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最終章 数多の未来への選択編
※※※(棗視点)
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事のおこりはきっと二週間とちょっと前。
僕達がこうして飛ばされた理由を語る前にそのもう少し前の流れから説明しようと思う。
都貴社長との会食があったあの日。
鈴は間違えてお酒を飲んでしまい、僕と葵は会食の部屋に呼び出された。
そこには鴇兄さんが片手であぎあぎと腕を齧る美鈴を抑え、都貴社長とその息子を睨みつけている姿があった。
鴇兄さんがあんな冷え切った瞳をして睨むと言う事は余程の事があったんだ。
慌てて駆け寄ると、都貴の息子が青い顔をしてその場を逃げだした。逃がすかと追い掛けようとしたが、鴇兄さんの待ったが入った。
「あいつは俺が追う。棗、お前は美鈴を頼む。葵はここの後始末を」
「解ったっ」
「了解だよ、鴇兄さん。気を付けて」
僕は鴇兄さんから鈴を受け取り、そのまま背負う。
「えへへ~、棗お兄ちゃ~ん」
うん。完全に酔っぱらってる。一方葵は都貴社長と対面して笑顔で威圧。こう言う時、葵は素直に凄いと思う。どんなに年上の人間でも、自分が認めない相手には一歩も引かない。そして容赦がない。その容赦のなさは多分鴇兄さんや鈴以上だ。だからこそ、一度認めた相手にはどこまでも優しいんだけどね。
鈴を背負ったまま、視線だけで葵に帰る事を告げ、僕はその部屋を後にした。
料亭を出て、真珠さんと会う。どうやら車は鴇兄さんが乗って行ってしまったらしい。
代わりの車を用意してくれると言っているが…酔いを醒ます為にも少し夜風に当たらせた方が良いかも知れない。
僕は真珠さんの申し出を断り、背負ったまま歩いて帰る事にした。
幸い、鈴は凄く軽い。片腕で持てると断言出来るくらいには。だから背負って帰るのになんの問題もない。
のんびりとゆっくり帰路を歩く。
「なつめ、おにいちゃん。ぎゅー」
首に回った腕に力が込められるけど、痛くも苦しくもなくて、ただただ微笑ましい。そして可愛い。
どうやら鈴は酔っぱらうと可愛さが上がるらしい。すれ違う男達がこちらを見て顔を赤らめている。うん。見るな。
ギリッと睨みつけると、蜘蛛の子が如く散っていく。
「なつめ、おにいちゃん…」
「うん。どうしたの?鈴」
「しゅきぃ…」
呂律が回ってない。それでも好きって言ってくれたのは解ったから。僕は苦笑しつつ、僕も好きだよと告げる。
僕と鈴の【好き】には大きく違いがあると分かってるけどね。…けど、惚れてる女の子に好きって言われたら嬉しいから、素直に受け入れる。
「むむ?…なつめおにいちゃん、わたしの告白、ながしたなぁ~?」
「え?」
「わたし、には、なつめおにいちゃん、だけ、なのにぃ~…」
「鈴?」
背負っているから、鈴の吐息と一緒に呟きまで全部耳に吹き込まれ、歩いていた足が止まる。
これは、やばいっ…。
顔が赤くなるのが止められない。
「鈴。完全に酔ってるね。どこかで水でも買おうか?」
「いらにゃい…」
「そ、そう?」
なら少しでも早く帰ろう。歩く足を速める。むしろほぼ走ってる。
「…ふみぃ~…ゆれるぅ~……うぇっぷ」
しまったっ!?
つい、全力で走ってしまった…。
当然鈴は揺られる訳で。酔っぱらってるのにこれはきつかったよね。
速度を落として、ゆっくりと歩く。
「ごめんね、鈴。気付かなくて…」
「…だいじょ、ぶ…。………ふみ?」
「?」
もぞもぞ…。
?、鈴?人の背中で一体何してるの?
何をしているかなんて解らないから、とりあえず歩き続けると。
つん。
つんつん。
何故かうなじを突かれる。
……酔っぱらった鈴の行動が予測つかなくて辛い。
そっと突かれるその感触とくすぐったさに耐えていると、今度はそこをゆっくりと指先でなぞられた。
ぞわりっ。
「―――ッ!!」
寒気とか、そんなんじゃない。
ハッキリ言って、煽られてる。完全に。
更に指は離れて、そこに柔らかい感触が触れる。この感触ってまさか…くちび…い、いや、待ってっ。違うよ。きっとほっぺとか…。
邪な考えに思考を支配される前に、冷静になるよう脳を切り替えようと僕は必死だ。
「なつめおにいちゃん、こんな所に、ほくろ、あるんだね…ふふっ…はじめて、しったな……はむっ」
「うわっ!?」
首とも肩ともつかない位置を甘噛みされ、驚きのあまり鈴を落としそうになってしまう。
必死でこらえて、なんとか鈴を落とさずに済んだけど。これは、本当にヤバいよ。
「はむはむ…」
「ちょっ、鈴っ、やめっ」
両手が使えないから止めるに止められない。
「あ、はがた、ついた…えへへっ…なんか、うれしい…もっと…」
ペロッ。
更に舐められて、また甘噛みを繰り返されて。
こんなの拷問だっ!
「鈴。…流石に僕も怒るよ。僕は鈴の兄だけど、男なんだ。軽々しくこんな事するもんじゃない」
ハッキリと言ってのけると、鈴は何も答えず、それどころかぎゅっと抱き着いてきた。
「…わたしだって、だれにだってするわけない。……なつめおにいちゃんだから、だよ。そもそも、わたし、おとこがこわいのに、こんなこと、かんたんにしない…」
「鈴…」
…こんな風にすり寄られたら、堪らない。
酔っぱらっているのだから、その言葉を真に受けたらいけない。それは解ってるのに…。でも、心のどこかで酔っぱらって理性を失っているって事はそれだけ本音を言ってくれている可能性もあるんじゃないかって、希望を持っている自分がいる。
鈴の言葉が本音であると良いと願わずにはいられない。
「鈴。鈴は…僕の事が好き?」
「……だいすき」
「それは…」
今、聞いたらいけない。酔った勢いに付け込むのは駄目だって解ってる。解ってるんだけど…、僕は知らず言葉を口にしていた。
「僕と、キスしたい、って思うくらい、好き?」
言って、しまった…。
後悔は先に立たない。そんな事は解ってるけど、でも、ある意味今なら、酔ってたからって言い訳がどちらにも通用すると、思ったから。…なんて、それこそ自分への言い訳に過ぎないけど。
僕は足を止めずに、じっと鈴の答えを待った。
……鈴?もしかして、寝ちゃった?
そっと後ろを振り向くと、そこには鈴の微笑んだ顔があり、唇が重なる。それはほんの一瞬で。顔をほんのり赤く染めた鈴は、僕の耳へと唇を寄せて囁いた。
「だかれても、いいくらい、すき…」
「―――ッ!?」
嬉しい。けど、これはヤバい。
正直に言えば、今すぐベッドに押し倒したいっ。それ位鈴が可愛いっ。鈴が愛おしくて仕方ないっ。
でも、鈴の為にもそれは、出来ないから。
「ありがとう、鈴…」
今は僕をそれだけ想ってくれているって気持ちだけで十分嬉しい。鈴の気持ちが堪らなく嬉しい。
…欲が産まれなかった訳ではないけれど、心でお経を唱えつつ、僕と鈴は帰宅した。
途中、鈴が眠ってくれた事に感謝したのは、言うまでもないと思う。
翌朝、鈴は全てをきちんと覚えていて。
真っ赤になりながらも、改めて僕に好きだと告げてくれた。勿論、僕も大好きだから嬉しくて勢いのまま鈴を抱きしめた。
それから何時好きになってくれたのか、とか、気持ちを勘違いしていないか、とか互いに色々と感情を確かめ合った。
「棗お兄ちゃんの癒しは私だけのものっ!」
と断言してくれたのは素直に嬉しかった。
気持ちが通じ合った事は家族に直ぐに報告した。皆笑顔で祝福してくれて、佳織母さんに至っては両手を上げて喜んでくれた。
「こんなに早くに気持ちが通じ合ったのなら、もう【ゲームの設定】は完全に発動しないわねっ!これで美鈴は幸せになれるのねっ!」
「ありがとう、ママ」
佳織母さんと美鈴の会話がどう言う意味なのか僕には理解出来なかったけど、二人が幸せそうに泣いていたから、ただそれを見守った。
その日の夜。
鈴の誘いである場所へデートへと向かった。
「ここは?」
「白鳥所有の展望台。取り壊し予定だったんだけど、折角だから壊す前に貸切にしてデートしよっかなって」
「貸切だと伸び伸び出来るし、いいね」
「えへへ」
鈴と手を繋ぎ中へと入る。
ここの展望台の事は知っていたけれど、入った事なかったから、見るものが全て新鮮だ。
ゆっくりと展示物を眺め、階段を登って、ソファに座って休み、鈴と一緒に自販機で飲み物を購入したり…デートを満喫している。何より…。
「棗お兄ちゃんっ、次はあれみたいっ」
鈴が可愛いっ。僕の恋人の可愛さは異常だ。
微笑む度、僕の方を振り返る度、揺れる金色が綺麗で、何より可愛いっ。
「棗お兄ちゃん。私、トイレ行ってくるー」
「あ、うん。じゃあ、僕は待ってるよ」
「はーいっ」
トイレの方へ姿を消した鈴を見送って、キョロキョロと周りを見渡す。
貸切だから人がいないのは当然、……ん?
何だろう?あそこのパンフレット立ての所に違う何かが挟まってる。
一度気になるとずっと気になるよね。
近寄って手紙を手に持つ。差出人は、ない。ただの封筒かな?
裏返すと、あて名が書いて……【白鳥誠様】?
父さん宛?誰から?しかも何でこんな場所に?
開けてみるべきか?他人からの父さんへの手紙だし、開けるのは不味いよね。こんな場所にあるってのは可笑しいし…。
「棗お兄ちゃん?どうかした?」
いつの間に戻って来たのか、鈴が僕の背後から手の中を覗き込む。
「手紙?誠パパ宛ての?」
「ここに挟まってたんだ」
「差出人は?」
「書いてない。…どう思う?持って帰っても良いものかな?」
「んー…。正直怪しいことこの上ないんだけど、ここに置いて行くのも何か気持ち悪いよね」
「確かに」
「だったら持って帰って誠パパに処分して貰おうよ」
「それもそうだね。父さんならちょっとやそっとじゃ傷つけられそうにないし」
手紙をポケットにしまって、僕達はデートに戻った。
デートを満喫して、帰宅した所、何故かそこには鬼の形相の猪塚がいた。
「棗先輩っ!白鳥さんと付き合い始めたって本当ですかっ!?」
「…何処から聞いた?」
「棗先輩にあげた誕生日プレゼントの万年筆の中にある盗聴器からっ!」
ぐしゃっ!
「ふごっ!?」
良し。これで良い。
「さ、行こうか、鈴」
「…棗お兄ちゃん。猪塚先輩が棗お兄ちゃんの足の下に…」
「うん?どうかした?」
「う、うぅん。なんでもない」
鈴をエスコートしつつ家の中へ入る。鍵はしっかりと閉めた。
食事の支度する鈴と別れて、僕は父さんの部屋へと向かった。
手紙を渡そうと思ったからだ。でもそこに父さんの姿はなかった。
「おかしいな。今日は休みだったと思ったけど…あれ?」
机の上に便箋が一枚置かれている。
その横には僕が持っている手紙と同じ封筒が。
「なんだ。父さんの知り合いからの手紙だったんだ。じゃあ一緒においといて構わないかな?」
ポケットから手紙を取り出し、机の上に置こうと思ったが、何処に置いて良いか迷う。
重ねて置くのもな…。隣、かな?
迷っていると、突然―――。
『―――時は重ねるべからず。時は一つにあらず。時は全てを知る導べ。時に抗う事ならず』
謎の声と共に良く解らない言葉が脳内に流れ込んでくる。
持っていた手紙が震えた。
もしかして、この手紙が発しているのかっ?
僕が手紙を手放そうと思った、その時―――。
「棗お兄ちゃんっ!ヘルプっ!」
「白鳥さんっ!!せめて、せめて手を繋がせて下さいっ!!」
部屋に二人が飛び込んできて、僕に鈴が飛びついて、更に鈴に猪塚が飛びつき、その衝撃で僕は手に持っていた手紙を落としてしまった。
机の上にあった手紙の上に。
その瞬間、僕の脳裏にさっきの謎の声が過った。
『時を重ねるべからず』
それはもしかして―――っ!?
気付いた時にはもう遅かった。
光が僕達を包んで…。
目を開けた時には、この世界の、今僕達が浮かんでいる此処、リョウイチの家の上にいた。
一体何がどうなったのか、理解が追い付かず。取りあえず現状を把握に奔走した。
『この世界の言語で理解出来そうな言葉を探して覚えて。【僕の声が通じる人間】を探したんだ。透明のこの体は見えてる人間がいないみたいだったからね。それに、あの光を受けた時鈴が僕に抱き着いていたから、鈴がこちらに一緒に来ている可能性が高かった。だから鈴の居場所を探すのと同時進行で現状把握を急いだんだよ』
『……』
『鈴?』
顔が真っ赤で頭を抱えて悶えてるんだけど、どうしたんだろう?
『うぅぅっ…。そこまで詳細に覚えている訳じゃなかったから、今酔っぱらった時の醜態を聞いて羞恥で弾けそうです』
『ハハッ。鈴、真っ赤で可愛い』
『そうじゃないっ、棗お兄ちゃんっ、そうじゃないよーっ!』
鈴を抱きしめて慰める。可愛いな、鈴は。
『それでね。鈴。今僕が解ってる事は、この世界の名前が【アースラウンド】と言う名で、地球ではないけれど時間経過は地球と変わらないって事くらいなんだ。詳しく聞こうにも、リョウイチは一週間に五日は神殿で過ごすらしくて、実質会話らしい会話が出来たのは二日前。だから正直な話僕も殆ど情報を得れてないんだ。確認の為にも、もう一度僕も話を聞くから、一緒に聞こうよ、鈴』
『うんっ。解ったっ』
僕は鈴と頷き合い、リョウイチの下へと戻った。
所で、僕達はすっかり忘れていた事がある。
猪塚もあの時あの場所にいたような…………………忘れたままでもいっか。
僕達がこうして飛ばされた理由を語る前にそのもう少し前の流れから説明しようと思う。
都貴社長との会食があったあの日。
鈴は間違えてお酒を飲んでしまい、僕と葵は会食の部屋に呼び出された。
そこには鴇兄さんが片手であぎあぎと腕を齧る美鈴を抑え、都貴社長とその息子を睨みつけている姿があった。
鴇兄さんがあんな冷え切った瞳をして睨むと言う事は余程の事があったんだ。
慌てて駆け寄ると、都貴の息子が青い顔をしてその場を逃げだした。逃がすかと追い掛けようとしたが、鴇兄さんの待ったが入った。
「あいつは俺が追う。棗、お前は美鈴を頼む。葵はここの後始末を」
「解ったっ」
「了解だよ、鴇兄さん。気を付けて」
僕は鴇兄さんから鈴を受け取り、そのまま背負う。
「えへへ~、棗お兄ちゃ~ん」
うん。完全に酔っぱらってる。一方葵は都貴社長と対面して笑顔で威圧。こう言う時、葵は素直に凄いと思う。どんなに年上の人間でも、自分が認めない相手には一歩も引かない。そして容赦がない。その容赦のなさは多分鴇兄さんや鈴以上だ。だからこそ、一度認めた相手にはどこまでも優しいんだけどね。
鈴を背負ったまま、視線だけで葵に帰る事を告げ、僕はその部屋を後にした。
料亭を出て、真珠さんと会う。どうやら車は鴇兄さんが乗って行ってしまったらしい。
代わりの車を用意してくれると言っているが…酔いを醒ます為にも少し夜風に当たらせた方が良いかも知れない。
僕は真珠さんの申し出を断り、背負ったまま歩いて帰る事にした。
幸い、鈴は凄く軽い。片腕で持てると断言出来るくらいには。だから背負って帰るのになんの問題もない。
のんびりとゆっくり帰路を歩く。
「なつめ、おにいちゃん。ぎゅー」
首に回った腕に力が込められるけど、痛くも苦しくもなくて、ただただ微笑ましい。そして可愛い。
どうやら鈴は酔っぱらうと可愛さが上がるらしい。すれ違う男達がこちらを見て顔を赤らめている。うん。見るな。
ギリッと睨みつけると、蜘蛛の子が如く散っていく。
「なつめ、おにいちゃん…」
「うん。どうしたの?鈴」
「しゅきぃ…」
呂律が回ってない。それでも好きって言ってくれたのは解ったから。僕は苦笑しつつ、僕も好きだよと告げる。
僕と鈴の【好き】には大きく違いがあると分かってるけどね。…けど、惚れてる女の子に好きって言われたら嬉しいから、素直に受け入れる。
「むむ?…なつめおにいちゃん、わたしの告白、ながしたなぁ~?」
「え?」
「わたし、には、なつめおにいちゃん、だけ、なのにぃ~…」
「鈴?」
背負っているから、鈴の吐息と一緒に呟きまで全部耳に吹き込まれ、歩いていた足が止まる。
これは、やばいっ…。
顔が赤くなるのが止められない。
「鈴。完全に酔ってるね。どこかで水でも買おうか?」
「いらにゃい…」
「そ、そう?」
なら少しでも早く帰ろう。歩く足を速める。むしろほぼ走ってる。
「…ふみぃ~…ゆれるぅ~……うぇっぷ」
しまったっ!?
つい、全力で走ってしまった…。
当然鈴は揺られる訳で。酔っぱらってるのにこれはきつかったよね。
速度を落として、ゆっくりと歩く。
「ごめんね、鈴。気付かなくて…」
「…だいじょ、ぶ…。………ふみ?」
「?」
もぞもぞ…。
?、鈴?人の背中で一体何してるの?
何をしているかなんて解らないから、とりあえず歩き続けると。
つん。
つんつん。
何故かうなじを突かれる。
……酔っぱらった鈴の行動が予測つかなくて辛い。
そっと突かれるその感触とくすぐったさに耐えていると、今度はそこをゆっくりと指先でなぞられた。
ぞわりっ。
「―――ッ!!」
寒気とか、そんなんじゃない。
ハッキリ言って、煽られてる。完全に。
更に指は離れて、そこに柔らかい感触が触れる。この感触ってまさか…くちび…い、いや、待ってっ。違うよ。きっとほっぺとか…。
邪な考えに思考を支配される前に、冷静になるよう脳を切り替えようと僕は必死だ。
「なつめおにいちゃん、こんな所に、ほくろ、あるんだね…ふふっ…はじめて、しったな……はむっ」
「うわっ!?」
首とも肩ともつかない位置を甘噛みされ、驚きのあまり鈴を落としそうになってしまう。
必死でこらえて、なんとか鈴を落とさずに済んだけど。これは、本当にヤバいよ。
「はむはむ…」
「ちょっ、鈴っ、やめっ」
両手が使えないから止めるに止められない。
「あ、はがた、ついた…えへへっ…なんか、うれしい…もっと…」
ペロッ。
更に舐められて、また甘噛みを繰り返されて。
こんなの拷問だっ!
「鈴。…流石に僕も怒るよ。僕は鈴の兄だけど、男なんだ。軽々しくこんな事するもんじゃない」
ハッキリと言ってのけると、鈴は何も答えず、それどころかぎゅっと抱き着いてきた。
「…わたしだって、だれにだってするわけない。……なつめおにいちゃんだから、だよ。そもそも、わたし、おとこがこわいのに、こんなこと、かんたんにしない…」
「鈴…」
…こんな風にすり寄られたら、堪らない。
酔っぱらっているのだから、その言葉を真に受けたらいけない。それは解ってるのに…。でも、心のどこかで酔っぱらって理性を失っているって事はそれだけ本音を言ってくれている可能性もあるんじゃないかって、希望を持っている自分がいる。
鈴の言葉が本音であると良いと願わずにはいられない。
「鈴。鈴は…僕の事が好き?」
「……だいすき」
「それは…」
今、聞いたらいけない。酔った勢いに付け込むのは駄目だって解ってる。解ってるんだけど…、僕は知らず言葉を口にしていた。
「僕と、キスしたい、って思うくらい、好き?」
言って、しまった…。
後悔は先に立たない。そんな事は解ってるけど、でも、ある意味今なら、酔ってたからって言い訳がどちらにも通用すると、思ったから。…なんて、それこそ自分への言い訳に過ぎないけど。
僕は足を止めずに、じっと鈴の答えを待った。
……鈴?もしかして、寝ちゃった?
そっと後ろを振り向くと、そこには鈴の微笑んだ顔があり、唇が重なる。それはほんの一瞬で。顔をほんのり赤く染めた鈴は、僕の耳へと唇を寄せて囁いた。
「だかれても、いいくらい、すき…」
「―――ッ!?」
嬉しい。けど、これはヤバい。
正直に言えば、今すぐベッドに押し倒したいっ。それ位鈴が可愛いっ。鈴が愛おしくて仕方ないっ。
でも、鈴の為にもそれは、出来ないから。
「ありがとう、鈴…」
今は僕をそれだけ想ってくれているって気持ちだけで十分嬉しい。鈴の気持ちが堪らなく嬉しい。
…欲が産まれなかった訳ではないけれど、心でお経を唱えつつ、僕と鈴は帰宅した。
途中、鈴が眠ってくれた事に感謝したのは、言うまでもないと思う。
翌朝、鈴は全てをきちんと覚えていて。
真っ赤になりながらも、改めて僕に好きだと告げてくれた。勿論、僕も大好きだから嬉しくて勢いのまま鈴を抱きしめた。
それから何時好きになってくれたのか、とか、気持ちを勘違いしていないか、とか互いに色々と感情を確かめ合った。
「棗お兄ちゃんの癒しは私だけのものっ!」
と断言してくれたのは素直に嬉しかった。
気持ちが通じ合った事は家族に直ぐに報告した。皆笑顔で祝福してくれて、佳織母さんに至っては両手を上げて喜んでくれた。
「こんなに早くに気持ちが通じ合ったのなら、もう【ゲームの設定】は完全に発動しないわねっ!これで美鈴は幸せになれるのねっ!」
「ありがとう、ママ」
佳織母さんと美鈴の会話がどう言う意味なのか僕には理解出来なかったけど、二人が幸せそうに泣いていたから、ただそれを見守った。
その日の夜。
鈴の誘いである場所へデートへと向かった。
「ここは?」
「白鳥所有の展望台。取り壊し予定だったんだけど、折角だから壊す前に貸切にしてデートしよっかなって」
「貸切だと伸び伸び出来るし、いいね」
「えへへ」
鈴と手を繋ぎ中へと入る。
ここの展望台の事は知っていたけれど、入った事なかったから、見るものが全て新鮮だ。
ゆっくりと展示物を眺め、階段を登って、ソファに座って休み、鈴と一緒に自販機で飲み物を購入したり…デートを満喫している。何より…。
「棗お兄ちゃんっ、次はあれみたいっ」
鈴が可愛いっ。僕の恋人の可愛さは異常だ。
微笑む度、僕の方を振り返る度、揺れる金色が綺麗で、何より可愛いっ。
「棗お兄ちゃん。私、トイレ行ってくるー」
「あ、うん。じゃあ、僕は待ってるよ」
「はーいっ」
トイレの方へ姿を消した鈴を見送って、キョロキョロと周りを見渡す。
貸切だから人がいないのは当然、……ん?
何だろう?あそこのパンフレット立ての所に違う何かが挟まってる。
一度気になるとずっと気になるよね。
近寄って手紙を手に持つ。差出人は、ない。ただの封筒かな?
裏返すと、あて名が書いて……【白鳥誠様】?
父さん宛?誰から?しかも何でこんな場所に?
開けてみるべきか?他人からの父さんへの手紙だし、開けるのは不味いよね。こんな場所にあるってのは可笑しいし…。
「棗お兄ちゃん?どうかした?」
いつの間に戻って来たのか、鈴が僕の背後から手の中を覗き込む。
「手紙?誠パパ宛ての?」
「ここに挟まってたんだ」
「差出人は?」
「書いてない。…どう思う?持って帰っても良いものかな?」
「んー…。正直怪しいことこの上ないんだけど、ここに置いて行くのも何か気持ち悪いよね」
「確かに」
「だったら持って帰って誠パパに処分して貰おうよ」
「それもそうだね。父さんならちょっとやそっとじゃ傷つけられそうにないし」
手紙をポケットにしまって、僕達はデートに戻った。
デートを満喫して、帰宅した所、何故かそこには鬼の形相の猪塚がいた。
「棗先輩っ!白鳥さんと付き合い始めたって本当ですかっ!?」
「…何処から聞いた?」
「棗先輩にあげた誕生日プレゼントの万年筆の中にある盗聴器からっ!」
ぐしゃっ!
「ふごっ!?」
良し。これで良い。
「さ、行こうか、鈴」
「…棗お兄ちゃん。猪塚先輩が棗お兄ちゃんの足の下に…」
「うん?どうかした?」
「う、うぅん。なんでもない」
鈴をエスコートしつつ家の中へ入る。鍵はしっかりと閉めた。
食事の支度する鈴と別れて、僕は父さんの部屋へと向かった。
手紙を渡そうと思ったからだ。でもそこに父さんの姿はなかった。
「おかしいな。今日は休みだったと思ったけど…あれ?」
机の上に便箋が一枚置かれている。
その横には僕が持っている手紙と同じ封筒が。
「なんだ。父さんの知り合いからの手紙だったんだ。じゃあ一緒においといて構わないかな?」
ポケットから手紙を取り出し、机の上に置こうと思ったが、何処に置いて良いか迷う。
重ねて置くのもな…。隣、かな?
迷っていると、突然―――。
『―――時は重ねるべからず。時は一つにあらず。時は全てを知る導べ。時に抗う事ならず』
謎の声と共に良く解らない言葉が脳内に流れ込んでくる。
持っていた手紙が震えた。
もしかして、この手紙が発しているのかっ?
僕が手紙を手放そうと思った、その時―――。
「棗お兄ちゃんっ!ヘルプっ!」
「白鳥さんっ!!せめて、せめて手を繋がせて下さいっ!!」
部屋に二人が飛び込んできて、僕に鈴が飛びついて、更に鈴に猪塚が飛びつき、その衝撃で僕は手に持っていた手紙を落としてしまった。
机の上にあった手紙の上に。
その瞬間、僕の脳裏にさっきの謎の声が過った。
『時を重ねるべからず』
それはもしかして―――っ!?
気付いた時にはもう遅かった。
光が僕達を包んで…。
目を開けた時には、この世界の、今僕達が浮かんでいる此処、リョウイチの家の上にいた。
一体何がどうなったのか、理解が追い付かず。取りあえず現状を把握に奔走した。
『この世界の言語で理解出来そうな言葉を探して覚えて。【僕の声が通じる人間】を探したんだ。透明のこの体は見えてる人間がいないみたいだったからね。それに、あの光を受けた時鈴が僕に抱き着いていたから、鈴がこちらに一緒に来ている可能性が高かった。だから鈴の居場所を探すのと同時進行で現状把握を急いだんだよ』
『……』
『鈴?』
顔が真っ赤で頭を抱えて悶えてるんだけど、どうしたんだろう?
『うぅぅっ…。そこまで詳細に覚えている訳じゃなかったから、今酔っぱらった時の醜態を聞いて羞恥で弾けそうです』
『ハハッ。鈴、真っ赤で可愛い』
『そうじゃないっ、棗お兄ちゃんっ、そうじゃないよーっ!』
鈴を抱きしめて慰める。可愛いな、鈴は。
『それでね。鈴。今僕が解ってる事は、この世界の名前が【アースラウンド】と言う名で、地球ではないけれど時間経過は地球と変わらないって事くらいなんだ。詳しく聞こうにも、リョウイチは一週間に五日は神殿で過ごすらしくて、実質会話らしい会話が出来たのは二日前。だから正直な話僕も殆ど情報を得れてないんだ。確認の為にも、もう一度僕も話を聞くから、一緒に聞こうよ、鈴』
『うんっ。解ったっ』
僕は鈴と頷き合い、リョウイチの下へと戻った。
所で、僕達はすっかり忘れていた事がある。
猪塚もあの時あの場所にいたような…………………忘れたままでもいっか。
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