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最終章 数多の未来への選択編
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「美鈴。次はこれな」
「ふみぃ~…書類が減らないよぅ…。あ、鴇お兄ちゃん。この書類、よろしく」
ドスンッと書類の束を鴇お兄ちゃんから受け取り、ドッスンッと書類の束を鴇お兄ちゃんに返す。
もうね。あの事件から一か月が経った今尚、私達は事後処理に追われているのですよ。
お兄ちゃん達に、誠パパ、更には旭達や円達にも手伝いをお願いしているというのに、まだ終わらないっ!
ここ一ヶ月休日も返上して、ずっと働きっぱなしだよっ!?残業だらけだよっ!?
「ふみぃ~……決めたっ!今日はもう帰るっ!」
鴇お兄ちゃんに全部任せて帰るっ!!ゴーゴーっ!!
「美鈴?帰るのか?」
「うんっ。鴇お兄ちゃん、あとよろしくっ!!大丈夫。鴇お兄ちゃんが決裁しても大丈夫な書類だけ残して帰るからっ!」
グッと親指を上げて鴇お兄ちゃんに向けて、と。さーっ!帰るぞーっ!!
「……ったく、仕方ない奴だな」
と優しいふりをして鴇お兄ちゃんは見送ってくれた訳ですが、私の分はきっちりしっかりと残されていた事を私が知るのは翌々日の事である。
そんな未来の事は露知らず、私は急いで会社出て真珠さんの運転する車で帰宅した。
部屋に鞄を置いて、手洗いうがい、着替えを済ませて癒し空間であるリビングの奥、キッチンへと逃げ込んだ。
えへへ。今日は何作ろうかな~♪
冷蔵庫には何が残ってるっけ~?
冷蔵庫を開けて中身を確認し、床にある保存庫を見て野菜を確認して…。
鼻歌を歌いつつ、野菜を取りだしていると、
「美鈴ちゃん?帰って来てるの?」
リビングのドアが開き、紫お姉ちゃんが入って来た。
ぴょこんと顔だけを出して、いることを伝えると紫お姉ちゃんはほっこりと微笑んでこちらへ歩いてきた。
「今日のご飯の準備?手伝おうか?」
「大丈夫っ!今日は仕事でストレス溜まりまくったので料理で発散するんですっ!」
「そうなの?じゃあ、その…」
紫お姉ちゃん?
どうしたの?って聞く前に分かっちゃった。紫お姉ちゃんの手に大学の教材があったから。
紫お姉ちゃんは今私と同じ大学に通っている。理由は簡単。
「美鈴ーっ!!濃いコーヒーっ!!」
ドアをぶち破りそうな勢いでリビングに駆けこんできた人が入れと言ったから。
「ママ。ドアが壊れるよ」
「壊れたら直したらいいのよ。美鈴~、コーヒー…」
あ、力尽きた。
仕方ないなぁ~。丁度午後三時だし。おやつにしよう。
「それじゃあ、紫お姉ちゃん。文美伯母様呼んできて~。皆でおやつにしようよ。紫お姉ちゃんは紅茶で良いよね?」
「うん。ありがとう美鈴ちゃん。今呼んでくるね」
パタパタと軽やかな足取りでリビングを出て行った紫お姉ちゃんを見送りつつ、私はママの為に超濃いコーヒーを淹れる。
「美鈴?」
「なぁに?ママ。コーヒーなら今淹れて」
「告白しないの?」
「ふみっ!?」
いいいいいいきなりなんつー爆弾を投げつけるのっ!?驚きのあまりママのコーヒー、間違えてビールジョッキに注いじゃったじゃないっ。良かった、アイスコーヒーにするつもりでいて…。
「葵の事。好きなんでしょう?」
「す、き、だけど…」
「だけど?言っておくけど、私の知る限り本来の葵編からはかなりかけ離れているから、全く問題ないわよ?」
「本来の葵お兄ちゃん編ってどんなのだったの?」
聞くとママはざっくりだけど説明してくれた。
本来ならば、葵お兄ちゃんは紫お姉ちゃんに勧誘されて敵側に回ってしまうらしい。それでロミジュリチックになるんだけど、ヒロインである美鈴は葵お兄ちゃんの居場所は自分の横だと主張して、奪い返すみたいな流れになるんだって。そもそもゲームでは白鳥総帥が順一朗爺だからね。如何にも威厳ある風に見せたご立派な椅子に長い髭をひけらかして感じの悪い爺だったよってママは笑って言ってた。
しかし、実際はまず葵お兄ちゃんが私達家族と幸せに日々を過ごしている。更に紫お姉ちゃんが勧誘に来たけれど、それに葵お兄ちゃんが誘惑される事なく、むしろ私が紫お姉ちゃんを誘惑した。もう、家族。紫お姉ちゃんは絶対に渡さんっ。あと何より、爺ではなく総帥は私。威厳があるかないかはちょっと解んないけど。
こう考えると確かに葵お兄ちゃんのルートは大幅に逸脱している。
「で?どうなの美鈴。告白しないの?」
「しても、良いんだけど。タイミングが…」
「あら?タイミングなら作ったらいいのよ。ね、紫、文美義姉さん?」
文美伯母様を連れて戻って来た紫お姉ちゃんがこれ以上ないってくらいにニコニコしている。横にいる伯母様もだ。
「でも、佳織さん。美鈴ちゃんは既に一度告白してるよ?」
「ふみ?」
え?言ったっけ?いつ言ったっけ?
覚えてない、覚えてないよーっ!?
必死に記憶を辿るも答えは出て来ない。そんなテンパった私見て、クスクスと笑った紫お姉ちゃんがソファに座った。
「言ったよ?私と葵君が二人っきりでいちゃいちゃしてた時に飛び込んできて『葵お兄ちゃんは私のっ!』って宣言したじゃない。私の事無視してまで葵君に抱き付いてたもんね?」
「ふみみっ!?」
ボンッ。
顔から絶対湯気出てるこれっ!
「何聞いても、何言っても無視してたもんねー?」
「うぅ…紫お姉ちゃんが苛める…」
テーブルに運んだおやつと紅茶、ママにはコーヒーを出す。コーヒーはグラスにうつすの面倒だったからビールジョッキのままだけどね。今日のおやつはオレンジムースのケーキです。昨日作ったのです。
「美鈴ちゃんはそうなのね。なら紫は振られたのかしら?」
「私には最初から望みはなかったんだよ。それに、美鈴ちゃんがきちんと約束守ってくれて今は幸せだし」
うふふっと笑って紫お姉ちゃんは私に手を見せた。え、薬指に指輪って…えぇっ!?
「もしかしてっ?」
「昨日この指輪をくれたの。結婚を前提としてお付き合いしたいって言ってくれて。…私には本当に勿体ないようなとても優しい人」
驚いた。確かに紹介したのは私だけど、まさかそこまでとは…やりおる。
「ねぇねぇ、紫?その彼、えっと名前露見尾さん…だったかしら?その彼はどんな人なの?」
「えっと…心が広いの。どんな事も大きな心で受け止めてくれるし。とても強いし。ちょっと無口なのだけど、それでもたまに見せるむふんって笑い顔が堪らなく可愛くてっ」
「見た目はどんななの?」
「写真あるよっ。見るっ?」
紫さんはスマホを手早く動かして、写真を文美伯母様に見せた。
「あら?イケメンじゃないっ」
「でしょうっ?」
……そうなんだよねー。露見尾くん、羽化して超絶美形に育ったんだよねぇ…。今じゃふっくらした巨体も消えて、長身のスラッとした美男子になった。ママ経由で何故か連絡を取り合っていたのだけど、彼女が欲しいと人並の事を言いだして、滅茶苦茶驚いた。
だけど、露見尾くん。紫お姉ちゃんとは本当にお似合いだと思っている。だって、彼はどんな事にも動じないよ?不動だよ?食べれないものないし。同じく羽化して綺麗になった姉と美しい母がいるおかげで女性の扱いにも慣れているし。紫お姉ちゃんが嫁に行くにしても、ママの実家がある場所だから空気は良いし、療養にも最高だし、あの図書館がある限り暇はしないし。文美伯母様を迎え入れるだけのお金持ちだし。例えば二人の間に子供生まれたとして、絶対露見尾くんの遺伝子が勝るに決まってるし。露見尾くんは強いから、何があっても絶対守ってくれるだろうし。
良いトコ尽くめである。後は相性の問題だけど、それも何も問題なさそう。
「露見尾くんは私が少しでも不安を抱えていると直ぐに抱きしめてくれて、むふんと笑ってくれるの。それだけで私の不安は全て溶けて消えるのよ」
「そうなの」
「それに、文美お母さんも一緒に連れて来て良いって言ってくれてて。今度私と会いに行こう?」
「勿論よ。ちゃんとお母さんが紫に相応しい相手かチェックしてあげるわ」
「も、もー、お母さんってば」
うんうん。幸せそうで何より。
やっぱり紫お姉ちゃんは文美伯母様と一緒に家に連れ帰って来て正解だった。
あの日。
ママが突入して来た後、誠パパと鴇お兄ちゃんが警察と一緒に白鳥の屋敷に駆けつけてくれた。
私達は傷一つ無かったんだけど、文美伯母様と紫お姉ちゃんは念の為に病院で検査を受ける様に言われて、私達は病院へと向かった。
病院はあんまり得意ではなかったんだけど、紫お姉ちゃん達が心配だったから一緒に行って検査が終わるのを待った。検査の結果は紫お姉ちゃんも文美伯母様も衰弱しているけれど、大きな外傷はないとのこと。でも、文美伯母様は三郎伯父に犯された所為でその行為で出来た傷があった。詳しい場所は伏せるけども察して欲しい。
検査を受けて、紫お姉ちゃんは文美伯母様に付き添った。その時、お兄ちゃん達男性陣はママから帰る様に言われた。と言うより蹴り飛ばされたと言うのが正しいかも。
『佳織?』
『今は男は必要ないの。とっとと事後処理に戻りなさい』
シッシッと払うように追い出されたお兄ちゃん達はなすすべなく帰って行った。
一方病室に残った私達は、じっと文美伯母様の回復を待った。薬も直ぐに抜ける、間もなく目も覚ますだろうってお医者様が言ってたから。紫お姉ちゃんが横でずっと祈る様に手を合わせて文美伯母様の意識が戻るのを待ち続けていた。
私もママも、そして駆けつけてくれた円と華菜ちゃんもただ黙って様子を見守って、10分くらい経った後、だろうか。
文美伯母様が目を開けた。皆で文美伯母様の顔を覗き込むと、文美伯母様は素直に驚いた。
そりゃそうだ。知らない顔が四つもあるんだから。
『おはよう。お義姉様』
にっこりと微笑むママに、戸惑う文美伯母様。
現状を把握出来ない文美伯母様にママは落ち着かせつつ、自己紹介をした。
『改めまして。きちんとご挨拶しておりませんでしたね。佳織と申します』
『佳織、さん?もしかして…誠の』
『はい。すみません。助けに行くのが遅れまして。誠さんがもう少し早く教えてくれていればもっと早くに動けたのですが…。後で殴り飛ばしておきますわ』
ママ。絶好調の外面ねっ!でも、私も便乗しますよっ!
『初めまして。文美伯母様。佳織の子で美鈴と申します。それから私の友達の花崎華菜と向井円です』
外面全開でにっこり微笑み、華菜ちゃん、円も込みで自己紹介をする。
私達の関係を聞いただけで理解したのか、文美伯母様は苦笑した。
『私は、また誠に迷惑をかけたのね』
苦しそうな、絞り出したような言葉で謝罪を口にしようとした伯母様にママは待ったをかけた。
『文美義姉様。私達はこの程度の事を迷惑となど思いませんわ。あんな事件、私達の敵ではないもの』
うんうんと私達は頷く。
『現総帥である美鈴にとっては痛くも痒くもない事件ですわ』
実際は色々面倒な事だらけだけどねっ!事後処理大変だけどねっ!
『一体…あれからどうなったのですか?』
文美伯母様の疑問にママは一つずつ答えて行く。
伯父達が互いに殺し合って、亡くなった事。三郎伯父も逮捕された事。あと、これは私も知らなかったけど、三人の伯母達、園江、珠美、多恵。その三人は実はママに味方をしていたらしい。…正しくは良い様にこき使われてたみたい。ほら、最初会社に乗りこんできた時。あの時にママが何しに来たのか聞き出して、逆にスパイとして扱ってたようで。の割に扱いが凄く雑だったけどね。ビンタされまくって顔パンパンに腫らしてたし。でも三人としては大きな犯罪には手を貸したくなかったらしい。ある意味危機察知能力がしっかりしているんだよね、うん。ま、それでも葵お兄ちゃんにしでかした事を許す事はないけどねっ!
『そう、ですか…。一典兄さんも、三郎兄さんも、勢津子姉さんも死んだのですね』
『…悲しいですか?』
『悲しい訳ないっ!あんな人達死んで当然っ!』
『紫』
ママの問いに答えた紫お姉ちゃんに、ママが静かに視線を合わせ、言葉を制止させた。ただ名を呼んだだけなのに、ピンッと空気が張り詰める。
『私は死んで当然の人間がいないなんて綺麗ごとは言わない。ただ、これだけは覚えておきなさい。どんな人間も誰かと関わって生きている。例えそれがド悪党であろうとも。誰とも関わらない人間なんてこの世にいないのよ。そしてそこには関わった人間にしか理解しえない感情がある。貴女が憎いと思った感情は貴女にしか解らない。同じように、兄妹として育った文美お義姉様にはお義姉様にしか解らない感情もあるのよ。人は感情を共感する事は出来ても同化する事は出来ないの。だから、人の感情を語るのは止めなさい。それはとても傲慢な行為よ』
ママの言葉は紫お姉ちゃんだけでなく、私達にも言っている言葉だ。
『お母さん…』
『そう、ね。何故、かしらね。あんなに嫌で嫌で堪らなかった筈なのに、いざ死んだと聞かされると、少なからずショックを受けている自分がいるの。紫も私もあんなに酷い目に合わされたのに、憎しみとは別の感情が私の中にあるのよ』
それはきっとお祖母ちゃんの愛情の所為かもしれない。良子お祖母ちゃんはずっと皆へ平等に接していたみたいだから。
そっと瞳を閉じて、感情を抑え込もうとしている文美伯母様を皆で静かに見守っていると、コンコンッと病室のドアをノックされた。
代表で私が行くと、そこには葵お兄ちゃんがいて。何か報告があるのかと察した私はママに許可を取って葵お兄ちゃんに中へ入る様に言う。
すると、葵お兄ちゃんは静かに中へと入って、文美伯母様に挨拶をして、静かに告げた。
『今、前白鳥総帥である順一朗が息を引き取りました。そして、もう一つ。これは優兎からの電話だったんだけど。…良子お祖母さんも同時刻、亡くなったそうです』
『えっ!?』
順一朗爺の事はある程度予測はついていたけど、後半の良子お祖母ちゃんに関しては全員が予想外だった。
『…優兎の話だと、あちらでだいぶ入退院は繰り返していたんだって。そんな中、この騒ぎを伝えるのはと思ったらしいんだけどそれでも伝えなきゃと鈴ちゃんに言われた通り伝えたらしいんだ。そうしたら、あの男は最後の最後まで…と怒りながらも、次の情報をベッドの上で漏らさず聞いていたんだって。それで事件が解決して文美伯母さんと紫さんの無事を確認した後少し眠ると言ってそのまま…』
『…もしかしたら、あの爺はお義母さんが連れて逝ったのかもしれないわね。最期まで面倒見が良いと言うか人が良いと言うか』
ママが苦笑したのに釣られるように、文美伯母様も苦笑した。
『それと、紫さん。良子お祖母さんからの遺言があります。貴女へ向けての』
『私、に…?』
『はい。『辛い目に合わせてごめんなさい。貴女が本当に望む幸福(モノ)を手に入れられるようにずっと願っているわ』だそうです』
本当に望む幸福。それは白鳥の総帥となる事ではなく、文美伯母様(母)と暮らす普通の日常。紫お姉ちゃんは初めて良子お祖母ちゃんの優しさを感じて、頬を濡らした。
『それから鈴ちゃん。鈴ちゃんにも遺言あるそうだよ』
『え?私にも?』
『実は、良子お祖母さんと美智恵さん。海外で二人はどうやら起業したらしくて。それが大当たり。その跡継ぎも宜しくっ!だって』
『………葵お兄ちゃん。私それ聞きたくなかったなー』
『ははっ…僕もだよ』
二人で顔を見合わせ、こっちは溜息である。ちょっと紫お姉ちゃん達の感動を分けて貰いたい。
そんな私達を見て皆が笑う。皆が笑顔になるならそれはそれでいっか。
『さて。和んだ所で、文美お義姉様。それから紫さん。いいえ、これから家族になるんですもの。言い方を変えるわね。文美義姉さん、紫。二人は家に来て貰うわよ』
『え?』
『ちょっと待って佳織さん』
『待たないわっ!ねっ、美鈴っ』
ウィンクするママに私は笑って頷く。勿論、味方しますよっ!美人母娘ゲットっ!
『紫お姉ちゃん。言ったでしょう?家族なんだから遠慮しないのっ!』
『まずは体力づくりよっ!毎日私と一緒に体鍛えましょうねっ!』
『毎日美味しいご飯食べようねっ!』
『勿論原稿も手伝ってくれるわよねっ!?』
『仕事も手伝ってくれるよねっ!?』
『毎日美味しい美鈴特製おやつ食べましょうねっ!?』
『ママを制止するの手伝ってくれるよねっ!?』
私とママが迫る勢いでぐいぐい訴えると二人は目を白黒させながらも頷いてくれた。
そして二人を連れ帰り、家族として受け入れ今に至る。
最初は遠慮していた二人も、良子お祖母ちゃんのお葬式が終わった辺りから馴染んできたのか今はいい感じに家族の一員としている。
細かった体も今ではしっかりと肉付き、紫お姉ちゃんも白かった髪は元の美しい青色に戻っていて、二人共神々しいまでの美しさを放っている。
特に紫お姉ちゃんと文美伯母様はママの扱いが上手くて。最近ママは締め切りを破る事がなくなった。これは凄い事である。
「んーっ。本当、美鈴ちゃんの作る物は何でも美味しいわねーっ」
「うんうんっ。私もお母さんも太っちゃいそう」
「ですって、美鈴。どんどん肥やらせて差し上げなさい」
「らじゃーっ!という訳でお代わりはいかがー?」
「うぅぅっ、酷いわっ、二人共」
と言いながら器を差し出す伯母様に笑いながらお代わりを用意する私達の所へ、誰かが家のチャイムを鳴らした。
誰だろう?
お代わりを乗せたトレイを紫お姉ちゃんに渡し、玄関へと向かう。
誰だろう?
一応、テレビ付きインターフォンを起動させると、そこには樹先輩がいた。
…無視しよう。
と思ったのに、先読まれてたらしい。スマホに連絡が入り、『無視したら後悔するぞ』とメールが来ており渋々ドアを開けた。
「何の用でしょう?」
「相変わらず辛辣だな、お前。…まぁいい。ほら、これやる」
手の上に置かれたのは、遊園地のチケット?
「なんで?」
「良いから貰っとけ。じゃあな」
「え?何?本当にこれだけの為に来たの?」
「あぁ。お前ら見ててまどろっこしいんだよ。さっさとくっついちまえ」
「は?え?」
樹先輩は車に乗りこんでさっさと行ってしまった。
一体何なの?そもそも遊園地って。
男が苦手な私にこれをどうしろって言うのよ。
意味は解らないけど、捨てる訳にもいかず。私はそれを持ってリビングへと戻った。
首を傾げている私を不審に思った三人はどうしたのかと聞いてくる。
「樹先輩が遊園地のチケットくれた」
「遊園地?」
「どれ?」
「これ」
素直にテーブルの上にチケットを置く。
「あれ?これって今日のみのチケットじゃない?」
「あ、本当だ。しかも特別ナイトパレード招待券。どゆこと?」
さっぱり分かんないんだけど。
私はスマホで樹先輩の本意を聞き出そうと電話をかけるが…出やしねぇ。がるるるる…。
「……美鈴。とりあえず行ってみたら?くれた相手が樹くんなら何かしら考えがあるんだろうし」
「うん…。そうだね。チケット代も勿体ないし、行こうかな」
でも一人?一人で行くの?勇気がいるんだけど。
誰か誘ってもいいかな?ダメかな?あぁ、でもこれ特別招待券なんだよね。入れる人決められてるよね。
「美鈴。ほら、ここ。良く見なさい」
「ふみ?」
「特別ナイトパレード招待券の後。ペアチケットって書いてあるわ。入場はご一緒にお願い致しますって」
「あ、本当だ」
「という事は誰かしらに片割れを渡してるか、もしくは樹くんが持っているかしてるはずだから大丈夫よ」
そう、だよね。いっそぎりぎりまで車にいて、最悪真珠さんに側にいて貰えば良い訳だし。
うん。じゃあ行こうかな。
決めたら即実行。
私は晩御飯の用意だけして、部屋で着替える事にする。
白地の薄い黄ストライプの入ったロングシャツワンピ。これで良いかな?
ショルダーバックに必要なものを詰めて。玄関へ急ぎ動きやすい靴を履く。うん、おっけー。
「美鈴ちゃん。行くの?」
「うんっ。紫お姉ちゃん、変なとこないかな?」
くるっとその場で回ってみる。
「大丈夫。ちゃんと可愛い。気を付けてね」
「うんっ。行って来まーすっ」
手を振って私は家を出た。
「男性恐怖症、か。……怖いはずなのに、助けてくれたんだよね、美鈴ちゃんは。………葵君の言った通りだね。美鈴ちゃんは強いな。ありがとう、美鈴ちゃん……行ってらっしゃい」
紫お姉ちゃんが呟いた言葉を聞きとる事なく、私は真っ直ぐ真珠さんの待つ車へと向かった。
「ふみぃ~…書類が減らないよぅ…。あ、鴇お兄ちゃん。この書類、よろしく」
ドスンッと書類の束を鴇お兄ちゃんから受け取り、ドッスンッと書類の束を鴇お兄ちゃんに返す。
もうね。あの事件から一か月が経った今尚、私達は事後処理に追われているのですよ。
お兄ちゃん達に、誠パパ、更には旭達や円達にも手伝いをお願いしているというのに、まだ終わらないっ!
ここ一ヶ月休日も返上して、ずっと働きっぱなしだよっ!?残業だらけだよっ!?
「ふみぃ~……決めたっ!今日はもう帰るっ!」
鴇お兄ちゃんに全部任せて帰るっ!!ゴーゴーっ!!
「美鈴?帰るのか?」
「うんっ。鴇お兄ちゃん、あとよろしくっ!!大丈夫。鴇お兄ちゃんが決裁しても大丈夫な書類だけ残して帰るからっ!」
グッと親指を上げて鴇お兄ちゃんに向けて、と。さーっ!帰るぞーっ!!
「……ったく、仕方ない奴だな」
と優しいふりをして鴇お兄ちゃんは見送ってくれた訳ですが、私の分はきっちりしっかりと残されていた事を私が知るのは翌々日の事である。
そんな未来の事は露知らず、私は急いで会社出て真珠さんの運転する車で帰宅した。
部屋に鞄を置いて、手洗いうがい、着替えを済ませて癒し空間であるリビングの奥、キッチンへと逃げ込んだ。
えへへ。今日は何作ろうかな~♪
冷蔵庫には何が残ってるっけ~?
冷蔵庫を開けて中身を確認し、床にある保存庫を見て野菜を確認して…。
鼻歌を歌いつつ、野菜を取りだしていると、
「美鈴ちゃん?帰って来てるの?」
リビングのドアが開き、紫お姉ちゃんが入って来た。
ぴょこんと顔だけを出して、いることを伝えると紫お姉ちゃんはほっこりと微笑んでこちらへ歩いてきた。
「今日のご飯の準備?手伝おうか?」
「大丈夫っ!今日は仕事でストレス溜まりまくったので料理で発散するんですっ!」
「そうなの?じゃあ、その…」
紫お姉ちゃん?
どうしたの?って聞く前に分かっちゃった。紫お姉ちゃんの手に大学の教材があったから。
紫お姉ちゃんは今私と同じ大学に通っている。理由は簡単。
「美鈴ーっ!!濃いコーヒーっ!!」
ドアをぶち破りそうな勢いでリビングに駆けこんできた人が入れと言ったから。
「ママ。ドアが壊れるよ」
「壊れたら直したらいいのよ。美鈴~、コーヒー…」
あ、力尽きた。
仕方ないなぁ~。丁度午後三時だし。おやつにしよう。
「それじゃあ、紫お姉ちゃん。文美伯母様呼んできて~。皆でおやつにしようよ。紫お姉ちゃんは紅茶で良いよね?」
「うん。ありがとう美鈴ちゃん。今呼んでくるね」
パタパタと軽やかな足取りでリビングを出て行った紫お姉ちゃんを見送りつつ、私はママの為に超濃いコーヒーを淹れる。
「美鈴?」
「なぁに?ママ。コーヒーなら今淹れて」
「告白しないの?」
「ふみっ!?」
いいいいいいきなりなんつー爆弾を投げつけるのっ!?驚きのあまりママのコーヒー、間違えてビールジョッキに注いじゃったじゃないっ。良かった、アイスコーヒーにするつもりでいて…。
「葵の事。好きなんでしょう?」
「す、き、だけど…」
「だけど?言っておくけど、私の知る限り本来の葵編からはかなりかけ離れているから、全く問題ないわよ?」
「本来の葵お兄ちゃん編ってどんなのだったの?」
聞くとママはざっくりだけど説明してくれた。
本来ならば、葵お兄ちゃんは紫お姉ちゃんに勧誘されて敵側に回ってしまうらしい。それでロミジュリチックになるんだけど、ヒロインである美鈴は葵お兄ちゃんの居場所は自分の横だと主張して、奪い返すみたいな流れになるんだって。そもそもゲームでは白鳥総帥が順一朗爺だからね。如何にも威厳ある風に見せたご立派な椅子に長い髭をひけらかして感じの悪い爺だったよってママは笑って言ってた。
しかし、実際はまず葵お兄ちゃんが私達家族と幸せに日々を過ごしている。更に紫お姉ちゃんが勧誘に来たけれど、それに葵お兄ちゃんが誘惑される事なく、むしろ私が紫お姉ちゃんを誘惑した。もう、家族。紫お姉ちゃんは絶対に渡さんっ。あと何より、爺ではなく総帥は私。威厳があるかないかはちょっと解んないけど。
こう考えると確かに葵お兄ちゃんのルートは大幅に逸脱している。
「で?どうなの美鈴。告白しないの?」
「しても、良いんだけど。タイミングが…」
「あら?タイミングなら作ったらいいのよ。ね、紫、文美義姉さん?」
文美伯母様を連れて戻って来た紫お姉ちゃんがこれ以上ないってくらいにニコニコしている。横にいる伯母様もだ。
「でも、佳織さん。美鈴ちゃんは既に一度告白してるよ?」
「ふみ?」
え?言ったっけ?いつ言ったっけ?
覚えてない、覚えてないよーっ!?
必死に記憶を辿るも答えは出て来ない。そんなテンパった私見て、クスクスと笑った紫お姉ちゃんがソファに座った。
「言ったよ?私と葵君が二人っきりでいちゃいちゃしてた時に飛び込んできて『葵お兄ちゃんは私のっ!』って宣言したじゃない。私の事無視してまで葵君に抱き付いてたもんね?」
「ふみみっ!?」
ボンッ。
顔から絶対湯気出てるこれっ!
「何聞いても、何言っても無視してたもんねー?」
「うぅ…紫お姉ちゃんが苛める…」
テーブルに運んだおやつと紅茶、ママにはコーヒーを出す。コーヒーはグラスにうつすの面倒だったからビールジョッキのままだけどね。今日のおやつはオレンジムースのケーキです。昨日作ったのです。
「美鈴ちゃんはそうなのね。なら紫は振られたのかしら?」
「私には最初から望みはなかったんだよ。それに、美鈴ちゃんがきちんと約束守ってくれて今は幸せだし」
うふふっと笑って紫お姉ちゃんは私に手を見せた。え、薬指に指輪って…えぇっ!?
「もしかしてっ?」
「昨日この指輪をくれたの。結婚を前提としてお付き合いしたいって言ってくれて。…私には本当に勿体ないようなとても優しい人」
驚いた。確かに紹介したのは私だけど、まさかそこまでとは…やりおる。
「ねぇねぇ、紫?その彼、えっと名前露見尾さん…だったかしら?その彼はどんな人なの?」
「えっと…心が広いの。どんな事も大きな心で受け止めてくれるし。とても強いし。ちょっと無口なのだけど、それでもたまに見せるむふんって笑い顔が堪らなく可愛くてっ」
「見た目はどんななの?」
「写真あるよっ。見るっ?」
紫さんはスマホを手早く動かして、写真を文美伯母様に見せた。
「あら?イケメンじゃないっ」
「でしょうっ?」
……そうなんだよねー。露見尾くん、羽化して超絶美形に育ったんだよねぇ…。今じゃふっくらした巨体も消えて、長身のスラッとした美男子になった。ママ経由で何故か連絡を取り合っていたのだけど、彼女が欲しいと人並の事を言いだして、滅茶苦茶驚いた。
だけど、露見尾くん。紫お姉ちゃんとは本当にお似合いだと思っている。だって、彼はどんな事にも動じないよ?不動だよ?食べれないものないし。同じく羽化して綺麗になった姉と美しい母がいるおかげで女性の扱いにも慣れているし。紫お姉ちゃんが嫁に行くにしても、ママの実家がある場所だから空気は良いし、療養にも最高だし、あの図書館がある限り暇はしないし。文美伯母様を迎え入れるだけのお金持ちだし。例えば二人の間に子供生まれたとして、絶対露見尾くんの遺伝子が勝るに決まってるし。露見尾くんは強いから、何があっても絶対守ってくれるだろうし。
良いトコ尽くめである。後は相性の問題だけど、それも何も問題なさそう。
「露見尾くんは私が少しでも不安を抱えていると直ぐに抱きしめてくれて、むふんと笑ってくれるの。それだけで私の不安は全て溶けて消えるのよ」
「そうなの」
「それに、文美お母さんも一緒に連れて来て良いって言ってくれてて。今度私と会いに行こう?」
「勿論よ。ちゃんとお母さんが紫に相応しい相手かチェックしてあげるわ」
「も、もー、お母さんってば」
うんうん。幸せそうで何より。
やっぱり紫お姉ちゃんは文美伯母様と一緒に家に連れ帰って来て正解だった。
あの日。
ママが突入して来た後、誠パパと鴇お兄ちゃんが警察と一緒に白鳥の屋敷に駆けつけてくれた。
私達は傷一つ無かったんだけど、文美伯母様と紫お姉ちゃんは念の為に病院で検査を受ける様に言われて、私達は病院へと向かった。
病院はあんまり得意ではなかったんだけど、紫お姉ちゃん達が心配だったから一緒に行って検査が終わるのを待った。検査の結果は紫お姉ちゃんも文美伯母様も衰弱しているけれど、大きな外傷はないとのこと。でも、文美伯母様は三郎伯父に犯された所為でその行為で出来た傷があった。詳しい場所は伏せるけども察して欲しい。
検査を受けて、紫お姉ちゃんは文美伯母様に付き添った。その時、お兄ちゃん達男性陣はママから帰る様に言われた。と言うより蹴り飛ばされたと言うのが正しいかも。
『佳織?』
『今は男は必要ないの。とっとと事後処理に戻りなさい』
シッシッと払うように追い出されたお兄ちゃん達はなすすべなく帰って行った。
一方病室に残った私達は、じっと文美伯母様の回復を待った。薬も直ぐに抜ける、間もなく目も覚ますだろうってお医者様が言ってたから。紫お姉ちゃんが横でずっと祈る様に手を合わせて文美伯母様の意識が戻るのを待ち続けていた。
私もママも、そして駆けつけてくれた円と華菜ちゃんもただ黙って様子を見守って、10分くらい経った後、だろうか。
文美伯母様が目を開けた。皆で文美伯母様の顔を覗き込むと、文美伯母様は素直に驚いた。
そりゃそうだ。知らない顔が四つもあるんだから。
『おはよう。お義姉様』
にっこりと微笑むママに、戸惑う文美伯母様。
現状を把握出来ない文美伯母様にママは落ち着かせつつ、自己紹介をした。
『改めまして。きちんとご挨拶しておりませんでしたね。佳織と申します』
『佳織、さん?もしかして…誠の』
『はい。すみません。助けに行くのが遅れまして。誠さんがもう少し早く教えてくれていればもっと早くに動けたのですが…。後で殴り飛ばしておきますわ』
ママ。絶好調の外面ねっ!でも、私も便乗しますよっ!
『初めまして。文美伯母様。佳織の子で美鈴と申します。それから私の友達の花崎華菜と向井円です』
外面全開でにっこり微笑み、華菜ちゃん、円も込みで自己紹介をする。
私達の関係を聞いただけで理解したのか、文美伯母様は苦笑した。
『私は、また誠に迷惑をかけたのね』
苦しそうな、絞り出したような言葉で謝罪を口にしようとした伯母様にママは待ったをかけた。
『文美義姉様。私達はこの程度の事を迷惑となど思いませんわ。あんな事件、私達の敵ではないもの』
うんうんと私達は頷く。
『現総帥である美鈴にとっては痛くも痒くもない事件ですわ』
実際は色々面倒な事だらけだけどねっ!事後処理大変だけどねっ!
『一体…あれからどうなったのですか?』
文美伯母様の疑問にママは一つずつ答えて行く。
伯父達が互いに殺し合って、亡くなった事。三郎伯父も逮捕された事。あと、これは私も知らなかったけど、三人の伯母達、園江、珠美、多恵。その三人は実はママに味方をしていたらしい。…正しくは良い様にこき使われてたみたい。ほら、最初会社に乗りこんできた時。あの時にママが何しに来たのか聞き出して、逆にスパイとして扱ってたようで。の割に扱いが凄く雑だったけどね。ビンタされまくって顔パンパンに腫らしてたし。でも三人としては大きな犯罪には手を貸したくなかったらしい。ある意味危機察知能力がしっかりしているんだよね、うん。ま、それでも葵お兄ちゃんにしでかした事を許す事はないけどねっ!
『そう、ですか…。一典兄さんも、三郎兄さんも、勢津子姉さんも死んだのですね』
『…悲しいですか?』
『悲しい訳ないっ!あんな人達死んで当然っ!』
『紫』
ママの問いに答えた紫お姉ちゃんに、ママが静かに視線を合わせ、言葉を制止させた。ただ名を呼んだだけなのに、ピンッと空気が張り詰める。
『私は死んで当然の人間がいないなんて綺麗ごとは言わない。ただ、これだけは覚えておきなさい。どんな人間も誰かと関わって生きている。例えそれがド悪党であろうとも。誰とも関わらない人間なんてこの世にいないのよ。そしてそこには関わった人間にしか理解しえない感情がある。貴女が憎いと思った感情は貴女にしか解らない。同じように、兄妹として育った文美お義姉様にはお義姉様にしか解らない感情もあるのよ。人は感情を共感する事は出来ても同化する事は出来ないの。だから、人の感情を語るのは止めなさい。それはとても傲慢な行為よ』
ママの言葉は紫お姉ちゃんだけでなく、私達にも言っている言葉だ。
『お母さん…』
『そう、ね。何故、かしらね。あんなに嫌で嫌で堪らなかった筈なのに、いざ死んだと聞かされると、少なからずショックを受けている自分がいるの。紫も私もあんなに酷い目に合わされたのに、憎しみとは別の感情が私の中にあるのよ』
それはきっとお祖母ちゃんの愛情の所為かもしれない。良子お祖母ちゃんはずっと皆へ平等に接していたみたいだから。
そっと瞳を閉じて、感情を抑え込もうとしている文美伯母様を皆で静かに見守っていると、コンコンッと病室のドアをノックされた。
代表で私が行くと、そこには葵お兄ちゃんがいて。何か報告があるのかと察した私はママに許可を取って葵お兄ちゃんに中へ入る様に言う。
すると、葵お兄ちゃんは静かに中へと入って、文美伯母様に挨拶をして、静かに告げた。
『今、前白鳥総帥である順一朗が息を引き取りました。そして、もう一つ。これは優兎からの電話だったんだけど。…良子お祖母さんも同時刻、亡くなったそうです』
『えっ!?』
順一朗爺の事はある程度予測はついていたけど、後半の良子お祖母ちゃんに関しては全員が予想外だった。
『…優兎の話だと、あちらでだいぶ入退院は繰り返していたんだって。そんな中、この騒ぎを伝えるのはと思ったらしいんだけどそれでも伝えなきゃと鈴ちゃんに言われた通り伝えたらしいんだ。そうしたら、あの男は最後の最後まで…と怒りながらも、次の情報をベッドの上で漏らさず聞いていたんだって。それで事件が解決して文美伯母さんと紫さんの無事を確認した後少し眠ると言ってそのまま…』
『…もしかしたら、あの爺はお義母さんが連れて逝ったのかもしれないわね。最期まで面倒見が良いと言うか人が良いと言うか』
ママが苦笑したのに釣られるように、文美伯母様も苦笑した。
『それと、紫さん。良子お祖母さんからの遺言があります。貴女へ向けての』
『私、に…?』
『はい。『辛い目に合わせてごめんなさい。貴女が本当に望む幸福(モノ)を手に入れられるようにずっと願っているわ』だそうです』
本当に望む幸福。それは白鳥の総帥となる事ではなく、文美伯母様(母)と暮らす普通の日常。紫お姉ちゃんは初めて良子お祖母ちゃんの優しさを感じて、頬を濡らした。
『それから鈴ちゃん。鈴ちゃんにも遺言あるそうだよ』
『え?私にも?』
『実は、良子お祖母さんと美智恵さん。海外で二人はどうやら起業したらしくて。それが大当たり。その跡継ぎも宜しくっ!だって』
『………葵お兄ちゃん。私それ聞きたくなかったなー』
『ははっ…僕もだよ』
二人で顔を見合わせ、こっちは溜息である。ちょっと紫お姉ちゃん達の感動を分けて貰いたい。
そんな私達を見て皆が笑う。皆が笑顔になるならそれはそれでいっか。
『さて。和んだ所で、文美お義姉様。それから紫さん。いいえ、これから家族になるんですもの。言い方を変えるわね。文美義姉さん、紫。二人は家に来て貰うわよ』
『え?』
『ちょっと待って佳織さん』
『待たないわっ!ねっ、美鈴っ』
ウィンクするママに私は笑って頷く。勿論、味方しますよっ!美人母娘ゲットっ!
『紫お姉ちゃん。言ったでしょう?家族なんだから遠慮しないのっ!』
『まずは体力づくりよっ!毎日私と一緒に体鍛えましょうねっ!』
『毎日美味しいご飯食べようねっ!』
『勿論原稿も手伝ってくれるわよねっ!?』
『仕事も手伝ってくれるよねっ!?』
『毎日美味しい美鈴特製おやつ食べましょうねっ!?』
『ママを制止するの手伝ってくれるよねっ!?』
私とママが迫る勢いでぐいぐい訴えると二人は目を白黒させながらも頷いてくれた。
そして二人を連れ帰り、家族として受け入れ今に至る。
最初は遠慮していた二人も、良子お祖母ちゃんのお葬式が終わった辺りから馴染んできたのか今はいい感じに家族の一員としている。
細かった体も今ではしっかりと肉付き、紫お姉ちゃんも白かった髪は元の美しい青色に戻っていて、二人共神々しいまでの美しさを放っている。
特に紫お姉ちゃんと文美伯母様はママの扱いが上手くて。最近ママは締め切りを破る事がなくなった。これは凄い事である。
「んーっ。本当、美鈴ちゃんの作る物は何でも美味しいわねーっ」
「うんうんっ。私もお母さんも太っちゃいそう」
「ですって、美鈴。どんどん肥やらせて差し上げなさい」
「らじゃーっ!という訳でお代わりはいかがー?」
「うぅぅっ、酷いわっ、二人共」
と言いながら器を差し出す伯母様に笑いながらお代わりを用意する私達の所へ、誰かが家のチャイムを鳴らした。
誰だろう?
お代わりを乗せたトレイを紫お姉ちゃんに渡し、玄関へと向かう。
誰だろう?
一応、テレビ付きインターフォンを起動させると、そこには樹先輩がいた。
…無視しよう。
と思ったのに、先読まれてたらしい。スマホに連絡が入り、『無視したら後悔するぞ』とメールが来ており渋々ドアを開けた。
「何の用でしょう?」
「相変わらず辛辣だな、お前。…まぁいい。ほら、これやる」
手の上に置かれたのは、遊園地のチケット?
「なんで?」
「良いから貰っとけ。じゃあな」
「え?何?本当にこれだけの為に来たの?」
「あぁ。お前ら見ててまどろっこしいんだよ。さっさとくっついちまえ」
「は?え?」
樹先輩は車に乗りこんでさっさと行ってしまった。
一体何なの?そもそも遊園地って。
男が苦手な私にこれをどうしろって言うのよ。
意味は解らないけど、捨てる訳にもいかず。私はそれを持ってリビングへと戻った。
首を傾げている私を不審に思った三人はどうしたのかと聞いてくる。
「樹先輩が遊園地のチケットくれた」
「遊園地?」
「どれ?」
「これ」
素直にテーブルの上にチケットを置く。
「あれ?これって今日のみのチケットじゃない?」
「あ、本当だ。しかも特別ナイトパレード招待券。どゆこと?」
さっぱり分かんないんだけど。
私はスマホで樹先輩の本意を聞き出そうと電話をかけるが…出やしねぇ。がるるるる…。
「……美鈴。とりあえず行ってみたら?くれた相手が樹くんなら何かしら考えがあるんだろうし」
「うん…。そうだね。チケット代も勿体ないし、行こうかな」
でも一人?一人で行くの?勇気がいるんだけど。
誰か誘ってもいいかな?ダメかな?あぁ、でもこれ特別招待券なんだよね。入れる人決められてるよね。
「美鈴。ほら、ここ。良く見なさい」
「ふみ?」
「特別ナイトパレード招待券の後。ペアチケットって書いてあるわ。入場はご一緒にお願い致しますって」
「あ、本当だ」
「という事は誰かしらに片割れを渡してるか、もしくは樹くんが持っているかしてるはずだから大丈夫よ」
そう、だよね。いっそぎりぎりまで車にいて、最悪真珠さんに側にいて貰えば良い訳だし。
うん。じゃあ行こうかな。
決めたら即実行。
私は晩御飯の用意だけして、部屋で着替える事にする。
白地の薄い黄ストライプの入ったロングシャツワンピ。これで良いかな?
ショルダーバックに必要なものを詰めて。玄関へ急ぎ動きやすい靴を履く。うん、おっけー。
「美鈴ちゃん。行くの?」
「うんっ。紫お姉ちゃん、変なとこないかな?」
くるっとその場で回ってみる。
「大丈夫。ちゃんと可愛い。気を付けてね」
「うんっ。行って来まーすっ」
手を振って私は家を出た。
「男性恐怖症、か。……怖いはずなのに、助けてくれたんだよね、美鈴ちゃんは。………葵君の言った通りだね。美鈴ちゃんは強いな。ありがとう、美鈴ちゃん……行ってらっしゃい」
紫お姉ちゃんが呟いた言葉を聞きとる事なく、私は真っ直ぐ真珠さんの待つ車へと向かった。
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