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33 殴り勝った、その翌日。

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 魔術発動から一晩が経ち。

「あれ……? 私……?」
「フォルビア様!」
「リリィ……。おはよー……」

 フォルビア様が目を覚ましました。
 まだ眠たそうな彼女が、口元を抑えながら欠伸をします。
 何があったのかはわかっていないようですが、ここがリーシャン家であることを理解すると、「もうちょっと寝ていいかなあ」とぽやぽやしていました。
 あのまま帰すわけにはいきませんでしたので、私の家にお泊まりしたことになっているのです。
 
 昨夜、私とグラジオ様の二人でフォルビア様を呼び出し、魔術を発動。
 ミュールの協力もあり、彼女の中の悪魔を引きずり出すことに成功。
 フォルビア様の手に触れ、悪魔のいる空間に接続。
 ここでようやく干渉することができました。
 思いっきり殴れば退治完了です。それはもう、思いっきり。
 数年分の想いを込めて、しっかり殴らせていただきました。ぼっこぼこです。

 後からミュールが話してくれたことですが……。
 悪魔の名前はメフィー。隣国の文献で何度も目にした名前です。
 ミュールはいつからメフィーのことを知っていたのでしょうか。悪魔の世界は謎です。
 人の精神を蝕むこと、他者からの干渉を防ぐことに長けた悪魔で、祓うとなるとかなり厄介なのだそうです。

『ま、じめっとした引きこもりなわけじゃな。人々に慕われる我とは大違いじゃ』

 ミュールはメフィーのことをそう評していました。
 慕われているのはあなたが守護精霊を名乗っているからでしょう、と思いましたが、本人が嬉しそうなので何も言いませんでした。




「ねえ。昨日、なにがあったの?」

 朝の支度を済ませたフォルビア様が、首を傾げます。
 当然の疑問ですよね……。
 なにこれ? と言いたくなる部屋に連れていかれて、いつの間にか意識を失って。目が覚めたらリーシャン家にいた。
 訳がわかりませんよね。
 聞かれるだろうとは思っていましたが、実際にそのときが来ると、答えに困ってしまいました。
 黒猫の姿でそばにいるミュールも、流石に空気を読んだのか黙っています。

「ええと……」

 目を泳がせていると、フォルビア様は水色の瞳を少し伏せ、考えてから。

「……やっぱりいいや。あのね、リリィ。私、ずっと怖い思いをしていたの。そんなことしたくないのに、大好きなはずなのに、ある人を傷つけたくなって……。ずっとずっと、耐えてたの」
「フォルビア様……」
「何年もそうだったんだけどね、今日はすごくすっきりしてて。……リリィ、ミュール様。ありがとう」
「よかった……。よかったです……」

 本人の口から話を聞いて、ようやく彼女を救うことができたのだと実感がわいてきました。
 私の目からは、自然と涙がこぼれます。
 これで、フォルビア様が凶行に走ることも、処刑されることもないでしょう。


 闇を祓う聖女と、守護精霊。
 私たちは今もそんな風に呼ばれていて、もちろんフォルビア様もそのことを知っています。
 だからきっと、フォルビア様を苦しめていた闇を私たちが祓ったのだ、と解釈してくれたのでしょう。




「フォルビア、どこか痛んだり、気分が悪かったりはしないか?」

 フォルビア様が目を覚ましたことを聞き、グラジオ様もやってきました。
 彼にもリーシャン家に泊まっていただきましたが、部屋は別でした。
 淑女の寝起きの姿を見せるのもよくないと思い、支度が済むまで待っていただいたのです。

「グラジオ様! 気分が悪いどころか……すっきりすっきりです! このまま朝の散歩にでも行きたいぐらいです」
「そうか……。それはよかった」

 フォルビア様の元気な言葉に、グラジオ様もほっと胸をなでおろしています。
 
 その後は、彼女の言葉通り、三人でリーシャン家の敷地を散歩しました。
 子爵家ですから、辺境伯や伯爵家ほど広くはありませんが……。
 それでも、朝日を浴びながら三人……と1悪魔で歩く時間は、とても心地いいものでした。
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