くから―――)

僕の意識は再び、闇の渦へと引き摺りこまれて行った。
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