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1章

12 こんなの放っておけません!

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 アリアが自分を見ていることに気が付いたのか、ルカがびくっと怯えたような反応を見せる。
 自宅とは違う場所で、最近会ったばかりの大人と二人だから緊張している、という風でもなく。
 アリアは、ルカのこういった態度にずっと違和感を抱いていた。

「じっと見ちゃってごめんね。せっかくだし、早く食べたいわよね! さ、いただきましょう?」

 幼子を怖がらせないよう、努めて明るい声を出した。
 しかしルカが笑顔になることはなく。それどころか……。
 かしゃん、とガラスの割れる音が響く。
 早く、と言われたことで焦ったルカの手がグラスにぶつかり、床に落ちて割れてしまったのだ。
 割れたグラスとジュースが床に散乱する。
 アリアとしては、「ありゃ」ぐらいの感覚だった。弟たちの面倒を見ていれば、これくらいは珍しいことでもないからだ。
 だが、ルカのほうはそんなことでは済まなかったようで――。

「ごめんなさい!」
 
 顔面蒼白になり、叫ぶようにしてそう言うと、一人で椅子から飛び降り床に膝をつく。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 ごめんなさい、と何度も繰り返しながらガラスに手を伸ばす。
 子供が素手で割れたガラスを拾おうとしている。
 そう理解したアリアは、彼に怪我をしてほしくない一心で「ダメ!」と強めに言葉を発した。
 動きを止めたルカに駆け寄り、大丈夫、大人に任せて、危ないから触っちゃダメよ、と続けて声をかける。
 しかし、ルカからはなんの返事もない。そんなに驚いたのかしら、と肩に触れてみると、幼子は怯えてぶるぶると震えていた。
 大きな青い瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれ始めている。
 たった5歳の子供が、必死に謝りながらガラスを拾おうとし、大人にそれを止められたら声もなく泣いて。

「っ……!」

 アリアは、この幼子がこれまでどんな暮らしをしてきたのかを、なんとなく理解した。
 この家に連れてこられたときの状態といい、まともな扱いなど受けてこなかったのだろう。
 おそらく、だが――。この子は、両親亡きあと虐待にも近い扱いを受けていたのだろう。

「大丈夫。もう、大丈夫だから……」

 安心して欲しい。そんな願いを込めて、幼子をそっと抱きしめる。
 怖がらせてしまうかもしれないとも思ったが、どうやらアリアの気持ちはルカにも伝わってくれたようで。
 彼は、アリアの胸でわあわあと声をあげて泣いた。
 ずっと大人しかった彼が感情を発露させる場面を見るのは、初めてだった。

(こんな子、放っておけるわけないじゃない……!)

 アリアにはもう、ルカをどこかへ放り投げることなどできなかった。



 後日、アリアはレオンハルトと話す時間を設けた。
 内容は、これからルカをどうするつもりなのか、だ。
 ルカをこの家に連れてきた日、彼は「回復するまでうちにおく」と言っていた。
 しかし、その先のことについてはなにも聞いていない。

「単刀直入に言います。旦那様。ルカをこのまま引き取ってはいかがでしょうか。……亡くなった妹さんの息子であれば、さほど問題もないかと思いますが」

 レオンハルトの答えは――。

「……ダメだ。ルカは他の家に預ける」

 どうしてかと聞いても、まともな答えは得られない。互いに主張を変えず、平行線となった。
 彼はルカの様子を見に来ることはないが、急に連れてくるぐらいなのだから、情はあるはずだ。
 それでも頑なに、この家にはおかないと主張する。
 アリアは、その理由に心当たりがあった。

「……呪い、ですか」
「……!」

 レオンハルトがぴくりと眉を動かす。
 彼は、誰かに呪われている。それは確かだ。
 大量の火傷痕が見つかったのは、ルカを連れてきた日。
 呪いの中には、対象となる人や物に触れたときに症状が出るものもある。
 もしかしたら、レオンハルトはルカに触れるとじゅっと火傷するのではないか。
 アリアは、そう考えていた。
 図星だったようで、レオンハルトは居心地悪そうに視線をそらす。

「呪いのせいでルカに触れないことが理由なら、呪いを解いてしまえばいいのですよね?」
「……は?」
「私だって、呪いを解く力のある聖女です。呪いは私がなんとかしますから、ルカはうちで引き取りましょう!」

 そうだ、そうすればいい。呪いを解いてしまえば、万事解決である。
 アリアは、「私がなんとかする」と高らかに宣言。
 彼女の中では、ルカを公爵家で引き取り、自分が旦那様の呪いを解いて伯父甥を一緒に暮らせるようにすることが、決定事項になっていた。
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