上 下
21 / 36

20 親友は、笑顔で旅立った。

しおりを挟む
 大切な人たちを守る。
 そんな気持ちから悪魔を祓い続けた私の力は、確実に強くなっていました。
 ミュールが言っていた通りです。
 今では、相手に触れなくても悪魔が憑いているかどうかわかりようになりました。
 他者が視界に入っただけで、黒いモヤが確認できるようになったのです。
 町を歩けば、誰に悪魔が憑いているのかわかります。

 見つけ次第、祓ってしまいたいのですが……。
 子爵家の娘で、今では聖女と呼ばれるリリィベル・リーシャンが急に現れれば、相手を驚かせてしまいます。
 ですので、リリィベルとして過ごしているときは、相手方から相談がない限り、無理に祓うことはしませんでした。
 でも、町娘に扮しているときは別です。
 正体を隠した私は、うっかりを装って、悪魔の憑いた人にぶつかります。
 そんなに強くやる必要はありません。とん、と手や肩があたる程度です。

「あら、ごめんなさい。ぼーっとしていて……」

 そうやって、すれ違いざまにささっと悪魔を祓うのです。

 力が強まった私は、相手の身体に直に触れなくても干渉できるようになりました。
 服ごしに、ちょっと接触するだけ。それだけで、悪魔のいる空間に接続可能。さくっと殴って終わりです。
 下等悪魔なら、もうこれで十分でした。
 もう数えきれないほどの悪魔を祓った私ですが、高等悪魔と呼べる存在には、まだ出会っていません。
 高等悪魔はほんの一握りの存在だというミュールの言葉は、本当なのでしょう。




 そんな折。

「リリィ。あなたに1番に聞いて欲しいの」

 フォルビア様が、リーシャン家にやってきました。
 そう言って微笑む彼女は、どこか寂しそうで。
 聞けば、隣国の有力貴族、ヘレス・ボルニゲル様との婚約が決まったのだそうです。
 私たちの婚約パーティーにも出席していた、次期侯爵様です。
 少しお話しただけですが、ヘレス様は穏やかで聡明な方、といった印象です。
 
 隣国との関係強化のための、政略結婚という面があることは否定できません。
 それでも、悪いお話でないことは確かだと思います。
 ヘレス様がフォルビア様に向ける瞳には、優しさが宿っていました。
 私には……ヘレス様がフォルビア様を好いているように見えたのです。

「ヘレス様は素敵な人だけど……。結婚したら、今みたいにリリィに会えなくなっちゃうね。グラジオ様に会うときも、他の人に変に疑われないよう気をつけなくちゃ」

 フォルビア様は、結婚と同時にこの国を出なければなりません。
 たまに帰省することはできるでしょうが……。彼女の言う通り、今のように気軽に会うことはできません。
 グラジオ様の件もそうです。
 今までは三人揃って幼馴染で、フォルビア様には婚約者もいませんでしたから、フォルビア様とグラジオ様の距離が近くても、それを気にする人はあまりいませんでした。
 けれど、婚約者がいるとなると変わってきます。それも、離れた土地の方ですからね。
 不貞を疑われることに繋がる行為は、避けねばなりません。
 フォルビア様と、今までのように過ごせなくなる。そう思うと、私も寂しくなってしまいました。

「あっ、ごめんね、私がこんな言い方したから……。そんな顔しないで、リリィ。婚約が決まっただけで、結婚はまだまだ先なんだから!」
「そう、ですね。そうですよね」

 そんなに顔に出ていたのでしょうか。フォルビア様を慌てさせてしまいました。





 それから、少し経った頃。
 正式に婚約をするため、フォルビア様が隣国へ向かって旅立ちました。
 グラジオ様と一緒に、彼女を見送ります。

「ヘレスか……。彼になら、フォルビアを任せられるな」
「……ええ」

 ヘレス様は、グラジオ様の友人でもあります。
 国は違いますが、幼い頃から何度も顔を合わせているのです。
 フォルビア様を見送る彼からは、喜びがにじみ出ていました。
 幼馴染が、信頼できる男と結婚するのです。よかった、と思うのも当然のことでしょう。
 ……フォルビア様がグラジオ様に向けていた想いを知ってしまった私は、複雑な心境ですが。

 馬車に乗り込むフォルビア様は、私の前で寂しさを見せたときとは打って変わって、明るく笑いながら、元気に手を振ってくれます。

「グラジオ様、リリィ、いってきます!」
しおりを挟む

処理中です...