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2章
6 本当は…?
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「っ!」
流石のレオンハルトも女性を傷つける気はないようで、驚いたような様子を見せてから動きを止める。
おかげで、アリアの足に痛みが走ったのは最初の一瞬だけだった。
彼の力が抜けたタイミングを見計らい、アリアは部屋の中に入り込む。
ばたんと閉じるドア。苦々しい表情のレオンハルト。にっこーと笑顔のアリア。彼女が持つ皿には、二人で作ったタルトがのせてある。
「旦那様? いらないとはどういうことですか?」
表情だけを見れば休憩中の夫にスイーツを渡しにきた奥様、という可愛らしい光景なのだが……。アリアは内心怒り心頭だし、言葉にも静かな怒りが含まれている。
「……そのままの意味だ。ルカと作ったのなら、俺がそれを受け取ることはできな……んぐっ」
レオンハルトがため息交じりにそう言いながら、ふい、とアリアから目をそらす。
しかし、できない、と言い切る前に彼からはくぐもった声が漏れた。
アリアがタルトを切り分けたフォークを彼の口に突っ込んだからだ。一応、安全面を考えてあまり奥には入れていない。
「……」
おい、と言いたげなアイスブルーの瞳がアリアを睨みつける。
しかし引かずに「どうぞ」とにっこり告げれば、彼は渋々といった様子で自分の口に入った分のタルトを咀嚼し始める。
ごくんと飲み込んだ彼は、
「これで気が済んだか」
と低く言い放つが――。
「まだですね」
引く気のないアリアは、次の一切れをスプーンにのせて待ち構えていた。
やめろ、と言う前にやはり口の前まで持ってこられて、レオンハルトは「わかった、わかったからもうやめろ」と白旗をあげる。
彼とて25歳の立派な成人男性だ。これ以上の強制あーんはごめんだったのだ。
窓際に置かれた椅子とテーブルを使い、夫婦の小さなお茶会が開かれる。
観念したレオンハルトが使用人を呼び、お茶の準備をさせたのだ。
とはいえ、スイーツはレオンハルトの分のタルトのみ。アリアは飲み物だけをいただくことにした。
奥様の分のお菓子も用意しましょうかと聞かれたが、先ほどルカと二人で食べたばかりだ。これ以上はやめておいた方がいいと思い、遠慮した。
(流石は公爵家ね。お茶一杯でも相変わらず美味しいわ……)
レオンハルトがすぐに使用人を下がらせたため、今は夫の私室で二人きりだ。
さらに旦那様は休日ともなれば甘い雰囲気が漂っていてもおかしくはないのだが、アリアはお茶をしみじみと味わっている。
普段は甘い香りのものを出してもらうことが多いが、今回はレオンハルトがいるからか少々趣向が違う。
なんだかスモーキーで、これが旦那様の好みなのかしら、なんて思ったりもした。
対するレオンハルトのほうも、甘い言葉など吐くことはなく無言でタルトを食べ進めている。
最初は「いらない」なんて言ったが、なんだかんだで食べてくれた。
本気で嫌なわけではないのだろう。
少しだけでいいから感想が聞きたくなって、あの、と声をかける。
「……いかがですか? 旦那様」
「……悪くない。……ルカと二人で作ったと言ったが、あの子はなにをしたんだ」
そう問う彼の表情こそ不愛想だが、声色はどこか柔らかい。
よくぞ聞いてくれました! やっぱり興味あるんじゃない! という気持ちで、アリアは表情を輝かせた。
「! ルカには仕上げを担当してもらって……」
声を弾ませるアリアの説明を、レオンハルトは静かに聞いていた。
彼からのコメントはないが、無視されているわけではないとわかったからそれでよかった。
あのですね、それで、と話を続けていくうちに、アリアは徐々に楽しくなっていく。
すっかり熱が入り、「ルカってば本当に可愛くって」と一人できゃー! ひゃー! と盛り上がっていた彼女だが、ふと視線を感じて顔をあげる。
「っ……!?」
目の前に座る彼がアイスブルーの瞳を優しく細めていたものだから、驚きで我に返る。
結婚して一か月以上たつが、彼のこんな表情を見るのは初めてだった。
「だ、旦那様……?」
冷たいところばかり見ていたものだから、ときめきよりも先に「えっなに、こわっ!」という気持ちが先にきてしまった。
おそるおそる声をかければ、レオンハルトもハッとして表情を引き締める。
何事もなかったようにキリっと取り繕って「なんだ」と低く言い放つ夫を見て、アリアは思う。
(やっぱりこの人、本当は甥っ子のこと好きなんじゃ……?)
と。
だってさっきの彼からは、愛情が滲んでいた。おそらく、アリアに対してではない。
あの顔はきっと、甥っ子に――ルカに向ける本心を表しているのではないか。
アリアはそう受け取った。
流石のレオンハルトも女性を傷つける気はないようで、驚いたような様子を見せてから動きを止める。
おかげで、アリアの足に痛みが走ったのは最初の一瞬だけだった。
彼の力が抜けたタイミングを見計らい、アリアは部屋の中に入り込む。
ばたんと閉じるドア。苦々しい表情のレオンハルト。にっこーと笑顔のアリア。彼女が持つ皿には、二人で作ったタルトがのせてある。
「旦那様? いらないとはどういうことですか?」
表情だけを見れば休憩中の夫にスイーツを渡しにきた奥様、という可愛らしい光景なのだが……。アリアは内心怒り心頭だし、言葉にも静かな怒りが含まれている。
「……そのままの意味だ。ルカと作ったのなら、俺がそれを受け取ることはできな……んぐっ」
レオンハルトがため息交じりにそう言いながら、ふい、とアリアから目をそらす。
しかし、できない、と言い切る前に彼からはくぐもった声が漏れた。
アリアがタルトを切り分けたフォークを彼の口に突っ込んだからだ。一応、安全面を考えてあまり奥には入れていない。
「……」
おい、と言いたげなアイスブルーの瞳がアリアを睨みつける。
しかし引かずに「どうぞ」とにっこり告げれば、彼は渋々といった様子で自分の口に入った分のタルトを咀嚼し始める。
ごくんと飲み込んだ彼は、
「これで気が済んだか」
と低く言い放つが――。
「まだですね」
引く気のないアリアは、次の一切れをスプーンにのせて待ち構えていた。
やめろ、と言う前にやはり口の前まで持ってこられて、レオンハルトは「わかった、わかったからもうやめろ」と白旗をあげる。
彼とて25歳の立派な成人男性だ。これ以上の強制あーんはごめんだったのだ。
窓際に置かれた椅子とテーブルを使い、夫婦の小さなお茶会が開かれる。
観念したレオンハルトが使用人を呼び、お茶の準備をさせたのだ。
とはいえ、スイーツはレオンハルトの分のタルトのみ。アリアは飲み物だけをいただくことにした。
奥様の分のお菓子も用意しましょうかと聞かれたが、先ほどルカと二人で食べたばかりだ。これ以上はやめておいた方がいいと思い、遠慮した。
(流石は公爵家ね。お茶一杯でも相変わらず美味しいわ……)
レオンハルトがすぐに使用人を下がらせたため、今は夫の私室で二人きりだ。
さらに旦那様は休日ともなれば甘い雰囲気が漂っていてもおかしくはないのだが、アリアはお茶をしみじみと味わっている。
普段は甘い香りのものを出してもらうことが多いが、今回はレオンハルトがいるからか少々趣向が違う。
なんだかスモーキーで、これが旦那様の好みなのかしら、なんて思ったりもした。
対するレオンハルトのほうも、甘い言葉など吐くことはなく無言でタルトを食べ進めている。
最初は「いらない」なんて言ったが、なんだかんだで食べてくれた。
本気で嫌なわけではないのだろう。
少しだけでいいから感想が聞きたくなって、あの、と声をかける。
「……いかがですか? 旦那様」
「……悪くない。……ルカと二人で作ったと言ったが、あの子はなにをしたんだ」
そう問う彼の表情こそ不愛想だが、声色はどこか柔らかい。
よくぞ聞いてくれました! やっぱり興味あるんじゃない! という気持ちで、アリアは表情を輝かせた。
「! ルカには仕上げを担当してもらって……」
声を弾ませるアリアの説明を、レオンハルトは静かに聞いていた。
彼からのコメントはないが、無視されているわけではないとわかったからそれでよかった。
あのですね、それで、と話を続けていくうちに、アリアは徐々に楽しくなっていく。
すっかり熱が入り、「ルカってば本当に可愛くって」と一人できゃー! ひゃー! と盛り上がっていた彼女だが、ふと視線を感じて顔をあげる。
「っ……!?」
目の前に座る彼がアイスブルーの瞳を優しく細めていたものだから、驚きで我に返る。
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「だ、旦那様……?」
冷たいところばかり見ていたものだから、ときめきよりも先に「えっなに、こわっ!」という気持ちが先にきてしまった。
おそるおそる声をかければ、レオンハルトもハッとして表情を引き締める。
何事もなかったようにキリっと取り繕って「なんだ」と低く言い放つ夫を見て、アリアは思う。
(やっぱりこの人、本当は甥っ子のこと好きなんじゃ……?)
と。
だってさっきの彼からは、愛情が滲んでいた。おそらく、アリアに対してではない。
あの顔はきっと、甥っ子に――ルカに向ける本心を表しているのではないか。
アリアはそう受け取った。
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