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1章

8 呪い

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 この世界には、呪いが存在する。
 強い怒りや恨みを持ったまま人が亡くなると、その情念が呪いという形になって残ることがあるのだ。
 呪いの症状は、火傷のような痛みと痕で共通しており、人によっては日の光に当たるだけで全身が焼けるような苦しみに襲われる。
 恐ろしいものではあるが、それも昔の話。
 現代では、呪いへの対策がしっかりと行われているため、さほど怖いものでもない。
 呪いに対抗する能力を持つ女性たちが存在しており、国として能力者を探し出し、教育を行っているのだ。
 聖女と呼ばれる彼女たちが持つ力は、大きく分けて2つ。
 葬儀の場で祈り呪いを防ぐ能力と、発生してしまった呪いを解除する能力だ。

 聖女を探すための検査が行われるのは、18歳のとき。
 最近その年齢に達したばかりのアリアも、聖女の素質が……呪いを解く力があることが判明していた。
 特殊能力があるとわかったから、結婚を諦めて聖女として働こうかと考えていたのだ。
 重要かつ滅多に見つからない人材のため、給金もなかなかにいいのである。
 ブラント公爵家からの結婚の申し込みがもう少し遅ければ、彼女は聖女としての修業とお勤めのために教会へ向かっていたことだろう。

 素養があると判明した直後に結婚が決まったため、アリアは聖女としての修業などは受けていない。
 けれども、軽く勉強ぐらいはしている。
 だから、わかるのだ。レオンハルトの肌に広がるこの火傷痕は、呪いによるものだと。
 服の隙間から確認できる範囲ではあるが、痕のつき方が通常の火傷とは異なるように見える。
 上半身全体というよりも、痕は飛び飛びになっており、ダメージの入り方も部位によって異なる。
 最もひどいのは胸部で、見るだけでも相当に痛ましい。

(この人は、誰に、どうして呪われたの……?)

 これが呪いであると確信したアリアは、初めてみる夫の素肌を前にして、そんなことを考えていた。
 聖女としての力を持つことが発覚した場合、その事実はすぐに公的機関に登録される。
 レオンハルトも、アリアのプロフィールに目を通した際、彼女に解呪の力があることは確認していた。
 そのため、彼のほうも理解していた。妻に、自分が呪われていることを知られたと。
 レオンハルトは、感情のこもらない瞳でアリアを見下ろす。
 彼女はあまりにも突然のことに、言葉を失っているようだった。
 それもそうだろう、と彼は小さく息を吐く。

 発生が防がれているこの時代に呪われるだなんて、そうそうないことだ。
 現代では、聖女の力をもってしても抑えきれないほどの強い思いだけが呪いとなる。
 呪われているという時点で、それほど強く他者に恨まれ、怒りを買っていることの証明となりうるのだ。
 どうしてそんな風に恨まれたのか、誰をそれほどまでに怒らせたのか。
 聖女としての力を持つアリアは、通常よりも呪いに詳しいはずだ。だからきっと、そんな疑問を抱いていることだろう。
 もしかしたら、それだけ恨まれるようなことをした人間だと思われて、落胆されているかもしれない。

(どうせ、愛のない結婚だ。それくらい、別に構わない)

 彼は自分にそう言い聞かせると、呆然とするアリアの横を通り抜け、ジャケットを拾う。
 身だしなみを整えると、

「もう十分だろう。さっきも言ったが、まだ仕事が残っている」

 そう言い残して部屋を出た。
 仕事がある、なんて言葉は言い訳に過ぎなかった。
 ただただ、甥や呪いの件に関して、他人に口出しされたくない。たとえ、相手が妻であってもだ。
 アリアを置き去りにしたレオンハルトは、逃げ込んだ執務室の窓から外を眺めていた。
 もう遅い時間帯で、世界は闇に包まれている。窓に映り込む自分の姿が、なんだか憂鬱そうに見えて。
 そっと窓に手を触れて、そんな自分の姿を自嘲的に眺めていた。
 そんなとき、こんこん、とノックの音が聞こえた。
 誰か知らないが、今は人の相手をするような気分ではない。
 無視することを決めたレオンハルトだったが、ばーん! と、勢いよく勝手にドアを開けられてしまう。

「旦那様! 薬を持ってきました!」

 部屋の主の許可も得ず元気に突撃してきたのは、妻のアリアだ。
 うげっと嫌な顔をするレオンハルトとは対照的に、アリアはドヤっと得意げだった。
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