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2章

3 タンポポと木苺

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 二人は手を繋いで歩き出す。
 使用人とすれ違うとルカがびくっとするものの、庭を散歩する彼らの雰囲気は和やかだ。
 タンポポを見つけたアリアが「食べられるのよ」なんて言ったものだから、ルカはまじまじと黄色い花を見つめている。

「ほんとうに、たべられるの……?」
「ええ。たんぽぽ料理を出してもらえるよう、料理長にお願いしてみましょうか」
「……!」

 ごくり、とルカが唾を飲みこむ。
 一体どんな味がするのだろう、どんな料理なのだろうと、期待しているようだ。
 そんな姿に、実は食いしん坊なのかしら、とアリアから笑みがこぼれる。
 ルカの反応のよさを感じ取ったアリアは、その後も食べられる花や木の実を見つけるたびに教えていく。
 公爵家のお屋敷でそれはどうなの、と思わなくもないが。ルカが楽しそうだからまあいいか、とアリアは貧乏貴族ならではの知識を披露し続けた。


 楽し気に歩く二人から距離をとりながらもついてくる影が、1つ。
 ルカは気が付いていないが、念のためのサポート要員としてアリアの侍女・ヘレンもこっそりついてきているのだ。
 黒い髪をきっちりとまとめた真面目な侍女が、ささ、ささっと生垣や建物の影から影に移動しつつ、奥様と坊ちゃまを尾行する。
 彼女をアリアにつけた張本人であるレオンハルトが見たら、「こんな人ではなかったはずだ」となんともいえない顔をしそうだ。
 実のところ、ルカの着替えや服を洗うための木桶などを用意してアリアに渡したのも彼女だ。
 旦那様の甥、ルカ坊ちゃまを怖がらせないよう、奥様の指示に従って裏方に徹している状態なのである。

 アリアがブラント家に嫁いできた日から、ヘレンは侍女としてアリアのそばにいる。
 最初こそ、貧乏な育ちのアリアでは公爵家の奥様として不適当なのではないかと、不安を抱いていたのだが……。
 自分でもそれを理解しているアリアが、旦那様に冷たくされながらも奥様修業に勤しむ姿を見ているうちに評価を改めた。
 アリア自身は「やることがなく暇」だなんて言っているが、実のところ、自ら志願して教師をつけての特訓の真っ最中なのだ。
 家事全般に弟の世話に両親の手伝いに……と実家にいたときの方が忙しかったため、感覚が麻痺しているのである。
 侍女のヘレンから見れば、嫁いできたばかりの奥様は、公爵家にふさわしい人間になれるよう必死に努力していた。
 ヘレンを始めとする使用人からのアリアへの好感度は、なかなかに高かった。
 そして、さらには――。

「ルカ様、可愛い……」

 物陰から二人を見つめるヘレンは、そんなことを呟いた。
 ルカ坊ちゃまをこの家に置き続けるようにと旦那様を説得したのは、奥様である。
 使用人たちの間に、そんな話が広がっていた。
 ルカのことは屋敷のみなが心配していたから、奥様が説得に成功したと聞いて「流石奥様!」「嫁いできたのがアリア様でよかった!」と評判もうなぎのぼりなのである。
 ヘレンも、奥様グッジョブ!!! と思っている者の一人だった。
 だって、ルカは可愛い。
 天使のように愛らしいのに、大人に怯える幼子。これまでどんな扱いを受けていたのかは、なんとなく想像できる。
 そんな彼の笑顔をアリアが引き出し始めたものだから、ヘレンは奥様大好きという気持ちをどんどん高めている。

(奥様とルカ様のためなら、徹しましょう! 裏方に! 遠くからお二人の姿を見られるだけでも満足です!)

 じいっと二人を見つめながら、こんなことまで考えている具合であった。



 侍女の盛り上がりなど知らぬまま、アリアはルカとの散歩を続けている。
 ふと、庭の一角であるものを見つけたアリアは「あら」と声を出す。
 
「こんなところに木苺があったのね」
「きいちご?」
「ええ。これも食べられるのよ。そのままでも大丈夫だし、ジャムやタルトにしても美味しいわ」
「……!」

 ルカの青い瞳が、これまでよりも強く輝いた気がした。木苺に興味があるのだろう。
 調理するには少し時間がかかるが、生食であれば今すぐ可能だ。
 一応、庭師の確認をとるべきかと考えたアリアは、きょろきょろとあたりを見回し……。
 離れた場所から自分たちを見ていたヘレンに向かって、ちょいちょいと手招きをした。
 偶然を装って現れたヘレンに庭師を呼んできてもらい、アリアとルカは採れたての木苺を手に入れた。
 軽く洗ってから、ぱくり。

「~~っ!」

 どうやら好みの味だったらしく、ルカの表情が明るくなる。
 自分たちで収穫したから、なおさら美味に思えるのだろう。
 普段は人前で食事をとりたがらないルカだが、アリアと二人であることに加え、このシチュエーションが幸いしたようで。
 怯えることなく、ぱくぱくと木苺を口に運んでいく。
 夢中になりすぎたのか、手や口が汚れているが気にするそぶりはない。
 この反応を見れば、美味しいかどうかなんて聞くまでもなかった。
 それなりに気を許してもらえたのか、ハンカチでそっと口元を拭っても、表情が曇ることはなく。
 楽しそうなルカの姿を眺めながら、アリアは緑の瞳を優しく細めた。

 この日は、木苺を食べ終わったら屋敷に戻った。
 そのころにはルカのシャツも乾いており、「これで大丈夫」「二人の秘密にできた」と笑い合うのだった。
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