上 下
21 / 23
2章

6 本当は…?

しおりを挟む
「っ!」

 流石のレオンハルトも女性を傷つける気はないようで、驚いたような様子を見せてから動きを止める。
 おかげで、アリアの足に痛みが走ったのは最初の一瞬だけだった。
 彼の力が抜けたタイミングを見計らい、アリアは部屋の中に入り込む。
 ばたんと閉じるドア。苦々しい表情のレオンハルト。にっこーと笑顔のアリア。彼女が持つ皿には、二人で作ったタルトがのせてある。

「旦那様? いらないとはどういうことですか?」

 表情だけを見れば休憩中の夫にスイーツを渡しにきた奥様、という可愛らしい光景なのだが……。アリアは内心怒り心頭だし、言葉にも静かな怒りが含まれている。
 
「……そのままの意味だ。ルカと作ったのなら、俺がそれを受け取ることはできな……んぐっ」

 レオンハルトがため息交じりにそう言いながら、ふい、とアリアから目をそらす。
 しかし、できない、と言い切る前に彼からはくぐもった声が漏れた。
 アリアがタルトを切り分けたフォークを彼の口に突っ込んだからだ。一応、安全面を考えてあまり奥には入れていない。
 
「……」

 おい、と言いたげなアイスブルーの瞳がアリアを睨みつける。
 しかし引かずに「どうぞ」とにっこり告げれば、彼は渋々といった様子で自分の口に入った分のタルトを咀嚼し始める。
 ごくんと飲み込んだ彼は、

「これで気が済んだか」

 と低く言い放つが――。

「まだですね」

 引く気のないアリアは、次の一切れをスプーンにのせて待ち構えていた。
 やめろ、と言う前にやはり口の前まで持ってこられて、レオンハルトは「わかった、わかったからもうやめろ」と白旗をあげる。
 彼とて25歳の立派な成人男性だ。これ以上の強制あーんはごめんだったのだ。
 
 窓際に置かれた椅子とテーブルを使い、夫婦の小さなお茶会が開かれる。
 観念したレオンハルトが使用人を呼び、お茶の準備をさせたのだ。
 とはいえ、スイーツはレオンハルトの分のタルトのみ。アリアは飲み物だけをいただくことにした。
 奥様の分のお菓子も用意しましょうかと聞かれたが、先ほどルカと二人で食べたばかりだ。これ以上はやめておいた方がいいと思い、遠慮した。

(流石は公爵家ね。お茶一杯でも相変わらず美味しいわ……)

 レオンハルトがすぐに使用人を下がらせたため、今は夫の私室で二人きりだ。
 さらに旦那様は休日ともなれば甘い雰囲気が漂っていてもおかしくはないのだが、アリアはお茶をしみじみと味わっている。
 普段は甘い香りのものを出してもらうことが多いが、今回はレオンハルトがいるからか少々趣向が違う。
 なんだかスモーキーで、これが旦那様の好みなのかしら、なんて思ったりもした。
 対するレオンハルトのほうも、甘い言葉など吐くことはなく無言でタルトを食べ進めている。
 最初は「いらない」なんて言ったが、なんだかんだで食べてくれた。
 本気で嫌なわけではないのだろう。
 少しだけでいいから感想が聞きたくなって、あの、と声をかける。

「……いかがですか? 旦那様」
「……悪くない。……ルカと二人で作ったと言ったが、あの子はなにをしたんだ」

 そう問う彼の表情こそ不愛想だが、声色はどこか柔らかい。
 よくぞ聞いてくれました! やっぱり興味あるんじゃない! という気持ちで、アリアは表情を輝かせた。

「! ルカには仕上げを担当してもらって……」

 声を弾ませるアリアの説明を、レオンハルトは静かに聞いていた。
 彼からのコメントはないが、無視されているわけではないとわかったからそれでよかった。
 あのですね、それで、と話を続けていくうちに、アリアは徐々に楽しくなっていく。
 すっかり熱が入り、「ルカってば本当に可愛くって」と一人できゃー! ひゃー! と盛り上がっていた彼女だが、ふと視線を感じて顔をあげる。

「っ……!?」

 目の前に座る彼がアイスブルーの瞳を優しく細めていたものだから、驚きで我に返る。
 結婚して一か月以上たつが、彼のこんな表情を見るのは初めてだった。

「だ、旦那様……?」

 冷たいところばかり見ていたものだから、ときめきよりも先に「えっなに、こわっ!」という気持ちが先にきてしまった。
 おそるおそる声をかければ、レオンハルトもハッとして表情を引き締める。
 何事もなかったようにキリっと取り繕って「なんだ」と低く言い放つ夫を見て、アリアは思う。

(やっぱりこの人、本当は甥っ子のこと好きなんじゃ……?)

 と。
 だってさっきの彼からは、愛情が滲んでいた。おそらく、アリアに対してではない。
 あの顔はきっと、甥っ子に――ルカに向ける本心を表しているのではないか。
 アリアはそう受け取った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不要なモノを全て切り捨てた節約令嬢は、冷徹宰相に溺愛される~NTRもモラハラいりません~

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
 皆様のお陰で、ホットランク一位を獲得しましたーーーーー。御礼申し上げます。  我が家はいつでも妹が中心に回っていた。ふわふわブロンドの髪に、青い瞳。まるでお人形さんのような妹シーラを溺愛する両親。  ブラウンの髪に緑の瞳で、特に平凡で地味な私。両親はいつでも妹優先であり、そして妹はなぜか私のものばかりを欲しがった。  大好きだった人形。誕生日に買ってもらったアクセサリー。そして今度は私の婚約者。  幼い頃より家との繋がりで婚約していたアレン様を妹が寝取り、私との結婚を次の秋に控えていたのにも関わらず、アレン様の子を身ごもった。  勝ち誇ったようなシーラは、いつものように婚約者を譲るように迫る。  事態が事態だけに、アレン様の両親も婚約者の差し替えにすぐ同意。  ただ妹たちは知らない。アレン様がご自身の領地運営管理を全て私に任せていたことを。  そしてその領地が私が運営し、ギリギリもっていただけで破綻寸前だったことも。  そう。彼の持つ資産も、その性格も全てにおいて不良債権でしかなかった。  今更いらないと言われても、モラハラ不良債権なんてお断りいたします♡  さぁ、自由自適な生活を領地でこっそり行うぞーと思っていたのに、なぜか冷徹と呼ばれる幼馴染の宰相に婚約を申し込まれて? あれ、私の計画はどうなるの…… ※この物語はフィクションであり、ご都合主義な部分もあるかもしれません。

泥を啜って咲く花の如く

ひづき
恋愛
王命にて妻を迎えることになった辺境伯、ライナス・ブライドラー。 強面の彼の元に嫁いできたのは釣書の人物ではなく、その異母姉のヨハンナだった。 どこか心の壊れているヨハンナ。 そんなヨハンナを利用しようとする者たちは次々にライナスの前に現れて自滅していく。 ライナスにできるのは、ほんの少しの復讐だけ。 ※恋愛要素は薄い ※R15は保険(残酷な表現を含むため)

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。 しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。 このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。 教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。

寝取られ予定のお飾り妻に転生しましたが、なぜか溺愛されています

あさひな
恋愛
☆感謝☆ホットランキング一位獲得!応援いただきましてありがとうございます(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)  シングルマザーとして息子を育て上げた私だが、乙女ゲームをしている最中にベランダからの転落事故により異世界転生を果たす。 転生先は、たった今ゲームをしていたキャラクターの「エステル・スターク」男爵令嬢だったが……その配役はヒロインから寝取られるお飾り妻!? しかもエステルは魔力を持たない『能無し』のため、家族から虐げられてきた幸薄モブ令嬢という、何とも不遇なキャラクターだった。 おまけに夫役の攻略対象者「クロード・ランブルグ」辺境伯様は、膨大な魔力を宿した『悪魔の瞳』を持つ、恐ろしいと噂される人物。 魔獣討伐という特殊任務のため、魔獣の返り血を浴びたその様相から『紅の閣下』と異名を持つ御方に、お見合い初日で結婚をすることになった。 離縁に備えて味方を作ろうと考えた私は、使用人達と仲良くなるためにクロード様の目を盗んで仕事を手伝うことに。前世の家事スキルと趣味の庭いじりスキルを披露すると、あっという間に使用人達と仲良くなることに成功! ……そこまでは良かったのだが、そのことがクロード様にバレてしまう。 でも、クロード様は怒る所か私に興味を持ち始め、離縁どころかその距離はどんどん縮まって行って……? 「エステル、貴女を愛している」 「今日も可愛いよ」 あれ? 私、お飾り妻で捨てられる予定じゃありませんでしたっけ? 乙女ゲームの配役から大きく変わる運命に翻弄されながらも、私は次第に溺愛してくるクロード様と恋に落ちてしまう。 そんな私に一通の手紙が届くが、その内容は散々エステルを虐めて来た妹『マーガレット』からのものだった。 忍び寄る毒家族とのしがらみを断ち切ろうと奮起するがーー。 ※こちらの物語はざまぁ有りの展開ですが、ハピエン予定となっておりますので安心して読んでいただけると幸いです。よろしくお願いいたします!

病弱令嬢ですが愛されなくとも生き抜きます〜そう思ってたのに甘い日々?〜

白川
恋愛
病弱に生まれてきたことで数多くのことを諦めてきたアイリスは、無慈悲と噂される騎士イザークの元に政略結婚で嫁ぐこととなる。 たとえ私のことを愛してくださらなくても、この世に生まれたのだから生き抜くのよ────。 そう意気込んで嫁いだが、果たして本当のイザークは…? 傷ついた不器用な二人がすれ違いながらも恋をして、溺愛されるまでのお話。 *少しでも気に入ってくださった方、登録やいいね等してくださるととっても嬉しいです♪*

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?

氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!   気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、 「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。  しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。  なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。  そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります! ✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

処理中です...