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追放から、いくらかの時が経った。
アリーシャは今も、追放先でぼうっと暮らしている。
一緒にこの国を変えよう。そう約束した婚約者にも親友にも裏切られ、国を追われて。
ヴィヒトとともに見ていた希望があまりにも眩かったからこそ、アリーシャは立ち直ることができずにいた。
いっそ全てを諦めることができたら楽なのかもしれないが、幸か不幸か、アリーシャの体は、空腹と渇きに耐えられるようにはできていなかった。
身も心もぼろぼろになったアリーシャは、身だしなみを整えることもせず、食糧を求めてふらふらと町に繰り出す。
今のアリーシャに新しい店を開拓して楽しむ余裕などなく。
彼女は、与えられた住処のすぐ近くの、いつもの店に向かう。
生気のない瞳で、ふらふらと進む彼女は俯きがちで。町の景色も、人々の話し声も、アリーシャにはほとんど届いていなかった。
そんな状態が続いていたアリーシャだったが、広場から聞こえるどよめきと、叫びにも似た声には流石に顔をあげた。
「号外! 号外だよ!」
アリーシャが広場に向かうには至らなかったが、その「叫び」のほうから近くにやってきた。
号外だと大きな声で叫びながら、新聞をまく少年だ。
そんなものはどうでもいいと言わんばかりに、再び俯き、目的の店へと歩を進めるアリーシャだったが、盛大にまかれたビラは、彼女の足元にも滑り込んでいく。
下を向いていたせいで、見えてしまった。その号外の、内容が。
「……クーデター? 処刑?」
それまでほとんど表情を変えなかったアリーシャの瞳が、大きく開かれる。
ロレイル王国、クーデター、倒された王政、王族や貴族の処刑。
そんな文字と、処刑台を描いた絵が、見えてしまった。
アリーシャは、自分の足元にある薄っぺらい紙を、震える手で拾い上げた。
処刑台の絵には、処刑直前のヴィヒトの姿が描かれていた。
記事によれば、処刑寸前の彼は、笑っていたらしい。
その異様な光景が注目され、圧制を敷いた王ではなく、王太子の彼を前面に押し出す記事が作られたのだろう。
号外には、処刑された者の一覧まで載っていて。
アリーシャは、その中に、元婚約者と親友の名前を見つけた。
この日、アリーシャは理解した。
自分が、ヴィヒトとレイナに守られたことを。
王太子となったヴィヒトは、クーデターのことを知り、ろくでもない男のふりをして、アリーシャを国外に逃がしたのだ。
王に従って民を見捨てていた、王太子の婚約者のアリーシャだって、処刑されてもおかしくはなかったが、彼女の元に、追手はこなかった。
正確に言えば、元ロレイル王国からの使いの人間は来たのだが、アリーシャに対して同情的だった。
王に従うよう強要され、王太子にも使い捨てられた、哀れな聖女。
それが、ヴィヒトの計らいによってアリーシャが得たポジションだった。
使者はアリーシャが国に戻ることを望んでいたが、少し考えさせて欲しい、と返すにとどめた。
きっと、ロレイルにはアリーシャの力を必要としている人がたくさんいる。
けれど、改革を望んでいたヴィヒトを処刑した国に、すぐに戻る気にはなれなかった。
自分が守られたことを知ったアリーシャは、ヴィヒトが最期に処刑台でみせた笑顔について、考えるようになった。
けれど、彼の婚約者であった彼女にも、ヴィヒトが笑った理由はわからなかった。
――どうか、きみだけは、笑っていて。
誰にも伝わることのなかった、愚かな王太子の最期の想い。
愛する人の幸せを願い、彼は処刑台の上で笑った。
アリーシャは今も、追放先でぼうっと暮らしている。
一緒にこの国を変えよう。そう約束した婚約者にも親友にも裏切られ、国を追われて。
ヴィヒトとともに見ていた希望があまりにも眩かったからこそ、アリーシャは立ち直ることができずにいた。
いっそ全てを諦めることができたら楽なのかもしれないが、幸か不幸か、アリーシャの体は、空腹と渇きに耐えられるようにはできていなかった。
身も心もぼろぼろになったアリーシャは、身だしなみを整えることもせず、食糧を求めてふらふらと町に繰り出す。
今のアリーシャに新しい店を開拓して楽しむ余裕などなく。
彼女は、与えられた住処のすぐ近くの、いつもの店に向かう。
生気のない瞳で、ふらふらと進む彼女は俯きがちで。町の景色も、人々の話し声も、アリーシャにはほとんど届いていなかった。
そんな状態が続いていたアリーシャだったが、広場から聞こえるどよめきと、叫びにも似た声には流石に顔をあげた。
「号外! 号外だよ!」
アリーシャが広場に向かうには至らなかったが、その「叫び」のほうから近くにやってきた。
号外だと大きな声で叫びながら、新聞をまく少年だ。
そんなものはどうでもいいと言わんばかりに、再び俯き、目的の店へと歩を進めるアリーシャだったが、盛大にまかれたビラは、彼女の足元にも滑り込んでいく。
下を向いていたせいで、見えてしまった。その号外の、内容が。
「……クーデター? 処刑?」
それまでほとんど表情を変えなかったアリーシャの瞳が、大きく開かれる。
ロレイル王国、クーデター、倒された王政、王族や貴族の処刑。
そんな文字と、処刑台を描いた絵が、見えてしまった。
アリーシャは、自分の足元にある薄っぺらい紙を、震える手で拾い上げた。
処刑台の絵には、処刑直前のヴィヒトの姿が描かれていた。
記事によれば、処刑寸前の彼は、笑っていたらしい。
その異様な光景が注目され、圧制を敷いた王ではなく、王太子の彼を前面に押し出す記事が作られたのだろう。
号外には、処刑された者の一覧まで載っていて。
アリーシャは、その中に、元婚約者と親友の名前を見つけた。
この日、アリーシャは理解した。
自分が、ヴィヒトとレイナに守られたことを。
王太子となったヴィヒトは、クーデターのことを知り、ろくでもない男のふりをして、アリーシャを国外に逃がしたのだ。
王に従って民を見捨てていた、王太子の婚約者のアリーシャだって、処刑されてもおかしくはなかったが、彼女の元に、追手はこなかった。
正確に言えば、元ロレイル王国からの使いの人間は来たのだが、アリーシャに対して同情的だった。
王に従うよう強要され、王太子にも使い捨てられた、哀れな聖女。
それが、ヴィヒトの計らいによってアリーシャが得たポジションだった。
使者はアリーシャが国に戻ることを望んでいたが、少し考えさせて欲しい、と返すにとどめた。
きっと、ロレイルにはアリーシャの力を必要としている人がたくさんいる。
けれど、改革を望んでいたヴィヒトを処刑した国に、すぐに戻る気にはなれなかった。
自分が守られたことを知ったアリーシャは、ヴィヒトが最期に処刑台でみせた笑顔について、考えるようになった。
けれど、彼の婚約者であった彼女にも、ヴィヒトが笑った理由はわからなかった。
――どうか、きみだけは、笑っていて。
誰にも伝わることのなかった、愚かな王太子の最期の想い。
愛する人の幸せを願い、彼は処刑台の上で笑った。
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ご感想、ありがとうございます。
いえ、おっしゃられた通りのお話ですので…!
本当にこれでよかったのかな、守ったといえるのかな、一方的に守られた彼女はこのあとどうすればいいの、な短編でした。
ご感想、ありがとうございます。
アリーシャは最後まで共にいたかったかもしれない。彼と共に死を迎えたかったかもしれない。
その通りだと思います。