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最終章 数多の未来への選択編

※※※(葵視点)

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鴇兄さんと父さんが仕事でいなくなって二週間が経過した。
やっと引き継いだ内容全てを理解し、問題なく仕事を回せるようになってきて、棗と上手い事作業分担も出来る様になった。
鈴ちゃんもどうやらやっと落ち着いてきたのか、三人で何とか大学へも通えるようになり、ホッと一息つく。
もうぶっちゃけた話、二人には早く戻って来て欲しい。学校通いながらこの量の仕事は不可能だから。
そう思って鴇兄さんにメールを送ったら、『だったらさっさと卒業してしまえ』と無茶な返事が返ってきた。一体どうしろって言うんだ。
「葵、ここなんだけど」
棗と一緒に大学の休憩スペースで鈴ちゃんの作ってくれたお弁当を食べつつ、今日も仕事の書類と睨めっこ。お弁当箱からサンドイッチを取りだして、一口齧って棗の言う書類を覗き込む。
えーっと…?この数値が…?。………これはメモ取る必要があるな。ペン、ペンっと。ポケットに入れっぱなしだったはず。…うん、あった。これで、メモが…うん?
いきなり影が落ちた?一体誰?
顔を上げて横を見ると、そこには黒ぶち眼鏡の赤髪の男が立っていた。
「葵君と棗君、だね?」
見た事ない男。だけど、何故だか見覚えがあるような気がする。
基本的に人の顔見て忘れたりはしない方なんだけど…。誰?こいつ。オーダーで作ったようなスーツを着ているけれど、着こなしている感はまるでない。着られてるって言った方が正しい。
僕達はいつもスーツがバリバリに似合う父さんや鴇兄さんを見ているから尚更そう思うのかもしれない。父さんや鴇兄さん…?あぁ、そうか。父さんに似てるんだ。
僕の気の所為だったらいけないから、隣を見ると棗も僕を見て頷いていた。きっと僕達は互いに同じような表情をしているだろう。

不信感。

これしかない。大学にしかも父さんに似た男が僕達に会いにくる?一体何の目的で?それに目的があったとしても碌な事じゃない気がする。

(……どんな事だとしても、鈴ちゃんは守らないと)

僕と棗の心は今一致してる。
警戒心は解かない。けれど、相手から警戒心は取り払って貰おう。
僕はにっこりと微笑みながら、手に持っていた書類を棗に渡して立ち上がった。
「はい。僕が棗でこっちが葵です」
僕達の事を何処まで知っているのか。それを探る意味も込めて僕は名前を逆に告げる。すると黒ぶち眼鏡の男は、ぴくりと一瞬だけ反応を示したものの直ぐににこやかに笑みを浮かべた。
何それ。その笑みは一体なんなの?どっちの意味でとったらいいか、ちょっと判断に困るな。もう少し、探りが必要かな?
そう思ったんだけど、目の前の男が自分から口を開いてくれた。
「ハハッ。嘘はいけないな。葵君。…君が葵君。そしてそっちの君が棗君。そうだろう?」
…知っている、か。昔と違い、今の僕達は一目見て違いが分かる。僕は眼鏡をしているし、棗は髪を伸ばしているから。だからこそ、初めて僕達に声をかけた人間は、間違いを避ける為に大抵は僕と棗が別行動をしている時に声をかけてくる。なのに、だ。
こいつは僕達二人の時を狙ってきた。しかも、僕達がどちらがどちらなのかハッキリ知っている。しかもこのしたり顔。絶対他にも何か情報を握って来ている筈だ。
とは言え、僕達には探られて困るような事はない。
鈴ちゃんと出会ってから、そう言ったものには一切関わらないようにしてきた。僕だけが被害にあうならまだしも、必ず鈴ちゃんにトバッチリが飛んでしまう事が分かりきっていたから。
…さて。この場はどうしようか。
適当にいなして帰らせても良いんだけど…父さんに似てるのが気にかかるんだよね。
チラッと視線を棗に送ると、棗も僕を見ている。ほんと僕達って便利だ。考えてる事が手に取る様に解る。
「(聞き出せるだけ聞いた方が良いと思う)」
「(僕もそう思う。でもあんまりやりすぎないように)」
「(うん。家族を守らないと)」
「(僕達の大事な家族を、鈴ちゃんを守らないと)」
視線だけの会話を終えて。
僕は再び目の前の男に意識を戻す。
「あははっ。ばれましたか。僕達良くこうやって遊ぶんですよ。ほら、双子だし。僕達にしか出来ない遊びですから」
にこにこと笑いながら言うと、その男も笑みを深くした。…僕もそうだけど、こいつも笑顔なのに全然笑ってない。目が。油断は、出来ないな。
「やっぱり君達は賢いな。まずは自己紹介させて貰おうか。私の名前は白鳥一典(しらとりかずのり)だ。君達の伯父にあたる」
伯父?
名前に一が入っているって事は、父さんの兄姉の中の一番上って事?
これは、また…厄介なのが来たな…。
そう言えば、鈴ちゃんの卒業祝いのパーティした時、白鳥順一朗が脱走したって言ってたっけ。…となると、こいつも絡んでいる可能性がある、か。
「成程。伯父さんですか」
棗が僕の横に並んで立つ。棗も完全に臨戦態勢になった。
僕も腕を組み、目の前の伯父とやらを睨みつける。『伯父』だって事は疑う必要はないだろう。何故なら父さんや鴇兄さんに似ていると最初に感じたから。でもそれだけだ。『伯父』で親族だからと、その存在を疑わない理由にはならない。と言うか、今まで一切関わらないで来た癖に今更何しに来た訳?
「それでご用件は何でしょう?一典伯父さん」
棗の声が少し下がる。纏う空気も重くなった。普段が穏やかで怒る姿が想像つかない人が多いけど、実際に怒ると怖いのはいつも冷めている僕じゃなく棗の方だ。知ってる人は少ないけどね。鈴ちゃんも何気に僕より棗のお説教の方が効いたりする。
っと、今はそれ所じゃなかった。僕も、目の前にいる伯父の動向を窺う。
…父さんには悪いけれど。僕は父さんの兄姉を信用していない。例え父さんがどんなに信用出来ると言っても信用出来ないだろう。父さんが信用出来るなんて言う訳ないだろうけど。
「用件と言う程の事じゃないんだがね。…君達は現状に満足しているかい?」
…?
意味が解らない。
僕達が理解できず何も言わずにいれば、伯父は言葉を続けた。
「私の所に養子に来ないか?そうすれば今よりももっと自由に…」
は?何を言うかと思えば。
『行きません』
僕と棗の声が重なった。
即答したのが気に障ったのか、言葉を遮ったことに怒っているのか、なんにしても気に食わないらしい。呆れてるかの様な、まるで僕達を蔑むような目で見て男は更に言葉を続けた。
「君達は今の生活に本当に満足しているのかい?白鳥の血を引かない、血の繋がらない馬鹿な女に本来自分が手に入れられるかもしれなかった財産を奪われて」
ちょっと待って。馬鹿な女?……それは、もしかして、鈴ちゃんの事?
僕の大事な家族を、大事な大事な妹を馬鹿な女?
…………殴ってもいいかな?この爺。
「葵。…堪えて」
「…分かってる」
こう言う時に手を出したら、出した方が負けになる。だから、棗の言う通り我慢する。
僕達が黙りこんだ事に何を勘違いしたのか気を良くした爺はこれ幸いと話を進めていく。
「あの小娘が財閥を継いでから、本来必要だった財閥の人間がどんどん立場を追われていく」
そんなの、威張り散らして仕事もしない、ただ好き勝手に過ごしていた穀潰しだからでしょ。首にされて当然だし。むしろ鈴ちゃんの判断は優しいよ。直ぐに首にせずに他に職を見つけてから辞めさせてるんだから。それに違う場所に就職して心を入れ替えた人間は戻って来ても良いって言われてる筈だし。まぁ、戻って来た人間はいないけどね。
「そんな理不尽な状況を甘んじて受け入れて、それで良いのかい?」
理不尽…。何を根拠にそんな事を言えるのか、逆に問い質したい。鈴ちゃんはどんな人間にも平等にちゃんとチャンスを与えてる。それを見もせずに捨てたのはそっち。そもそも、もう白鳥と関係ない筈なのに、離婚だって成立してるはずなのに。どうしてこの爺は白鳥を名乗ってるわけ?
「私なら、君達をあの女達から解放出来る。私と一緒に来なさい。私と一緒にあの女達に一矢報いようじゃないかっ」
何、そのさも当然かのような勝ち誇り…。腹が立つ。ってかもう限界。
「……ごめん。棗。僕もう無理」
「…そうだね。葵。僕も無理かも」
僕達を勧誘するだけでもイライラするってのに。女達に一矢報いる?それって要するに、鈴ちゃんと佳織母さんを害するって事でしょっ?

そんなの―――許せる訳がないっ!

「…いい歳して、一矢報いるとか、馬鹿ですか?」
「葵、失礼だよ。疑問形じゃなく肯定にして差し上げないと。見てみなよ、あの馬鹿丸出しの顔。馬鹿以外の何物でもないよ」
「ん?あぁ、そうか。そうだね。ごめん、棗。僕が間違ってた」
互いに声が1オクターブ下がった。
ぐるぐると腹に怒りだけが渦巻く。
「葵君?棗君?」
突然様子の変わった僕達に目の前の爺…もとい、一典伯父さんは目を丸くした。
「そもそも、どうして僕達が恨んでる前提なんですか?こう言っっては何ですが、僕達が恨むとしたら伯父さん。貴方達の方でしょう?」
「昔、白鳥家の人間が僕達に何したか、覚えてないんですか?はっきり言って貴方がたとこうして話しをするのも嫌なんですが?」
「一典伯父さん、今何歳でしたっけ?もう八十近いんじゃないですか?だって言うのにまだ白鳥家の財産に未練があるんですか?」
「何をやらかしたのか知りませんが、今すぐお帰り願えますか?」
畳みかける様に次から次へと言葉が溢れ飛んでいく。
僕達の言葉を聞く度に一典伯父さんの顔は真っ赤に染まって、噴火しそうだ。
「き、貴様らっ、こっちが下手に出ていればっ」
「そんな事頼んだ覚えはありませんよ。そちらが勝手に下手に出て、勝手に勧誘して来たんです」
「僕達は今の生活が幸せで満足している。むしろ、貴方達の方が邪魔だ。とっとと消えろっ」
ガンッと睨みつける。鴇兄さん級にとまではいかないものの、こんな小物は追い返せるだけの威圧感を出して伯父を見降ろす。
それに例え争い沙汰になったとしても、僕と棗ならそんじょそこらの連中に負けはしないし。
すると、威圧が効いたのか、伯父は一歩二歩と後退し、
「…っ、こ、後悔するぞっ!後で泣き付いてくる羽目になるのは貴様達だっ!」
そう言いながら、その場を慌てて立ち去って行った。
「凄いテンプレ捨て台詞だね?」
「葵、今は三流馬鹿爺の事より、まずは鈴だよ」
「だね。行こう、棗」
荷物を手早くまとめて、僕達は急ぎ鈴ちゃんの下へと走った。
勧誘するつもりだった、…要するに味方につける筈だった僕達の下へあんな風に現れたと言う事は、自分達が狙っていた財産を受け継いだ鈴ちゃんは敵対関係にある。となると、僕達の様な対応になる訳がない。
走りながら鈴ちゃんを見なかったかと周りに聞いてまた走る。勿論同時に携帯で連絡を取ってみるけれど、反応がない。既読にもならないし、電話にも出ない。
絶対何かあったんだろう。鈴ちゃん、無事でいて、と祈りながら走る速度を上げる。
鈴ちゃんの姿は、大学構内の教室にあった。
友達である華菜ちゃんと向井さんを庇う様に立って、誰かと対峙している。
あれは…園江伯母さん?
今更一体何の用なんだ。…けど、女だったら鈴ちゃんの敵ではない、か。
少しだけ、本当に少しだけ、だけどホッとした。男で、しかも鈴ちゃんが恐怖症を呼び起こすような事態になっていたりしたら。鴇兄さんがいない今、佳織母さんくらいしか安定させることが出来ないから。
「いい加減私に総帥の座を明け渡しなさいっ!」
「…はぁ。何度も申している通り、どうして伯母様達のような無能な経営者に渡さなければいけないのですか?」
「んなっ!?無能ですってっ!?」
「それ以外何だっていうんです?いい歳して大学に乗り込んできて、自分の姪を脅すような経営者。立派だと言う部下はいますか?言っておきますけど、ここの状況は会社の役員に同時配信してますから」
にこにこにこにこ。
鈴ちゃんが笑顔でブチ切れていた。うぅ~ん…こういう時の鈴ちゃんの怒り方は、何故か鴇兄さんに似てる気がする。血は繋がっていない筈なのにな。
そしてそんな鈴ちゃんの後ろで華菜ちゃんがパソコンで何やら操作している。これが多分さっき鈴ちゃんが言っていた役員に同時配信って奴かな?
向井さんも今にも殴り掛かっていきそうな感じだね。風間が何の役にも立ってない。むしろ向井さんに守られてる。男としてどうなの、それ。
っと、いけない。今はそんなことより鈴ちゃんを助けるのが先だね。
昔の僕ならいざ知らず。今の僕には大事な家族がいる。認めあえる大事な家族がいるから。こんな伯母さん連中痛くも痒くもない。
状況を確認している棗を置いて、僕は先に鈴ちゃんの前に立つ。
「お久しぶりですね、園江伯母さん?」
出だしは挨拶から。攻撃なんてその後で十分出来る。
「…葵?いえ、棗かしら?」
…分からないときた。反応に呆れ返る。
「…もうボケが始まりましたか?自分がお若い時手駒にしていた存在すら見分けがつかなくおなりに?」
「その物言い、貴方は棗の方ねっ!」
え?ちょっと馬鹿過ぎるでしょ。今僕は手駒にしたってほぼ名乗り出たよね?それでも分からないの?
「駄目だよ、葵お兄ちゃんっ。こんなうっすら馬鹿の前に顔出したらっ!」
鈴ちゃん。何気に僕より酷いこと言ってるね。止めないけど。
「違うよ。鈴ちゃん。僕は伯母さんの前に顔を出したんじゃなくて、鈴ちゃんを守るために来たんだ」
「葵お兄ちゃん。優しい…」
「こらこら、二人とも。今はそっちじゃなくて、あっちと向き合わないと」
棗が軌道修正したことにより、伯母さん二人を思い出す。
三人は僕達に脅えて数歩後退している。後退するくらいなら来なきゃいいのに。
「…やはり、お兄様の策に乗るしかなさそうね」
「…策?」
「お兄様?」
怪しすぎる言葉の数々に僕達の眉間にしわが寄る。何だろう。凄く嫌な予感がする。何か途轍もなく面倒な事を引き起こしてくれそうな…。
「行きますわよ、珠美、多恵っ」
ふんっ。
はっきりとそう鼻を鳴らして三人は去って行った。
「鈴ちゃん、無事っ?」
「もっちろーんっ!あんなオバサン連中に私は負っけなーいっ♪」
鈴ちゃんはホント、男性恐怖症ってのがなければ最強だと思う。
「…でも、最後に言ってたあの一言、気になるね」
「うん…。お兄様って誠パパの兄姉の事だよね?」
「だと思うよ。さっき僕達に会いに来たのが多分一番上の伯父さん」
「ちょっと待って。葵お兄ちゃん、棗お兄ちゃん。それ、どういう事?」
「鈴ちゃん。実はね…」
僕達はさっき会いに来た人物、白鳥一典の事を順を追って説明した。
「会いに来た…?怪しさマックスだね」
「僕達もそう思う」
「かと言って、あの人達がそんな大きな大それた事が出来るとも思えないんだよね」
それは確かに。棗の言う通り白鳥家の伯父伯母はお世辞にも頭が良いとは言えない。それが祖父の血なのか、はたまた愛人の血なのか、両方の血なのか、どの遺伝子でそうなったかは分からないけれど。
「何か企んでるのは間違いないと思うんだけど…」
「うん」
「…ママに聞いてみようか。こう言う事に詳しいのはママだし」
「なら一旦帰ってみようか」
「今日必要な講義は受けたしね」
頷いて、皆で帰宅することにした。
それからまた暫く大学へ通うことが出来なくなる事をこの時の僕達はまだ知らない…。

真珠さんに頼み家へと帰り着く。
鈴ちゃんが心配なのか、華菜ちゃんは勿論のこと、向井さんと風間も一緒に家へと連れ帰った。
なんか静かじゃない?誰もいないのかな?
旭達は学校だから分かるとして、なんで佳織母さんもいない?
「ママ、また締め切りから逃げたわね…」
あ、そういう事。納得。
「とりあえず、おやつ食べようっ!」
鈴ちゃん、それはキリッとして言うセリフじゃないと思うんだ…。
とは言え、僕は鈴ちゃんの作るおやつが大好きだから止めるつもりもないんだけどさ。
中に入って、皆で手を洗ってうがいしてからリビングに入る。
「今日のおやつはチーズタルトでーす♪」
「わーいっ!」
華菜ちゃんが全力で喜んでおり、
「やったーっ!」
風間も全力で喜んでおり、
「王子。アタシも手伝うよ。紅茶は冷たいの?暖かいの?」
「どっちもあるよ~」
「じゃああったかいのにしちゃおうか」
向井さんが鈴ちゃんの手伝いにキッチンに移動した。
「さっきのあのシリアスさが嘘みたいに平和な光景だね」
「いつもの事だよ」
棗にさっくりと返された。
笑う以外どうやって反応したらいいのか。笑いながらそうだねと答えつつ、僕はリビングのテレビをつけた。
「今特に面白い番組やってないよね?」
「お昼だしね」
佳織母さんがいないんじゃ早く帰ってきた意味がないな。
鈴ちゃんのくれたチーズケーキを一口含みながら考える。相変わらず美味しい。
「…あれ?」
「ふみ?、どうしたの?華菜ちゃん」
「ネットの回線が…」
「回線?」
ソファに座って膝の上でノートパソコンを開いていた華菜ちゃんが珍しく焦り顔でキーボードに指を走らせていた。
その様子がいつもと全然違うから、僕達も不安になり華菜ちゃんの背後に回り画面を覗き込む。
そこは英文字の羅列がどんどん下から上に流れて行っている。この文字の意味を考えると、これは…もしかして。
「これ、一体どういう状況なんだ?」
コソッと風間が向井さんに問いかける。
「ごめん。ケン。アタシも良く解らない」
「…攻防戦してるんだよ。多分何処かの誰かが、今ここいら近辺の回線をジャックしようとしてるの」
鈴ちゃんの言葉は僕と棗が思っていたことと同じだった。
「鈴ちゃん、今どんな状況か解るの?」
「ちょっと専門的過ぎて詳しくは解らないけど、華菜ちゃんがさっきからブロックのタグを入れ込んでるのは何となく」
理解は出来てるけど、手伝う事は出来ない、か。歯痒いね。
「あーっ!もうっ!恭くんがいればもう少し反撃出来るのにっ!」
華菜ちゃんが叫んだ瞬間。

―――バツンッ。

画面が、消えたっ!?
『緊急ニュースですっ!今…』

―――ブツンッ。

テレビも消えたっ!?
「どういう事?…公共電波遮断?何処かで災害でもあったとか?」
「解らない。でも…」
「待って。お兄ちゃん達。テレビの画像がおかしいよ」
鈴ちゃんの言葉に皆の視線がテレビに戻る。
昔のテレビだと普通だった、ザーと言うノイズ音と砂嵐が何故か今この時代のテレビで流れる。
「今の時代に、こんなノイズに画面って…」
「おかしいよね」
普通だったら真っ暗になって電波を受信出来ません、とか映るはず。なのにこの砂嵐状態。絶対に何かあると僕達はただテレビ画面に集中する。
数秒後。
ノイズが消えて、画面が真っ赤に染まった。…え?ちょっと待って?この赤って…映像の赤じゃない。赤と黒の中間の様なこの色は…。
「円っ、見たら駄目だっ」
風間が咄嗟に自分の彼女である向井さんの頭を胸に抱き寄せた。
「これって…血?」
冷静な鈴ちゃんと間違いないと頷く華菜ちゃん。

『ごきげんよう。〇×市にいる諸君』

この声は…。
僕と棗、そして鈴ちゃんが顔を見合わせた。聞き覚えのある声、なんてレベルじゃない。この声は…。

『突然で申し訳ないが、この〇×市の至る爆弾を仕掛けさせて貰ったよ』

「―――ッ!?」
爆弾っ!?

『それから〇×市境の車道、歩道、住宅、原っぱ。全ての所に地雷を仕掛けさせた』

周辺に地雷っ!?
と言う事は僕達は〇×市に閉じ込められたって事か。

『これは、白鳥財閥への復讐である。白鳥財閥に味方する人間、全てを地獄へ落とすのだっ!手始めに、白鳥財閥傘下のこのテレビ局を襲撃させて貰った。…ん?おっとすまない。カメラに血が飛んでいたようだね。だがこれのお陰でこちら側の本気度が伝わっているかな?』

「本気度って…」
「鈴ちゃん。見ない方がいいよ」
「うん。僕もそう思う。華菜ちゃん。君も見ない方がいい」
僕は鈴ちゃんに手を伸ばして抱き寄せた。

『血を拭き取ってあげよう。これでお分かり頂けるだろう。このテレビ局の現状が』

これはやばいっ!
鈴ちゃんの頭を胸にぎゅっと抱きしめて、棗も咄嗟に華菜ちゃんを抱き寄せ目を隠す。
そんな咄嗟の判断は間違っていなかった。
テレビの血を拭き取った隙間から見えるスタジオは、地獄絵図だった。何人ものスタッフやキャストが血を流して倒れている。…もしかしたら命を落としている可能性もある。
「おぎゃーーーっ!!」
風間…。気持ちは解るけど、そこは男らしくぐっと我慢しときなよ。

『一般市民の諸君。恨むのなら白鳥財閥を恨みたまえ。…と、そうだ。言い忘れる所だった。これから〇×市の諸君に電気、水道、ガス。生活に必要なものは全て奪われる。覚悟しておくがいい。それでは、ごきげんよう』

―――ブツンッ。

電気、水道にガス…。
必要なものは全て止められる、か。
「……地雷?爆弾?」
腕の中で鈴ちゃんが震えてる。そうだよね。大の男や大人だって怖い状況。女の子なら恐怖に震えて当然だよね。大丈夫だよ、鈴ちゃん。僕が守るから…って、うん?
「やってくれるじゃない。あの糞爺」
……んん?
あ、あれ?もしかしてこの震えって…?
「叩き潰すっ!!」
どうやら怒りの震えだったようで。鈴ちゃんは僕の腕の中でぐっと拳を握った。
「華菜ちゃんっ」
「了解っ!」
華菜ちゃんが棗の腕から逃れ、物凄い勢いでキーボードを叩き始める。
「良子お祖母ちゃんや誠パパ。それに葵お兄ちゃんまで苦しめておきながら、復讐っ!?ふざけんじゃなーいっ!!」
そう叫びながら鈴ちゃんはリビングを飛び出していった。
ダダダダダッと階段を駆け上がる音だけが聞こえる。
「頭が混乱して、状況がさっぱりだよ。一体、どういう事なんだい?」
風間が向井さんの腕の中でぶるぶると震えている。あれ?さっきは風間が向井さんを守ってたはずだよね?もしかして僕の見間違い?でも風間はしっかりと向井さんに抱きしめられている。…向井さんが幸せそうだからいいか。
なんて、どうでもいいことに頭を使っていたら、リビングの入り口から声が聞こえた。
「私達のお祖父ちゃんなの」
鈴ちゃん?いつの間に戻ってきたの?
そう思ってリビングのドアを見て、予想外の格好につい一時停止してしまった。
「鈴?なんでスーツ?」
「そんなの当然、反撃に出る為だよっ!棗お兄ちゃんっ」
完全な仕事スタイルで。髪もしっかりとセットして大人な女性の雰囲気を出している。
「美鈴ちゃん。準備はオッケーだよっ」
「らじゃっ。じゃあ、さっそくっ」
華菜ちゃんが鞄からもう一台取り出されたパソコンを鈴ちゃんの前において、手早く何かしら操作してオッケーマークを指で示した。
それに頷き、鈴ちゃんはニッコリと微笑んだ。

『〇×市に暮らす皆様。私の声が届きますでしょうか?白鳥財閥総帥、白鳥美鈴です』

成程。反撃ってそういう事か。
鈴ちゃんの事だし何か考えがあっての事だろうとは思うんだけど…相手の神経を逆なでしないかな?
それとも、それすらも計算の内?

『この度は私共の親族のごたごたに巻き込んでしまい申し訳ありません。まさか、この様な事を起こすなんて私共役員全員想像もつかず、今私共白鳥財閥一同、大変腹を立てております。ですが、今は私達よりも〇×市の皆様の身の安全が最優先でございます。皆様。お身内に一人は必ず白鳥財閥関連企業の社員がいるはずです。白鳥財閥社員にこの放送を届けてください。白鳥の社員の皆様。『また、お会いしましょう』ね、と。〇×市の皆様の命は必ずお守りします。それでは、また定期的にご連絡致します。皆様は必ずご自分の無事を第一に考えて頂くようお願い申し上げます』

鈴ちゃんは深々と頭を下げて。華菜ちゃんが回線を切った。
それと同時に、

―――バツンッ。

電気が消えた。
「電気の供給をとめたみたいだね。冷蔵庫の中にあるお肉とか出さなきゃ」
鈴ちゃん。気にする所はそこなんだ…?鈴ちゃんらしいと言うかなんと言うか…。
「って言うか、確かうち、自家発電機あった気がするよ?」
「あぁ、そういえば物置にあった気がするね」
それこそ、昔鈴ちゃん達が越してくる前にこの家を片付ける時、物置に撤去した記憶がある。
「じゃあ、あれを持ってこようか」
棗が立ち上がり、リビングから縁側を抜けて庭へと向かう。
「ねぇ、美鈴ちゃん?さっきの放送ってただの挨拶じゃないよね?」
流石華菜ちゃんと言うべきか。やっぱり気づいた。
「うん。そうだよ~。えーっと…どこだっけ?」
冷蔵庫にある肉を取り出して、どっから取り出したのかアイスボックスに手早く詰めている最中にこちらを振り返った。
「入社した白鳥財閥関連の企業で働く人間全てに渡される社員手帳なんだけど」
鈴ちゃんが戸棚から一冊の社員手帳を取り出して、華菜ちゃんに手渡す。因みに僕達は一応その中身を知っている。白鳥の社員だからね。
それは変哲もない社訓等々が書かれている社員手帳なんだけど、実は一番後ろに。
「あれ?これ最後のページ、他のページより厚くなってる?」
「そうなんだ。それでね、そのページを破り取ると…」
言われた通りに破り取ると、ページの間に小さな四つ折りの紙が入っている。更にそれを開くと、
「まさか、これ避難経路?」
「そう。これだけだとただの避難経路なんだけど。地図の裏側に社訓が書かれてるでしょ?」
「うん。あるね」
いつの間にか向井さんと風間も一緒に地図を覗き込んでいる。
「そこの後ろにある文字を後ろにうつるようなマジックペンで丸をつけていくと、それぞれに起きた災害、事件などに対応した場所へ逃げる事が出来るようになってるの。今回私が出した指示は『またあいましょう』だからそれを繋いでいくと」
向井さんが鞄から赤のマジックペンを取り出して、文字を繋いでいく。すると導き出された場所は地下シェルターとなった。
「凄い…。じゃあ、皆すぐにそこに避難できるねっ」
「うん。でもこれ私が考えたんじゃなくて、ママが…」
…一瞬の間。
すっかり忘れてたよ。佳織母さんと旭達の事っ!
僕は焦りながらも玄関へ向かって外へ駆け出そうとしたが、玄関で靴を履こうとした瞬間、玄関のドアが開いた。

「やってくれるじゃないっ!あの糞ジジイっ!!」

なんだろう、この既視感。…さっきも全く同じセリフを聞いた気がする。
「ただいま~」
『いま~』
旭が背中、旭の背中に蓮、右腕に蘭、左腕に燐を抱えて佳織母さんが帰宅した。
「佳織母さん、無事で良かった。旭達も」
僕がホッとして、佳織母さんに向かって言うと、佳織母さんはにっこりと笑顔で、額に怒りマークを浮かべ、
「買い物してる最中に、あのジジイの放送が流れて急いで帰ってきたわよっ!誠さんも良子お義母様も鴇もいない時を狙うなんてっ!」
「ぐえっ」
「しまるぅっ」
「か、佳織母さん。怒ってるのは分かったから力を落とさないと、小脇に抱えた弟が死んじゃうよ」
「あら、いけない」
ボテッ。
落とした…。予想がついてた二人はしっかりと着地してたのがせめてもの救い。
「美鈴の放送も見たわ。帰って来る時ついでに市内を見て回ったけれど、どうやら皆冷静に避難しているようよ」
「そう。流石白鳥の社員、鈴ちゃんの部下だね」
頷き、頷き返されて、
「葵。今うちには誰々いるの?」
「僕と棗、鈴ちゃんに華菜ちゃん、向井さんに風間がいるよ」
「そう。なら、早速」
鍵を閉めて、佳織母さん達がずかずかとリビングへと向かう。それに倣って僕も付いていった。

「美鈴っ!状況のすり合わせから対策に練るわよっ!」

リビングに入るなりそう叫ぶ佳織母さんに否を唱えれる人間は誰一人としていなかった…。
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