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2章
2 二人の秘密
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「ほら、綺麗になった!」
「わあ……!」
お屋敷の庭にて。
すっかり汚れのとれたシャツを、アリアがルカに見せる。
シミがついていただなんて嘘のようだ。
ルカが青い瞳を輝かせ、尊敬の目で見てくるものだからアリアも鼻が高い。
(家事スキルがこんなところで役に立つなんてね……!)
下の子たちの面倒を見ていたアリアにとって、これくらいは日常茶飯事。
貧乏な家だったから、汚れるたびに服を捨てて……なんてこともやっていられない。
故に、一度汚れた服や古着も綺麗に見えるよう洗う技が身についていたのだ。
ちなみに、シャツが乾くまでのあいだ着てもらう服も、アリアからルカに渡した。
洗濯物を干す場所も、あまり人が来ない位置を選んだから、ルカが服を汚したことが他の人に知られることはない。
……完全に秘密で動くのは難しいから、本当は、一部の使用人は把握しているのだが。そのことをルカには悟られないようお願いしてある。
アリアとルカが洗濯物の前に並ぶ。
気持ちのいい風が吹き、二人の髪と干されたシャツを揺らした。
「乾いちゃえば、汚れてただなんてもうわからないわ。二人の秘密にしちゃいましょ!」
「ひみつ……」
「そう。秘密。だから大丈夫」
アリアがしゃがみ、ルカと視線を合わせる。
人差し指を唇にあてながら笑いかけてみると、彼はじいっとアリアを見つめてから……。
「うん!」
と顔をほころばせた。
笑ってはいるのだが、満開の笑顔という感じではなく、ちょっと控えめさもあって。
どこか影も残るその表情が、どうしようもなくアリアの庇護欲をかきたてる。
(か、可愛いっ……! 天使かもっ……! 抱きしめたいっ……!)
ルカの笑顔を正面から受け止めることになったアリアは、きゅうううううんと胸を高鳴らせた。
育ち故に幼子の表情の変化には慣れているつもりだったが、今まで見てきたものとは少々種類が異なるためか、もうノックアウト寸前だ。
アリアの弟たちの多くは、やんちゃで生意気。儚げ美少年タイプはいなかったのだ。
可愛い! と叫びながらぎゅうっと抱きしめたくなったが、まだそこまで親密ではないために思いとどまる。
彼から見れば、アリアは伯父の妻というポジションだ。
だから、完全に他人というわけでもないのだが、息の荒い年上女に突然抱き着かれてもいい気はしないだろう。
(可愛すぎる……。恐ろしい子だわ、ルカ……)
なんとか踏みとどまったアリアは、そんなことを考えながら静かに立ち上がる。
このまま視線を合わせていたら、がばっと抱きしめてしまいそうだったのだ。
ここまでの流れで少し警戒が解けたのか、アリアを見上げるルカの雰囲気は柔らかくなっておりやはり愛らしい。
あまりの天使っぷりに呼吸と動悸が荒くなる。
深呼吸して落ち着かせていると、ルカがきょとんと首を傾げるものだから、アリアからは「んん……」とうめきにも似た声が漏れた。
(落ち着くのよアリア……。いちいちこれじゃあ、ちびっ子マスターは名乗れないわ)
このままではいけないと、アリアはきりっと顔を引き締める。
ちなみに、ちびっ子マスターと呼ばれた過去はない。
可愛さに負けて急に撫でまわしたりしないよう気合いを入れつつ、自分よりずっと低い位置にあるルカの青い目を見た。
「ねえ、ルカ。服が乾くまで、一緒にお散歩しない?」
「おさんぽ?」
「うん。このお屋敷のお庭、とっても広いのよ。お花も綺麗だし……木の実もなってたりするの。きっと楽しいと思うわ」
ここに来てからのルカは、ほとんどの時間を屋敷の中で過ごしてきた。
体調が悪かったのだから仕方のない部分もあるが、回復してきたのなら外で遊んでみるのもいいだろう。
ずっと室内にいては、気も滅入るというものだ。
そう思い、「一緒に行きましょう?」とルカに向かって手を差し出す。
彼は少し迷う様子を見せてから、アリアの手をとってくれた。
「わあ……!」
お屋敷の庭にて。
すっかり汚れのとれたシャツを、アリアがルカに見せる。
シミがついていただなんて嘘のようだ。
ルカが青い瞳を輝かせ、尊敬の目で見てくるものだからアリアも鼻が高い。
(家事スキルがこんなところで役に立つなんてね……!)
下の子たちの面倒を見ていたアリアにとって、これくらいは日常茶飯事。
貧乏な家だったから、汚れるたびに服を捨てて……なんてこともやっていられない。
故に、一度汚れた服や古着も綺麗に見えるよう洗う技が身についていたのだ。
ちなみに、シャツが乾くまでのあいだ着てもらう服も、アリアからルカに渡した。
洗濯物を干す場所も、あまり人が来ない位置を選んだから、ルカが服を汚したことが他の人に知られることはない。
……完全に秘密で動くのは難しいから、本当は、一部の使用人は把握しているのだが。そのことをルカには悟られないようお願いしてある。
アリアとルカが洗濯物の前に並ぶ。
気持ちのいい風が吹き、二人の髪と干されたシャツを揺らした。
「乾いちゃえば、汚れてただなんてもうわからないわ。二人の秘密にしちゃいましょ!」
「ひみつ……」
「そう。秘密。だから大丈夫」
アリアがしゃがみ、ルカと視線を合わせる。
人差し指を唇にあてながら笑いかけてみると、彼はじいっとアリアを見つめてから……。
「うん!」
と顔をほころばせた。
笑ってはいるのだが、満開の笑顔という感じではなく、ちょっと控えめさもあって。
どこか影も残るその表情が、どうしようもなくアリアの庇護欲をかきたてる。
(か、可愛いっ……! 天使かもっ……! 抱きしめたいっ……!)
ルカの笑顔を正面から受け止めることになったアリアは、きゅうううううんと胸を高鳴らせた。
育ち故に幼子の表情の変化には慣れているつもりだったが、今まで見てきたものとは少々種類が異なるためか、もうノックアウト寸前だ。
アリアの弟たちの多くは、やんちゃで生意気。儚げ美少年タイプはいなかったのだ。
可愛い! と叫びながらぎゅうっと抱きしめたくなったが、まだそこまで親密ではないために思いとどまる。
彼から見れば、アリアは伯父の妻というポジションだ。
だから、完全に他人というわけでもないのだが、息の荒い年上女に突然抱き着かれてもいい気はしないだろう。
(可愛すぎる……。恐ろしい子だわ、ルカ……)
なんとか踏みとどまったアリアは、そんなことを考えながら静かに立ち上がる。
このまま視線を合わせていたら、がばっと抱きしめてしまいそうだったのだ。
ここまでの流れで少し警戒が解けたのか、アリアを見上げるルカの雰囲気は柔らかくなっておりやはり愛らしい。
あまりの天使っぷりに呼吸と動悸が荒くなる。
深呼吸して落ち着かせていると、ルカがきょとんと首を傾げるものだから、アリアからは「んん……」とうめきにも似た声が漏れた。
(落ち着くのよアリア……。いちいちこれじゃあ、ちびっ子マスターは名乗れないわ)
このままではいけないと、アリアはきりっと顔を引き締める。
ちなみに、ちびっ子マスターと呼ばれた過去はない。
可愛さに負けて急に撫でまわしたりしないよう気合いを入れつつ、自分よりずっと低い位置にあるルカの青い目を見た。
「ねえ、ルカ。服が乾くまで、一緒にお散歩しない?」
「おさんぽ?」
「うん。このお屋敷のお庭、とっても広いのよ。お花も綺麗だし……木の実もなってたりするの。きっと楽しいと思うわ」
ここに来てからのルカは、ほとんどの時間を屋敷の中で過ごしてきた。
体調が悪かったのだから仕方のない部分もあるが、回復してきたのなら外で遊んでみるのもいいだろう。
ずっと室内にいては、気も滅入るというものだ。
そう思い、「一緒に行きましょう?」とルカに向かって手を差し出す。
彼は少し迷う様子を見せてから、アリアの手をとってくれた。
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