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1章
11 両親を亡くした子供
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レオンハルトの手当てを終えたアリアは、夫が連れてきた謎の子供の元へ向かっていた。
その子が寝ているはずの部屋のドアを、静かに開ける。
音を立てないようゆっくりと奥へ進んでいくと、ベッドで眠っているのが見えた。
まだ熱は下がらないようで苦しそうだが、額には濡れタオルがのせられており、寝具や衣服も清潔だ。
ベッドサイドには、水差しや薬も用意してある。
どれもアリアが使用人に指示したことではあるが、それらがしっかりと実行されていることを確認し、彼女はほっと胸をなでおろした。
レオンハルトの話が本当なら、この子は彼の妹の息子だ。
二人の髪色が同じことからしても、信憑性は高い。
けれど、一度強く持ってしまった疑いを晴らすのは、簡単なことではない。
アリアは、甥っ子だと信じたい気持ちと、もしかしたらという疑いのあいだで揺れ動いていた。
「……でも、もしもがあったとしても、あなたが悪いわけじゃないものね」
眠る幼子にそっと笑いかける。
もしもこの子が夫の隠し子であったとしても、幼子にはなんの罪もない。
ましてや、4歳や5歳ほどの男の子だ。そんな年齢の子に責任などありはしない。
この子と夫の関係をはっきりさせるべきだとは思うが、治療を行うべきであるという意思に変わりはなかった。
「……早く元気になってね」
起こさないよう、そっとその頬に触れる。
ぷにぷにとした感触は、今まで面倒を見てきた弟たちを思い起こさせるもので。
これまで幾度となく下の子たちの看病もしてきた彼女は、なんだか懐かしいな、なんて思ってしまった。
***
それから、1週間ほどの時が経過した。
重篤な病気などではなかったようで、幼子――ルカという名前だそうだ――はすっかり元気になった。年齢は5歳だとかで、このぐらいだろうというアリアの見立ては当たっていた。
さらさらの銀の髪に、アイスブルーの瞳。
公爵家に飾られた美形ぞろいの家族の肖像に混ざっても、なんの違和感もない美少年である。
天使が舞い降りたのだと言われたら、うっかり信じてしまうかもしれない。
赤みがかった茶髪に緑の瞳を持つアリアも、家族に可愛いとは言われてきたが、ブラント公爵家の面々はもはや格が違うように思える。
この美形っぷりからしても、ルカがブラント家の血筋の者であることがわかる。
この1週間のあいだに、アリアは長年ブラント公爵家に仕える執事から、ルカはレオンハルトの甥で間違いないと聞いていた。
旦那様と妹君の麗しの幼少期の話もたらふく聞かされたから、レオンハルトを庇って嘘をついているわけでもないのだろう。
聞けば、父親も既に亡くなっているという話だった。
隠し子疑惑は消えたものの、5歳にして両親を亡くしていることを知ったアリアは、ルカを一人にしておけなくなっていた。
「ルカ。食べたいものはあるかしら?」
「は、はい……」
今はルカとアリア、二人でのお茶の時間だ。
テーブルに並ぶ見事なスイーツたちを示しながらそう聞いてみたのだが、ルカの顔色は優れない。
一応返事はしてくれたが、俯くばかりでアリアの質問には答えてくれなかった。
ルカの好みも、なにが食べたいのかもわからないので、アリアはちらちらと彼の様子を見ながらお菓子を皿にのせていく。
どうしてか、彼は「自由に食べていい」と言っても、食べ物に手を付けてくれないのだ。
なのでアリアのほうで選んで皿にのせ、目の前に差し出すようにしている。
彼は確かに元気になったのだが、それはあくまで体調面の話。
熱も下がり、自分で歩けるようになった今でも、ルカはあまり喋らない。
呼吸器の調子が悪いわけでもなさそうだから、気持ち的な問題なのだろう。
どうぞ、と特製スイーツ盛り合わせ――アリアは本当に盛っただけである――を彼の前に置くと、向かい側の席に戻った。
(それにしても、旦那様はなにをしてるのかしら!? ご両親を亡くした甥っ子だっていうのに、全然様子も見に来ないで!)
そんなことを考えながら、アリアはじっとルカを見つめる。
その子が寝ているはずの部屋のドアを、静かに開ける。
音を立てないようゆっくりと奥へ進んでいくと、ベッドで眠っているのが見えた。
まだ熱は下がらないようで苦しそうだが、額には濡れタオルがのせられており、寝具や衣服も清潔だ。
ベッドサイドには、水差しや薬も用意してある。
どれもアリアが使用人に指示したことではあるが、それらがしっかりと実行されていることを確認し、彼女はほっと胸をなでおろした。
レオンハルトの話が本当なら、この子は彼の妹の息子だ。
二人の髪色が同じことからしても、信憑性は高い。
けれど、一度強く持ってしまった疑いを晴らすのは、簡単なことではない。
アリアは、甥っ子だと信じたい気持ちと、もしかしたらという疑いのあいだで揺れ動いていた。
「……でも、もしもがあったとしても、あなたが悪いわけじゃないものね」
眠る幼子にそっと笑いかける。
もしもこの子が夫の隠し子であったとしても、幼子にはなんの罪もない。
ましてや、4歳や5歳ほどの男の子だ。そんな年齢の子に責任などありはしない。
この子と夫の関係をはっきりさせるべきだとは思うが、治療を行うべきであるという意思に変わりはなかった。
「……早く元気になってね」
起こさないよう、そっとその頬に触れる。
ぷにぷにとした感触は、今まで面倒を見てきた弟たちを思い起こさせるもので。
これまで幾度となく下の子たちの看病もしてきた彼女は、なんだか懐かしいな、なんて思ってしまった。
***
それから、1週間ほどの時が経過した。
重篤な病気などではなかったようで、幼子――ルカという名前だそうだ――はすっかり元気になった。年齢は5歳だとかで、このぐらいだろうというアリアの見立ては当たっていた。
さらさらの銀の髪に、アイスブルーの瞳。
公爵家に飾られた美形ぞろいの家族の肖像に混ざっても、なんの違和感もない美少年である。
天使が舞い降りたのだと言われたら、うっかり信じてしまうかもしれない。
赤みがかった茶髪に緑の瞳を持つアリアも、家族に可愛いとは言われてきたが、ブラント公爵家の面々はもはや格が違うように思える。
この美形っぷりからしても、ルカがブラント家の血筋の者であることがわかる。
この1週間のあいだに、アリアは長年ブラント公爵家に仕える執事から、ルカはレオンハルトの甥で間違いないと聞いていた。
旦那様と妹君の麗しの幼少期の話もたらふく聞かされたから、レオンハルトを庇って嘘をついているわけでもないのだろう。
聞けば、父親も既に亡くなっているという話だった。
隠し子疑惑は消えたものの、5歳にして両親を亡くしていることを知ったアリアは、ルカを一人にしておけなくなっていた。
「ルカ。食べたいものはあるかしら?」
「は、はい……」
今はルカとアリア、二人でのお茶の時間だ。
テーブルに並ぶ見事なスイーツたちを示しながらそう聞いてみたのだが、ルカの顔色は優れない。
一応返事はしてくれたが、俯くばかりでアリアの質問には答えてくれなかった。
ルカの好みも、なにが食べたいのかもわからないので、アリアはちらちらと彼の様子を見ながらお菓子を皿にのせていく。
どうしてか、彼は「自由に食べていい」と言っても、食べ物に手を付けてくれないのだ。
なのでアリアのほうで選んで皿にのせ、目の前に差し出すようにしている。
彼は確かに元気になったのだが、それはあくまで体調面の話。
熱も下がり、自分で歩けるようになった今でも、ルカはあまり喋らない。
呼吸器の調子が悪いわけでもなさそうだから、気持ち的な問題なのだろう。
どうぞ、と特製スイーツ盛り合わせ――アリアは本当に盛っただけである――を彼の前に置くと、向かい側の席に戻った。
(それにしても、旦那様はなにをしてるのかしら!? ご両親を亡くした甥っ子だっていうのに、全然様子も見に来ないで!)
そんなことを考えながら、アリアはじっとルカを見つめる。
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