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完結後の小話
三者面談
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「鴇ー。俺を探してたんだって?」
ガラッとドアが開き、透馬が顔を出す。
「あぁ。美鈴の三者面談で一応な」
「姫の?あぁ、成程。お前も父兄になるもんな。それで俺か」
「そう言う事だ」
納得した透馬がドアを閉めて、椅子を引いて俺の目の前の席に着く。ついでに渡しておくか。
美鈴の進路に関する資料を手渡すと、直ぐに受け取り中を読みこむ。
「っても、姫の事だ。そんな心配いらないだろ?」
「そうでもない」
「なんで…あ、そういうことか」
「そう言う事だ」
俺の時もそうだったが、普通とは逆に引く手数多で選べる道が多過ぎる。
「一般の人間が聞いたら激怒しそうだけどな」
色々納得したのか、パタンと資料を机の上に置き、透馬は頬杖をついてペンを取りだして何やら気になる点を書き殴っている。
「三者面談か~。学生の時母親が来るのが本当に嫌だったなぁ…。そういや鴇と三者面談の日程被った事ないな。お前はどんなだったんだ?」
「どんなって言われてもな。普通だったぞ?可もなく不可もなく。…あぁ、でも佳織母さんが来るようになってからは、正直恐怖だったな」
「恐怖?珍しいな、鴇がそんな風に言うなんて。どれ、詳しく話してみろ。さぁ、来いっ!」
「なるべく、事細かに頼むで」
「出来れば姫ちゃん達の事も込みでよろしくー」
「………おい、お前ら。いつの間に教室に入って来た」
「そんな事気にせんと詳しくっ!」
奏輔。そのペンと紙は一体何処から出て来た?大地も目を輝かせてるんじゃない。
……っとに、こいつらは…。
仕方なく、俺は記憶を辿った。
あれは確か…俺が高校の時の事だったか―――…。
※※※
「行くしかないわねっ!」
リビングを開けて、佳織母さんが騒いでいる。これはこれでいつもと変わらない風景と言えば風景なんだが…。
「鴇お兄ちゃんっ、パン何枚?固め?柔らかめ?卵は?半熟?スクランブルダッシュ?」
美鈴がお手製の食パン一斤と卵を持って、キッチンで笑っている。
「パン二枚、固めで卵は目玉の半熟で頼む」
「はーいっ♪」
とてとてとエプロンのリボンを揺らしながら、美鈴は葵と棗の前にトーストを置いてキッチンへと戻る。
喉が渇いたから、俺もキッチンに行って牛乳でも飲むか。
葵と棗がニコニコと嬉しそうに、シンクロしながら目玉焼きの乗っかったパンに齧りついているのを横目に佳織母さんが何やら騒いでいる。
キッチンに入り冷蔵庫を開けて牛乳を取り出し、俺は紙パックのまま一気に飲み干す。
「ふみっ!?鴇お兄ちゃんっ、お行儀悪いよっ?ちゃんとストロー入れてっ」
「そこはコップに入れてじゃないのか?それに下までは届かないだろ。これ1000mlだぞ?」
「大丈夫っ!面白ストロー通販でゲットしたからっ!」
てれれれってれー♪
美鈴、ポケットからどうやって取りだした?そもそもどうやってポケットに入れていた?
「……何で買った、こんな長いの」
「面白そうだったから、つい…。そして買ってから気付いたの。使い道がないって…」
衝動買いか…。美鈴は俺が飲み干した牛乳パックを受け取り、洗っている。リサイクル…美鈴、まめだな…。
「行くしかないわっ!!」
……佳織母さん?
「美鈴。佳織母さんは何をあんなに一人で騒いでるんだ?」
訊ねると、一瞬にして美鈴は遠い目をして呆れたと言いたげに溜息をついた。
「三者面談があるのー」
「三者面談?」
成程。それであんなに張り切ってる訳だ。
……そう言えば俺も来てたな。三者面談のプリント。
「因みに日程はどうなってるんだ?」
「私達皆今日なの」
「マジか。時間は流石にずらして貰ったんだろ?」
「それがね、良子お祖母ちゃんと誠パパとママの三人で手分けするつもりだったんだって。でも、二人共急な商談が入ったらしくて」
「あー…」
だから佳織母さんはあんなにやる気満々だと。
っとちょっと待てよ?俺はいつだった?すっかり忘れてたが…。手帳は何処だ?確か生徒手帳に小さく折って一緒にしておいたはず…。
ポケットを探り目当ての物を取りだして、紙を開くとそこには今日の日付が記されており…やっちまった。
「佳織母さん。悪い。言い忘れてた。俺も今日三者面談だ」
リビングに戻り、自分の椅子に座って、佳織母さんの前にプリントを置く。
本来、こう言う時は焦りそうなものだが…。
「行くしかないわねっ!!!」
結論から言えば、びっくりマークが一つ増えた程度だった。
佳織母さんはしっかりとタイムスケジュールを組んで行くとハッキリと宣言してくれた。
先生方に連絡をして順番を一番最後にして貰うように、もしくはずらして貰うように伝言だけ託された。
で、順番が、俺、美鈴、棗、葵の順で進むらしい。
だから真っ先に俺の下へ来ると。
美鈴の作った朝食を食べ、いつものように何故か迎えに来る三人と一緒に学校へ向かう。
授業を受け、馬鹿をやっている三人を無視しつつ、生徒会の業務をこなし、美鈴の作ってくれた上手い弁当を食べて、午後の授業や再び生徒会の業務をこなし…。
あっという間に放課後になる。
教室の前で自分の順番待ちと同時に佳織母さんを待つ。
『0点ですかっ!?いつっ!?あんたいつの間にそんな馬鹿な点数とったんだいっ!?』
…俺の前は大地だったのか。そういやこの前テストで名前書くの忘れたって言ってたな。……まぁ怒鳴られて当然か。
廊下の壁に背を預け、腕を組みじっと時間が過ぎるのを待っていると、ざわざわと辺りがざわめき始めた。
……来たか。
視線を騒ぎの方へと向けるとそこには当然佳織母さんの姿があり、ふと脳裏に美鈴の言葉が過った。
『外面完璧だからね、ママは』
確かに。何処からどう見ても、美人なお嬢様風な女性だ。ふんわりとしたスカートを翻しこちらへと歩いてくる。
正直パンツスタイルで来ると思っていたから、予想外だ。
「お待たせ、鴇」
「いや、そんなに待ってないが、佳織母さん?」
「なに?私、そんなに美人?」
「………あえて触れないぞ。そうじゃなくて、その手にあるのは何だ?」
全体的にふんわりした衣装を身にまとっているというのに、手には何故かスケートボードが。
「?、普通に走っていたら間に合わないでしょう?」
何当り前の事を?みたいな顔でこっちを見るな。
「普通の人は乗り物を使うと思うんだが?車とか」
「車、ついてるわよ?」
「それはタイヤであって…いやタイヤでもないだろ。自転車とか」
「一種の自転車でしょ?」
「自転か?それ」
「立派な自転よっ」
もう何も言わないでおこう。とりあえず佳織母さんからスケボーを預かり、だいぶ渡すまいと粘られたが、何とか勝利を収めて、さっさと三者面談を終わらせた。
詳しくは語りたくない。だが、敢えて一つだけ言わせて貰うとしたら、俺は三者面談に身内が来る事の辛さをこの時初めて知る事が出来たとだけ伝えておく。
教室を出て、優雅に高速移動を始めた佳織母さんを流石に放置出来ず…いや、出来ないだろ。普通に考えて。
佳織母さんの後を追って、俺も弟妹のいる小学校へと向かう。
…佳織母さん、走るの速過ぎだろ。全力で走らないと追い付けない。
小学校についた時、
「あぁ、もう。鴇がスケボー駄目って言うから、セットが乱れちゃったわ」
と髪を整えていた。息一つ乱さず髪の心配って…。やっぱり必要ないだろ、このスケボー。
「さて。まずは美鈴ね」
靴から室内履きのスリッパに履き替えて歩きだす佳織母さんの後ろを俺もゆっくりと後を追う。上履きは念の為に持って来てたから問題ない。
美鈴の教室へと向かうと、
「白鳥さんっ」
「よろしければいっしょにっ」
「いや、おれとっ」
教室の前で美鈴が青い顔して多分クラスメートらしき男子に囲まれていた。
佳織母さんが急いでそちらへと向かうが、ここは母さんより俺の方が良いだろ。
佳織母さんを追い越して、そいつらの背後へ周り、
「美鈴。悪かったな、遅くなって」
これ以上ないってくらいに優しい声を出しつつ、振り返った男子生徒を睨みつける。可愛い妹を追い詰める奴は例え小学生でも容赦しない。する必要がないだろう?
「と、鴇お兄ちゃぁんっ」
涙目で両手を伸ばす美鈴を俺は屈んで受け入れる。
「頑張ったな」
「うぅぅ~…」
抱っこしたまま立ち上がる。ついでに男子生徒をもう一睨みすると、蜘蛛の子の様に逃げて行った。
「美鈴。待たせたわね」
「ママ…」
手を伸ばして佳織母さんに抱き付こうとするので、渡そうと思ったけれど。
「次、白鳥さん。大変お待たせしました」
と教師が教室のドアを開けて呼びこんだので、美鈴を地面に降ろした。
「あら?お母様と、…お父様かしら?」
「…いや。美鈴の兄です」
…この教師大丈夫か?制服が目に映ってないとか?
俺が兄だと言った後に俺の姿が目に入ったのか、口元を手で隠して謝ってきた。
「あらあらあらっ!ごめんなさいねっ!お兄さんだったのね。どうぞ、お母様と一緒に入って下さい」
「いや、外で」
待ってる、と言いたかったが。
美鈴が俺の足にぎゅっと抱き付いて離れなかったので、ここは素直に入る事にした。
中に入って、特別に用紙された椅子と机に佳織母さんと教師が向かい合うように座り、美鈴が佳織母さんの横に当然座るので、俺はその後ろ、美鈴の斜め後ろの一段高い所に座る事にした。この小学校は奥へ行くほど高くなる講堂のような教室だからな。しかし、椅子が低い。こんなだったか?小学校の椅子って…。
「では、三者面談を始めたいと思いますが、まず美鈴さんの…」
三者面談はどこも似たようなものだよな。教師が言いたい事ってのがまず決まってるからな。学校生活についてだからな。
だからこの三者面談が長くなるのも短くなるのも、教師の言い分が終わった後。
「以上ですが、お母様から何かありますでしょうか?」
ここから時間が左右される。俺も昔、それこそ母さんが生きていた頃は長かった気がする。だが、佳織母さんの場合は…。
「何もありませんわ」
教師の言い分なんて叩き切るタイプのようで。
「あ、そ、そうですか?」
「えぇ。美鈴が学校で上手くやっている。成績も良い。それだけ聞けたら充分です」
ニッコリと微笑み、それから美鈴と顔を合わせて微笑み合う。
「それから、先生も美鈴には良くして下さっているようで。ありがとうございます」
「そ、そんなっ。どうぞ頭を上げて下さいっ」
教師に向かって下げた頭を佳織母さんはゆっくりと上げて、それはそれは綺麗な笑みを浮かべた。
「これからも『特別扱いなんてせず』に、『他の生徒の皆さんと同様に』教育して下さいね」
「は、はいっ。解りましたっ」
何やら教師はホッとしているが…佳織母さんのその言葉。かなりの意味が込められてるぞ?
特別扱い。普通にとれば他の生徒と区別なくって意味になるが、深く考えると金持ちだからとか頭が良いからって特別扱いして何でもやらせんじゃねーぞって事にもとれる。小学生だと成績が良い、生徒として受けがいい事は色々な式などの代表に選ばれやすい。男女で、だ。となると、美鈴にとっては苦痛でも何物でもない。そんな特別扱いもするなって言ってる訳だ。更に他の金持ちのガキ共も特別扱いするなよと釘を刺している。様々な含みを込めた言葉だ。
だが、…この教師気付いてないぞ。佳織母さんの含みに。
美鈴と佳織母さんが、揃って何故か俺の方に顔を向けて、だめだこりゃという顔をしている。
その顔があまりにそっくりで笑ってしまった。
これ以上言っても無駄だと分かったのか、佳織母さんのその後の切り上げ方は凄まじく速いものだった。
話をさっさとまとめてしまい、美鈴の三者面談は終了した。
教室を出て、三人で棗の教室へと向かう。
「…美鈴、あの教師駄目ね」
「うん。駄目だよ。権力の虜だもの」
「この学校だとあの教師みたいなのが主だぞ?むしろ良い方かもしれないな」
言うと、二人はまた俺の方を見て、信じられないと顔だけで訴えてきた。やっぱりそっくり過ぎて俺は顔を逸らしてこっそり笑った。
棗の教室へと辿り着くと、廊下に棗の姿はなく、教室の中から話声がする。もう既に中にいるらしい。
佳織母さんが教室のドアをノックしてドアを開けた。
中で何かを話していた男教師と棗が一斉にこっちを向いて、当然驚く。母親だけじゃなく、俺と美鈴がいたら当然だな。
「鈴、は解るとして、なんで鴇兄さんも?」
「見張りと言う言葉で全てを察しろ」
「あ、うん。解ったよ」
うずうず…。
美鈴が棗を見て、明らかに抱き着きたいのを我慢している。
それに気付いた棗は嬉しそうに両手を広げた。
「棗お兄ちゃーんっ」
両手に飛び込むような形で美鈴は勢いよく抱き着いた。
「さぁ、始めましょう。先生」
華麗にスルーしたな、佳織母さん。
教師が明らかに動揺している。…まぁ、俺も気にとめないけどな。
美鈴の時と同じ様に斜め後ろの席に着く。そう言えば教師に入室許可とらなかったな…気にしなくてもいいか。
…そういや、美鈴何処行った?
あー…棗の膝の上にいるのか。しかも心なしか楽しそうだ。にしても気の所為か?美鈴もどちらかと言えば保護者の立ち位置にいるような?
教師の言葉をうんうんと頷いて真剣に聞いている。
教室に入って五分も経たない内に三者面談は終わった。
佳織母さんもそんなに長々と話すタイプではないし、俺達兄妹も教師に何か言われるような事をしてはいない。
あっさり終わって当然と言うか…。
教師に礼をして、廊下に出る。
「鈴。手繋ごう?」
「うんっ、棗お兄ちゃんっ」
ぎゅっと手を繋いで歩く弟妹の後ろを佳織母さんと並んで歩く。
「あの教師は普通、ね。可もなく不可もなく。一番良いタイプの教師だわ」
「なんだかんだでしっかり調査してるんだな」
「当り前でしょう?自分の子を預けるのよ?ちゃんと見極めるのは親の義務よ」
「……頼むからモンスターにはならないでくれよ?」
佳織母さんの足が止まった。
何か変な事でも言ったか?俺。
佳織母さんの方を振り返ると、驚き顔。次いで、笑われた。
「ふふっ。全く…ならないわよ。私は自分の子が大事だからね。大事だからこそ、教師に躾や教育を求めたりしないわ。私が教師に求めるのは知識と人間性よ」
「知識と人間性?」
「そう。あくまでこれは私個人の意見だけど、私は貴方達の【親】なのよ。だから貴方達を立派に育て上げる義務があるの。でも教師にはそんな義務はない。知識を子へ与える補助的な存在だと思ってるのよ。モンスターみたいに自分の躾不届きを教師の所為になんてしないわ。…『あくまでも』私の個人的な意見だからね?」
「成る程?」
「と言うのは建前で。私は自分の躾を誰にも口出しして欲しくないのよね。だから教師とは程よい関係を築いておくのよ。着かず離れずってね」
佳織母さんらしいと言うか、何と言うか…。
もしかして俺、結構ガキっぽいこと言ったんじゃないか?
佳織母さんが笑った意味を知って、どうしようもない羞恥心に襲われる。
真っ直ぐ顔を合わせ辛くて、佳織母さんから視線を逸らすと、バァンッと背中を叩かれた。素直に痛い。
「ほら。行くわよ、葵の所に」
「…あぁ」
敵わないな。
俺を追い越し先を行く背を苦笑しながら追い掛けた。
葵の教室は棗の教室から遠くない。とは言え少し距離はあったからちょっとだけ歩いて。
到着。そこに葵の姿はない。
「棗、葵の教室はここであってるわよね?」
「あってるよ?」
「うん。あってるよ」
棗と美鈴が揃って頷く。じゃあ何でいないんだ?確かに時間よりは少し早いが…。
首を傾げていると、
「佳織母さんっ!棗っ!」
声が聞こえて、廊下の奥の階段から葵が顔を出して駆け寄ってきた。
「ごめんっ。遅れちゃったっ?」
「大丈夫よ。何か用事でもあったの?」
「鈴ちゃんに会いに行くって言う樹を縛りつけてくるのに時間かかっちゃって」
「そう。じゃあ仕方ないわね。先生は?」
仕方ないのか?
突っ込みたいが今は飲みこむ。
「あれ?まだ来てないかな?」
葵が教室のドアを開け中を覗き込んだ。すると教師は中にいたらしく、手招きして俺達を呼ぶ。
もう何の抵抗もなく教室へ入って葵達の斜め後ろへと座る。葵の三者面談の内容を聞きたいのか、美鈴は葵の膝の上にちょこんと座っている。既に定位置なのか、そこは。
棗は俺の横に大人しく座る。
で、葵の三者面談が始まる訳だが。やっぱりと言うか予想通りというか、予定通りというか、五分で終了した。
教師に礼をして教室を出る。
「やりきったわっ!」
佳織母さんが胸を張る姿を止める事はしなかった。
小学校からの帰り道。
俺達は佳織母さんの提案で、ラーメン屋へ寄った。
これに滅茶苦茶喜んだのは言うまでもなく。
「やたーっ!」
美鈴である。
「テーブル席で良いか?」
「お座敷席が良いですっ!」
元気よく手を上げる美鈴の意見に従い店に入って直ぐに座敷席へと移動して、靴を脱いで座る。
俺と美鈴が並んで座り、テーブルを挟んで向こう側に葵、佳織母さん、棗の順に座った。
喜々として美鈴はメニューを取ってテーブルに広げる。…真剣だ。
「鴇兄さん。鴇兄さんは何にする?」
「俺?そうだな、俺は…」
「スタミナDX味噌にするわっ!」
…俺は味噌チャーシューで良い、と言う前に佳織母さんの声にたたっ斬られた。因みにスタミナDXと言うのはチャーシュー・野菜特盛のニンニクラーメンの事である。
「葵と棗は決まってるのか?」
「うんっ」
「チャーシュー麺の醤油っ」
「僕はチャーシュー麺の塩っ」
後は、美鈴か。まだ、真剣に悩んでいるんだが…。
「美鈴。何で悩んでるんだ?」
「味噌バターコーンと海苔コーンの醤油…」
「二択か?なら、話は早いな。俺と半分こな?」
パァッと美鈴の顔が輝く。
「葵、呼び出しボタン」
「了解っ」
葵がボタンを押した直後。
『おい、注文来たぞっ』
『じゃあ代表で俺がっ』
『ちょっと待てっ!注文は俺の仕事だろっ』
『いやっ、ここは店長である私がっ』
『店長は引っ込んでろよっ。これはバイトの仕事だろっ』
『店長は麺でも捏ねてろっ』
『ちえぇぇいっ!!ひっこめひっこめっ!!この店は店長である私がルールだっ!!』
『横暴だっ!』
『店乗っ取んぞっ!!』
『上等だっ!!かかって来いっ!!ガキ共っ!!』
『ふおおおおおおおっ!!喰らえぃっ!!ネギの小口切りアタックっ!!』
『なんのおおおおおっ!!コップに水汲みブロックぅぅぅっ!!』
『甘いわあああああっ!!給料明細減額ファイヤアアアアっ!!』
『んなっ!?そ、それはっ!?』
『くそっ!!そんな秘技を持ちだすとはっ!?卑怯だぞっ!!』
『ふっ。何とでも言え…。この勝負私の勝ちだなっ』
……何でもいいから早く注文取りに来いよ…。
そして注文を取りに来た店長らしき髭のおっさんは顔にネギを張りつけ、ずぶ濡れになっていたが俺達は敢えてそれに触れる事はなかった。
※※※
「まぁ、ラーメンの味はかなりランクは高かったし、帰ったら親父の悔しがる顔を見れたから、そこそこ満足のいく…どうした?」
三人がそれぞれ不満そうな顔をしてこっちを睨んでいる。
「最後のラーメンの件は放っておくとして、姫が三者面談に一緒とか、なんだそのうらやまシチュっ!恐怖な部分欠片もねぇじゃねーかっ!」
「そうだよー。オレも昔兄貴達と三者面談被って連れてかれた事あったけど、嫌で嫌でたまらなかったなー。姫ちゃんだったら両手広げて歓迎するしー」
「姫さんが天使過ぎて泣けてくる…」
「奏輔。解るぞ、その気持ちっ!俺の三者面談に七海が来た時なんかな…」
文句を言ったかと思えば、そうやって教室の隅に膝抱えて集まって…お前ら一体何がしたいんだ?
それから一つ言っておくが、別に佳織母さんと教師のやりとりが恐怖だったとは一言も言ってないぞ?俺は。
俺が恐怖したのは、佳織母さんが俺達の母親として無理をしてないかって事だしな。
こいつらは全く気付いてなさそうだが…。
はぁと呆れた視線を向けていると、コンコンとドアがノックされて、ひょっこりと美鈴が顔を出した。
「遅かったな、美鈴」
「あ、うん…。その、ね?三者面談なんだけど…」
「?、どうした?」
姿を全て現さず、顔だけ出したままだ。けれどその顔は果てしなく申し訳ないと言っている。
「美鈴?」
「鴇お兄ちゃん。今日、ママが締め切りとパーティとって色々重なってたから、俺達だけで三者面談やろうって言ってたじゃない?」
「あぁ。言ったな。それが……」
どうかしたのか?と続けることが出来なかった。
ばぁんっ!!
ドアが盛大な音を立てて開かれ、そして―――。
「来たわよっ!鴇っ!!」
佳織母さんがスケボーを持って仁王立ちで登場。
俺は静かに深い深い溜息をつくのだった…。
ガラッとドアが開き、透馬が顔を出す。
「あぁ。美鈴の三者面談で一応な」
「姫の?あぁ、成程。お前も父兄になるもんな。それで俺か」
「そう言う事だ」
納得した透馬がドアを閉めて、椅子を引いて俺の目の前の席に着く。ついでに渡しておくか。
美鈴の進路に関する資料を手渡すと、直ぐに受け取り中を読みこむ。
「っても、姫の事だ。そんな心配いらないだろ?」
「そうでもない」
「なんで…あ、そういうことか」
「そう言う事だ」
俺の時もそうだったが、普通とは逆に引く手数多で選べる道が多過ぎる。
「一般の人間が聞いたら激怒しそうだけどな」
色々納得したのか、パタンと資料を机の上に置き、透馬は頬杖をついてペンを取りだして何やら気になる点を書き殴っている。
「三者面談か~。学生の時母親が来るのが本当に嫌だったなぁ…。そういや鴇と三者面談の日程被った事ないな。お前はどんなだったんだ?」
「どんなって言われてもな。普通だったぞ?可もなく不可もなく。…あぁ、でも佳織母さんが来るようになってからは、正直恐怖だったな」
「恐怖?珍しいな、鴇がそんな風に言うなんて。どれ、詳しく話してみろ。さぁ、来いっ!」
「なるべく、事細かに頼むで」
「出来れば姫ちゃん達の事も込みでよろしくー」
「………おい、お前ら。いつの間に教室に入って来た」
「そんな事気にせんと詳しくっ!」
奏輔。そのペンと紙は一体何処から出て来た?大地も目を輝かせてるんじゃない。
……っとに、こいつらは…。
仕方なく、俺は記憶を辿った。
あれは確か…俺が高校の時の事だったか―――…。
※※※
「行くしかないわねっ!」
リビングを開けて、佳織母さんが騒いでいる。これはこれでいつもと変わらない風景と言えば風景なんだが…。
「鴇お兄ちゃんっ、パン何枚?固め?柔らかめ?卵は?半熟?スクランブルダッシュ?」
美鈴がお手製の食パン一斤と卵を持って、キッチンで笑っている。
「パン二枚、固めで卵は目玉の半熟で頼む」
「はーいっ♪」
とてとてとエプロンのリボンを揺らしながら、美鈴は葵と棗の前にトーストを置いてキッチンへと戻る。
喉が渇いたから、俺もキッチンに行って牛乳でも飲むか。
葵と棗がニコニコと嬉しそうに、シンクロしながら目玉焼きの乗っかったパンに齧りついているのを横目に佳織母さんが何やら騒いでいる。
キッチンに入り冷蔵庫を開けて牛乳を取り出し、俺は紙パックのまま一気に飲み干す。
「ふみっ!?鴇お兄ちゃんっ、お行儀悪いよっ?ちゃんとストロー入れてっ」
「そこはコップに入れてじゃないのか?それに下までは届かないだろ。これ1000mlだぞ?」
「大丈夫っ!面白ストロー通販でゲットしたからっ!」
てれれれってれー♪
美鈴、ポケットからどうやって取りだした?そもそもどうやってポケットに入れていた?
「……何で買った、こんな長いの」
「面白そうだったから、つい…。そして買ってから気付いたの。使い道がないって…」
衝動買いか…。美鈴は俺が飲み干した牛乳パックを受け取り、洗っている。リサイクル…美鈴、まめだな…。
「行くしかないわっ!!」
……佳織母さん?
「美鈴。佳織母さんは何をあんなに一人で騒いでるんだ?」
訊ねると、一瞬にして美鈴は遠い目をして呆れたと言いたげに溜息をついた。
「三者面談があるのー」
「三者面談?」
成程。それであんなに張り切ってる訳だ。
……そう言えば俺も来てたな。三者面談のプリント。
「因みに日程はどうなってるんだ?」
「私達皆今日なの」
「マジか。時間は流石にずらして貰ったんだろ?」
「それがね、良子お祖母ちゃんと誠パパとママの三人で手分けするつもりだったんだって。でも、二人共急な商談が入ったらしくて」
「あー…」
だから佳織母さんはあんなにやる気満々だと。
っとちょっと待てよ?俺はいつだった?すっかり忘れてたが…。手帳は何処だ?確か生徒手帳に小さく折って一緒にしておいたはず…。
ポケットを探り目当ての物を取りだして、紙を開くとそこには今日の日付が記されており…やっちまった。
「佳織母さん。悪い。言い忘れてた。俺も今日三者面談だ」
リビングに戻り、自分の椅子に座って、佳織母さんの前にプリントを置く。
本来、こう言う時は焦りそうなものだが…。
「行くしかないわねっ!!!」
結論から言えば、びっくりマークが一つ増えた程度だった。
佳織母さんはしっかりとタイムスケジュールを組んで行くとハッキリと宣言してくれた。
先生方に連絡をして順番を一番最後にして貰うように、もしくはずらして貰うように伝言だけ託された。
で、順番が、俺、美鈴、棗、葵の順で進むらしい。
だから真っ先に俺の下へ来ると。
美鈴の作った朝食を食べ、いつものように何故か迎えに来る三人と一緒に学校へ向かう。
授業を受け、馬鹿をやっている三人を無視しつつ、生徒会の業務をこなし、美鈴の作ってくれた上手い弁当を食べて、午後の授業や再び生徒会の業務をこなし…。
あっという間に放課後になる。
教室の前で自分の順番待ちと同時に佳織母さんを待つ。
『0点ですかっ!?いつっ!?あんたいつの間にそんな馬鹿な点数とったんだいっ!?』
…俺の前は大地だったのか。そういやこの前テストで名前書くの忘れたって言ってたな。……まぁ怒鳴られて当然か。
廊下の壁に背を預け、腕を組みじっと時間が過ぎるのを待っていると、ざわざわと辺りがざわめき始めた。
……来たか。
視線を騒ぎの方へと向けるとそこには当然佳織母さんの姿があり、ふと脳裏に美鈴の言葉が過った。
『外面完璧だからね、ママは』
確かに。何処からどう見ても、美人なお嬢様風な女性だ。ふんわりとしたスカートを翻しこちらへと歩いてくる。
正直パンツスタイルで来ると思っていたから、予想外だ。
「お待たせ、鴇」
「いや、そんなに待ってないが、佳織母さん?」
「なに?私、そんなに美人?」
「………あえて触れないぞ。そうじゃなくて、その手にあるのは何だ?」
全体的にふんわりした衣装を身にまとっているというのに、手には何故かスケートボードが。
「?、普通に走っていたら間に合わないでしょう?」
何当り前の事を?みたいな顔でこっちを見るな。
「普通の人は乗り物を使うと思うんだが?車とか」
「車、ついてるわよ?」
「それはタイヤであって…いやタイヤでもないだろ。自転車とか」
「一種の自転車でしょ?」
「自転か?それ」
「立派な自転よっ」
もう何も言わないでおこう。とりあえず佳織母さんからスケボーを預かり、だいぶ渡すまいと粘られたが、何とか勝利を収めて、さっさと三者面談を終わらせた。
詳しくは語りたくない。だが、敢えて一つだけ言わせて貰うとしたら、俺は三者面談に身内が来る事の辛さをこの時初めて知る事が出来たとだけ伝えておく。
教室を出て、優雅に高速移動を始めた佳織母さんを流石に放置出来ず…いや、出来ないだろ。普通に考えて。
佳織母さんの後を追って、俺も弟妹のいる小学校へと向かう。
…佳織母さん、走るの速過ぎだろ。全力で走らないと追い付けない。
小学校についた時、
「あぁ、もう。鴇がスケボー駄目って言うから、セットが乱れちゃったわ」
と髪を整えていた。息一つ乱さず髪の心配って…。やっぱり必要ないだろ、このスケボー。
「さて。まずは美鈴ね」
靴から室内履きのスリッパに履き替えて歩きだす佳織母さんの後ろを俺もゆっくりと後を追う。上履きは念の為に持って来てたから問題ない。
美鈴の教室へと向かうと、
「白鳥さんっ」
「よろしければいっしょにっ」
「いや、おれとっ」
教室の前で美鈴が青い顔して多分クラスメートらしき男子に囲まれていた。
佳織母さんが急いでそちらへと向かうが、ここは母さんより俺の方が良いだろ。
佳織母さんを追い越して、そいつらの背後へ周り、
「美鈴。悪かったな、遅くなって」
これ以上ないってくらいに優しい声を出しつつ、振り返った男子生徒を睨みつける。可愛い妹を追い詰める奴は例え小学生でも容赦しない。する必要がないだろう?
「と、鴇お兄ちゃぁんっ」
涙目で両手を伸ばす美鈴を俺は屈んで受け入れる。
「頑張ったな」
「うぅぅ~…」
抱っこしたまま立ち上がる。ついでに男子生徒をもう一睨みすると、蜘蛛の子の様に逃げて行った。
「美鈴。待たせたわね」
「ママ…」
手を伸ばして佳織母さんに抱き付こうとするので、渡そうと思ったけれど。
「次、白鳥さん。大変お待たせしました」
と教師が教室のドアを開けて呼びこんだので、美鈴を地面に降ろした。
「あら?お母様と、…お父様かしら?」
「…いや。美鈴の兄です」
…この教師大丈夫か?制服が目に映ってないとか?
俺が兄だと言った後に俺の姿が目に入ったのか、口元を手で隠して謝ってきた。
「あらあらあらっ!ごめんなさいねっ!お兄さんだったのね。どうぞ、お母様と一緒に入って下さい」
「いや、外で」
待ってる、と言いたかったが。
美鈴が俺の足にぎゅっと抱き付いて離れなかったので、ここは素直に入る事にした。
中に入って、特別に用紙された椅子と机に佳織母さんと教師が向かい合うように座り、美鈴が佳織母さんの横に当然座るので、俺はその後ろ、美鈴の斜め後ろの一段高い所に座る事にした。この小学校は奥へ行くほど高くなる講堂のような教室だからな。しかし、椅子が低い。こんなだったか?小学校の椅子って…。
「では、三者面談を始めたいと思いますが、まず美鈴さんの…」
三者面談はどこも似たようなものだよな。教師が言いたい事ってのがまず決まってるからな。学校生活についてだからな。
だからこの三者面談が長くなるのも短くなるのも、教師の言い分が終わった後。
「以上ですが、お母様から何かありますでしょうか?」
ここから時間が左右される。俺も昔、それこそ母さんが生きていた頃は長かった気がする。だが、佳織母さんの場合は…。
「何もありませんわ」
教師の言い分なんて叩き切るタイプのようで。
「あ、そ、そうですか?」
「えぇ。美鈴が学校で上手くやっている。成績も良い。それだけ聞けたら充分です」
ニッコリと微笑み、それから美鈴と顔を合わせて微笑み合う。
「それから、先生も美鈴には良くして下さっているようで。ありがとうございます」
「そ、そんなっ。どうぞ頭を上げて下さいっ」
教師に向かって下げた頭を佳織母さんはゆっくりと上げて、それはそれは綺麗な笑みを浮かべた。
「これからも『特別扱いなんてせず』に、『他の生徒の皆さんと同様に』教育して下さいね」
「は、はいっ。解りましたっ」
何やら教師はホッとしているが…佳織母さんのその言葉。かなりの意味が込められてるぞ?
特別扱い。普通にとれば他の生徒と区別なくって意味になるが、深く考えると金持ちだからとか頭が良いからって特別扱いして何でもやらせんじゃねーぞって事にもとれる。小学生だと成績が良い、生徒として受けがいい事は色々な式などの代表に選ばれやすい。男女で、だ。となると、美鈴にとっては苦痛でも何物でもない。そんな特別扱いもするなって言ってる訳だ。更に他の金持ちのガキ共も特別扱いするなよと釘を刺している。様々な含みを込めた言葉だ。
だが、…この教師気付いてないぞ。佳織母さんの含みに。
美鈴と佳織母さんが、揃って何故か俺の方に顔を向けて、だめだこりゃという顔をしている。
その顔があまりにそっくりで笑ってしまった。
これ以上言っても無駄だと分かったのか、佳織母さんのその後の切り上げ方は凄まじく速いものだった。
話をさっさとまとめてしまい、美鈴の三者面談は終了した。
教室を出て、三人で棗の教室へと向かう。
「…美鈴、あの教師駄目ね」
「うん。駄目だよ。権力の虜だもの」
「この学校だとあの教師みたいなのが主だぞ?むしろ良い方かもしれないな」
言うと、二人はまた俺の方を見て、信じられないと顔だけで訴えてきた。やっぱりそっくり過ぎて俺は顔を逸らしてこっそり笑った。
棗の教室へと辿り着くと、廊下に棗の姿はなく、教室の中から話声がする。もう既に中にいるらしい。
佳織母さんが教室のドアをノックしてドアを開けた。
中で何かを話していた男教師と棗が一斉にこっちを向いて、当然驚く。母親だけじゃなく、俺と美鈴がいたら当然だな。
「鈴、は解るとして、なんで鴇兄さんも?」
「見張りと言う言葉で全てを察しろ」
「あ、うん。解ったよ」
うずうず…。
美鈴が棗を見て、明らかに抱き着きたいのを我慢している。
それに気付いた棗は嬉しそうに両手を広げた。
「棗お兄ちゃーんっ」
両手に飛び込むような形で美鈴は勢いよく抱き着いた。
「さぁ、始めましょう。先生」
華麗にスルーしたな、佳織母さん。
教師が明らかに動揺している。…まぁ、俺も気にとめないけどな。
美鈴の時と同じ様に斜め後ろの席に着く。そう言えば教師に入室許可とらなかったな…気にしなくてもいいか。
…そういや、美鈴何処行った?
あー…棗の膝の上にいるのか。しかも心なしか楽しそうだ。にしても気の所為か?美鈴もどちらかと言えば保護者の立ち位置にいるような?
教師の言葉をうんうんと頷いて真剣に聞いている。
教室に入って五分も経たない内に三者面談は終わった。
佳織母さんもそんなに長々と話すタイプではないし、俺達兄妹も教師に何か言われるような事をしてはいない。
あっさり終わって当然と言うか…。
教師に礼をして、廊下に出る。
「鈴。手繋ごう?」
「うんっ、棗お兄ちゃんっ」
ぎゅっと手を繋いで歩く弟妹の後ろを佳織母さんと並んで歩く。
「あの教師は普通、ね。可もなく不可もなく。一番良いタイプの教師だわ」
「なんだかんだでしっかり調査してるんだな」
「当り前でしょう?自分の子を預けるのよ?ちゃんと見極めるのは親の義務よ」
「……頼むからモンスターにはならないでくれよ?」
佳織母さんの足が止まった。
何か変な事でも言ったか?俺。
佳織母さんの方を振り返ると、驚き顔。次いで、笑われた。
「ふふっ。全く…ならないわよ。私は自分の子が大事だからね。大事だからこそ、教師に躾や教育を求めたりしないわ。私が教師に求めるのは知識と人間性よ」
「知識と人間性?」
「そう。あくまでこれは私個人の意見だけど、私は貴方達の【親】なのよ。だから貴方達を立派に育て上げる義務があるの。でも教師にはそんな義務はない。知識を子へ与える補助的な存在だと思ってるのよ。モンスターみたいに自分の躾不届きを教師の所為になんてしないわ。…『あくまでも』私の個人的な意見だからね?」
「成る程?」
「と言うのは建前で。私は自分の躾を誰にも口出しして欲しくないのよね。だから教師とは程よい関係を築いておくのよ。着かず離れずってね」
佳織母さんらしいと言うか、何と言うか…。
もしかして俺、結構ガキっぽいこと言ったんじゃないか?
佳織母さんが笑った意味を知って、どうしようもない羞恥心に襲われる。
真っ直ぐ顔を合わせ辛くて、佳織母さんから視線を逸らすと、バァンッと背中を叩かれた。素直に痛い。
「ほら。行くわよ、葵の所に」
「…あぁ」
敵わないな。
俺を追い越し先を行く背を苦笑しながら追い掛けた。
葵の教室は棗の教室から遠くない。とは言え少し距離はあったからちょっとだけ歩いて。
到着。そこに葵の姿はない。
「棗、葵の教室はここであってるわよね?」
「あってるよ?」
「うん。あってるよ」
棗と美鈴が揃って頷く。じゃあ何でいないんだ?確かに時間よりは少し早いが…。
首を傾げていると、
「佳織母さんっ!棗っ!」
声が聞こえて、廊下の奥の階段から葵が顔を出して駆け寄ってきた。
「ごめんっ。遅れちゃったっ?」
「大丈夫よ。何か用事でもあったの?」
「鈴ちゃんに会いに行くって言う樹を縛りつけてくるのに時間かかっちゃって」
「そう。じゃあ仕方ないわね。先生は?」
仕方ないのか?
突っ込みたいが今は飲みこむ。
「あれ?まだ来てないかな?」
葵が教室のドアを開け中を覗き込んだ。すると教師は中にいたらしく、手招きして俺達を呼ぶ。
もう何の抵抗もなく教室へ入って葵達の斜め後ろへと座る。葵の三者面談の内容を聞きたいのか、美鈴は葵の膝の上にちょこんと座っている。既に定位置なのか、そこは。
棗は俺の横に大人しく座る。
で、葵の三者面談が始まる訳だが。やっぱりと言うか予想通りというか、予定通りというか、五分で終了した。
教師に礼をして教室を出る。
「やりきったわっ!」
佳織母さんが胸を張る姿を止める事はしなかった。
小学校からの帰り道。
俺達は佳織母さんの提案で、ラーメン屋へ寄った。
これに滅茶苦茶喜んだのは言うまでもなく。
「やたーっ!」
美鈴である。
「テーブル席で良いか?」
「お座敷席が良いですっ!」
元気よく手を上げる美鈴の意見に従い店に入って直ぐに座敷席へと移動して、靴を脱いで座る。
俺と美鈴が並んで座り、テーブルを挟んで向こう側に葵、佳織母さん、棗の順に座った。
喜々として美鈴はメニューを取ってテーブルに広げる。…真剣だ。
「鴇兄さん。鴇兄さんは何にする?」
「俺?そうだな、俺は…」
「スタミナDX味噌にするわっ!」
…俺は味噌チャーシューで良い、と言う前に佳織母さんの声にたたっ斬られた。因みにスタミナDXと言うのはチャーシュー・野菜特盛のニンニクラーメンの事である。
「葵と棗は決まってるのか?」
「うんっ」
「チャーシュー麺の醤油っ」
「僕はチャーシュー麺の塩っ」
後は、美鈴か。まだ、真剣に悩んでいるんだが…。
「美鈴。何で悩んでるんだ?」
「味噌バターコーンと海苔コーンの醤油…」
「二択か?なら、話は早いな。俺と半分こな?」
パァッと美鈴の顔が輝く。
「葵、呼び出しボタン」
「了解っ」
葵がボタンを押した直後。
『おい、注文来たぞっ』
『じゃあ代表で俺がっ』
『ちょっと待てっ!注文は俺の仕事だろっ』
『いやっ、ここは店長である私がっ』
『店長は引っ込んでろよっ。これはバイトの仕事だろっ』
『店長は麺でも捏ねてろっ』
『ちえぇぇいっ!!ひっこめひっこめっ!!この店は店長である私がルールだっ!!』
『横暴だっ!』
『店乗っ取んぞっ!!』
『上等だっ!!かかって来いっ!!ガキ共っ!!』
『ふおおおおおおおっ!!喰らえぃっ!!ネギの小口切りアタックっ!!』
『なんのおおおおおっ!!コップに水汲みブロックぅぅぅっ!!』
『甘いわあああああっ!!給料明細減額ファイヤアアアアっ!!』
『んなっ!?そ、それはっ!?』
『くそっ!!そんな秘技を持ちだすとはっ!?卑怯だぞっ!!』
『ふっ。何とでも言え…。この勝負私の勝ちだなっ』
……何でもいいから早く注文取りに来いよ…。
そして注文を取りに来た店長らしき髭のおっさんは顔にネギを張りつけ、ずぶ濡れになっていたが俺達は敢えてそれに触れる事はなかった。
※※※
「まぁ、ラーメンの味はかなりランクは高かったし、帰ったら親父の悔しがる顔を見れたから、そこそこ満足のいく…どうした?」
三人がそれぞれ不満そうな顔をしてこっちを睨んでいる。
「最後のラーメンの件は放っておくとして、姫が三者面談に一緒とか、なんだそのうらやまシチュっ!恐怖な部分欠片もねぇじゃねーかっ!」
「そうだよー。オレも昔兄貴達と三者面談被って連れてかれた事あったけど、嫌で嫌でたまらなかったなー。姫ちゃんだったら両手広げて歓迎するしー」
「姫さんが天使過ぎて泣けてくる…」
「奏輔。解るぞ、その気持ちっ!俺の三者面談に七海が来た時なんかな…」
文句を言ったかと思えば、そうやって教室の隅に膝抱えて集まって…お前ら一体何がしたいんだ?
それから一つ言っておくが、別に佳織母さんと教師のやりとりが恐怖だったとは一言も言ってないぞ?俺は。
俺が恐怖したのは、佳織母さんが俺達の母親として無理をしてないかって事だしな。
こいつらは全く気付いてなさそうだが…。
はぁと呆れた視線を向けていると、コンコンとドアがノックされて、ひょっこりと美鈴が顔を出した。
「遅かったな、美鈴」
「あ、うん…。その、ね?三者面談なんだけど…」
「?、どうした?」
姿を全て現さず、顔だけ出したままだ。けれどその顔は果てしなく申し訳ないと言っている。
「美鈴?」
「鴇お兄ちゃん。今日、ママが締め切りとパーティとって色々重なってたから、俺達だけで三者面談やろうって言ってたじゃない?」
「あぁ。言ったな。それが……」
どうかしたのか?と続けることが出来なかった。
ばぁんっ!!
ドアが盛大な音を立てて開かれ、そして―――。
「来たわよっ!鴇っ!!」
佳織母さんがスケボーを持って仁王立ちで登場。
俺は静かに深い深い溜息をつくのだった…。
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