4 / 39
1章 突然のプロポーズまでの道のり
2 ご縁<<<<<領地の平和と肉
しおりを挟む
「マリアベル様! 息子が森に入ってしまったのです! 魔物を見たと話す人もいて……。どうか、息子を」
見回りを兼ねて領地を散歩するマリアベルに、一人の女性が駆け寄ってくる。
今日は午後から予定が入っていたが、午前の今は空いていた。
時間があれば、マリアベルは修業か見回りのどちらかを行うことにしているのだ。
マリアベルを探していたのだろうか。彼女はぜえぜえと息を切らしながらも、息子を助けて欲しいと必死に訴える。
領民の願いに対する、マリアベルの言葉は、もちろん。
「わかった! 任せて! 息子さんは私が連れ戻すから!」
であった。
12歳ほどとなったマリアベルは、積極的に魔物を狩りに出るようになっていた。
過去に魔物が大量に出て以来、マニフィカ領は他の地と比べて魔物の数が多いままなのだ。
急いで森に向かったマリアベルは、一般の人でも棒や農具で倒せる雑魚をいなしつつ、男の子を探す。
このくらいの雑魚ならどこにでもいるものだが、マニフィカ領は、今も強力な魔物の数が多かった。
「どうして龍脈なんてできちゃったんだろうなあ……」
マリアベルの小さな唇から、はあ、とため息が漏れる。
そんなこと言ったって、できてしまったものはどうしようもないのだが……。
龍脈なんてものができなければ、マニフィカ領が困窮することもなかったのだ。
領主の娘として、苦々しく思うのも当然だ。
マリアベルが5歳のころ――魔物の大量発生の時期だ――マニフィカ領内の森で、目視できるほどに魔力が奔出する場所が見つかった。
魔力とは、一部の人間や魔物の中に存在するものとされているが、まれに、自然の中で激しくあふれ出すことがあるのだ。
そういう場所のことを、龍脈と呼ぶ。
運の悪いことに、マニフィカ領には龍脈が出現。
最初ほどの勢いはないものの、時が経ってからも魔力の濃度は濃いままだ。
魔物は、魔力に引かれて集まり、活発になり、増えやすくなる。
マリアベルが成長してからも、マニフィカ領は通常以上の警戒が必要な状態であった。
「! 今の……」
森を歩くマリアベルの耳に、かすかだが、子供の悲鳴のようなものが届く。
弾かれるようにして駆け出し、声の発生源へ向かっていけば、そこには、イノシシのような見た目をした魔物に追い詰められる少年の姿が。
「マリアベル様!」
「すぐ助けるから! じっとしててね!」
今すぐ攻撃したいところだが、少年との距離が近すぎる。
このまま派手な魔法を使えば、彼も巻き込んでしまうだろう。
マリアベルは、まず魔物の注意を自分に向けることにした。
短く歌いながら杖を動かし、空中に素早く陣を描く。
水の球が数個出現し、マリアベルが杖で示した方向へ発射される。
人間に当たっても害がないほどの低威力に調整された、水魔法である。
それらをぶつけられた魔物は、ターゲットをマリアベルに切り替えた。
魔物が自分に向かってくるようになれば、あとは簡単だ。
先ほどと同じ要領で氷の矢を作り出し、魔物に向かって放つ。
正式な名称はたしか、アイスニードルだったはずだ。
矢は魔物に深々と突き刺さり、絶命させた。
男の子を親元まで送ったあと、マリアベルは森に戻る。
魔物は危険で迷惑な存在ではあるのだが……中には、食用になるものもいる。
先ほどのイノシシのような魔物は、肉が美味い。
貧乏貴族のマリアベルからすれば、貴重な食糧である。
ナイフを使い、その場で獲物の処理をする。
一頭まるまるはマリアベルの体格では運べないから、肉を切り出した。
氷魔法を付与して冷たい状態を保てば、お持ち帰り用お肉の完成である。
「晩御飯ゲットー!」
領民を救い、食料も手に入れて。マリアベルはるんるんであった。
「今日はお肉! 今日はお肉! お父様! お肉をとってきました!」
ご機嫌なマリアベル。歌うように元気にマニフィカ邸の玄関をくぐった。
マニフィカ邸には、長年仕えた執事以外の使用人はいないから、出迎えなどない。
なので、まあ誰もいないだろうなーと思っていたのだが。
「ひっ……!?」
同年代の男の子と、その従者と思われる者が、そこにいた。
おそらく、これから会う予定だった令息だろう。
マリアベルの姿を見て、小さく悲鳴をあげて顔をひきつらせている。
まだ約束の時間にはなっていないはずだが、どうやら少し早めに到着してしまったようだ。
「あ、あー……。ロベルト様、お初にお目にかかります。わたくし、マリアベル・マニフィカと申します」
血に汚れたまま披露されるカーテシー。
片手は肉の入った袋や毛皮でふさがっているため、それっぽい動きをしただけである。
「う、うわああああああ!」
血濡れのご令嬢は、お坊ちゃんには、ちょっとだけ刺激が強かった。
ロベルトと呼ばれた赤髪の令息は、悲鳴をあげて逃げ出した。
「これは破談ね」
ロベルトが逃げ去る様子を眺めながら、マリアベルはぽつりとこう口にした。
魔法の研究と魔物退治に明け暮れるマリアベル。これくらいはもう慣れっこである。
まあこんな感じで、大体の令息はマリアベルから逃げ出していく。
だが、一人だけ。マリアベルが血に濡れていようが、獲物を手にしていようが、普通に接してくれる人がいた。
見回りを兼ねて領地を散歩するマリアベルに、一人の女性が駆け寄ってくる。
今日は午後から予定が入っていたが、午前の今は空いていた。
時間があれば、マリアベルは修業か見回りのどちらかを行うことにしているのだ。
マリアベルを探していたのだろうか。彼女はぜえぜえと息を切らしながらも、息子を助けて欲しいと必死に訴える。
領民の願いに対する、マリアベルの言葉は、もちろん。
「わかった! 任せて! 息子さんは私が連れ戻すから!」
であった。
12歳ほどとなったマリアベルは、積極的に魔物を狩りに出るようになっていた。
過去に魔物が大量に出て以来、マニフィカ領は他の地と比べて魔物の数が多いままなのだ。
急いで森に向かったマリアベルは、一般の人でも棒や農具で倒せる雑魚をいなしつつ、男の子を探す。
このくらいの雑魚ならどこにでもいるものだが、マニフィカ領は、今も強力な魔物の数が多かった。
「どうして龍脈なんてできちゃったんだろうなあ……」
マリアベルの小さな唇から、はあ、とため息が漏れる。
そんなこと言ったって、できてしまったものはどうしようもないのだが……。
龍脈なんてものができなければ、マニフィカ領が困窮することもなかったのだ。
領主の娘として、苦々しく思うのも当然だ。
マリアベルが5歳のころ――魔物の大量発生の時期だ――マニフィカ領内の森で、目視できるほどに魔力が奔出する場所が見つかった。
魔力とは、一部の人間や魔物の中に存在するものとされているが、まれに、自然の中で激しくあふれ出すことがあるのだ。
そういう場所のことを、龍脈と呼ぶ。
運の悪いことに、マニフィカ領には龍脈が出現。
最初ほどの勢いはないものの、時が経ってからも魔力の濃度は濃いままだ。
魔物は、魔力に引かれて集まり、活発になり、増えやすくなる。
マリアベルが成長してからも、マニフィカ領は通常以上の警戒が必要な状態であった。
「! 今の……」
森を歩くマリアベルの耳に、かすかだが、子供の悲鳴のようなものが届く。
弾かれるようにして駆け出し、声の発生源へ向かっていけば、そこには、イノシシのような見た目をした魔物に追い詰められる少年の姿が。
「マリアベル様!」
「すぐ助けるから! じっとしててね!」
今すぐ攻撃したいところだが、少年との距離が近すぎる。
このまま派手な魔法を使えば、彼も巻き込んでしまうだろう。
マリアベルは、まず魔物の注意を自分に向けることにした。
短く歌いながら杖を動かし、空中に素早く陣を描く。
水の球が数個出現し、マリアベルが杖で示した方向へ発射される。
人間に当たっても害がないほどの低威力に調整された、水魔法である。
それらをぶつけられた魔物は、ターゲットをマリアベルに切り替えた。
魔物が自分に向かってくるようになれば、あとは簡単だ。
先ほどと同じ要領で氷の矢を作り出し、魔物に向かって放つ。
正式な名称はたしか、アイスニードルだったはずだ。
矢は魔物に深々と突き刺さり、絶命させた。
男の子を親元まで送ったあと、マリアベルは森に戻る。
魔物は危険で迷惑な存在ではあるのだが……中には、食用になるものもいる。
先ほどのイノシシのような魔物は、肉が美味い。
貧乏貴族のマリアベルからすれば、貴重な食糧である。
ナイフを使い、その場で獲物の処理をする。
一頭まるまるはマリアベルの体格では運べないから、肉を切り出した。
氷魔法を付与して冷たい状態を保てば、お持ち帰り用お肉の完成である。
「晩御飯ゲットー!」
領民を救い、食料も手に入れて。マリアベルはるんるんであった。
「今日はお肉! 今日はお肉! お父様! お肉をとってきました!」
ご機嫌なマリアベル。歌うように元気にマニフィカ邸の玄関をくぐった。
マニフィカ邸には、長年仕えた執事以外の使用人はいないから、出迎えなどない。
なので、まあ誰もいないだろうなーと思っていたのだが。
「ひっ……!?」
同年代の男の子と、その従者と思われる者が、そこにいた。
おそらく、これから会う予定だった令息だろう。
マリアベルの姿を見て、小さく悲鳴をあげて顔をひきつらせている。
まだ約束の時間にはなっていないはずだが、どうやら少し早めに到着してしまったようだ。
「あ、あー……。ロベルト様、お初にお目にかかります。わたくし、マリアベル・マニフィカと申します」
血に汚れたまま披露されるカーテシー。
片手は肉の入った袋や毛皮でふさがっているため、それっぽい動きをしただけである。
「う、うわああああああ!」
血濡れのご令嬢は、お坊ちゃんには、ちょっとだけ刺激が強かった。
ロベルトと呼ばれた赤髪の令息は、悲鳴をあげて逃げ出した。
「これは破談ね」
ロベルトが逃げ去る様子を眺めながら、マリアベルはぽつりとこう口にした。
魔法の研究と魔物退治に明け暮れるマリアベル。これくらいはもう慣れっこである。
まあこんな感じで、大体の令息はマリアベルから逃げ出していく。
だが、一人だけ。マリアベルが血に濡れていようが、獲物を手にしていようが、普通に接してくれる人がいた。
0
お気に入りに追加
553
あなたにおすすめの小説
幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。
喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。
学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。
しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。
挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。
パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。
そうしてついに恐れていた事態が起きた。
レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました
海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」
「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」
「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」
貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・?
何故、私を愛するふりをするのですか?
[登場人物]
セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。
×
ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。
リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。
アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】愛していないと王子が言った
miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。
「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」
ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。
※合わない場合はそっ閉じお願いします。
※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる