9 / 9
9
しおりを挟む
追放から、いくらかの時が経った。
アリーシャは今も、追放先でぼうっと暮らしている。
一緒にこの国を変えよう。そう約束した婚約者にも親友にも裏切られ、国を追われて。
ヴィヒトとともに見ていた希望があまりにも眩かったからこそ、アリーシャは立ち直ることができずにいた。
いっそ全てを諦めることができたら楽なのかもしれないが、幸か不幸か、アリーシャの体は、空腹と渇きに耐えられるようにはできていなかった。
身も心もぼろぼろになったアリーシャは、身だしなみを整えることもせず、食糧を求めてふらふらと町に繰り出す。
今のアリーシャに新しい店を開拓して楽しむ余裕などなく。
彼女は、与えられた住処のすぐ近くの、いつもの店に向かう。
生気のない瞳で、ふらふらと進む彼女は俯きがちで。町の景色も、人々の話し声も、アリーシャにはほとんど届いていなかった。
そんな状態が続いていたアリーシャだったが、広場から聞こえるどよめきと、叫びにも似た声には流石に顔をあげた。
「号外! 号外だよ!」
アリーシャが広場に向かうには至らなかったが、その「叫び」のほうから近くにやってきた。
号外だと大きな声で叫びながら、新聞をまく少年だ。
そんなものはどうでもいいと言わんばかりに、再び俯き、目的の店へと歩を進めるアリーシャだったが、盛大にまかれたビラは、彼女の足元にも滑り込んでいく。
下を向いていたせいで、見えてしまった。その号外の、内容が。
「……クーデター? 処刑?」
それまでほとんど表情を変えなかったアリーシャの瞳が、大きく開かれる。
ロレイル王国、クーデター、倒された王政、王族や貴族の処刑。
そんな文字と、処刑台を描いた絵が、見えてしまった。
アリーシャは、自分の足元にある薄っぺらい紙を、震える手で拾い上げた。
処刑台の絵には、処刑直前のヴィヒトの姿が描かれていた。
記事によれば、処刑寸前の彼は、笑っていたらしい。
その異様な光景が注目され、圧制を敷いた王ではなく、王太子の彼を前面に押し出す記事が作られたのだろう。
号外には、処刑された者の一覧まで載っていて。
アリーシャは、その中に、元婚約者と親友の名前を見つけた。
この日、アリーシャは理解した。
自分が、ヴィヒトとレイナに守られたことを。
王太子となったヴィヒトは、クーデターのことを知り、ろくでもない男のふりをして、アリーシャを国外に逃がしたのだ。
王に従って民を見捨てていた、王太子の婚約者のアリーシャだって、処刑されてもおかしくはなかったが、彼女の元に、追手はこなかった。
正確に言えば、元ロレイル王国からの使いの人間は来たのだが、アリーシャに対して同情的だった。
王に従うよう強要され、王太子にも使い捨てられた、哀れな聖女。
それが、ヴィヒトの計らいによってアリーシャが得たポジションだった。
使者はアリーシャが国に戻ることを望んでいたが、少し考えさせて欲しい、と返すにとどめた。
きっと、ロレイルにはアリーシャの力を必要としている人がたくさんいる。
けれど、改革を望んでいたヴィヒトを処刑した国に、すぐに戻る気にはなれなかった。
自分が守られたことを知ったアリーシャは、ヴィヒトが最期に処刑台でみせた笑顔について、考えるようになった。
けれど、彼の婚約者であった彼女にも、ヴィヒトが笑った理由はわからなかった。
――どうか、きみだけは、笑っていて。
誰にも伝わることのなかった、愚かな王太子の最期の想い。
愛する人の幸せを願い、彼は処刑台の上で笑った。
アリーシャは今も、追放先でぼうっと暮らしている。
一緒にこの国を変えよう。そう約束した婚約者にも親友にも裏切られ、国を追われて。
ヴィヒトとともに見ていた希望があまりにも眩かったからこそ、アリーシャは立ち直ることができずにいた。
いっそ全てを諦めることができたら楽なのかもしれないが、幸か不幸か、アリーシャの体は、空腹と渇きに耐えられるようにはできていなかった。
身も心もぼろぼろになったアリーシャは、身だしなみを整えることもせず、食糧を求めてふらふらと町に繰り出す。
今のアリーシャに新しい店を開拓して楽しむ余裕などなく。
彼女は、与えられた住処のすぐ近くの、いつもの店に向かう。
生気のない瞳で、ふらふらと進む彼女は俯きがちで。町の景色も、人々の話し声も、アリーシャにはほとんど届いていなかった。
そんな状態が続いていたアリーシャだったが、広場から聞こえるどよめきと、叫びにも似た声には流石に顔をあげた。
「号外! 号外だよ!」
アリーシャが広場に向かうには至らなかったが、その「叫び」のほうから近くにやってきた。
号外だと大きな声で叫びながら、新聞をまく少年だ。
そんなものはどうでもいいと言わんばかりに、再び俯き、目的の店へと歩を進めるアリーシャだったが、盛大にまかれたビラは、彼女の足元にも滑り込んでいく。
下を向いていたせいで、見えてしまった。その号外の、内容が。
「……クーデター? 処刑?」
それまでほとんど表情を変えなかったアリーシャの瞳が、大きく開かれる。
ロレイル王国、クーデター、倒された王政、王族や貴族の処刑。
そんな文字と、処刑台を描いた絵が、見えてしまった。
アリーシャは、自分の足元にある薄っぺらい紙を、震える手で拾い上げた。
処刑台の絵には、処刑直前のヴィヒトの姿が描かれていた。
記事によれば、処刑寸前の彼は、笑っていたらしい。
その異様な光景が注目され、圧制を敷いた王ではなく、王太子の彼を前面に押し出す記事が作られたのだろう。
号外には、処刑された者の一覧まで載っていて。
アリーシャは、その中に、元婚約者と親友の名前を見つけた。
この日、アリーシャは理解した。
自分が、ヴィヒトとレイナに守られたことを。
王太子となったヴィヒトは、クーデターのことを知り、ろくでもない男のふりをして、アリーシャを国外に逃がしたのだ。
王に従って民を見捨てていた、王太子の婚約者のアリーシャだって、処刑されてもおかしくはなかったが、彼女の元に、追手はこなかった。
正確に言えば、元ロレイル王国からの使いの人間は来たのだが、アリーシャに対して同情的だった。
王に従うよう強要され、王太子にも使い捨てられた、哀れな聖女。
それが、ヴィヒトの計らいによってアリーシャが得たポジションだった。
使者はアリーシャが国に戻ることを望んでいたが、少し考えさせて欲しい、と返すにとどめた。
きっと、ロレイルにはアリーシャの力を必要としている人がたくさんいる。
けれど、改革を望んでいたヴィヒトを処刑した国に、すぐに戻る気にはなれなかった。
自分が守られたことを知ったアリーシャは、ヴィヒトが最期に処刑台でみせた笑顔について、考えるようになった。
けれど、彼の婚約者であった彼女にも、ヴィヒトが笑った理由はわからなかった。
――どうか、きみだけは、笑っていて。
誰にも伝わることのなかった、愚かな王太子の最期の想い。
愛する人の幸せを願い、彼は処刑台の上で笑った。
20
お気に入りに追加
142
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
乙女ゲームの断罪シーンの夢を見たのでとりあえず王子を平手打ちしたら夢じゃなかった
月
恋愛
気が付くとそこは知らないパーティー会場だった。
そこへ入場してきたのは"ビッターバター"王国の王子と、エスコートされた男爵令嬢。
ビッターバターという変な国名を聞いてここがゲームと同じ世界の夢だと気付く。
夢ならいいんじゃない?と王子の顔を平手打ちしようと思った令嬢のお話。
四話構成です。
※ラテ令嬢の独り言がかなり多いです!
お気に入り登録していただけると嬉しいです。
暇つぶしにでもなれば……!
思いつきと勢いで書いたものなので名前が適当&名無しなのでご了承下さい。
一度でもふっと笑ってもらえたら嬉しいです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
不憫なままではいられない、聖女候補になったのでとりあえずがんばります!
吉野屋
恋愛
母が亡くなり、伯父に厄介者扱いされた挙句、従兄弟のせいで池に落ちて死にかけたが、
潜在していた加護の力が目覚め、神殿の池に引き寄せられた。
美貌の大神官に池から救われ、聖女候補として生活する事になる。
母の天然加減を引き継いだ主人公の新しい人生の物語。
(完結済み。皆様、いつも読んでいただいてありがとうございます。とても励みになります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
[完結]あなた方が呪いと呼ぶそれは本当は呪いではありません
真那月 凜
恋愛
10代前の先祖の血と知識を継いで生まれたため、気味が悪いと恐れられているアリシャナ
左腕と顔の左半分に入れ墨のような模様を持って生まれたため、呪われていると恐れられているエイドリアン
常に孤独とともにあった2人はある日突然、政略結婚させられることになる
100件を超えるお気に入り登録ありがとうございます!
第15回恋愛小説大賞:334位
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
時々さかのぼって部分修正することがあります
誤字脱字の報告大歓迎です
カクヨム・なろうでも掲載しております
【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」
まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。
【本日付けで神を辞めることにした】
フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。
国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。
人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
アルファポリスに先行投稿しています。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ゲームと現実の区別が出来ないヒドインがざまぁされるのはお約束である(仮)
白雪の雫
恋愛
「このエピソードが、あたしが妖魔の王達に溺愛される全ての始まりなのよね~」
ゲームの画面を目にしているピンク色の髪の少女が呟く。
少女の名前は篠原 真莉愛(16)
【ローズマリア~妖魔の王は月の下で愛を請う~】という乙女ゲームのヒロインだ。
そのゲームのヒロインとして転生した、前世はゲームに課金していた元社会人な女は狂喜乱舞した。
何故ならトリップした異世界でチートを得た真莉愛は聖女と呼ばれ、神かかったイケメンの妖魔の王達に溺愛されるからだ。
「複雑な家庭環境と育児放棄が原因で、ファザコンとマザコンを拗らせたアーデルヴェルトもいいけどさ、あたしの推しは隠しキャラにして彼の父親であるグレンヴァルトなのよね~。けどさ~、アラブのシークっぽい感じなラクシャーサ族の王であるブラッドフォードに、何かポセイドンっぽい感じな水妖族の王であるヴェルナーも捨て難いし~・・・」
そうよ!
だったら逆ハーをすればいいじゃない!
逆ハーは達成が難しい。だが遣り甲斐と達成感は半端ない。
その後にあるのは彼等による溺愛ルートだからだ。
これは乙女ゲームに似た現実の異世界にトリップしてしまった一人の女がゲームと現実の区別がつかない事で痛い目に遭う話である。
思い付きで書いたのでガバガバ設定+設定に矛盾がある+ご都合主義です。
いいタイトルが浮かばなかったので(仮)をつけています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ご感想、ありがとうございます。
いえ、おっしゃられた通りのお話ですので…!
本当にこれでよかったのかな、守ったといえるのかな、一方的に守られた彼女はこのあとどうすればいいの、な短編でした。
ご感想、ありがとうございます。
アリーシャは最後まで共にいたかったかもしれない。彼と共に死を迎えたかったかもしれない。
その通りだと思います。