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2章
8 外面
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「なんだと?」
アイスブルーの瞳が鋭く吊り上がる。
レオンハルトの纏う雰囲気がひゅっと冷たくなるが、長年彼に仕えるウォルトは怯むことなく言葉を続けていく。
ただ、主人に対して怯えてはいないというだけで、彼は眉を下げ、すっかり困った表情をしていた。
「お止めしたのですが、半ば無理やり屋敷に入られてしまい……。ルカ様に会わせるよう要求してきたため、今はサロンに通して足止めしています」
「そうか。すぐに対応する。ルカは近づけないようにしてくれ」
「承知いたしました」
ウォルトの言葉の選び方から、夫妻が招かれざる客であることがアリアにも伺えた。
「オドラン夫妻って、たしか……」
「ああ。ルカを預けていた夫婦だ」
本来であれば無関係の者が公爵家の屋敷に入るなどできないが、彼らはルカの親戚だ。
ブラント家と血の繋がりはないとはいえ、妹が嫁いだ先の親類ともなれば全くの他人というわけでもない。
さらにルカと関りが深いとなれば、強引に来られてしまっては使用人では止めきれなかったのだろう。
立ち上がりサロンへ向かおうとするレオンハルトに、アリアも続く。
「迎えに来たって、どういうことですか? 彼らはルカを蔑ろにしていたのですよね?」
「さあな。今更愛おしくなったわけでもないだろう。ルカを迎えに来る理由があるとすれば……」
廊下を進みながら会話するが、ただでさえ長身のレオンハルトが速足なためアリアは小走りしている。
「あるとすれば?」
「……金、だろうな」
「お金?」
「ああ」
レオンハルトは妹を亡くしてからのこの半年ほど、オドラン夫妻にそれなりの額の養育費を毎月渡していたそうだ。
彼が話した通りであれば、7人家族のアデール伯爵家でもひと月以上楽に暮らせる金額だ。
しかし、ルカをブラント家に連れてきてからはそれも差し止めた。
夫妻からすれば、毎月なにもせずとも入っていた収入が途絶えたことになる。
だがもう一度ルカを引き取れば、ブラント家からの支援も再開される。
二人は、遊んで暮らせる金を得るためにルカを「迎えに来た」可能性が高かった。
「……ルカを連れ帰ってきた日、あの夫妻は大量の食事を並べて、高級な酒を浴びるように飲んでいた。対して、ルカはろくに掃除もされていない部屋で放置されて……。おそらく、自分たちが贅沢をするためだけに金を使っていたんだろう」
「っ……。ルカのためのお金、なのに」
「……あの子をうちで引き取るかどうかはともかく、オドラン夫妻に預ける気はない。すぐに追い返す」
レオンハルトが急に足を止めたものだから、彼を追いかけていたアリアは背中にぶつかってしまう。
結構な勢いがあったはずだがレオンハルトはびくともせず、アリアのほうがよろけて転びそうになった。
転ばずに済んだのは、彼が咄嗟に手を伸ばし、アリアを支えてくれたからだ。
腕を掴まれ、腰には手を回されて。向き合った状態で顔も近い。
初めての夫婦らしい接近となったが、両者照れている場合ではなかった。
「……きみも来るのか?」
簡単にキスできてしまいそうな距離で、レオンハルトが問う。
アリアの答えは――。
「はい!」
だった。
アリアにできることがあるのかどうかは、わからない。
けれど、お金のためだけにルカを連れ去ろうとする者がいると聞いて、なにもせずにはいられなかった。
サロンに到着した二人が目にしたのは、楽し気に話す男女の姿だった。
年の頃は、レオンハルトより少し上といったぐらいか。
公爵家を訪ねるためか服装も上品で、ぱっと見て嫌な感じはしない。
テーブルにはしっかりと茶と菓子が用意されており、どれも高級品だからか彼らは上機嫌だ。
ウォルトが「足止めした」と言っていたから、おそらくは飲食物で気を引きつつ、客として迎え入れる気があることを示してこの場にとどめたのだろう。
……そうしなければ、彼らがルカを探して屋敷を歩き回ってしまうかもしれないから。
レオンハルトが現れたことに気がつくと、まずは夫のほうが立ち上がり、人好きのする笑みを浮かべながら会釈した。
「お久しぶりです、ブラント卿。突然お邪魔してしまい、申し訳ありません。ルカくんのことが心配だったものですから」
アリアの想像とは違い、意外にも立ち振る舞いは穏やかだった。
手を広げてレオンハルトに近づいてきたと思ったら、今度は困ったような表情をし頬をかく。
続けて妻のほうもやってきて、「ルカに会えませんか」「あの子はどうしていますか」と悲痛な顔で聞いてくる。
夫婦のどちらも優しそうで、真にルカを思っているように見えてしまう。
アリアは、どうしてレオンハルトは半年ものあいだ彼らの悪行に気が付けなかったのだろうと疑問を抱いていた。
だが、実際に夫婦に会ったことで理解した。
(……極端に外面がいいのね)
レオンハルトの隣に控えるアリアは、夫妻を冷たく見据えながらそんなことを考えていた。
なにも知らなかったら、「会わせてあげてもいいじゃないですか」なんて言ってしまいそうだ。
主人の許可なくここまで通されたのも、縁のある人間だから、という理由だけではなかったのかもしれない。
そう感じるほどにアリアの目に映る夫婦はいかにも善人で、高熱を出す幼子を放置するようにはとても見えなかった。
(でも、この人たちのせいで、ルカは……)
アリアは、怯えきったルカの姿を見ている。
夫妻がどう取り繕おうと、どれだけ「いい人」に見えようとも、彼らがルカを傷つけた事実が変わることはない。
相手がなにを言っても、ルカを引き渡したりしない。妻としてレオンハルトの隣に立つアリアは、そう決意した。
アイスブルーの瞳が鋭く吊り上がる。
レオンハルトの纏う雰囲気がひゅっと冷たくなるが、長年彼に仕えるウォルトは怯むことなく言葉を続けていく。
ただ、主人に対して怯えてはいないというだけで、彼は眉を下げ、すっかり困った表情をしていた。
「お止めしたのですが、半ば無理やり屋敷に入られてしまい……。ルカ様に会わせるよう要求してきたため、今はサロンに通して足止めしています」
「そうか。すぐに対応する。ルカは近づけないようにしてくれ」
「承知いたしました」
ウォルトの言葉の選び方から、夫妻が招かれざる客であることがアリアにも伺えた。
「オドラン夫妻って、たしか……」
「ああ。ルカを預けていた夫婦だ」
本来であれば無関係の者が公爵家の屋敷に入るなどできないが、彼らはルカの親戚だ。
ブラント家と血の繋がりはないとはいえ、妹が嫁いだ先の親類ともなれば全くの他人というわけでもない。
さらにルカと関りが深いとなれば、強引に来られてしまっては使用人では止めきれなかったのだろう。
立ち上がりサロンへ向かおうとするレオンハルトに、アリアも続く。
「迎えに来たって、どういうことですか? 彼らはルカを蔑ろにしていたのですよね?」
「さあな。今更愛おしくなったわけでもないだろう。ルカを迎えに来る理由があるとすれば……」
廊下を進みながら会話するが、ただでさえ長身のレオンハルトが速足なためアリアは小走りしている。
「あるとすれば?」
「……金、だろうな」
「お金?」
「ああ」
レオンハルトは妹を亡くしてからのこの半年ほど、オドラン夫妻にそれなりの額の養育費を毎月渡していたそうだ。
彼が話した通りであれば、7人家族のアデール伯爵家でもひと月以上楽に暮らせる金額だ。
しかし、ルカをブラント家に連れてきてからはそれも差し止めた。
夫妻からすれば、毎月なにもせずとも入っていた収入が途絶えたことになる。
だがもう一度ルカを引き取れば、ブラント家からの支援も再開される。
二人は、遊んで暮らせる金を得るためにルカを「迎えに来た」可能性が高かった。
「……ルカを連れ帰ってきた日、あの夫妻は大量の食事を並べて、高級な酒を浴びるように飲んでいた。対して、ルカはろくに掃除もされていない部屋で放置されて……。おそらく、自分たちが贅沢をするためだけに金を使っていたんだろう」
「っ……。ルカのためのお金、なのに」
「……あの子をうちで引き取るかどうかはともかく、オドラン夫妻に預ける気はない。すぐに追い返す」
レオンハルトが急に足を止めたものだから、彼を追いかけていたアリアは背中にぶつかってしまう。
結構な勢いがあったはずだがレオンハルトはびくともせず、アリアのほうがよろけて転びそうになった。
転ばずに済んだのは、彼が咄嗟に手を伸ばし、アリアを支えてくれたからだ。
腕を掴まれ、腰には手を回されて。向き合った状態で顔も近い。
初めての夫婦らしい接近となったが、両者照れている場合ではなかった。
「……きみも来るのか?」
簡単にキスできてしまいそうな距離で、レオンハルトが問う。
アリアの答えは――。
「はい!」
だった。
アリアにできることがあるのかどうかは、わからない。
けれど、お金のためだけにルカを連れ去ろうとする者がいると聞いて、なにもせずにはいられなかった。
サロンに到着した二人が目にしたのは、楽し気に話す男女の姿だった。
年の頃は、レオンハルトより少し上といったぐらいか。
公爵家を訪ねるためか服装も上品で、ぱっと見て嫌な感じはしない。
テーブルにはしっかりと茶と菓子が用意されており、どれも高級品だからか彼らは上機嫌だ。
ウォルトが「足止めした」と言っていたから、おそらくは飲食物で気を引きつつ、客として迎え入れる気があることを示してこの場にとどめたのだろう。
……そうしなければ、彼らがルカを探して屋敷を歩き回ってしまうかもしれないから。
レオンハルトが現れたことに気がつくと、まずは夫のほうが立ち上がり、人好きのする笑みを浮かべながら会釈した。
「お久しぶりです、ブラント卿。突然お邪魔してしまい、申し訳ありません。ルカくんのことが心配だったものですから」
アリアの想像とは違い、意外にも立ち振る舞いは穏やかだった。
手を広げてレオンハルトに近づいてきたと思ったら、今度は困ったような表情をし頬をかく。
続けて妻のほうもやってきて、「ルカに会えませんか」「あの子はどうしていますか」と悲痛な顔で聞いてくる。
夫婦のどちらも優しそうで、真にルカを思っているように見えてしまう。
アリアは、どうしてレオンハルトは半年ものあいだ彼らの悪行に気が付けなかったのだろうと疑問を抱いていた。
だが、実際に夫婦に会ったことで理解した。
(……極端に外面がいいのね)
レオンハルトの隣に控えるアリアは、夫妻を冷たく見据えながらそんなことを考えていた。
なにも知らなかったら、「会わせてあげてもいいじゃないですか」なんて言ってしまいそうだ。
主人の許可なくここまで通されたのも、縁のある人間だから、という理由だけではなかったのかもしれない。
そう感じるほどにアリアの目に映る夫婦はいかにも善人で、高熱を出す幼子を放置するようにはとても見えなかった。
(でも、この人たちのせいで、ルカは……)
アリアは、怯えきったルカの姿を見ている。
夫妻がどう取り繕おうと、どれだけ「いい人」に見えようとも、彼らがルカを傷つけた事実が変わることはない。
相手がなにを言っても、ルカを引き渡したりしない。妻としてレオンハルトの隣に立つアリアは、そう決意した。
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